外国人の人権(4-2)公務就任権
【・最大判平成17年1月26日 外国人公務員東京都管理職選考受験訴訟】
【裁判官金谷利廣の意見】
私は,原判決が上告人において被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職
選考を受験させなかった措置は憲法に違反する違法な措置であると判断したことに
ついて,これを是認できないとする多数意見の結論には賛成するが,その理由付け
の一部には同調できない。
1 憲法は,我が国の公務員に就任できる地位(以下「公務員就任権」という。)
について,これを一般的に保障する規定を置いてはいないが,日本国民の公務員就
任権については,憲法が当然の前提とするものとして,あるいは,国民主権の原理
,14条等を根拠として,解釈上これを認めることができると考える。
しかし,公務員(地方公務員を含む。)制度をどのように構築するかは国の統治作用に重大な関係を有すること,公務員の種類は多種多様で,その中には,外国人が就任することが国民主権の原理からして憲法上許容されないと解されるもの(ただし,その範囲をどう考えるかは議論が分かれる難しい問題である。)や外国人の就任が不相当なものが少なくないこと,また,外国人にも就任を認めるのが妥当であるか否かは当該具体的職種の職務内容,人事運用の実態等により左右されること,さらには,これまでの内外の法制の歴史等にかんがみると,日本国民に対し解釈上認められる憲法上の公務員就任権の保障は,その権利の性質上,外国人に対しては及ばないものと解するのが相当である(国の基本法である憲法において公務員の職種を区別してその一部については外国人の公務員就任権を保障していると解することは,明文の規定がない以上,妥当であるとは思われない。)。憲法は,外国人に対しては,公務員就任権を保障するものではなく,憲法上の制限の範囲内において,外国人が公務員に就任することができることとするかどうかの決定を立法府の裁量にゆだねているものというべきである。
2 そこで,地方公務員に関する法制をみると,地方公務員法は,外国人を一般の地方公務員に就任させることができるかどうかについて規定を置いていないし,その就任を禁止する規定も置いていないから,地方公共団体は,外国人を当該地方公共団体の職員に採用できることとするか否かについて,裁量により決めることができるものといわなければならない。すなわち,我が国の現行法制上,外国人に地方公務員となり得るみちを開くか否かは,当該地方公共団体の条例,人事委員会規則等の定めるところにゆだねられているのである。
そして,地方公共団体のこの裁量権は,オール・オア・ナッシングの裁量のみが認められるものではなく,一定の職種のみに限って外国人に公務員となる機会を与えることはもちろん,職務の内容と責任を考慮し昇任の上限を定めてその限度内で採用の機会を与えること,さらには,一定の職種のみに限り,かつ,一定の昇任の上限を定めてその限度内で採用の機会を与えることも許されると解されるのであって,その判断については,裁量権を逸脱し,あるいは濫用したと評価される場合を除き,違法の問題を生じることはないと解される(この点に関する詳細については,上田裁判官の意見を援用する。)。
労働基準法112条により地方公務員にも適用があるものとされる同法3条との関係についていうと,外国人に地方公務員に就任する門戸を開くか否かについては地方公共団体の判断にゆだねられていると考える私のような見解によると,外国人に対し一定の職種の地方公務員に就任するみちを全く開放しないこととしても,原則として違法の問題が生じないのに,その一部開放である昇任限度を定めた開放措置については裁量に関し制約が伴うこととなるのは,甚だ不合理なことであり,また,それでは外国人に対する公務員となるみちの門戸開放を不必要に慎重にさせるおそれもあると思われる。したがって,労働基準法3条は,門戸を開く裁量については適用がなく,開かれた門戸に係るその枠の中での運用において適用されるにとどまるものと解することになる。
3 本件においては,多数意見の4(3)の第1段に記述されているのと同様の理由により,上告人(東京都)において職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めていたことが,裁量権の逸脱・濫用として違法性を帯びることはなく,したがって,上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はないと考える次第である。
4 なお,付言すると,公務員の職種の中には外国人が就任しても支障がないと認められるものがあり,国際化が進展する現代において,定住外国人に対しそれらの公務員となるみちの門戸を相当な範囲で開放してゆくことは,時代の流れに沿うものということができるし,また,被上告人のような特別永住者がその一層の門戸開放を強く主張すること自体については,よく理解できる。しかし,この問題は,私の見解からすると,基本的には,政治的ないしは政策的な選択の当否のレベルで議論されるべきことであって,違憲,違法の問題が生ずる事柄ではないということである。
【 裁判官上田豊三の意見 】
私は,上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はなく,これが違法であるとして被上告人の慰謝料請求を認容すべきものとした原審の判断は是認することができないとする多数意見に賛成するものであるが,その理由を異にする。
1 憲法は,在留外国人につき我が国の公務員に就任することができる地位を保障するものではなく,在留外国人が公務員に就任することができることとするかどうかの決定を立法府の裁量にゆだねているものと解するのが相当である。
ところで,地方公務員法は,在留外国人の地方公務員への就任につき,これを就任させなければならないとする規定も,逆にこれを就任させてはならないとする規定も置いていない。したがって,同法は,この問題につき,それぞれの地方公共団体が条例ないし人事委員会規則等において定め得るという立場(すなわち,当該地方公共団体の裁量にゆだねるという立場)に立っているものと解されるのである。
2 それぞれの地方公共団体は,在留外国人の地方公務員への就任の問題を定めるに当たり,ある職種について在留外国人の就任を認めるかどうかという裁量(便宜「横軸の裁量」という。)を有するのみならず,職務の内容と責任に応じた級についてどの程度・レベルのものにまでの就任(昇任)を認めるかどうかについての裁量(便宜「縦軸の裁量」という。)をも有するものと解すべきである。換言すれば,在留外国人の地方公務員への就任の問題をどのような制度として(横軸・縦軸の両面において)構築するかは,それぞれの地方公共団体の裁量にゆだねられていると解されるのである(民間事業の経営者がどのような種類の,またどのような規模の事業を経営するかは,その経営者の自由な選択にゆだねられており,たとえ在留外国人を雇用する予定であったとしても,その選択は労働基準法3条により制約されるものではなく,その事業に雇用された在留外国人は,その経営者の選択した事業の種類・規模の範囲において同条による保護を主張することができるにすぎない。すなわち,同条は,経営者による事業の種類・規模の選択に当たっては制約原理としては働かないのであり,同様に,地方公共団体が在留外国人の地方公務員制度を構築するに当たっても,同条は制約原理として働かないものと解すべきである。)。 3 この地方公共団体の裁量にも限界があり,裁量権を逸脱したり,濫用したと評価される場合には,違法性を帯びることになる。縦軸の裁量における限界については,私は,現在,次のように理解すべきものと考えている。すなわち,当該地方公共団体が縦軸の裁量として行使したところが,地方公務員法を中心とする地方公務員制度全体から見ておよそ許容することができないと思われる場合には,裁量の限界を超えていると解することになる。例えば,地方公務員のうち,地方公共団体の公権力の行使に当たる行為若しくは地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれに関与する者について,解釈上,その就任に日本国籍を有することを必要とするものがあるとされる場合に,地方公共団体がそのような地方公務員にも在留外国人の就任を認めることとしたとき(すなわち,在留外国人への門戸を開放しすぎた場合,換言すれば縦軸の裁量の行使が広すぎた場合)には,裁量の限界を超えていると解することになる。また,逆に,例えば,在留外国人については,その給与を特段の事情もないのに初任給程度に限定することとし,そのような級に相当する職務を専ら行うものと位置付けて地方公務員への就任を認めることとしたような場合(すなわち,門戸の開放が極端に狭い場合,換言すれば縦軸の裁量の行使があまりにも狭すぎる場合)には,在留外国人を蔑視し,在留外国人に苦痛のみを与える制度として,あるいは在留外国人の労働力を搾取する制度として構築したものとして地方公務員制度上のいわば公序良俗に反し,裁量の限界を超えていると解することになろう。
そして,在留外国人の地方公務員への採用につき当該地方公共団体の構築した制度が裁量の限界を超えていないと判断される場合には,在留外国人に対しその制度上許容される範囲を超えた取扱いをしなくても,違法の問題は起きないことになる。なお,その構築した制度の範囲内においては,労働基準法3条や地方公務員法13条の平等取扱いの原則の精神に基づき,在留外国人同士あるいは在留外国人と日本人との間において平等取扱い等の要請が働くことになる。
4 本件においては,上告人は保健婦(当時)について在留外国人の就任を認めることとしたが,課長級以上の管理職についてはこれを認めないこととしたというものであるところ,その制度は,上記に述べたような縦軸の裁量の限界を超えているものではなく,その裁量の範囲内にあるものとして,違法性を帯びることはないというべきである。
したがって,上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はないと解すべきである。