選挙権の保障(2-5)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見

 

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選挙権の保障(2-1)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)

選挙権の保障(2-2)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)確認の訴えについて・国家賠償について

選挙権の保障(2-3)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官福田博の補足意見

選挙権の保障(2-4)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官横尾和子,同上田豊三の反対意見

選挙権の保障(2-5)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見

 

【判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見】は,次のとおりである。

 私は,多数意見のうち,国家賠償請求の認容に係る部分に反対し,それ以外の部分に賛同するものである。

 

多数意見は,公職選挙法が,本件選挙当時,在外国民の投票を認めていなかったことにより,上告人らが本件選挙において選挙権を行使することができなかったことによる精神的苦痛を慰謝するため,国は国家賠償法に基づき上告人らに各5000円の慰謝料を支払うべきであるという。しかし,私は,上告人らの上記精神的苦痛は国家賠償法による金銭賠償になじまないので,本件選挙当時の公職選挙法の合憲・違憲について判断するまでもなく,上告人らの国家賠償請求は理由がないものとして棄却すべきであると考える。

 国民が,憲法で保障された基本的権利である選挙権の行使に関し,正当な理由なく差別的取扱いを受けている場合には,民主的な政治過程の正常な運営を維持するために積極的役割を果たすべき裁判所としては,国民に対しできるだけ広く是正・回復のための途を開き,その救済を図らなければならない。

 本件国家賠償請求は,金銭賠償を得ることを本来の目的とするものではなく,公職選挙法が在外国民の選挙権の行使を妨げていることの違憲性を,判決理由の中で認定することを求めることにより,間接的に立法措置を促し,行使を妨げられている選挙権の回復を目指しているものである。上告人らは,国家賠償請求訴訟以外の方法では訴えの適法性を否定されるおそれがあるとの思惑から,選挙権回復の方法としては迂遠な国家賠償請求を,あえて付加したものと考えられる。

 一般論としては,憲法で保障された基本的権利の行使が立法作用によって妨げられている場合に,国家賠償請求訴訟によって,間接的に立法作用の適憲的な是正を図るという途も,より適切な権利回復のための方法が他にない場合に備えて残しておくべきであると考える。また,当該権利の性質及び当該権利侵害の態様により,特定の範囲の国民に特別の損害が生じているというような場合には,国家賠償請求訴訟が権利回復の方法としてより適切であるといえよう。

 しかしながら,本件で問題とされている選挙権の行使に関していえば,選挙権が基本的人権の一つである参政権の行使という意味において個人的権利であることは疑いないものの,両議院の議員という国家の機関を選定する公務に集団的に参加するという公務的性格も有しており,純粋な個人的権利とは異なった側面を持っている。しかも,立法の不備により本件選挙で投票をすることができなかった上告人らの精神的苦痛は,数十万人に及ぶ在外国民に共通のものであり,個別性の薄いものである。したがって,上告人らの精神的苦痛は,金銭で評価することが困難であり,金銭賠償になじまないものといわざるを得ない。英米には,憲法で保障された権利が侵害された場合に,実際の損害がなくても名目的損害(nominal damages)の賠償を認める制度があるが,我が国の国家賠償法は名目的損害賠償の制度を採用していないから,上告人らに生じた実際の損害を認定する必要があるところ,それが困難なのである。

 そして,上告人らの上記精神的苦痛に対し金銭賠償をすべきものとすれば,議員定数の配分の不均衡により投票価値において差別を受けている過小代表区の選挙人にもなにがしかの金銭賠償をすべきことになるが,その精神的苦痛を金銭で評価するのが困難である上に,賠償の対象となる選挙人が膨大な数に上り,賠償の対象となる選挙人と,賠償の財源である税の負担者とが,かなりの部分で重なり合うことに照らすと,上記のような精神的苦痛はそもそも金銭賠償になじまず,国家賠償法が賠償の対象として想定するところではないといわざるを得ない。金銭賠償による救済は,国民に違和感を与え,その支持を得ることができないであろう。 

 当裁判所は,投票価値の不平等是正については,つとに,公職選挙法204条の選挙の効力に関する訴訟で救済するという途を開き,本件で求められている在外国民に対する選挙権行使の保障についても,今回,上告人らの提起した予備的確認請求訴訟で取り上げることになった。このような裁判による救済の途が開かれている限り,あえて金銭賠償を認容する必要もない。

 前記のとおり,選挙権の行使に関しての立法の不備による差別的取扱いの是正について,裁判所は積極的に取り組むべきであるが,その是正について金銭賠償をもって臨むとすれば,賠償対象の広範さ故に納税者の負担が過大となるおそれが生じ,そのことが裁判所の自由な判断に影響を与えるおそれもないとはいえない。裁判所としては,このような財政問題に関する懸念から解放されて,選挙権行使の不平等是正に対し果敢に取り組む方が賢明であると考える。

 

(裁判長裁判官 町田 顯 裁判官 福田 博 裁判官 濱田邦夫 裁判官 横尾

和子 裁判官 上田豊三 裁判官 滝井繁男 裁判官 藤田宙靖 裁判官 甲斐中

辰夫 裁判官 泉 徳治 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴 裁判官 今井 

功 裁判官 中川了滋 裁判官 堀籠幸男)