選挙権の保障(1-1)・札幌地裁小樽支昭和49年12月9日

 

憲法目次

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【札幌地裁小樽支昭和49年12月9日】

要旨

身体障害者の在宅投票制度の廃止は、国民主権の原理の表現たる公務員の罷免権および選挙権の保障ならびに平等原則に違背し、憲法一五条・四四条・一四条に違反する。

 

判旨

 

第三 在宅投票制度廃止の憲法間題

 一 憲法は、その前文において「・・・ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国我がこれを亭受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。・・・」と述べ、さらに、第一条において、「・・・主権の存する日本国民・・・」と規定し、人類普遍の原理としての国民主権をその基本原理とすることを宣言している。そして、憲法は、国民主権の現れとして、第一五条第一項において、公務員の選定、罷免が国民固有の権利であることを、同条第三項において、公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障することを定めている。すなわち、憲法は、国民は、主権者であるが、原則として自ら直接その主権を行使して国または、地方公共団体の政治の運営、事務の執行に当るのでなく、直接もしくは間接に国民の信託を受けた公務員においてその衝に当るべき建前をとつているのであり、公務員の選定罷免の権利およびそれの重要な内容をなす公務員の選挙の権利すなわち選挙権は、まさに、憲法の基本原理である国民主権の表現として、国民の最も重要な基本的権利に属するものであつて、選挙権について成年者による普通選挙の保障されている所以の一もここに存するものと解される。ところで、憲法は、第一四条第一項において、国民の法の下の平等の原則を掲げ、国民が人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において差別されないことを規定しており、これまた民主主義の理念に立ち、基本的人権について最大の尊重をうたう憲法として欠くことのできない基本的原則に属する。(もとより同条項はいかなる場合にも国民の形式的一律平等を要求するものではないけれども、取扱いの差別が容認されるためには、これを正当とする合理的理由を必要とするこというまでもない。)そして、法の下の平等の原則は、前記公務員の選挙についても適用あるべきこと疑いなく、前掲憲法第一五条第三項が公務員の選挙について成年者による普通選挙を保障するのは、右原則からしても当然の帰結ということができる。さらに、憲法は、第四一条、第四二条、第四三条第一項において、国権の最高機関として国会を置き、国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織すると定め、いわゆる議会制民主主義を採用し、したがつて、両議院の議員の選挙は、国民主権の表現として最も重要な行為に属するのであり、これについて前掲憲法第一五条第一項、第三項、第一四条第一項の適用あるべきことは当然であるところ、その重要性に鑑み、憲法は、第四四条において、「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。」としつつ、「但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。」と規定して平等選挙の趣旨を貫くべきことを特に明示しているのである

以上によつて観れば、憲法は、国会の両議院の議員の選挙についてはもとより、公務員の選挙について、選挙権を国民の最も重要な基本的権利の一として最大の尊重を要するものとしていること疑いを容れない。

したがつて、憲法の右趣意に鑑みれば、選挙権の有無、内容について、これをやむを得ないとする合理的理由なく差別することは、憲法上前述の国民主権の表現である公務員の選定罷免権および選挙権の保障ならびに法の下の平等の原則に違背することを免れない。そしてこのことは、単に選挙権の有無、内容について形式的に論ずれば足りるものではない憲法第四七条は、「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」として、右事項の定めを法律に委任しているが、立法機関が右事項を定めるにあたつては、かかる普通平等選挙の原則に適合した制度を設けなければならず、法律による具体的な選挙制度の定めによつて、一部の者について、法律の規定上は選挙権が与えられていてもその行使すなわち投票を行なうことが不可能あるいは著しく困難となり、その投票の機会が奪われる結果となることは、これをやむを得ないとする合理的理由の存在しない限り許されないものと解すべきであり、右合理的理由の存否については、選挙権のもつ国民の基本的権利としての重要性を十分に名慮しつつ慎重、厳格に剥断する必要がある。

 二 しかるところ、公職選挙法は、本件改正前後を通じ、投票の方法につき、「選挙入は、選挙の当日、自ら投票所に行き・・・投票をしなければならない。」(第四四条第一項)、一選挙人は、投票所において、投票用紙に当該選挙の公職の候補者一人の氏名を自書して、これを投票箱に入れなければならない。」(第四六条第一項)と定め、いわゆる投票現場自書主義を採用する。しかし、この方法の下では、形式的にはすべての有権者に対し投票の機会が保障されるものであるけれども、選挙の意思と能力を有しながら、身体障害等により、選挙の当日投票所に行くことが不司能あるいは著しく困難な者にとつて、投票を行なうことが不可能あるいは著しく困難になることも否定し難い。されば、先進諸外国の立法例においても多くが病者、身体障害者等について何らかの形の在宅投票制度を設けているのである。

我国においても、改正前の公職選挙法は、右投票現場自書主義の原則の例外として、一般の不存者投票手続のほかに、前記事情のある者のために在宅投票制度を設けていたところ、前記改正によりこれを廃止するに至つたのである。そこで、一旦設けられていた在宅投票制度を廃止し、その結果特定の病院、施設等に入つている者を除き、従来右制度によつて投票の機械を有していた前記身体障害等の事情ある者をして実質上投票を不司能あるいは著しく困難ならしめることとなつた右改正措置に、これをやむを得ないとする合理的理由があつたかどうかが検討されなければならない。

 三 ところで、被告は、在宅投票制度を廃止した改正法律は、「選挙入の資格」について規定したものではなく、従前在宅投票をしていた者が制度の廃止に伴い投票することが困難となつたとしても、実質的に選挙人の資格を奪うのと同視しうるものではないと主張する。しかしながら、投票は選挙権行使の唯一の刑式で、抽象的に選挙人の資格すなわち選挙権が保障されていても、具体的な選挙制度を定めるにあたつて、事実上投票が不可能あるいは著しく困難となる場合は、これを実質的にみれば、選挙権を奪うのと等しいものと解すべきである

 また、被告は、憲法第一四条第一項は、政治的関係における差別を禁止しているが、在宅投票制度を認めるかどうかは投票の方法に関する事柄であつて、右制度を認めることまで保障しているものではないと主張するけれども、投票の方法の定め方如何は、選挙権の保障と重大な関連をもち、投票の方法の定め方如伺によつては実質的に選挙権を奪う結果になることもありうることなどに鑑みれば、国民の法の下の平等の原則は、当然に、投票の方法を定める場合においても要謂されるものと解すべきであるから、被告の右主張は、いずれもこれを採用することはできない

 四 さらに、被告は憲法第四七条は、投票の方法その他選挙に関する事項を法神で定める旨規定しているが、これは、選挙に関する事項の決定は原則として立法府である国会の裁量的権限に委ねられているものと解せられ、その範囲は決して狭くない。裁判所は、右事項について、立法府の裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱しその立法的措置が著しく不合理であることが明白である場合に限つて、これを違憲としうると主張し、(1)最高裁判所大法廷昭和三九年二月五日判決・民集一八巻二号二七〇頁、(2)同昭和四七年一一月二二日判決・刑集二六巻九号五八六頁を引用する。

 しかしながら、憲法の右法条が選挙に関する事項について自ら規定せず、法律の定めに委ねたのは、元来選挙の方法に関する事項は、その重要性に加え、技術的要素が多く、細目は時代に応じて変更する必要があるので、その詳細についてまで憲法において規定するのは適当でないとされたからであり、そこに立法機関の裁量が働く余地があるけれども、右の立法機関のP量は憲法上の他の諸規定諸原則に反しない限度でなさるべきは当然であり、憲法が右事項について法律で定めると規定したことの一事をもつて、立法府の裁量の範囲が一段と広くなるものと解すべき根拠はない。

 また、選挙に関する事項について、裁判所は、立法府がその裁量権を逸脱しその立法的措置が著しく不合理であることが明白である場合に限つて違憲としうるとの被告の前記主張は、裁判所の違憲審査権に関するいわゆる明白の原則として論ぜられるところであるが、右原則は、(イ)法律に表明された主権者たる国民の意思には、憲法との矛盾がきわめて明白でない限り反対すべきではないとの民主政の理論、および、(ロ)裁判所、事実上立法となるような憲法解釈を行なつて国会の権能を侵害すべきではない、との権力分立理論にその根拠をおくと解されるところ、当裁判所も、右明白の原則の根拠となる考え方は十分尊重に値いし、違憲性判断の対象となる事項によつては右原則に従うベき場合も存するものと考える。しかしながら、およそ選挙権という民主政の根幹をなす重要な基本権について、立法府の広汎な裁量的判断を尊重すべきことを強調する結果、司法審査の及ぶ範囲を前記主張のように極めて限定的に解するに至るならば、選挙権の行使を不当に制約する疑いのある立法がなされた場合に、その復元について選挙に訴えることそのものが制約され、民主政の過程にこれを期待すること自体不可能とならざるを得ないのであるから、かかる場合、被告の主張するような司法の自己制限の立場を採ることは、かえつて、憲法の基本原理たる民主政の基礎をおびやかすことにもなるのであつて、憲法の基本原理を実質的に維持する見地からみて相当ではないといわなければならない。したがつて、本件のような選挙権そのものの実質的侵害が問題とされている事案においては、被告主張の明白の原則は採用しがたい。

 

 右事実によると、その正確な数字はこれを把握し難いが、相当程度在宅投票制度が悪用され、選挙違反および違反による当選あるいは選挙無効l件が多発したものと推察される。してみると、選挙は、自由公正に行なわれるべきであつて、当選あるいは選挙無効の結果を回避すべきことはいうまでもないから、少なくとも、右結果からは、当時なんらかの是正措置をとる必要があつたものと解され、改正法律がかかる弊害除去を目的としたこと自体はもとより正当であつたと評価しなければならない(事実、改正後の選挙犯罪、選挙争訟が減少したことは、前記認定のとおりである。)。

 三 しかしながら、立法目的が正当であつても、上来説示のとおり国民主権の原理の下で国民の最も重要な基本的権利に属する公務員の選挙権については、普通平等選挙の原則から、一部の者の選挙権の行使を不可能あるいは著しく困難にするような選挙権の制約は、必要やむを得ないとする合理的理由のある場合に限るべきであり、この見地からすれば、右制約の程度も最小限度にとどめなければならない。そして在宅投票制度の廃止によりその選挙権の行使が不可能あるいは著しく困難となる者の存することは、上記のとおりであるから、弊害除去の目的のため在宅投票制度を廃止する場合に、右措置が合理性があると評価されるのは、右弊害除去という同じ立法目的を達成できるより制限的でない他の選びうる手段が存せずもしくはこれを利用できない場合に限られるものと解すべきであつて、被告において右のようなより制限的でない他の選びうる手段が存せずもしくはこれを利用できなかつたことを主張・立証しない限り、右制度を廃止した法律改正は、違憲の措置となることを免れないものというベきである。

 このいきさつに照らすと、当時の国会において、前記悪用の原因の第一としてあげた同居の親族の介入による弊害の是正方法について仔細に検討された形跡は見当らず、また、同第二の証明書濫発の点については、審議の過程でその指摘もなされており、この点は、郵便による投票の方法の下でも、対象者の範囲をなんらかの方法によつて確定する必要がある以上、その手段として医師等の証明書による場合、それが濫発されて、なお弊害の原因となりうることは想定されるけれども、右証明書濫発の点は、同居の親族の介入を認めた在宅投票制度においては、前掲悪用の実態をみるかぎり、右第一の原因と関連して発生した現象と解されるところ、右審議経過をみると、単に、第二の原因の存在が指摘されたにとどまり、この点について、右第一の原因との関連において検討がなされたものと見ることは困難であり、また、右第三の原因は、たといこれによつて弊害が生じたとしても、在宅投票制度廃止に連なる理由となし難いこと多言を要しないから、この点の検討がなされたか否かは、在宅投票制度全体を廃止した改正の当否の判定について大勢を左右するものでない。結局、国会において、在宅投票制度全体を廃止することなく上記弊害を除去する方法がとりえないか否かについて十分な検討がなされた形跡は見あたらないし、投票制度に伴う技術的問題を含む諸種の事情を検討して右方法がとりえないものであつたことを窺わせるような論議ないし資料が右審議過程に提出された形跡も見あたらない。

 六 以上検討したところによれば、上記弊害の是正という立法目的を達成するために在宅投票制度全体を廃するのではなく、より制限的でない他の手段が利用できなかつたとの事情について、被告の主張・立証はないものというべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく、右法律改正に基づき、原告のような身体障害者の投票を不可能あるいは著しく困難にした国会の立法措置は、前記立法目的達成の手段としてその裁量の限度をこえ、これをやむを得ないとする合理的理由を欠くものであつて、国民主権の原理の表現としての公務員の選定罷免権および選挙権の保障ならびに平等原則に背き、憲法第一五条第一項、第三項、第四四条、第一四条第一項に違反するものといわなければならない。

 (原告は、国会の右法律改正のほか、在宅投票制度を復活しないことによる違憲をも主張するが叙上のとおり右法律改正・施行そのものによつてすでに原告の選挙権行使が侵害されたというべきであるから、右主張については判断を要しない。)

第五 国会の過失

 国会の立法行為も国家賠償法第一条第一項の適用を受け、同条項にいう「公務員の故意、過失」は、合議制機関の行為の場合、必ずしも、国会を構成する個々の国会議員の故意、過失を問題にする必要はなく、国会議員の統一的意思活動たる国会自体の故意、過失を論ずるをもつて足りるものと解すべきである。本件において、国会が法律改正によつて違憲の結果を生ずることを認識していたことを認めるに足りる証拠はない。しかし、国会は国権の最高機関として立法を行ない、そのため、両議院に国政調査権が与えられ(憲法第六二条)、その組織、機構等において他の立法機関に類をみない程度に完備していることは公知の事実であるから、立法をなすにあたつては違憲という重大な結果を生じないよう慎重に審議、検討すべき高度の注意義務を負うところ、本件法律改正の審議経過は右にみたとおりであり、かかる違憲の法律改正を行なつたことは、その公権力行使にあたり、右注意義務に違背する過失があつたものと解するのが相当である