未成年者の人権(2)・熊本地裁昭和60年11月13日 丸刈り訴訟


▼ 目次


【熊本地裁昭和60年11月13日 丸刈り訴訟】

要旨

1 町立中学校長が制定した男子生徒の髪形を「丸刈,長髪禁止」と定める校則の無効確認の訴えにつき,同中学校を卒業した者及びその両親は,訴えの利益を有しないとした事例 

2 町立中学校を卒業した者及びその両親が,同校校長に対し,同校校長が制定した男子生徒の髪形を「丸刈,長髪禁止」と定める校則に違反したことを理由として右卒業者に対して不利益処分を行うことの禁止を求める訴えが,不適法であるとされた事例 

3 町立中学校長が制定した男子生徒の髪形を「丸刈,長髪禁止」と定める校則は,憲法14条,21条,31条に違反しないとした事例 

4 町立中学校長が男子生徒の髪形を「丸刈,長髪禁止」と定める校則を制定,公布したことは,裁量権を逸脱したとはいえず,違法ではないとした事例

 

判旨

憲法違反の主張について

(一) 憲法一四条違反の主張について

原告らは、原告aは、校区制のため本件中学に通学したが、通学可能な地域に丸刈を強制していない中学校が三校存在するから、原告aは、住居地により差別的取扱いを受けていると主張するが、服装規定等校則は各中学校において独自に判断して定められるべきものであるから、それにより差別的取扱いを受けたとしても、合理的な差別であつて、憲法一四条に違反しない。

次に原告らは、本件校則は、髪の長さについて女子生徒と、男子生徒とで異なる規定をおいているから、性別による差別であると主張するが、男性と女性とでは髪形について異なる慣習があり、いわゆる坊主刈については、男子にのみその習慣があることは公知の事実であるから、髪形につき男子生徒と女子生徒で異なる規定をおいたとしても、合理的な差別であつて、憲法一四条には違反しない。

(二) 憲法三一条違反の主張について

原告らは、本件校則は頭髪という身体の一部について法定の手続によることなく切除を強制するものであるから、憲法三一条に違反すると主張するが、成立に争いのない乙第三号証及び被告校長本人尋問の結果によれば、本件校則には、本件校則に従わない場合に強制的に頭髪を切除する旨の規定はなく、かつ、本件校則に従わないからといつて強制的に切除することは予定していなかつたのであるから、右憲法違反の主張は前提を欠くものである。

(三) 憲法二一条違反について

原告らは、本件校則は、個人の感性、美的感覚あるいは思想の表現である髪形の自由を侵害するものであるから憲法二一条に違反すると主張するが、髪形が思想等の表現であるとは特殊な場合を除き、見ることはできず、特に中学生において髪形が思想等の表現であると見られる場合は極めて希有であるから、本件校則は、憲法二一条に違反しない。

裁量権の逸脱の主張について

中学校長は、教育の実現のため、生徒を規律する校則を定める包括的な権能を有するが、教育は人格の完成をめざす(教育基本法第一条)ものであるから、右校則の中には、教科の学習に関するものだけでなく、生徒の服装等いわば生徒のしつけに関するものも含まれる。もつとも、中学校長の有する右権能は無制限なものではありえず、中学校における教育に関連し、かつ、

その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるものであるが、具体的に生徒の服装等にいかなる程度、方法の規制を加えることが適切であるかは、それが教育上の措置に関するものであるだけに、必ずしも画一的に決することはできず、実際に教育を担当する者、最終的には中学校長の専門的、技術的な判断に委ねられるべきものである。従つて、生徒の服装等について規律する校則が中学校における教育に関連して定められたもの、すなわち、教育を目的として定められたものである場合には、その内容が著しく不合理でない限り、右校則は違法とはならないというべきである。

そこでまず本件校則の制定目的についてみると、証人hの証言及び被告校長本人尋問の結果によれば、本件校則は、生徒の生活指導の一つとして、生徒の非行化を防止すること、中学生らしさを保たせ周囲の人々との人間関係を円滑にすること、質実剛健の気風を養うこと、清潔さを保たせること、スポーツをする上での便宜をはかること等の目的の他、髪の手入れに時間をかけ遅刻する、授業中に櫛を使い授業に集中しなくなる、帽子をかぶらなくなる、自転車通学に必要なヘルメツトを着用しなくなる、あるいは、整髪料等の使用によつて教室内に異臭が漂うようになるといつた弊害を除却することを目的として制定されたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、被告校長は、本件校則を教育目的で制定したものと認めうる。

次に、本件校則の内容が著しく不合理であるか否かを検討する。確かに、原告ら主張のとおり、丸刈が、現代においてもつとも中学生にふさわしい髪形であるという社会的合意があるとはいえず、スポーツをするのに最適ともいえず、又、丸刈にしたからといつて清潔が保てるというわけでもなく、髪形に関する規制を一切しないこととすると当然に被告町の主張する本件校則を制定する目的となつた種々の弊害が生じると言いうる合理的な根拠は乏しく、又、頭髪を規制することによつて直ちに生徒の非行が防止されると断定することもできない。更に弁論の全趣旨により真正に作成されたと認められる乙第五号証、証人iの証言および原告b本人尋問の結果によれば、熊本県内の公立中学校二〇九校中長髪を許可しているのは三二校であるが、これを熊本市内に限つてみると二六校中二一校が長髪を許可しており、本件中学に隣接し、かつて本件中学の教頭であつた証人hが現に教頭として勤務している中学校においても長髪が許可されていること、最近長髪を禁止するに至つた学校が数校あるが、全体の傾向としては長髪を許可する学校が増えつつあることが認められる。してみると、本件校則の合理性については疑いを差し挾む余地のあることは否定できない。

しかしながら、本件校則の定めるいわゆる丸刈は、前示認定のとおり時代の趨勢に従い特に都市部では除々に姿を消しつつあるとはいえ、今なお男子児童生徒の髪形の一つとして社会的に承認され、特に郡部においては広く行われているもので、必らずしも特異な髪形とは言えないことは公知の事実であり、前出乙第三号証、証人hの証言及び被告校長本人尋問の結果によれば、本件中学において昭和四〇年の創立以来の慣行として行われてきた男子丸刈について昭和五六年四月九日に至り初めて校則という形で定めたものであること、本件校則には、本件校則に従わない場合の措置については何らの定めもなく、かつ、被告校長らは本件校則の運用にあたり、身体的欠陥等があつて長髪を許可する必要があると認められる者に対してはこれを許可し、それ以外の者が違反した場合は、校則を守るよう繰り返し指導し、あくまでも指導に応じない場合は懲戒処分として訓告の措置をとることとしており、たとえ指導に従わなかつたとしてもバリカン等で強制的に丸刈にしてしまうとか、内申書の記載や学級委員の任命留保あるいはクラブ活動参加の制限といつた措置を予定していないこと、被告中学の教職員会議においても男子丸刈を維持していくことが確認されていることが認められ、他に右認定に反する証拠はなく、又、弁論の全趣旨によれば現に唯一人の校則違反者である原告aに対しても処分はもとより直接の指導すら行われていないことが認められる。右に認定した丸刈の社会的許容性や本件校則の運用に照らすと、丸刈を定めた本件校則の内容が著しく不合理であると断定することはできないというべきである。

以上認定したところによれば、本件校則はその教育上の効果については多分に疑問の余地があるというべきであるが、著しく不合理であることが明らかであると断ずることはできないから、被告校長が本件校則を制定・公布したこと自体違法とは言えない。

 

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第一本案前の判断

一本件校則の無効確認請求について

無効確認の訴は、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分を前提とする現在の法律関係に関する訴によつて目的を達することができないものに限り、提起することができるところ、原告aが昭和五九年三月本件中学を卒業したことについては当事者間に争いがなく、原告b及び同cは原告aの両親であるというにすぎず本件中学の生徒でないことはもちろんであるから、原告らが本件校則の制定、公布に続く処分を受けるおそれはないというベきである。そして、原告らは、原告aの人格権に対する侵害は同原告の卒業後も続いている、原告aの弟がおり、本件中学に昭和六一年に入学予定であるから、同人に対する人格権侵害を予防する必要があると主張するが、人格権に対する侵害については、損害賠償等現在の法律関係に関する訴によつてその目的を達成しうるし、本件中学に入学予定の原告aの弟がいることは、本件校則の無効確認を求める法律上の利益とはいえず、その他原告らに、本件校則の無効確認を求める法律上の利益があると認めるべき事情は見出せない。したがつて、原告らは、いずれも本件校則の無効確認を求める訴について原告適格あるいは訴の利益を有しないものというべきであり、原告らの本件無効確認の訴はいずれも不適法な訴として却下すべきものである。

二 無効であることの周知手続を求める請求について

原告らの本件請求は、被告校長に対し、本件校則が無効であることを関係者に周知させることを求めるものであり、一見被告校長に対し一定の給付を求めているかに見えるが、その実質は本件校則が無効であることの確認を求めているものに他ならない。してみると、原告らは、本件請求についても前示のとおり原告適格あるいは訴の利益を有しないものというべきであるから、原告らの本件請求はいずれも不適法な訴として却下を免れない。

三 不利益処分の禁止を求める請求について

原告らは、被告校長に対し、原告aに対し本件校則違反を理由とする不利益処分をしないことを求めるものであるが、原告らが禁止を求める右処分は、行政庁たる被告校長がこれをなすべきものであるから、結局、原告らは行政庁に対し不作為を求めるものであると解される。ところで、行政庁に対して作為又は不作為を求める訴訟は、(1)行政庁が当該分をなすべきこと又はなすべからざることについて法律上羈束されており、行政庁に自由裁量の余地が全く残されていないために第一次的な判断権を行政庁に留保することが必らずしも重要ではないと認められ、しかも(2)事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前の救済の必要が顕著であり、(3)他に適切な救済方法がない等、事前の救済をめないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合でない限り、訴の利益を欠き不適法であると解すべきところ、原告aが本件中学入学以来、終始本件校則にしたがわなかつたが、そのことを理由とする処分を何ら受けないまま同中学を卒業したことは、弁論の全趣旨に徴し当事者間に争いがなく、右事実によれば、将来、原告らに重大な権利侵害をもたらすような何らかの処分がなされるおそれがあると認めることはできず、その他前示のごとき特段の事情の存在は見出せないから、原告らの本件不利益処分の禁止を求める請求は、訴の利益を欠き、いずれも不適法として却下すべきものである。