プライバシー権(1)東京地判昭和39年9月28日 宴のあと事件・東京高決昭和45年4月13日 エロス+虐殺事件・最判昭和56年4月14日 前科照会事件

 

 

  目次

 

【東京地判昭和39年9月28日 宴のあと事件】

要旨

いわゆるプライバシー権は私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利として理解されるから、その侵害に対しては侵害行為の差止や精神的苦痛による損害賠償請求権が認められるべきものであり、民法709条はこのような侵害行為もなお不法行為として評価されるべきことを規定しているものと解釈するのが正当である。

 

判旨

被告等は私生活をみだりに公開されないという意味でのプライバシーの尊重が必要なことは認めるけれども、それが実定法的にも一つの法益として是認され、したがつて法的保護の対象となる権利であるかどうかは疑問であると主張する。しかし近代法の根本理念の一つであり、また日本国憲法のよつて立つところでもある個人の尊厳という思想は、相互の人格が尊重され、不当な干渉から自我が保護されることによつてはじめて確実なものとなるのであつて、そのためには、正当な理由がなく他人の私事を公開することが許されてはならないことは言うまでもないところである。このことの片鱗はすでに成文法上にも明示されているところであつて、たとえば他人の住居を正当な理由がないのにひそかにのぞき見る行為は犯罪とせられており(軽犯罪法一条一項二三号)その目的とするところが私生活の場所的根拠である住居の保護を通じてプライバシーの保障を図るにあることは明らかであり、また民法二三五条一項が相隣地の観望について一定の規制を設けたところも帰するところ他人の私生活をみだりにのぞき見ることを禁ずる趣旨にあることは言うまでもないし、このほか刑法一三条の信書開披罪なども同じくプライバシーの保護に資する規定であると解せられるのである。

 ここに挙げたような成文法規の存在と前述したように私事をみだりに公開されないという保障が、今日のマスコミユニケーシヨンの発達した社会では個人の尊厳を保ち幸福の追求を保障するうえにおいて必要不可欠なものであるとみられるに至つていることとを合わせ考えるならば、その尊重はもはや単に倫理的に要請されるにとどまらず、不法な侵害に対しては法的救済が与えられるまでに高められた人格的な利益であると考えるのが正当であり、それはいわゆる人格権に包摂されるものではあるけれども、なおこれを一つの権利と呼ぶことを妨げるものではないと解するのが相当である。

  (四) 右に判断したように、いわゆるプライバシー権は私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利として理解されるから、その侵害に対しては侵害行為の差し止めや精神的苦痛に因る損害賠償請求権が認められるべきものであり、民法七〇九条はこのような侵害行為もなお不法行為として評価されるべきことを規定しているものと解釈するのが正当である

 そしてここにいうような私生活の公開とは、公開されたところが必ずしもすべて真実でなければならないものではなく、一般の人が公開された内容をもつて当該私人の私生活であると誤認しても不合理でない程度に真実らしく受け取られるものであれば、それはなおプライバシーの侵害としてとらえることができるものと解すべきである。けだし、このような公開によつても当該私人の私生活とくに精神的平穏が害われることは、公開された内容が真実である場合とさしたる差異はないからである。むしろプライバシーの侵害は多くの場合、虚実がないまぜにされ、それが真実であるかのように受け取られることによつて発生することが予想されるが、ここで重要なことは公開されたところが客観的な事実に合致するかどうか、つまり真実か否かではなく、真実らしく思われることによつて当該私人が一般の好奇心の的になり、あるいは当該私人をめぐつてさまざまな揣摩臆測が生じるであろうことを自ら意識することによつて私人が受ける精神的な不安、負担ひいては苦痛にまで至るべきものが、法の容認し難い不当なものであるか否かという点にあるものと考えられるからである。

 そうであれば、右に論じたような趣旨でのプライバシーの侵害に対し法的な救済が与えられるためには、公開された内容が(イ)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立つた場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによつて心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがらであることを必要とし、このような公開によつて当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを必要とするが、公開されたところが当該私人の名誉、信用というような他の法益を侵害するものであることを要しないのは言うまでもない。すでに論じたようにプライバシーはこれらの法益とはその内容を異にするものだからである。

 このように解せられるので、右に指摘したところに照らしても、本件「宴のあと」は少くとも前記(二)末尾で説示した範囲では原告のプライバシーを侵害したものと認めるのが相当である。(原告が掲げる侵害個所の指摘表挙示のその他の叙述については、後に判断する。)

 

 

【東京高決昭和45年4月13日 エロス+虐殺事件】

要旨

一、 人格的利益を侵害された者は、加害者に対し、損害賠償ないし名誉回復を求めうるほか、侵害行為の排除ないし予防を求める請求権をも有する。

二、 小説・演劇・映画等により人格的利益を侵害された者が、侵害行為の排除ないし予防を求める請求権を有するかどうかは、個人の尊厳及び幸福追求の権利の保護と表現の自由(特に言論の自由)の保障との関係に鑑み、被害者が侵害行為の排除ないし予防の措置がなされないままで放置されることによつて被る不利益の態様、程度と、加害者が右の措置のためその活動の自由を制約されることによつて受ける不利益のそれとを比較衡量して決すべきである。

三、 公開上映されようとする映画が、被害者の過去における恋愛的葛藤及び傷害事件を中心的素材とするものであつても、右事実及び映画の製作意図、内容について、それぞれ判示のような事情がある場合には、被害者に侵害行為の排除ないし予防を求める請求権を認めることができない。

 

判旨

本件仮処分申請の要旨は、相手方有限会社現代映画社(以下単に現代映画社という)の製作にかかる映画「エロス十虐殺」(以下単に本件映画という)の公開上映によつて、抗告人は現に違法にその人格的利益(特に名誉権及びプライバシー権)を侵害され、かつ、将来もこれを侵害される虞があるので、右侵害を排除し、予防するため、本件映画の公開上映の差し止め(禁止)を求める、というのである。

 現行法は人格的利益の侵害に対する救済として、損害賠償ないし原状回復を認めることを原則とするけれども、人格的利益と侵害された被害者は、また、加害者に対して、現に行われている侵害行為の排除を求め、或は将来生ずべき侵害の予防を求める請求権をも有するものというべきである。しかし、人格的利益の侵害が、小説、演劇、映画等によつてなされたとされる場合には、個人の尊厳及び幸福追求の権利の保護と表現の自由(特に言論の自由)の保障との関係に鑑み、いかなる場合に右請求権を認むべきかについて慎重な考慮を要するところである。そうして、一般的には、右請求権の存否は、具体的事案について、被害者が排除ないし予防の措置がなされないままで放置されることによつて蒙る不利益の態様、程度と、侵害者が右の措置によつてその活動の自由を制約されることによつて受ける不利益のそれとを比較衡量して決すべきである。

 

 

【最判昭和56年4月14日 前科照会事件】

要旨

 

判示事項

いわゆる政令指定都市の区長が弁護士法二三条の二に基づく照会に応じて前科及び犯罪経歴を報告したことが過失による公権力の違法な行使にあたるとされた事例

裁判要旨

弁護士法二三条の二に基づき前科及び犯罪経歴の照会を受けたいわゆる政令指定都市の区長が、照会文書中に照会を必要とする事由としては「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」との記載があつたにすぎないのに、漫然と右照会に応じて前科及び犯罪経歴のすべてを報告することは、前科及び犯罪経歴については、従来通達により一般の身元照会には応じない取扱いであり、弁護士法二三条の二に基づく照会にも回答できないとの趣旨の自治省行政課長回答があつたなど、原判示の事実関係のもとにおいては、過失による違法な公権力の行使にあたる。

(補足意見、反対意見がある。)

 

判旨

 前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、市区町村長が、本来選挙資格の調査のために作成保管する犯罪人名簿に記載されている前科等をみだりに漏えいしてはならないことはいうまでもないところである。前科等の有無が訴訟等の重要な争点となつていて、市区町村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合には、裁判所から前科等の照会を受けた市区町村長は、これに応じて前科等につき回答をすることができるのであり、同様な場合に弁護士法二三条の二に基づく照会に応じて報告することも許されないわけのものではないが、その取扱いには格別の慎重さが要求されるものといわなければならない。本件において、原審の適法に確定したところによれば、京都弁護士会が訴外D弁護士の申出により京都市伏見区役所に照会し、同市中京区長に回付された被上告人の前科等の照会文書には、照会を必要とする事由としては、右照会文書に添付されていたD弁護士の照会申出書に「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」とあつたにすぎないというのであり、このような場合に、市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、中京区長の本件報告を過失による公権力の違法な行使にあたるとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる

 

【裁判官伊藤正己の補足意見】は、次のとおりである。

 他人に知られたくない個人の情報は、それがたとえ真実に合致するものであつても、その者のプライバシーとして法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成するものといわなければならない。このことは、私人による公開であつても、国や地方公共団体による公開であつても変わるところはない。国又は地方公共団体においては、行政上の要請など公益上の必要性から個人の情報を収集保管することがますます増大しているのであるが、それと同時に、収集された情報がみだりに公開されてプライバシーが侵害されたりすることのないように情報の管理を厳にする必要も高まつているといつてよい。近時、国又は地方公共団体の保管する情報について、それを広く公開することに対する要求もつよまつてきている。しかし、このことも個人のプライバシーの重要性を減退せしめるものではなく、個人の秘密に属する情報を保管する機関には、プライバシーを侵害しないよう格別に慎重な配慮が求められるのである。 本件で問題とされた前科等は、個人のプライバシーのうちでも最も他人に知られたくないものの一つであり、それに関する情報への接近をきわめて困難なものとし、その秘密の保護がはかられているのもそのためである。もとより前科等も完全に秘匿されるものではなく、それを公開する必要の生ずることもありうるが、公開が許されるためには、裁判のために公開される場合であつても、その公開が公正な裁判の実現のために必須のものであり、他に代わるべき立証手段がないときなどのように、プライバシーに優越する利益が存在するのでなければならず、その場合でも必要最小限の範囲に限つて公開しうるにとどまるのである。このように考えると、人の前科等の情報を保管する機関には、その秘密の保持につきとくに厳格な注意義務が課せられていると解すべきである。本件の場合、京都弁護士会長の照会に応じて被上告人の前科等を報告した中京区長の過失の有無について反対意見の指摘するような事情が認められるとしても、同区長が前述のようなきびしい守秘義務を負つていることと、それに加えて、昭和二二年地方自治法の施行に際して市町村の機能から犯罪人名簿の保管が除外されたが、その後も実際上市町村役場に犯罪人名簿が作成保管されているのは、公職選挙法の定めるところにより選挙権及び被選挙権の調査をする必要があることによるものであること(このことは、原判決の確定するところである。)を考慮すれば、同区長が前科等の情報を保管する者としての義務に忠実であつたとはいえず、同区長に対し過失の責めを問うことが酷に過ぎるとはいえないものと考える。

 

 

【裁判官環昌一の反対意見】は、次のとおりである。

 前科等は人の名誉、信用にかかわるものであるから、前科等のある者がこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有することは、多数意見の判示するとおりである。しかしながら、現行法制のもとにおいては、右のような者に関して生ずる法律関係について前科等の存在がなお法律上直接影響を及ぼすものとされる場合が少なくないのであり、刑事関係において量刑上の資料等として考慮され、あるいは法令によつて定められている人の資格における欠格事由の一つとして考慮される場合等がこれに当たる。このような場合にそなえて国又は公共団体が人の前科等の存否の認定に誤りがないようにするための正確な資料を整備保管しておく必要があるが、同時にこの事務を管掌する公務員の一般的義務として該当者の前科等に関する前述の利益を守るため右の資料等に基づく証明行為等を行うについて限度を超えることがないようにすべきこともまた当然である。

 ところで、原判決の認定するところ及び記録によれば、右にのべた資料の一つと認められるいわゆる犯罪人名簿は、もともと大正六年四月一二日の内務省訓令一号により市区町村長が作成保管すべきものとされてきたものであるが、戦後においては昭和二一年一一月一二日内務省発地第二七九号による同省地方局長の都道府県知事あて通達によつて選挙資格の調査等の資料として引きつづき作成保管され、同二二年地方自治法が施行されてのちも明文上の根拠規定のないまま従来どおり継続して作成保管され今日にいたつていること、右昭和二一年の内務省地方局長通達によれば、犯罪人名簿は選挙資格の調査のために調製保存されるものであるから警察、検事局、裁判所等の照会に対するものは格別これを身元証明等のために絶対使用してはならない旨指示されていること、さらに昭和二二年八月一四日内務省発地第一六〇号による同省地方局長の都道府県知事あて通達によれば、右の警察、検事局、裁判所等の中には獣医師免許等の免許処分や当時における弁護士の登録等に関しては関係主務大臣、都道府県知事、市町村長をも含むものである旨指示されていることが明らかである。以上の経緯に徴すると、犯罪人名簿に関する照会に対しその保管者である市区町村長の行う回答等の事務は、広く公務員に認められている守秘義務によつて護られた官公署の内部における相互の共助的事務として慣行的に行われているものとみるべきものである。したがつて、官公署以外の者からする照会等に対してはもとより官公署からの照会等に対してであつても、前述した前科等の存否が法律上の効果に直接影響を及ぼすような場合のほかは前記のような名誉等の保護の見地から市町村長としてこれに応ずべきものではないといわなければならない。前記各通達が身元証明等のために前科人名簿を使用することを禁ずる旨をのべているのは右の趣旨に出たものと解せられる。

 そこでこれを本件について考えてみる。

 本件は、前記各通達のあつたのちに制定施行された弁護士法二三条の二の規定に基づき、所属の弁護士から申出を受けた弁護士会が照会を必要とする事由として「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」と記載された文書をもつてした被上告人の前科等の存否についての照会に対する回答に関する事案であるが、このような経緯や右文書の記載は、中央労働委員会及び京都地方裁判所において被上告人に関する労働関係事案の審理が現に進行中であり、右事案に対する法律判断に被上告人の前科等の存否が直接影響をもつような事情にあることを推認させるものということができる。

 そして、右弁護士法二三条の二の規定が弁護士会に公務所に照会して必要な事項の報告を求めることができる権限を与えている関係においては、弁護士会を一個の官公署の性格をもつものとする法意に出たものと解するのが相当である。このことは弁護士会は所属弁護士に対する独立した監督権、懲戒権を与えられ(弁護士法三一条一項、五六条二項)、前記所属の弁護士よりの照会の申出についても独自の判断に基づいてこれを拒絶することが認められており(同法二三条の二第一項)、また、弁護士にはその職務上知り得た秘密を保持する権利義務のあることが明定されている(同法二三条、なお刑法一三四条一項参照)ことにかんがみ実質的にも首肯することができるのである(なお記録によれば地方自治庁においても昭和二四年一二月一九日弁護士法による弁護士登録の場合の資格審査について弁護士会の照会に応じて差し支えないものと通達していることをうかがうことができる。)。右にのべたところに加えて雇傭契約その他の労働関係についての民事法上の判断に当事者の前科等の存否が直接影響を及ぼすことはありえないとするような見解が判例等により一般に承認されているとみることもできないことを併せ考えると、上告人京都市の中京区長は、照会者たる京都弁護士会を裁判所等に準ずる官公署とみたうえ、本件照会が身元証明等を求める場合に当らないばかりでなく、前記のような事情のもとで本件回答書が中央労働委員会及び裁判所に提出されることによつてその内容がみだりに公開されるおそれのないものであるとの判断に立つて前記官公署間における共助的事務の処理と同様に取り扱い回答をしたものと思われるのであるが、このような取り扱いをしたことは、他に特段の事情の存することが認められない限り、弁護士法二三条の二の規定に関する一個の解釈として十分成り立ちうる見解に立脚したものとして被上告人の名誉等の保護に対する配慮に特に欠けるところがあつたものというべきではないから、同区長に対し少なくとも過失の責めを問うことは酷に過ぎ相当でない。この点に関して原判決は昭和三六年一月三一日自治省自治丁行発七号による同省行政課長の愛知県総務部長あての回答の存在や原審証人Fの証言により認められる事実、甲第一一、一二号証の記載を援用して以上のべたところと反対の結論をみちびいているのであるが、記録にあらわれたところによつてみる限り、これらの資料によつては未だ右特段の事情の存することが十分に明らかになつているとは思われない。そうすると、以上のべたところと結論を異にし上告人の中京区長の過失をたやすく肯定した原判決はその余の点についての判断をまつまでもなく破棄を免れず、論旨は理由がある。よつて、本件は更に審理を尽くさせるため

これを原審に差し戻すのが相当である。