【政教分離(2-1-1)最大判平成9年4月2日 愛媛玉串訴訟】

憲法目次Ⅰ

憲法目次Ⅱ

憲法目次Ⅲ

憲法目次Ⅳ

【政教分離(2-1-1)最大判平成9年4月2日 愛媛玉串訴訟】

【政教分離(2-1-2)最大判平成9年4月2日 愛媛玉串訴訟2】

【政教分離(2-2)最大判平成9年4月2日 愛媛玉串訴訟・補足意見】

【政教分離(2-3)最大判平成9年4月2日 愛媛玉串訴訟・補足意見2】

【政教分離(2-4)最大判平成9年4月2日 愛媛玉串訴訟・補足意見3】

【政教分離(2-5-1)最大判平成9年4月2日 愛媛玉串訴訟・反対意見1-1】

【政教分離(2-5-2)最大判平成9年4月2日 愛媛玉串訴訟・反対意見1-2】

【政教分離(2-6-1)最大判平成9年4月2日 愛媛玉串訴訟・反対意見3-1】

判旨

 一 事実関係及び訴訟の経過

 1 原審の適法に確定した事実関係によれば、被上告人B1が愛媛県知事の職にあった昭和五六年から同六一年にかけて、() 愛媛県(以下「県」という。)の東京事務所長の職あった被上告人B2が、宗教法人D神社(以下「D神社」という。)の挙行した春季又は秋季の例大祭に際して奉納する玉串料として九回にわたり各五〇〇〇円(合計四万五〇〇〇円)を、() 同じく同被上告人が、D神社の挙行した七月中旬の「みたま祭」に際して奉納する献灯料として四回にわたり各七〇〇〇円又は八〇〇〇円(合計三万一〇〇〇円)を、また、() 県生活福祉部老人福祉課長の職にあった被上告人B3、承継前被上告人B4、被上告人B5、同B6及び同B7が、宗教法人愛媛県E神社(以下「E神社」という。)の挙行した春季又は秋季の慰霊大祭に際してF遺族会を通じて奉納する供物料として九回にわたり各一万円(合計九万円)を、それぞれ県の公金から支出した(以下、これらの支出を「本件支出」という。)というのであるところ、本件は、本件支出が憲法二〇条三項、八九条等に照らして許されない違法な財務会計上の行為に当たるかどうかが争われた地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく損害賠償代位請求住民訴訟である。

 2 第一審は、本件支出は、その目的が宗教的意義を持つことを否定することができないばかりでなく、その効果がD神社又はE神社の宗教活動を援助、助長、促進することになるものであって、本件支出によって生ずる県とD神社及びE神社との結び付きは、我が国の文化的・社会的諸条件に照らして考えるとき、もはや相当とされる限度を超えるものであるから、憲法二〇条三項の禁止する宗教的活動に当たり、違法なものといわなければならないと判断した。

 これに対して、原審は、本件支出は宗教的な意義を持つが、一般人にとって神社に参拝する際に玉串料等を支出することは過大でない限り社会的儀礼として受容されるという宗教的評価がされており、知事は、遺族援護行政の一環として本件支出をしたものであって、それ以外の意図、目的や深い宗教心に基づいてこれをしたものではないし、その支出の程度は、少額で社会的な儀礼の程度にとどまっており、その行為が一般人に与える効果、影響は、D神社等の第二次大戦中の法的地位の復活や神道の援助、助長についての特別の関心、気風を呼び起こしたりするものではなく、これらによれば、本件支出は、神道に対する援助、助長、促進又は他の宗教に対する圧迫、干渉等になるようなものではないから、憲法二〇条三項、八九条に違反しないと判断した。

 二 本件支出の違法性に関する当裁判所の判断

 原審の右判断は是認することができない。その理由は以下のとおりである。

 1 政教分離原則と憲法二〇条三項、八九条により禁止される国家等の行為 憲法は、二〇条一項後段、三項、八九条において、いわゆる政教分離の原則に基づく諸規定(以下「政教分離規定」という。)を設けている。

 一般に、政教分離原則とは、国家(地方公共団体を含む。以下同じ。)は宗教そのものに干渉すべきではないとする、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を意味するものとされているところ、国家と宗教との関係には、それぞれの国の歴史的・社会的条件によって異なるものがある。我が国では、大日本帝国憲法に信教の自由を保障する規定(二八条)を設けていたものの、その保障は「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ」という同条自体の制限を伴っていたばかりでなく、国家神道に対し事実上国教的な地位が与えられ、ときとして、それに対する信仰が要請され、あるいは一部の宗教団体に対し厳しい迫害が加えられた等のこともあって、同憲法の下における信教の自由の保障は不完全なものであることを免れなかった。憲法は、明治維新以降国家と神道が密接に結び付き右のような種々の弊害を生じたことにかんがみ、新たに信教の自由を無条件に保障することとし、更にその保障を一層確実なものとするため、政教分離規定を設けるに至ったのである。元来、我が国においては、各種の宗教が多元的、重層的に発達、併存してきているのであって、このような宗教事情の下で信教の自由を確実に実現するためには、単に信教の自由を無条件に保障するのみでは足りず、国家といかなる宗教との結び付きをも排除するため、政教分離規定を設ける必要性が大であった。これらの点にかんがみると、憲法は、政教分離規定を設けるに当たり、国家と宗教との完全な分離を理想とし、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を確保しようとしたものと解すべきである。

 しかしながら、元来、政教分離規定は、いわゆる制度的保障の規定であって、信教の自由そのものを直接保障するものではなく国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものである。そして、国家が社会生活に規制を加え、あるいは教育、福祉、文化などに関する助成、援助等の諸施策を実施するに当たって、宗教とのかかわり合いを生ずることを免れることはできないから、現実の国家制度として、国家と宗教との完全な分離を実現することは、実際上不可能に近いものといわなければならない。さらにまた、政教分離原則を完全に貫こうとすれば、かえって社会生活の各方面に不合理な事態を生ずることを免れない。これらの点にかんがみると、政教分離規定の保障の対象となる国家と宗教との分離にもおのずから一定の限界があるしとを免れず、政教分離原則が現実の国家制度として具現される場合には、それぞれの国の社会的・文化的諸条件に照らし、国家は実際上宗教とある程度のかかわり合いを持たざるを得ないことを前提とした上で、そのかかわり合いが、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で、いかなる場合にいかなる限度で許されないこととなるかが問題とならざるを得ないのである。右のような見地から考えると、憲法の政教分離規定の基礎となり、その解釈の指導原理となる政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とのかかわり合いを持つことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものであると解すべきである。

 右の政教分離原則の意義に照らすと、憲法二〇条三項にいう宗教的活動とは、およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いを持つすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが右にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。そして、ある行為が右にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討するに当たっては、当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない。

 憲法八九条が禁止している公金その他の公の財産を宗教上の組織又は団体の使用、便益又は維持のために支出すること又はその利用に供することというのも、前記の政教分離原則の意義に照らして、公金支出行為等における国家と宗教とのかかわり合いが前記の相当とされる限度を超えるものをいうものと解すべきであり、これに該当するかどうかを検討するに当たっては、前記と同様の基準によって判断しなければならない。

 以上は、当裁判所の判例の趣旨とするところでもある(最高裁昭和四六年(行ツ)第六九号同五二年七月一三日大法廷判決・民集三一巻四号五三三頁、最高裁昭和五七年(オ)第九〇二号同六三年六月一日大法廷判決・民集四二巻五号二七七頁参照)。

 

 2 本件支出の違法性

 そこで、以上の見地に立って、本件支出の違法性について検討する。

 () 原審の適法に確定した事実関係によれば、被上告人B2らは、いずれも宗教法人であって憲法二〇条一項後段にいう宗教団体に当たることが明らかなD神社又はE神社が各神社の境内において挙行した恒例の宗教上の祭祀である例大祭、みたま祭又は慰霊大祭に際して、玉串料、献灯料又は供物料を奉納するため、前記回数にわたり前記金額の金員を県の公金から支出したというのである。ところで、神社神道においては、祭祀を行うことがその中心的な宗教上の活動であるとされていること、例大祭及び慰霊大祭は、神道の祭式にのっとって行われる儀式を中心とする祭祀であり、各神社の挙行する恒例の祭祀中でも重要な意義を有するものと位置付けられていること、みたま祭は、同様の儀式を行う祭祀であり、D神社の祭祀中最も盛大な規模で行われるものであることは、いずれも公知の事実である。そして、玉串料及び供物料は、例大祭又は慰霊大祭において右のような宗教上の儀式が執り行われるに際して神前に供えられるものであり、献灯料は、これによりみたま祭において境内に奉納者の名前を記した灯明が掲げられるというものであって、いずれも各神社が宗教的意義を有すると考えていることが明らかなものである。

 これらのことからすれば、県が特定の宗教団体の挙行する重要な宗教上の祭祀にかかわり合いを持ったということが明らかである。そして、一般に、神社自体がその境内において挙行する恒例の重要な祭祀に際して右のような玉串料等を奉納することは、建築主が主催して建築現場において土地の平安堅固、工事の無事安全等を祈願するために行う儀式である起工式の場合とは異なり、時代の推移によって既にその宗教的意義が希薄化し、慣習化した社会的儀礼にすぎないものになっているとまでは到底いうことができず、一般人が本件の玉串料等の奉納を社会的儀礼の一つにすぎないと評価しているとは考え難いところである。そうであれば、玉串料等の奉納者においても、それが宗教的意義を有するものであるという意識を大なり小なり持たざる得ないのであり、このことは、本件においても同様というべきであるまた、本件においては、県が他の宗教団体の挙行する同種の儀式に対して同様の支出をしたという事実がうかがわれないのであって、県が特定の宗教団体との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持ったことを否定することができない。これらのことからすれば、地方公共団体が特定の宗教団体に対してのみ本件のような形で特別のかかわり合いを持つことは、一般人に対して、県が当該特定の宗教団体を特別に支援しており、それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え、特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない

 被上告人らは、本件支出は、遺族援護行政の一環として、戦没者の慰霊及び遺族の慰謝という世俗的な目的で行われた社会的儀礼にすぎないものであるから、憲法に違反しないと主張する。確かに、D神社及びE神社に祭られている祭神の多くは第二次大戦の戦没者であって、その遺族を始めとする愛媛県民のうちの相当数の者が、県が公の立場においてD神社等に祭られている戦没者の慰霊を行うことを望んでおり、そのうちには、必ずしも戦没者を祭神として信仰の対象としているからではなく、故人をしのぶ心情からそのように望んでいる者もいることは、これを肯認することができる。そのような希望にこたえるという側面においては、本件の玉串料等の奉納に儀礼的な意味合いがあることも否定できない。しかしながら、明治維新以降国家と神道が密接に結び付き種々の弊害を生じたことにかんがみ政教分離規定を設けるに至ったなど前記の憲法制定の経緯に照らせば、たとえ相当数の者がそれを望んでいるとしても、そのことのゆえに、地方公共団体と特定の宗教とのかかわり合いが、相当とされる限度を超えないものとして憲法上許されることになるとはいえない。戦没者の慰霊及び遺族の慰謝ということ自体は、本件のように特定の宗教と特別のかかわり合いを持つ形でなくてもこれを行うことができると考えられるし、神社の挙行する恒例祭に際して玉串料等を奉納することが、慣習化した社会的儀礼にすぎないものになっているとも認められないことは、前記説示のとおりである。ちなみに、神社に対する玉串料等の奉納が故人の葬礼に際して香典を贈ることとの対比で論じられることがあるが、香典は、故人に対する哀悼の意と遺族に対する弔意を表するために遺族に対して贈られ、その葬礼儀式を執り行っている宗教家ないし宗教団体を援助するためのものではないと一般に理解されており、これと宗教団体の行う祭祀に際して宗教団体自体に対して玉串料等を奉納することとでは、一般人の評価において、全く異なるものがあるといわなければならない。また、被上告人らは、玉串料等の奉納は、神社仏閣を訪れた際にさい銭を投ずることと同様のものであるとも主張するが、地方公共団体の名を示して行う玉串料等の奉納と一般にはその名を表示せずに行うさい銭の奉納とでは、その社会的意味を同一に論じられないことは、おのずから明らかである。そうであれば、本件玉串料等の奉納は、たとえそれが戦没者の慰霊及びその遺族の慰謝を直接の目的としてされたものであったとしても、世俗的目的で行われた社会的儀礼にすぎないものとして憲法に違反しないということはできない。

 以上の事情を総合的に考慮して判断すれば、県が本件玉串料等D神社又はE神社に前記のとおり奉納したことは、その目的が宗教的意義を持つことを免れず、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になると認めるべきであり、これによってもたらされる県とD神社等とのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものであって、憲法二〇条三項の禁止する宗教的活動に当たると解するのが相当である。そうすると、本件支出は、同項の禁止する宗教的活動を行うためにしたものとして、違法というべきである。これと異なる原審の判断は、同項の解釈適用を誤るものというほかはない。

 () また、D神社及びE神社は憲法八九条にいう宗教上の組織又は団体に当たることが明らかであるところ、以上に判示したところからすると、本件玉串料等をD神社又はE神社に前記のとおり奉納したことによってもたらされる県とD神社等とのかかわり合いが我が国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと解されるのであるから、本件支出は、同条の禁止する公金の支出に当たり、違法というべきである。したがって、この点に関する原審の判断も、同条の解釈適用を誤るものといわざるを得ない。

 

 三 被上告人らの損害賠償責任の有無

 原審は、右の誤った判断に基づき、本件支出に違法はないとして、上告人らの請求をいずれも棄却すべきであるとしたが、以上のとおり、本件支出は違法であるというべきであるから、更に進んで、被上告人らの損害賠償責任の有無について検討することとする。

 原審の適法に確定した事実関係によれば、本件支出の当時、本件支出の権限を法令上本来的に有していたのは、知事の職にあった被上告人B1であったところ、本件支出のうちD神社に対してされたものについては、県の規則により県東京事務所長に対し権限が委任され、その職にあった被上告人B2がこれを行ったのであり、また、本件支出のうちE神社に対してされたものについては、県の規則及び訓令により県生活福祉部老人福祉課長に専決させることとされ、その職にあった被上告人B3、承継前被上告人B4、被上告人B5、同B6及び同B7(以下、被上告人B2を含め、これらの者を「被上告人B2ら」という。)がそれぞれこれを行ったというのである。

 右のように、被上告人B1は、自己の権限に属する本件支出を補助職員である被上告人B2らに委任し、又は専決により処理させたのであるから、その指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失によりこれを阻止しなかったと認められる場合には、県に対し右違法な支出によって県が被った損害を賠償する義務を負うことになると解すべきである(最高裁平成二年(行ツ)第一三七号同三年一二月二〇日第二小法廷判決・民集四五巻九号一四五五頁、最高裁昭和六二年(行ツ)第一四八号平成五年二月一六日第三小法廷判決・民集四七巻三号一六八七頁参照)。原審の適法に確定したところによれば、被上告人B1は、D神社等に対し、被上告人B2らに玉串料等を持参させるなどして、これを奉納したと認められるというのであり、本件支出には憲法に違反するという重大な違法があること、地方公共団体が特定の宗教団体に玉串料、供物料等の支出をすることについて、文部省、自治省等が、政教分離原則に照らし、慎重な対応を求める趣旨の通達、回答をしてきたことなどをも考慮すると、その指揮監督上の義務に違反したものであって、これにつき少なくとも過失があったというのが相当である。したがって、被上告人B1は、県に対し、違法な本件支出により県が被った本件支出金相当額の損害を賠償する義務を負うというべきである。

 これに対し、被上告人B2らについては、地方自治法二四三条の二第一項後段により損害賠償責任の発生要件が限定されており、本件支出行為をするにつき故意又は重大な過失があった場合に限り県に対して損害賠償責任を負うものであるところ、原審の適法に確定したところによれば、被上告人B2らは、いずれも委任を受け、又は専決することを任された補助職員として知事の前記のような指揮監督の下で本件支出をしたというのであり、しかも、本件支出が憲法に違反するか否かを極めて容易に判断することができたとまではいえないから、被上告人B2らがこれを憲法に違反しないと考えて行ったことは、その判断を誤ったものではあるが、著しく注意義務を怠ったものとして重大な過失があったということはできない。そうすると、被上告人B1以外の被上告人らは県に対し損害賠償責任を負わないというべきである。

 

 四 結論

 以上によれば、上告人らの被上告人B1に対する請求は、これを認容すべきであり、その余の被上告人らに対する請求は、これを棄却すべきであるところ、これと同旨の第二審判決は、結論において是認し得るから、第一審判決のうち上告人らの被上告人B1に対する請求に係る部分を取り消して同請求を棄却した原判決主文第一項は、破棄を免れず、右部分については、同被上告人の控訴を棄却すべきであり、上告人らのその余の被上告人らに対する控訴を棄却した原判決主文第二項に対する上告は、理由がないとして、これを棄却すべきである。