国籍法3条1項の合憲性(4) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官藤田宙靖の意見

 

 目次

国籍法3条1項の合憲性(1) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決

国籍法3条1項の合憲性(2) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官泉徳治の補足意見・裁判官今井功の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(3) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官田原睦夫の補足意見・裁判官近藤崇晴の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(5) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官横尾和子,同津野修,同古田佑紀の反対意見

国籍法3条1項の合憲性(6) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官甲斐中辰夫,同堀籠幸男の反対意見

 

 

【裁判官藤田宙靖の意見】

は,次のとおりである。

私は,現行国籍法の下,日本国民である父と日本国民でない母との間に生まれた子の間で,同法3条1項が定める「父母の婚姻」という要件(準正要件)を満たすか否かの違いにより,日本国籍の取得に関し,憲法上是認し得ない差別が生じる結果となっていること,この差別は,国籍法の解釈に当たり同法3条1項の文言に厳格にとらわれることなく,同項は上記の準正要件を満たさない者(非準正子)についても適用さるべきものと合理的に解釈することによって解消することが可能であり,また本件においては,当裁判所としてそのような道を選択すべきであること等の点において,多数意見と結論を同じくするものであるが,現行法3条1項が何を定めており,上記のような合理的解釈とは正確にどのようなことを意味するのかという点の理解に関して,多数意見との間に考え方の違いがあることを否定できないので,その点につき意見を述べることとしたい。

現行国籍法の基本構造を見ると,子の国籍の取得については出生時において父又は母が日本国民であることを大原則とし(2条),日本国籍を有しない者が日本国籍を取得するのは帰化によることを原則とするが(4条),同法3条1項に定める一定の要件を満たした者については,特に届出という手続によって国籍を取得することができることとされているものというべきである。したがって,同項が準正要件を定めているのは,準正子でありかつ同項の定めるその他の要件を満たす者についてはこれを特に国籍取得の上で優遇する趣旨なのであって,殊更に非準正子を排除しようという趣旨ではない。言い換えれば,非準正子が届出という手続によって国籍を取得できないこととなっているのは,同項があるからではなく,同法2条及び4条の必然的結果というべきなのであって,同法3条1項の準正要件があるために憲法上看過し得ない差別が生じているのも,いわば,同項の反射的効果にすぎないというべきである。それ故また,同項に準正要件が置かれていることによって違憲の結果が生じているのは,多数意見がいうように同条が「過剰な」要件を設けているからではなく,むしろいわば「不十分な」要件しか置いていないからというべきなのであって,同項の合理的解釈によって違憲状態を解消しようとするならば,それは「過剰な」部分を除くことによってではなく,「不十分な」部分を補充することによってでなければならないのである。同項の立法趣旨,そして本件における違憲状態が何によって生じているかについての,上記に述べた考え方に関する限り,私は,多数意見よりはむしろ反対意見と共通する立場にあるものといわなければならない。

問題は,本件における違憲状態を解消するために,上記に見たような国籍法3条1項の拡張解釈を行うことが許されるか否かであって,この点に関し,このような立法府の不作為による違憲状態の解消は専ら新たな立法に委ねるべきであり,解釈によってこれを行うのは司法権の限界を超えるものであるという甲斐中裁判官,堀籠裁判官の反対意見には,十分傾聴に値するものがあると言わなければならない。それにもかかわらず,本件において私があえて拡張解釈の道を選択するのは,次のような理由による。

一般に,立法府が違憲な不作為状態を続けているとき,その解消は第一次的に立法府の手に委ねられるべきであって,とりわけ本件におけるように,問題が,その性質上本来立法府の広範な裁量に委ねられるべき国籍取得の要件と手続に関するものであり,かつ,問題となる違憲が法の下の平等原則違反であるような場合には,司法権がその不作為に介入し得る余地は極めて限られているということ自体は否定できない。しかし,立法府が既に一定の立法政策に立った判断を下しており,また,その判断が示している基本的な方向に沿って考えるならば,未だ具体的な立法がされていない部分においても合理的な選択の余地は極めて限られていると考えられる場合において,著しく不合理な差別を受けている者を個別的な訴訟の範囲内で救済するために,立法府が既に示している基本的判断に抵触しない範囲で,司法権が現行法の合理的拡張解釈により違憲状態の解消を目指すことは,全く許されないことではないと考える。これを本件の具体的事情に照らして敷衍するならば,以下のとおりである。

先に見たとおり,立法府は,既に,国籍法3条1項を置くことによって,出生時において日本国籍を得られなかった者であっても,日本国民である父親による生後認知を受けておりかつ父母が婚姻した者については,届出による国籍取得を認めることとしている。このこと自体は,何ら違憲問題を生じるものではなく,同項自体の効力については,全く問題が存在しないのであるから(因みに,多数意見は,同項が「過剰な」要件を設けていると考えることから,本件における違憲状態を理由に同項全体が違憲となる理論的可能性があるかのようにいうが,同項が設けられた趣旨についての上記の私の考え方からすれば,同項自体が違憲となる理論的可能性はおよそあり得ない。),法解釈としては,この条文の存在(立法者の判断)を前提としこれを活かす方向で考えるべきことは,当然である。他方で,立法府は,日本国民である父親による生後認知を受けているが非準正子である者についても,国籍取得につき,単純に一般の外国人と同様の手続を要求するのではなく,より簡易な手続によって日本国籍を取得する可能性を認めている(同法8条)。これらの規定の基盤に,少なくとも,日本国民の子である者の日本国籍取得については,国家の安全・秩序維持等の国家公益的見地からして問題がないと考えられる限り優遇措置を認めようとする政策判断が存在することは,否定し得ないところであろう。そして,多数意見も指摘するとおり,現行法上準正子と非準正子との間に設けられている上記のような手続上の優遇度の違いは,基本的に,前者には我が国との密接な結び付きが認められるのに対し,後者についてはそうは言えないから,との国家公益上の理由によるものと考えられるが,この理由には合理性がなく,したがってこの理由による区別は違憲であるというのが,ここでの出発点なのである。そうであるとすれば,同法3条1項の存在を前提とする以上,現に生じている違憲状態を解消するためには,非準正子についても準正子と同様の扱いとすることが,ごく自然な方法であるということができよう。そして,このような解決が現行国籍法の立法者意思に決定的に反するとみるだけの理由は存在しない。もっとも,立法政策としては,なお,非準正子の中でも特に我が国に一定期間居住している者に限りそれを認める(いわゆる「居住要件」の付加)といったような選択の余地がある,という反論が考えられるが,しかし,我が国との密接な結び付きという理由から準正子とそうでない者とを区別すること自体に合理性がない,という前提に立つ以上,何故に非準正子にのみ居住要件が必要なのか,という問題が再度生じることとなり,その合理的説明は困難であるように思われる。このような状況の下で,現に生じている違憲状態を解消するために,同項の対象には日本国民である父親による生後認知を受けた非準正子も含まれるという拡張解釈をすることが,立法者の合理的意思に抵触することになるとは,到底考えられない。

他方で,本件上告人らについてみると,日本国籍を取得すること自体が憲法上直接に保障されているとは言えないものの,多数意見が述べるように,日本国籍は,我が国において基本的人権の保障,公的資格の付与,公的給付等を受ける上で極めて重要な意味を持つ法的地位であり,その意味において,基本権享受の重要な前提を成すものということができる。そして,上告人らが等しく日本国民の子でありながら,届出によってこうした法的地位を得ることができないでいるのは,ひとえに,国籍の取得の有無に関し現行法が行っている出生時を基準とする線引き及び父母の婚姻の有無による線引き,父母のいずれが日本国民であるかによって事実上生じる線引き等,本人の意思や努力の如何に関わりなく存在する様々の線引きが交錯する中で,その谷間に落ち込む結果となっているが故なのである。仮にこれらの線引きが,その一つ一つを取ってみた場合にはそれなりに立法政策上の合理性を持つものであったとしても,その交錯の上に上記のような境遇に置かれている者が個別的な訴訟事件を通して救済を求めている場合に,先に見たように,考え得る立法府の合理的意思をも忖度しつつ,法解釈の方法として一般的にはその可能性を否定されていない現行法規の拡張解釈という手法によってこれに応えることは,むしろ司法の責務というべきであって,立法権を簒奪する越権行為であるというには当たらないものと考える。なお,いうまでもないことながら,国籍法3条1項についての本件におけるこのような解釈が一般的法規範として定着することに,国家公益上の見地から著しい不都合が存するというのであれば,立法府としては,当裁判所が行う違憲判断に抵触しない範囲内で,これを修正する立法に直ちに着手することが可能なのであって,立法府と司法府との間での権能及び責務の合理的配分については,こういった総合的な視野の下に考察されるべきものと考える。