憲法重要判例六法F

憲法についての条文・重要判例まとめ

カテゴリ: 外国人の人権


 目次


外国人の人権(8) 戦後補償・最判平成16年11月29日 / 亡命者・政治難民の保護・最判昭和51年1月26日

 

【戦後補償】

【最判平成16年11月29日】

要旨

1 財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号)の締結後,旧日本軍の軍人軍属等であったが日本国との平和条約により日本国籍を喪失した大韓民国に在住する韓国人に対して何らかの措置を講ずることなく戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2項,恩給法9条1項3号を存置したことは,憲法14条1項に違反するということはできない。

2 財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律は,憲法17条,29条2項,3項に違反するということはできない。

 

判旨

 1 上告代理人高木健一ほかの上告理由第1の2のうち憲法29条3項に基づく

補償請求に係る部分について

 (1) 軍人軍属関係の上告人らが被った損失は,第二次世界大戦及びその敗戦によって生じた戦争犠牲ないし戦争損害に属するものであって,これに対する補償は,憲法の全く予想しないところというべきであり,このような戦争犠牲ないし戦争損害に対しては,単に政策的見地からの配慮をするかどうかが考えられるにすぎないとするのが,当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和40年(オ)第417号同43年11月27日大法廷判決・民集22巻12号2808頁)。したがって,軍人軍属関係の上告人らの論旨は採用することができない(最高裁平成12年(行ツ)第106号同13年11月16日第二小法廷判決・裁判集民事203号479頁参照)。

 (2) いわゆる軍隊慰安婦関係の上告人らが被った損失は,憲法の施行前の行為によって生じたものであるから,憲法29条3項が適用されないことは明らかである。したがって,軍隊慰安婦関係の上告人らの論旨は,その前提を欠き,採用することができない。

 2 同第1の2のうち憲法の平等原則に基づく補償請求に係る部分について財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号)の締結後,旧日本軍の軍人軍属又はその遺族であったが日本国との平和条約により日本国籍を喪失した大韓民国に在住する韓国人に対して何らかの措置を講ずることなく戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2項,恩給法9条1項3号の各規定を存置したことが憲法14条1項に違反するということができないことは,当裁判所の大法廷判決(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁等)の趣旨に徴して明らかである(最高裁平成10年(行ツ)第313号同13年4月5日第一小法廷判決・裁判集民事202号1頁,前掲平成13年11月16日第二小法廷判決,最高裁平成12年(行ツ)第191号同14年7月18日第一小法廷判決・裁判集民事206号833頁参照)。したがって,論旨は採用することができない。

 3 同第1の2のうち,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律(昭和40年法律第144号)の憲法17条,29条2項,3項違反をいう部分について

 第二次世界大戦の敗戦に伴う国家間の財産処理といった事項は,本来憲法の予定しないところであり,そのための処理に関して損害が生じたとしても,その損害に対する補償は,戦争損害と同様に憲法の予想しないものというべきであるとするのが,当裁判所の判例の趣旨とするところである(前掲昭和43年11月27日大法廷判決)。したがって,上記法律が憲法の上記各条項に違反するということはできず,論旨は採用することができない(最高裁平成12年(オ)第1434号平成13年11月22日第一小法廷判決・裁判集民事203号613頁参照)。

 

【亡命者・政治難民の保護】

【最判昭和51年1月26日】

要旨

いわゆる政治犯罪人不引渡の原則は、未だ確立した一般的な国際慣習法とは認められない。

 

判旨

 いわゆる政治犯罪人不引渡の原則は未だ確立した一般的な国際慣習法であると認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として是認することができる。

 逃亡犯罪人引渡法(昭和二八年法律第六八号、昭和三九年法律第八六号による改正前)は一般に条約の有無を問わず政治犯罪人の不引渡を規定したものではないとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論は、本件行政処分がなされた後に改正された法律の規定を前提として、原判決を非難するものであつて、失当である


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外国人の人権(7)外国渡航の自由・最大判昭和33年9月10日・最大判昭和32年12月25日・最判平成4年11月16日

 

 

【最大判昭和33年9月10日】

要旨

一 旅券法第一三条第一項第五号は、外国旅行の自由に対し、公共の福祉のため合理的な制限を定めたもので、憲法第二二条第二項に違反しない。

二 原審認定の事実関係(原判決参照)、特に占領治下我国の当面する国際情勢の下において、外務大臣が上告人らのモスコー国際経済会議への参加を旅券法第一三条第一項第五号にあたると判断してなした旅券発給拒否の処分は、違法とはいえない。

 

判旨

憲法二二条二項の「外国に移住する自由」には外国へ一時旅行する自由を

も含むものと解すべきであるが、外国旅行の自由といえども無制限のままに許され

るものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと解すべきである。

そして旅券発給を拒否することができる場合として、旅券法一三条一項五号が「著

しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足り

る相当の理由がある者」と規定したのは、外国旅行の自由に対し、公共の福祉のた

めに合理的な制限を定めたものとみることができ(る)。

旅券法一三条一項五号は、公共の福祉のために外国旅行の自由を合理的に制限したものと解すべきであることは、既に述べたとおりであつて、日本国の利益又は公安を害する行為を将来行う虞れある場合においても、なおかつその自由を制限する必要のある場合のありうることは明らかであるから、同条をことさら所論のごとく「明白かつ現在の危険がある」場合に限ると解すべき理由はない。

 

【最大判昭和32年12月25日】

要旨

一 出入国管理令第二五条は、憲法第二二条第二項に違反しない。

二 被告人が勾留状の執行により未決勾留中、他の事件の確定判決により懲役刑の執行を受けるに至つたときは、懲役刑の執行と競合する未決勾留日数を本刑に算入することは違法である。

 

判旨

憲法二二条二項は「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない」と規定しており、ここにいう外国移住の自由は、その権利の性質上外国人に限つて保障しないという理由はない。次に、出入国管理令二五条一項は、本邦外の地域におもむく意図をもつて出国しようとする外国人は、その者が出国する出入国港において、入国審査官から旅券に出国の証印を受けなければならないと定め、同二項において、前項の外国人は、旅券に証印を受けなければ出国してはならないと規定している。右は、出国それ自体を法律上制限するものではなく、単に、出国の手続に関する措置を定めたものであり、事実上かゝる手続的措置のために外国移住の自由が制限される結果を招来するような場合があるにしても、同令一条に規定する本邦に入国し、又は本邦から出国するすべての人の出入国の公正な管理を行うという目的を達成する公共の福祉のため設けられたものであつて、合憲性を有するものと解すべきである。

 

【最大判昭和32年6月19日】

要旨

一 憲法第二二条は外国人の日本国に入国することについてなにら規定していないものというべきである。

二 外国人登録令第三条、第一二条は憲法第二二条に違反しない。

 

判旨

 所論は、憲法二二条は当然に外国人が日本国に入国する自由をも保障しているものと解すべきであるから、外国人登録令三条、一二条は、憲法二二条に違反する旨主張する。

 よつて案ずるに、憲法二二条一項には、何人も公共の福祉に反しない限り居住・移転の自由を有する旨規定し、同条二項には、何人も外国に移住する自由を侵されない旨の規定を設けていることに徴すれば、憲法二二条の右の規定の保障するところは、居住・移転及び外国移住の自由のみに関するものであつて、それ以外に及ばず、しかもその居住・移転とは、外国移住と区別して規定されているところから見れば、日本国内におけるものを指す趣旨であることも明らかである。そしてこれらの憲法上の自由を享ける者は法文上日本国民に局限されていないのであるから、外国人であつても日本国に在つてその主権に服している者に限り及ぶものであることも、また論をまたない。されば、憲法二二条は外国人の日本国に入国することについてはなにら規定していないものというべきであつて、このことは、国際慣習法上、外国人の入国の許否は当該国家の自由裁量により決定し得るものであつて、特別の条約が存しない限り、国家は外国人の入国を許可する義務を負わないものであることと、その考えを同じくするものと解し得られる。従つて、所論の外国人登録令の規定の違憲を主張する論旨は、理由がないものといわなければならない。

 

 

【最判平成4年11月16日】

要旨

我が国に在留する外国人は、憲法上、外国へ一時旅行する自由を保障されていない。

 

判旨

 我が国に在留する外国人は、憲法上、外国へ一時旅行する自由を保障されている

ものでないことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和二九年(あ)第三五九四号同

三二年六月一九日判決・刑集一一巻六号一六六三頁、昭和五〇年(行ツ)第一二〇

号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかで

ある。

 

 

【東京高裁 昭和43年12月18日】

要旨

1、再入国許可申請書の旅行日程の最終日が経過しても、右日程に従わなければ旅行(祖国訪問)の意義がないということでなければ、申請に対する不許可処分取消しを求める訴えの利益がある。

2、一時的海外旅行の自由は、憲法22条1項によつて保証され、日本国内に存住する外国人は同本人と同様、公共の福祉に反しない限りこの自由を享有する権利がある。

3、北朝鮮の政府を承認していないこと、北朝鮮からの再入国を許可すると韓国との修交上問題が起リ得る虞があることは、北朝鮮からの再入国を許可しない正当の理由とはならない。

 

判旨

日本国民の基本的自由権の一つである一時的海外旅行の自由は、憲法第二二条第一項によつて保障されると解する(同条第二項によるとしても公共の福祉による制限をうけると解する限りは結論において等しい。)が、日本国の領土内に存在する外国人は、日本国の主権に服すると共にその身体、財産、基本的自由等の保護をうける権利があることは明らかであるから、日本国民が憲法第二二条第一項(または第二項)によつて享受すると同様に、公共の福祉に反しない限度で海外旅行の自由を享有する権利があるといつてよい(同条項が在留外国人に対しても直接適用があると解すればなおさらのことである。)。然して、被控訴人らが、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律第二条第六項によつてわが国に在留する権限のある者であることは争がなく、その経歴、家族構成が原判決事実摘示のとおりであることは原審の被控訴人許本人尋問の結果から認められるところであり、ただ被控訴人らが朝鮮民主主義人民共和国の公民であるため、現時点では大韓民国国民の有するような永住許可申請権(昭和四〇年法律第一四六号による。)を有しないけれども、在留期間の制限をうけない点では、永住権者と同視すべき外国人であるから、被控訴人らは海外旅行に関して、日本国民と同様な自由の保障を与えられているということができる。本件再入国許可申請の実質は海外旅行の許可の申請であるから、本件申請に対して出入国管理令第二六条による許否を決するに当つては、右に述べた趣旨に則ることが要請されるのであつて、この点は原審の判断(判決理由二1末尾「上記管理令の条項は」以下)と帰結するところが等しい。ところで控訴人は、不許可処分の理由として、(一)北朝鮮にはわが国が承認した政府がなく国交が開かれていないこと、(ニ)本件申請を許可することはわが国と大韓民国との修交上および在日朝鮮人の管理上国益に沿わない結果となることを挙示する。

わが国と大韓民国とは国交を開いていて、在日同国民の法的地位等についてはすでに協定が成立し、これに伴う特別法も施行されているが、わが国と朝鮮民主主義人民共和国との間には国交がなく、在日同国公民については右のような協定が成立していないこと、右両国の国民の間に、国境線をはさんで時に不穏の動きがあることが報道され、またわが国内でも時に大韓民国居留民団と在日朝鮮人総聯合会との各構成員間の確執が報ぜられることは、すべて公知のことがらである。かような事情に着目すれば、本件申請を許可した後の国際および国内の事態について、控訴人が何らかの危惧をいだくことは故なしとせず、それ故にこそ控訴人は政策として申請を許可しなかつたものと考えられる。しかしながらわが国の国益というものは、究極においては憲法前文にあるとおり、いずれの国の国民とも協和することの中に見出すべきものであるから、一国との修交に支障を生ずる虞があるからといつて、他の一国の国民が本来享有する自由権を行使することをもつて、ただちにわが国の国益を害するものと断定することは極めて偏頗であり誤りといわなければならない。すなわち、元来政府の政策は、国益や公共の福祉を目標として企画実施されるべきことは多言を要しないが、政策と公共の福祉とは同義ではないから、或人々が本来享有する海外旅行の自由を行使することが、たとえ政府の当面の政策に沿わないものであつても、政策に沿わないということのみで右自由権の行使が公共の福祉に反するとの結論は導かれないのである。そうして本件では、今後の事態については具体的な主張立証もないから、それは憶測の域を出ないものと思われ、わが国に対する明白な危険が予知されているとは認められないので、結局被控訴人らの海外旅行が、(旅券法第一三条の表現を借りるならば)著しくかつ直接に国益を害する虞があることすなわち公共の福祉に反するものであることは、確定されないことに

帰着する。よつて控訴人主張の事由は本件不許可処分を正当とする理由とはなし得ない。


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外国人の人権(6)外国人指紋押捺

 

【外国人の指紋押捺】

 

・平成71215日 外国人指紋押なつ拒否事件

要旨

一 何人も個人の私生活上の自由の一つとしてみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有し、国家機関が正当な理由もなく指紋の押なつを強制することは、憲法一三条の趣旨に反し許されない。

 

二 我が国に在留する外国人について指紋押なつ制度を定めた外国人登録法(昭和五七年法律第七五号による改正前のもの)一四条一項、一八条一項八号は、憲法一三条に違反しない。

 

判旨

 本件は、アメリカ合衆国国籍を有し現にハワイに在住する被告人が、昭和五六年一一月九日、当時来日し居住していた神戸市a区において新規の外国人登録の申請をした際、外国人登録原票、登録証明書及び指紋原紙二葉に指紋の押なつをしなかったため、外国人登録法の右条項に該当するとして起訴された事案である。

 指紋は、指先の紋様であり、それ自体では個人の私生活や人格、思想、信条、良心等個人の内心に関する情報となるものではないが、性質上万人不同性、終生不変性をもつので、採取された指紋の利用方法次第では個人の私生活あるいはプライバシーが侵害される危険性がある。このような意味で、指紋の押なつ制度は、国民の私生活上の自由と密接な関連をもつものと考えられる。

 

 憲法一三条は、国民の私生活上の自由が国家権力の行使に対して保護されるべきことを規定していると解されるので、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有するものというべきであり、国家機関が正当な理由もなく指紋の押なつを強制することは、同条の趣旨に反して許されず、また、右の自由の保障は我が国に在留する外国人にも等しく及ぶと解される(最高裁昭和四〇年(あ)第一一八七号同四四年一二月二四日大法廷判決・刑集二三巻一二号一六二五頁、最高裁昭和五〇年(行ッ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)。

 

 しかしながら、右の自由も、国家権力の行使に対して無制限に保護されるものではなく、公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受けることは、憲法一三条に定められているところである。

 

 そこで、外国人登録法が定める在留外国人についての指紋押なつ制度についてみると、同制度は、昭和二七年に外国人登録法(同年法律第一二五号)が立法された際に、同法一条の「本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資する」という目的を達成するため、戸籍制度のない外国人の人物特定につき最も確実な制度として制定されたもので、その立法目的には十分な合理性があり、かつ、必要性も肯定できるものである。また、その具体的な制度内容については、立法後累次の改正があり、立法当初二年ごとの切替え時に必要とされていた押なつ義務が、その後三年ごと、五年ごとと緩和され、昭和六二年法律第一〇二号によって原則として最初の一回のみとされ、また、昭和三三年律第三号によって在留期間一年未満の者の押なつ義務が免除されたほか、平成四年法律第六六号によって永住者(出入国管理及び難民認定法別表第二上欄の永住者の在留資格をもつ者)及び特別永住者(日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に定める特号永住者)にっき押なつ制度が廃止されるなど社会の状況変化に応じた改正が行われているが、本件当時の制度内容は、押なつ義務が三年に一度で、押なつ対象指紋も一指のみであり、加えて、その強制も罰則による間接強制にとどまるものであって、精神的、肉体的に過度の苦痛を伴うものとまではいえず、方法としても、一般的に許容される限度を超えない相当なものであったと認められる。

 

 右のような指紋押なつ制度を定めた外国人登録法一四条一項、一八条一項八号が憲法一三条に違反するものでないことは当裁判所の判例(前記最高裁昭和四四年一

二月二四日大法廷判決、最高裁昭和二九年(あ)第二七七七号同三一年一二月二六

日大法廷判決・刑集一〇巻一二号一七六九頁)の趣旨に徴し明らかであり、所論は

理由がない。

 

 

  14条違反について

 所論は、指紋押なつ制度を定めた外国人登録法の前記各条項は外国人を日本人

と同一の取扱いをしない点で憲法一四条に違反すると主張する。しかしながら、在

留外国人を対象とする指紋押なつ制度は、前記一のような目的、必要性、相当性が

認められ、戸籍制度のない外国人については、日本人とは社会的事実関係上の差異

があって、その取扱いの差異には合理的根拠があるので、外国人登録法の同条項が

憲法一四条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和二六年(あ)

第三九一一号同三〇年一二月一四日大法廷判決・刑集九巻一三号二七五六頁、最高

裁昭和三七年(あ)第九二七号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号

五七九頁)の趣旨に徴し明らかであり、所論は理由がない。

 

  19条違反について

 所論は、指紋押なつ制度を定めた外国人登録法の前記各条項は外国人の思想、

良心の自由を害するもので憲法一九条に違反すると主張するが、指紋は指先の紋様

でありそれ自体では思想、良心等個人の内心に関する情報となるものではないし、

同制度の目的は在留外国人の公正な管理に資するため正確な人物特定をはかること

にあるのであって、同制度が所論のいうような外国人の思想、良心の自由を害する

ものとは認められないから、所論は前提を欠く。

 

 

 

【最判平成10年4月10日 再入国不許可処分取消等請求平成6(行ツ)153

要旨

いわゆる協定永住許可を受けていた者に対してされた指紋押なつ拒否を理由とする再入国不拒可処分が違法とはいえないとされた事例

 

法務大臣が、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法一条の規定に基づく許可を受けて本邦で永住することができる地位を有していた者に対し、外国人登録法(昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)一四条一項に基づく指紋の押なつを拒否していることを理由としてした再入国不許可処分は、当時の社会情勢や指紋押なつ制度の維持による在留外国人及びその出入国の公正な管理の必要性など判示の諸事情に加えて、再入国の許否の判断に関する法務大臣の裁量権の範囲がその性質上広範なものとされている趣旨にもかんがみると、右不許可処分が右の者に与えた不利益の大きさ等を考慮してもなお、違法であるとまでいうことはできない。

 

判旨

 1 一般に、出入国に関する事務は国際法上国内事項とされていて、外国人の入国にいかなる条件を課するかは専らその国の立法政策にゆだねられているところ、我が国の出入国管理及び難民認定法は、再入国の許可を受けて本邦から出国した外国人に限って、当該外国人の有していた在留資格のままで本邦に再び入国することを認めるものとしている。そして、再入国の許可の要件について、同法二六条一項は、法務大臣は、本邦に在留する外国人(同法一三条から一八条までに規定する上陸の許可を受けている者を除く。)がその在留期間(在留期間の定めのない者にあっては、本邦に在留し得る期間)の満了の日以前に本邦に再び入国する意図をもって出国しようとするときは、法務省令で定める手続により、その者の申請に基づき、再入国の許可を与えることができる旨規定するのみで、右許可の判断基準について特に規定していないが、右は、再入国の許否の判断を法務大臣の裁量に任せ、その裁量権の範囲を広範なものとする趣旨からであると解される。なぜならば、法務大臣は、再入国の許可申請があったときは、我が国の国益を保持し出入国の公正な管理を図る観点から、申請者の在留状況、渡航目的、渡航の必要性、渡航先国と我が国との関係、内外の諸情勢等を総合的に勘案した上、その許否につき判断すべきであるが、右判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないものだからである。 右のような再入国の許否の判断に関する法務大臣の裁量権の性質にかんがみると、再入国の許否に関する法務大臣の処分は、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限り、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法となるものというべきである(最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)。

 2 以上の見地に立って、本件不許可処分に係る法務大臣の判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法であるか否かにつき検討する。

 前記事実関係等によれば、本件不許可処分は、協定永住資格を有する上告人が、渡航先国である米国における大学留学を旅行目的として本件許可申請をしたのに対し、被上告人が指紋押なつ拒否者の増加という事態に対する対応策として打ち出した指紋押なつ拒否者に対しては原則として再入国の許可を与えないという方針に基づき、上告人が外国人登録法(昭和六二年法律第一〇二号による改正前のもの)一四条一項の規定に違反して指紋の押なつを拒否していることを専らその理由としてされたものであって、他に法務大臣が上告人の右許可申請に対する許否の判断に当たり右申請を許可することが相当でない事由として考慮した事情の存在はうかがわれない。 出入国管理特別法一条の規定に基づき本邦で永住することを許可されている大韓民国国民については、日韓地位協定三条、出入国管理特別法六条一項所定の事由に該当する場合に限って、出入国管理及び難民認定法二四条の規定による退去強制をすることができるものとされていることに加えて、日韓地位協定四条(a)の規定により、日本国政府は我が国における教育、生活保護及び国民健康保険に関する事項について妥当な考慮を払うものとされ、右規定の趣旨に沿って行政運用上日本国民と同等の取扱いがされているのであって、このような協定永住資格を有する者による再入国の許可申請に対する法務大臣の許否の判断に当たっては、その者の本邦における生活の安定という観点をもしんしゃくすべきである。しかるところ、本件不許可処分がされた結果、上告人は、協定永住資格を保持したまま留学を目的として米国へ渡航することが不可能となり、協定永住資格を保持するために右渡航を断念するか又は右渡航を実現するために協定永住資格を失わざるを得ない状況に陥ったものということができるのであって、本件不許可処分によって上告人の受けた右の不利益は重大である。

 しかしながら、そもそも、外国人登録法が定める指紋押なつ制度は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによって外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もって在留外国人の公正な管理に資するという目的を達成するため、戸籍制度のない外国人の人物特定につき最も確実な制度として規定されたものであって、出入国の公正な管理を図るという出入国管理行政の目的にも資するものであるから、法務大臣が、指紋押なつの拒否が出入国管理行政にもたらす弊害にかんがみ、再入国の許可申請に対する許否の判断に当たって、右申請をした外国人が同法の規定に違反して指紋の押なつを拒否しているという事情を右申請を許可することが相当でない事由として考慮すること自体は、法務大臣の前記裁量権の合理的な行使として許容し得るものというべきである。のみならず、その後の推移はともかく、本件不許可処分がされた当時は、指紋押なつ拒否運動が全国的な広がりを見せ、指紋の押なつを留保する者が続出するという社会情勢の下にあって、出入国管理行政に少なからぬ弊害が生じていたとみられるのであり、被上告人において、指紋押なつ制度を維持して在留外国人及びその出入国の公正な管理を図るため、指紋押なつ拒否者に対しては再入国の許可を与えないという方針で臨んだこと自体は、その必要性及び合理性を肯定し得るところであり、その結果、外国人の在留資格いかんを問わずに右方針に基づいてある程度統一的な運用を行うことになったとしても、それなりにやむを得ないところがあったというべきである。他方で、前記事実関係等によれば、上告人は、本件不許可処分の前のみならずその後も指紋押なつの拒否を繰り返しており、上告人が外国人登録制度を遵守しないことを表明し、これを実施したものと被上告人に受け止められても無理からぬ面があったといえなくもない。

 右のような本件不許可処分がされた当時の社会情勢や指紋押なつ制度の維持による在留外国人及びその出入国の公正な管理の必要性その他の諸事情に加えて、前示のとおり、再入国の許否の判断に関する法務大臣の裁量権の範囲がその性質上広範なものとされている趣旨にもかんがみると、協定永住資格を有する者についての法務大臣の右許否の判断に当たってはその者の本邦における生活の安定という観点をもしんしゃくすべきであることや、本件不許可処分が上告人に与えた不利益の大きさ、本件不許可処分以降、在留外国人の指紋押なつ義務が軽減され、協定永住資格を有する者についてはさらに指紋押なつ制度自体が廃止されるに至った経緯等を考慮してもなお、右処分に係る法務大臣の判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるとはいまだ断ずることができないものというべきである。したがって、右判断は、裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法であるとまでいうことはできない。

 

【最判平成10年4月10日 平成6(行ツ)152

要旨

1.再入国不許可処分を受けた者が再入国許可を受けないまま本邦から出国したときは、在留資格の消滅によって、不許可処分が取り消されても従来の在留資格のまま再入国する余地はなくなるから、その取消しによって回復すべき法律上の利益を失う。

2.再入国不許可処分を受けた者が本邦から出国した場合には、右不許可処分の取消しを求める訴えの利益は失われる。

 

判旨

 再入国の許可申請に対する不許可処分を受けた者が再入国の許可を受けないまま本邦から出国した場合には、右不許可処分の取消しを求める訴えの利益は失われるものと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。

 本邦に在留する外国人が再入国の許可を受けないまま本邦から出国した場合には、同人がそれまで有していた在留資格は消滅するところ、出入国管理及び難民認定法二六条一項に基づく再入国の許可は、本邦に在留する外国人に対し、新たな在留資格を付与するものではなく、同人が有していた在留資格を出国にもかかわらず存続させ、右在留資格のままで本邦に再び入国することを認める処分であると解される。そうすると、再入国の許可申請に対する不許可処分を受けた者が再入国の許可を受けないまま本邦から出国した場合には、同人がそれまで有していた在留資格が消滅することにより、右不許可処分が取り消されても、同人に対して右在留資格のままで再入国することを認める余地はなくなるから、同人は、右不許可処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を失うに至るものと解すべきである。そして、右の理は、右不許可処分を受けた者が日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法(以下「出入国管理特別法」という。)一条の許可を受けて本邦に永住していた場合であっても、異なるところがないというべきである。

 

 



 目次

外国人の人権(5-2)社会権・

・最判平成16年1月15日 外国人と国民健康保険の被保険者資格


要旨

1 外国人が国民健康保険法5条所定の「住所を有する者」に該当するかどうかを判断する際には,在留資格の有無,その者の有する在留資格及び在留期間が重要な考慮要素となり,在留資格を有しない外国人がこれに該当するためには,単に保険者である市町村の区域内に居住しているという事実だけでは足りず,少なくとも,当該外国人が当該市町村を居住地とする外国人登録をして在留特別許可を求めており,入国の経緯,入国時の在留資格の有無及び在留期間,その後における在留資格の更新又は変更の経緯,配偶者や子の有無及びその国籍等を含む家族に関する事情,我が国における滞在期間,生活状況等に照らし,当該市町村の区域内で安定した生活を継続的に営み,将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いと認められることが必要である。

2 寄港地上陸許可を得て上陸し,上陸期間経過後も我が国に残留している外国人甲は,出生国での永住資格を喪失し,国籍も確認されない特殊な境遇から,やむなく残留し続けたもので,自ら入国管理局に出頭したにもかかわらず,不法滞在状態を解消することができなかったこと,甲の我が国での滞在期間は約22年間に及んでおり,国民健康保険の被保険者証の交付請求当時の居住地において稼働しながら,約13年間にわたり妻と我が国で出生した2人の子と共に家庭生活を営んできたこと,上記請求前に外国人登録をして在留特別許可を求めていたことなど判示の事情の下においては,国民健康保険法5条所定の「住所を有する者」に該当する。

(1,2につき意見がある。)

 

判旨

 1 本件は,在留資格を有しない外国人である上告人が,国民健康保険法(平成11年法律第160号による改正前のもの。以下「法」という。)9条2項に基づき,被上告人横浜市の委任を受けた横浜市a区長に対し,国民健康保険の被保険者証の交付を請求したところ,法5条所定の被保険者に該当しないとして被保険者証を交付しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,被上告人国が同条につき誤った解釈を前提とする通知を発し,横浜市a区長がこれに従ったことにより違法な本件処分がされたと主張して,被上告人らに対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を請求した事案である。

 4 法は,国民健康保険事業の健全な運営を確保し,もって社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とする(1条)ものであり,市町村及び特別区(以下,単に「市町村」という。)を保険者とし(3条1項),市町村の区域内に住所を有する者を被保険者として当該市町村が行う国民健康保険に強制的に加入させた上(5条),被保険者の疾病,負傷,出産又は死亡に関して必要な保険給付を行い(2条),被保険者の属する世帯の世帯主が納付する保険料(76条)又は国民健康保険税(地方税法703条の4)のほか,国の負担金(法69条1項,70条),調整交付金(72条)及び補助金(74条),都道府県及び市町村の補助金及び貸付金(75条),市町村の一般会計からの繰入金(72条の2)等をその費用に充てるものとしている。そして,法は,上記のとおり被保険者を規定した上で,その適用除外者を列挙し(6条),当該市町村の区域内に住所を有するに至った日又は6条各号のいずれにも該当しなくなった日からその資格を取得する(7条)ものとしている。昭和56年厚生省令第66号による改正前の国民健康保険法施行規則(昭和33年厚生省令第53号)1条2号は,「その他特別の理由がある者で厚生省令で定めるもの」を適用除外とする法6条8号の規定を受けて,「日本の国籍を有しない者。ただし,日本国との条約により,日本の国籍を有する者に対して,国民健康保険に相当する制度を定める法令の適用につき,内国民待遇を与えることを定めている国の国籍を有する者,日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法(昭和40年法律第146号)第1条の許可を受けている者及び条例で定める国の国籍を有する者を除く。」を適用除外者として規定していたが,難民の地位に関する条約(昭和56年条約第21号)及び難民の地位に関する議定書(昭和57年条約第1号)が締約されたのを受けて,昭和56年厚生省令第66号によって国民健康保険法施行規則1条2号ただし書に「難民の地位に関する条約第1条の規定又は難民の地位に関する議定書第1条の規定により同条約の適用を受ける難民」が加えられ,さらに昭和61年厚生省令第6号によって国民健康保険法施行規則1条2号が削除された。

 このように,国民健康保険は,市町村が保険者となり,その区域内に住所を有する者を被保険者として継続的に保険料等の徴収及び保険給付を行う制度であることに照らすと,法5条にいう「住所を有する者」は,市町村の区域内に継続的に生活の本拠を有する者をいうものと解するのが相当である。そして,法は,5条において被保険者を定める一方,6条においてその適用除外者を定めており,日本の国籍を有しない者は,法制定当初は適用除外者とされていたものの,その後,これを適用除外者とする規定が削除されたことにかんがみれば,法5条が,日本の国籍を有しない者のうち在留資格を有しないものを被保険者から一律に除外する趣旨を定めた規定であると解することはできない。一般的には,社会保障制度を外国人に適用する場合には,そのよって立つ社会連帯と相互扶助の理念から,国内に適法な居住関係を有する者のみを対象者とするのが一応の原則であるということができるが,具体的な社会保障制度においてどの範囲の外国人を適用対象とするかは,それぞれの制度における政策決定の問題であり(最高裁昭和50年(行ツ)第98号同53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号435頁参照),法の規定や国民健康保険法施行規則の改廃の経緯に照らして,法が上記の原則を当然の前提としているものと解することができないことは上述のとおりである。また,国民健康保険は,国民の税負担に由来する補助金や一般会計からの繰入金等によって費用の一部が賄われているとはいえ,基本的には,被保険者の属する世帯の世帯主が納付する保険料又は国民健康保険税によって保険給付を行う保険制度の一種であるから,我が国に適法に在留する資格のない外国人を被保険者とすることが国民健康保険の制度趣旨に反するとまでいうことはできない(なお,国民健康保険法(平成11年法律第160号による改正後のもの)6条8号は,「その他特別の理由がある者で厚生労働省令で定めるもの」を適用除外とする旨を定め,これを受けて,平成14年厚生労働省令117号による改正後の国民健康保険法施行規則1条は,「特別の事由のある者で条例で定めるもの」を適用除外者として規定しているところ,社会保障制度を外国人に適用する場合には,その対象者を国内に適法な居住関係を有する者に限定することに合理的な理由があることは上述のとおりであるから,国民健康保険法施行規則又は各市町村の条例において,在留資格を有しない外国人を適用除外者として規定することが許されることはいうまでもない。)。

 もっとも,我が国に在留する外国人は,憲法上我が国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁),入管法及び他の法律に特別の規定がある場合を除き,当該外国人に対する上陸許可若しくは当該外国人の取得に係る在留資格又はそれらの変更に係る在留資格をもって在留し(入管法2条の2第1項),各在留資格について法務省令で定められた在留期間に限って在留することが認められるにすぎない(同法2条の2第3項)。在留期間の更新を受けようとする外国人は,法務大臣に対し在留期間の更新を申請しなければならず(同法21条2項),法務大臣は,当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り,これを許可することができる(同条3項)。そして,我が国に不法に入国した者はもとより,寄港地上陸の許可等を受け,又は在留資格を得て適法に入国した者であっても,旅券又は当該許可書に記載された期間を経過して残留し,又は在留期間の更新若しくは変更を受けないで在留期間を経過して残留するものについては,我が国からの退去を強制することができる(同法24条1号,2号,4号ロ,6号等)ものとされている。このような我が国に在留する外国人の法的地位にかんがみると,外国人が法5条所定の「住所を有する者」に該当するかどうかを判断する際には,当該外国人が在留資格を有するかどうか,その者の有する在留資格及び在留期間がどのようなものであるかが重要な考慮要素となるものというべきである。そして,在留資格を有しない外国人は,入管法上,退去強制の対象とされているため,その居住関係は不安定なものとなりやすく,将来にわたって国内に安定した居住関係を継続的に維持し得る可能性も低いのであるから,在留資格を有しない外国人が法5条所定の「住所を有する者」に該当するというためには,単に市町村の区域内に居住しているという事実だけでは足りず,少なくとも,当該外国人が,当該市町村を居住地とする外国人登録をして,入管法50条所定の在留特別許可を求めており,入国の経緯,入国時の在留資格の有無及び在留期間,その後における在留資格の更新又は変更の経緯,配偶者や子の有無及びその国籍等を含む家族に関する事情,我が国における滞在期間,生活状況等に照らし,当該市町村の区域内で安定した生活を継続的に営み,将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いと認められることが必要であると解するのが相当である。

 

 5 これを本件についてみると,【要旨2】前記事実関係等によれば,① 上告人は,寄港地上陸許可を得て上陸し,上陸期間経過後も我が国に残留している外国人であるが,② いわゆる在外華僑として大韓民国で出生し,同国での永住資格を喪失し,台湾でも国籍が確認されないという特殊な境遇にあったため,やむなく我が国に残留し続け,この間,不法滞在状態を解消するため,2度にわたり,自ら入国管理局に出頭したものの,上記事情から不法滞在状態を解消することができず,その後入国管理局からは何の連絡もなかったものであり,③ 本件処分までの滞在期間は約22年間もの長期に及び,本件処分当時の居住地である横浜市では,調理師として稼働しながら,約13年間にわたって妻と我が国で生まれた2人の子と共に定住して家庭生活を営んできたものであって,④ 本件請求時には,横浜市を居住地とする外国人登録をして,在留特別許可を求めており,その約半年後には,在留資格を定住者とする在留特別許可を受けたというのである。これらの事情に照らせば,上告人は,被上告人横浜市の区域内で家族と共に安定した生活を継続的に営んでおり,将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いものと認められ,法5条にいう「住所を有する者」に該当するというべきである。

 

 

 

 

 

 

【裁判官横尾和子,同泉徳治の意見】

 私たちは,本件処分が違法とはいえないとした原審の判断を正当と考える。その

理由は,次のとおりである。

 1 国民健康保険制度は,市町村を保険者とし,当該市町村の区域内に住所を有する者を被保険者としている。今日,国民健康保険制度の維持運営には,国,都道府県及び市町村から相当額の予算が投入されているとはいえ,同制度は,当該市町村の区域内に住所を有する者を被保険者として強制加入させて保険団体を形成した上,被保険者の属する世帯の世帯主に保険料又は国民健康保険税の納付を義務付けて共同の基金を作り,これを主たる財源の一つとして,偶発的に疾病等の保険事故に遭遇した住民に療養等の保険給付を行い,当該住民個人の経済的負担を市町村の住民全員で分担するもので,住民の相扶共済の精神に立脚した地域保険である(最高裁昭和30年(オ)第478号同33年2月12日大法廷判決・民集12巻2号190頁参照)。この地域保険としての性格は,制度発足以来変わるところがなく,国民健康保険制度の健全な維持運営のためには,住民の強制加入と,大数の法則,収支均等の原則を基本として算出される保険料等の徴収が不可欠であり,また,疾病等が発生した場合に初めて加入するという,保険事故の偶発性を排除するいわゆる逆選択を防止する必要もある。国民健康保険の被保険者を定める法5条の「住所」は,客観的居住の事実を基礎とし,これに当該居住者の主観的居住意思を総合して認定するべきであるが,国民健康保険の上記のような地域保険としての性格に照らし,この居住には継続性・安定性が要求される。

  2 そして,上記の居住の継続性・安定性の要請から,外国人が日本国内に法5条の住所を有するというためには,入管法により相当の在留資格と在留期間を付与され,法律上も一定期間継続して適法に居住し得る地位にあることが必要であるというべきである。在留資格を有しない外国人は,いつでも日本から退去を強制され得る状態にあり(入管法24条),処罰の対象ともされているのであって(入管法70条),日本国内での居住を保障されておらず,日本国内に生活の本拠を置くことが法律上認められていないというべきであるから,その居住地を法5条の住所と評価することはできない。在留資格を有しない不法滞在外国人は,地域保険たる国民健康保険の被保険者となるになじまないものというべきである。

 3 上告人は,昭和60年12月ころから,配偶者及び2人の子と共に,いずれも在留資格のないまま横浜市a区内に居住していたが,平成10年3月,子の1人が脳腫瘍に罹患していることが判明し,同年5月1日,東京入国管理局横浜支局において在留特別許可を申請し,同月20日付けで,横浜市a区長に対し国民健康保険被保険者証の交付を求める申請をしたところ,被上告人横浜市の委任を受けた同区長は,同年6月9日,上告人に対し,上告人には在留資格がなく,法5条所定の被保険者に該当しないことを理由に国民健康保険被保険者証を交付しない旨の本件処分をした。同区長が在留資格のない上告人に対し本件処分を行ったことは,上記のような理由により適法である。そして,同区長は,上告人が同年11月24日に在留資格を「定住者」,在留期間を1年とする在留特別許可を取得したのを受けて,翌25日付けで上告人に対し国民健康保険被保険者証を交付した。すなわち,同区長は,同年5月1日に在留特別許可を申請した上告人が,約半年後に在留特別許可を付与されたのを待って,その翌日には国民健康保険被保険者証を交付しているのであるから,本件処分を含めた同区長の上記一連の行為に違法と評価すべきものはない。上告人は,在留特別許可の申請をした約20日後に国民健康保険被保険者証の交付を申請しているが,このような場合に国民健康保険被保険者証を直ちに交

付すべきものとすれば,前記のいわゆる逆選択を招くおそれがあるといわなければ

ならない。原審の判断は正当である。

 4 法廷意見は,在留資格のない外国人について,外国人登録をしていること及び入管法50条所定の在留特別許可を求めていることを条件とした上で,当該市町村の区域内で安定した生活を継続的に営み,将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いと認められる場合には,当該外国人を法5条の「住所を有する者」と認定すべきであるという。法廷意見は,言葉を換えれば,在留特別許可が与えられる可能性が高い場合は,当該外国人を法5条の「住所を有する者」と認定すべきであるというものであり,国民健康保険の保険者たる市町村の長に対し在留特別許可の与えられる可能性をあらかじめ判断させ,その判断を誤って国民健康保険被保険者証不交付処分を行えば,当該処分は違法の評価を受けるというものである。しかし,在留特別許可の付与は,国家主権発動の一つとして政府(所管者法務大臣)が一元的に行うものであり,しかも政府の広範な裁量にゆだねられているものである(最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁,最高裁昭和34年(オ)第32号同34年11月10日第三小法廷判決・民集13巻12号1493頁,最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。このような出入国管理制度の建前に照らし,市町村長に上記のような判断を求めることは相当でない(むしろ,市町村長は,入管法62条2項の規定により,不法残留者を通報すべき義務を課せられているのである。)。

 

外国人の人権(5-1)社会権・最判平成元年3月2日 塩見訴訟

 目次

 

・最判平成元年3月2日 塩見訴訟

要旨

国民年金法(昭和五六年法律第八六号による改正前のもの)一八一条一項の障害福祉年金の支給について適用される同法五六条一項ただし書は、憲法二五条、一四条一項に違反しない。

 

判旨

 一 原審の適法に確定したところによれば、本件の事実関係は次のとおりである。 上告人は、昭和九年六月二五日大阪市で出生し、幼少のころ罹患したはしかによつて失明し、昭和三四年一一月一日において昭和五六年法律第八六号による改正前の国民年金法(以下「法」という。)別表に定める一級に該当する程度の廃疾の状態にあつた。上告人は、昭和三四年一一月一日においては大韓民国籍であつたところ、昭和四五年一二月一六日帰化によつて日本国籍を取得した。上告人は、法八一条一項の障害福祉年金の受給権者であるとして、被上告人に対し右受給権の裁定を請求したところ、被上告人は、昭和四七年八月二一日同請求を棄却する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。本件処分の理由は、上告人は昭和三四年一一月一日において日本国民でなかつたから法八一条一項の障害福祉年金の受給権を有しないというものであつた。

 二 法八一条一項は、昭和一四年一一月一日以前に生まれた者が、昭和三四年一一月一日以前になおつた傷病により、昭和三四年一一月一日において法別表に定める一級に該当する程度の廃疾の状態にあるときは、法五六条一項本文の規定にかかわらず、その者に同条の障害福祉年金を支給する旨規定しているが、法五六条一項ただし書は廃疾認定日において日本国民でない者に対しては同条の障害福祉年金を支給しない旨規定しており、法八一条一項の障害福祉年金の支給に関しても当然に法五六条一項ただし書の規定の適用があるから、法八一条一項の障害福祉年金は、廃疾の認定日である昭和三四年一一月一日において日本国民でない者に対しては支給されないものと解すべきである。

 三 そこで、まず、法八一条一項が受ける法五六条一項ただし書の規定(以下「国籍条項」という。)及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によつて日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金の支給をしないことが、憲法二五条の規定に違反するかどうかについて判断する。

 憲法二五条は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきこと(一項)並びに社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきこと(二項)を国の責務として宣言したものであるが、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条二項によつて国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきこと、そして、同条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であつて、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、同条の規定の趣旨を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするから、同条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するに適しない事柄であるというべきことは、当裁判所大法廷判決(昭和二三年(れ)第二〇五号同年九月二九日判決・刑集二巻一〇号一二三五頁、昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日判決・民集三六巻七号一二三五頁)の判示するところである。

 そこで、本件で問題とされている国籍条項が憲法二五条の規定に違反するかどうかについて考えるに、国民年金制度は、憲法二五条二項の規定の趣旨を実現するため、老齢、障害又は死亡によつて国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によつて防止することを目的とし、保険方式により被保険者の拠出した保険料を基として年金給付を行うことを基本として創設されたものであるが、制度発足当時において既に老齢又は一定程度の障害の状態にある者、あるいは保険料を必要期間納付することができない見込みの者等、保険原則によるときは給付を受けられない者についても同制度の保障する利益を享受させることとし、経過的又は補完的な制度として、無拠出制の福祉年金を設けている。法八一条一項の障害福祉年金も、制度発足時の経過的な救済措置の一環として設けられた全額国庫負担の無拠出制の年金であつて、立法府は、その支給対象者の決定について、もともと広範な裁量権を有しているものというべきである。加うるに、社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、国は、特別の条約の存しない限り、当該外国人の属する国との外交関係、変動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下で福祉的給付を行うに当たり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも、許されるべきことと解される。したがつて、法八一条一項の障害福祉年金の支給対象者から在留外国人を除外することは、立法府の裁量の範囲に属する事柄と見るべきである。

 また、経過的な性格を有する右障害福祉年金の給付に関し、廃疾の認定日である制度発足時の昭和三四年一一月一日において日本国民であることを要するものと定めることは、合理性を欠くものとはいえない。昭和三四年一一月一日より後に帰化により日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金を支給するための措置として、右の者が昭和三四年一一月一日に遡り日本国民であつたものとして扱うとか、あるいは国籍条項を削除した昭和五六年法律第八六号による国民年金法の改正の効果を遡及させるというような特別の救済措置を講ずるかどうかは、もとより立法府の裁量事項に属することである。

 そうすると、国籍条項及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によつて日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金の支給をしないことは、憲法二五条の規定に違反するものではないというべく、以上は当裁判所大法廷判決(昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日判決・民集三六巻七号一二三五頁、昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。

 

 四 次に、国籍条項及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によつて日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金の支給をしないことが、憲法一四条一項の規定に違反するかどうかについて考えるに、憲法一四条一項は法の下の平等の原則を定めているが、右規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであつて、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではないのである(最高裁昭和三七年(あ)第九二七号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五七九頁、同昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁参照)。ところで、法八一条一項の障害福祉年金の給付に関しては、廃疾の認定日に日本国籍がある者とそうでない者との間に区別が設けられているが、前示のとおり、右障害福祉年金の給付に関し、自国民を在留外国人に優先させることとして在留外国人を支給対象者から除くこと、また廃疾の認定日である制度発足時の昭和三四年一一月一日において日本国民であることを受給資格要件とすることは立法府の裁量の範囲に属する事柄というべきであるから、右取扱いの区別については、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条一項に違反するものということはできない。

 

 五 さらに、国籍条項が憲法九八条二項に違反するかどうかについて判断する。

 所論の社会保障の最低基準に関する条約(昭和五一年条約第四号。いわゆるILO第一〇二号条約)六八条1の本文は「外国人居住者は、自国民居住者と同一の権利を有する。」と規定しているが、そのただし書は「専ら又は主として公の資金を財源とする給付又は給付の部分及び過渡的な制度については、外国人及び自国の領域外で生まれた自国民に関する特別な規則を国内の法令で定めることができる。」と規定しており、全額国庫負担の法八一条一項の障害福祉年金に係る国籍条項が同条約に違反しないことは明らかである。また、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第六号)九条は「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」と規定しているが、これは、締約国において、社会保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し、右権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであつて、個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではない。このことは、同規約二条1が締約国において「立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成する」ことを求めていることからも明らかである。したがつて、同規約は国籍条項を直ちに排斥する趣旨のものとはいえない。さらに、社会保障における内国民及び非内国民の均等待遇に関する条約(いわゆるILO第一一八号条約)は、わが国はいまだ批准しておらず、国際連合第三回総会の世界人権宣言、同第二六回総会の精神薄弱者の権利宣言、同第三〇回総会の障害者の権利宣言及び国際連合経済社会理事会の一九七五年五月六日の障害防止及び障害者のリハビリテーシヨンに関する決議は、国際連合ないしその機関の考え方を表明したものであつて、加盟国に対して法的拘束力を有するものではない。以上のように、所論の条約、宣言等は、わが国に対して法的拘束力を有しないか、法的拘束力を有していても国籍条項を直ちに排斥する趣旨のものではないから、国籍条項がこれらに抵触することを前提とする憲法九八条二項違反の主張は、その前提を欠くというべきである。

 六 以上と同旨の見解に立つて本件処分を適法とした原審の判断は、正当として

是認することができる。論旨は、採用することができない。

 


 目次


外国人の人権(4-4)公務就任権

【・最大判平成17年1月26日 外国人公務員東京都管理職選考受験訴訟】

【裁判官泉徳治の反対意見】

 

1 被上告人は,昭和25年に岩手県で出生した特別永住者であり,日本の法律に従い昭和61年に看護婦免許,昭和63年に保健婦免許をそれぞれ受け,同年4月に東京都日野保健所の保健婦として採用され,平成5年4月から東京都八王子保健所西保健相談所に4級職主任の保健婦として勤務していた(なお,記録によると,被上告人の母は,日本人であったが,昭和10年に日本において朝鮮人と婚姻し,内地戸籍から除籍されて朝鮮戸籍に入籍し,日本国との平和条約の発効に伴い日本国籍を喪失した。また,被上告人は,日本において,義務教育を受け,高等学校,専門学校を卒業している。)。

2 被上告人は,東京都人事委員会により,日本国籍を有しないことを理由として,平成6年度及び平成7年度の管理職選考(以下「本件管理職選考」という。)の受験を拒否された。管理職選考の受験資格として日本国籍を有することが必要であることを定めた東京都条例や東京都人事委員会規則はない。東京都人事委員会は,平成6年度管理職選考実施要綱では,日本国籍の要否について触れていなかったが,平成7年度管理職選考実施要綱で,初めて,受験資格としxて日本国籍を有することが必要であることを定めた。

3 国家は,国際慣習法上,外国人を自国内に受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを,自由に決定することができるものとされている(最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁,最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。国は,国家主権の一部として上記のような自由裁量権を有するのであり,地方公共団体にはかかる裁量権がないから,地方公共団体は,国が日本における在留を認めた外国人について,当該地方公共団体内における活動を自由に制限できるものではない。

4 そこで,まず,特別永住者が地方公務員(選挙で選ばれる職を除く。以下同じ。)となり得るか否かに関連して,国が法令においてどのような定めをしているかを見ることとする。

(1) 国は,日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法3条において,特別永住者に対し日本で永住することができる地位を与えている。特別永住者は,出入国管理及び難民認定法2条の2第1項の「他の法律に特別の規定がある場合」に該当する者として,同法の在留資格を有することなく日本で永住することができ,日本における就労活動その他の活動について同法による制限を受けない。そして,地方公務員法等の他の法律も,特別永住者が地方公務員となることを制限してはいない。

(2) 憲法3章の諸規定による基本的人権の保障は,権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き,我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶと解すべきである(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。そして,憲法14条1項が保障する法の下の平等原則は,外国人にも及ぶ(最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁参照)。また,憲法22条1項が保障する職業選択の自由も,特別永住者に及ぶと解すべきである。

5 上記のように,国家主権を有する国が,法律で,特別永住者に対し永住権を与えつつ,特別永住者が地方公務員になることを制限しておらず,一方,憲法に規定する平等原則及び職業選択の自由が特別永住者にも及ぶことを考えれば,特別永住者は,地方公務員となることにつき,日本国民と平等に扱われるべきであるということが,一応肯定されるのである。

 6 そこで,次に,地方公共団体において,特別永住者が地方公務員となることを,一定の範囲で制限することが許されるかどうかを検討する。

 (1) 憲法14条1項は,絶対的な平等を保障したものではなく,合理的な理由なくして差別することを禁止する趣旨であって,各人の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは,その区別が合理性を有する限り,何ら上記規定に違反するものではない(最高裁昭和55年(行ツ)第15号同60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)。また,憲法22条1項は,「公共の福祉に反しない限り」という留保の下に職業選択の自由を認めたものであって,合理的理由が存すれば,特定の職業に就くことについて,一定の条件を満たした者に対してのみこれを認めるということも許される(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。

 (2) 憲法前文及び1条は,主権が国民に存することを宣言し,国政は国民の厳粛な信託によるものであって,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使することを明らかにしている。国民は,この国民主権の下で,憲法15条1項により,公務員を選定し,及びこれを罷免することを,国民固有の権利として保障されているのである。そして,国民主権は,国家権力である立法権・行政権・司法権を包含する統治権の行使の主体が国民であること,すなわち,統治権を行使する主体が,統治権の行使の客体である国民と同じ自国民であること(これを便宜上「自己統治の原理」と呼ぶこととする。)を,その内容として含んでいる。地方公共団体における自治事務の処理・執行は,法律の定める範囲内で行われるものであるが,その範囲内において,上記の自己統治の原理が,自治事務の処理・執行についても及ぶ。そして,自己統治の原理は,憲法の定める国民主権から導かれるものであるから,地方公共団体が,自己統治の原理に従い自治事務を処理・執行するという目的のため,特別永住者が一定範囲の地方公務員となることを制限する場合には,正当な目的によるものということができ,その制限が目的達成のため必要かつ合理的な範囲にとどまる限り,上記制限の合憲性を肯定することができると解される。

 ただし,国が法律により特別永住者に対し永住権を認めるとともに,その活動を特に制限してはいないこと,地方公共団体は特別永住者の活動を自由に制限する権限を有しないこと,地方公共団体は法律の範囲内で自治事務を処理・執行する立場にあることを考慮すれば,地方公共団体が,自己統治の原理から特別永住者の就任を制限できるのは,自己統治の過程に密接に関係する職員,換言すれば,広範な公共政策の形成・執行・審査に直接関与し自己統治の核心に触れる機能を遂行する職員,及び警察官や消防職員のように住民に対し直接公権力を行使する職員への就任の制限に限られるというべきである。自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員への就任の制限を,自己統治の原理でもって合理化することはできない。

 (3) また,地方公共団体は,自治事務を適正に処理・執行するという目的のために,特別永住者が一定範囲の地方公務員となることを制限する必要があるというのであれば,当該地方公務員が自己統治の過程に密接に関係する職員でなくても,合理的な制限として許される場合もあり得ると考えられる。ただし,特別永住者は,本来,憲法が保障する法の下の平等原則及び職業選択の自由を享受するものであり,かつ,地方公務員となることを法律で特に制限されてはいないのである。そして,職業選択の自由は,単に経済活動の自由を意味するにとどまらず,職業を通じて自己の能力を発揮し,自己実現を図るという人格権的側面を有しているのである。

 その上,特別永住者は,その住所を有する地方公共団体の自治の担い手の一人である。すなわち,憲法8章の地方自治に関する規定は,法律の定めるところによりという限定は付しているものの,住民の日常生活に密接に関連する地方公共団体の事務は,国が関与することなく,当該地方公共団体において,その地方の住民の意思に基づいて処理するという地方自治の制度を定め,「住民」を地方自治の担い手として位置付けている。これを受けて,地方自治法10条は,「市町村の区域内に住所を有する者は,当該市町村及びこれを包括する都道府県の住民とする。住民は,法律の定めるところにより,その属する普通地方公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有し,その負担を分任する義務を負う。」と規定し,「住民」が地方自治の運営の主体であることを定めている。そして,この住民には,日本国民だけでなく,日本国民でない者も含まれる。もっとも,同法は,地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権・被選挙権(11条,18条,19条),条例制定改廃請求権(12条),事務監査請求権(12条),議会解散請求権(13条),議会の議員,長,副知事若しくは助役,出納長若しくは収入役,選挙管理委員若しくは監査委員又は公安委員会若しくは教育委員会の委員の解職請求権(13条)など,地方参政権の中核となる権利については,日本国民たる住民に限定しているが,原則的には,日本国民でない者をも含めた住民一般を地方自治運営の主体として位置付け,これに住民監査請求権(242条),住民訴訟提起権(242条の2)なども付与している。特別永住者は,上記のような制限はあるものの,当該地方公共団体の住民の一人として,その自治事務に参加する権利を有しているものということができる。当該地方公共団体の住民ということでは,特別永住者も,他の在留資格を持って在留する外国人住民も,変わるところがないといえるかも知れないが,当該地方公共団体との結び付きという点では,特別永住者の方がはるかに強いものを持っており,特別永住者が通常は生涯にわたり所属することとなる共同社会の中で自己実現の機会を求めたいとする意思は十分に尊重されるべく,特別永住者の権利を制限するについては,より厳格な合理性が要求される。

 以上のような,特別永住者の法的地位,職業選択の自由の人格権的側面,特別永住者の住民としての権利等を考慮すれば,自治事務を適正に処理・執行するという目的のために,特別永住者が自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員となることを制限する場合には,その制限に厳格な合理性が要求されるというべきである。換言すると,具体的に採用される制限の目的が自治事務の処理・執行の上で重要なものであり,かつ,この目的と手段たる当該制限との間に実質的な関連性が存することが要求され,その存在を地方公共団体の方で論証したときに限り,当該制限の合理性を肯定すべきである。

 7 以上の観点から,東京都人事委員会が特別永住者である被上告人に対し本件管理職選考の受験を拒否した行為が許容されるものかどうかを検討する。

 (1) 本件管理職選考は,「課長級の職」への第一次選考である。課長級の職には,自己統治の過程に密接に関係する職員が含まれていることは明らかで,自己統治の原理に従い自治事務を処理・執行するという目的の下に,特別永住者が上記職員となることを制限しても,それは合理的制限として許容される。 

 しかし,本件管理職選考は,知事,公営企業管理者,議会議長,代表監査委員,教育委員会,選挙管理委員会,海区漁業調整委員会又は人事委員会に任命権がある職員の課長級の職への第一次選考であって,選考対象の範囲が極めて広く,「課長級の職」がすべて自己統治の過程に密接に関係する職員であると当然にいうことはできない。

 上告人は,課長級の職は,事案の決定権限を有するか,事案の決定権限は有しないが事案の決定に参画することにより,すべて事案の決定過程に関与しているものであり,公の意思の形成に参画しているものである,と主張する。しかし,事案の決定あるいは公の意思の形成といっても,その内容・性質は各種・各様であって,地方公共団体の課長級の職員が行うこれらの行為のすべてが,広範な公共政策の形成・執行・審査に直接関与し自己統治の核心に触れる機能を遂行するものと評価することは困難である。

 もともと,課長級の職員も,地方公務員の一員として,政治的行為をすることを禁じられているとともに,その職務を遂行するに当たって,法令,条例,地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い,かつ,上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない義務を負っていることに留意すべきである(地方公務員法32条及び36条参照)。

 また,原審は,上告人の管理職の中には,計画の企画や専門分野の研究を行うなどのスタッフとしての職務を行い,事案の決定権限を有せず,事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ない管理職も若干存在していることを指摘している。

 そして,上告人の東京都組織規程(昭和27年東京都規則第164号)によると,知事及び出納長の権限に属する事務を処理するための機関だけでも,8条で掲げる「本庁」の局・室・課のほか,31条及び別表3で掲げる「本庁行政機関」,34条及び別表4で掲げる「地方行政機関」(その一つである保健所だけでも8箇所存在する。)及び37条で掲げる「附属機関」があり,上告人は,多数の機関で広範な事務を処理している。

 さらに,上告人は,職員の給与に関する条例(昭和26年東京都条例第75号)5条所定の医療職給料表(三)が適用される保健師,助産師,看護師,准看護師の採用については,国籍要件を付していないが,初任給,昇格及び昇給等に関する規則(昭和48年東京都人事委員会規則第3号)3条及び別表第1チ「医療職給料表(三)級別標準職務表」は,7級の標準的な職務として本庁の課長の職務等,8級の標準的な職務として本庁の統括課長の職務等を掲げており,医療職給料表(三)の適用職員が課長級の職員となることを予定している。

 以上のような状況からすれば,課長級の職には,自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員が相当数含まれていることがうかがわれるのである。 そうすると,自己統治の原理に従い自治事務を処理・執行するという目的を達成する手段として,特別永住者に対し「課長級の職」への第一次選考である本件管理職選考の受験を拒否するということは,上記目的達成のための必要かつ合理的範囲を超えるもので,過度に広範な制限といわざるを得ず,その合理性を否定せざるを得ない。

 (2) 次に,上告人は,本件管理職選考に合格した者は候補者名簿に登載し,数年後に最終的な選考を経て管理職に任用するところ,最終的な選考に合格した者については,職種ごとの任用管理は行っておらず,他の職種の管理職に就かせることもあるとともに,まず出先課長に任用し,次に本庁副参事へ,更に本庁課長へと昇任させる等の任用を行っており,また,同一人を特定の職に退職まで在籍させるということは行っていないから,退職までの昇任過程において必然的に事案決定権限を有する職に就かせることになるので,特別永住者に対し本件管理職選考の受験そのものを拒否することが許される旨主張する。  事案決定権限を行使することがそのまま自己統治の過程に密接に関係することにならないことは,前述のとおりである。上告人の上記主張は,上告人の昇任管理ないし人事管理の下では,本件管理職選考に合格した者はいずれ自己統治の過程に密接に関係する職に就かせることになるから,この昇任管理ないし人事管理政策の遂行のため,特別永住者に対して本件管理職選考の受験そのものを拒否し,「課長級の職」の中で自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員となることも制限することが許されるべきであるとの主張を含むものと解して,その是非を検討することにする。かかる場合の制限が正当化されるためには,前述のとおり,具体的に採用される制限の目的(すなわち,上告人の昇任管理ないし人事管理政策を実施すること。)が自治事務を処理・執行する上において重要なものであり,かつ,この目的と手段たる当該制限(すなわち,特別永住者に対し本件管理職選考の受験を拒否し,「課長級の職」の中の自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員となることを制限すること。)との間に実質的な関連性が存することが必要である。 上告人の上記昇任管理ないし人事管理政策を実施するためという目的は,自治事務を適正に処理・執行する上において合理性を有するものであって,一応の正当性を肯定することができるが,特別永住者に対し法の下の平等取扱い及び職業選択の自由の面で不利益を与えることを正当化するほど,自治事務を処理・執行する上で重要性を有する目的とはいい難い。

 また,4級の職員が第一次選考である本件管理職選考に合格しても,直ちに課長級の職に就くわけではなく,更に選考を経て5級及び6級の職をそれぞれ数年間は経験しなければならないのであり,上告人が多数の機関を擁し,多数の課長級の職を設けていることを考えれば,特別永住者に本件管理職選考の受験を認め,将来において課長級の職に昇任させた上,自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員に任用しても,上告人の昇任管理ないし人事管理政策の実施にさほど支障が生ずるものとは考えられず,特別永住者に対し本件管理職選考の受験自体を拒否し,自己統治の過程に密接に関係する職員以外の職員になることを制限するという手段が,上告人の昇任管理ないし人事管理政策の実施という目的と実質的な関連性を有するとはいい難い。

 したがって,上記の制限をもって合理的なものということはできない。

 8 以上のとおり,特別永住者である被上告人に対する本件管理職選考の受験拒

否は,憲法が規定する法の下の平等及び職業選択の自由の原則に違反するものであ

ることを考えると,国家賠償法1条1項の過失の存在も,これを肯定することがで

きるものというべきである。

 9 したがって,以上と同旨の原審の判断は正当であり,本件上告は棄却すべき

ものと考える。

 



 目次

外国人の人権(4-3)公務就任権1

【・最大判平成17年月26日 外国人公務員東京都管理職選考受験訴訟】

【裁判官滝井繁男の反対意見】

 1 私も,外国籍を有する者が我が国の公務員に就任するについては,国民主権の原理から一定の制約があるほか,一定の職に就任するにつき日本国籍を有することを要件と定めることも,法律においてこれを許容し,かつ,合理的な理由がある限り,認めるものである。しかしながら,上告人のように,多数の者が多様な仕事をしている地方公共団体において,その管理職に就く者が,その職務の性質にかかわらず,すべて日本国籍を有しなければならないものとすることには,その合理的根拠を見いだすことはできない。したがって,上告人が管理職選考において日本国籍を有することを受験資格とした措置は,在留外国人である職員に対し国籍のみによって昇任のみちを閉ざしたものであり,憲法14条に由来し,国籍を理由として差別することを禁じた労働基準法3条の規定に反する違法なものであると考える。以下,その理由を述べる。

 2(1) 国民主権の原理の下では,統治に参加することができるのはその国に帰属する者だけであって,参政権を保障されているのはその国民だけである。そして,国民は統治の担い手となる者を自由に選び得るのであるが,国の主体性の維持及び独立の見地から,統治権の重要な担い手になる者については外国人を排除すべきものとされているのである。

 (2) 憲法15条1項は,公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利であると定めているが,これは,国民主権の原理に基づいたものであって,権利の性質上この規定による保障は我が国に在留する外国人には及ばないものと解されているのである。

 (3) 憲法93条2項は,地方公共団体の長,その議会の議員及び法律の定める公務員についてもその地方公共団体の住民が直接選挙すると規定しているが,ここで権利を保障されているのも日本国民に限られている。

 我が国実定法も,これに基づいて公務員の選定に関する規定を置いており,地方公共団体についていえば,地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権,被選挙権を国民に限定する(地方自治法11条,18条,19条)ほか,国民にのみ,議会解散請求権,議会の議員,長,副知事若しくは助役,出納長若しくは収入役,選挙管理委員若しくは監査委員又は公安委員会委員並びに教育委員会委員の解職請求権などを認めているのである(同法13条)。

 しかしながら,我が国憲法は,住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務についてはその地方の住民の意思に基づいて,地方公共団体で処理することを保障していることから,我が国に在留する外国人のうち,その居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つ者については,その意思をその地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるため,法律によって,地方公共団体の長,その議員等に対する選挙権を付与することを禁止しているものではないのである(最高裁平成5年(行ツ)第163号同7年2月28日第三小法廷判決・民集49巻2号639頁参照)。

 すなわち,我が国実定法は,一定の公務員に関する選挙権及び被選挙権については日本国民に限定してこれを付与しているが,そうであるからといって,参政権の側面を持つ権利のすべてについて,国民主権の原理からの帰結として当然に,その保障が日本国民に限られることになるというものではないのである。

 (4) 本件で問題になっているのは,選挙権,被選挙権のように,その憲法上の保障が日本国民に限られることが国民主権の原理から帰結される権利ではなく,ある公務に就くことができるかどうかの資格である。すべての公務員の選任は,終局的には国民の意思に懸かるべきものであって,その意味でその選任に参政権的な側面があるとしても,すべての公務員に就任するについてその職務の性質を問うことなく,国民主権の原理の当然の帰結として日本国籍が求められているというものではないのである。

 私は,地方行政においては,国民による統治の根本へのかかわり方が国政とは異なることを考えれば,国民主権の見地からの当然の帰結として日本国籍を有する者でなければならないものとされるのは,地方行政機関については,その首長など地方公共団体における機関責任者に限られるのであって,その余の公務員への就任については,憲法上の制約はなく,立法によって制限し得るにしろ,立法を待つことなく性質上当然のこととして日本国籍を有する者に制限されると解すべき根拠はないものと考える。

 (5) 多数意見は,そのいうところの公権力行使等地方公務員は,その職務の遂行が住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものであるから,国民主権の原理に基づき,その統治の在り方について日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであることに照らし,原則として日本国籍を有しない者がこれに就任することは本来我が国の法体系の想定するところではないというのである。

 しかしながら,我が国の地方公共団体にはその意思決定機関として議会が置かれている一方で,執行機関は,地方公共団体の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し,執行する義務を負うとされているところ(地方自治法138条の2),法規定上,その名において執行する権限を有するのは,知事,市町村長等の長又は行政委員会だけであって,副知事,助役,その他の補助職員は長を補助するにとどまるものである(同法161条以下)。

 もっとも,長は,実際の事務をしばしば補助機関に委任したり,代理させたりしており(地方自治法152条,153条),また,一つの行政決定は,補助機関の検討を経て最終的に行政庁の名で表示されるというのが通例であるから,地方公共団体の行政運営,組織運営にかかわる重要な事項が実務的には補助機関において行われているとみるべきことは事実である。しかしながら,これらの者は長の指揮監督の下でその職務を行うものであって(同法154条),その職務を遂行するに当たって,法令,条例,地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い,かつ,上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないものである(地方公務員法32条)。すなわち,これらの者は,法規定上,地方公共団体の長がその判断と責任において行う事務の執行を補助するものとしてその任に当たっているのである。したがって,その関与する仕事が重要なものであっても,主権の行使との関係でみる限りは,補助機関の地位は,長のそれとは質的に異なるものである。憲法93条2項が,地方公共団体の長に限り,住民の公選によることを保障し,その余の公務員については公選によることにするかどうかを立法政策にゆだねているのも,その性質の相違によるものである。その職務の住民生活へのかかわり方に重要性があるからといって,補助機関への就任について,長への就任と同じく日本国籍を要求することを国民主権の原理から当然に法体系が想定しているとまでいうことはできないと考える。

 3 このように,外国人が地方公共団体の長の補助機関に就任するについては,国民主権の原理に基づく制約はない。昇格等を伴う補助機関に昇任することができる資格は労働基準法3条にいう労働条件に当たるから,既に職員に採用された者は,同条の適用により上記の資格を有する。職員に採用された外国人についても,これと別異に解する理由はない。

 しかしながら,国民主権の原理に基づく制約がない職であっても,そのすべてについて外国人が当然にその職に就任することができる資格を認めなければならないというわけではない。一定の職について日本の国籍を有する者だけが就任することができるとすることも,法律においてこれを許容し,かつ,合理的な理由がある限り,許される。すなわち,執行機関は地方公共団体の事務を誠実に管理し,執行すべきところ,それが適切に行われることについては,住民の理解と支持を得ることが必要であって,公務における外国人の影響の排除を求める住民の一般的規範意識や公務員観からみて,法律によって,ある種の職に就任するについては日本国籍を有することを要件と定めることはできると解される。

 のみならず,ある職にどのような人材を配するかは,その仕事の内容と職員の資質を勘案し,個別具体的に検討し決定されるべきものであって,その判断は法律に反しない限り,使用者の広い裁量にゆだねられているところである。したがって,地方公共団体がある種の公務,例えば,高度な判断や広範な裁量を伴うもの,あるいは直接住民に対して命令し強制するものについて,住民の理解と信頼という観点から日本国籍を有する者のみを充てることとすることには合理性を認め得るのであって,そのような措置を執ることは地方公務員法が許容していると解されるから,そのような措置を執ったことをもって合理的理由に基づかない差別ということはできない。

 4(1) しかしながら,上告人は,管理職の職務の内容等を考慮して一定の職への就任につき資格を制限したというのではなく,すべての管理職から一律に外国人を排除することとしていたのである。本件で問題となるのは,そのような上告人の措置に合理性があるかどうかである。

 職員の昇任における不平等な取扱いもそのことに合理的な理由があれば差別となるものではないが,その合理性は使用者において明らかにすべきところ,本件において上告人はそれを明らかにしているとはいえない。なぜならば,仮に地方公共団体の長の補助職員の中に法体系上日本国籍を有することを要件とすることが想定される職のあることを是認し得るとしても,そのことからすべての管理職を日本国籍を有する者でなければならないとすることにまで合理性があるとし,管理職選考において一律に外国人である職員を排除することもできると解するのは相当でなく,ほかに,上記の措置を執らなければ任用制度の適正な運用ができないことなどは明らかにされていないからである。

 (2) 一般に管理職というとき,それは,部下を掌握し管理する地位にある者をいい,部長,課長などの組織上の名称を付されていることが多いが,部下の管理監督を行わない者も,処遇の均衡上管理職と同じ扱いを受けていることがある(そのほかに,重要な行政上の決定を行い又はそれに参画する地位にある職員及び他の職員に対し監督的地位に立つ職員を,職員団体の組織等に制約を受ける管理職員とするという制度も採られている。)。このような管理職は,各地方公共団体が具体的な任用制度を構築するに当たり,民主的効率的な公務員制度や人事行政を実現することなどの見地から設けたものであって,ある職の就任から外国籍の者を排除する必要があるかどうかについて基準となるべき主権の行使への関与の度合いの高いものを選び出して定めたというようなものではない。

 (3) 多数意見は,公権力行使等地方公務員の職を公務員の中での上級公務員として位置付けた上で,これに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべきものとして下位の管理職を設けるなどして,その一体的な管理職任用制度を構築し,人事の適正な運用を図ることも地方公共団体はその判断ですることができ,そのためにすべての管理職に昇任することのできる者を日本国籍を有する職員に限定しても,そのことによって国籍を理由とする不当な差別をしたことにはならず,労働基準法3条に違反したことにはならないというのである。

 確かに管理職に就いた者に特定の職種の職務だけを担当させるという任用管理をしないことは,それなりの合理性を持つものと考えられる。しかしながら,ここで問題とされるべきことは,管理職に昇任すれば,公権力行使等地方公務員に就くことがあり得ることを理由に,すべての管理職の資格として日本国籍を要件とすることの当否である。

 住民の権利義務を形成するなどの公権力の行使に当たる行為を行い,若しくは地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画する地方公務員という限定は,それだけでは必ずしもその範囲を明確にし得るものではなく,際限なく広がる可能性を持つものであるが,私は,その中で国民主権の原理に基づいて日本国籍を有する者のみが就任することが想定されているものとして説明し得る職は,仮にそれを肯定するとしても,高度な判断や広範な裁量を伴うもの,あるいは直接住民に対して命令し強制するものなどに限られるのであり(3の末尾を参照),その数がそれほど多数になることはないと考える。

 今日,地方公共団体の扱う職務は私企業のそれと差異のみられない給付行政的なものに拡大し,本来的には非権力的行政といわれるものが多くみられるようになってきており,職務全般における権力性は減少しているため,公務員職の概念にも変容がみられるのであって,今日の国民の規範意識に照らせば,国民主権の見地から,その能力を度外視して外国人であるというだけの理由で排除しなければならないと考えられる職は限られたものであると考える。したがって,相当数ある管理職の中には日本国籍を有する者に限って就任を認め得るものがあるとしても,そのために管理職の選考に当たって,すべて日本国籍を有する者に限定しなければその一体的な任用管理ができないとは到底考えられないのである。

 (4) 上告人の職員の中で,多数意見のいう公権力行使等地方公務員の数がどれだけのものになるのか必ずしも明らかではない。しかしながら,原判決の認定するところによれば,上告人の平成9年4月1日現在の一般管理職(警視庁及び消防庁を除く。)の総数は2500に及ぶというのであって,その中には,相当数の公権力行使等地方公務員以外のものが含まれていると思われるのである。しかるに,上告人は,課長級の職は,事案の決定権限を有するか,その決定過程に関与するものであり,公の意思形成に参画するものであるとし,そのことを理由に管理職選考において日本国籍を要求することは合理性があると主張するのみで,管理職全体の中で上級の管理職と位置付けられ,日本国籍を要件とすることが法体系上想定されていると考え得る管理職がどの程度いるのかについて明らかにしていないのである。

 しかしながら,そのような管理職の数が相当数に及ぶこと,そして,終始特定の職務だけを担当させるという任用管理をしていないため,下位の管理職にも日本国籍を有することを要件としなければ一体的な任用制度の運用ができないことを明らかにすればともかく,そうでなければ,あらゆる管理職について日本国籍を有することを選考の受験資格とすることの合理性を明らかにしたものということはできない。

 結局,上告人は,管理職選考に当たって一律に日本国籍を要件とすることが不合理な差別ではなく,違法でないといえるだけの合理性を明らかにしておらず,上告人の執った措置は外国人である職員に対し違法な差別をするものといわざるを得ないのである。

 (5) また,管理職に就くことの適否は,職員本人の資質,能力等によって決せられるべきところ,上告人においては,管理職選考に合格し,任用候補者名簿に登録された後,最終的な選考を経て管理職に任用されるのは数年後のことであるというのであって,その間に合格した職員が管理職としての資質等を備えているかどうかについては十分観察し,吟味する機会があるのである。

 したがって,本件で問題となった管理職選考は,管理職に昇任する候補者の選考の段階ともいうべきものであって,管理職としての適性の有無を判定するという見地からみても,日本国籍を有しないことを理由に一律に排除するまでの必要性は認められないのである。

 (6) 今日,人間の経済文化活動はその活動領域を国境を越えて広げてきており,一般的にいって,国民と外国人との観念的な差異を意識することは減少しつつあるといってよい。特に地方公共団体では,外国籍を有する者もその社会の一員として責務を果たしている以上,国民と同等の扱いを求め得るということ(地方自治法10条参照)に対する理解は広がりつつあって,公務員としての適性は,国籍のいかんではなく,住民全体の奉仕者として公共の利益のために職務を遂行しているかどうかなどのことこそが重要性を持つということが,改めて認識されるようになってきているのである。そして,管理職選考に合格した職員がそのような観点からみて管理職としての適性を備えているかどうかの判定は,管理職選考に合格された後の勤務の実績等をみた上ですることもできることであって,国籍もその一つの判断の材料になることがあり得るにしろ,外国籍であることをこのような管理職選考の段階で絶対的障害としなければならない理由はないのである。

 付言するに,記録によれば,被上告人は日本人を母とし,日本で生まれ,我が国の教育を受けて育ってきた者であるが,父が朝鮮籍であったことから,日本国との平和条約の発効に伴い,本人の意思とは関係なく日本国籍を失ったものである。我が国の場合,被上告人のように,この平和条約によって日本国籍を失うことになったものの,永らく我が国社会の構成員であり,これからもそのような生活を続けようとしている特別永住者たる外国人の数が在留外国人の多数を占めているところ,本件のような国籍条項は,そのような立場にある特別永住者に対し,その資質等によってではなく,国籍のみによって昇任のみちを閉ざすこととなって,格別に過酷な意味をもたらしていることにも留意しなければならない。このような見地からも,我が国においては,多様な外国人を一律にその国籍のみを理由として管理職から排除することの合理性が問われなければならないものと考えるのである。

 (7) 以上のとおりであるから,日本国籍を有しないというだけで管理職選考の受験の機会を与えず,一切の管理職への昇任のみちを閉ざすというのは,人事の適正な運用を図るというその目的の正当性は是認し得るにしろ,それを達成する手段としては実質的関連性を欠き,合理的な理由に基づくものとはいえないと考えるのである。

 5 したがって,上告人が,日本国籍を有しないことのみを理由として被上告人に管理職選考の受験の機会を与えなかったのは,国籍による労働者の違法な差別といわざるを得ない。また,このような差別が憲法14条に由来する労働基準法3条に違反するものであることからすれば,国家賠償法1条1項の過失の存在も肯定することができるので,被上告人の請求を認容した原判決は結論において正当であり,本件上告は棄却すべきものと考える。



 目次

外国人の人権(4-2)公務就任権

【・最大判平成17年1月26日 外国人公務員東京都管理職選考受験訴訟】

【裁判官金谷利廣の意見】

私は,原判決が上告人において被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職

選考を受験させなかった措置は憲法に違反する違法な措置であると判断したことに

ついて,これを是認できないとする多数意見の結論には賛成するが,その理由付け

の一部には同調できない。

 1 憲法は,我が国の公務員に就任できる地位(以下「公務員就任権」という。)

について,これを一般的に保障する規定を置いてはいないが,日本国民の公務員就

任権については,憲法が当然の前提とするものとして,あるいは,国民主権の原理

,14条等を根拠として,解釈上これを認めることができると考える。

しかし,公務員(地方公務員を含む。)制度をどのように構築するかは国の統治作用に重大な関係を有すること,公務員の種類は多種多様で,その中には,外国人が就任することが国民主権の原理からして憲法上許容されないと解されるもの(ただし,その範囲をどう考えるかは議論が分かれる難しい問題である。)や外国人の就任が不相当なものが少なくないこと,また,外国人にも就任を認めるのが妥当であるか否かは当該具体的職種の職務内容,人事運用の実態等により左右されること,さらには,これまでの内外の法制の歴史等にかんがみると,日本国民に対し解釈上認められる憲法上の公務員就任権の保障は,その権利の性質上,外国人に対しては及ばないものと解するのが相当である(国の基本法である憲法において公務員の職種を区別してその一部については外国人の公務員就任権を保障していると解することは,明文の規定がない以上,妥当であるとは思われない。)。憲法は,外国人に対しては,公務員就任権を保障するものではなく,憲法上の制限の範囲内において,外国人が公務員に就任することができることとするかどうかの決定を立法府の裁量にゆだねているものというべきである。

 2 そこで,地方公務員に関する法制をみると,地方公務員法は,外国人を一般の地方公務員に就任させることができるかどうかについて規定を置いていないし,その就任を禁止する規定も置いていないから,地方公共団体は,外国人を当該地方公共団体の職員に採用できることとするか否かについて,裁量により決めることができるものといわなければならない。すなわち,我が国の現行法制上,外国人に地方公務員となり得るみちを開くか否かは,当該地方公共団体の条例,人事委員会規則等の定めるところにゆだねられているのである。

 そして,地方公共団体のこの裁量権は,オール・オア・ナッシングの裁量のみが認められるものではなく,一定の職種のみに限って外国人に公務員となる機会を与えることはもちろん,職務の内容と責任を考慮し昇任の上限を定めてその限度内で採用の機会を与えること,さらには,一定の職種のみに限り,かつ,一定の昇任の上限を定めてその限度内で採用の機会を与えることも許されると解されるのであって,その判断については,裁量権を逸脱し,あるいは濫用したと評価される場合を除き,違法の問題を生じることはないと解される(この点に関する詳細については,上田裁判官の意見を援用する。)。

 労働基準法112条により地方公務員にも適用があるものとされる同法3条との関係についていうと,外国人に地方公務員に就任する門戸を開くか否かについては地方公共団体の判断にゆだねられていると考える私のような見解によると,外国人に対し一定の職種の地方公務員に就任するみちを全く開放しないこととしても,原則として違法の問題が生じないのに,その一部開放である昇任限度を定めた開放措置については裁量に関し制約が伴うこととなるのは,甚だ不合理なことであり,また,それでは外国人に対する公務員となるみちの門戸開放を不必要に慎重にさせるおそれもあると思われる。したがって,労働基準法3条は,門戸を開く裁量については適用がなく,開かれた門戸に係るその枠の中での運用において適用されるにとどまるものと解することになる。

 3 本件においては,多数意見の4(3)の第1段に記述されているのと同様の理由により,上告人(東京都)において職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めていたことが,裁量権の逸脱・濫用として違法性を帯びることはなく,したがって,上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はないと考える次第である。

 4 なお,付言すると,公務員の職種の中には外国人が就任しても支障がないと認められるものがあり,国際化が進展する現代において,定住外国人に対しそれらの公務員となるみちの門戸を相当な範囲で開放してゆくことは,時代の流れに沿うものということができるし,また,被上告人のような特別永住者がその一層の門戸開放を強く主張すること自体については,よく理解できる。しかし,この問題は,私の見解からすると,基本的には,政治的ないしは政策的な選択の当否のレベルで議論されるべきことであって,違憲,違法の問題が生ずる事柄ではないということである。

 

 

【 裁判官上田豊三の意見 】

 私は,上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はなく,これが違法であるとして被上告人の慰謝料請求を認容すべきものとした原審の判断は是認することができないとする多数意見に賛成するものであるが,その理由を異にする。

 1 憲法は,在留外国人につき我が国の公務員に就任することができる地位を保障するものではなく,在留外国人が公務員に就任することができることとするかどうかの決定を立法府の裁量にゆだねているものと解するのが相当である。

 ところで,地方公務員法は,在留外国人の地方公務員への就任につき,これを就任させなければならないとする規定も,逆にこれを就任させてはならないとする規定も置いていない。したがって,同法は,この問題につき,それぞれの地方公共団体が条例ないし人事委員会規則等において定め得るという立場(すなわち,当該地方公共団体の裁量にゆだねるという立場)に立っているものと解されるのである。

 2 それぞれの地方公共団体は,在留外国人の地方公務員への就任の問題を定めるに当たり,ある職種について在留外国人の就任を認めるかどうかという裁量(便宜「横軸の裁量」という。)を有するのみならず,職務の内容と責任に応じた級についてどの程度・レベルのものにまでの就任(昇任)を認めるかどうかについての裁量(便宜「縦軸の裁量」という。)をも有するものと解すべきである。換言すれば,在留外国人の地方公務員への就任の問題をどのような制度として(横軸・縦軸の両面において)構築するかは,それぞれの地方公共団体の裁量にゆだねられていると解されるのである(民間事業の経営者がどのような種類の,またどのような規模の事業を経営するかは,その経営者の自由な選択にゆだねられており,たとえ在留外国人を雇用する予定であったとしても,その選択は労働基準法3条により制約されるものではなく,その事業に雇用された在留外国人は,その経営者の選択した事業の種類・規模の範囲において同条による保護を主張することができるにすぎない。すなわち,同条は,経営者による事業の種類・規模の選択に当たっては制約原理としては働かないのであり,同様に,地方公共団体が在留外国人の地方公務員制度を構築するに当たっても,同条は制約原理として働かないものと解すべきである。)。 3 この地方公共団体の裁量にも限界があり,裁量権を逸脱したり,濫用したと評価される場合には,違法性を帯びることになる。縦軸の裁量における限界については,私は,現在,次のように理解すべきものと考えている。すなわち,当該地方公共団体が縦軸の裁量として行使したところが,地方公務員法を中心とする地方公務員制度全体から見ておよそ許容することができないと思われる場合には,裁量の限界を超えていると解することになる。例えば,地方公務員のうち,地方公共団体の公権力の行使に当たる行為若しくは地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれに関与する者について,解釈上,その就任に日本国籍を有することを必要とするものがあるとされる場合に,地方公共団体がそのような地方公務員にも在留外国人の就任を認めることとしたとき(すなわち,在留外国人への門戸を開放しすぎた場合,換言すれば縦軸の裁量の行使が広すぎた場合)には,裁量の限界を超えていると解することになる。また,逆に,例えば,在留外国人については,その給与を特段の事情もないのに初任給程度に限定することとし,そのような級に相当する職務を専ら行うものと位置付けて地方公務員への就任を認めることとしたような場合(すなわち,門戸の開放が極端に狭い場合,換言すれば縦軸の裁量の行使があまりにも狭すぎる場合)には,在留外国人を蔑視し,在留外国人に苦痛のみを与える制度として,あるいは在留外国人の労働力を搾取する制度として構築したものとして地方公務員制度上のいわば公序良俗に反し,裁量の限界を超えていると解することになろう。

 そして,在留外国人の地方公務員への採用につき当該地方公共団体の構築した制度が裁量の限界を超えていないと判断される場合には,在留外国人に対しその制度上許容される範囲を超えた取扱いをしなくても,違法の問題は起きないことになる。なお,その構築した制度の範囲内においては,労働基準法3条や地方公務員法13条の平等取扱いの原則の精神に基づき,在留外国人同士あるいは在留外国人と日本人との間において平等取扱い等の要請が働くことになる。

 4 本件においては,上告人は保健婦(当時)について在留外国人の就任を認めることとしたが,課長級以上の管理職についてはこれを認めないこととしたというものであるところ,その制度は,上記に述べたような縦軸の裁量の限界を超えているものではなく,その裁量の範囲内にあるものとして,違法性を帯びることはないというべきである。

したがって,上告人が被上告人に対し平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験させなかった措置に違法はないと解すべきである。

外国人の人権(4-1)公務就任権

  目次

【公務就任権】

・最大判平成17年1月26日 外国人公務員東京都管理職選考受験訴訟

要旨

1 地方公共団体が,公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,労働基準法3条,憲法14条1項に違反しない。

2 東京都が管理職に昇任すれば公権力の行使に当たる行為を行うことなどを職務とする地方公務員に就任することがあることを当然の前提として任用管理を行う管理職の任用制度を設けていたなど判示の事情の下では,職員が管理職に昇任するための資格要件として日本の国籍を有することを定めた東京都の措置は,労働基準法3条,憲法14条1項に違反しない。

 

判旨

 (1) 地方公務員法は,一般職の地方公務員(以下「職員」という。)に本邦に在留する外国人(以下「在留外国人」という。)を任命することができるかどうかについて明文の規定を置いていないが(同法19条1項参照),普通地方公共団体が,法による制限の下で,条例,人事委員会規則等の定めるところにより職員に在留外国人を任命することを禁止するものではない。普通地方公共団体は,職員に採用した在留外国人について,国籍を理由として,給与,勤務時間その他の勤務条件につき差別的取扱いをしてはならないものとされており(労働基準法3条,112条,地方公務員法58条3項),地方公務員法24条6項に基づく給与に関する条例で定められる昇格(給料表の上位の職務の級への変更)等も上記の勤務条件に含まれるものというべきである。しかし,上記の定めは,普通地方公共団体が職員に採用した在留外国人の処遇につき合理的な理由に基づいて日本国民と異なる取扱いをすることまで許されないとするものではない。また,そのような取扱いは,合理的な理由に基づくものである限り,憲法14条1項に違反するものでもない。

 管理職への昇任は,昇格等を伴うのが通例であるから,在留外国人を職員に採用するに当たって管理職への昇任を前提としない条件の下でのみ就任を認めることとする場合には,そのように取り扱うことにつき合理的な理由が存在することが必要である。

 (2) 地方公務員のうち,住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を行い,若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とするもの(以下「公権力行使等地方公務員」という。)については,次のように解するのが相当である。すなわち,公権力行使等地方公務員の職務の遂行は,住民の権利義務や法的地位の内容を定め,あるいはこれらに事実上大きな影響を及ぼすなど,住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものである。それゆえ,国民主権の原理に基づき,国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負うべきものであること(憲法1条,15条1項参照)に照らし,原則として日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり,我が国以外の国家に帰属し,その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは,本来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。

 そして,普通地方公共団体が,公務員制度を構築するに当たって,公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築して人事の適正な運用を図ることも,その判断により行うことができるものというべきである。そうすると,普通地方公共団体が上記のような管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任することができることとする措置を執ることは,合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員とを区別するものであり,上記の措置は,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反するものではないと解するのが相当である。そして,この理は,前記の特別永住者についても異なるものではない。

 (3) これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,昭和63年4月に上告人に保健婦として採用された被上告人は,東京都人事委員会の実施する平成6年度及び同7年度の管理職選考(選考種別Aの技術系の選考区分医化学)を受験しようとしたが,東京都人事委員会が上記各年度の管理職選考において日本の国籍を有しない者には受験資格を認めていなかったため,いずれも受験することができなかったというのである。そして,当時,上告人においては,管理職に昇任した職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理を行っておらず,管理職に昇任すれば,いずれは公権力行使等地方公務員に就任することのあることが当然の前提とされていたということができるから,上告人は,公権力行使等地方公務員の職に当たる管理職のほか,これに関連する職を包含する一体的な管理職の任用制度を設けているということができる。

そうすると,上告人において,上記の管理職の任用制度を適正に運営するために必要があると判断して,職員が管理職に昇任するための資格要件として当該職員が日本の国籍を有する職員であることを定めたとしても,合理的な理由に基づいて日本の国籍を有する職員と在留外国人である職員とを区別するものであり,上記の措置は,労働基準法3条にも,憲法14条1項にも違反するものではない。原審がいうように,上告人の管理職のうちに,企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行うにとどまり,公権力行使等地方公務員には当たらないものも若干存在していたとしても,上記判断を左右するものではない。また,被上告人のその余の違憲の主張はその前提を欠く。以上と異なる原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

 

 

東京高判 平成91126

 (1) 日本の国籍を有しない者は,憲法上,国又は地方公共団体の公務員に就任する権利を保障されているということはできない。

 (2) 地方公務員の中でも,管理職は,地方公共団体の公権力を行使し,又は公の意思の形成に参画するなど地方公共団体の行う統治作用にかかわる蓋然性の高い職であるから,地方公務員に採用された外国人が,日本の国籍を有する者と同様,当然に管理職に任用される権利を保障されているとすることは,国民主権の原理に照らして問題がある。しかしながら,管理職の職務は広範多岐に及び,地方公共団体の行う統治作用,特に公の意思の形成へのかかわり方,その程度は様々なものがあり得るのであり,公権力を行使することなく,また,公の意思の形成に参画する蓋然性が少なく,地方公共団体の行う統治作用にかかわる程度の弱い管理職も存在する。したがって,職務の内容,権限と統治作用とのかかわり方,その程度によって,外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを分別して考える必要がある。そして,後者の管理職については,我が国に在住する外国人をこれに任用することは,国民主権の原理に反するものではない。

 (3) 上告人の管理職には,企画や専門分野の研究を行うなどの職務を行い,事案の決定権限を有せず,事案の決定過程にかかわる蓋然性も少ない管理職も若干存在している。このように,管理職に在る者が事案の決定過程に関与するといっても,そのかかわり方,その程度は様々であるから,上告人の管理職について一律に外国人の任用(昇任)を認めないとするのは相当でなく,その職務の内容,権限と事案の決定とのかかわり方,その程度によって,外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを区別して任用管理を行う必要がある。そして,後者の管理職への任用については,我が国に在住する外国人にも憲法22条1項,14条1項の各規定による保障が及ぶものというべきである。

 (4) 上告人の職員が課長級の職に昇任するためには,管理職選考を受験する必要があるところ,課長級の管理職の中にも外国籍の職員に昇任を許しても差し支えのないものも存在するというべきであるから,外国籍の職員から管理職選考の受験の機会を奪うことは,外国籍の職員の課長級の管理職への昇任のみちを閉ざすものであり,憲法22条1項,14条1項に違反する違法な措置である。被上告人は,上告人の職員の違法な措置のために平成6年度及び同7年度の管理職選考を受験することができなかった。被上告人がこれにより被った精神的損害を慰謝するには各20万円が相当である。

 

 

【裁判官藤田宙靖の補足意見】

 私は,多数意見に賛成するものであるが,本件被上告人が,日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(以下「入管特例法」という。)に定める特別永住者であること等にかんがみ,多数意見に若干の補足をしておくこととしたい。

 被上告人が,日本国で出生・成育し,日本社会で何の問題も無く生活を営んで来た者であり,また,我が国での永住を法律上認められている者であることを考慮するならば,本人が日本国籍を有しないとの一事をもって,地方公務員の管理職に就任する機会をおよそ与えないという措置が,果たしてそれ自体妥当と言えるかどうかには,確かに,疑問が抱かれないではない。しかし私は,最終的には,それは,各地方公共団体が採る人事政策の当不当の問題であって,本件において上告人が執った措置が,このことを理由として,我が国現行法上当然に違法と判断されるべきものとまでは言えないのではないかと考える。その理由は,以下のとおりである。

 1 入管特例法の定める特別永住者の制度は,それ自体としてはあくまでも,現行出入国管理制度の例外を設け,一定範囲の外国籍の者に,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)2条の2に定める在留資格を持たずして本邦に在留(永住)することのできる地位を付与する制度であるにとどまり,これらの者の本邦内における就労の可能性についても,上記の結果,法定の各在留資格に伴う制限(入管法19条及び同法別表第1参照)が及ばないこととなるものであるにすぎない。したがって例えば,特別永住者が,法務大臣の就労許可無くして一般に「収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動」(同法19条)を行うことができるのも,上記の結果生じる法的効果であるにすぎず,法律上,特別永住者に,他の外国籍の者と異なる,日本人に準じた何らかの特別な法的資格が与えられるからではない。また,現行法上の諸規定を見ると,許可制等の採られている事業ないし職業に関しては,各個の業法において,日本国籍を有することが許可等を受けるための資格要件とされることがあるが(公証人法12条1項1号,水先法5条1号,鉱業法17条本文,電波法5条1項1号,放送法52条の13第1項5号イ,等々),これらの規定で,特別永住者を他の外国人と区別し,日本国民と同様に扱うこととしたものは無い。他方,日本の国籍を有しない者の国家公務員試験受験資格を否定する人事院規則(人事院規則8-18)において,日本郵政公社職員への採用に関しては,特別永住者もまた郵政一般職採用試験を受験することができることとされるが,このことについては,特に明文の規定が置かれている(同規則8条1項3号括弧書)。以上に照らして見るならば,我が国現行法上,地方公務員への就任につき,特別永住者がそれ以外の外国籍の者から区別され,特に優遇さるべきものとされていると考えるべき根拠は無く,そのような明文の規定が無い限り,事は,外国籍の者一般の就任可能性の問題として考察されるべきものと考える。

 2 ところで,外国籍の者の公務員就任可能性について,原審は,日本国憲法上,外国人には,公務員に就任する権利は保障されていない,との出発点に立ちながらも,憲法上の国民主権の原理に抵触しない範囲の職については,憲法22条,14条等により,外国籍の者もまた,日本国民と同様,当然にこれに就任する権利を,憲法上保障される,との考え方を採るものであるように見受けられる。しかし,例えば,①外国人に公務員への就任資格(以下「公務就任権」という。)が憲法上保障されていることを否定する理由として理論的に考え得るのは,必ずしも,原審のいう国民主権の原理のみに限られるわけではない(例えば,一定の職域について外国人の就労を禁じるのは,それ自体一国の主権に属する権能であろう。)こと,また,②「憲法上,外国人には,公務員の一定の職に就任することが禁じられている」ということは,必ずしも,理論的に当然に「こうした禁止の対象外の職については,外国人もまた,就任する権利を憲法上当然に有する」ということと同義ではないこと,更に,③職業選択の自由,平等原則等は,いずれも自由権としての性格を有するものであって,本来,もともと有している権利や自由をそれに対する制限から守るという機能を果たすにとどまり,もともと有していない権利を積極的に生み出すようなものではないこと,等にかんがみると,原審の上記の考え方には,幾つかの論理的飛躍があるように思われ,我が国憲法上,そもそも外国人に(一定範囲での)公務就任権が保障されているか否か,という問題は,それ自体としては,なお重大な問題として残されていると言わなければならない。しかしいずれにせよ,本件は,外国籍の者が新規に地方公務員として就任しようとするケースではなく,既に正規の職員として採用され勤務してきた外国人が管理職への昇任の機会を求めるケースであって,このような場合に,労働基準法3条の規定の適用が排除されると考える合理的な理由の無いことは,多数意見の言うとおりであるから,上記の問題の帰すうは,必ずしも,本件の解決に直接の影響を及ぼすものではない。

 3 そこで,進んで,本件の場合に,労働基準法の同条の規定の存在にもかかわらず,外国籍の者を管理職に昇任させないとすることにつき,合理的な理由が認められるかどうかについて考える。記録を参照すると,上告人がこのような措置を執ったのは,「地方公務員の職のうち公権力の行使又は地方公共団体の意思の形成に携わるものについては,日本の国籍を有しない者を任用することができない」といういわゆる「公務員に関する当然の法理」に沿った判断をしたためであることがうかがわれる(参照,昭和48年5月28日自治公一第28号大阪府総務部長宛公務員第一課長回答)。しかし,一般に,「公権力の行使」あるいは「地方公共団体の意思の形成」という概念は,その外延のあまりにも広い概念であって,文字どおりにこの要件を満たす職のすべてに就任することが許されないというのでは,外国籍の者が地方公務員となる可能性は,皆無と言わないまでも少なくとも極めて少ないこととなり,また,そのことに合理的な理由があるとも考えられない。その意味においては,職務の内容,権限と統治作用とのかかわり方,その程度によって,外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを分別して考える必要がある,とする原審の説示にも,その限りにおいて傾聴に値するものがあることを否定できないし,また,多数意見の用いる「公権力行使等地方公務員」の概念も,この点についての周到な注意を払った上で定義されたものであることが,改めて確認されるべきである。

 ただ,その具体的な範囲をどう取るかは別として,いずれにせよ,少なくとも地方公共団体の枢要な意思決定にかかわる一定の職について,外国籍の者を就任させないこととしても,必ずしも違憲又は違法とはならないことについては,我が国において広く了解が存在するところであり,私もまた,そのこと自体に対し異を唱えるものではない。そして,本件の場合,上告人東京都は,一たび管理職に昇任させると,その職員に終始特定の職種の職務内容だけを担当させるという任用管理をするのではなく,したがってまた,外国人の任用が許されないとされる職務を担当させることになる可能性もあった,というのである。この点につき,原審は,管理職に在る者が事案の決定過程に関与すると言っても,そのかかわり方及びかかわりの程度は様々であるから,上告人東京都の管理職について一律に在留外国人の任用を認めないとするのは相当ではなく,上記の基準により,在留外国人を任用することが許されない管理職とそれが許される管理職とを区別して任用管理を行う必要がある,という。もとより,そのような任用管理を行うことは,人事政策として考え得る選択肢の一つではあろうが,他方でしかし,外国籍の者についてのみ常にそのような特別の人事的配慮をしなければならないとすれば,全体としての人事の流動性を著しく損なう結果となる可能性があるということもまた,否定することができない。こういったことを考慮して,上告人東京都が,一般的に管理職への就任資格として日本国籍を要求したことは,それが人事政策として最適のものであったか否かはさておくとして,なお,その行政組織権及び人事管理権の行使として許される範囲内にとどまるものであった,ということができよう。

 もっともこの点,専ら,本件における被上告人の立場についてのみ考えるならば,本件において,被上告人を管理職に昇任させることが,現実に全体としての人事の流動性を著しく損なう結果となるおそれが大きかったか否かについては,原審において必ずしも十分な認定がなされているとは言い難く,したがって,この点について審理を尽くさせるために,原判決を破棄して本件を差し戻す,という選択をすることも,考えられないではない。しかし,いうまでも無く,在留外国人に管理職就任の道を制度として開くかどうかは,独り被上告人との関係のみでなく,在留外国人一般の問題として考えなければならないことであって(例えば,将来において被上告人と同様の希望を持つ在留外国人が多数出て来た場合には,そのすべてについて同様の扱いをしなければならないことになる),こういったことをも考慮するならば,上告人東京都が,本件当時において外国籍の者一般につき管理職選考の受験を拒否したことが,直ちに,法的に許された人事政策の範囲を超えることになるとは,必ずしも言えず,また,少なくともそこに過失を認めることはできないのではないか,と考える。

 

 

 

外国人の人権(3) ・最判平成5年2月26日 定住外国人の国政選挙に関する選挙権・最判平成7年2月28日 定住外国人地方選挙権訴訟

 

【選挙権】

・定住外国人の国政選挙に関する選挙権・最判平成5年2月26日 

要旨

国会議員の選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法九条一項の規定は、憲法一五条、一四条に違反しない。

 

判旨

 国会議員の選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法九条一項の規定

が憲法一五条、一四条の規定に違反するものでないことは、最高裁昭和五〇年(行

ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二三三頁の趣旨

に徴して明らかであり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することがで

きる。

 

・定住外国人の国政選挙における被選挙権・最判平成10年3年13日

要旨

国会議員の被選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法一〇条一項と憲法一五条、市民的及び政治的権利に関する国際規約二五条に違反しない。

 

判旨

国会議員の被選挙権を有する者を日本国民に限っている公職選挙法一〇条一項、これを前提として立候補届出等に当たって戸籍の謄本又は抄本の添付を要求する公職選挙法(平成六年法律第二号による改正前のもの)八六条四項、八六条の二第二項七号、公職選挙法施行令(平成六年政令第三六九号による改正前のもの)八八条五項、八九条の二第三項二号の各規定及びこれらの規定を上告人らに適用することが憲法一五条に違反するものでないことは、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁の趣旨に徴して明らかであり(最高裁平成四年(オ)第一九二八号同五年二月二六日第二小法廷判決・裁判集民事一六号下五七九頁参照)、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。また、前記各規定が市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号)二五条に違反するものでないとした原審の判断も、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。

 

 

 

 

【外国人の地方参政権】

・最判平成7年2月28日 定住外国人地方選挙権訴訟

要旨

日本国民たる住民に限り地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有するものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項は、憲法一五条一項、九三条二項に違反しない。

 

判旨

 憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものである。そこで、憲法一五条一項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると、憲法の右規定は、国民主権の原理に基づき、公務員の終局的任免権が国民に存することを表明したものにほかならないところ、主権が「日本国民」に存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば、憲法の国民主権の原理における国民とは、日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味することは明らかである。そうとすれば、公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。そして、地方自治について定める憲法第八章は、九三条二項において、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのであるが、前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法一五条一項の規定の趣旨に鑑み、地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであることをも併せ考えると、憲法九三条二項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。以上のように解すべきことは、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和三五年(オ)第五七九号同年一二月一四日判決・民集一四巻一四号三〇三七頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかである。

 このように、憲法九三条二項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のような措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからといって違憲の問題を生ずるものではない。以上のように解すべきことは、当裁判所大法廷判決(前掲昭和三五年一二月一四日判決、最高裁昭和三七年(あ)第九〇〇号同三八年三月二七日判決・刑集一七巻二号一二一頁、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日判決・民集三〇巻三号二二三頁、最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日判決・民集三七巻三号三四五頁)の趣旨に徴して明らかである。

 以上検討したところによれば、地方公共団体の長及びその議会の議員の選挙の権利を日本国民たる住民に限るものとした地方自治法一一条、一八条、公職選挙法九条二項の各規定が憲法一五条一項、九三条二項に違反するものということはできずその他本件各決定を維持すべきものとした原審の判断に憲法の右各規定の解釈の誤りがあるということもできない



 

・定住外国人の住民投票権 最判平成14年9月27日

要旨

「御嵩町における産業廃棄物処理施設の設置についての住民投票に関する条例」(平成9年御嵩町条例1号)が投票資格者を日本国民たる住民に限定したことが憲法14条1項、21条1項に違反しないことは、先例の趣旨に照らして明らかである。」

 

判旨

御嵩町における産業廃棄物処理施設の設置についての住民投票に関する条例(平成九年一月御嵩町条例第一号)が投票の資格を有する者を日本国民たる住民に限るとしたことが憲法一四条一項、二一条一項に違反する旨をいう部分が理由がないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に照らして明らかである(最高裁平成五年(行ツ)第一六三号同七年二月二八日第三小法廷判決・民集四九巻二号六三九頁参照)。



第3章 国民の権利及び義務 外国人の人権(2)

  目次

【法の下の平等】

 

・最判平成4年4月28日 台湾人元日本兵戦死傷補償請求事件

要旨

戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2項および恩給法9条1項3号のもとで、第二次大戦下において戦死傷し、日本国と中華民国との間の平和条約の発効により日本国籍を喪失した台湾人およびその遺族らが右各法による給付を受けることができないことは、合理的な根拠があり、憲法14条に違反しない。

 

判旨

 上告人らが主張するような戦争犠牲ないし戦争損害は、国の存亡に係わる非常事態の下では、国民の等しく受忍しなければならなかったところであって、これに対する補償は憲法の全く予想しないところというべきであり、右のような戦争犠牲ないし戦争損害に対しては単に政策的見地からの配慮が考えられるにすぎないものと解すべきことは、当裁判所の判例の趣旨に徴し明らかである(昭和四〇年(オ)第四一七号同四三年一一月二七日大法廷判決・民集二二巻一二号二八〇八頁参照)。したがって、憲法二九条三項等の規定を適用してその補償を求める上告人らの主張は、右規定の意義・性質等について判断するまでもなく、その前提を欠くに帰するというべきであって、所論の点に関する原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、採用することができない。

 論旨は、昭和二七年四月三〇日に施行された戦傷病者戦没者遺族等援護法(同年法律第一二七号。以下「援護法」という。)により、軍人軍属等であった者又はこれらの者の遺族に対しては障害年金・遺族年金等が支給され、また、昭和二八年八月一日施行の恩給法の一部を改正する法律(同年法律第一五五号。以下「恩給法改正法」という。)により、旧軍人等又はこれらの者の遺族に対する恩給の支給が復活したところ、援護法附則二項は、戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない旨を定め、また、恩給法九条一項三号は、日本国籍を失ったときは年金たる恩給を受ける権利は消滅するものと定めており(以下、これらを「本件国籍条項」という。)、台湾住民である軍人軍属に対して本件国籍条項の適用を除外していないことから、台湾住民である上告人らは援護法又は恩給法による給付を受けることができないこととされているが、これはもと日本国籍を有していた台湾住民である軍人軍属を不当に差別するもので憲法一四条に違反する、というのである。

 そこで検討するのに、憲法一四条一項は法の下の平等を定めているが、右規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものでないことは、当裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和三七年(あ)第九二七号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五七九頁、同昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁等参照)。ところで、我が国は、昭和二七年四月二八日に発効した日本国との平和条約により、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄し(二条)、この地域に関し、日本国及びその国民に対する右地域の施政を行っている当局及び住民の請求権の処理は、日本国と右当局との間の特別取極の主題とするものとされ(四条)、また、我が国は、右条約の署名国でない国と、右条約に定めるところと同一の又は実質的に同一の条件で二国間の平和条約を締結することが予定された(二六条)。そして、我が国は、中華民国との間で日本国と中華民国との間の平和条約(以下「日華平和条約」という。)を締結し、同条約は昭和二七年八月五日に効力を生じたところ、同条約三条は、日本国及びその国民に対する中華民国の当局及び台湾住民の請求権の処理は、日本国政府と中華民国政府との間の特別取極の主題とする旨を定めている。また、台湾住民は、同条約により、日本の国籍を喪失したものと解される(最高裁昭和三三年(あ)第二一〇九号同三七年一二月五日大法廷判決・刑集一六巻一二号一六六一頁参照)。その間、昭和二七年四月三〇日に援護法が制定され、その附則二項は、戸籍法の適用を受けない者については、当分の間、援護法を適用しない旨を規定したが、その趣旨は、同法上、援護対象者は日本国籍を有する者に限定され、日本国籍の喪失をもって権利消滅事由と定められているところ、同法制定当時、台湾住民等の国籍の帰属が分明でなかったことから、これらの人々に同法の適用がないことを明らかにすることにあったものと解される。その後、昭和二八年八月一日施行の恩給法改正法により、旧軍人等及びこれらの者の遺族に対する恩給の支給が復活したが、その時点においては、台湾住民は日本の国籍を喪失していたから、恩給法九条一項三号の規定の趣旨に照らし、恩給の受給資格を有しないこととなったものである。以上の経緯に照らせば、台湾住民である軍人軍属が援護法及び恩給法の適用から除外されたのは、台湾住民の請求権の処理は日本国との平和条約及び日華平和条約により日本国政府と中華民国政府との特別取極の主題とされたことから、台湾住民である軍人軍属に対する補償問題もまた両国政府の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものと解されるのであり、そのことには十分な合理的根拠があるものというべきである。したがって、本件国籍条項により、日本の国籍を有する軍人軍属と台湾住民である軍人軍属との間に差別が生じているとしても、それは右のような根拠に基づくものである以上、本件国籍条項は、憲法一四条に関する前記大法廷判例の趣旨に徴して同条に違反するものとはいえない。

 

 

・最判平成13年4月5日 在日韓国人元日本軍属障害年金訴訟

要旨

財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号)の締結後,いわゆる在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることなく戦傷病者戦没者遺族等援護法附則2項を存置していたことは,憲法14条1項に違反するということはできない。

 

判旨

 1 戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)は,軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し,国家補償の精神に基づき,軍人軍属等であった者又はこれらの者の遺族を援護することを目的として制定されたものであり(1条),軍人軍属であった者の在職期間内における公務上の負傷又は疾病に対しては,所定の要件を満たす限りにおいて障害年金等を支給する旨規定しているが,軍人軍属であった者であって,7条1項に規定する程度の障害の状態になった日において日本の国籍を有しないか,又はその日以後昭和27年3月31日以前に日本の国籍を失ったものには障害年金等を支給しない旨規定し(11条2号),また,障害年金を受ける権利を有する者が日本の国籍を失ったときは,当該障害年金を受ける権利は消滅する旨規定し(14条1項2号),さらに,「戸籍法(昭和22年法律第224号)の適用を受けない者については,当分の間,この法律を適用しない。」旨規定している(附則2項)

 2 憲法14条1項は,法の下の平等を定めているが,この規定は,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存する経済的,社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区別が合理性を有する限り,何らこの規定に違反するものでないことは,当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁,最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁等参照)。

 ところで,我が国は,昭和27年4月28日に発効した日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)により,朝鮮の独立を承認して,済州島,巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄し(2条),これらの地域の施政を行っている当局及びそこの住民の日本国における財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)の処理は,日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とするものとされた(4条)。そして,平和条約の発効により,それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を有していた人すなわち朝鮮戸籍令の適用を受け朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあった人は,朝鮮国籍を取得し,日本国籍を喪失したものと解される(最高裁昭和30年(オ)第890号同36年4月5日大法廷判決・民集15巻4号657頁,最高裁昭和38年(オ)第1343号同40年6月4日第二小法廷判決・民集19巻4号898頁参照)。平和条約発効直後の昭和27年4月30日に援護法が公布施行され,同月1日にさかのぼって適用されたが,前記のとおり,援護法上,援護対象者は日本国籍を有する者に限定され,日本国籍の喪失をもって権利消滅事由と定められるとともに,援護法附則2項が設けられた。その趣旨は,援護法制定当時,それまで日本の国内法上で朝鮮人及び台湾人としての法的地位を有していた人の国籍の帰属が分明でなかったことなどから,これらの人々に援護法の適用がないことを明らかにすることにあったものと解される。

 以上の経緯に照らせば,それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を有していた軍人軍属が援護法の適用から除外されたのは,これらの人々の請求権の処理は平和条約により日本国政府と朝鮮の施政当局との特別取極の主題とされたことから,上記軍人軍属に対する補償問題もまた両政府間の外交交渉によって解決されることが予定されたことに基づくものと解されるのであり,そのことには十分な合理的根拠があるものというべきである。したがって,援護法附則2項により,日本の国籍を有する軍人軍属と平和条約の発効により日本の国籍を喪失し朝鮮国籍を取得することとなった軍人軍属との間に区別が生じたとしても,それは以上のような根拠に基づくものである以上,援護法附則2項は,憲法14条1項に関する前記各大法廷判決の趣旨に徴して同項に違反するものとはいえない(最高裁昭和60年(オ)第1427号平成4年4月28日第三小法廷判決・裁判集民事164号295頁参照)。

 3 日本国と大韓民国との間において,平和条約に基づく特別取極に相当するものとして,昭和40年6月22日,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号。以下「日韓請求権協定」という。)が締結された。そして,その2条1項において,両締約国及びその国民の財産,権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が,平和条約4条(a)に規定されたものを含めて,完全かつ最終的に解決されたこととなることが確認された。また,日韓請求権協定2条3項において,同条2項の規定に従うことを条件として,一方の締約国及びその国民の財産,権利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては,いかなる主張もすることができないものとする旨規定された。他方で,同条2項(a)において,この協定は,一方の締約国の国民で1947年8月15日からこの協定の署名の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産,権利及び利益に影響を及ぼすものではない旨規定された。なお,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定についての合意された議事録(以下「合意議事録」という。)には,日韓請求権協定2条に関し,「財産,権利及び利益」とは,法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうことが了解された旨記載されている。日韓請求権協定の締結後,日本国政府は,同協定2条2項(a)に該当する在日韓国人の軍人軍属の補償請求については,これらの人々が援護法の適用から除外されている以上,法律上の根拠を有する実体的権利ではないから,同項にいう「財産,権利及び利益」には当たらず,同条3項により大韓民国政府の外交保護権は放棄されており,同協定により解決済みであるとの立場をとり,他方で,大韓民国政府は,在日韓国人戦傷者の補償請求権は日韓請求権協定の解決対象には含まれておらず,同協定2条2項(a)にいう「財産,権利及び利益」に該当するものと解釈しており,同項(a)に該当する在日韓国人の軍人軍属については,大韓民国の国内法による補償の対象から除外した。そのため,これらの在日韓国人の軍人軍属は,その公務上の負傷又は疾病等につき日本国からも大韓民国からも何らの補償もされないまま推移した。その結果として,日本人の軍人軍属と在日韓国人の軍人軍属との間に公務上の負傷又は疾病等に対する補償につき差別状態が生じていたことは否めない。上記のとおり援護法附則2項が援護法の制定当時においては十分な合理的根拠を有していたとしても,日韓請求権協定の締結後,上記のような差別状態が生じていたにもかかわらず,立法府が在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることなく援護法附則2項を存置してきたことについては,そのことが憲法14条1項に違反しないか否かが更に検討されなければならない。

 ところで,軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡のような戦争犠牲ないし戦争損害に対する補償は,憲法の予想しないところというべきであり,その補償の要否及び在り方は,事柄の性質上,財政,経済,社会政策等の国政全般にわたった総合的政策判断を待って初めて決し得るものであって,これについては,国家財政,社会経済,戦争によって国民が被った被害の内容,程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解される(最高裁昭和40年(オ)第417号同43年11月27日大法廷判決・民集22巻12号2808頁,最高裁昭和58年(オ)第1337号同62年6月26日第二小法廷判決・裁判集民事151号147頁,最高裁平成5年(オ)第1751号同9年3月13日第一小法廷判決・民集51巻3号1233頁参照)。また,以上のような日韓請求権協定の締結後の経過や国際情勢の推移等にかんがみると,援護法附則2項を廃止することをも含めて在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることとするか否かは,大韓民国やその他の国々との間の高度な政治,外交上の問題でもあるということができ,その決定に当たっては,変動する国際情勢,国内の政治的又は社会的諸事情等をも踏まえた複雑かつ高度に政策的な考慮と判断が要求されるところといわなければならない。これらのことからすれば,日韓請求権協定の締結後,上告人らを含む在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることなく援護法附則2項を存置したことは,いまだ上記のような複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき立法府の裁量の範囲を著しく逸脱したものとまでいうことはできず,本件各処分当時において憲法14条1項に違反するに至っていたものとすることはできない。

 

 

・東京高裁平成14年1月23日

要旨

ゴルフクラブへの外国人の入会を制限する旨の理事会決議は民法九〇条に違反するものではないから同決議に基づいて在日韓国人のゴルフクラブへの入会を拒否したことが違法ではないとされた事例

 

私人である社団ないし団体には結社の自由が保障されているから、新たな構成員の加入条件は、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるものであって、結社の自由を制限してまでも相手方の平等の権利を保護しなければならないほどに、相手方の平等の権利に対して重大な侵害がされ、その侵害の態様、程度が憲法の規定の趣旨に照らして社会的に許容しうる限界を超えるといえるような極めて例外的な場合に限り、新たな構成員の加入を拒否する行為が民法90条により無効となり、民法709条の不法行為にあたるものというべきであるところ、私的な社団としてのゴルフクラブの構成員の加入を国籍によって制限することは、そのような例外的な場合に該当するものということはできない。

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