環境権(5)長良川河口堰建設差止訴訟・古屋高裁平成10年12月17日・岐阜地裁6年7月20日

 目次

【名古屋高裁平成10年12月17日・長良川河口堰建設差止訴訟】

事案の概要

 原告(岐阜県海津郡海津町、岐阜県武儀郡板取村、岐阜市及び三重県桑名市の住民二〇人)は、長良川と揖斐川との合流地点付近に建設される長良川河口堰について被告(水資源開発公団)に対し、人格権、環境権等に基づく建設差止請求をした。

要旨

集団的権利としての環境権、安全権なるものは、民事上の請求の具体的な根拠となる権利と解することができず、また、良好な自然環境の享受を目的とする環境権は、絶対的な権利に基づく民事差止等の請求の法的根拠としては十分とはいえない。

 

判旨

第一 本件各請求の法的根拠の有無

一 はじめに

 控訴人らは、当審において、本件各請求の根拠として、環境権及び安全権なる権利を主張する。そこで、これらの権利をもって、民事訴訟における建設差止請求、建造物の収去請求、その運用差止請求の法的根拠とし得るか否か等、本件における各差止請求権ないし収去請求権についての法律上の根拠の有無につき検討する。

二 集団的権利としての環境権、安全権

1 自然環境を良好に保つ利益は、社会生活上保護されるべき重要な利益であるところ、控訴人らは、右利益に関する権利を、地域住民らによって共有される集団的な(さらには世代的な)権利としての環境権であると構成して主張する。

 しかし、このような集団的権利は、権利者の範囲が明確ではなく、権利の客体である環境の内容が多様で、その侵害が権利主体たる各個人に及ぼす不利益の内容や程度も極めて多様であるので、通常民事訴訟において、そのような集団的権利を主張する場合、当事者が、自己に帰属する共有持分を越えて当事者以外の者に帰属する権利利益までも主張する点については、当該当事者の当事者適格を肯定するのに困難を生じるなど、通常民事訴訟を主観訴訟とみる伝統的な考え方やこれを前提とする実体私法の法解釈と必ずしも適合しないといった問題が生じる。そして、現状において、そのような問題点が未だ十分に解決されているとはいえず、このような集団的権利をもって、直ちに民事上の請求の具体的な根拠となる権利であると解することはできない。

2 また、控訴人らは、住民共有の集団的な(さらには世代的な)権利である安全権なる権利を主張するが、右1と同様、このような集団的権利を民事上の請求の具体的な根拠となる権利であると解することはできない。

三 民事差止等の請求と良好な自然環境の享受を目的とする環境権

1 民事上の請求として、直接の契約関係にない他人に対し、その故意過失を問わずに、建造物の建設差止、収去ないしその運用の差止等を求めるといった、物権的請求権類似の妨害排除ないし妨害予防請求権を行使するには、自己の不可侵性のある権利(絶対権)が受忍限度を越えて侵害され又は侵害されるおそれがあることを根拠とすべきであると解される。

2 ところで、控訴人らの環境権に関する主張は、長良川の自然環境の保護を訴え、控訴人らを含む地域住民らの、良好な自然環境を享受する利益が本件堰の建設により侵害されることを問題とするものであるから、その主張する環境権の権利内容(目的)は、良好な自然環境の享受にあるとみられる。

 しかし、自然環境については、一般的にはこれを保護することに価値があるといい得るにしても、具体的な場面において、個人個人の自然環境に関する考え方や利害の内容、程度は多種多様であり、自然環境の保全の必要性、保護の程度、保護の態様等を決するには、関係する多数の者の利害や意見の調節を要するものであり、ある個人が最も望ましいと考える自然環境を他の者は必ずしも最適とは考えず、また、ある自然環境の保護行為が、利害関係人の財産権、活動の自由、開発利益の享受等を制約する、といった事態が生じ得るものであって、自然環境に対する侵害の問題は、人格権侵害と比較する場合はもちろん、個人の居住環境に対する侵害の場合に比しても、一段と、利害や意見の調整が広範で複雑なものとなるといえる。それゆえ、ある個人の自然環境を享受する利益が他の者の利害や意見と合致しない場合に、一般的に自然環境を享受する利益を主張する者が優先し、他の者に対しその利益を侵害しないことを求めるべき法的地位を有するということはできない。

  3 そうすると、個人個人の自然環境を享受する利益を含めて環境権という権利を構成し得たとしても、そのような権利につき、立法的手当もなしに無限定に不可侵性、絶対性を付与することはできないこととなる。したがって、良好な自然環境の享受を目的とする環境権は、絶対的な権利に基づく民事差止等の請求の法的根拠としては十分とはいえない、と解さざるをえない。

四 本件各請求の法的根拠

1 以上のように控訴人らの主張する環境権、安全権は、それ自体としては民事差止等の請求の法的根拠とはならないと解される。もっとも、本件堰の事故時における危険や本件堰周辺の自然環境の劣悪化等が、ひいては、物権、人格権(個人の生命、身体、健康、自由、生業、生活利益等に関する権利)など、他の絶対権の侵害に結びつく場合には、その絶対権に対する法的保護を通じて、個人個人の安全な生活を営む利益や良好な自然環境を享受する利益も事実上保護され得ると解される。

2 ところで、本件における控訴人らの環境権、安全権に関する主張事実の内容は、控訴人らの個々の生命、身体、健康等が侵害され、又は、侵害される危険があることを包含するとみられ、その意味で人格権侵害に関する主張がなされていると解される。そうすると、控訴人らの本件各請求は、環境権ないし安全権に基づく請求としてではなく、本件堰による人格権の侵害を予防ないし排除する趣旨の請求(人格権に基づく差止請求、妨害排除請求ないし原状回復請求等)として、その法的根拠を肯定し得ることとなる。

 

 

【岐阜地裁6年7月20日・長良川河口堰建設差止請求事件】

要旨

一 公共事業の差止請求が認められるための要件

二 人格権又は環境権を河口堰の建設差止請求の法的根拠とすることの可否

三 科学裁判における立証のあり方、河口堰建設事業を実施する者の社会的責務等について判示し、堰の安全性、事業の公共性、環境への配慮等が肯認されるとして、河口堰の建設差止請求が棄却された事例

 

判旨

第三 本件堰建設の差止請求

 一 差止請求の要件

  1 一般原則

 原告らは、本件堰建設の差止めを求めている。

 およそ、公共的な目的を有する事業の差止請求が認容されるためには、差止めの対象とされた事業の実施によって、請求者の排他的な権利が侵害され、又は将来侵害されるおそれがあり、その侵害行為によって請求者に回復し難い明白かつ重大な損害が生じ、その損害の程度が、当該事業によってもたらされるべき公共の利益を上回る程のものであって、その権利を保全することがその事業を差止めることによってのみ実現されることを高度の蓋然性をもって立証することを要するものと解すべきである。

 しかも、当該事業によってもたらされる公共の利益を犠牲にしても、なおかつその事業を差止めることによって請求者の権利を保全することが、社会、公共の見地からも容認されるものであることをも必要とすると解するのが相当である。

  2 差止請求の根拠

 原告らの主張するところによれば、原告らは、財産権、人格権又は環境権に基づいて、本件堰の建設差止めを求めるものである。

   (一) 物権及び人格権等

 まず、財産権(物権)はもとより、人格権(生命、身体、自由、名誉等の重大な人格的利益に関する権利)も、排他性を有する権利であるから、これらの権利を侵害された者は、当該権利に基づいて、侵害者に対し、右のような一定の要件の下に、現在及び将来の侵害行為の排除、差止めを求めることができることは明らかである。

 なお、原告らは、これらに加え、治水上安全な生活を営む権利であって人格権と財産権を包摂する権利、あるいは村落共同体において生活を営む権利であって人格権と財産権を包摂する権利といったものをも差止請求権の根拠として主張している。しかしながら、これらは、実体法上明文の根拠を欠く上、これらを人格権や財産権を離れた別個の権利として認めるべき実質的理由も見出し難いから、差止請求の根拠としての私法上の権利として認めることはできない。

   (二) 環境権

 (1) 原告らの環境権に関する主張の要旨は、請求原因第五の六1のとおり、現在、長良川が一級河川としては日本で数少ない自然の残った河川であって、その水質が比較的良好であること、広範な汽水域の存在等によって多種多様な生物の生息が可能になっていること等により、流域住民が長良川から多くの恩恵を受けているとの前提の下に、このような良好な自然環境を享受し得る利益を、環境権として、その侵害に対して差止めという形での法的保護を認めるべきであるというのである。

 (2) このような、原告ら主張の環境権について、実体法上明文の規定がないことは、被告の指摘するとおりである。差止めは、相手方に作為又は不作為を命じてその権利の行使を直接制約するという強力な手段であることにかんがみれば、憲法一三条及び二五条並びに環境基本法(平成五年法律第九一号)三条及び八条をもって、環境権を私法上の権利として認める根拠とすることはできない。すなわち、憲法一三条及び二五条の規定は、いずれも国の国民一般に対する責務を宣言した綱領的規定であって、個々の国民に対して直接に具体的権利を賦与したものと解することはできない。また、環境基本法は、環境の保全の基本理念を宣言した上(三条)、この理念に則り、国及び地方公共団体の行う環境の保全のための施策について総合的な指針及び枠組みを示すことを目的とする基本法であって、同法八条の規定も、事業者に対し、右理念に則って、一般的、抽象的な責務(社会的責任)を負わせたものにすぎず、これにより個々の国民に対して直接に事業者に対する具体的権利を賦与したものではないと解するのが相当だからである。

 (3) なお、環境の破壊とみられるような行為については、これにより、住民の生命、身体の安全に関する利益が侵害され、又は侵害されるおそれのある場合には、前示のような一定の要件の下に人格権に基づく右行為の差止めを求めることができると解すべきであるから、当該住民は、私法上は、この限度において環境の保全の目的を達し得るものということができる。