プライバシー権(3)最判平成15年9月12日・早稲田大学江沢講演会名簿提出事件・最判平成15年3月14日 長良川リンチ殺人事件報道訴訟

 

  目次


【最判平成15年9月12日・早稲田大学江沢講演会名簿提出事件】

要旨

裁判要旨

1 大学が講演会の主催者として学生から参加者を募る際に収集した参加申込者の学籍番号,氏名,住所及び電話番号に係る情報は,参加申込者のプライバシーに係る情報として法的保護の対象となる。

2 大学が講演会の主催者として学生から参加者を募る際に収集した参加申込者の学籍番号,氏名,住所及び電話番号に係る情報を参加申込者に無断で警察に開示した行為は,大学が開示についてあらかじめ参加申込者の承諾を求めることが困難であった特別の事情がうかがわれないという事実関係の下では,参加申込者のプライバシーを侵害するものとして不法行為を構成する。

(2につき反対意見がある。)

 

判旨

  事実の概要

 1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1) 被上告人は,D大学等を設置する学校法人である。D大学は,かねてより,諸外国の要人が来日した際,同大学へ招いて,その講演会を開催してきた。D大学は,平成10年7月下旬ころ,中華人民共和国大使館から,同国のE国家主席が,同年秋ころに来日する際,同大学を訪問したい旨の連絡を受け,同主席の講演会を開催することを計画し,警視庁,外務省,同大使館等と打ち合わせた上,同年11月28日に同大学のF講堂において同主席による本件講演会を開催することを決定し,同大学の学生に対し参加を募ることにした。

 (2) 本件講演会の参加の申込みは,平成10年11月18日から同月24日までの間にD大学の各学部事務所,各大学院事務所及びGセンターに備え置かれた本件名簿に,希望者が氏名等を記入してすることとされた。本件名簿の用紙には,最上段の欄外に「中華人民共和国主席E閣下講演会参加者」との表題が印刷され,その下に,横書きで学籍番号,氏名,住所及び電話番号の各記入欄が設けられ,参加申込者が1人ずつ記入できるよう,1行ごとに横線が引かれて各欄が囲われていた。上記用紙には,1枚につき,15名の参加申込者が記入できるよう,15行の欄が設けられていた。そして,本件名簿に氏名等を記入して本件講演会に参加を申し込んだ学生に対しては,参加証等が交付された。

 (3) 上告人らは,当時D大学の学生であったが,本件講演会への参加を申し込み,本件簿にその氏名等を記入して,参加証等の交付を受けた。

 (4) D大学は,本件講演会を準備するに当たり,警視庁,外務省,中華人民共和国大使館等から,警備体制について万全を期すよう要請されていた。そこで,D大学の職員,警視庁の担当者,外務省及び中華人民共和国大使館の各職員らの間において,平成10年7月下旬ころから,数回にわたり,打合せが行われた。その中で,D大学は,警視庁から,警備のため,本件講演会に出席する者の名簿を提出するよう要請された。

 (5) このような要請を受けて,D大学は,内部での議論を経て,本件講演会の警備を警察にゆだねるべく,本件名簿を提出することとした。そこで,総務部管理課において,平成10年11月25日までに各事務所等から学生部に届けられた本件名簿の写しの提供を受け,同課の職員が,同日又は翌26日の夜,その本件名簿の写しを,D大学の教職員,留学生,プレス関係者等その他のグループの参加申込者の各名簿と併せて,警視庁戸塚署に提出した。D大学は,このような本件名簿の写しの提出について,上告人らの同意は得ていない。

 (6) 上告人らは,本件講演会に参加したが,E主席の講演中に座席から立ち上がって「中国の核軍拡反対」と大声で叫ぶなどしたため,私服の警察官らにより,身体を拘束されて会場の外に連れ出され,建造物侵入及び威力業務妨害の嫌疑により現行犯逮捕された。その後,上告人らは,本件講演会を妨害したことを理由としてD大学からけん責処分に付された。

 2 本件は,上告人らが,被上告人に対し,違法な逮捕に協力し無効なけん責処分をしたことを理由とする損害賠償,同処分の無効確認並びに謝罪文の交付及び掲示を求めるとともに,被上告人が上告人らを含む本件講演会参加申込者の氏名等が記載された本件名簿の写しを無断で警視庁に提出したことが,上告人らのプライバシーを侵害したものであるとして,損害賠償を求めた事案である。

 

  原審の判断

 3 原審は,前記事実関係の下で,プライバシーの侵害を理由とする損害賠償請求について,次のとおり判示し,同請求を含めて上告人らの本件請求をいずれも棄却すべきものとした。

 (1) 本件名簿は,氏名等の情報のほかに,「本件講演会に参加を希望し申し込んだ学生である」との情報をも含むものであるところ,このような本件個人情報は,プライバシーの権利ないし利益として,法的保護に値するというべきであり,本件名簿は,そのような情報価値を具有するものであったことが認められる。

 (2) D大学による本件名簿の警察に対する提出行為については,同大学が本件講演会参加申込者の同意を得ていたと認めるに足りる証拠はない。しかし,私生活上の情報を開示する行為が,直ちに違法性を有し,開示者が不法行為責任を負うことになると考えるのは相当ではなく,諸般の事情を総合考慮し,社会一般の人々の感受性を基準として,当該開示行為に正当な理由が存し,社会通念上許容される場合には,違法性がなく,不法行為責任を負わないと判断すべきであるところ,本件個人情報は,基本的には個人の識別などのための単純な情報にとどまるのであって,思想信条や結社の自由等とは無関係のものである上,他人に知られたくないと感ずる程度,度合いの低い性質のものであること,上告人らが本件個人情報の開示によって具体的な不利益を被ったとは認められないこと,D大学は,本件講演会の主催者として,講演者である外国要人の警備,警護に万全を期し,不測の事態の発生を未然に防止するとともに,その身辺の安全を確保するという目的に資するため本件個人情報を開示する必要性があったこと,その他,開示の目的が正当であるほか,本件個人情報の収集の目的とその開示の目的との間に一応の関連性があること等の諸事情が認められ,これらの諸事情を総合考慮すると,同大学が本件個人情報を開示することについて,事前に上告人らの同意ないし許諾を得ていないとしても,同大学が本件個人情報を開示したことは,社会通念上許容される程度を逸脱した違法なものであるとまで認めることはできず,その開示が上告人らに対し不法行為を構成するものと認めることはできない。

 4 上告人らは,原判決のうちプライバシーの侵害を理由とする損害賠償請求に関する部分を不服として,本件上告受理の申立てをした。

 

  最高裁の判断

 5 原審の前記判断のうち,前記3の(1)は是認することができるが,同(2)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 本件個人情報は,D大学が重要な外国国賓講演会への出席希望者をあらかじめ把握するため,学生に提供を求めたものであるところ,学籍番号,氏名,住所及び電話番号は,D大学が個人識別等を行うための単純な情報であって,その限りにおいては,秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。また,本件講演会に参加を申し込んだ学生であることも同断である。しかし,このような個人情報についても,本人が,自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり,そのことへの期待は保護されるべきものであるから,【要旨1】本件個人情報は,上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。

 (2) このようなプライバシーに係る情報は,取扱い方によっては,個人の人格的な権利利益を損なうおそれのあるものであるから,慎重に取り扱われる必要がある。本件講演会の主催者として参加者を募る際に上告人らの本件個人情報を収集したD大学は,上告人らの意思に基づかずにみだりにこれを他者に開示することは許されないというべきであるところ,【要旨2】同大学が本件個人情報を警察に開示することをあらかじめ明示した上で本件講演会参加希望者に本件名簿へ記入させるなどして開示について承諾を求めることは容易であったものと考えられ,それが困難であった特別の事情がうかがわれない本件においては,本件個人情報を開示することについて上告人らの同意を得る手続を執ることなく,上告人らに無断で本件個人情報を警察に開示した同大学の行為は,上告人らが任意に提供したプライバシーに係る情報の適切な管理についての合理的な期待を裏切るものであり,上告人らのプライバシーを侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。原判決の説示する本件個人情報の秘匿性の程度,開示による具体的な不利益の不存在,開示の目的の正当性と必要性などの事情は,上記結論を左右するに足りない。

 6 以上のとおり,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法

令の違反があり,論旨は理由がある。原判決中プライバシーの侵害を理由とする損

害賠償請求に関する部分は破棄を免れない。そして,同部分について更に審理判断

させる必要があるから,本件を原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官亀山継夫,同梶谷玄の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意

見で,主文のとおり判決する。

 

  反対意見

【裁判官亀山継夫,同梶谷玄の反対意見】は,次のとおりである。

 D大学が本件個人情報を警視庁に開示したことは,上告人らに対する不法行為を構成しない。その理由は,次のとおりである。

 本件個人情報は,プライバシーに係る情報であっても,専ら個人の内面にかかわるものなど他者に対して完全に秘匿されるべき性質のものではなく,上告人らが社会生活を送る必要上自ら明らかにした情報や単純な個人識別情報であって,その性質上,他者に知られたくないと感じる程度が低いものである。また,本件名簿は,本件講演会の参加者を具体的に把握し,本件講演会の管理運営を円滑に行うために作成されたものである。

 他方,本件講演会は,国賓である中華人民共和国国家主席の講演会であり,その警備の必要性は極めて高いものであったのであるから,その警備を担当する警視庁からの要請に応じてD大学が本件名簿の写しを警視庁に交付したことには,正当な理由があったというべきである。また,D大学が本件個人情報を開示した相手方や開示の方法等をみても,それらは,本件講演会の主催者として講演者の警護等に万全を期すという目的に沿うものであり,上記開示によって上告人らに実質的な不利益が生じたこともうかがわれない。

 これらの事情を考慮すると,D大学が本件個人情報を警察に開示したことは,あらかじめ上告人らの同意を得る手続を執らなかった点で配慮を欠く面があったとしても,社会通念上許容される限度を逸脱した違法な行為であるとまでいうことはできず,上告人らに対する不法行為を構成するものと認めることはできない。

 よって,上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした原審の判断は正当として是認することができ,本件上告は理由がないものとして棄却すべきである。

(裁判長裁判官 滝井繁男 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山

継夫 裁判官 梶谷 玄)

 

 

【最判平成15年3月14日 長良川リンチ殺人事件報道訴訟】

要旨

裁判要旨

1 少年法61条が禁止しているいわゆる推知報道に当たるか否かは,その記事等により,不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断すべきである。

2 犯行時少年であった者の犯行態様,経歴等を記載した記事を実名類似の仮名を用いて週刊誌に掲載したことにつき,その記事が少年法61条に違反するとした上,同条により保護される少年の権利ないし法的利益より明らかに社会的利益の擁護が優先する特段の事情がないとして,直ちに,名誉又はプライバシーの侵害による損害賠償責任を肯定した原審の判断には,被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無を個別具体的に審理判断しなかった違法がある。

 

 

判旨

■ 事案の概要

(1) 被上告人(昭和50年10月生まれ)は,平成6年9月から10月にかけて,成人又は当時18歳,19歳の少年らと共謀の上,連続して犯した殺人,強盗殺人,死体遺棄等の4つの事件により起訴され,刑事裁判を受けている刑事被告人である。

 上告人は,図書及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であり,「週刊文春」と題する週刊誌を発行している。

 (2) 上告人は,名古屋地方裁判所に上記各事件の刑事裁判の審理が係属していた平成9年7月31日発売の「週刊文春」誌上に,第1審判決添付の別紙二のとおり,「『少年犯』残虐」「法廷メモ独占公開」などという表題の下に,事件の被害者の両親の思いと法廷傍聴記等を中心にした記事(以下「本件記事」という。)を掲載したが,その中に,被上告人について,仮名を用いて,法廷での様子,犯行態様の一部,経歴や交友関係等を記載した部分がある。

■ 原審の判断

 2 原審は,次のとおり判示し,被上告人の損害賠償請求を一部認容すべきもの

とした。

  (1) 本件記事で使用された仮名乙'は,本件記事が掲載された当時の被上告人の実名乙と類似しており,社会通念上,その仮名の使用により同一性が秘匿されたと認めることは困難である上,本件記事中に,出生年月,出生地,非行歴や職歴,交友関係等被上告人の経歴と合致する事実が詳細に記載されているから,被上告人と面識を有する特定多数の読者及び被上告人が生活基盤としてきた地域社会の不特定多数の読者は,乙'と被上告人との類似性に気付き,それが被上告人を指すことを容易に推知できるものと認めるのが相当である。

(2) 少年法61条は,少年事件情報の中の加害少年本人を推知させる事項についての報道(以下「推知報道」という。)を禁止する規定であるが,これは,憲法で保障される少年の成長発達過程において健全に成長するための権利の保護とともに,少年の名誉,プライバシーを保護することを目的とするものであり,同条に違反して実名等の報道をする者は,当該少年に対する人権侵害行為として,民法709条に基づき本人に対し不法行為責任を負うものといわなければならない。

 (3) 少年法61条に違反する推知報道は,内容が真実で,それが公共の利益に関する事項に係り,かつ,専ら公益を図る目的に出た場合においても,成人の犯罪事実報道の場合と異なり,違法性を阻却されることにはならず,ただ,保護されるべき少年の権利ないし法的利益よりも,明らかに社会的利益を擁護する要請が強く優先されるべきであるなどの特段の事情が存する場合に限って違法性が阻却され免責されるものと解するのが相当である。

 (4) 本件記事は,少年法61条が禁止する推知報道であり,事件当時18歳であった被上告人が当該事件の本人と推知されない権利ないし法的利益よりも,明らかに社会的利益の擁護が強く優先される特段の事情を認めるに足りる証拠は存しないから,本件記事を週刊誌に掲載した上告人は,不法行為責任を免れない。

■ 最高裁の判断

 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 原判決は,本件記事による被上告人の被侵害利益を,() 名誉,プライバシーであるとして,上告人の不法行為責任を認めたのか,これらの権利に加えて() 原審が少年法61条によって保護されるとする「少年の成長発達過程において健全に成長するための権利」をも被侵害利益であるとして上記結論を導いたのか,その判文からは必ずしも判然としない。

 しかし,被上告人は,原審において,本件記事による被侵害利益を,上記()権利,すなわち被上告人の名誉,プライバシーである旨を一貫して主張し,()権利を被侵害利益としては主張していないことは,記録上明らかである。 このような原審における審理の経過にかんがみると,当審としては,原審が上記()の権利の侵害を理由に前記結論を下したものであることを前提として,審理判断をすべきものと考えられる。

(2) 被上告人は,本件記事によって,乙'が被上告人であると推知し得る読者に対し,被上告人が起訴事実に係る罪を犯した事件本人であること(以下「犯人情報」という。)及び経歴や交友関係等の詳細な情報(以下「履歴情報」という。)を公表されたことにより,名誉を毀損され,プライバシーを侵害されたと主張しているところ,本件記事に記載された犯人情報及び履歴情報は,いずれも被上告人の名誉を毀損する情報であり,また,他人にみだりに知られたくない被上告人のプライバシーに属する情報であるというべきである。そして,被上告人と面識があり,又は犯人情報あるいは被上告人の履歴情報を知る者は,その知識を手がかりに本件記事が被上告人に関する記事であると推知することが可能であり,本件記事の読者の中にこれらの者が存在した可能性を否定することはできない。そして,これらの読者の中に,本件記事を読んで初めて,被上告人についてのそれまで知っていた以上の犯人情報や履歴情報を知った者がいた可能性も否定することはできない。

 したがって,上告人の本件記事の掲載行為は,被上告人の名誉を毀損し,プライバシーを侵害するものであるとした原審の判断は,その限りにおいて是認することができる。

 なお,【要旨1】少年法61条に違反する推知報道かどうかは,その記事等により,不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断すべきところ,本件記事は,被上告人について,当時の実名と類似する仮名が用いられ,その経歴等が記載されているものの,被上告人と特定するに足りる事項の記載はないから,被上告人と面識等のない不特定多数の一般人が,本件記事により,被上告人が当該事件の本人であることを推知することができるとはいえない。したがって,本件記事は,少年法61条の規定に違反するものではない。

  (3) ところで,本件記事が被上告人の名誉を毀損し,プライバシーを侵害する内容を含むものとしても,本件記事の掲載によって上告人に不法行為が成立するか否かは,被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無等を審理し,個別具体的に判断すべきものである。すなわち,名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図るものである場合において,摘示された事実がその重要な部分において真実であることの証明があるとき,又は真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは,不法行為は成立しないのであるから(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁参照),本件においても,これらの点を個別具体的に検討することが必要である。また,プライバシーの侵害については,その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し,前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するのであるから(最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁),本件記事が週刊誌に掲載された当時の被上告人の年齢や社会的地位,当該犯罪行為の内容,これらが公表されることによって被上告人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度,本件記事の目的や意義,公表時の社会的状況,本件記事において当該情報を公表する必要性など,その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を個別具体的に審理し,これらを比較衡量して判断することが必要である。

 (4) 【要旨2】原審は,これと異なり,本件記事が少年法61条に違反するものであることを前提とし,同条によって保護されるべき少年の権利ないし法的利益よりも,明らかに社会的利益を擁護する要請が強く優先されるべきであるなどの特段の事情が存する場合に限って違法性が阻却されると解すべきであるが,本件についてはこの特段の事情を認めることはできないとして,前記(3)に指摘した個別具体的な事情を何ら審理判断することなく,上告人の不法行為責任を肯定した。この原審の判断には,審理不尽の結果,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この趣旨をいう論旨第一点の二は理由があり,原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。

 そこで,更に審理を尽くさせるため,前記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 福田 博 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷

 玄 裁判官 滝井繁男)