憲法重要判例六法F

憲法についての条文・重要判例まとめ



 目次

外国人の人権(4-2)公務就任権

【・最大判平成17年1月26日 外国人公務員東京都管理職選考受験訴訟】

【裁判官金谷利廣の意見】

私は,原判決が上告人において被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職

選考を受験させなかった措置は憲法に違反する違法な措置であると判断したことに

ついて,これを是認できないとする多数意見の結論には賛成するが,その理由付け

の一部には同調できない。

 1 憲法は,我が国の公務員に就任できる地位(以下「公務員就任権」という。)

について,これを一般的に保障する規定を置いてはいないが,日本国民の公務員就

任権については,憲法が当然の前提とするものとして,あるいは,国民主権の原理

,14条等を根拠として,解釈上これを認めることができると考える。

しかし,公務員(地方公務員を含む。)制度をどのように構築するかは国の統治作用に重大な関係を有すること,公務員の種類は多種多様で,その中には,外国人が就任することが国民主権の原理からして憲法上許容されないと解されるもの(ただし,その範囲をどう考えるかは議論が分かれる難しい問題である。)や外国人の就任が不相当なものが少なくないこと,また,外国人にも就任を認めるのが妥当であるか否かは当該具体的職種の職務内容,人事運用の実態等により左右されること,さらには,これまでの内外の法制の歴史等にかんがみると,日本国民に対し解釈上認められる憲法上の公務員就任権の保障は,その権利の性質上,外国人に対しては及ばないものと解するのが相当である(国の基本法である憲法において公務員の職種を区別してその一部については外国人の公務員就任権を保障していると解することは,明文の規定がない以上,妥当であるとは思われない。)。憲法は,外国人に対しては,公務員就任権を保障するものではなく,憲法上の制限の範囲内において,外国人が公務員に就任することができることとするかどうかの決定を立法府の裁量にゆだねているものというべきである。

 2 そこで,地方公務員に関する法制をみると,地方公務員法は,外国人を一般の地方公務員に就任させることができるかどうかについて規定を置いていないし,その就任を禁止する規定も置いていないから,地方公共団体は,外国人を当該地方公共団体の職員に採用できることとするか否かについて,裁量により決めることができるものといわなければならない。すなわち,我が国の現行法制上,外国人に地方公務員となり得るみちを開くか否かは,当該地方公共団体の条例,人事委員会規則等の定めるところにゆだねられているのである。

 そして,地方公共団体のこの裁量権は,オール・オア・ナッシングの裁量のみが認められるものではなく,一定の職種のみに限って外国人に公務員となる機会を与えることはもちろん,職務の内容と責任を考慮し昇任の上限を定めてその限度内で採用の機会を与えること,さらには,一定の職種のみに限り,かつ,一定の昇任の上限を定めてその限度内で採用の機会を与えることも許されると解されるのであって,その判断については,裁量権を逸脱し,あるいは濫用したと評価される場合を除き,違法の問題を生じることはないと解される(この点に関する詳細については,上田裁判官の意見を援用する。)。

 労働基準法112条により地方公務員にも適用があるものとされる同法3条との関係についていうと,外国人に地方公務員に就任する門戸を開くか否かについては地方公共団体の判断にゆだねられていると考える私のような見解によると,外国人に対し一定の職種の地方公務員に就任するみちを全く開放しないこととしても,原則として違法の問題が生じないのに,その一部開放である昇任限度を定めた開放措置については裁量に関し制約が伴うこととなるのは,甚だ不合理なことであり,また,それでは外国人に対する公務員となるみちの門戸開放を不必要に慎重にさせるおそれもあると思われる。したがって,労働基準法3条は,門戸を開く裁量については適用がなく,開かれた門戸に係るその枠の中での運用において適用されるにとどまるものと解することになる。

 3 本件においては,多数意見の4(3)の第1段に記述されているのと同様の理由により,上告人(東京都)において職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めていたことが,裁量権の逸脱・濫用として違法性を帯びることはなく,したがって,上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はないと考える次第である。

 4 なお,付言すると,公務員の職種の中には外国人が就任しても支障がないと認められるものがあり,国際化が進展する現代において,定住外国人に対しそれらの公務員となるみちの門戸を相当な範囲で開放してゆくことは,時代の流れに沿うものということができるし,また,被上告人のような特別永住者がその一層の門戸開放を強く主張すること自体については,よく理解できる。しかし,この問題は,私の見解からすると,基本的には,政治的ないしは政策的な選択の当否のレベルで議論されるべきことであって,違憲,違法の問題が生ずる事柄ではないということである。

 

 

【 裁判官上田豊三の意見 】

 私は,上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はなく,これが違法であるとして被上告人の慰謝料請求を認容すべきものとした原審の判断は是認することができないとする多数意見に賛成するものであるが,その理由を異にする。

 1 憲法は,在留外国人につき我が国の公務員に就任することができる地位を保障するものではなく,在留外国人が公務員に就任することができることとするかどうかの決定を立法府の裁量にゆだねているものと解するのが相当である。

 ところで,地方公務員法は,在留外国人の地方公務員への就任につき,これを就任させなければならないとする規定も,逆にこれを就任させてはならないとする規定も置いていない。したがって,同法は,この問題につき,それぞれの地方公共団体が条例ないし人事委員会規則等において定め得るという立場(すなわち,当該地方公共団体の裁量にゆだねるという立場)に立っているものと解されるのである。

 2 それぞれの地方公共団体は,在留外国人の地方公務員への就任の問題を定めるに当たり,ある職種について在留外国人の就任を認めるかどうかという裁量(便宜「横軸の裁量」という。)を有するのみならず,職務の内容と責任に応じた級についてどの程度・レベルのものにまでの就任(昇任)を認めるかどうかについての裁量(便宜「縦軸の裁量」という。)をも有するものと解すべきである。換言すれば,在留外国人の地方公務員への就任の問題をどのような制度として(横軸・縦軸の両面において)構築するかは,それぞれの地方公共団体の裁量にゆだねられていると解されるのである(民間事業の経営者がどのような種類の,またどのような規模の事業を経営するかは,その経営者の自由な選択にゆだねられており,たとえ在留外国人を雇用する予定であったとしても,その選択は労働基準法3条により制約されるものではなく,その事業に雇用された在留外国人は,その経営者の選択した事業の種類・規模の範囲において同条による保護を主張することができるにすぎない。すなわち,同条は,経営者による事業の種類・規模の選択に当たっては制約原理としては働かないのであり,同様に,地方公共団体が在留外国人の地方公務員制度を構築するに当たっても,同条は制約原理として働かないものと解すべきである。)。 3 この地方公共団体の裁量にも限界があり,裁量権を逸脱したり,濫用したと評価される場合には,違法性を帯びることになる。縦軸の裁量における限界については,私は,現在,次のように理解すべきものと考えている。すなわち,当該地方公共団体が縦軸の裁量として行使したところが,地方公務員法を中心とする地方公務員制度全体から見ておよそ許容することができないと思われる場合には,裁量の限界を超えていると解することになる。例えば,地方公務員のうち,地方公共団体の公権力の行使に当たる行為若しくは地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれに関与する者について,解釈上,その就任に日本国籍を有することを必要とするものがあるとされる場合に,地方公共団体がそのような地方公務員にも在留外国人の就任を認めることとしたとき(すなわち,在留外国人への門戸を開放しすぎた場合,換言すれば縦軸の裁量の行使が広すぎた場合)には,裁量の限界を超えていると解することになる。また,逆に,例えば,在留外国人については,その給与を特段の事情もないのに初任給程度に限定することとし,そのような級に相当する職務を専ら行うものと位置付けて地方公務員への就任を認めることとしたような場合(すなわち,門戸の開放が極端に狭い場合,換言すれば縦軸の裁量の行使があまりにも狭すぎる場合)には,在留外国人を蔑視し,在留外国人に苦痛のみを与える制度として,あるいは在留外国人の労働力を搾取する制度として構築したものとして地方公務員制度上のいわば公序良俗に反し,裁量の限界を超えていると解することになろう。

 そして,在留外国人の地方公務員への採用につき当該地方公共団体の構築した制度が裁量の限界を超えていないと判断される場合には,在留外国人に対しその制度上許容される範囲を超えた取扱いをしなくても,違法の問題は起きないことになる。なお,その構築した制度の範囲内においては,労働基準法3条や地方公務員法13条の平等取扱いの原則の精神に基づき,在留外国人同士あるいは在留外国人と日本人との間において平等取扱い等の要請が働くことになる。

 4 本件においては,上告人は保健婦(当時)について在留外国人の就任を認めることとしたが,課長級以上の管理職についてはこれを認めないこととしたというものであるところ,その制度は,上記に述べたような縦軸の裁量の限界を超えているものではなく,その裁量の範囲内にあるものとして,違法性を帯びることはないというべきである。

したがって,上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はないと解すべきである。

外国人の人権(4-1)公務就任権

  目次

【公務就任権】

・最大判平成17年1月26日 外国人公務員東京都管理職選考受験訴訟

要旨

1 地方公共団体が,公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,労働基準法3条,憲法14条1項に違反しない。

2 東京都が管理職に昇任すれば公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員に就任することがあることを当然の前提として任用管理を行う管理職の任用制度を設けていたなど判示の事情の下では,職員が管理職に昇任するための資格要件として日本の国籍を有することを定めた東京都の措置は,労働基準法3条,憲法14条1項に違反しない。

 

判旨

 (1) 地方公務員法は,一般職の地方公務員(以下「職員」という。)に本邦に在留する外国人(以下「在留外国人」という。)を任命することができるかどうかについて明文の規定を置いていないが(同法19条1項参照),普通地方公共団体が,法による制限の下で,条例,人事委員会規則等の定めるところにより職員に在留外国人を任命することを禁止するものではない。普通地方公共団体は,職員に採用した在留外国人について,国籍を理由として,給与,勤務時間その他の勤務条件につき差別的取扱いをしてはならないものとされており(労働基準法3条,112条,地方公務員法58条3項),地方公務員法24条6項に基づく給与に関する条例で定められる昇格(給料表の上位の職務の級への変更)等も上記の勤務条件に含まれるものというべきである。しかし,上記の定めは,普通地方公共団体が職員に採用した在留外国人の処遇につき合理的な理由に基づいて日本国民と異なる取扱いをすることまで許されないとするものではない。また,そのような取扱いは,合理的な理由に基づくものである限り,憲法14条1項に違反するものでもない。

 管理職への昇任は,昇格等を伴うのが通例であるから,在留外国人を職員に採用するに当たって管理職への昇任を前提としない条件の下でのみ就任を認めることとする場合には,そのように取り扱うことにつき合理的な理由が存在することが必要である。

 (2) 地方公務員のうち,住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い,若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とするもの(以下「公権力行使等地方公務員」という。)については,次のように解するのが相当である。すなわち,公権力行使等地方公務員の職務の遂行は,住民の権利義務や法的地位の内容を定め,あるいはこれらに事実上大きな影響を及ぼすなど,住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものである。それゆえ,国民主権の原理に基づき,国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条,15条1項参照)に照らし,原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり,我が国以外の国家に帰属し,その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは,本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。

 そして,普通地方公共団体が,公務員制度を構築するに当たって,公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築して人事の適正な運用を図ることも,その判断により行うことができるものというべきである。そうすると,普通地方公共団体が上記のような管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員とを区別するものであり,上記の措置は,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反するものではないと解するのが相当である。そして,この理は,前記の特別永住者についても異なるものではない。

 (3) これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,昭和63年4月に上告人に保健婦として採用された被上告人は,東京都人事委員会の実施する平成6年度及び同7年度の管理職選考(選考種別Aの技術系の選考区分医化学)を受験しようとしたが,東京都人事委員会が上記各年度の管理職選考において日本の国籍を有しない者には受験資格を認めていなかったため,いずれも受験することができなかったというのである。そして,当時,上告人においては,管理職に昇任した職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理を行っておらず,管理職に昇任すれば,いずれは公権力行使等地方公務員に就任することのあることが当然の前提とされていたということができるから,上告人は,公権力行使等地方公務員の職に当たる管理職のほか,これに関連する職を包含する一体的な管理職の任用制度を設けているということができる。

そうすると,上告人において,上記の管理職の任用制度を適正に運営するために必要があると判断して,職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めたとしても,合理的な理由に基づいて日本の国籍を有する職員と在留外国人である職員とを区別するものであり,上記の措置は,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反するものではない。原審がいうように,上告人の管理職のうちに,企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行うにとどまり,公権力行使等地方公務員には当たらないものも若干存在していたとしても,上記判断を左右するものではない。また,被上告人のその余の違憲の主張はその前提を欠く。以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

 

 

東京高判 平成91126

 (1) 日本の国籍を有しない者は,憲法上,国又は地方公共団体の公務員に就任する権利を保障されているということはできない。

 (2) 地方公務員の中でも,管理職は,地方公共団体の公権力を行使し,又は公の意思の形成に参画するなど地方公共団体の行う統治作用にかかわる蓋然性の高い職であるから,地方公務員に採用された外国人が,日本の国籍を有する者と同様,当然に管理職に任用される権利を保障されているとすることは,国民主権の原理に照らして問題がある。しかしながら,管理職の職務は広範多岐に及び,地方公共団体の行う統治作用,特に公の意思の形成へのかかわり方,その程度は様々なものがあり得るのであり,公権力を行使することなく,また,公の意思の形成に参画する蓋然性が少なく,地方公共団体の行う統治作用にかかわる程度の弱い管理職も存在する。したがって,職務の内容,権限と統治作用とのかかわり方,その程度によって,外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを分別して考える必要がある。そして,後者の管理職については,我が国に在住する外国人をこれに任用することは,国民主権の原理に反するものではない。

 (3) 上告人の管理職には,企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行い,事案の決定権限を有せず,事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ない管理職も若干存在している。このように,管理職に在る者が事案の決定過程に関与するといっても,そのかかわり方,その程度は様々であるから,上告人の管理職について一律に外国人の任用(昇任)を認めないとするのは相当でなく,その職務の内容,権限と事案の決定とのかかわり方,その程度によって,外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを区別して任用管理を行う必要がある。そして,後者の管理職への任用については,我が国に在住する外国人にも憲法22条1項,14条1項の各規定による保障が及ぶものというべきである。

 (4) 上告人の職員が課長級の職に昇任するためには,管理職選考を受験する必要があるところ,課長級の管理職の中にも外国籍の職員に昇任を許しても差し支えのないものも存在するというべきであるから,外国籍の職員から管理職選考の受験の機会を奪うことは,外国籍の職員の課長級の管理職への昇任のみちを閉ざすものであり,憲法22条1項,14条1項に違反する違法な措置である。被上告人は,上告人の職員の違法な措置のために平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験することができなかった。被上告人がこれにより被った精神的損害を慰謝するには各20万円が相当である。

 

 

【裁判官藤田宙靖の補足意見】

 私は,多数意見に賛成するものであるが,本件被上告人が,日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(以下「入管特例法」という。)に定める特別永住者であること等にかんがみ,多数意見に若干の補足をしておくこととしたい。

 被上告人が,日本国で出生・成育し,日本社会で何の問題も無く生活を営んで来た者であり,また,我が国での永住を法律上認められている者であることを考慮するならば,本人が日本国籍を有しないとの一事をもって,地方公務員の管理職に就任する機会をおよそ与えないという措置が,果たしてそれ自体妥当と言えるかどうかには,確かに,疑問が抱かれないではない。しかし私は,最終的には,それは,各地方公共団体が採る人事政策の当不当の問題であって,本件において上告人が執った措置が,このことを理由として,我が国現行法上当然に違法と判断されるべきものとまでは言えないのではないかと考える。その理由は,以下のとおりである。

 1 入管特例法の定める特別永住者の制度は,それ自体としてはあくまでも,現行出入国管理制度の例外を設け,一定範囲の外国籍の者に,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)2条の2に定める在留資格を持たずして本邦に在留(永住)することのできる地位を付与する制度であるにとどまり,これらの者の本邦内における就労の可能性についても,上記の結果,法定の各在留資格に伴う制限(入管法19条及び同法別表第1参照)が及ばないこととなるものであるにすぎない。したがって例えば,特別永住者が,法務大臣の就労許可無くして一般に「収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動」(同法19条)を行うことができるのも,上記の結果生じる法的効果であるにすぎず,法律上,特別永住者に,他の外国籍の者と異なる,日本人に準じた何らかの特別な法的資格が与えられるからではない。また,現行法上の諸規定を見ると,許可制等の採られている事業ないし職業に関しては,各個の業法において,日本国籍を有することが許可等を受けるための資格要件とされることがあるが(公証人法12条1項1号,水先法5条1号,鉱業法17条本文,電波法5条1項1号,放送法52条の13第1項5号イ,等々),これらの規定で,特別永住者を他の外国人と区別し,日本国民と同様に扱うこととしたものは無い。他方,日本の国籍を有しない者の国家公務員試験受験資格を否定する人事院規則(人事院規則8-18)において,日本郵政公社職員への採用に関しては,特別永住者もまた郵政一般職採用試験を受験することができることとされるが,このことについては,特に明文の規定が置かれている(同規則8条1項3号括弧書)。以上に照らして見るならば,我が国現行法上,地方公務員への就任につき,特別永住者がそれ以外の外国籍の者から区別され,特に優遇さるべきものとされていると考えるべき根拠は無く,そのような明文の規定が無い限り,事は,外国籍の者一般の就任可能性の問題として考察されるべきものと考える。

 2 ところで,外国籍の者の公務員就任可能性について,原審は,日本国憲法上,外国人には,公務員に就任する権利は保障されていない,との出発点に立ちながらも,憲法上の国民主権の原理に抵触しない範囲の職については,憲法22条,14条等により,外国籍の者もまた,日本国民と同様,当然にこれに就任する権利を,憲法上保障される,との考え方を採るものであるように見受けられる。しかし,例えば,①外国人に公務員への就任資格(以下「公務就任権」という。)が憲法上保障されていることを否定する理由として理論的に考え得るのは,必ずしも,原審のいう国民主権の原理のみに限られるわけではない(例えば,一定の職域について外国人の就労を禁じるのは,それ自体一国の主権に属する権能であろう。)こと,また,②「憲法上,外国人には,公務員の一定の職に就任することが禁じられている」ということは,必ずしも,理論的に当然に「こうした禁止の対象外の職については,外国人もまた,就任する権利を憲法上当然に有する」ということと同義ではないこと,更に,③職業選択の自由,平等原則等は,いずれも自由権としての性格を有するものであって,本来,もともと有している権利や自由をそれに対する制限から守るという機能を果たすにとどまり,もともと有していない権利を積極的に生み出すようなものではないこと,等にかんがみると,原審の上記の考え方には,幾つかの論理的飛躍があるように思われ,我が国憲法上,そもそも外国人に(一定範囲での)公務就任権が保障されているか否か,という問題は,それ自体としては,なお重大な問題として残されていると言わなければならない。しかしいずれにせよ,本件は,外国籍の者が新規に地方公務員として就任しようとするケースではなく,既に正規の職員として採用され勤務してきた外国人が管理職への昇任の機会を求めるケースであって,このような場合に,労働基準法3条の規定の適用が排除されると考える合理的な理由の無いことは,多数意見の言うとおりであるから,上記の問題の帰すうは,必ずしも,本件の解決に直接の影響を及ぼすものではない。

 3 そこで,進んで,本件の場合に,労働基準法の同条の規定の存在にもかかわらず,外国籍の者を管理職に昇任させないとすることにつき,合理的な理由が認められるかどうかについて考える。記録を参照すると,上告人がこのような措置を執ったのは,「地方公務員の職のうち公権力の行使又は地方公共団体の意思の形成に携わるものについては,日本の国籍を有しない者を任用することができない」といういわゆる「公務員に関する当然の法理」に沿った判断をしたためであることがうかがわれる(参照,昭和48年5月28日自治公一第28号大阪府総務部長宛公務員第一課長回答)。しかし,一般に,「公権力の行使」あるいは「地方公共団体の意思の形成」という概念は,その外延のあまりにも広い概念であって,文字どおりにこの要件を満たす職のすべてに就任することが許されないというのでは,外国籍の者が地方公務員となる可能性は,皆無と言わないまでも少なくとも極めて少ないこととなり,また,そのことに合理的な理由があるとも考えられない。その意味においては,職務の内容,権限と統治作用とのかかわり方,その程度によって,外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを分別して考える必要がある,とする原審の説示にも,その限りにおいて傾聴に値するものがあることを否定できないし,また,多数意見の用いる「公権力行使等地方公務員」の概念も,この点についての周到な注意を払った上で定義されたものであることが,改めて確認されるべきである。

 ただ,その具体的な範囲をどう取るかは別として,いずれにせよ,少なくとも地方公共団体の枢要な意思決定にかかわる一定の職について,外国籍の者を就任させないこととしても,必ずしも違憲又は違法とはならないことについては,我が国において広く了解が存在するところであり,私もまた,そのこと自体に対し異を唱えるものではない。そして,本件の場合,上告人東京都は,一たび管理職に昇任させると,その職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理をするのではなく,したがってまた,外国人の任用が許されないとされる職務を担当させることになる可能性もあった,というのである。この点につき,原審は,管理職に在る者が事案の決定過程に関与すると言っても,そのかかわり方及びかかわりの程度は様々であるから,上告人東京都の管理職について一律に在留外国人の任用を認めないとするのは相当ではなく,上記の基準により,在留外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを区別して任用管理を行う必要がある,という。もとより,そのような任用管理を行うことは,人事政策として考え得る選択肢の一つではあろうが,他方でしかし,外国籍の者についてのみ常にそのような特別の人事的配慮をしなければならないとすれば,全体としての人事の流動性を著しく損なう結果となる可能性があるということもまた,否定することができない。こういったことを考慮して,上告人東京都が,一般的に管理職への就任資格として日本国籍を要求したことは,それが人事政策として最適のものであったか否かはさておくとして,なお,その行政組織権及び人事管理権の行使として許される範囲内にとどまるものであった,ということができよう。

 もっともこの点,専ら,本件における被上告人の立場についてのみ考えるならば,本件において,被上告人を管理職に昇任させることが,現実に全体としての人事の流動性を著しく損なう結果となるおそれが大きかったか否かについては,原審において必ずしも十分な認定がなされているとは言い難く,したがって,この点について審理を尽くさせるために,原判決を破棄して本件を差し戻す,という選択をすることも,考えられないではない。しかし,いうまでも無く,在留外国人に管理職就任の道を制度として開くかどうかは,独り被上告人との関係のみでなく,在留外国人一般の問題として考えなければならないことであって(例えば,将来において被上告人と同様の希望を持つ在留外国人が多数出て来た場合には,そのすべてについて同様の扱いをしなければならないことになる),こういったことをも考慮するならば,上告人東京都が,本件当時において外国籍の者一般につき管理職選考の受験を拒否したことが,直ちに,法的に許された人事政策の範囲を超えることになるとは,必ずしも言えず,また,少なくともそこに過失を認めることはできないのではないか,と考える。

 

 

 

外国人の人権(3) ・最判平成5年2月26日 定住外国人の国政選挙に関する選挙権・最判平成7年2月28日 定住外国人地方選挙権訴訟

 

【選挙権】

・定住外国人の国政選挙に関する選挙権・最判平成5年2月26日 

要旨

国会議員の選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法九条一項の規定は、憲法一五条、一四条に違反しない。

 

判旨

 国会議員の選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法九条一項の規定

が憲法一五条、一四条の規定に違反するものでないことは、最高裁昭和五〇年(行

ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二三三頁の趣旨

に徴して明らかであり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することがで

きる。

 

・定住外国人の国政選挙における被選挙権・最判平成10年3年13日

要旨

国会議員の被選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法一〇条一項と憲法一五条、市民的及び政治的権利に関する国際規約二五条に違反しない。

 

判旨

国会議員の被選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法一〇条一項、これを前提として立候補届出等に当たって戸籍の謄本又は抄本の添付を要求する公職選挙法(平成六年法律第二号による改正前のもの)八六条四項、八六条の二第二項七号、公職選挙法施行令(平成六年政令第三六九号による改正前のもの)八八条五項、八九条の二第三項二号の各規定及びこれらの規定を上告人らに適用することが憲法一五条に違反するものでないことは、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁の趣旨に徴して明らかであり(最高裁平成四年(オ)第一九二八号同五年二月二六日第二小法廷判決・裁判集民事一六号下五七九頁参照)、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。また、前記各規定が市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号)二五条に違反するものでないとした原審の判断も、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

 

 

 

 

【外国人の地方参政権】

・最判平成7年2月28日 定住外国人地方選挙権訴訟

要旨

日本国民たる住民に限り地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有するものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項は、憲法一五条一項、九三条二項に違反しない。

 

判旨

 憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものである。そこで、憲法一五条一項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。そして、地方自治について定める憲法第八章は、九三条二項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法一五条一項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法九三条二項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。以上のように解すべきことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和三五年(オ)第五七九号同年一二月一四日判決・民集一四巻一四号三〇三七頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかである。

 このように、憲法九三条二項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。以上のように解すべきことは、当裁判所大法廷判決(前掲昭和三五年一二月一四日判決、最高裁昭和三七年(あ)第九〇〇号同三八年三月二七日判決・刑集一七巻二号一二一頁、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日判決・民集三〇巻三号二二三頁、最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日判決・民集三七巻三号三四五頁)の趣旨に徴して明らかである。

 以上検討したところによれば、地方公共団体の長及びその議会の議員の選挙の権利を日本国民たる住民に限るものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項の各規定が憲法一五条一項、九三条二項に違反するものということはできずその他本件各決定を維持すべきものとした原審の判断に憲法の右各規定の解釈の誤りがあるということもできない



 

・定住外国人の住民投票権 最判平成14年9月27日

要旨

「御嵩町における産業廃棄物処理施設の設置についての住民投票に関する条例」(平成9年御嵩町条例1号)が投票資格者を日本国民たる住民に限定したことが憲法14条1項、21条1項に違反しないことは、先例の趣旨に照らして明らかである。」

 

判旨

御嵩町における産業廃棄物処理施設の設置についての住民投票に関する条例(平成九年一月御嵩町条例第一号)が投票の資格を有する者を日本国民たる住民に限るとしたことが憲法一四条一項、二一条一項に違反する旨をいう部分が理由がないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に照らして明らかである(最高裁平成五年(行ツ)第一六三号同七年二月二八日第三小法廷判決・民集四九巻二号六三九頁参照)。



第3章 国民の権利及び義務 外国人の人権(2)

  目次

【法の下の平等】

 

・最判平成4年4月28日 台湾人元日本兵戦死傷補償請求事件

要旨

戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2項および恩給法9条1項3号のもとで、第二次大戦下において戦死傷し、日本国と中華民国との間の平和条約の発効により日本国籍を喪失した台湾人およびその遺族らが右各法による給付を受けることができないことは、合理的な根拠があり、憲法14条に違反しない。

 

判旨

 上告人らが主張するような戦争犠牲ないし戦争損害は、国の存亡に係わる非常事態の下では、国民の等しく受忍しなければならなかったところであって、これに対する補償は憲法の全く予想しないところというべきであり、右のような戦争犠牲ないし戦争損害に対しては単に政策的見地からの配慮が考えられるにすぎないものと解すべきことは、当裁判所の判例の趣旨に徴し明らかである(昭和四〇年(オ)第四一七号同四三年一一月二七日大法廷判決・民集二二巻一二号二八〇八頁参照)。したがって、憲法二九条三項等の規定を適用してその補償を求める上告人らの主張は、右規定の意義・性質等について判断するまでもなく、その前提を欠くに帰するというべきであって、所論の点に関する原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、採用することができない。

 論旨は、昭和二七年四月三〇日に施行された戦傷病者戦没者遺族等援護法(同年法律第一二七号。以下「援護法」という。)により、軍人軍属等であった者又はこれらの者の遺族に対しては障害年金・遺族年金等が支給され、また、昭和二八年八月一日施行の恩給法の一部を改正する法律(同年法律第一五五号。以下「恩給法改正法」という。)により、旧軍人等又はこれらの者の遺族に対する恩給の支給が復活したところ、援護法附則二項は、戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない旨を定め、また、恩給法九条一項三号は、日本国籍を失ったときは年金たる恩給を受ける権利は消滅するものと定めており(以下、これらを「本件国籍条項」という。)、台湾住民である軍人軍属に対して本件国籍条項の適用を除外していないことから、台湾住民である上告人らは援護法又は恩給法による給付を受けることができないこととされているが、これはもと日本国籍を有していた台湾住民である軍人軍属を不当に差別するもので憲法一四条に違反する、というのである。

 そこで検討するのに、憲法一四条一項は法の下の平等を定めているが、右規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものでないことは、当裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和三七年(あ)第九二七号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五七九頁、同昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁等参照)。ところで、我が国は、昭和二七年四月二八日に発効した日本国との平和条約により、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄し(二条)、この地域に関し、日本国及びその国民に対する右地域の施政を行っている当局及び住民の請求権の処理は、日本国と右当局との間の特別取極の主題とするものとされ(四条)、また、我が国は、右条約の署名国でない国と、右条約に定めるところと同一の又は実質的に同一の条件で二国間の平和条約を締結することが予定された(二六条)。そして、我が国は、中華民国との間で日本国と中華民国との間の平和条約(以下「日華平和条約」という。)を締結し、同条約は昭和二七年八月五日に効力を生じたところ、同条約三条は、日本国及びその国民に対する中華民国の当局及び台湾住民の請求権の処理は、日本国政府と中華民国政府との間の特別取極の主題とする旨を定めている。また、台湾住民は、同条約により、日本の国籍を喪失したものと解される(最高裁昭和三三年(あ)第二一〇九号同三七年一二月五日大法廷判決・刑集一六巻一二号一六六一頁参照)。その間、昭和二七年四月三〇日に援護法が制定され、その附則二項は、戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、援護法を適用しない旨を規定したが、その趣旨は、同法上、援護対象者は日本国籍を有する者に限定され、日本国籍の喪失をもって権利消滅事由と定められているところ、同法制定当時、台湾住民等の国籍の帰属が分明でなかったことから、これらの人々に同法の適用がないことを明らかにすることにあったものと解される。その後、昭和二八年八月一日施行の恩給法改正法により、旧軍人等及びこれらの者の遺族に対する恩給の支給が復活したが、その時点においては、台湾住民は日本の国籍を喪失していたから、恩給法九条一項三号の規定の趣旨に照らし、恩給の受給資格を有しないこととなったものである。以上の経緯に照らせば、台湾住民である軍人軍属が援護法及び恩給法の適用から除外されたのは、台湾住民の請求権の処理は日本国との平和条約及び日華平和条約により日本国政府と中華民国政府との特別取極の主題とされたことから、台湾住民である軍人軍属に対する補償問題もまた両国政府の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものと解されるのであり、そのことには十分な合理的根拠があるものというべきである。したがって、本件国籍条項により、日本の国籍を有する軍人軍属と台湾住民である軍人軍属との間に差別が生じているとしても、それは右のような根拠に基づくものである以上、本件国籍条項は、憲法一四条に関する前記大法廷判例の趣旨に徴して同条に違反するものとはいえない。

 

 

・最判平成13年4月5日 在日韓国人元日本軍属障害年金訴訟

要旨

財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号)の締結後,いわゆる在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることなく戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2項を存置していたことは,憲法14条1項に違反するということはできない。

 

判旨

 1 戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)は,軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し,国家補償の精神に基づき,軍人軍属等であった者又はこれらの者の遺族を援護することを目的として制定されたものであり(1条),軍人軍属であった者の在職期間内における公務上の負傷又は疾病に対しては,所定の要件を満たす限りにおいて障害年金等を支給する旨規定しているが,軍人軍属であった者であって,7条1項に規定する程度の障害の状態になった日において日本の国籍を有しないか,又はその日以後昭和27年3月31日以前に日本の国籍を失ったものには障害年金等を支給しない旨規定し(11条2号),また,障害年金を受ける権利を有する者が日本の国籍を失ったときは,当該障害年金を受ける権利は消滅する旨規定し(14条1項2号),さらに,「戸籍法(昭和22年法律第224号)の適用を受けない者については,当分の間,この法律を適用しない。」旨規定している(附則2項)

 2 憲法14条1項は,法の下の平等を定めているが,この規定は,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理性を有する限り,何らこの規定に違反するものでないことは,当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁,最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁等参照)。

 ところで,我が国は,昭和27年4月28日に発効した日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)により,朝鮮の独立を承認して,済州島,巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄し(2条),これらの地域の施政を行っている当局及びそこの住民の日本国における財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)の処理は,日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とするものとされた(4条)。そして,平和条約の発効により,それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を有していた人すなわち朝鮮戸籍令の適用を受け朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあった人は,朝鮮国籍を取得し,日本国籍を喪失したものと解される(最高裁昭和30年(オ)第890号同36年4月5日大法廷判決・民集15巻4号657頁,最高裁昭和38年(オ)第1343号同40年6月4日第二小法廷判決・民集19巻4号898頁参照)。平和条約発効直後の昭和27年4月30日に援護法が公布施行され,同月1日にさかのぼって適用されたが,前記のとおり,援護法上,援護対象者は日本国籍を有する者に限定され,日本国籍の喪失をもって権利消滅事由と定められるとともに,援護法附則2項が設けられた。その趣旨は,援護法制定当時,それまで日本の国内法上で朝鮮人及び台湾人としての法的地位を有していた人の国籍の帰属が分明でなかったことなどから,これらの人々に援護法の適用がないことを明らかにすることにあったものと解される。

 以上の経緯に照らせば,それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を有していた軍人軍属が援護法の適用から除外されたのは,これらの人々の請求権の処理は平和条約により日本国政府と朝鮮の施政当局との特別取極の主題とされたことから,上記軍人軍属に対する補償問題もまた両政府間の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものと解されるのであり,そのことには十分な合理的根拠があるものというべきである。したがって,援護法附則2項により,日本の国籍を有する軍人軍属と平和条約の発効により日本の国籍を喪失し朝鮮国籍を取得することとなった軍人軍属との間に区別が生じたとしても,それは以上のような根拠に基づくものである以上,援護法附則2項は,憲法14条1項に関する前記各大法廷判決の趣旨に徴して同項に違反するものとはいえない(最高裁昭和60年(オ)第1427号平成4年4月28日第三小法廷判決・裁判集民事164号295頁参照)。

 3 日本国と大韓民国との間において,平和条約に基づく特別取極に相当するものとして,昭和40年6月22日,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号。以下「日韓請求権協定」という。)が締結された。そして,その2条1項において,両締約国及びその国民の財産,権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が,平和条約4条(a)に規定されたものを含めて,完全かつ最終的に解決されたこととなることが確認された。また,日韓請求権協定2条3項において,同条2項の規定に従うことを条件として,一方の締約国及びその国民の財産,権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては,いかなる主張もすることができないものとする旨規定された。他方で,同条2項(a)において,この協定は,一方の締約国の国民で1947年8月15日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産,権利及び利益に影響を及ぼすものではない旨規定された。なお,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定についての合意された議事録(以下「合意議事録」という。)には,日韓請求権協定2条に関し,「財産,権利及び利益」とは,法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうことが了解された旨記載されている。日韓請求権協定の締結後,日本国政府は,同協定2条2項(a)に該当する在日韓国人の軍人軍属の補償請求については,これらの人々が援護法の適用から除外されている以上,法律上の根拠を有する実体的権利ではないから,同項にいう「財産,権利及び利益」には当たらず,同条3項により大韓民国政府の外交保護権は放棄されており,同協定により解決済みであるとの立場をとり,他方で,大韓民国政府は,在日韓国人戦傷者の補償請求権は日韓請求権協定の解決対象には含まれておらず,同協定2条2項(a)にいう「財産,権利及び利益」に該当するものと解釈しており,同項(a)に該当する在日韓国人の軍人軍属については,大韓民国の国内法による補償の対象から除外した。そのため,これらの在日韓国人の軍人軍属は,その公務上の負傷又は疾病等につき日本国からも大韓民国からも何らの補償もされないまま推移した。その結果として,日本人の軍人軍属と在日韓国人の軍人軍属との間に公務上の負傷又は疾病等に対する補償につき差別状態が生じていたことは否めない。上記のとおり援護法附則2項が援護法の制定当時においては十分な合理的根拠を有していたとしても,日韓請求権協定の締結後,上記のような差別状態が生じていたにもかかわらず,立法府が在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることなく援護法附則2項を存置してきたことについては,そのことが憲法14条1項に違反しないか否かが更に検討されなければならない。

 ところで,軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡のような戦争犠牲ないし戦争損害に対する補償は,憲法の予想しないところというべきであり,その補償の要否及び在り方は,事柄の性質上,財政,経済,社会政策等の国政全般にわたった総合的政策判断を待って初めて決し得るものであって,これについては,国家財政,社会経済,戦争によって国民が被った被害の内容,程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解される(最高裁昭和40年(オ)第417号同43年11月27日大法廷判決・民集22巻12号2808頁,最高裁昭和58年(オ)第1337号同62年6月26日第二小法廷判決・裁判集民事151号147頁,最高裁平成5年(オ)第1751号同9年3月13日第一小法廷判決・民集51巻3号1233頁参照)。また,以上のような日韓請求権協定の締結後の経過や国際情勢の推移等にかんがみると,援護法附則2項を廃止することをも含めて在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることとするか否かは,大韓民国やその他の国々との間の高度な政治,外交上の問題でもあるということができ,その決定に当たっては,変動する国際情勢,国内の政治的又は社会的諸事情等をも踏まえた複雑かつ高度に政策的な考慮と判断が要求されるところといわなければならない。これらのことからすれば,日韓請求権協定の締結後,上告人らを含む在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることなく援護法附則2項を存置したことは,いまだ上記のような複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき立法府の裁量の範囲を著しく逸脱したものとまでいうことはできず,本件各処分当時において憲法14条1項に違反するに至っていたものとすることはできない。

 

 

・東京高裁平成14年1月23日

要旨

ゴルフクラブへの外国人の入会を制限する旨の理事会決議は民法九〇条に違反するものではないから同決議に基づいて在日韓国人のゴルフクラブへの入会を拒否したことが違法ではないとされた事例

 

私人である社団ないし団体には結社の自由が保障されているから、新たな構成員の加入条件は、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるものであって、結社の自由を制限してまでも相手方の平等の権利を保護しなければならないほどに、相手方の平等の権利に対して重大な侵害がされ、その侵害の態様、程度が憲法の規定の趣旨に照らして社会的に許容しうる限界を超えるといえるような極めて例外的な場合に限り、新たな構成員の加入を拒否する行為が民法90条により無効となり、民法709条の不法行為にあたるものというべきであるところ、私的な社団としてのゴルフクラブの構成員の加入を国籍によって制限することは、そのような例外的な場合に該当するものということはできない。

第3章 国民の権利及び義務 刑事施設被収容者の人権(2)

  目次

【信書の発受の自由】

・受刑者の信書発信の自由 最判平成18年3月23日

要旨

1 監獄法46条2項は,具体的事情の下で,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持,受刑者の身柄の確保,受刑者の改善,更生の点において放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があると認められるときに限り,この障害の発生防止のために必要かつ合理的な範囲においてのみ上記信書の発受の制限が許されることを定めたものとして,憲法21条,14条1項に違反しない。

2 刑務所長が受刑者の新聞社あての信書の発信を不許可としたことは,刑務所長が,具体的事情の下で,上記信書の発信を許すことにより刑務所内の規律及び秩序の維持,受刑者の身柄の確保,受刑者の改善,更生の点において放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があるかどうかについて考慮していないこと,上記信書が,国会議員に対して送付済みの請願書等の取材等を求める旨の内容を記載したものであり,その発信を許すことによって刑務所内に上記の障害が生ずる相当のがい然性があるということができないことなど判示の事情の下においては,裁量権の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用したものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法となる。

 

 

判旨

監獄法46条2項の解釈上,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は,その必要性が広く認められ,前記第1の要件及び範囲でのみその制限が許されると解されるところ,前記事実関係によれば,熊本刑務所長は,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は特に必要があると認められる場合に限って許されるべきものであると解した上で,本件信書の発信については,権利救済又は不服申立て等のためのものであるとは認められず,その必要性も認められないと判断して,これを不許可としたというのであるから,同刑務所長が,上告人の性向,行状,熊本刑務所内の管理,保安の状況,本件信書の内容その他の具体的事情の下で,上告人の本件信書の発信を許すことにより,同刑務所内の規律及び秩序の維持,上告人を含めた受刑者の身柄の確保,上告人を含めた受刑者の改善,更生の点において放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があるかどうかについて考慮しないで,本件信書の発信を不許可としたことは明らかというべきである。しかも,前記事実関係によれば,本件信書は,国会議員に対して送付済みの本件請願書等の取材,調査及び報道を求める旨の内容を記載したC新聞社あてのものであったというのであるから,本件信書の発信を許すことによって熊本刑務所内に上記の障害が生ずる相当のがい然性があるということができないことも明らかというべきである。そうすると,熊本刑務所長の本件信書の発信の不許可は,裁量権の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用したものとして監獄法46条2項の規定の適用上違法であるのみならず,国家賠償法1条1項の規定の適用上も違法というべきである。これと異なる原審の判断には,監獄法46条2項及び国家賠償法1条1項の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。これと同旨をいう論旨は理由がある。

そして,熊本刑務所長は,前記のとおり,本件信書の発信によって生ずる障害の有無を何ら考慮することなく本件信書の発信を不許可としたのであるから,熊本刑務所長に過失があることも明らかというべきである。

 

 

【死刑確定者の信書発信の自由 最判平成11年2月26日】

要旨

東京拘置所に収容されている死刑確定者が新聞社にあてて投稿文を発送することの許可を求めたのに対し、東京拘置所長が、死刑確定者の心情の安定にも十分配慮して、死刑の執行に至るまでの間、社会から厳重に隔離してその身柄を確保するとともに、拘置所内の規律及び秩序が放置することができない程度に害されることがないようにするために、これを制限することが必要かつ合理的であるか否かを判断して不許可とした処分には、原判示の事実関係の下においては、裁量の範囲逸脱した違法があるとはいえず、右処分は適法である。

 

 

判旨

死刑確定者の拘禁の趣旨、目的、特質にかんがみれば、監獄法四六条一項に基づく死刑確定者の信書の発送の許否は、死刑確定者の心情の安定にも十分配慮して、死刑の執行に至るまでの間、社会から厳重に隔離してその身柄を確保するとともに、拘置所内の規律及び秩序が放置することができない程度に害されることがないようにするために、これを制限することが必要かつ合理的であるか否かを判断して決定すべきものであり、具体的場合における右判断は拘置所長の裁量にゆだねられているものと解すべきである。原審の適法に確定したところによれば、被上告人東京拘置所長は東京拘置所の採用している準則に基づいて右裁量権を行使して本件発信不許可処分をしたというのであるが、同準則は許否の判断を行う上での一般的な取扱いを内部的な基準として定めたものであって、具体的な信書の発送の許否は、前記のとおり、監獄法四六条一項の規定に基づき、その制限が必要かつ合理的であるか否かの判断によって決定されるものであり、本件においてもそのような判断がされたものと解される。そして、原審の適法に確定した事実関係の下においては、同被上告人のした判断に右裁量の範囲を逸脱した違法があるとはいえないから、本件発信不許可処分は適法なものというべきである。

 

河合裁判所反対意見

 1 他人に対して自己の意思や意見、感情を表明し、伝達することは、人として最も基本的な欲求の一つであって、その手段としての発信の自由は、憲法の保障する基本的人権に含まれ、少なくともこれに近接して由来する権利である。死刑確定者といえども、刑の執行を受けるまでは、人としての存在を否定されるものではないから、基本的にはこの権利を有するものとしなければならない。もとより、この権利も絶対のものではなく、制限される場合もあり得るが、それは一定の必要性・合理性が存する場合に限られるべきである。

 すなわち、死刑確定者の発信については、その権利の性質上、原則は自由であり、一定の必要性・合理性が認められる場合にのみ例外的に制限されるものと解すべきであって、監獄法四六条及び五〇条の規定も、この趣旨に解されることは明らかである。

しかるに、東拘基準は、この原則と例外を逆転し、わずかの場合を除き、死刑確定者の発信を、それを制限することの具体的必要性や合理性を問うことなく、一般的に許さないとしているのであって、右の権利の性質に矛盾し、法の規定にも反するものといわねばならない。

 

 

 しかし、拘置所長の右裁量権の行使が合理的なものでなければならないことは、多言するまでもない。したがって、拘置所長が、拘禁の目的が阻害され、あるいは監獄内の規律・秩序が害されることを理由に、右裁量権の行使として、死刑確定者の発信を制限する場合でも、そのような障害発生の一般的・抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、対象たる文書の内容、あて先、被拘禁者の性向や行状その他の関係する具体的事情の下において、その発信を許すことにより拘禁の目的の遂行又は監獄内の規律・秩序の保持上放置することのできない障害が生ずる相当の蓋然性があることを具体的に認定することを要し、かつ、その認定に合理的根拠が認められなければならない。さらに、その場合においても、制限の程度・内容は、拘置所長がその障害発生の防止のために必要と判断し、かつ、その判断に合理性が認められる範囲にとどまるべきものである(注)。

 

 4 拘置所長の右認定・判断は、本来個々の文書ごとにされるべきものであるが、対象たる文書の性質等によっては、ある程度の類型的認定・判断が可能なものもあるであろう。したがって、そのような文書につき、右の類型的な認定・判断に基づいてあらかじめ取扱基準を設けておき、発信の許可を求められた文書が右類型に属する場合には、その基準によってこれを取り扱うという措置も、まったく許されないものとはいえない。しかし、そのような取扱いが拘置所長の裁量権の合理的行使として是認されるためには、右3で述べた障害発生の相当の蓋然性があることの具体的認定とその認定の合理的根拠の存在、並びに、その基準の定める程度・内容の制限が必要であるとの判断とその判断の合理性が、当該類型的取扱いが対象とする死刑確定者の文書のすべてを通じて、認められなければならない。

 5 東拘基準は、死刑確定者が発信を求める文書のうち、前述の除外文書以外の一般文書のすべてを対象として、これを許さないとするものである。 右に述べたところからすれば、そのような類型的取扱いが拘置所長の裁量権の行使として是認されるためには、(イ)拘置所長が、「死刑確定者に一般文書の発出を許せば、個々の文書の内容やあて先、その発信を求める理由や動機、個々の死刑確定者の個性や気質、日常の行状など、具体的事情の如何を問わず、常に、拘禁の目的の遂行又は監獄内規律・秩序の保持上放置できない障害が生ずる相当の蓋然性がある」と認定したこと、(ロ)その拘置所長の認定に合理的な根拠があると認められること、(ハ)拘置所長が、「そのような障害発生を防止するためには、死刑確定者の一般文書の発出をすべて不許可とする措置が必要である」と判断したこと、及び、(ニ)拘置所長のその判断に合理性が認められること、という要件がそろわなければならない。

しかし、東拘基準を設定し、あるいはこれを維持するに当たり、東京拘置所長において、右(イ)及び(ハ)の認定・判断をしたか否かは明らかでなく、たとえそのような認定・判断をしていたとしても、それについて右(ロ)及び(ニ)の要件が満たされているとはとうてい認めることができない。本件記録によっても、これらの諸点について具体的な主張・立証は全くされておらず、原判決も何らの認定・判断を示していない。

したがって、東拘基準による類型的取扱いを拘置所長の合理的裁量権の行使として、是認することはできない。

 四 被上告人東京拘置所長は、本件文書の発出の許否を決するにあたっては、本来、前記三3の認定・判断をするべきであった。

 しかるに、そのような具体的認定・判断をしたとの事実は全く主張・立証されておらず、原審もまた確定していないところであって、同被上告人は単に東拘基準を適用したのみで本件処分をしたと解するほかはない。そして、東拘基準及びこれに基づく類型的取扱いを是認できないことは右に述べたとおりであるから、結局、上告人の本件文書の発出を許可しなかった本件処分は、何らの合理的理由なしに上告人の発信の権利を制限したものとして、違法といわざるを得ない。

 したがって、これを適法とした原判決は法律の適用を誤ったものであるから、その余の論旨について判断するまでもなく、これを破棄し、更に審理をさせるため本件を原審に差し戻すべきものである。

 

東京高裁平成8年10月30日

要旨

死刑確定者が戸外運動の制限につき救済を求めるために国際連合人権委員会

あてに発信しようとした書面について、拘置所長がした発信不許可処分が違

法であるとして国家賠償が認容された事例

 

 

判旨

死刑確定者といえども、憲法上認められる基本的人権が死刑確定者の拘禁の目的、性格及び特殊性から必要かつ合理的な根拠の認められる範囲を超えて制限される理由はないから、被控訴人所長がする一般的取扱基準の適用は、死刑確定者の拘禁の目的等を達成する見地から認められる合理的な裁量権の行使でなければならず、右一般的取扱基準を適用することにつき合理性が認められない場合には、裁量権の行使は濫用となるというべきである。

特に死刑確定者のする公的機関に対する自己又は自己を含めた同じ立場の者の権利救済を内容とする通信については、その表現行為の趣旨がより基本的な人権の享有につながるものであるから、その制限は慎重な配慮をもってされるべきである。

以上の観点からすると、とくに、発信の内容が発信者の権利救済を目的とし、かつ発信の宛先が官公署又はこれに準ずる権利救済の機関であり、その機関が権利救済の機関として一定の権威と実績を有する場合については、本人の権利保護のために必要かつやむを得ないと認められる場合であるか否かという要件のみを適用して、結果として被控訴人所長が発信者の権利救済の実効性等についての最終的判断を先取りすることとなる取扱いは相当でなく、改めて、死刑確定者の拘禁の目的等に照らして合理的な制限に該当するか否かについて通達の趣旨に基づく判断をして発信の許否を決定する必要があるものと考える。

そうすると、控訴人の第一申請に係る発信は、戸外運動の制限に関し、控訴人及び他の在監者の人権救済を目的とするものであり、その宛先は、我が国も加盟する国連の一機関であって権利救済の機関として権威と実績を有し、広い意味において我が国の官公署に準ずる機関と見ることもできるから、これを許可することによって、通達が想定するような、(1)本人の身柄の確保を阻害し又は社会一般に不安の念を抱かせるおれ、(2)本人の心情の安定を害するおそれ、あるいは(3)その他の施設の管理運営上の支障の発生のおそれが生じるなどの弊害を想定することは困難であり、被控訴人所長が、一般的取扱基準(5)を適用し、このような内容の発信は本人の権利保護のために必要かつやむを得ないと認められないとしてこれを不許可とすることは、前判示のような死刑確定者の拘禁の目的等に照らして合理的な制限に当たるということはできず、被控訴人所長の裁量権の範囲を超え濫用になると考えざるを得ない。

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