環境権(3)最大昭和56年12月16日・金沢地裁平成3年3月13日・小松基地騒音差止請求等

 

  目次

【最大昭和56年12月16日・大阪空港訴訟】

要旨

人格権または環境権に基づく民事上の請求として一定の時間帯につき航空機の離着陸のためにする国営空港の供用の差止を求める訴は、不適法である。

 

判旨

所論は、要するに、本件訴えのうち、被上告人らが大阪国際空港(以下「本件空港」という。)の供用に伴い航空機の発する騒音等により身体的・精神的被害、生活妨害等の損害を被つているとし人格権又は環境権に基づく妨害排除又は妨害予防の民事上の請求として一定の時間帯につき本件空港を航空機の離着陸に使用させることの差止めを請求する部分は、その実質において、公権力の行使に関する不服を内容とし、結局において運輸大臣の有する行政権限の発動、行使の義務づけを訴求するものにほかならないから、民事裁判事項には属しないものであり、また、本件空港に離着陸する航空機の騒音等のもたらす被害対策としてはいくつかの方法があつて、そのいずれを採択し実施するかは運輸大臣の裁量に委ねられている事項であるにもかかわらず、そのうちの一方法にすぎない一定の時間帯における空港の供用停止という特定の行政権限の行使を求めるものである点において、行政庁の行使すべき第一次的判断権を侵犯し、三権分立の原則に反するものというべきであるから、右請求を適法として本案について審理判断した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背がある、というのである。

 

 

【大津地裁平成元年3月8日・琵琶湖総合開発計画工事差止請求事件判決】

要旨

上水道受給者が求めた下水道処理場建設工事差止請求について、その請求の根拠として憲法一三条・二五条に基づく環境権なる権利を主張することができないとされた事例。

 

判旨

 3 環境権

 原告らは、本件差止請求の根拠として、環境権を主張し、その成文法上の根拠として、憲法一三条、二五条を、その内容として、権利主体は原告らを含む日本人各人であり、その共有に属し、その権利内容は、琵琶湖の自然的、社会的、文化的環境のすべてを含むとし、差止の要件は、良好な環境を悪化させることとするので、かかる環境権なるものが認められるか否かについて検討する。

 まず、1、成文法上の根拠についてみるに、浄水享受権のところで憲法一三条、二五条について述べたのと同様の理由で、私法上の権利の発生を根拠づけ難い、2、権利主体についてみるに、日本人各人の共有に属するというが、その具体的意味、内容は何等主張されず不明であり、また、本件では原告ら八名が提訴しているが、かかる極く一部の者が提訴できる根拠についても何等主張されず不明である。3、権利内容も、環境という漠然としたもので明確でなく、4、良好な環境を悪化させるという差止の要件も、価値概念であり、その内容を明確に一義的にとらえることははなはだ困難である。

 以上のように、環境権なる権利は、実定法上の根拠もなく、その内容、要件等が抽象的で、不明確である等の多くの難点が存し、到底認めることはできない。環境の問題は、私法上の権利義務についての紛争を解決するために設けられた民事訴訟ではなく、国民ないし住民の民主的選択に従い、立法及び行政の制度を通じて公法的規制により処理されるべきものである。

 

【金沢地裁平成3年3月13日・小松基地騒音差止請求、ファントム戦闘機離着陸差止等請求事件】

要旨

自衛隊機の離着陸差止等請求および損害賠償請求に対して、人格権の侵害の問題として把握することができ、環境権ないし平和的生存権について判断する必要はない。

 

判旨

 一 人格権、環境権及び平和的生存権等、本件各請求の根拠について

 被告は、原告らが本件離着陸差止等請求及び損害賠償請求の根拠として主張している人格権、環境権及び平和的生存権は、その要件及び効果が不明確であり、実定法上の根拠を欠く権利であって、それ自体としては本件各請求の根拠とならない旨主張するので、まず、前提問題としてこの点について判断しておくこととする。

  1 人格権について

 原告らが本訴において人格権の侵害であるとして主張しているものの実体は、騒音、振動等によって日常会話や睡眠等の人間が生活していくうえで当然守られるべき必須条件を侵害されたというものであり、更にはかかる騒音等によって難聴等の身体的被害が生じたというものであるところ、人の生命、身体への侵害が不法行為となることは、すべての権利の侵害が不法行為となることを規定した民法七〇九条や、身体、自由、名誉等に対する侵害が不法行為となることを規定した同法七一〇条に照らして疑いないところである上、直接このような規定の存しない生活上の利益、例えば円滑に他人と会話を交わし、休養や睡眠をとる等、平穏な日常生活を享受する利益も、人たるに値する生活を営むためには不可欠であり、かつ、かかる利益も一般的に差止請求権や損害賠償請求権の根拠となることが肯定されている物権や準物権等の財産権以上に重要なものということができる。そして、これらの利益が古典的な物権等に対する侵害として保護されるとは限らない以上、右生命、身体等を含めた人格に関する利益を人格権と総称して法的保護の対象とし、その侵害行為に対する差止請求権及び損害賠償請求権を肯認するのが相当である。被告が右権利を否定する根拠として主張する概念の不明確さとこれに伴う法的不安定さは、具体的事案を検討する過程において、侵害に係る利益の具体的内容を個別的に特定し、これが法的保護に価することを明確にすることによって回避できると考えられるから、右は人格権概念を否定する決定的な理由となるものではない。

  2 環境権について

 原告らが主張する環境権とは、良き生活環境を享受し、かつこれを支配しうる権利であるということであるが、このような抽象的内容にとどまる限り、実体法上の根拠が皆無である(憲法一三条や二五条によって、直ちに、私法上の権利としての性格が与えられたと解することはできない。)のみならず、その要件、効果等が明確でないなど、権利として未成熟であって、法的権利として確立したものと認めることはできない。原告らが主張する環境利益の侵害は、これが個人の具体的、基本的生活利益の侵害となる限り、前記のような意味における人格権の侵害の問題として把握することができ、そのなかで法的保護をはかることができるものであり、現時点における法解釈及び本件の解決としては、これをもって足りる。

  3 平和的生存権について

 原告らの主張する平和的生存権とは、平和的手段によって戦争及びその危険の存しない良好な環境を享受し、かつこれを支配する権利であって、軍事施設の存在や軍事行動によって、右平和的な環境が侵害されるときはこれを排除することができ、その根拠は直接的には憲法前文にあり、憲法九条、一三条にも根拠を有する、というものである。

 日本国憲法が国民主権主義とともに国際的恒久平和主義の理念を基盤としていることは、その前文、第九条等の記載に照らして明らかであり、この点は異論のないところといえる。すなわち、憲法前文第二段を見るに、第一文では、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」とその決意を宣明し、第二文では、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。」と望ましい国際社会とその中における日本の立場と希望を宣明し、更に第三文では、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」とあるべき世界像を確認している。これが敗戦を契機として「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」(同前文第一段)たことと補強し合って、国際的恒久平和主義の理念を力強く宣明するものであることは、疑う余地がない。憲法は、これを単なる「崇高な理想と目的」として定めたものではなく、「日本国民が国家の名誉にかけて全力をあげて達成すべきもの」(同前文四段)と定めたものである。そして、この見地から、憲法は、第二章の「戦争の放棄」(九条)と、九八条二項の条約及び確立された国際法規の遵守を規定したものであることも明らかである。

 かくして、日本国憲法上、平和主義が、国民主権主義と基本的人権の擁護(憲法第三章及び九七条)とともに、三大原理ないし三大理念というべきものを構成していることは明らかであるが、そうであるからといって、憲法が原告らが主張するような私法上の実体的権利としての「平和的生存権」を定めているかどうかは、右の憲法前文全体の文脈に照らしても甚だ疑わしいといわざるを得ない。けだし、例えば、その第二段第三文を見ても、その文意からして、「平和のうちに生存する権利」が日本国民だけの「権利」を定めたものでないことは明らかであるところ、この点を措いて文章を素直に読んでも、これが個々人の私法上の実体的権利を定めたものと読み取ることは到底困難である。そして、そもそも、憲法前文や九条から明らかな右平和主義が、どのような形態の紛争、訴訟においてどのような態様で裁判規範として機能し作用すべきかは、それ自体検討すべき点が多いが、平和主義に係るこれらの規定ないし記述が優れて公法的な性格を有する規範であることは明らかであり、前示の憲法の記述、構成などに照らしてこれが公法秩序上、特に政治規範、政治理念として最大限に尊重されるべきことは当然としても、一般私法秩序に係る紛争、訴訟において平和主義ないし平和的生存権が主張される場合にあっては、そこにいう「平和」の概念が、個々人の私法上の権利の目的、対象としては余りにも抽象的であり、かつ多義的であるから、このような内容、趣旨の「平和的生存権」は、私法上これを根拠として一定の給付を請求しうるような具体的な権利と見ることができないものというほかない(いわゆる百里基地訴訟についての最高裁判所平成元年六月二〇日第三小法廷判決・民集四三巻六号三八五頁参照)。

 加えて、後に被告の主張する統治行為理論に関して論ずるとおり、本件事案は、被告の設置・管理する飛行場において被告ないし被告の承諾を受けた米国の飛行機が離着陸しているという、原告らの私法上の権利関係とは直接関係がない事実行為があるにすぎないものである。もとより、これから生じる騒音等によって原告らが日常生活上甚大な被害を受けているという主張を契機として、右設置・管理の「瑕疵」の存否とこれに伴う損害賠償請求の当否や、一定の差止請求の可否・当否が検討されることになるのであるが、その際問題とされるのは、騒音等により原告らが日常生活上受けている被害の具体的な内容、程度であって、個々人としての原告らの「平和」(このような表現自体奇妙なものではあるけれども)が侵害されたかどうかではない。すなわち、例えば騒音について見るとき、その発生源たる飛行機の離着陸、運航の法的根拠が何であるかによって、あるいは、その飛行機が自衛隊機であるか民間の一般旅客機であるかによって、原告らの受ける日常生活上の被害の内容、程度が増減左右されることはあり得ないのである。したがって、原告らが主張するような「平和的生存権」を憲法が規定ないし内包しているかどうかは、本件の結論を何ら左右しないものというべきである。本件にあっては、原告らの請求の根拠として前示人格権だけを認めれば足りるものであり、本件を離れて、憲法が平和的生存権なるものを規定しているか、あるいはこれが憲法一三条の幸福追求権に含まれているかどうかについては判断する必要を見ない。

 

 

【最判平成5年2月25日・厚木基地騒音公害訴訟上告審判決】

要旨

国が日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に基づきアメリカ合衆国に対し同国軍隊の使用する施設及び区域として飛行場を提供している場合において、米軍機の運航等に伴う騒音等による被害を主張して人格権、環境権に基づき、国に対し右軍隊の使用する航空機の離着陸等の差止めを請求することはできない。

 

判旨

 所論は、上告人らの本件訴えのうち、アメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」という。)の使用する航空機(以下「米軍機」という。)の一定の時間帯における離着陸等の差止め及びその余の時間帯における音量規制を請求する部分(以下この部分の請求を「本件米軍機の差止請求」という。)は、本件自衛隊機の差止請求と同様、被上告人に対して不作為を求めるものであり、この場合においてその相手方が厚木飛行場の設置・管理者である被上告人となるのは自明のことであって、米軍の本件飛行場の使用権限が条約によって与えられているという事実は被上告人と米軍との間の内部関係にすぎないから、被上告人に米軍機の運航を規制、制限する権限がないことなどを理由に本件米軍機の差止請求に係る訴えを却下すべきものとした原審の判断は、憲法三二条に違反し、裁判所法三条の解釈適用を誤ったものである、というのである。

 しかしながら、上告人らは、米軍機の運航等に伴う騒音等による被害を主張して人格権、環境権に基づき米軍機の離着陸等の差止めを請求するものであるところ、上告人らの主張する被害を直接に生じさせている者が被上告人ではなく米軍であることはその主張自体から明らかであるから、被上告人に対して右のような差止めを請求することができるためには、被上告人が米軍機の運航等を規制し、制限することのできる立場にあることを要するものというべきである。

 これを本件についてみると、原審の確定したところによれば、本件飛行場は、原判決の引用する一審判決別冊第1図青枠部分の区域からなり、被上告人が米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供しているものであって(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭和三五年条約第六号)六条参照)、昭和四六年六月三〇日に我が国とアメリカ合衆国との間で締結された政府間協定により、同年七月一日以降、()前記第1図の緑斜線部分は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和三五年条約第七号)二条四項(a)に基づき、米軍と我が国の海上自衛隊の共同使用部分とされ、()同図赤斜線部分は、海上自衛隊の管轄管理する施設となったが、同頃(b)の規定の適用のある施設及び区域として米軍に対し引き続き使用が認められ、()同図黄色部分は、引き続き米軍が航空機を保管し整備等を行うため専用している。このように、

 本件飛行場に係る被上告人と米軍との法律関係は条約に基づくものであるから、被上告人は、条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めのない限り、米軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限し得るものではなく、関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはない。そうすると、上告人らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは、被上告人に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから、本件米軍機の差止請求は、その余の点について判断するまでもなく、主張自体失当として棄却を免れない。論旨は採用することができない。