環境権(4)女川原発訴訟・仙台地裁平成6年1月31日・仙台高裁平成11年3月31日

  目次

【仙台地裁平成6年1月31日・女川原発訴訟】

要旨

一 人格権又は環境権に基づく原子力施設の建設・運転の差止請求の可否

二 原子炉施設の建設・運転差止訴訟における原子炉施設の安全性の意義

三 原子炉施設の建設・運転差止請求訴訟における原子炉施設の危険性についての立証責任のあり方、立証の方法・程度等

四 原子炉施設の安全性が肯認されるとしてその建設・運転の差止請求が棄却された事例

 

判旨

第二章 差止請求権の根拠

原告らは、人格権又は環境権に基つき本件原子力発電所一号機の運転差止め及び本件原子力発電所二号機の建設差止めを求め、被告らは、人格権又は環境権は実定法上の根拠がなく、人格権又は環境権に基づく差止請求は権利保護の資格を欠くとして、本件訴え却下を求めているので、この点について判断する。

 およそ、個人の生命・身体が極めて重大な保護法益であることはいうまでもなく、個人の生命・身体の安全を内容とする人格権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであり、生命・身体を違法に侵害され、又は侵害されるおそれのある者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大廷判決・民集四〇巻四号八七二頁参照)。

 したがって、人格権に基づき本件原子力発電所一号機の運転差止め及び本件原子力発電所二号機の建設差止めを求める本件請求は、民訴法上請求権としての適格性を有することは明らかであるから、本件訴えは適法というべきである。

 また、原告らが主張する環境権が実定法上明文の根拠のないことは被告の指摘するとおりではあるものの、権利の主体となる権利者の範囲、権利の対象となる環境の範囲、権利の内容は、具体的・個別的な事案に即して考えるならば、必ずしも不明確であるとは速断し得ず、環境権に基づく本件請求については、民訴法上、請求権として民事裁判の審査対象としての適格性を有しないとはいえないから、本件訴えは適法であるというべきである。

 しかしながら、実体法上の請求権として是認し得る権利であるか否かについては、更に検討を要するものというべきであるが、原告らの環境権に基づく本件差止請求も、本件原子力発電所が原告らの環境に対し運転又は建設の差止めを肯認するに足りるほどの危険性があるか否かという点にかかるものということができる点においては、人格権に基づく請求と基本的には同一であるから、以下、本件原子力発電所の危険性の有無について判断することにする。

 

【仙台高裁平成11年3月31日・女川原発訴訟】

要旨

1 人格権又は環境権に基づく原子力発電所の運転差止請求の可否

2 運転差止請求訴訟における原子力発電所の安全性の意義

3 運転差止請求訴訟における原子力発電所の危険性の立証責任

4 原子力発電所の安全性が肯認定されるとしてその運転差止請求を棄却した1審判決が維持された事例

 

判旨

第一 原子力発電所施設の危険性の判断手法について

一 環境リスク

 控訴人らは、原子力発電所のように、一度大事故が起こると、質・量共に、他の種類の事故と比べ、けた違いに深刻な結果を招く場合には、いわゆる環境リスクの問題として、国家や法がそのリスクを防止する機能を発揮すべく、差止めの判断基準もこれを前提として設定されるべきである旨主張する。

 確かに、原子力発電所の事故について、例えば、いわゆるシビアアクシデントのレベルのものを想定すると、その結果の深刻さはいうまでもないところである。しかし、原子力発電所の運転も、これに関する事故の発生の危険性も、法律的に評価するときは、結局、これを社会的かつ有限な事象としてとらえざるを得ないのであって、仮に、控訴人らの主張が原子力発電所の事故発生の具体的な危険性の有無を超えて、論理的ないし抽象的・潜在的なレベルでの危険性が少しでもあれば一切原子力発電所の建設・運転が許されないという判断基準を求めるものであれば、採用することができない。

 もっとも、原子力発電所の危険性の有無を判断するに当たっては、原子力発電所の事故の深刻さという特殊性を念頭に置き、他の社会的な事故との比較においても、十分に安全側に立った慎重な認定・評価をする必要があるということは否定できない。

 同様に、原子力発電所の事故の深刻さを前提として、原子力発電所の危険性と必要性の兼ね合いについてみると、当該原子力発電所が周囲の住民等に具体的な危険をもたらすおそれのある場合には、いかにその必要性が高くとも、その建設・運転が差し止められるべきことはいうまでもない。また、逆に、以上のような原子力発電所の特殊性にかんがみ、当該原子力発電所の必要性が著しく低いという場合には、これを理由としてその建設・運転の差止めが認められるべき余地があるものと解するのが相当である。

二 「多重防護思想」の問題性

 控訴人らは、原子力発電所のような巨大システムは、多数の部品・機器・系統などの構成要素が複雑に絡み合い一つの機能を実現するものであり、その実用化は、個々の部品等の故障頻度の低下と相互作用の解明等による多重防護体制に依拠しているが、実用化ということは、事故の発生をゼロにすることではなく、経済的に成り立つ範囲で低下させるにすぎず、そこでいう多重防護思想も、反面では、発生確率は低いが起こり得る重大事故を切り捨てるものにほかならない旨主張する。

 確かに、巨大システムにありがちな弱点、問題点は、控訴人ら指摘のとおりであるが、抽象的には甚大な危険を伴い得るシステムであっても、法的評価の場面において、社会観念上無視し得る危険の許容限度を想定することが可能かつ必要であることは原判決説示(原判決六四頁九行目から六七頁六行目まで)のとおりであり、その関係で、多重防護の考え方自体を否定することは相当ではない。

 もっとも、原子力発電所の運転に従事する者としては、かかる多重防護のシステムも現実には万能ではないとの意識をもち、そのことを前提に、絶えず防護体制の改良・修正に意を用いるとともに、個々の場面・段階での対応に万全を期する必要があるというべきである。

三 試験による機能確認の問題性

 控訴人らは、高度化されたシステムにおいては、細部の故障が全体に影響を及ぼす可能性があり、しかも、その故障は、必ずしも、事前の試験における「厳しい条件」下で生ずるとは限らないところ、それにもかかわらず、安全審査における解析により、設計が妥当で、安全性が確保し得ると安易に判断することは重大な誤りである旨主張する。

 確かに、事前の試験条件は完全無欠ではあり得ない。しかし、想定外の事象が生じ得るとしても、問題は、その程度、態様であり、本件安全審査における試験条件の設定について検討しても、直ちに対応が困難で、かつ、容易に重大な結果に至る想定外の事象が生ずるとは考え難い。

四 安全審査の位置づけ

 控訴人らは、安全審査の合理性や原子力委員会の組織・性格のみで原子力発電所の安全性が推認されるというのは不当であり、少なくとも、具体的な設計・施工の安全性は、安全審査とは別に被控訴人において立証されるべきである旨主張する。

 確かに、安全審査によって確認されるのが直接的には基本設計レベルでの安全性にとどまるとの控訴人らの指摘は誤りではないが、当該安全審査の内容等により、具体的な設計施工の安全性が全体として推認される場合があるということまで否定されるべきではなく、本件の場合、かかる推認が働くと評価すべきことは原判決説示(原判決一一五頁二行目から一五〇頁末行まで)のとおりである。もっとも、原子力発電所における事故の重大性にかんがみれば、具体的な建設・運転段階における個々の問題性について、その頻度・程度などのいかんによっては、これを厳しく吟味すべき場合があることは当然であって、右のような推認が働くとはいっても、その推認の程度がそれほど高いものと解すべぎではなく、当該原子力発電所や他の原子力発電所等(原子力関連施設を含む。以下同じ。)のトラブルや運転状況のいかんによって、右推認が覆される場合があることは別問題である。

第五 原子力発電所の必要性及び関連事情について

一 原子力発電所の必要性

 《証拠略》によれば、原審口頭弁論終結後の原子力発電所の必要性に関する事情は、大要、次のとおりであると認められる。

1 我が国の使用電力量は、全国的にみても、また、被控訴人の供給に係る分についてみても、なお継続的に増加傾向にあり(被控訴人の策定する供給計画における電力需要の年平均増加率も、平成九年度計画(平成七年度から平成一八年度までの分)では、一・九パーセントと想定しており、同計画中の八月最大電力需要は、平成一二年度が一三五五万キロワット、平成一五年度が一四二一万キロワット、平成一八年度が一四八七万キロワットと見込まれている。かかる電力需要の増加傾向を、国民多数の理解を得てここ数年のうちに押し止め、更に減少に転じさせることは、省エネルギー政策等が実施されているにもかかわらず、現時点での社会状勢や国民の生活状況をみる限りは、いわゆるピーク・カット(真夏期における最大電力需要の削減)のレベルに限局しても、多大の困難性を伴うとみられる。

2被控訴人の平成八年度の電源構成実績は、概数で、水力一六パーセント、石炭火力一八パーセント、石油火力一二パーセント、ガス火力二七パーセント、原子力二四パーセント、地熱その他三パーセントとなっている。被控訴人は、このほか、風力発電、太陽光発電などの新エネルギー発電の開発をも手掛けているが、少なくとも、現在の段階で、原子力発電に取って代われるほどに、電源構成中のパーセンテージを短期間で飛躍的に増大させ得る発電方法は見いだせない状況にある。

3被控訴人の前記供給計画による平成九年度の最大電力需要は一二八〇万キロワットであるが、被控訴人の同時期の供給力は一四〇九万キロワットであり、これから本件原子力発電所一、二号機の供給量(一二九万四〇〇〇キロワット)を差し引くと、同時期においては、いわゆる供給予備力が全くないということになる。

以上のとおり、原子力発電所の必要性を取り巻く状勢は、原審口頭弁論終結後も、少なくとも、原子力発電所による発電の必要性を否定ないし著しく減ずる方向へ働いているとは認め難い。

 ところで、原子力発電所の必要性・経済性と危険性の兼ね合いについて付言するに、右にみたように、少なくとも、現時点において、原子力発電所による一定の電力供給力の確保という必要性は否定できないが、さればといって、原子力発電所の運転上具体的な危険が生ずることも許されない。したがって、原子力発電所の必要性と安全性の確保は、いずれも否定することができない前提条件と考えられるのであるから、原子力発電所の運転に関しては、必然的に、経済性の要請は後退せざるを得ないというべきてある。そうすると、程度問題ではあるが、原子力発電所を運転する側で、経済性を優先させる余り、稼働率を重視することがあれば、それは問題といわなければならず(なお、これに関連するが、原子力発電所がスクラム等で停止した場合でも、厳密にいえば、停止したこと自体が問題なのではなく、どのような原因で停止したのか、また、停止までの経過がどうであったのかが重要なのであり、原子力発電所を運転する側において、原子力発電所を停止すること自体にちゅうちょしたり、後ろめたさを感じたりすべきではなく、その経過と原因を徹底的に究明して事後の運転上の教訓にするとともに、できるだけ早い時期にその結果を必要かつ十分に開示して一般の理解を求めるべきである。)、他方、原子力発電所の運転を批判する側も、単に、経済性や能率性に劣るという理由だけで、いまこの時期において、直ちに原子力発電所の全廃を唱えるのも相当とはいい難い(もとより、個々の原子力発電所のうち、具体的な危険を生じている原子力発電所の優先的な廃止を求めることとは別問題である。)。

二 原子力発電所による社会的損失

 控訴人らは、いわゆる核燃料サイクルがこれを機能させるための二本の柱である再処理工場と高速増殖炉の事故により破綻しており、また、仮に再処理を行ったとしても、処理後の高レベル廃棄物の処分方法について具体的な見通しは全くなく、これに伴って、本件原子力発電所でも、早晩、使用済燃料の処理に行き詰まることは目に見えており、かかる事態を社会的に放置することは許されない旨主張する。

 確かに、核燃料サイクルに関して、現在、控訴人ら指摘のような問題点が大きく浮上してきていることは否定し難く、長期的・将来的には、それが本件原子力発電所の運転に影響を及ぼす可能性があり、特に、廃棄物処理に関しては、高レベル廃棄吻の処分の見通しが立たない状況が続けは、いきおい、本件原子力発電所をはじめとする各地の原子力発電所の使用済核燃料について、行き場のない状況が深刻化し、周辺住民の差止請求をまたずとも、実際上、原子力発電所が稼働を停止ないし縮小せざるを得ない事態も想定される。

 しかし、かかる核燃料サイクルに関する問題は、少なくとも、当面の全体原子力発電所の運転状況に影響を及ぼす事柄とはいえず、したがって、本訴における判断、すなわち、現時点において控訴人らに本件原子力発電所の運転の差止めを求める権利があるかどうかの点を左右するものとはいい難い。この点の問題性への対処は、原子力発電所の必要性と国民一人一人の子孫に残す環境を含めた現在及び将来における生活の在り方を見すえた上での社会的な決断と選択にゆだねざるを得ないというべきである。

第六 本件差止請求の結論的な当否について

以上検討したところを総合すると、本件原子力発電所については、現時点において、一定の運転の必要性が認められる一方、これによって、控訴人らに被害をもたらす具体的な危険性があるとは認め難く、したがって、本訴請求は理由がない。

 ちなみに、右判断は、飽くまでも、現時点における差止請求権の存否についてのものであり、今後の本件原子力発電所及び他の原子力発電所等における運転状況ないしトラブル発生の状況、原子力発電所の必要性をめぐる各種の状勢の変化(前示のとおり、原子力発電所の特殊性にかんがみ、原子力発電所の必要性自体が現在に比して著しく減少すれば、これを理由としてその建設・運転の差止めが認められる余地があると解される。)などにより、将来において、本件原子力発電所の長期的ないし一般的な差止め(仮処分を含む。)を肯定すべき事態が生ずるかどうかは、別個の事柄というべきである。