信教の自由(3-1)【最大判昭和63年6月1日 殉職自衛官合祀事件】

 

宗教的人格権として、静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送る利益は保護されるか。

保護されるとしてどのような態様まで認められるのかが問題となった。

 

憲法目次

憲法目次

憲法目次

憲法目次

 

要旨

 

一 社団法人E会のF支部連合会がa県護国神社に対して殉職自衛隊員の合祀を申請する過程において、自衛隊Aiの職員が合祀実現により自衛隊員の社会的地位の向上と士気の高揚を図る意図、目的の下に右連合会に協力して、他のAiに対し殉職自衛隊員の合祀状況等を照会し、その回答を右連合会会長に閲覧させるなどした行為は、宗教とのかかわり合いが間接的で、職員の宗教的意識もどちらかといえば希薄であり、その行為の態様からして国又はその機関として特定の宗教への関心を呼び起こし、あるいはこれを援助、助長、促進し、又は他の宗教に圧迫、干渉を加える効果をもつものと一般人かち評価される行為とは認められず、憲法二〇条三項にいう宗教的活動に当たらない。

二 死去した配偶者の追慕、慰霊等に関して私人がした宗教上の行為によつて信仰生活の静謐が害されたとしても、それが信教の自由の侵害に当たり、その態様、程度が社会的に許容し得る限度を超える場合でない限り、法的利益が侵害されたとはいえない。

 

 

判旨

  事実の概要

 一 原審の確定した事実関係は、次のとおりである。

 1 () 被上告人は昭和三三年四月四日日本キリスト教団V教会において洗礼を受け、以来キリスト教を信仰してきた。() 被上告人は昭和三四年一月一日自衛隊員であるX(以下「X」という。)と宗教的行為を伴わない結婚式を挙げ、主として盛岡市において結婚生活を営んでいたが、昭和四三年一月一二日Xは岩手県釜石市内において公務従事中交通事故により死亡した。() 被上告人は、Xが死亡した直後、自衛隊岩手Aiの準備により行われたXの仏式による葬儀に喪主として参列し、その後Xの父Zが山口県防府市で行つた仏式の葬儀にも参列し、ZはXに戒名を付してもらい、遺骨を仏壇に安置した。() Xの死後被上告人は一時Z宅に身を寄せたが、約二か月後Xの遺骨の一部をもつてZ宅を出て別居し、同人の気持を考慮して仏壇と位牌を置き僧侶を呼んで読経してもらつたが、二、三か月後には仏壇を取り払い、昭和四四年前記教会の納骨堂に遺骨を納め、毎年一一月同教会の行う永眠者記念礼拝にも子Aaとともに毎回出席し、以来、被上告人はキリスト教の信仰の下に日曜日には教会で礼拝し、Xの死の意味を求め、追悼し、キリスト教の信仰を心のよりどころとして生活している。() なお、Xは生前宗教を信仰することはなかつた。

 2 () 昭和三九年一一月社団法人E会のF支部連合会(以下「県E会」という。)は、その主催で自衛隊発足以来同年三月までに殉職した山口県出身の自衛隊員一二名の慰霊祭を宗教法人a県護国神社(以下「県護国神社」という。)において行つたが、その慰霊祭後の直会の席上、遺族の中から殉職者を同神社に祀つてもらいたいとの希望が出され、これを受けて、県E会のAb会長やAc副会長は折にふれ同神社の宮司に対し合祀を要望したが、その賛同を得られないまま年月が経過した。() 昭和四五年秋に至り県E会のAc会長(同年二月から前記Ac副会長が会長になつた。)は同神社のAd宮司から合祀実現が可能であるとの感触を得たので、昭和四六年三月から六月ころの県E会の役員会に合祀申請を行うことを諮つてその了承を得た。() 同年三月陸上自衛隊Ae師団の師団長が開催したAn外郭団体懇談会において、Ac会長が右合祀問題の進捗状況を報告したところ、師団長は合祀に賛意を表し、これを推進することを要望した。この席には自衛隊山口Ai(以下「地連」という。)のAg部長も同席していたことから、地連において遺族援護業務の一環として県E会による合祀申請を積極的に推進する態勢がとられるに至つた。() その後、地連のAh総務課長とAc会長は合祀実現の方策を検討し、同年五月二二日Ah総務課長は、既に殉職自衛隊員が護国神社に合祀されていると聞いていた九州各県(長崎県を除く。)の自衛隊Aiの総務課長にあてて、各地の護国神社における殉職自衛隊員の合祀状況、右合祀に対する賛否両論の主要論旨、右合祀に対する各地の護国神社や戦没者遺族等の意向、殉職自衛隊員を合祀済みであればその経緯などを照会する文書を発し、同年六月末ころまでにこれに対する詳細な回答があり、Ah総務課長はこれをAc会長に閲覧させた。() Ac会長は、同年七月以降右回答結果をもとに県護国神社のAd宮司と折衝し、同年秋に至つて同宮司から基本的に了解を得、同宮司の依頼により同神社に対し合祀の請願書を提出した。() Ac会長は、合祀申請を準備するため山口県自衛隊Aj連合会のAk会長と諮つて同年末ころまでの間に自衛隊殉職者奉賛会を設立し、Akが会長に、Acが副会長に就任したが、Akは東京に居住していたので、奉賛会の業務はAcが執行することになり、Acは引き続きAd宮司と折衝を重ねながら、Akとの間において、合祀されるべき殉職者の資格要件と手続、奉賛会の対外的な業務は県E会の名義と責任において行うこと並びに必要な費用のため右Aj連合会、県E会の各会員及び山口県出身の現職自衛隊員から寄付金を募ることを取り決めた。() Ac会長は、右合意事項のうち費用の点を除く部分を文書化すること、募金趣意書の起案、配布及び寄せられる募金の管理を地連のAl事務官に依頼した。() Al事務官は、Ac会長の右依頼により、Ad宮司と打合せを重ねながら、県E会のする合祀申請の基準等を定めるとともに右Aj連合会会長及び県E会会長の合意承認により効力を発生するものとしたa県護国神社における自衛隊殉職者の奉斎実施準則(以下「奉斎準則」という。)を起案し、昭和四七年三月二四日右Aj連合会のAk会長と県E会のAc会長がこれを認証した。() Al事務官は寄せられた募金約八〇万円を保管した。(一〇) Ac会長は、県護国神社への合祀申請に必要な書類の取揃えをAl事務官に依頼し、同事務官は合祀対象者の遺族を通じて対象者の除籍謄本と殉職証明書を収集すべく、地連の出張所長及び地区班長に対し遺族から右書類を取り寄せることを依頼した。(一一) 同年三月三一日ころ県E会は、同会長名義をもつて、同年三月当時の山口県出身殉職自衛隊員として、Xを含む二七名の合祀を県護国神社に申請し(以下この申請を「本件合祀申請」という。)、同年四月一九日同神社は右殉職自衛隊員を新たに祭神として合祀する鎮座祭を斎行し、直会の儀を挙行し、翌二〇日慰霊大祭を斎行した。

 3 () 昭和四七年四月五日被上告人は、合祀の資料収集のため被上告人方を訪れた地連のAm事務官に対し、自己の信仰を明らかにしてXの合祀を断る旨を告げ、また、その直後県議国神社のAd宮司と県E会のAc会長との連名の鎮座祭斎行等の通知と参拝の案内状が配達されているのを発見し、Am事務官に架電して再度合祀を断る旨を告げた。() Ac会長は同月一〇日ころ地連のAl事務官から被上告人の意向の連絡を受けたが、Xについての合祀申請を撤回することはしなかつた。() 同年七月五日県護国神社宮司から被上告人にあてた同年六月一日付の「御祭神X命奉慰のため御篤志をもつて永代神楽料御奉納相成り感佩の至りに存じます今後毎年一月一二日の祥月命日を卜して命日祭を斎行しこれを永代に継続いたします」との書面が右Al事務官によつて被上告人に届けられた。

 

 

  原審の判断

 

 二 原審は、右事実関係の下において大要次のとおり判断し、被上告人の損害賠償請求を認容すべきものとした。

 1 本件合祀申請は、県護国神社への合祀が行われるための前提をなすものとして、基本的な宗教的意義を有しており、かつ、同神社の宗教を助長、促進する行為であるから、宗教的活動というべきである。

 

 2 本件合祀申請は、県E会の発意により、その費用をもつて、その名義によつてされている。しかし、地連職員の一連の行為がなければ、本件の如くに合祀申請に至つたとはみられない状況にあり、地連職員がこのように積極的に関与してきたのは、殉職者の合祀が自衛隊員の社会的地位の向上と士気の高揚の効果をもたらすもので地連自身も是非その実現を図りたいと考えていたからと推認され、地連職員と県E会は合祀実現を相謀り役割りを分担しつつ準備して、県E会の名義で本件合祀申請に及んだもので、本件合祀申請は地連職員と県E会の共同の行為とみることができる。

 

 3 県E会と共同して本件合祀申請をした地連職員の行為は、憲法二〇条三項に違反することにより、公の秩序に反するものとして、私人に対する関係で違法な行為というべきである。

 

 4 被上告人は、本件合祀申請によるXの県護国神社への合祀によつて静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき法的利益、すなわち宗教上の人格権を侵害された。

 

  最高裁の判断

 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

 1 本件合祀申請を地連職員と県E会の共同の行為と評価すべきか否かを検討する。

 合祀は、神社にとつて最も根幹をなすところの奉斎する祭神にかかわるものであり、当該神社の自主的な判断に基づいて決められる事柄であることはいうまでもないところ、本件合祀申請に至る経緯をみると、県護国神社による殉職自衛隊員の合祀問題は、昭和三九年一一月に行われた慰霊祭の際における殉職自衛隊員の遺族からの県E会への要望に端を発し、その実現に向けて県E会が働き掛けた結果、県護国神社は当初難色を示したものの、既に昭和四五年秋には県E会のAc会長は同神社のAd宮司から合祀実現が可能であるとの感触を得ていたというのである。その後、Ac会長が合祀申請を行うことについて県E会の役員会の了承を得て同宮司と折衝した結果、昭和四六年秋には同神社は殉職自衛隊員を合祀する方針をとるに至つたのであり、引き続き同宮司と折衝を重ねながら合祀のために県E会としてなすべき事項について同宮司と了解に達したのも、Ac会長である。また、合祀申請を準備するため自衛隊殉職者奉賛会を設立したのも、Ac会長が中心となつてしたことである。

 

 昭和四六年三月An外郭団体懇談会の席上において、Ac会長がした合祀問題の進捗状況の報告に対し陸上自衛隊Ae師団長の賛意の表明と推進の要望があり、その後地連において合祀申請を積極的に推進する態勢がとられるに至つたというのが原審の確定するところであるが、本件合祀申請に至る過程において地連職員のした具体的行為は、Ah総務課長において長崎県を除く九州各県の自衛隊Aiの総務課長にあてて各地の護国神社における殉職自衛隊員の合祀状況等を照会して、その回答をAc会長に閲覧させ、Ac会長の依頼によりAl事務官において奉斎準則と県E会の募金趣意書とを起案し、右趣意書を配布し、寄せられた募金を管理し、殉職者の遺族から合祀に必要な殉職者の除籍謄本及び殉職証明書を取り寄せたにとどまるのであり、地連ないしその職員が直接県護国神社に対し合祀を働き掛けた事実はない。

 

 これらの事実からすれば、Xを含む殉職自衛隊員二七名の県護国神社による合祀は、基本的には遺族の要望を受けた県E会がその実現に向けて同神社と折衝を重ねるなどの努力をし、同神社が殉職自衛隊員を合祀する方針を決定した結果実現したものである。してみれば、県E会において地連職員の事務的な協力に負うところがあるにしても、県E会の単独名義でされた本件合祀申請は、実質的にも県E会単独の行為であつたものというべく、これを地連職員と県E会の共同の行為とし、地連職員も本件合祀申請をしたものと評価することはできないものといわなければならない。原審は、地連は自衛隊員の社会的地位の向上と士気の高揚のため殉職自衛隊員の合祀の実現を図りたいと考えていたと推認されると判示しているが、地連職員のした具体的行為が右のとおりであつてみれば、右推認をもつてしても右判断を左右することはできない。

 

 2 本件合祀申請に至る過程において県E会に協力してした地連職員の行為が、憲法二〇条三項にいう宗教的活動に当たるか否かを検討する。

 

 右条項にいう宗教的活動とは、宗教とかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいい、ある行為が宗教的活動に該当するかどうかを検討するに当たつては、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従つて、客観的に判断しなければならないものである(最高裁昭和四六年(行ツ)第六九号同五二年七月一三日大法廷判決・民集三一巻四号五三三頁)。

 

 合祀は神社の自主的な判断に基づいて決められる事柄であることは前記のとおりであつて、何人かが神社に対し合祀を求めることは、合祀のための必要な前提をなすものではなく、本件において県護国神社としては既に昭和四六年秋には殉職自衛隊員を合祀する方針を基本的に決定していたことは原審の確定するところである。

 

 

してみれば、本件合祀申請という行為は、殉職自衛隊員の氏名とその殉職の事実を県護国神社に対し明らかにし、合祀の希望を表明したものであつて、宗教とかかわり合いをもつ行為であるが、合祀の前提としての法的意味をもつものではない。

 

 

そして、本件合祀申請に至る過程において県E会に協力してした地連職員の具体的行為は前記のとおりであるところ、その宗教とのかかわり合いは間接的であり、その意図、目的も、合祀実現により自衛隊員の社会的地位の向上と士気の高揚を図ることにあつたと推認されることは前記のとおりであるから、どちらかといえばその宗教的意識も希薄であつたといわなければならないのみならず、その行為の態様からして、国又はその機関として特定の宗教への関心を呼び起こし、あるいはこれを援助、助長、促進し、又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるような効果をもつものと一般人から評価される行為とは認め難い。したがつて、地連職員の行為が宗教とかかわり合いをもつものであることは否定できないが、これをもつて宗教的活動とまではいうことはできないものといわなければならない。

 

 なお、憲法二〇条三項の政教分離規定は、いわゆる制度的保障の規定であつて、私人に対して信教の自由そのものを直接保障するものではなく、国及びその機関が行うことのできない行為の範囲を定めて国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由を確保しようとするものである(前記最高裁大法廷判決)。したがつて、この規定に違反する国又はその機関の宗教的活動も、それが同条一項前段に違反して私人の信教の自由を制限し、あるいは同条二項に違反して私人に対し宗教上の行為等への参加を強制するなど、憲法が保障している信教の自由を直接侵害するに至らない限り、私人に対する関係で当然には違法と評価されるものではない。

 

 

 3 被上告人の法的利益の侵害の有無を検討する。

 被上告人は、本件合祀申請によりXの合祀がされ、法的利益を侵害された旨を主張するが、合祀は神社の自主的な判断に基づいて決められる事柄で、本件合祀申請は合祀の前提としての法的意味をもつものではないことは前記のとおりであるから、合祀申請が神社のする合祀に対して事実上の強制とみられる何らかの影響力を有したとすべき特段の事情の存しない限り、法的利益の侵害の成否に関して、合祀申請の事実を合祀と併せ一体として評価すべきものではないというべきである。そうであつてみれば、本件合祀申請が右のような影響力を有したとすべき特段の事情の主張・立証のない本件においては、法的利益の侵害の成否は、合祀それ自体が法的利益を侵害したか否かを検討すれば足りるものといわなければならない。また、合祀それ自体は県護国神社によつてされているのであるから、法的利益の侵害の成否は、同神社と被上告人の間の私法上の関係として検討すべきこととなる。

 

 

 私人相互間において憲法二〇条一項前段及び同条二項によつて保障される信教の自由の侵害があり、その態様、程度が社会的に許容し得る限度を超えるときは、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、法的保護が図られるべきである(最高裁昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁参照)。しかし、人が自己の信仰生活の静謐を他者の宗教上の行為によつて害されたとし、そのことに不快の感情を持ち、そのようなことがないよう望むことのあるのは、その心情として当然であるとしても、かかる宗教上の感情を被侵害利益として、直ちに損害賠償を請求し、又は差止めを請求するなどの法的救済を求めることができるとするならば、かえつて相手方の信教の自由を妨げる結果となるに至ることは、見易いところである。信教の自由の保障は、何人も自己の信仰と相容れない信仰をもつ者の信仰に基づく行為に対して、それが強制や不利益の付与を伴うことにより自己の信教の自由を妨害するものでない限り寛容であることを要請しているものというべきである。このことは死去した配偶者の追慕、慰霊等に関する場合においても同様である。何人かをその信仰の対象とし、あるいは自己の信仰する宗教により何人かを追慕し、その魂の安らぎを求めるなどの宗教的行為をする自由は、誰にでも保障されているからである。原審が宗教上の人格権であるとする静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益なるものは、これを直ちに法的利益として認めることができない性質のものである。

 

 以上の見解にたつて本件をみると、県護国神社によるXの合祀は、まさしく信教の自由により保障されているところとして同神社が自由になし得るところであり、それ自体は何人の法的利益をも侵害するものではない。そして、被上告人が県護国神社の宗教行事への参加を強制されたことのないことは、原審の確定するところであり、またその不参加により不利益を受けた事実、そのキリスト教信仰及びその信仰に基づきXを記念し追悼することに対し、禁止又は制限はもちろんのこと、圧迫又は干渉が加えられた事実については、被上告人において何ら主張するところがない。県護国神社宮司から被上告人あてに発せられた永代命日祭斎行等に関する書面も、その内容は前記一の3の()のとおりであつて、被上告人の信仰に対し何ら干渉するものではない。してみれば、被上告人の法的利益は何ら侵害されていないというべきである。

 

 

 本訴において被上告人は、被侵害利益として、()宗教上の人格権、()宗教上のプライバシー及び()政教分離原則が保障する法的利益を選択的に主張しているが、()及び()は、その主張内容をみればいずれも原審が宗教上の人格権とするところのものと結局同一に帰するのであつて、これらを法的利益として認めることができないことは右に述べたとおりであり、()は憲法二〇条三項の規定が私人に対し法的利益を保障していることを主張するものであるところ、右規定は前記のとおりいわゆる制度的保障の規定であつて、私人の法的利益を直接保障するものではないから、このような法的利益もまたこれを認めることができない。