プライバシー権(11)東京高裁平成12年10月25日・最判平成7年9月5日

  目次

【東京高裁平成12年10月25日】

要旨

一 犯罪捜査に当たった警察官が、被疑者の弁護士の所属団体及び所属政党を調査し、これを捜査報告書に記載した行為が、当該弁護士のプライバシーを侵害する違法な行為に当るものとすることはできないとされた事例

二 検察官が右の捜査報告書を略式命令を請求する際の資料として裁判所に提出した行為が、当該弁護士のプライバシーを侵害する違法な行為にあたるものとされた事例

 

判旨

■事案の概要

 本件は、東京都立川市所在の三多摩法律事務所に勤務する弁護士である原告が、国の公務員である検察官並びに東京都及び北海道の公務員である警察官の違法な行為によって、そのプライバシー等を侵害されたとして、被告らに対して国家賠償を求めている事件である。

 すなわち、本件において、原告は、被疑者丁谷次郎らに係る傷害事件(本件傷害事件)について弁護人となることを委任されていたところ、北海道警察及び警視庁に所属する警察官であって東京地方検察庁において捜査実務の研修中に本件傷害事件の捜査に当たった警察官が、東京地方検察庁の検察官の指導の下に、平成二年一月三〇日ころ、原告が青年法律家協会に所属しており日本共産党の党員として把握されているものであるとする内容(本件記載事項)の記載のある捜査報告書(本件捜査報告書)を作成して検察官に提出し、平成二年七月二〇日、東京区検察庁の検察官がこれを本件傷害事件に関する略式命令請求の際の証拠資料として裁判所に提出したことにより、これが右の略式命令の確定後は刑事確定訴訟記録の一部として東京地方検察庁において保管され、一般人の知り得る状態に置かれるに至ったが、右の検察官及び警察官の行為は、原告のプライバシーの権利等を侵害する不法行為に当たるとして、被告らに対して国家賠償を求めているのである。

 

  裁判所の判断

二 乙川警部等の行為の違法性の有無について

 乙川警部による本件捜査報告書の作成行為が、本件傷害事件の捜査の過程で、後任の捜査担当者に対する引継ぎのための資料を作成することを主目的として行われたものであり、そのための調査等の方法としては、研修の同期生である伊藤警視から公刊物に登載された原告の経歴等をメモ書きしたものと同警視の個人的な体験から得た知識の提供を受けるという方法が採られたにすぎないものであることは、前記引用に係る原判決の認定、説示にあるとおりである。

 そもそも犯罪の捜査に当たっては、被告らの主張にもあるとおり、広く当該被疑事件に関係すると考えられる事項や公訴提起後の公判活動をも視野に入れた当該事件の処理にとって参考となると考えられる事項について、積極的に情報の収集が行われ、その過程で、時として関係者のプライバシーに関わるような事項についても調査が行われ、その調査結果が捜査報告書等の資料にまとめられるという事態があり得ることは、当然のことと考えられるのであり、いわゆる任意捜査の方法で行われるその際の調査等が、調査対象者の私生活の平穏を始めとする権利、利益を違法、不当に侵害するような方法で行われるのでない限り、このような捜査活動自体がその調査等の対象者に対する関係で直ちに違法とされるものでないことは、いうまでもないところというべきである。

 もっとも、このような調査等によって得られた対象者のプライバシーに関わるような情報が、その必要もないのにみだりに公にされるという事態が生じた場合には、これが違法なプライバシーの侵害行為と評価されることがあり得ることは当然のことというべきである。しかし、本来的に密行性を有する手続である刑事事件の捜査手続において行われる右のような事項に関する調査等の結果については、公務員たる捜査関係者には守秘義務が課されていることなどからしても、それが公にされるという事態は、それが裁判手続に証拠として提出されるという場合を除いては原則として考えられないのであり、しかも、当該調査結果等を裁判の証拠として提出するか否かは、当該事件の公判等を担当する検察官が、公訴の維持という公益上の観点からするその提出の必要性とこれを証拠として提出することが関係者のプライバシーにもたらすこととなる影響等を慎重に対比、検討した上で決定すべきこととされているのであるから、公益上の必要もないのに、みだりにその内容が裁判の証拠として提出され、それが公にされるという事態は、原則的に生じないような制度が確保されているものと考えられるところである。したがって、捜査担当者が、関係者のプライバシーに関するような事項について調査を行い、その調査結果を捜査報告書等の書面に作成するという行為自体は、本件におけるように、それがおよそ調査対象者の私生活の平穏を始めとする権利、利益を違法、不当に侵害するといったおそれのない方法によって行われるものである限り、それが調査対象者のプライバシーを違法、不当に侵害するものとして、直ちにその職務上の義務に違反する違法な行為とされるということも、原則としてあり得ないところというべきである。

 なお、本件にあっては、丁谷らによる本件傷害事件に関する捜査として、原告のプライバシーにも関わるようなその所属団体等に関する事項について、どのような理由から調査を行う必要があったのかは、被告らの主張からしても必ずしも明らかではないものとも考えられるところである。しかし、仮にこの点に関する調査が本件傷害事件に対する捜査方法としては本来その必要性の認められないものであったとしても、このことによって、前記のような手段、方法によって行われたにとどまる右の調査行為が、その調査対象者である原告のプライバシーを違法、不当に侵害するものとして、直ちに乙川警部らの職務上の義務に違反する違法な行為とされるものでないことも、明らかなものというべきである。

 そうすると、乙川警部による本件捜査報告書の作成行為自体を、原告のプライバシーを違法、不当に侵害する違法な行為に該当するものとすることができないことは明らかなものというべきであり、この点に関する乙川警部や伊藤警視、さらには丙山検事らの行為自体を違法なものとする原告の主張は、失当なものという以外ない。

 

三 戌田副検事の行為の違法性の有無について

 本件傷害事件の一件捜査記録に編綴されていた本件捜査報告書が、その後戌田副検事によって丁谷らに対する略式命令請求事件の証拠書類として裁判所に提出されることとなり、その結果、本件傷害事件に関する確定記録の中に保管されて一般の閲覧に供されることとなった本件捜査報告書が、さらにその後、東京地方裁判所民事第五部からの送付嘱託を受けて同裁判所に送付されるに至ったことは、前記引用に係る原判決の認定、説示にあるとおりである。したがって、本件においては、この戌田副検事の本件捜査報告書の裁判所への提出行為が、原告のプライバシーを違法に侵害する不法行為に該当するか否かが問題とされることとなるものというべきである。

 本件において、原告が青年法律家協会に所属しているか否か、あるいは、原告が日本共産党の党員であるか否かということは、本来的に原告の私事に属する事項というべきであり、原告がこれを他に知られたくないと考えることも、一般人の考え方として不合理なものとはいえず、また、これらの点に関する事実が既に一般人の知るところとなっていたり、これらの事実について原告がプライバシーを放棄するに至っていたものとまでは認められず、したがって、本件記載事項に指摘された事実は、原告にとって、法的に保護された利益としてのプライバシーに属するものと考えられることは、原判決がその「事実」欄の「第四 争点に対する判断」の二の3の(二)の項(原判決八五頁四行目から同九三頁一一行目まで)において認定、説示するとおりである。

 このような原告のプライバシーに属する本件記載事項をその内容に含む本件捜査報告書を裁判のための証拠資料として提出するに当たっては、このようにして提出された書類が、事件の終結後は訴訟記録として原則として何人においてもこれを閲覧することができるものとなることからして、本件傷害事件に関する公訴の維持、適正な裁判の実現のためにその提出が必要とされるという公益上の必要が要求されるものというべきである。ところが、戌田副検事は、本件傷害事件について丁谷らを傷害罪で起訴するに当たって、略式命令を請求する際の証拠資料として本件捜査報告書を裁判所に提出したものであることは前記のとおりである。しかしながら、丁谷らが、本件傷害事件に関する犯罪事実を認め、略式手続によって罰金刑を課されることにも異議のない旨を申述していたこととなる右の手続において、前記のような内容からなる本件捜査報告書をその裁判のための証拠資料として裁判所に提出するまでの必要は、特段の事情のない限り、通常は認められないものというべきであり、本件において、そのような特段の事情があったものとすることも困難なものというべきである。もっとも、この点について、被告らは、本件捜査報告書が、丁谷の自白の任意性や信用性を裏付ける資料として、同人について略式命令をすることが相当であることを立証する証拠に該当するから、これを裁判所に提出する必要があったものと主張する。しかし、右の略式命令が請求された時点において、丁谷の捜査官に対する自白の任意性や信用性について特段の疑義等を抱かせるような節があったこともうかがえない本件において、丁谷の弁護を担当していた原告の所属団体等に関する事項であって、右の丁谷の自白の任意性等と直接関係するものとはいえないような事項を内容とする本件捜査報告書が、右のような意味で裁判所に提出することを必要とする資料に該当するものであったとする被告らの主張は、当を得ないものという以外にない。

 そうすると、公訴の維持のために検察官がどのような証拠資料を裁判所に提出するかについては、当該検察官に広い裁量が認められるべきであることを考慮しても、なお、本件において戌田副検事が本件捜査報告書を裁判所に証拠資料として提出したことについては、軽率であったとのそしりを免れないものというべきであり、その結果、前記のとおり、本件捜査報告書が何人においてもこれを閲覧できるという状態に置かれることとなり、原告のプライバシーが侵害されるという結果が生じた以上、戌田副検事の右の行為は、職務上の義務に違背した違法行為とされることとなるものというべきである。

 したがって、被告国は、その主張する刑事確定訴訟記録を第三者の閲覧に供すべきものとしている法の趣旨等の論点について判断するまでもなく、右の戌田副検事の違法行為を理由とする国家賠償責任を免れないものというべきこととなる。

 

 

【最判平成7年9月5日】

要旨

会社が職制等を通じて共産党又はその同調者である従業員を監視し孤立させるなどした行為が、その従業員の思想、信条の自由及びプライバシーなどの人格的利益を侵害する不法行為に当たるとされた事例。

 

事案の概要

会社が安保改定期に予想される破壊活動からの企業防衛を標ぼうして、共産党員及びその同調者の孤立化・排除のために実施した労務対策につき、それが思想の自由及びプライバシーの侵害等に当たり不法行為を構成するとして、原告らが損害賠償及び謝罪広告を求めた事案。

 

判旨

現実には企業秩序を破壊し混乱させるなどのおそれがあるとは認められないにもかかわらず、被上告人らが共産党員又はその同調者であることのみを理由とし、その職制等を通じて、職場の内外で被上告人らを継続的に監視する態勢を採った上、被上告人らが極左分子であるとか、上告人の経営方針に非協力的な者であるなどとその思想を非難して、被上告人らとの接触、交際をしないよう他の従業員に働き掛け、種々の方法を用いて被上告人らを職場で孤立させるなどしたというのであり、更にその過程の中で、被上告人水谷及び同三木谷については、退社後同人らを尾行したりし、特に被上告人三木谷については、ロッカーを無断で開けて私物である「民青手帳」を写真に撮影したりしたというのである。

そうであれば、これらの行為は、被上告人らの職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害するとともに、その名誉を毀損するものであり、また、被上告人三木谷らに対する行為はそのプライバシーを侵害するものでもあって、同人らの人格的利益を侵害するものというべく、これら一連の行為が上告人の会社としての方針に基づいて行われたというのであるから、それらは、それぞれ上告人の各被上告人らに対する不法行為を構成するものといわざるを得ない。原審の判断は、これと同旨をいうものとして是認することができる。