プライバシー権(8)・東京高裁平成13年7月18日



  目次

東京高裁平成13年7月18日

 

要旨

一 私人の有するプライバシーの権利の重要性と、マスメディアが国民に対して豊富な情報を提供することが表現の自由の一内容として保障されていることを合わせ考えれば、マスメディアによる報道が少しでも私人のプライバシーを侵害すれば、当然に不法行為となるとすることは相当でなく、当該報道の目的・態様その他の諸要素と当該プライバシー侵害の内容・程度その他の諸要素とを比較衡量して決するほかない。

二 「内紛で分かった常勤理事は『高給取り』!年収1500万円」などと題する週刊誌記事は、右理事の収入のほか、その家計における教育費、住宅ローン・カードローンの返済、生命保険料等の私生活上の事実や個人的情報に不必要に踏み込んでいるが、右法人が交通遺児の援護団体で寄付や善意の募金によって運営されていること、仮名が用いられていること等を考慮すれば、違法性を欠くものと評価すべきである。

三 マスメディアに情報を提供する行為についてまで、その結果他人の権利が侵害されることになるにもかかわらず、その自由が保障されているものとは考えられないから、右理事の個人情報が記載された陳述書の写しを週刊誌記者に交付した者の行為については、違法性を否定する理由はない。

 

判旨

  事案の概要

控訴人文藝春秋は、平成11年9月22日発行の「週刊文春」同月30日号に、「“あしながおじさん”交通遺児育英会内紛でわかった常勤理事は『高給とり』!年収1500万円」との見出しの下に、原判決別紙のとおりの本件記事を掲載した。本件記事には、以下の記述が含まれている。

(一)〈1〉「D理事は、収入が断たれたことによる家計の窮状を、切々と訴えている。」

  〈2〉「『Dさんは、善意の寄付で成り立つ公的機関の責任ある立場の方なんですから、自ずと節度ある生活が求められるはずです。ところが、自分がいかに給与が必要かと訴える理由が、クビを傾げたくなるような内容なんです』(前出・育英会関係者)」

  〈3〉「先の提出資料によれば、1月の主な支出を見ると、

 ・家計・教育費36万円

 ・住宅ローン返済42万円

 ・カードローン返済19万円

 ・生命保険料26万円(全8件)

 ・職業費(書籍代・交際費)約10万円

 などで、合わせて月に138万円余りになるという。」

  〈4〉「結果、常勤の収入があったときでさえ、毎月約40万円も収入が不足し、銀行の当座貸越やカードローンを利用し、ボーナスで家計を埋め合わせていたというのだ。」

  〈5〉「日本の平均的な家計は、世帯人員2.6人で、月収入約49万円、支出が約32万5000円(97年総務庁調べ)だから、D氏の家計の突出ぶりがわかる。」

  〈6〉「D理事の言い分を見てみよう。

 〈住宅ローンについてですが、私は現在住んでおります住宅を昭和56年に3180万円で購入しましたが、頭金150万円の外はすべて住都公団と富士銀行の住宅ローンにしました。現在の残額は両方で約2600万円で月額返済額は約42万円弱です〉〈銀行のカードローンは、月々の不足分や交際費等の支出にあてるために行ったもので、現在、五つの銀行から計1550万円の借入があり、月額の返済は合計で19万円となっております〉〈生命保険料は、知人や友人から頼まれて断り切れなかったものが積み重なって、毎月の支払額が多くなってしまったものです。今回陳述書を書くために整理してみて、支払保険料が随分多くなってしまったと反省しており、今後少し整理していく積もりです〉〈職業費の10万円ですが、普通の会社であれば勤務先の必要経費として認められるようなものも、育英会としての性格上必要経費とすることができず、長年に渡って殆ど全てを自己負担としてきました〉」

  〈7〉「そこで、D理事の家計診断を、家計アナリストのEさんに依頼した。」

 (二) 「まずは、住宅ローンから。『支払残額から推測し、仮に30年ローンで組んだとすると、当時の金利が高かったとしても、月々の返済額は20万円弱で済むはずです。50歳近くで借入しているので、25年ローンということも考えられますが、その場合でも支払残額が2600万円というのはあり得ません』

 保険アナリストも疑問を呈する。

 『一般のサラリーマン家庭で考えると、支払い保険料の家計に占める割合が19パーセント近いのは、多すぎますね。26万円の保険料は、仮に掛け捨て保険とすると、保険金は2億円になってしまいます。ご本人が言うように、支払い保険料を少なくした方がいいでしょうね』

 前出・Eさんが続ける。

 『この家計では、ふつうの家庭では成り立たないでしょうね。98万円も月収があるのに、なぜ、家計のために1500万円も借入があるのか。もう一度、支出を見直すことをお勧めします』」

  争点

 被控訴人は、控訴人文藝春秋に対して、本件記事が被控訴人のプライバシーを侵害するとして慰謝料の支払を求め、控訴人Bに対して、同人が入手した地位保全等の仮処分事件に係る被控訴人作成の本件陳述書を控訴人文藝春秋の記者に交付すれば、被控訴人のプライバシーが侵害されることを認識しつつ、これを交付又は中身を了知できる態様で見せ、被控訴人のプライバシーを侵害したとして慰謝料の支払を求めている。

 なお、被控訴人は、本件記事が被控訴人を仮名扱いにしていることについては、たとえ仮名扱いしているとしても、被控訴人の財団法人交通遺児育英会の在勤年数は約30年に及ぶこと、専務理事を除けば常勤理事は昭和57年以降被控訴人一人であること、しかも、被控訴人以外の常勤理事であるF元専務理事及び現専務理事の控訴人Bについては本文記事中に実名で登場することからすると、育英会の関係者、被控訴人の友人・知人等にとっては、本件記事の対象者が被控訴人であると特定することは容易であって、プライバシーの侵害については、公表の相手方が不特定又は多数である必要はないし、仮名であっても、事情を知る者が容易に当該人物を特定し得る場合には成立すると解するのが相当であると主張する。

 これに対し、控訴人文藝春秋は、本件記事における被控訴人に関する記述は、社会の正当な関心事であり、その表現方法も、被控訴人の名前を実名で報じず、被控訴人を「D2」という仮名で扱っており、一般読者は、本件記事を読んでも、これが被控訴人に関するものであるとは認識し得ないなど妥当なものであるから、被控訴人のプライバシーを侵害することはないと主張し、控訴人Bは、記者の取材に対して本件陳述書を見せたことはあるが交付はしていない、記者は独自の取材をし、独自の判断に基づき記事として掲載するのであるから、控訴人Bの行為と記事の掲載との間に相当因果関係はなく、控訴人Bにおいて被控訴人のプライバシーが侵害されることを認識していた事実もないと主張している。

 

  裁判所の判断

 すなわち、本件記事は被控訴人の家計支出の具体的な使途や金額の記載を含むものであり、一般人を基準にして考えるならば、これらの事実は他人に知られたくない私生活上の事実であるから、本件記事のうち一部の記述は、これをみだりに公表されないとの被控訴人の法的利益(プライバシーの権利)を侵害するものであることを否定することができない。また、これらの事実が、被控訴人が育英会を相手方として申し立てた地位保全等の仮処分事件において自ら作成し、提出した本件陳述書に記載された事実であったからといって、被控訴人がこれを一般に公表することを望んだということができないことはもちろん、これが「一般の人々に知られた事実」であるということもできない。

  (2)  ところで、私人の有するプライバシーの権利(一般に他人に知られたくないであろう私生活上の事実や個人的情報をみだりに公表されない法的利益)は、個人の尊厳を維持するために極めて重要な権利である。しかし、他方で、新聞、出版、放送その他のマスメディアが国民に対して豊富な情報を提供することが国民の知る権利にとってとても大切なことであり、マスメディアが表現の自由の一内容として報道の自由を保障されていることを考えるならば、マスメディアによる報道が少しでも私人のプライバシーを侵害すれば、当然にこれが違法であってその私人に対する不法行為となるとすることは相当ではない。このような場合には、当該報道の目的、態様その他の諸要素と当該プライバシー侵害の内容、程度その他の諸要素とを比較衡量して、当該事案においてはいずれの権利を優先させるべきかを決するほかはない。

 この比較衡量において重要な考慮要素となり得るのは、報道については、当該報道の意図・目的(公益を図る目的か、興味本位の私事暴露が目的かなど)、これとの関係で私生活上の事実や個人的情報を公表することの意義ないし必要性(これをしなければ公益目的を達成することができないかなど)、情報入手手段の適法性・相当性(例えば盗聴などの違法な手段によって入手したものかなど)、記事内容の正確性(真実に反する記述を含んでいるかなど)、当該私人の特定方法(実名・仮名・匿名の別など)、表現方法の相当性(暴露的・侮蔑的表現か、謙抑的表現かなど)等であり、プライバシー侵害については、公表される私生活上の事実や個人的情報の種類・内容(どの程度に知られたくない事実・情報なのか、既にある程度知られている事実・情報なのかなど)、当該私人の社会的地位・影響力(いわゆる公人・私人の別、有名人か無名人かなど)、その公表によって実際に受けた不利益の態様・程度(どの範囲の者に知られたか、どの程度の精神的苦痛を被ったかなど)等である。

  (3)  これを本件について検討すると、次のようにいうことができる。

   ア 本件記事が報道の目的としているのは、その論旨からすれば、育英会が交通遺児の援護団体で寄附や善意の募金によって運営されている公益法人であるのに、その常勤理事が年収1500万円という高給を得ていることの妥当性についての問題提起であるということが一応できる。本件記事には興味本位的な要素も存在することは指摘し得るところであるが、その論旨による限り、これが公益を図る目的に出たものでないとはいえないであろう。

   イ 本件記事に記載された被控訴人の家計に関する個人的情報は、被控訴人が自ら作成した本件陳述書に基づくものである。控訴人文藝春秋は、G記者が控訴人Bから写しの交付を受けてこれを入手した(その詳細は、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の二の項の1、2(原判決39頁1行目から42頁6行目まで)で説示するところと同一であるから、この説示を引用する。)。控訴人Bのこの行為の適否については後記2(1) に述べるが、控訴人文藝春秋(G記者)が違法な手段でこれを入手したということはできない。また、本件記事に記載された上記の個人的情報には本件陳述書の内容と特段異なるところはなく、本件陳述書の内容が真実である限りは、正確な情報であるということになる。

   ウ 本件記事の上記アの論旨のためには、育英会常勤理事の報酬額を明らかにすることは必須であるが、これが不相当な「高給」であるかどうかを判断するための材料は、常勤理事の勤務形態、職務内容とその困難性、当該理事の育英会での経歴、功績、他の同種公益法人における理事の報酬の実態、一般企業における同程度の役職者の給与・報酬の水準等であるはずであるが、本件記事においては、わずかに国家公務員の給与や日本の平均家計における月収が約49万円であることに触れるだけで、上記の情報には乏しい内容となっている。その反面、常勤理事が支給された報酬をどのような使途で支出するかの点には、上記論旨からすればさしたる重要性があるとは考えられないが、本件記事は、被控訴人の家計における教育費、住宅ローン・カードローンの返済、生命保険料等の具体的な金額を公表するもので、しかも、「家計アナリスト」や「保険アナリスト」によるこれが多いとか少ないとかの論評まで紹介するものとなっており、上記論旨には必ずしもそぐわない内容となっている。この点で、本件記事は、被控訴人の私生活上の事実や個人的情報に不必要に踏み込んでいるといわざるを得ないことは、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の一の項の3(原判決28頁9行目から35頁7行目まで)で説示するとおりであるから、この説示も引用する。

   エ 本件記事は、被控訴人の実名を記載せず、また、その頭文字を記載するといった方法も採らず、「D2」というそれ自体では被控訴人を特定する手掛かりとなり得ない仮名を仮名と断って用いている。これは、本件記事が被控訴人のプライバシーの保護に一定の配慮をしたものと評価することができる。また、本件記事が上記のように被控訴人の家計内容を公表しているのは、被控訴人の作成した本件陳述書の記載に基づくものであるが、本件陳述書には、それ以外にも、食費、衣服費等の明細や、家族構成、二男の在学校名、妻の病歴、被控訴人の資産状況その他多くの個人的情報が記載されているが、本件記事がこれらを採り上げていないのは、当然のこととはいいながら、やはり被控訴人のプライバシーの保護に一定の配慮をしたものと評価することができよう。

   オ 本件記事は、被控訴人の「高給」と家計支出についての批判的な見方が基礎となっており、これを週刊誌の記事によく見られるやや冷笑的・揶揄的な文章表現によって記述しており、被控訴人にとっては不快なものであると思われるが、殊更に侮蔑的な文章表現が用いられているというわけではなく、表現方法の相当性という点では特段の問題がない。

   カ 本件記事によって公表された被控訴人の家計に関する個人的情報は、一般にも被控訴人にとっても、他人に知られたくない性質のものであると考えられる。しかし、これが公表されることによって、極度の羞恥、当惑のあまり、人の顔が見られなくなるというほどのものでもないであろう。その意味で、本件記事による被控訴人のプライバシー侵害が最高度のものであるとまではいうことができない。

   キ 被控訴人は、財団法人交通遺児育英会という著名な公益法人の常勤理事であり、その意味でいわゆる公人たる性格を有することを否定することはできないであろうが、世間的には全くの無名人であって、そのプライバシーがある程度さらけ出されることを甘受しなければならないほどの公的地位にあるとまではいうことができない。

   ク 本件記事は被控訴人について「D2」という仮名を用いているが、「D2・常任理事(仮名=66)」と記載されているので、本名がこれと異なる66歳の常勤の常任理事であることが記事自体から判明する。そして、育英会の常勤理事は外には専務理事である控訴人Bのみであり、控訴人Bは本件記事に実名で登場するから、少し調査をすれば、あるいは育英会の内部事情を多少知る者であれば直ちに、「D2」が被控訴人を指すことが判明する。しかし、多くの発行部数を有する著名な週刊誌である「週刊文春」の読者の大多数にとっては、本件記事を閲読しても、被控訴人は実名を伴わない仮名の存在のままで終わるのであり、本件記事によって実名を伴う存在である被控訴人を識別してそのプライバシーを知るのは、不特定でも多数でもない特定の少数の者に限られる。したがって、実名報道がされた場合に比べれば、被控訴人の被る精神的苦痛ははるかに少ないということができよう。もっとも、本件記事から直ちに被控訴人を特定することができない者でも、少し調査をすれば容易に被控訴人を特定することができるのであるから、仮名報道であるからといって、被控訴人の被る精神的苦痛を軽視することも相当ではない。

  (4)  本件記事の目的、態様その他の諸要素とこれによる被控訴人のプライバシー侵害の内容、程度その他の諸要素については、上記(3) のようにいうことができる。これに基づく比較衡量によって、いずれの権利を優先させるべきかを決すべきである。

 そうすると、本件記事は、公益を図る目的に出たものでないとはいえず(上記(3) ア)、違法な手段で入手した個人的情報を記載するものではなく(同イ)、被控訴人の私生活上の事実や個人的情報に不必要に踏み込んでいるが(同ウ)、記載する個人的情報の取捨選択の点で一定の配慮がされており(同エ)、記事内容の正確性や表現方法の相当性の点でも特段の問題がない(同イ、オ)、そして、被控訴人は、そのプライバシーがある程度さらけ出されることを甘受しなければならないほどの公的地位にあるとまではいえないが(同キ)、本件記事によって最高度のプライバシーに属する個人的情報を公表されたとまではいえず(同カ)、仮名が用いられたことによって、精神的苦痛が実名報道がされた場合に比べてはるかに少なかった(同ク)のである。

 これらの諸事情に基づいて、本件記事による報道の自由を保障する必要性と本件記事によって公表された被控訴人のプライバシーを保護する必要性とを比較衡量すると、本件においては、プライバシーの侵害は決して無視してよいようなものではないが、いずれかといえば報道の自由を保障する必要性が優先し、控訴人文藝春秋が本件記事を掲載した行為は、報道の自由を保障するという観点から違法性を欠くものと評価すべきであり、被控訴人に対する不法行為とならないと解するのが相当である。ちなみに、仮に本件記事において、仮名ではなく被控訴人の実名が用いられていたとすれば、比較衡量の結果、違法性の有無について上記とは異なる結論に達するであろう。