10条 国民の要件 ・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(2)

【最大判昭和36年4月5日】補足意見等

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▼ 10条 国民の要件 国籍法・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(1)


 ▼ 10条 国民の要件 ・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(3) 【最大判昭和36年4月5日】補足意見等


【裁判官藤田八郎の補足意見】は次のとおりである。

 多数意見は平和条約第二条により、同条約の発効と同時に、当時朝鮮戸籍令によつて朝鮮戸籍に登録されていたものは、本来の朝鮮人のみならず、朝鮮人との婚姻等に因り、共通法三条一項の規定によつて内地における本籍を失い朝鮮の戸籍に入つた本来の日本人をもすべて朝鮮人としての法的地位をもつ人として、右条約の効力として、条約発効の時を時限として当然に日本の国籍を喪失するものとしている。

 しかしながら、日本人としての国籍喪失の問題は、わが国の国内法上の問題であつて(憲法一〇条)、平和条約の国際法上の効力として、直接かかる効果を発生するものとすることはできない、平和条約の国内法上の効力の問題として理解されなければならないものである。しかるときに、多数意見は、平和条約発効のときに既に施行後数年を経ていた日本国憲法ならびにこの憲法の施行に伴つてその趣旨に沿うて改正された民法その他の国内法秩序と平和条約との関連をいかに理解せんとするものであろうか。

  条約の国内法上の効力は、憲法の趣旨に背反して解釈することの許されないことは当然であろう。憲法の施行につれて民法は改正されいわゆる家は廃止された。平和条約発効当時において、共通法三条にいわゆる「家ニ入ル」「家ヲ去ル」の理念はその適用の根拠を失つているのである。そして民法の改正に伴つて、戸籍法も改正され、いわゆる本籍の概念は一変した。従来の「家」という抽象的、観念的の団体を基本単位として、これに属する人の身分関係を明らかにするという意義の本籍は廃罷されて、新に夫婦親子という通常の親族共同生活態をもつて戸籍の単位とすることとなつた。まさに戸籍法の劃期的な変革であつて、共通法が朝鮮人たる身分の得喪の基準としたところの在来の本籍なる観念はこのときをもつて全く消失したのである。一方、国籍に関しても昭和二五年五月新国籍法は制定され、旧国籍法に採用されていたいわゆる夫婦国籍同一主義は、もともとわが国在来の家族制度の趣意に沿うものであり、新憲法の個人の尊厳、夫婦の平等、国籍離脱の自由の原則等の理念とは相容れないものであつたがためこれを廃止し、現時世界の大勢に従つて、夫婦国籍独立主義を採用したのである(八条参照)。

 これら新しい国内諸法規の趣意からみて、平和条約の国内法的効力を解釈するにあたつて、同条約発効当時に、尚かつ共通法三条の規定を肯定して国籍の得喪を論議することは、いかにしても不合理ではなかろうか。

 多数意見は、日本国憲法施行後、民法改正の後に、そして、平和条約発効までの間に朝鮮人と婚姻した日本婦人についても、共通法の規定によつて、その日本婦人は「内地ノ家ヲ去ル」ものとして、従つて日本における本籍を失つたものとして、平和条約発効と同時に日本の国籍を喪失したものと解して何の疑念をもさしはさまないのであろうか。とすればあまりにも憲法の趣旨とかけはなれた解釈と評せざるを得ないのではないか。日本国憲法に伴う諸改正法規の施行された以後においては、朝鮮人と婚姻したが故に、従つて日本の家を去るが故に日本の本籍を失うという観念は、新民法からいつても、新戸籍法からいつても、さらに新国籍法の理念からいつても是認し得ないところのものではないか。しかもこれらの法律改正は日本国憲法の趣意に淵源するものであることを銘記しなければならない。

 わが国は昭和二〇年八月ポツダム宣言を受諾して事実上朝鮮の独立を承認したのである。朝鮮は同月一五日をもつてその独立の記念日としていること、そしてその時以後独立国の実体をそなえていることは世界公知の事実である。少くとも朝鮮在住の朝鮮人はこの時以後日本国の国籍を喪失したものと解すべきは疑を容れないところであろう。(多数意見は朝鮮在住の朝鮮人についても、平和条約発効までは日本の国籍を失わなかつたとするのであろうか。)

 昭和二七年四月締結された平和条約第二条は、法律上明確に朝鮮の独立を承認しているのであるが、これはさきになされた事実上の承認を法律上明認したものと解すべきであろう。従つて朝鮮の独立承認にもとづく朝鮮人の日本の国籍喪失の基準は、わが国がポツダム宣言の受諾によつて事実上朝鮮の独立を承認した時を基準としなければならないものであると思う。この時は、もとより日本国憲法の施行以前であり、いわゆる共通法秩序は厳として存在していた時期である。この時を基準とするかぎりにおいて、多数意見の説くところはすべて是認し得るのであつて、本件の上告人はその以前において朝鮮人と婚姻し、朝鮮の家に入り日本の本籍を失つていたものであることは原判決の確定するところであるから、上告人はこの時を基準として日本の国籍を喪失したものと解すべきである。

 

 

【裁判官入江俊郎】の補足意見は次のとおりである。

 一、上告人の憲法および国籍法違反の主張の理由のないこと、および本件上告人の日本国籍の喪失は、日本国との平和条約の規定に基づくものであることについては、わたくしは多数意見と同様である。ところで、本件上告人の日本国籍喪失の根拠規定たる前記条約第二条(a)項は、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、……朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」と規定しており、朝鮮に対する領土主権を放棄するものであることは疑いないが、これに伴つていかなる限度において対人主権を放棄することになるかは必らずしも明瞭ではなく、対人主権を放棄することとした朝鮮に属すべき人の範囲は、右条約の規定の成立するに至つた経緯を顧み、同規定の趣旨に従つて、解釈によつて定めるほかはないものと思う。

 二、わたくしは、先ず、前記条約の朝鮮の独立を承認した規定は、明治四二年日本国と旧韓国との間に成立した韓国併合条約により発生した状態を除去し、終戦後独立した朝鮮国家に、併合なかりせば旧韓国が持つていたはずのものと認められる領土主権および対人主権を回復し、いわば、併合なかりせば、法律上かくのごとくであつたと認めうる法的状態を実現すること(原状回復)を主眼としたものであると考えるのである。そこで、これを前提として、朝鮮の独立を承認したことに伴つて対人主権を放棄することとした朝鮮に属すべき人の範囲につき考えてみると、併合前の韓国人またはその子孫で併合後その者の身分上に特段の変動のなかつた者(いわば生来の朝鮮人)は、朝鮮に属すべき人として、わが国がこれに対する対人主権を放棄したものであることは、前記平和条約の規定の解釈上問題はないであろう。しかし、それ以外の者、例えば、生来の日本人である女子が、併合後前記のような生来の朝鮮人と婚姻入籍した本件上告人のごとき場合、その他昭和二七年四月一九日付民事局長通達の第一、朝鮮及台湾関係の(二)、(三)に掲げられたような者の場合等において、その者の日本国籍がどうなるかは、その個々の場合ごとに、併合なかりせばその者の国籍は法制上どうなつているであろうかということを考えて、それに合致する限度において、判断すべきであると思う。或いは、前記条約の規定は生来の朝鮮人以外の者の日本国籍の喪失についてまで定めたものではなく、それらの者については、専ら朝鮮国家独立の際におけるわが国の国内法の規定によるべきであるという者があるかもしれないが、わたくしは、前記条約の規定は、前述のごとく原状回復を趣旨とするものと考えるのであつて、その趣旨に合致する限度において、生来の朝鮮人以外の者の日本国籍の喪失についても規定していると解するのである。

 そこで、これを本件に即して調べてみると、当時の旧韓国の法制によれば、旧韓国人男子に嫁した外国人女子は旧韓国の国籍を取得することとなつており、また当時のわが国の旧国籍法(明治三二年法律六六号)一八条によれば、日本人が外国人の妻となり、夫の国籍を取得したときは日本国籍を失うこととなつていたことが明らかであるから、もし韓国併合なかりせば、前記のように生来の朝鮮人と婚姻した生来の日本人である上告人は、その当時韓国の国籍を取得するとともに、日本国籍を失うべかりし者であつたことが明らかであり、そしてこのことは、併合なかりせば上告人が婚姻した時そのように確定して既成の事実となつてしまつたはずの事柄であつて、前記条約の規定はそのような事柄に着目し、そのような法的状態を、朝鮮国家独立の際実現せんとするものである。このことは、その後わが国に日本国憲法が施行され、また国籍法が改正されて夫婦同一国籍主義をやめたとしても、それによつて影響を受くべきものではない。けだし、前記条約の規定をこのように解することは、日本国憲法に何ら違反するものではなく(夫婦同一国籍主義そのものが憲法に違反するものとは考えられない。そしてこの主義は、新憲法施行後たる昭和二五年に、同年法律一四五号国籍法が施行されるまで、旧国籍法一八条、二一条等によつて認められていたのである。)、また本件日本国籍喪失は、前記条約の規定に基づくものであつて、国籍法に基づくものでないこと冒頭に述べたとおりであるから、新国籍法の施行とは関係がないというべきだからである。しからば、上告人は前記条約の規定の解釈上、朝鮮国家独立とともに日本国籍を喪失するに至つたものというほかはない。

 以上は、原判決の理由説示と同趣旨であり、本件判決の理由としては、わたくしはこれをもつて足りるものと考える。

 三、多数意見は、「右平和条約の規定の解釈上、朝鮮に属すべき人というのは、日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位をもつた人と解するのが相当である。」と説示し、併合後において、わが国の国内法上朝鮮人とされる者についての法制を詳述しているが、併合後わが国の国内法制が、朝鮮人としての法的地位を持つ者としからざる者とを区別したのは、併合により日本人となつた従前の韓国人と生来の日本人との双方を含めた日本国籍を有する者についての区別であつて、それは立法政策の要請に応じ、適正妥当な範囲においていかようにも定め得たところのものである。或いは併合後のわが国の国内法制における朝鮮と内地との関係は、あだかも準国際私法的なものであつて、朝鮮戸籍が内地戸籍とは別個の独立性を認められていたことをもつて、朝鮮戸籍は旧韓国の国籍と実質を同じくするものであるとして、朝鮮戸籍令の適用をうけ朝鮮戸籍に登載された者は、すべて朝鮮国家の独立とともに、日本国籍を失うものであるという考え方があるかもしれない。多数意見は結局そのような立場に立つもののごとくであるが、わたくしは、併合後のわが国の国内法制が朝鮮戸籍に独立性を認めたからといつて、それを旧韓国の国籍と実質を同じくするとの考え方には、併合後のわが国の朝鮮に対する立法政策の動向に照らし、にわかに賛同することができない。従つて、たとえわが国内法制において朝鮮人との婚姻または養子縁組によつて朝鮮人の家に入つた日本人は、共通法三条一項により朝鮮戸籍に登載され、他方内地戸籍から除籍され、法律上で朝鮮人として取扱われたからといつて、もし上告人の婚姻当時の旧韓国の法制および当時における日本の旧国籍法が前記のような夫婦同一国籍主義を認めておらず、日本人たる女子が外国人の妻となつても依然日本国籍を失うものでないとされていたとするならば、併合がなかつたとしても、その日本人たる女子は日本国籍を失うことはないのであるから、前記条約の規定の解釈からいつて、上告人は、朝鮮国家の独立とともに、日本国籍を失つた者であるとすることはできないわけである。すなわち、本件においては、併合後におけるわが国の国内法制上、上告人が朝鮮人としての法的地位をもつていたとの一事をもつて、日本国籍を失うに至つたというべきではなく、前記のような旧韓国の法制およびわが国の旧国籍法一八条の規定が当時存在していたことと相まつて、はじめて前記条約の規定の解釈上、上告人が朝鮮国家の独立とともに、日本国籍を失つたものとされるのである。なお、わたくしは、本件国籍の喪失は、前記条約発効の時に生じたものであるとの見解に立つものである。

 わたくしは以上の趣旨において、多数意見に賛同する。