個人の尊厳(3)・東京高裁平成11年8月30日

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東京高裁平成11年8月30日

要旨

国会議員の立法不作為が憲法の一義的な文言に違反していなくても右不作為が憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権を侵害しその救済立法をする必要があるとして、右不作為を国家賠償法上違法と評価することの可否

 

判旨

控訴人らは、被控訴人は憲法前文一段、二段、同九条に基づき「道義的国家たるべき義務」を負うのであるから、謝罪と賠償の範囲、方法を規定する立法が欠けていても、裁判所としては、類似法令の類推等を通じてこれを特定し、司法救済を実現すべきであるとし、国家賠償法の規定を、除斥期間、時効等に係る規定を除いて類推適用し、控訴人らの請求を認めるべきであると主張する。しかしながら、憲法前文、同九条が、裁判所に対して国家賠償法の類推適用を法的に義務づけたものと解することは到底不可能であり、また、国家賠償法制定前の国家の行為について同法を類推適用するのは、同法附則六項の規定を無視することになる。控訴人らの主張は、独自の見解に基づくものであって採用することができない。

 したがって、控訴人らの国家賠償法の類推適用に基づく請求は、理由がない。

8控訴人らは、明治憲法二七条の解釈は憲法二九条の解釈がそのまま妥当するとし、国の行為が違法であると適法であるとを問わず、また、財産権ばかりか生命・身体の自由に対しても損失補償を認めた規定であることを前提として、同条に基づき補償請求することができると主張する。しかしながら、明治憲法下においては、権力的作用については、違法行為に対しても国は賠償責任を負わないものとされていたことに加え、明治憲法二七条は、「日本臣民ハ其ノ所有権ヲサルヽコトナシ」、「公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」と規定していたのであるから、財産権の損失補償についても法律に基づいて初めて損失補償請求権が生ずるものと解されるのであって、同条の規定から直接に損失補償請求権が生ずると解することはできない。

 また、控訴人らが明治憲法二七条の解釈についても同様に解すべきであるとする憲法二九条三項は、財産権を公共のために用いることができることを前提として、その正当な補償を規定するものであることは、その文言上明らかである。したがって、同条項は、公共のために用いる国の行為が違法である場合の補償を予定したものでもなく、生命・身体の自由を公共のために用いることができることを前提とするものでもないことは、明白である。

 したがって、憲法二九条三項に関する解釈をもって、明治憲法二七条に基づく控訴人らの本件補償請求の根拠とすることはできず、控訴人らの右請求は、理由がない。」

二 当審における予備的請求について

 控訴人らの当審における予備的請求は、要するに、被控訴人の国会議員において、被控訴人が韓国人である従軍慰安婦に対して一定の賠償金ないし補償金の給付をなすベき旨を定める法律を、内閣官房長官談話等から三年以内に成立させなかったことが、国家賠償法上、違法の評価を受けるどし、国家賠償法一条一項、四条、民法七二三条の規定に基づき控訴人らが右の違法な立法懈怠により被った新たな侵害につき慰藉料の支払及び公式謝罪を求めるというものである。

1従軍慰安婦関係

(一)憲法一七条は、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。」と規定し、これを具体化した国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定している。国会による立法も公権力の行使に当たるから、国会議員の立法行為も国家賠償法一条一項による賠償の対象になり得る。

 もっとも、憲法が採用する議会制民主主義の下における国会議員の立法過程における行動は、原則として国会議員各自の政治的な判断に任され、その行動の当否は、最終的には自由な言論や選挙を通じての国民の政治的評価に委ねられているというべきである。

 すなわち、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではなく、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会としてあえて当該立法を行うがごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないと解すべきである(最高裁昭和六〇年一一月二一日第一小法廷判決・民集三九巻七号一五一二頁等参照)。

(二)控訴人らは、憲法前文、九条、一三条、一四条、一七条、二九条一項及び三項、四〇条並びに九八条二項等の各規定を総合すれば、国会議員には控訴人らが主張する「帝国日本による侵略戦争及び植民地支配により被害を蒙った控訴人らに対する賠償ないし補償を行う立法」をすべき義務があると主張するが、次にみるとおり、憲法前文その他の条項のどれ一つを取り上げても、また、これらの規定を総合しても、右立法の作為義務を一義的に定めた規定であると解することは到底できない。

 すなわち、憲法前文は、憲法の基本原理を宣言するものであるにとどまり、それ自体において裁判規範性はなく、同前文から謝罪と賠償についての一義的な立法義務が生じているとは到底解されない。憲法九条は、国の戦争放棄、軍備及び交戦権の否認を規定しているが、同条の理念である平和主義及び国際協調主義から、直ちに、国会に対して「従軍慰安婦」及び「遺骨問題」に対する賠償立法等を一義的に義務づけているとは解されない。憲法一三条は、個人の尊重と生命、自由及び幸福追求権を規定しており、それらが、国家による侵害から保護されるべき法的利益であることの根拠とはなるが、その法的利益の侵害に対し同条を直接の根拠として損害賠償請求権が生じたり、賠償立法義務等が生じたりする余地はない。憲法一四条は、国政の高度の指導原理として法の下の平等原則を宣言したものであり、これに違反する法令、処分等は無効とされるが、その違反行為に対し同条を直接の根拠として損害賠償請求権が生じたり、賠償立法等の措置を採るべき義務が生じたりする余地はない。憲法 七条は、前記のとおり国家賠償法の制定を規定するにすぎず、同法の制定に際し、どのような要件の下に、憲法にいう「不法行為」を認めて損害賠償請求権を生じさせるかについては、なお立法府の裁量に委ねられているものと解され、同条を直接の根拠として損害賠償請求権が生じたり、また、一義的な立法義務を定めたものとまでは解されない。憲法二九条一項及び三項は、財産権の保障及び財産権についての特別な犠牲に対する補償を規定しているが、控訴人らの主張する損害はそもそも同条項にいう財産権についての特別の犠牲ではなく、右各条項において、それらの損害に対する賠償立法等の義務が一義的に定められているとは到底解されない。憲法四〇条は、刑事補償請求権を規定するが、同請求権は同条の文言上明らかなように刑事手続において無罪の裁判を受けた場合を前提とするのであって、同条が賠償立法義務等を一義的に定めていると解する余地はない。憲法九八条項は、日本国が締結した条約及び確立された国際法規を遵守すべき旨を規定するが、同規定が賠償立法義務等を一義的に定めていると解することはできないし、また、日本国が締結した条約及び確立された国際法規にも右義務を一義的に定めているものは見当たらない。

 以上のとおり、憲法前文その他の規定のどれ一つを取り上げても、右立法の作為義務を一義的に定めた規定であるとは解することはできないのであるが、また、それらの条項を総合的に解釈してみても、立法義務が一義的に定められていると解することは到底できない。

 したがって、控訴人らの右主張は採用することができない。

(三)また、控訴人らは、従軍慰安婦に対する保証立法について、憲法上立法についての文言が一義的でなくても、その不行為が憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害をもたらしている場合には、国会議員に立法義務が生じ、その是正を図るのが裁判所の固有の権限と義務であり、単に国会議員の政治責任を問うのみでは解消されないというが、既存法規の憲法適合性の審査ではなく、憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害があり、かつ、これを救済する立法をすべきであるとの司法判断を、民事訴訟等の場において裁判所が行うことを憲法が予定していると解することはできない。憲法は、三権分立の原則を採用し、その制度の下において、それらの立法の要否、内容、立法の時期等については 憲法の一義的な文言に違反していない限り、原則として立法府の裁量に委ねていると解するのが相当である。したがって、右立法の不作為をもって国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものということはできない。

(四)控訴人らは、憲法制定前の帝国日本の国家行為によるものであっても、これと同一性ある国家である被控訴人には、その先行する法益侵害が真に重大である限り、被害者に対し、より以上の被害の増大をもたらさないよう配慮、保証すべき条理上の法的作為義務が課せられ、被害者に対する何らかの損害回復措置を採らなければならないことを前提に、国会議員に立法の作為義務が生じるのは、立法の作為義務を一義的に定めた規定がある場合だけでなく、その不作為が憲法秩序の根幹的価値にかかわる基本的人権の侵害をもたらしている場合にも、例外的に国家賠償法上の違法をいうことができるものと解すべきであると主張する。しかしながら、控訴人らの主張する立法義務の具体的内容が明らかではない本件において、そもそも立法不作為の懈怠を判断することができるか疑問である上、憲法上いかなる立法をなすべきかについて一義的に定めた条規がない場合には、立法の要否、内容、時期等について、なお立法府である国会の政治的な判断に任されているとみるべきであることは、前記(三)に説示したとおりである。

 したがって、控訴人らの右主張も採用することができない。