2 信条による差別


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【最判昭和30年11月22日レッドパージ事件】

要旨

連合軍占領下における紡績会社の共産党員である従業員の解雇が、その従業員の企業の生産を阻害すべき具体的言動を根拠とするものであつて、解雇当時の事情の下でこれを単なる抽象的危虞に基づく解雇として非難することができないものと認められる場合には、このような解雇を共産党員であることもしくは単に共産主義を信奉すること自体を理由とするものということはできないから、憲法一四条違反の問題とはなりえない。

 

判旨

本件解雇は、上告人等が共産党員若しくはその同調者であること自体を理由として行われたものではなく、右解雇は、原判決摘示のような上告人等の具体的言動をもつて、被上告人会社の生産を現実に阻害し若しくはその危険を生ぜしめる行為であるとし、しかも、労働協約の定めにも違反する行為であるとして、これを理由になされたものである、というのである。そして、原審の認定するような本件解雇当時の事情の下では、被上告会社が上告人等の右言動を現実的な企業破壊的活動と目して、これを解雇の理由としたとしても、これをもつて何等具体的根拠に基かない単なる抽象的危虞に基く解雇として強いて非難し得ないものといわねばならない。してみると、右解雇は、もはや、上告人等が共産党員であること若しくは上告人等が単に共産主義を信奉するということ自体を理由として行われたものではないというべきであるから、本件解雇については、憲法一四条、基準法三条違反の問題はおこり得ない。右と同趣旨に出た原判決は正当であり、論旨は、右解雇が具体的現実的根拠を伴わない抽象的な危虞に基く解雇であることを前提とするものであつて、採用の限りでない。

 

 

【大阪地裁昭和44年12月26日・日中旅行者事件】

要旨

憲法一四条にいう信条は、政治的信条を含むものであるが、それは政治的基本信念にとどまらず国の具体的な政治の方向についての実践的な志向を有する政治的意見をも含む。

 

判旨

(一)そもそも信条は主として宗教的な信仰ないし信念を意味するものであるが、そのほかにも社会ないし世界に関する根本的な考え方、見方即ち世界観または人生観といわれるような信念をも含むものである。民主主義は個人の尊厳をその根本原理とするものであるから、その根本的な考え方、見方はそれが宗教的信仰に基づくものであると否とを問わずそれをどこまでも尊重すべきものとしそれを理由とする差別的取扱を不合理とみるのである。しかし信条についてはそれ以上に出て政治的意見即ち個々の具体的な政治問題についての意見ないし主張をも含むものと解すべきではない。各人は政治的な信念の自由を有し、また政治的意見の自由を有するが、政治的意見は人生観や世界観と違つて常に国の具体的な政治の方向について実践的な志向を有するものである。したがつて特定の政治的立場をとる憲法体制はその政治的立場そのものを破壊しようとする政治的意見を持つ者に対しては自らの存立を防衛するために多かれ少なかれ差別的取扱をする必要に迫られることがある。その場合にそうした政治的意見を信条に含まれると解し、それによる差別的取扱が全面的に禁止されると解することは、憲法そのものを暴力で破壊しようとする意見を主張する者を国の統治組織から排除することさえできなくなるのであつて、これは憲法の自殺を要求することにほかならず、極めて不条理である。そして憲法一四条の直接適用を受ける公務員関係を律する国家公務員法二七条および地方公務員法一三条によると、そこでは信条と政治的意見とを区別し、信条についてはその差別的取扱を全面的に禁止するが、政治的意見については原則として差別的取扱を禁止し、ただ憲法またはその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、またはこれに加入した者については官職につく能力がないものとして例外的に差別的取扱を認めているのであつて、このことは信条の中には政治的意見は含まれず、したがつて政治的意見による差別も合理的理由がある限り許されるものとする立法者の態度を明らかにするものであり、右態度は憲法一四条に適合し是認されるべきである。これを要するに憲法一四条にいう信条とは専ら宗教的倫理的ないしは政治的な基本的信念を指すものであつて政治的意見はそれに含まれないと解すべきであり、したがつて合理的な理由がある限り政治的意見による差別は憲法上許される。そして右差別はこれを禁止すべきであるか、またどのような方法と程度において禁止するかはすべて立法に委ねられているものと解すべきである。

(二) 労基法三条は憲法一四条の定める法の下の平等の原理を私人間の関係としての労働関係に適用したものであるから、特別な理由のない限り、そこに規定された信条は憲法一四条所定の信条と同一であり、原則として政治的意見を含まないと解すべきである。そしてその理由は前記国家公務員法および地方公務員法(以下、両公務員法という。)の場合よりも一層強いものである。それは、まず両公務員法においては前記のとおり例外を認めながらも原則としては政治的意見による差別的取扱を禁ずる旨を定めているが労基法には政治的意見による差別的取扱を禁ずる旨の規定がないこと、そして私人間の関係である労働関係においては労働者の政治的意見の自由が尊重されるべきであるのと同じく使用者の政治的意見の自由も尊重されなければならず、ここでは労働者の政治的意見の自由と使用者のそれとが矛盾衝突する場合を生ずるが、私人間の雇用関係は契約に基づく結合であるから、労働者と使用者との間にそうした矛盾衝突を生じた場合には一方を尊重して他方を否定することによつてではなく、双方を等しく尊重することによつて、即ちこの場合についていえば解雇の方法を以て双方を隔離することにより解決するほかはないこと等によつて明らかである。したがつて憲法一四条の直接適用を受ける公務員関係を律する両公務員法にいう信条に政治的意見が含まれないとすれば、一層強い理由を以て私人間の関係を律する労基法三条所定の信条には政治的意見を含まないと解すベきである。そうだとすると仮に使用者が労働者の政治的意見を理由として差別的取扱をしたとしても、それだけでは直ちに労基法三条に違反するものではなく、そして右にいう差別的取扱に解雇を含むものとすれば、政治的意見による解雇もそれだけで直ちに同条の違反になるとは限らない。

(三) 思想、良心および表現の自由が認められ、かつ営業の自由が認められる以上、特定のイデオロギーの承認、支持を存立の条件とする事業を営む自由も当然に認められる。これらの事業にあつては、それぞれのイデオロギーが存立の条件であるから、その存立を保持するためには、右イデオロギーを否定し破壊しようとする者をその事業から排除することが必要となる場合がある。たとえば、特定の宗教的イデオロギーの宣布をその目的とする事業がその宗教的イデオロギーを否定する者即ち異端者または宗教否定論者をその事業から排除し、平和主義の宣伝を目的とする事業が戦争主張者ないし軍国主義者をその事業から排除し、出産調節による人口問題の解決を目的とする事業が出産調節反対者をその事業から排除したりする場合がこれに当る。これらの場合右排除が信条による差別的取扱として一般に禁止されるとすると、これらの事業の存立そのものが否定されることになり、それらの事業を営むこと自体許されないという結果になるのであるが、このような解釈は憲法の精神の適合しない。これらの場合の排除は信条によるものではなく、その実践的、具体的発現としての宗教的非宗教的な意見によるもので、右意見は信条に含まれないとみるベきである。事業の存立が特定の政治的イデオロギーである場合もこれと同一に考えるベきである。各人が政治的意見の自由を有する以上、特定の政治的イデオロギーの承認、支持を存立の条件とする事業を営むことも自由であり、右事業においてその存立の条件とされる政治的イデオロギーを否定ないし破壊し、これによつて事業の存立そのものを著しく妨害しようとする者を、そうした政治的意見を理由として、その事業から排除することは常に必ずしも労基法三条に違反するものではなく、仮にこれが違反するとすれば同条はそのような事業の存立そのものを許さない趣旨と解するほかはないが、このような解釈が不合理であることは明白である。右排除が解雇という方法をとつたとしても同様である。同条は信条による解雇を禁じているが、このことは常に必ずしも政治的意見による解雇を禁じているものではない。これを要するに特定の政治的イデオロギーの承認、支持を存立のための不可欠な条件とする事業にあつては、このような政治的意見による解雇が合理的な理由を持つと解される場合が多い。

(四) これを本件についてみると、申請人らおよび会社の日中友好に関する態度はいずれも個々の具体的な政治問題についての意見ないしは主張で優れて実践的な志向を有するものであるから前記意味における政治的意見というベく、しかも会社はその政治的意見を存立の条件としているものであるから、右条件と相容れない政治的意見を特つ申請人らを解雇することは憲法一四条、労基法三条に違反するものではなく、かつ十分に合理的根拠があるものということができる。

 

 

【最判昭和48年12月12日・三菱樹脂事件】

要旨

憲法一四条や一九条の規定は、直接私人相互間の関係に適用されるものではないから、企業者が特定の思想・信条を有する労働者をその故をもつて雇入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできず、労働者を雇入れようとする企業者が、その採否決定に当り、労働者の思想・信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることは、違法とはいえない。

 

判旨

(一)…憲法の右各規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もつぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。このことは、基本的人権なる観念の成立および発展の歴史的沿革に徴し、かつ、憲法における基本権規定の形式、内容にかんがみても明らかである。のみならず、これらの規定の定める個人の自由や平等は、国や公共団体の統治行動に対する関係においてこそ、侵されることのない権利として保障されるべき性質のものであるけれども、私人間の関係においては、各人の有する自由と平等の権利自体が具体的場合に相互に矛盾、対立する可能性があり、このような場合におけるその対立の調整は、近代自由社会においては、原則として私的自治に委ねられ、ただ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容しうる一定の限界を超える場合にのみ、法がこれに介入しその間の調整をはかるという建前がとられているのであつて、この点において国または公共団体と個人との関係の場合とはおのずから別個の観点からの考慮を必要とし、後者についての憲法上の基本権保障規定をそのまま私人相互間の関係についても適用ないしは類推適用すべきものとすることは、決して当をえた解釈ということはできないのである。

 () もつとも、私人間の関係においても、相互の社会的力関係の相違から、一方が他方に優越し、事実上後者が前者の意思に服従せざるをえない場合があり、このような場合に私的自治の名の下に優位者の支配力を無制限に認めるときは、劣位者の自由や平等を著しく侵害または制限することとなるおそれがあることは否み難いが、そのためにこのような場合に限り憲法の基本権保障規定の適用ないしは類推適用を認めるべきであるとする見解もまた、採用することはできない。何となれば、右のような事実上の支配関係なるものは、その支配力の態様、程度、規模等においてさまざまであり、どのような場合にこれを国または公共団体の支配と同視すべきかの判定が困難であるばかりでなく、一方が権力の法的独占の上に立つて行なわれるものであるのに対し、他方はこのような裏付けないしは基礎を欠く単なる社会的事実としての力の優劣の関係にすぎず、その間に画然たる性質上の区別が存するからである。すなわち、私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。そしてこの場合、個人の基本的な自由や平等を極めて重要な法益として尊重すべきことは当然であるが、これを絶対視することも許されず、統治行動の場合と同一の基準や観念によつてこれを律することができないことは、論をまたないところである。

 () ところで、憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、二二条、二九条等において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであつて、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもつて雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。憲法一四条の規定が私人のこのような行為を直接禁止するものでないことは前記のとおりであり、また、労働基準法三条は労働者の信条によつて賃金その他の労働条件につき差別することを禁じているが、これは、雇入れ後における労働条件についての制限であつて、雇入れそのものを制約する規定ではない。また、思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであり、その他これを公序良俗違反と解すべき根拠も見出すことはできない。

 右のように、企業者が雇傭の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでもこれを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止された違法行為とすべき理由はない。もとより、企業者は、一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあるから、企業者のこの種の行為が労働者の思想、信条の自由に対して影響を与える可能性がないとはいえないが、法律に別段の定めがない限り、右は企業者の法的に許された行為と解すべきである。また、企業者において、その雇傭する労働者が当該企業の中でその円滑な運営の妨げとなるような行動、態度に出るおそれのある者でないかどうかに大きな関心を抱き、そのために採否決定に先立つてその者の性向、思想等の調査を行なうことは、企業における雇傭関係が、単なる物理的労働力の提供の関係を超えて、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくなく、わが国におけるようにいわゆる終身雇傭制が行なわれている社会では一層そうであることにかんがみるときは、企業活動としての合理性を欠くものということはできない。のみならず、本件において問題とされている上告人の調査が、前記のように、被上告人の思想、信条そのものについてではなく、直接には被上告人の過去の行動についてされたものであり、ただその行動が被上告人の思想、信条となんらかの関係があることを否定できないような性質のものであるというにとどまるとすれば、なおさらこのような調査を目して違法とすることはできないのである。

 右の次第で、原判決が、上告人において、被上告人の採用のための調査にあたり、その思想、信条に関係のある事項について被上告人から申告を求めたことは法律上許されない違法な行為であるとしたのは、法令の解釈、適用を誤つたものといわなければならない。