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要旨

 子が提起した自己の国籍確認請求訴訟に,その母が併合提起した子の国籍確認請求訴訟が,訴えの利益を欠くとして不適法とされ た事例 2 子は,自己の国籍確認請求訴訟において,父母の性別による差別を理由に,国籍法2条1号ないし3号の規定の違憲性を主張することができるとし た事例 3 国籍の取得につき父系優先血統主義をとる国籍法2条1号ないし3号の規定は,父母の性別による差別を設けるものであるが,これは重国籍防止の ため必要かつ有用であり,補完的な簡易帰化制度を併せ伴う限り不合理な差別とはいえず,憲法13条,14条,24条2項等の規定に違反しないとした事例

判旨続き

国民の要件 父系優先血統主義について・東京地判昭和56年3月30日


4 父系優先血統主義には右のような重国籍発生防止の効果がある反面、これによると、日本人母の子は父が外国人である限り原則として生来的日本国籍を取得できないこととなるばかりでなく、場合によつては無国籍となることがあり得る(生地主義をとる外国の国民を父として日本で出生した場合など)。重国籍防止のために無国籍を生じさせること自体行きすぎというべきであるし、また、個人の人権尊重を第一義とする近代の傾向からすれば、無国籍の防止は重国籍の防止よりも重要であり、もし両者が抵触し二者択一を迫られるときは、前者を優先させるべきものであろう。

そこで、この点につき国籍法がいかに対処しているかをみるのに、国籍法は、右のような立場におかれた子に一つきいわゆる簡易帰化により日本国籍を取得する途を設けている。すなわち、これらの子が日本国籍を有しないことによる不利益な効果は、子が日本に在住し将来も日本で生活をしようとする場合に現実化するものと考えられるところ、国籍法六条二号は、「日本国民の子(養子を除く。)で日本に住所を有するもの」について、普通の場合に要求される帰化の条件を大幅に緩和し、当該子が無国籍の場合には同法四条三号及び六号、外国国籍を有する場合には同条三号、五号及び六号の各条件に適合すれば帰化をすることができるものとしている。そして、右帰化によつて日本国籍を取得したときは、公法上及び私法上いかなる点においても生来的日本国籍を有する者と差別されることはないのである。右法定の帰化条件のうち、四条三号の「素行が善良であること」及び六号の「日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと」という条件は、幼年の子については実際上問題となり得ないから、子が無国籍の場合には、その帰化は実質的にほぼ無条件に近いことになる。これに対し、子が外国国籍を有する場合には、更に同条五号の「日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと」という条件があるので、当該外国が他国への帰化による国籍の喪失を認めていないときは、日本への帰化が制約されることになるが、右五号の定める帰化条件は、帰化によつて重国籍が発生するのを防ぐためのものであるから、当該外国の法制において、他国への帰化により自動的に国籍を喪失することとされている場合だけに限らず、例えば帰化当事者から他の国籍を取得した旨の届出ないし意思表示があれば国籍を喪失することとされている場合などをも含むものと緩かに解する余地があり、これを含めると、今日では、同号の存在が帰化の障害になる場合は諸国の立法例から見てさほど多くはないのである。また、外国国籍を有する子が同号の規定によつて帰化を認められない場合があり得るとしても、現に特定の外国国籍を有する以上は、自己の権利義務の実現について最終的に当該国家の法的保障を受けることができるのであるから、人権尊重の見地からは右の法的保障が全くない無国籍者の場合と同列に論じることはできない。

もつとも、国籍法上、帰化は個人の権利ではなく、その許否が国家の利益保護の見地から法務大臣の裁量的判断にかかつているけれども、日本人の子につきその血縁的及び地縁的関係を考慮して特別に日本国籍の取得を容易ならしめようとしている趣旨に照らせば、よほど特別の事情のない限り、右の子が法定の帰化条件をみたしているにもかかわらず裁量によつて簡易帰化を不許可となし得る場合は考えられないところである。右制度の実際の運用がこれと異なつて行われていると認めるべき資料はない。また、国籍法一一条の規定によれば、一五歳末満の者の帰化申請は法定代理人が代わつてするものとされ、何びとが右の法定代理人となるかは法例二〇条の定める準拠法によることとなつているので、これにより法定代理人となり又はならなかつた外国人父が子の帰化を望まないときは、日本人母が帰化を望んでも、法律上又は事実上帰化の申請をすることができなくなることが考えられるが、幼年の子の帰化については父母の一致した意見によらせることが一般的に子の福祉にかなうのであるから、日本人母のみの意思による単独の帰化申請が許されていないからといつて、簡易帰化の制度を実効性のとぼしいものであるということはできない。

5 国籍法における国籍抵触防止の目的と父系優先血統主義との関連性及び父系優先血統主義の採用に伴つて生ずる結果についての同法の対応策は、おおむね以上のとおりである。これによつてみれば、国籍立法上、重国籍の発生を防止すべき必要性は否定し難く、また、そのための措置としてわが国が父系優先血統主義をとることは、一定の限界があるにせよ、現実的に相当の効果を発揮するものであるということができる。そして、このような父系優先血統主義に代わつて重国籍の発生そのものを効果的に防止し得る他の手段が容易にあるわけではない。問題は、これらのことが父母の不平等取扱を正当化するに足りるものであるか否かである。

一般的にいえば、重国籍防止の理想は両性平等原則と調和的に実現すべきものであつて、重国籍を防止するためであれば父母を差別すること(その結果として無国籍の子をも生ぜしめること)が当然に許容されると解することはできない。右に述べた父系優先血統主義の重国籍防止における必要性と有用性からみて、重国籍を防止する立法技術としての父系優先血統主義の合理性を低く評価することは相当でないが、その評価も、他の諸国において採用する立法主義のいかんや、両性平等原則の具体的内容についての時代的要請などに応じて変遷することを免れないのであつて、現代における両性平等原則の意義と価値に照らすときは、単に重国籍防止における必要性と有用性を強調するのみでは、父系優先血統主義が憲法の精神に反するものでないことを基礎づけるにはなお不十分であるといわなければならない。

ところで、日本国籍は、生来のものであれ、帰化によるものであれ、その法律上の効果に差異はなく、生来的取得と帰化とは、両者相まつて国籍法の日本国籍付与に関する制度を構成しているものである。本件において原告が違憲と主張している父系優先血統主義は、右のうち生来的取得に関するものであるが、生来的取得と帰化とが右のような関係にあることからすれば、その制度としての合理性を判断するにあたつては、生来的取得のみを孤立して論ずべきではなく、これを補完するものとしての帰化に関する制度が存在することをも考慮に入れたうえで決定することが必要である。そこで、この見地に立つて帰化に関する制度をみると、国籍法は、4で述べたとおり、父系優先血統主義の結果日本人母の子で日本国籍を取得できないこととなる者について簡易帰化の道を開き、日本人父の子と差別のない地位を取得することを可能ならしめているのである。この簡易帰化が完全には自由でなく、また、取得する国籍が生来的のものであるか帰化によるものであるかの違いは心情面等において微妙なものがあるにしても、父系優先血統主義による差別的不利益、殊に子が無国籍になるという人権上の不利益は、これによつて結果的にかなりの範囲において是正が図られているということができる。この点は、国籍法の定める日本国籍付与に関する制度を全体としてみる場合に無視し得ないところである。

以上のことから、当裁判所は、国籍法の父系優先血統主義の父母の性別による差別は、前述した重国籍防止における必要性及び有用性のほかに、右のような補完的な簡易帰化制度を併せ伴う限りにおいて、立法目的との実質的均衡を欠くとまではいえず、これを著しく不合理な差別であるとする非難を辛うじて回避し得るものであると考える。もとより、一切の差別を設けず、かつ、国籍の抵触を生ぜしめない制度が理想であることは当然であり、国籍法の制定当時から諸般の事情が柑当に変化している今日の状況下においては、父系優先血統主義に代えて重国籍を防止しながら父母両系血統主義を採用することがなおできないかどうかは十分考慮に値するものであるが、現行の制度をもつて著しく不合理なものであるとまではいえない以上、これを将来にわたりいかにするかは、諸般の多角的検討を経て慎重に決定されるべき立法政策の問題であるといわざるを得ない。

結局、国籍法二条一号ないし三号の規定は、出生による日本国籍の取得につき父母のいずれが日本人であるかによつて差別を設けるものではあるが、以上に述べた理由によつて、これを憲法一四条及び同条の理念を基礎とする憲法二四条二項に違反するものということはできない。