【熊本地裁平成13年5月11日(ハンセン病訴訟事件)】(1)

「らい予防法」違憲国家賠償請求事件


 目次

個人の尊重(5-1) 【熊本地裁平成13年5月11日(ハンセン病訴訟事件)】(1)
個人の尊重(5-2) 【熊本地裁平成13年5月11日(ハンセン病訴訟事件)】(2)
個人の尊重(5-3)【熊本地裁平成13年5月11日(ハンセン病訴訟事件)】(3)
個人の尊重(5-4)【熊本地裁平成13年5月11日(ハンセン病訴訟事件)】(4)

要旨

らい予防法(昭和28年法律214号、平成8年法律28号廃止)におけるハンセン病患者の強制隔離規定(同法6条・15条及び28条)は、憲法22条1項 の居住移転の自由を包括的に制限するものだが、それだけでは正当に評価し尽くせず、学業中断や失職、結婚や家庭形成や出産の機会喪失をもたらすなど、その 人権の制限が、人としての社会生活全般にわたるから、より広く憲法13条に根拠を有する人格権そのものに対する制限だととらえるのが相当であるところ、同 規定は、同法の制定時から既に、これら人権に対する公共の福祉による合理的な制限を逸脱しており、遅くとも昭和35年には、その合理性を支える根拠を全く 欠く状況に至っており、その違憲性は明白になっていたというべきである。

 

判旨

第一 事案の概要

 本件は、平成八年四月一日に廃止されたらい予防法(昭和二八年法律第二一四号。以下「新法」という。)の下で同法一一条の国立療養所(以下「療養所」という。)に入所していた原告らが、被告である国に対し、<1>国家賠償法が施行された昭和二二年一〇月二七日から新法の下で厚生大臣が策定・遂行したハンセン病の隔離政策の違法、<2>国会議員が新法を制定した立法行為又は新法を平成八年まで改廃しなかった立法不作為の違法などを理由に、国家賠償法に基づき、新法及びハンセン病政策によって療養所に隔離されたことによる損害及び新法の存在及びハンセン病政策の遂行によって作出・助長された差別・偏見にさらされたことによる損害などの賠償を求めた事案である。

第二 前提事実(後記一、二は当事者間に争いがない。なお、後記三の争いの有無及び証拠の摘示は、別紙一参照)

 一 ハンセン病の医学的知見の概略

  1 ハンセン病の定義

 ハンセン病は、抗酸菌の一種であるらい菌によって引き起こされる慢性の細菌感染症である(なお、これまで「癩(らい)」とも呼ばれてきたが、以下、原則として、ハンセン病という。)。らい菌は、明治六年ころにノルウェーのアルマウエル・ハンセンによって発見された細菌で、結核菌等と同じ抗酸菌に属するものである。ハンセン病は、主として末梢神経と皮膚が侵される疾患で、慢性に経過する。

  2 ハンセン病の感染・発病

 らい菌の毒力は極めて弱く、ほとんどの人に対して病原性を持たないため、人の体内にらい菌が侵入し感染しても、発病することは極めてまれである。

  3 ハンセン病の治療

 ハンセン病の本格的な薬物療法は、昭和一八年、アメリカでのプロミンの有効性についての報告に始まり、日本でも、昭和二二年より、静脈注射によって投与するプロミンが一部の患者に使用され始めた。その後、プロミンの改良型で同じスルフォン剤の一種である経口薬ダプソン(DDS)が用いられるようになった。さらに、昭和四〇年代後半になり、リファンピシンがらい菌に対し強い殺菌作用を有することが明らかになった。

 昭和五六年には、WHO(世界保健機構)が、リファンピシン、DDS及びクロファジミン(B六六三)による多剤併用療法を提唱した。この多剤併用療法は、その卓越した治療効果だけでなく、再発率の低さ、患者に多大な苦痛と後遺症をもたらす経過中の急性症状(らい反応)の少なさ、治療期間の短縮等の点で画期的な療法であり、わずか数日間の服薬で菌は感染力を喪失するとされている。

 そのため、現在では、ハンセン病は、早期発見と早期治療により、障害を残すことなく、外来治療によって完治する病気であり、また、不幸にして発見が遅れ障害を残した場合でも、手術を含む現在のリハビリテーション医学の進歩により、その障害を最小限に食い止めることができるとされている。

 二 ハンセン病に対する法制の変遷等

  1 「癩予防ニ関スル件」の制定

 明治四〇年、我が国においてハンセン病患者に対する強制措置を定めた最初の法律である明治四〇年法律第一一号(以下「癩予防ニ関スル件」という。)が制定された。

 これによれば、「癩患者ニシテ療養ノ途ヲ有セス且救護者ナキモノハ行政官庁ニ於テ命令ノ定ムル所ニ従ヒ療養所ニ入ラシメ之ヲ救護スヘシ但シ適当ト認ムルトキハ扶養義務者ヲシテ患者ヲ引取ラシムヘシ」(三条一項)、「主務大臣ハ二以上ノ道府県ヲ指定シ其ノ道府県内ニ於ケル前条ノ患者ヲ収容スル為必要ナル療養所ノ設置ヲ命スルコトヲ得」(四条一項)とされた。

  2 懲戒検束権の付与

 大正五年法律第二一号により、「癩予防ニ関スル件」が一部改正され、「療養所ノ長ハ命令ノ定ムル所ニ依リ被救護者ニ対シ必要ナル懲戒又ハ検束ヲ加フルコトヲ得」(四条ノ二)とされ、療養所長の懲戒検束権が法文化された。

  3 癩予防法の制定

 昭和六年法律第五八号により、「癩予防ニ関スル件」が改正され、癩予防法(以下「旧法」という。)の名称となった。

 右改正により、「行政官庁ハ癩予防上必要ト認ムルトキハ命令ノ定ムル所ニ従ヒ癩患者ニシテ病毒伝播ノ虞アルモノヲ国立癩療養所又ハ第四条ノ規定ニ依リ設置スル療養所ニ入所セシムベシ」(三条一項)とされた。

 なお、この前後より、被告が全国で推進した「無らい県運動」によって、ハンセン病の未収容患者が次々と療養所に入所させられ、昭和五年から昭和一〇年にかけて入所患者数が約三倍に増加した。

  4 優生保護法(昭和二三年法律第一五六号)の制定

 昭和二三年に優生保護法が制定されたが、これには次の内容の規定があった(以下「優生保護法のらい条項」という。)。

   () 医師は、本人又は配偶者が癩疾患にかかりかつ子孫にこれが伝染するおそれがある者に対して、本人の同意並びに配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様な事情にある者を含む。以下同じ。)があるときはその同意を得て、優生手術を行うことができる(三条一項三号)。

   () 都道府県の区域を単位として設立された社団法人たる医師会の指定する医師は、本人又は配偶者が癩疾患にかかっている者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる(昭和二七年法律第一四一号による改正後の一四条一項三号)。

  5 新法の制定

   () 昭和二八年八月一五日、旧法が廃止され、新法が公布施行された。

 新法の主な規定を挙げると、次のとおりである。

 (国立療養所への入所)

 六条 都道府県知事は、らいを伝染させるおそれがある患者について、らい予防上必要があると認めるときは、当該患者又はその保護者に対し、国が設置するらい療養所(以下「国立療養所」という。)に入所し、又は入所させるように勧奨することができる。

  2 都道府県知事は、前項の勧奨を受けた者がその勧奨に応じないときは、患者又はその保護者に対し、期限を定めて、国立療養所に入所し、又は入所させることを命じることができる。

  3 都道府県知事は、前項の命令を受けた者がその命令に従わないとき、又は公衆衛生上らい療養所に入所させることが必要であると認める患者について、第二項の手続をとるいとまがないときは、その患者を国立療養所に入所させることができる。

  4 第一項の勧奨は、前条に規定する医師が当該患者を診察した結果、その者がらいを伝染させるおそれがあると診断した場合でなければ、行うことができない。

 (従業禁止)

 七条 都道府県知事は、らいを伝染させるおそれがある患者に対して、その者がらい療養所に入所するまでの間、接客業その他公衆にらいを伝染させるおそれがある業務であって、厚生省令で定めるものに従事することを禁止することができる。

  2 前条第四項の規定は、前項の従業禁止の処分について準用する。

 (汚染場所の消毒)

 八条 都道府県知事は、らいを伝染させるおそれがある患者又はその死体があった場所を管理する者又はその代理をする者に対して、消毒材料を交付してその場所を消毒すべきことを命ずることができる。

  2 都道府県知事は、前項の命令を受けた者がその命令に従わないときは、当該職員にその場所を消毒させることができる。

 (物件の消毒廃棄等)

 九条 都道府県知事は、らい予防上必要があると認めるときは、らいを伝染させるおそれがある患者が使用し、又は接触した物件について、その所持者に対し、授与を制限し、若しくは禁止し、消毒材料を交付して消毒を命じ、又は消毒によりがたい場合に廃棄を命ずることができる。

  2 都道府県知事は、前項の消毒又は廃棄の命令を受けた者がその命令に従わないときは、当該職員にその物件を消毒し、又は廃棄させることができる。(三ないし六項は省略)

 (国立療養所)

 一一条 国は、らい療養所を設置し、患者に対して、必要な療養を行う。

 (外出の制限)

 一五条 入所患者は、左の各号に掲げる場合を除いては、国立療養所から外出してはならない。

 一 親族の危篤、死亡、り災その他特別の事情がある場合であって、所長が、らい予防上重大な支障を来たすおそれがないと認めて許可したとき。

 二 法令により国立療養所外に出頭を要する場合であって、所長が、らい予防上重大な支障を来たすおそれがないと認めたとき。

 (秩序の維持)

 一六条 入所患者は、療養に専念し、所内の紀律に従わなければならない。

  2 所長は、入所患者が紀律に違反した場合において、所内の秩序を維持するために必要があると認めるときは、当該患者に対して、左の各号に掲げる処分を行うことができる。

 一 戒告を与えること。

 二 三十日をこえない期間を定めて、謹慎させること。

  3 前項第二号の処分を受けた者は、その処分の期間中、所長が指定した室で静居しなければならない。

  4 第二項第二号の処分は、同項第一号の処分によっては、効果がないと認められる場合に限って行うものとする。

  5 所長は、第二項第二号の処分を行う場合には、あらかじめ、当該患者に対して、弁明の機会を与えなければならない。

 (物件の移動の制限)

 一八条 入所患者が国立療養所の区域内において使用し、又は接触した物件は、消毒を経た後でなければ、当該国立療養所の区域外に出してはならない。

 (罰則)

 二八条 左の各号の一に該当する者は、拘留又は科料に処する。

 一 第一五条第一項の規定に違反して国立療養所から外出した者

 二 第一五条第一項第一号の規定により国立療養所から外出して、正当な理由がなく、許可の期間内に帰所しなかった者

 三 第一五条第一項第二号の規定により国立療養所から外出して、正当な理由がなく、通常帰所すべき時間内に帰所しなかった者

   () なお、新法制定に当たって、参議院厚生委員会により次の附帯決議が附された(以下「新法附帯決議」という。)。

 一 患者の家族の生活援護については、生活保護法とは別建の国の負担による援護制度を定め、昭和二九年度から実施すること。

 二 国立のらいに関する研究所を設置することについても同様昭和二九年度から着手すること。

 三 患者並びにその親族に関する秘密の確保に努めるとともに、入所患者の自由権を保護し、文化生活のための福祉施設を整備すること。

 四 外出の制限、秩序の維持に関する規定については、適正慎重を期すること。

 五 強制診断、強制入所の措置については人権尊重の建前にもとづきその運用に万全の留意をなすこと。

 六 入所患者に対する処遇については、慰安金、作業慰労金、教養娯楽費、賄費等につき今後その増額を考慮すること。

 七 退所者に対する更生福祉制度を確立し、更生資金支給の途を講ずること。

 八 病名の変更については十分検討すること。

 九 職員の充実及びその待遇改善につき一段の努力をすること。

 以上の事項につき、近き将来本法の改正を期するとともに本法施行に当っては、その趣旨の徹底、啓蒙宣伝につき十分努力することを要望する。

  6 新法の廃止に至る経過等

   () 昭和二六年、国立療養所の入所者らによって全国国立らい療養所患者協議会(後に「全国ハンセン病患者協議会」に改称。以下、まとめて「全患協」という。)が結成され、これを中心に、新法成立までの間、強制収容反対、退園の法文化、懲戒検束規定の廃止等を求めて、療養所でのハンストや陳情団の国会での座り込みなどによる激しい旧法改正運動を展開した。

 全患協は、新法成立後も、昭和三八年と平成三年四月の二度にわたって、厚生大臣に対し、強制措置の撤廃等を求める新法の改正要請書を提出した。また、国立らい療養所長で構成される全国国立ハンセン病療養所所長連盟(以下「所長連盟」という。)も、昭和六二年三月に強制措置の撤廃等を求める新法の改正に関する請願書を提出した。

 しかし、これらは、直接には新法の改廃には結び付かなかった。

   () その後、元厚生省医務局長で財団法人藤楓協会の理事長である大谷藤郎(以下「大谷」という。)が新法の廃止を呼び掛けたことが契機となって、平成六年一一月に所長連盟が「らい予防法改正問題についての見解」を、平成七年一月に全患協が「らい予防法改正を求める全患協の基本要求」を、同年四月に日本らい学会が「『らい予防法』についての日本らい学会の見解」をそれぞれ発表し、新法廃止に向けての機運が一気に高まった。さらに、同年五月のハンセン病予防事業対策調査検討委員会の中間報告書においても、新法の廃止を視野においた抜本的な見直しが提言された。

 これを受けて、同年七月、厚生省保健医療局長の私的諮問機関であるらい予防法見直し検討会(以下「見直し検討会」という。)が設置され、右検討会は、同年一二月八日、新法や優生保護法のらい条項の廃止等を提言した。

   () 厚生大臣は、見直し検討会の右報告を受け、平成八年一月一八日、全患協代表者らに対し、「らい予防法の見直しが遅れたこと、そして、旧来の疾病像を反映したらい予防法が今日まで存在し続けたことが、結果としてハンセン病患者、そしてその家族の方々の尊厳を傷つけ、多くの苦しみを与えてきたこと、さらに過去において優生手術を受けたことにより、在園者の方々が多大なる身体的・精神的苦痛を受けたことは、誠に遺憾とするところであり、厚生省としても、そのことに深く思いをいたし、そして率直にお詫び申し上げたいと思います。」と述べて公式に謝罪し、通常国会への新法廃止法案の提出を表明した。

   () 新法を廃止し優生保護法のらい条項を削除することなどを定めたらい予防法の廃止に関する法律(以下「廃止法」という。)が平成八年三月に成立し、同年四月一日に公布施行された。

 なお、廃止法の議決に際し、衆参両厚生委員会により、「ハンセン病は発病力が弱く、又発病しても、適切な治療により、治癒する病気となっているにもかかわらず、『らい予防法』の見直しが遅れ、放置されてきたこと等により、長年にわたりハンセン病患者・家族の方々の尊厳を傷つけ、多くの痛みと苦しみを与えてきたことについて、本案の議決に際し、深く遺憾の意を表するところである。」とした上、「ハンセン病療養所から退所することを希望する者については、社会復帰が円滑に行われ、今後の社会生活に不安がないよう、その支援策の充実を図ること。」という附帯決議がなされた。

 三 原告らの療養所入所歴について

 原告らは、療養所の入所者又は元入所者であって、その入所期間等は別紙一のとおりである。

第三 本件の主要な争点

 一 厚生大臣のハンセン病政策遂行上の違法及び故意・過失の有無

 二 国会議員の立法行為の国家賠償法上の違法及び故意・過失の有無

  1 旧法を昭和二八年まで改廃しなかった立法不作為について

  2 新法の制定について

  3 新法を平成八年まで改廃しなかった立法不作為について

 三 損害

 四 除斥期間