憲法目次Ⅰ

憲法目次Ⅱ

憲法目次Ⅲ

【最判平成8年3月19日 南税理士会政治献金事件】

要旨

税理士会が政党など政治資金規正法上の政治団体に金員を寄付することは、税理士会の目的の範囲外の行為であり、その寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の税理士会の総会決議は、会員の思想・信条の自由を考慮しておらず無効である

 

判旨

         主    文

一 原判決を破棄する。

二 上告人の請求中、被上告人の昭和五三年六月一六日の総会決議に基づく特別会費の納       入義務を上告人が負わないことの確認を求める部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

三 その余の部分につき、本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

四 第二項の部分に関する控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

         理    由

 上告代理人馬奈木昭雄、同板井優、同浦田秀徳、同加藤修、同椛島敏雅、同田中利美、同西清次郎、同藤尾順司、同吉井秀広の上告理由第一点、第四点、第五点、上告代理人上条貞夫、同松井繁明の上告理由、上告代理人諌山博の上告理由及び上告人の上告理由について

一 右各上告理由の中には、被上告人が政治資金規正法(以下「規正法」という。)上の政治団体へ金員を寄付することが彼上告人の目的の範囲外の行為であり、そのために本件特別会費を徴収する旨の本件決議は無効であるから、これと異なり、右の寄付が被上告人の目的の範囲内であるとした上、本件特別会費の納入義務を肯認した原審の判断には、法令の解釈を誤った違法があるとの論旨が含まれる。以下、右論旨について検討する。

二 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

 1 被上告人は、税理士法(昭和五五年法律第二六号による改正前のもの。以下単に「法」という。)四九条に基づき、熊本国税局の管轄する熊本県、大分県、宮崎県及び鹿児島県の税理士を構成員として設立された法人であり、D税理士会連合会(以下「D税連」という。)の会員である(法四九条の一四第四項)。被上告人の会則には、被上告人の目的として法四九条二項と同趣旨の規定がある。

 2 E税理士政治連盟(以下「E税政」という。)は、昭和四四年一一月八日、税理士の社会的、経済的地位の向上を図り、納税者のための民主的税理士制度及び租税制度を確立するため必要な政治活動を行うことを目的として設立されたもので、被上告人に対応する規正法上の政治団体であり、F税理士政治連盟の構成員である。

 3 G税理士政治連盟、H税理士政治連盟、I税理士政治連盟及びJ税理士政治連盟(以下、一括して「K税政」という。)は、E税政傘下の都道府県別の独立した税政連として、昭和五一年七、八月にそれぞれ設立されたもので、規正法上の政治団体である。

 4 被上告人は、本件決議に先立ち、昭和五一年六月二三日、被上告人の第二〇回定期総会において、税理士法改正運動に要する特別資金とするため、全額をK税政へ会員数を考慮して配付するものとして、会員から特別会費五〇〇〇円を徴収する旨の決議をした。被上告人は、右決議に基づいて徴収した特別会費四七〇万円のうち四四六万円をK税政へ、五万円をE税政へそれぞれ寄付した。

 5 被上告人は、昭和五三年六月一六日、第二二回定期総会において、再度、税理士法改正運動に要する特別資金とするため、各会員から本件特別会費五〇〇〇円を徴収する、納期限は昭和五三年七月三一日とする、本件特別会費は特別会計をもって処理し、その使途は全額K税政へ会員数を考慮して配付する、との内容の本件決議をした。

 6 当時の被上告人の特別会計予算案では、本件特別会費を特別会計をもって処理し、特別会費収入を五〇〇〇円の九六九名分である四八四万五〇〇〇円とし、その全額をK税政へ寄付することとされていた。

 7 上告人は、昭和三七年一一月以来、被上告人の会員である税理士であるが、本件特別会費を納入しなかった。

 8 被上告人の役員選任規則には、役員の選挙権及び被選挙権の欠格事由として「選挙の年の三月三一日現在において本部の会費を滞納している者」との規定がある。

 9 被上告人は、右規定に基づき、本件特別会費の滞納を理由として、昭和五四年度、同五六年度、同五八年度、同六〇年度、同六二年度、平成元年度、同三年度の各役員選挙において、上告人を選挙人名簿に登載しないまま役員選挙を実施した。三 上告人の本件請求は、K税政へ被上告人が金員を寄付することはその目的の範囲外の行為であり、そのための本件特別会費を徴収する旨の本件決議は無効であるなどと主張して、被上告人との間で、上告人が本件特別会費の納入義務を負わないことの確認を求め、さらに、被上告人が本件特別会費の滞納を理由として前記のとおり各役員選挙において上告人の選挙権及び被選挙権を停止する措置を採ったのは不法行為であると主張し、被上告人に対し、これにより被った慰謝料等の一部として五〇〇万円と遅延損害金の支払を求めるものである。

四 原審は、前記二の事実関係の下において、次のとおり判断し、上告人の右各請求はいずれも理由がないと判断した。

 1 法四九条の一二の規定や同趣旨の被上告人の会則のほか、被上告人の法人としての性格にかんがみると、被上告人が、税理士業務の改善進歩を図り、納税者のための民主的税理士制度及び租税制度の確立を目指し、法律の制定や改正に関し、関係団体や関係組織に働きかけるなどの活動をすることは、その目的の範囲内の行為であり、右の目的に沿った活動をする団体が被上告人とは別に存在する場合に、被上告人が右団体に右活動のための資金を寄付し、その活動を助成することは、なお被上告人の目的の範囲内の行為である。

 2 K税政は、規正法上の政治団体であるが、被上告人に許容された前記活動を推進することを存立の本来的目的とする団体であり、その政治活動は、税理士の社会的、経済的地位の向上、民主的税理士制度及び租税制度の確立のために必要な活動に限定されていて、右以外の何らかの政治的主義、主張を掲げて活動するものではなく、また、特定の公職の候補者の支持等を本来の目的とする団体でもない。

 3 本件決議は、K税政を通じて特定政党又は特定政治家へ政治献金を行うことを目的としてされたものとは認められず、また、上告人に本件特別会費の拠出義務を肯認することがその思想及び信条の自由を侵害するもので許されないとするまでの事情はなく、結局、公序良俗に反して無効であるとは認められない。本件決議の結果、上告人に要請されるのは五〇〇〇円の拠出にとどまるもので、本件決議の後においても、上告人が税理士法改正に反対の立場を保持し、その立場に多くの賛同を得るように言論活動を行うことにつき何らかの制約を受けるような状況にもないから、上告人は、本件決議の結果、社会通念上是認することができないような不利益を被るものではない。

 4 上告人は、本件特別会費を滞納していたものであるから、役員選任規則に基づいて選挙人名簿に上告人を登載しないで役員選挙を実施した被上告人の措置、手続過程にも違法はない。

五 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

 1 税理士会が政党など規正法上の政治団体に金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する政治的要求を実現するためのものであっても、法四九条二項で定められた税理士会の目的の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決議は無効であると解すべきである。すなわち、

  () 民法上の法人は、法令の規定に従い定款又は寄付行為で定められた目的の範囲内において権利を有し、義務を負う(民法四三条)。この理は、会社についても基本的に妥当するが、会社における目的の範囲内の行為とは、定款に明示された目的自体に限局されるものではなく、その目的を遂行する上に直接又は間接に必要な行為であればすべてこれに包含され(最高裁昭和二四年(オ)第六四号同二七年二月一五日第二小法廷判決・民集六巻二号七七頁、同二七年(オ)第一〇七五号同三〇年一一月二九日第三小法廷判決・民集九巻一二号一八八六頁参照)、さらには、会社が政党に政治資金を寄付することも、客観的、抽象的に観察して、会社の社会的役割を果たすためにされたものと認められる限りにおいては、会社の定款所定の目的の範囲内の行為とするに妨げないとされる(最高裁昭和四一年(オ)第四四四号同四五年六月二四日大法廷判決・民集二四巻六号六二五頁参照)。

  () しかしながら、税理士会は、会社とはその法的性格を異にする法人であって、その目的の範囲については会社と同一に論ずることはできない。

 税理士は、国税局の管轄区域ごとに一つの税理士会を設立すべきことが義務付けられ(法四九条一項)、税理士会は法人とされる(同条三項)。また、全国の税理士会は、D税連を設立しなければならず、D税連は法人とされ、各税理士会は、当然にD税連の会員となる(法四九条の一四第一、第三、四項)。

 税理士会の目的は、会則の定めをまたず、あらかじめ、法において直接具体的に定められている。すなわち、法四九条二項において、税理士会は、税理士の使命及び職責にかんがみ、税理士の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、会員の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とするとされ(法四九条の二第二項では税理士会の目的は会則の必要的記載事項ともされていない。)、法四九条の一二第一項においては、税理士会は、税務行政その他国税若しくは地方税又は税理士に関する制度について、権限のある官公署に建議し、又はその諮問に答申することができるとされている。

 また、税理士会は、総会の決議並びに役員の就任及び退任を大蔵大臣に報告しなければならず(法四九条の一一)、大蔵大臣は、税理士会の総会の決議又は役員の行為が法令又はその税理士会の会則に違反し、その他公益を害するときは、総会の決議についてはこれを取り消すべきことを命じ、役員についてはこれを解任すべきことを命ずることができ(法四九条の一八)、税理士会の適正な運営を確保するため必要があるときは、税理士会から報告を徴し、その行う業務について勧告し、又は当該職員をして税理士会の業務の状況若しくは帳簿書類その他の物件を検査させることができる(法四九条の一九第一項)とされている。

 さらに、税理士会は、税理士の入会が間接的に強制されるいわゆる強制加入団体であり、法に別段の定めがある場合を除く外、税理士であって、かつ、税理士会に入会している者でなければ税理士業務を行ってはならないとされている(法五二条)。

 () 以上のとおり、税理士会は、税理士の使命及び職責にかんがみ、税理士の義務の遵守及び税理士業務の改善進歩に資するため、会員の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的として、法が、あらかじめ、税理士にその設立を義務付け、その結果設立されたもので、その決議や役員の行為が法令や会則に反したりすることがないように、大蔵大臣の前記のような監督に服する法人である。また、税理士会は、強制加入団体であって、その会員には、実質的には脱退の自由が保障されていない(なお、前記昭和五五年法律第二六号による改正により、税理士は税理士名簿への登録を受けた時に、当然、税理士事務所の所在地を含む区域に設立されている税理士会の会員になるとされ、税理士でない者は、この法律に別段の定めがある場合を除くほか、税理士業務を行ってはならないとされたが、前記の諸点に関する法の内容には基本的に変更がない。)。

 税理士会は、以上のように、会社とはその法的性格を異にする法人であり、その目的の範囲についても、これを会社のように広範なものと解するならば、法の要請する公的な目的の達成を阻害して法の趣旨を没却する結果となることが明らかである。

 () そして、税理士会が前記のとおり強制加入の団体であり、その会員である税理士に実質的には脱退の自由が保障されていないことからすると、その目的の範囲を判断するに当たっては、会員の思想・信条の自由との関係で、次のような考慮が必要である。

 税理士会は、法人として、法及び会則所定の方式による多数決原理により決定された団体の意思に基づいて活動し、その構成員である会員は、これに従い協力する義務を負い、その一つとして会則に従って税理士会の経済的基礎を成す会費を納入する義務を負う。しかし、法が税理士会を強制加入の法人としている以上、その構成員である会員には、様々の思想・信条及び主義・主張を有する者が存在することが当然に予定されている。したがって、税理士会が右の方式により決定した意思に基づいてする活動にも、そのために会員に要請される協力義務にも、おのずから限界がある。

 特に、政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄であるというべきである。なぜなら、政党など規正法上の政治団体は、政治上の主義若しくは施策の推進、特定の公職の候補者の推薦等のため、金員の寄付を含む広範囲な政治活動をすることが当然に予定された政治団体であり(規正法三条等)、これらの団体に金員の寄付をすることは、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかに密接につながる問題だからである。

 法は、四九条の一二第一項の規定において、税理士会が、税務行政や税理士の制度等について権限のある官公署に建議し、又はその諮問に答申することができるとしているが、政党など規正法上の政治団体への金員の寄付を権限のある官公署に対する建議や答申と同視することはできない。

 () そうすると、前記のような公的な性格を有する税理士会が、このような事柄を多数決原理によって団体の意思として決定し、構成員にその協力を義務付けることはできないというべきであり(最高裁昭和四八年(オ)第四九九号同五〇年一一月二八日第三小法廷判決・民集二九巻一〇号一六九八頁参照)、税理士会がそのような活動をすることは、法の全く予定していないところである。税理士会が政党など規正法上の政治団体に対して金員の寄付をすることは、たとい税理士に係る法令の制定改廃に関する要求を実現するためであっても、法四九条二項所定の税理士会の目的の範囲外の行為といわざるを得ない。

 2 以上の判断に照らして本件をみると、本件決議は、被上告人が規正法上の政治団体であるK税政へ金員を寄付するために、上告人を含む会員から特別会費として五〇〇〇円を徴収する旨の決議であり、被上告人の目的の範囲外の行為を目的とするものとして無効であると解するほかはない。

 原審は、K税政は税理士会に許容された活動を推進することを存立の本来的目的とする団体であり、その活動が税理士会の目的に沿った活動の範囲に限定されていることを理由に、K税政へ金員を寄付することも被上告人の目的の範囲内の行為であると判断しているが、規正法上の政治団体である以上、前判示のように広範囲な政治活動をすることが当然に予定されており、K税政の活動の範囲が法所定の税理士会の目的に沿った活動の範囲に限られるものとはいえない。因みに、K税政が、政治家の後援会等への政治資金、及び政治団体であるE税政への負担金等として相当額の金員を支出したことは、原審も認定しているとおりである。

六 したがって、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、その余の論旨について検討するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、以上判示したところによれば、上告人の本件請求のうち、上告人が本件特別会費の納入義務を負わないことの確認を求める請求は理由があり、これを認容した第一審判決は正当であるから、この部分に関する被上告人の控訴は棄却すべきである。また、上告人の損害賠償請求については更に審理を尽くさせる必要があるから、本件のうち右部分を原審に差し戻すこととする。

 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、四〇七条一項、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第三小法廷

         裁判長裁判官    園   部   逸   夫

            裁判官    可   部   恒   雄

            裁判官    大   野   正   男

            裁判官    千   種   秀   夫

            裁判官    尾   崎   行   信