最大判平成17年9月14日 (在外国民選挙権訴訟)(3)補足意見


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 裁判官福田博の補足意見は,次のとおりである。

 私は,法廷意見に賛成するものであるが,法廷意見に関して,在外国民の選挙権の剥奪又は制限に対する国家賠償について,消極的な見解を述べる反対意見が表明されたこと(泉裁判官)と,在外国民の選挙権の剥奪又は制限は基本的に国会の裁量に係る部分があり,現行の制度はいまだ違憲の問題を生じていないとする反対意見が表明されたこと(横尾裁判官及び上田裁判官)にかんがみ,若干の考えを述べておくこととしたい。

 

 1 選挙権の剥奪又は制限と国家賠償について

 在外国民の選挙権が剥奪され,又は制限されている場合に,それが違憲であることが明らかであるとしても,国家賠償を認めることは適当でないという泉裁判官の意見は,一面においてもっともな内容を含んでおり,共感を覚えるところも多い。

特に,代表民主制を基本とする民主主義国家においては,国民の選挙権は国民主権の中で最も中核を成す権利であり,いやしくも国が賠償金さえ払えば,国会及び国会議員は国民の選挙権を剥奪又は制限し続けることができるといった誤解を抱くといったような事態になることは絶対に回避すべきであるという私の考えからすれば,選挙権の剥奪又は制限は本来的には金銭賠償になじまない点があることには同感である。

 しかし,そのような感想にもかかわらず,私が法廷意見に賛成するのは主として次の2点にある。

 第1は,在外国民の選挙権の剥奪又は制限が憲法に違反するという判決で被益するのは,現在も国外に居住し,又は滞在する人々であり,選挙後帰国してしまった人々に対しては,心情的満足感を除けば,金銭賠償しか救済の途がないという事実である。

上告人の中には,このような人が現に存在するのであり,やはりそのような人々のことも考えて金銭賠償による救済を行わざるを得ない。

 第2は,-この点は第1の点と等しく,又はより重要であるが-国会又は国会議員が作為又は不作為により国民の選挙権の行使を妨げたことについて支払われる賠償金は,結局のところ,国民の税金から支払われるという事実である。

代表民主制の根幹を成す選挙権の行使が国会又は国会議員の行為によって妨げられると,その償いに国民の税金が使われるということを国民に広く知らしめる点で,賠償金の支払は,額の多寡にかかわらず,大きな意味を持つというべきである。

 2 在外国民の選挙権の剥奪又は制限は憲法に違反せず,国会の裁量の範囲に収まっているという考えには全く賛同できない。

 現代の民主主義国家は,そのほとんどが代表民主制を国家の統治システムの基本とするもので,一定年齢に達した国民が平等かつ自由かつ定時に(解散により行われる選挙を含む。

以下同じ。

)選挙権を行使できることを前提とし,そのような選挙によって選ばれた議員で構成される議会が国権の最高機関となり,行政,司法とあいまって,三権分立の下に国の統治システムを形成する。

我が国も憲法の規定によれば,そのような代表民主制国家の一つであるはずであり,代表民主制の中核である立法府は,平等,自由,定時の選挙によって初めて正当性を持つ組織となる。

民主主義国家が目指す基本的人権の尊重にあっても,このような三権分立の下で,国会は,国権の最高機関として重要な役割を果たすことになる。

 国会は,平等,自由,定時のいずれの側面においても,国民の選挙権を剥奪し制限する裁量をほとんど有していない。

国民の選挙権の剥奪又は制限は,国権の最高機関性はもとより,国会及び国会議員の存在自体の正当性の根拠を失わしめるのである。

国民主権は,我が国憲法の基本理念であり,我が国が代表民主主義体制の国であることを忘れてはならない。

 在外国民が本国の政治や国の在り方によってその安寧に大きく影響を受けることは,経験的にも随所で証明されている。

 代表民主主義体制の国であるはずの我が国が,住所が国外にあるという理由で,一般的な形で国民の選挙権を制限できるという考えは,もう止めにした方が良いというのが私の感想である。