プライバシー権(10)東京地裁平成5年11月19日・大阪高裁平成11年11月25日

  目次

 

 

【東京地裁平成5年11月19日】

要旨

一 国立大学教授が国に対し、人事記録その他の文書において教授の旧姓名を使用するよう義務付けを求める訴えが不適当法とされた事例

二 国立大学において人事記録その他の文書に教授の戸籍上の姓名を記載したことが教授の氏名保持権、プライヴァシー、表現の自由、職業活動の自由、学問の自由を侵害しないとされた事例

 

事案の概要

 国立大学教授の原告が、結婚前の旧姓名を用いて研究活動し、大学当局に対して各種文書等に旧姓名を使用することを申し入れていたものの、大学側は原告の氏名について、戸籍上の氏名を利用することとし、原告が戸籍上の氏名でない文書を提出した場合には是正を求めるなどをしていた。

そこで、原告は国に対し、人格権あるいは自己決定権に基づき、人事記録その他の各種文書等にXの旧姓名の使用の義務付け等主張した。

 

判旨

 (1) 定員約一二〇万人を擁する国家公務員の任用関係においては、いかなる人を採用し、採用後いかに処遇する か(担当職務、昇任、降任、転任、給与等)の問題に加えて、現実に公務遂行の外観を呈する行為を行っている者が、真実、国家公務員として任用されたもので あり、かつ、当該公務を担当すべき地位、権限を有しているのかの問題を適正、確実、迅速に解決するためには、公務員の同一性を把握することが必要不可欠である。
 しかして、我が国においては、国民を公に登録し、その親族関係及び動静を公示し、公証するための唯一の身分関係 の公証制度として、戸籍法に基づく戸籍が精緻に編製されており、そこには個人の公証力ある氏名として戸籍名が記載されているところ、戸籍名を変更するため には、やむをえない事由が存する場合に家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出ることを必要としている(戸籍法一〇七条、一〇七条の二、一一九条)。しか も、法律上保護されるべき重要な社会的基礎を構成する夫婦が、同じ氏を称することは、主観的には夫婦の一体感を高める場合があることは否定できず、また、 客観的には利害関係を有する第三者に対し夫婦である事実を示すことを容易にするものといえるから、夫婦同氏を定める民法七五〇条は、合理性を有し、何ら憲 法に違反するものではない。
 したがって、個人の同一性を識別する機能において戸籍名より優れたものは存在しないものというべきであるから、公務員の同一性を把握する方法としてその氏名を戸籍名で取り扱うことは極めて合理的なことというべきである。
 そうであれば、本件取扱文書に定める基準は公務員の同一性を把握するという目的に配慮しながらも、他方、研究、 教育活動においては原告が以前から使用してきた氏名である「関口礼子」を表示することができるようにも配慮されたものであり、その目的及び手段として合理 性が認められ、何ら違法なものではないというべきである。
 (2)イ これに対して、原告は、少数の公務員集団である図情大教職員間においては、原告の公務員としての同一性を把握することは不要であると主張する。
 しかし、原告主張に係る各書類の中には図情大教職員間における書類にとどまらず、文部省あるいは学外の諸機関との間でやりとりされる書類も多数含まれて いることからも明らかなように、公務員の同一性の把握は図情大教職員間においてなされれば足りるというものではなく、原告の右主張は前提を誤っているもの というべきであるから、採用することはできない。
 ロ また、原告は、被告藤川らの所為は、通称名を保持する権利あるいは右通称名をその意思に反して奪われない権利を妨げるものであり、憲法一三条に違反 するものであると主張する。右主張に係る権利とは、要するに他人に通称名の使用を禁止されないという意味において、通称名を専用することができる自由を意 味することに加えて、図情大の人事記録に記載される氏名を含めたあらゆる場面において氏名が通称名で表示されることをも原告が要求していることなどに照ら すと、原告は、その婚姻届出に伴い夫の氏を選択したものの、他人から右変動前の氏名を通称名で表示されることをも意図しているものと解される。
 なるほど、通称名であっても、個人がそれを一定期間専用し続けることによって当該個人を他人から識別し特定する 機能を有するようになれば、人が個人として尊重される基礎となる法的保護の対象たる名称として、その個人の人格の象徴ともなりうる可能性を有する。しかし ながら、本件全証拠をもってしても、公務員の服務及び勤務関係において、婚姻届出に伴う変動前の氏名が通称名として戸籍名のように個人の名称として長期的 にわたり国民生活における基本的なものとして根付いているものであるとは認めることができず、また、右通称名を専用することは未だ普遍的とはいえず、個人 の人格的生存に不可欠なものということはできないものというべきである。
 したがって、立法論としてはともかく、原告主張に係る氏名保持権(右通称名ないし婚姻による変動前の氏名を使用する権利)が憲法一三条によって保障されているものと断定することはできないから、被告藤川らの所為が同法条に違反するものと認めることはできない。
 なお、原告は、氏名を通称名で表示することは個人的な事柄であるから、自己決定権によっても原告主張に係る氏名 保持権は保障されているとも主張するものであるが、氏名は社会において個人を他人から識別し特定する機能をその本質的な機能とするものであり、社会との関 わりあいにおいて、その存在意義を有するものであって、公法上の勤務関係における氏名は極めて社会的な事柄というべきであるから、原告の右主張は採用する ことができない。
 ハ さらに、原告は、被告藤川らの所為は、戸籍名という原告のプライバシーを侵害するものであり、憲法一三条に違反するものであると主張する。
 しかし、戸籍名は、前記の通り、我が国唯一の身分関係の公証制度としての戸籍に記載される公証力ある名称であり、原告がいかなる戸籍名を有する者であるかは専ら公的な事柄であるというべきであるから、戸籍名をもって原告のプライバシーに該当するということはできない。
 もっとも、原告は、戸籍名は身分関係すなわち少なくとも原告が婚姻しており、配偶者は氏を「甲野」と表示する男性であることを一定程度開示する作用を有 している点で、私生活上の事柄といいうるものであるとも主張しているが、原告の氏名を戸籍名で表示することが、当然に右のような身分関係まで開示すること にはならないから、原告の右主張は採用することができない。

 三 本件差止(義務づけ)請求及び損害賠償請求について

 以上の通り、原告主張に係る前記一連の侵害事実については、いずれも被告国(図情大及びその公務員である被告藤川ら)の権限行使として合理的な範囲を逸脱したりその濫用があったものとは認定できないことが明らかであり、したがって、原告の被告国に対する本件差止(義務づけ)請求については、事柄の性質上司法審査の及ばないものであるから、その余の点について論じるまでもなく、いずれも不適法として却下を免れず、また、原告の被告国に対する本件損害賠償請求についても、原告主張に係る前記一連の侵害事実がいずれも憲法に違反したり、著作権法に違反するものではないうえ、世界人権宣言及び国際人権規約B規約に違反するものではなく、国家賠償法の適用上違法と認めることもできないから、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないものというべきである。

 しかも、被告藤川らは、いずれも国家公務員としてその職務を行ったものにすぎず、仮に被告国が国家賠償責任を負う場合であったとしても、公務員個人として原告に対し、民法上不法行為に基づく損害賠償責任を負うべきものではないから、原告の被告藤川らに対する本件損害賠償請求は理由がないものといわなければならない(最高裁昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁、最高裁昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁等参照)。

 

 

 

 

【大阪高裁平成11年11月25日】

事案の概要

西宮市内の市立小中学校の卒業生・在校生六名が、教育委員会に対し、西宮市個人情報保護条例に基づき、調査書・指導要録の開示を求めたが、西宮市教育委員会がこれらを全面非開示とする処分を行い、異議申立をしたものの大半が非開示とされたため、右非開示処分の取消を求めた事案

 

要旨

調査書、指導要録における「所見」欄等の教師の主観的評価を含む記載についても、西宮市個人情報保護条例が自己情報開示請求権の例外として定めた非開示事由に該当するとはいえず、調査書、指導要録は当該本人に全面開示されるべきであるとした事案

 

 

判旨

1 憲法一三条がプライバシー権を保障しているとしても、同条により具体的な情報開示請求権までが保障されているとはいえない。したがって、情報開示請求権は、本件条例によって創設的に認められた権利であると解されるので、当該具体的情報が開示請求権の対象となり得るか否かは、本件条例の趣旨・目的に照らして同情報が開示請求の対象として予定されているか否かによる。

 2(一)ところで、本件条例は、個人情報の取扱いについて必要な事項を定めることにより、行政の適正な執行を確保するとともに、基本的人権の理念に基づき個人情報の保護を図ること(一条)を目的としている。

 (1)そして、実施機関は個人情報を収集する際、収集目的を明確にするとともに、その目的達成に必要な範囲内で行われなければならない(六条一項)として、収集対象・方法に制限(六条二項、七条)を加えるとともに、利用提供の制限(八条)を設けたり、その適正な管理(九条、一〇条)を定めて、職員に対し守秘の義務を課している(三条)。

 (2)市民に対しても相互に個人情報保護の重要性を深く認識し、個人情報の保護に努めるとともに、この条例によって保護された権利を正当に行使しなければならない(四条)ものとしている。

 (3)さらに、事業者が事業活動に伴い個人情報の収集等を行うときにも、個人情報の重要性を深く認識して、個人情報の取扱いについて適切な保護措置を講ずるよう努めなければならない(五条)とする。

 (二) 一方、実施機関が管理する情報に対し、当該本人の自己情報開示請求権を認めて、(1)法令または条例の制定により開示することができないもの、(2)個人の評価、診断、判定等に関するもので、本人に知らせないことが正当であると認められるもの、(3)開示することによって公正かつ適正な行政執行が妨げられることが明らかなもの、(4)実施機関が審議会の意見を聴いて公益上特に必要があると認めたもの、以上(1)ないし(4)に該当しない限りは、開示しなければならないものとしている(一二条)。

 そして、自已情報に誤りのある場合には訂正を求め、制限外の情報が記載されている場合には削除を求め、自己情報の目的外利用が認められる場合には中止請求をすることができるものとしている(一三条)。

 3以上によれば、本件条例は個人情報保護の観点から、実施機関その他が濫りに個人情報を収集することを禁ずるとともに、これを確認、監視」、かつ、誤った情報が収集・集積されることによって生じる不利益を防止するため、市民各人に実施機関が管理する自己情報に近付き、これを訂正・削除等する権利を市民各人の具体的権利として保障したものと解することができる

 四1(一)前記のとおり、本件条例は、自己情報について非開示事由に該当しない限りは開示しなければならないものとしているので、本件調査書及び指導要録の非開示部分が「公正かつ適正な行政執行が妨げられることが明らかであること」、もしくは、「個人の評価、診断、判定等に関するもので、本人に知らせないことが正当であると認められるもの」に該当するか否かが問題となる。

 (二)前記のとおり、本件条例は個人情報保護の観点から、市民各人に実施機関が保有する自己情報を確認、監視させる目的で開示請求権等を認めているものと解されるから、その例外となるべき非開示事由の解釈においては、実施機関の恣意的判断を許し、いたずらに非開示事由を拡大するような解釈をしてはならないことはいうまでもない。とりわけ、前記非開示事由である「公正かつ適正な行政執行が妨げられることが明らかであること」、「本人に知らせないことが正当であると認められるもの」という要件に関しては、その判断を厳格にしなければ実施機関の恣意的な判断を招き、開示請求の範囲を不当に狭める結果となるのでその判断は慎重に行われなければならない。これらの条文の規定の仕方に照らしても、被控訴人が開示を拒むためには開示による弊害が現実的・具体的なもので、客観的に明白であることを要するものと解される。

 2ところで、被控訴人は、「(1)本件調査書の『各教科の学習の評定の記録』の『参考事項』欄、『その他の特記事項』欄、並びに、本件指導要録の『教科所見欄』の記載は生徒に対する全体的・人物的評価にわたり、マイナス面も記載される可能性があるという特徴がある。(2)本件調査書の『特別活動等の記録』欄、『スポーツテストらの『備考』欄、『出欠の記録』の『欠席等の主な理由』欄の記載についても、スポーツテストを受けていない理由は何か、長期欠席の理由が、不登校、登校拒否と認められるかという点を巡り、主観的評価、判断が入る余地がある。(3)本件調査書の『行動及び性格の記録』欄、並びに、本件指導要録の『行動の所見』欄の記載も生徒の人物評価にかかわる。

 したがって、これらの記載を開示すれば、時には生徒や保護者が自尊心を傷つけられたり、教員及び学校に反感や不信感を抱く等して生徒指導に支障を来したり、両者間の信頼関係を喪失してトラブルを生じたりするおそれがあり、また、教師が右トラブル等を恐れてマイナス面をありのままに記載しなくなれば、調査書や指導要録の内容が形骸化・空洞化して、適切な入試選抜資料及び教育指導の資料としての機能を果たさなくなる恐れがある。

 以上のとおり、本件調査書、指導要録の非開示部分を開示すれば、『公正かつ適正な行政執行が妨げられること』が合理的に見込まれるし、このように生徒が自尊心を傷つけられたり、教員や学校に不信感を抱いてトラブルが生じることは生徒及び保護者にとっても不利益なことであるから、被控訴人が『本人に知らせないことが正当であると認められるもの』にも該当する。」旨主張して、証人長澤清、同岡田健作(いずれも原審)らはこれに沿った証言をする。

 3(一)しかし、教育上なされる評価は、今後の当該児童・生徒の教育資料等となるものであるから、たとえ、それが教師の主観的評価・判断でなされるものであっても、恣意に陥ることなく、正確な事実・資料に基づき、本人及び保護者からの批判に耐え得る適正なものでなければならない。教育は、当該児童・生徒の長所を延ばすとともに短所や問題点をも指導・改善して、当該児童・生徒の人格の完成を図るものである。本件調査書及び指導要録の非開示部分に記載される内容は、既にみたとおりのもの(前記第三、二2(三)(2)及び同3(三)(2))であるから、仮に、同部分にマイナス評価が記載されるのであれば、正確な資料に基づくのは勿論、日頃の指導等においても本人あるいは保護者に同趣旨のことが伝えられ、指導が施されていなければならないものというべきである。日頃の注意や指導等もなく、マイナス評価が調査書や指導要録のみに記載されるとすれば、むしろ、そのこと自体が問題であり、これによって生徒と 師の信頼関係が破壊されるなどというのは失当である。確かに、評価それ自体は教師の専権であり他から訂正等を強制されるものではない。しかし、事実誤認に基づく不当な評価は正されなければならない。誤った情報や不正な手段で得られた情報に基づく評価のために、不利益な取り扱いを受けることがないよう防止することにも本件条例の趣旨・目的はあるものと解され、特に、教育は各人の人格形成を目的とするものであるから、誤った記載や不当な評価により教育上の不利益を受けることがあってはならない。したがって、本件条例が本件調査書や指導要録の非開示部分を開示の対象として予定していないとは認め難い。確かに、開示により感情的なトラブルが生じないとはいえないが、開示を求める側も、評価の部分についてはマイナス面の記載もなされることを当然認識しているはずであり、このようなトラブルは適切な表現を心掛けることや、日頃の生徒との信頼関係の構築によって避け得るものであり、これに対処するのも教師としての職責であると考えられる。

 (二)ところで、当裁判所が行った調査嘱託の結果からも、調査書や指導要録を開示している自治 において弊害が生じているとは認められない。

 確かに、右調査嘱託の中にはトラブルを生じたことがあった旨報告している事例もある。しかし、右事例は調査書の総合所見欄に「両親ともに教育熱心」と記載されて問題となった事例等である。同事例は「両親が、娘の私服通学のことで中学に何度話合いを求めても学校が回答しなかった。」にもかかわらず、右のような記載がなされたという場合であるから(弁論の全趣旨)、右両親が前記記載に学校側の悪意を感じてもやむを得ない場合だということができ、当該ケースにおいて、このような記載をする必要や、同表現が妥当であったかが疑わしいといえるものである。したがって、右事例等から調査書や指導要録の開示によって弊害が生じているとは認められない。

 (三)以上の点に、先の調査嘱託の結果から、現に多くの自治体で調査書・指導要録の開示が開始されており、歴史が浅いとはいえ、社会の趨勢を示すものと認められるが、これらの自治体において特に問題が生じているとは認め得ない点等を考慮すれば、「所見」欄等の教師の主観的評価を含む記載を開示することにより、「公正かつ適正な行政執行が妨げられることが『明らか』である」とは到底いえない。

 (四)また、「本人に知らせないことが正当であると認められるもの」という要件についても、既に述べたとおり、教育の性質に照らすと、仮に日頃の指導などに表れない不利益な記載等がなされているとすれば、そのこと自体に問題があるのであり、自己の評価等を知ることを本人が希望しているのに、右記載を開示すれば教師との信頼関係が破壊されるなどといって開示を拒む根拠とはなり得ない。