憲法重要判例六法F

憲法についての条文・重要判例まとめ

カテゴリ: 15条 選挙権

 

【最大判平成16年1月14日・参議院非拘束名簿式比例代表制の合憲性】

 

憲法目次

憲法目次

憲法目次

 

要旨

判示事項

公職選挙法が参議院(比例代表選出)議員選挙につき採用している非拘束名簿式比例代表制の合憲性

裁判要旨

公職選挙法が参議院(比例代表選出)議員選挙につき採用している非拘束名簿式比例代表制は,憲法15条,43条1項に違反するとはいえない。

 

判旨

 1 本件は,公職選挙法の一部を改正する法律(平成12年法律第118号)による改正(以下「本件改正」という。)後の公職選挙法のうち参議院(比例代表選出)議員の選挙の仕組みに関する規定が憲法に違反し無効であるから,これに依拠してされた平成13年7月29日施行の参議院(比例代表選出)議員の選挙は無効であるとして提起された選挙無効訴訟である。

 2 原審の適法に確定した事実関係等によれば,本件改正の経緯は,次のとおりである。

 (1)

昭和25年に制定された公職選挙法は,その前身である参議院議員選挙法(昭和22年法律第11号)と同様に,参議院議員を全都道府県の区域を通じて選出される全国選出議員と都道府県単位の選挙区において選出される地方選出議員とに区分していたが,全国選出議員の選挙について,個人本位の選挙制度から政党本位の選挙制度に改めることを目的として,昭和57年法律第81号による公職選挙法の改正によりいわゆる拘束名簿式比例代表制が導入された。その結果,参議院議員は,比例代表選出議員と選挙区選出議員とから成ることとされた。

 (2) 昭和57年に導入された拘束名簿式比例代表制については,候補者の顔の見えない選挙である,参議院の政党化を殊更に進めている,名簿登載者の順位の決定過程が分かりにくいなどの批判があり,第8次選挙制度審議会が,平成2年7月,拘束名簿式比例代表制に代えて政党名又は候補者名で投票することができるいわゆる非拘束名簿式比例代表制の導入を提案するなど,しばしば議論の対象とされてきた。また,中央省庁の改革,国家公務員の定員削減等が行われている状況において,行政を監視すべき地位にある立法機関である参議院においても定数を削減して事務の効率化等を図る必要があるとの声が高まったのを受けて,参議院選挙制度改革に関する協議会等において参議院議員の定数削減について検討が進められた。これらの議論を踏まえて自由民主党,公明党及び保守党の与党3党が作成,提出した公職選挙法の改正案が国会において審議された結果,同12年10月,公職選挙法の一部を改正する法律(平成12年法律第118号)が成立し,これにより参議院の比例代表選出議員の選挙制度が従来の拘束名簿式比例代表制から非拘束名簿式比例代表制に改められるとともに,参議院議員の定数が10人(比例代表選出議員については4人)削減された。

 (3) 本件改正後の公職選挙法(以下「改正公選法」という。)は,比例代表選出議員については,従前どおり,全都道府県の区域を通じて選挙するものとしている(12条2項)。政党その他の政治団体は,当該政党その他の政治団体の名称(一の略称を含む。)及びその所属する者(当該政党その他の政治団体が推薦する者を含む。)の氏名を記載した参議院名簿を選挙長に届け出ることにより,その参議院名簿に記載されている参議院名簿登載者を当該選挙における候補者とすることができるものとし(86条の3第1項),参議院名簿には当選人となるべき順位を記載しないこととした。選挙人は,投票用紙に公職の候補者たる参議院名簿登載者1人の氏名を自書しなければならないが,参議院名簿登載者の氏名を自書することに代えて,一の参議院名簿届出政党等の届出に係る名称又は略称を自書することができるものとしている(46条3項)。当選人の決定については,① まず最初に,各参議院名簿届出政党等の得票数(当該参議院名簿届出政党等に係る各参議院名簿登載者の得票数を含むものをいう。)に基づき,それぞれの参議院名簿届出政党等の当選人の数を定め,② 各参議院名簿届出政党等の届出に係る参議院名簿登載者の間における当選人となるべき順位は,その得票数の最も多い者から順次に定めるが,得票数の同じ参議院名簿登載者が2人以上いる場合には,選挙長がくじでそれらの者の間における当選人となるべき順位を定めることとし,③ 各参議院名簿届出政党等の届出に係る参議院名簿登載者のうち,②により定められた当選人となるべき順位に従い,①により定められた当該参議院名簿届出政党等の当選人の数に相当する数の参議院名簿登載者を当選人とするものとしている(95条の3)。また,参議院名簿登載者個人の選挙運動を認めたことに伴い,参議院名簿登載者にも連座制の適用があるものとしている(251条の2ないし251条の4)。

 3 代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,政治における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の実情に即して具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。我が憲法もまた,上記の理由から,国会の両議院の議員の選挙について,議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(43条,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのである。このように,国会は,その裁量により,衆議院議員及び参議院議員それぞれについて公正かつ効果的な代表を選出するという目標を実現するために適切な選挙制度の仕組みを決定することができるものであるから,国会が新たな選挙制度の仕組みを採用した場合には,その具体的に定めたところが,国会の上記のような裁量権を考慮しても,上記制約や法の下の平等などの憲法上の要請に反するためその限界を超えており,これを是認することができない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである(最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁,最高裁昭和54年(行ツ)第65号同58年4月27日大法廷判決・民集37巻3号345頁,最高裁昭和56年(行ツ)第57号同58年11月7日大法廷判決・民集37巻9号1243頁,最高裁昭和59年(行ツ)第339号同60年7月17日大法廷判決・民集39巻5号1100頁,最高裁平成3年(行ツ)第111号同5年1月20日大法廷判決・民集47巻1号67頁,最高裁平成6年(行ツ)第59号同8年9月11日大法廷判決・民集50巻8号2283頁,最高裁平成9年(行ツ)第104号同10年9月2日大法廷判決・民集52巻6号1373頁,最高裁平成11年(行ツ)第8号同11年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1577頁及び最高裁平成11年(行ツ)第241号同12年9月6日大法廷判決・民集54巻7号1997頁参照)。

 4 上記の見地に立って,上告理由について判断する。

 (1) 論旨は,改正公選法が採用した非拘束名簿式比例代表制の制度(以下「本件非拘束名簿式比例代表制」という。)は,参議院名簿登載者個人には投票したいが,その者の所属する参議院名簿届出政党等には投票したくないという投票意思を認めず,選挙人の真意にかかわらず参議院名簿登載者個人に対する投票をその者の所属する参議院名簿届出政党等に対する投票と評価し,比例代表選出議員が辞職した場合等には,当該議員の所属する参議院名簿届出政党等に対する投票意思のみが残る結果となる点において,国民の選挙権を侵害し,憲法15条に違反するものであり,また,本件非拘束名簿式比例代表制の下では,超過得票に相当する票は,選挙人が投票した参議院名簿登載者以外の参議院名簿登載者に投票した選挙人の投票意思を実現するために用いられ,各参議院名簿届出政党等の届出に係る参議院名簿登載者の間における投票の流用が認められることになるから,直接選挙とはいえず,憲法43条1項に違反するなどというのである。

 (2) 名簿式比例代表制は,各名簿届出政党等の得票数に応じて議席が配分される政党本位の選挙制度であり,本件非拘束名簿式比例代表制も,各参議院名簿届出政党等の得票数に基づきその当選人数を決定する選挙制度であるから,本件改正前の拘束名簿式比例代表制と同様に,政党本位の名簿式比例代表制であることに変わりはない。憲法は,政党について規定するところがないが,政党の存在を当然に予定しているものであり,政党は,議会制民主主義を支える不可欠の要素であって,国民の政治意思を形成する最も有力な媒体である。したがって,【要旨】国会が,参議院議員の選挙制度の仕組みを決定するに当たり,政党の上記のような国政上の重要な役割にかんがみて,政党を媒体として国民の政治意思を国政に反映させる名簿式比例代表制を採用することは,その裁量の範囲に属することが明らかであるといわなければならない。そして,名簿式比例代表制は,政党の選択という意味を持たない投票を認めない制度であるから,本件非拘束名簿式比例代表制の下において,参議院名簿登載者個人には投票したいが,その者の所属する参議院名簿届出政党等には投票したくないという投票意思が認められないことをもって,国民の選挙権を侵害し,憲法15条に違反するものとまでいうことはできない。また,名簿式比例代表制の下においては,名簿登載者は,各政党に所属する者という立場で候補者となっているのであるから,改正公選法が参議院名簿登載者の氏名の記載のある投票を当該参議院名簿登載者の所属する参議院名簿届出政党等に対する投票としてその得票数を計算するものとしていることには,合理性が認められるのであって,これが国会の裁量権の限界を超えるものとは解されない。

 

 もっとも,本件非拘束名簿式比例代表制の下においては,比例代表選出議員が辞職し又は離党しても,当該議員の得票数がその所属する参議院名簿届出政党等の得票数から控除されて当該参議院名簿届出政党等の当選人数が減じられることはない。

 

しかしながら,これらの場合に,当該参議院名簿登載者の得票数をその所属する参議院名簿届出政党等の得票数から除外し,改めて当選人数を確定し直すこととしたのでは,手続が複雑となりすぎる上,比例代表選出議員の辞職又は離党によってその所属する参議院名簿届出政党等の他の当選人の当選の効力が失われることとしたのでは,有権者の意思から離れる結果となるという批判を招きかねない。参議院名簿登載者の氏名を記載した投票をその所属する参議院名簿届出政党等に対する投票とみることに合理性があることは前記のとおりであるから,当選後において,比例代表選出議員の辞職又は離党の事態が生じたとしても,上記投票の効果が存続することが直ちに不合理であるとまではいえず,この点をもって国会の裁量権の限界を超えるものということはできない

 なお,本件非拘束名簿式比例代表制の下においては,当選した参議院名簿登載者が選挙犯罪を犯し刑に処せられ,又は当該参議院名簿登載者のために行われる選挙運動に関し総括主宰者等による選挙犯罪が行われ,当該総括主宰者等が刑に処せられた場合であっても,当該参議院名簿登載者の当選が無効となるにとどまり,当該参議院名簿登載者の所属する参議院名簿届出政党等に対する投票としての効果が残る結果となるが,このことが不合理であるとはいえないのは前述した辞職又は離党の場合と同じである。

 (3) また,【要旨】政党等にあらかじめ候補者の氏名を記載した参議院名簿を届け出させた上,選挙人が参議院名簿登載者の氏名又は参議院名簿届出政党等の名称等を記載して投票し,各参議院名簿届出政党等の得票数(当該参議院名簿届出政党等に係る参議院名簿登載者の得票数を含む。)の多寡に応じて各参議院名簿届出政党等の当選人数を定めた後,参議院名簿登載者の得票数の多寡に応じて各参議院名簿届出政党等の届出に係る参議院名簿登載者の間における当選人となるべき順位を定め,この順位に従って当選人を決定する方式は,投票の結果すなわち選挙人の総意により当選人が決定される点において,選挙人が候補者個人を直接選択して投票する方式と異なるところはない。同一参議院名簿届出政党等内において得票数の同じ参議院名簿登載者が2人以上いる場合には,それらの者の間における当選人となるべき順位は選挙長のくじで定められることになるが,この場合も,当選人の決定に選挙人以外の者の意思が介在するものではないから,上記の点をもって本件非拘束名簿式比例代表制による比例代表選挙が直接選挙に当たらないということはできず,憲法43条1項に違反するとはいえない。

 

 (4) 論旨はまた,本件非拘束名簿式比例代表制を導入した立法目的は不当なものであり,立法目的と手段との間に合理的関連性がなく,国会における審議経過も不当であるから,本件非拘束名簿式比例代表制は国会の裁量権の範囲を逸脱しているとも主張する。

 

 しかしながら,本件非拘束名簿式比例代表制は,2(2)で述べたように,本件改正前の拘束名簿式比例代表制に対しては,候補者の顔の見えない選挙である,参議院の政党化を殊更に進めている,名簿登載者の順位の決定過程が分かりにくいなどの批判があったことを受けて,上記制度の問題点を改め,政党本位の選挙制度を採りながら特定の名簿登載者の選択をも可能にするために導入されたものであり,その立法目的が正当でないとはいえず,本件非拘束名簿式比例代表制が上記立法目的に照らして合理性を欠く制度であるということはできず,その導入をもって国会の裁量権の限界を超えているということはできない。また,所定の手続にのっとって可決成立した法律の効力が国会における審議の内容,経過により左右される余地はないから,国会における審議経過の不当をいう論旨は失当である。

 

 (5) 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原判決が所論の憲法の原理や前文,43条,47条,99条等に違反するということはできない。論旨は採用することができない。

 

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

(裁判長裁判官 町田 顯 裁判官 福田 博 裁判官 金谷利廣 裁判官 北川

弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷 玄 裁判官 深澤武久 裁判官 濱田邦

夫 裁判官 横尾和子 裁判官 上田豊三 裁判官 滝井繁男 裁判官 藤田宙靖

 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉 徳治 裁判官 島田仁郎)

【最大判平成11年11月10日(衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟)】

平成11(行ツ)8 民集53巻8号1577頁

 

憲法目次

憲法目次

憲法目次

 

 

要旨

判示事項

一 公職選挙法が衆議院議員選挙につき採用している重複立候補制の合憲性

二 公職選挙法が衆議院議員選挙につき採用している比例代表制の合憲性

裁判要旨

一 所定の要件を充足する政党その他の政治団体に所属する候補者に限り衆議院小選挙区選出議員の選挙と衆議院比例代表選出議員の選挙とに重複して立候補することを認め、重複立候補者が前者の選挙において当選人とされなかった場合でも後者の選挙においては候補者名簿の順位に従って当選人となることができるなどと定めている公職選挙法の規定は、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四三条一項、四四条に違反するとはいえない。

二 公職選挙法が衆議院議員選挙につき採用している比例代表制は、憲法一五条一項、三項、四三条一項に違反するとはいえない。

 

 

 一 原審の適法に確定した事実関係等によれば、第八次選挙制度審議会は、平成二年四月、衆議院議員の選挙制度につき、従来のいわゆる中選挙区制にはいくつかの問題があったので、これを根本的に改めて、政策本位、政党本位の新たな選挙制度を採用する必要があるとして、いわゆる小選挙区比例代表並立制を導入することなどを内容とする答申をし、その後の追加答申等も踏まえて内閣が作成、提出した公職選挙法の改正案が国会において審議された結果、同六年一月に至り、公職選挙法の一部を改正する法律(平成六年法律第二号)が成立し、その後、右法律が同年法律第一〇号及び第一〇四号によって改正され、これらにより衆議院議員の選挙制度が従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められたものである。右改正後の公職選挙法(以下「改正公選法」という。)は、衆議院議員の定数を五〇〇人とし、そのうち、三〇〇人を小選挙区選出議員、二〇〇人を比例代表選出議員とした(四条一項)上、各別にその選挙制度の仕組みを定め、総選挙については、投票は小選挙区選出議員及び比例代表選出議員ごとに一人一票とし、同時に選挙を行うものとしている(三一条、三六条)。このうち小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)については、全国に三〇〇の選挙区を設け、各選挙区において一人の議員を選出し(一三条一項、別表第一)、投票用紙には候補者一人の氏名を記載させ(四六条一項)、有効投票の最多数を得た者をもって当選人とするものとしている(九五条一項)。また、比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については、全国に一一の選挙区を設け、各選挙区において所定数の議員を選出し(一三条二項、別表第二)、投票用紙には一の衆議院名簿届出政党等の名称又は略称を記載させ(四六条二項)、得票数に応じて各政党等の当選人の数を算出し、あらかじめ届け出た順位に従って右の数に相当する当該政党等の名簿登載者(小選挙区選挙において当選人となった者を除く。)を当選人とするものとしている(九五条の二第一項ないし第五項)。これに伴い、各選挙への立候補の要件、手続、選挙運動の主体、手段等についても、改正が行われた。

 本件は、改正公選法の衆議院議員選挙の仕組みに関する規定が憲法に違反し無効であるから、これに依拠してされた平成八年一〇月二〇日施行の衆議院議員総選挙のうち東京都選挙区における比例代表選挙は無効であると主張して提起された選挙無効訴訟である。

 二 代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の実情に即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。我が憲法もまた、右の理由から、国会の両議院の議員の選挙について、およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の広い裁量にゆだねているのである。このように、国会は、その裁量により、衆議院議員及び参議院議員それぞれについて公正かつ効果的な代表を選出するという目標を実現するために適切な選挙制度の仕組みを決定することができるのであるから、国会が新たな選挙制度の仕組みを採用した場合には、その具体的に定めたところが、右の制約や法の下の平等などの憲法上の要請に反するため国会の右のような広い裁量権を考慮してもなおその限界を超えており、これを是認することができない場合に、初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである(最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁、最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁、最高裁昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁、最高裁昭和五九年(行ツ)第三三九号同六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁、最高裁平成三年(行ツ)第一一一号同五年一月二〇日大法廷判決・民集四七巻一号六七頁、最高裁平成六年(行ツ)第五九号同八年九月一一日大法廷判決・民集五〇巻八号二二八三頁及び最高裁平成九年(行ツ)第一〇四号同一〇年九月二日大法廷判決・民集五二巻六号一三七三頁参照)。

 三 右の見地に立って、上告理由について判断する。

 1 改正公選法八六条の二は、比例代表選挙における立候補につき、同条一項各号所定の要件のいずれかを備えた政党その他の政治団体のみが団体の名称と共に順位を付した候補者の名簿を届け出ることができるものとし、右の名簿の届出をした政党その他の政治団体(衆議院名簿届出政党等)のうち小選挙区選挙において候補者の届出をした政党その他の政治団体(候補者届出政党)はその届出に係る候補者を同時に比例代表選挙の名簿登載者とすることができ、両選挙に重複して立候補する者については右名簿における当選人となるべき順位を同一のものとすることができるという重複立候補制を採用している。重複立候補者は、小選挙区選挙において当選人とされた場合には、比例代表選挙における当選人となることはできないが、小選挙区選挙において当選人とされなかった場合には、名簿の順位に従って比例代表選挙の当選人となることができ、後者の場合に、名簿において同一の順位とされた者の間における当選人となるべき順位は、小選挙区選挙における得票数の当該選挙区における有効投票の最多数を得た者に係る得票数に対する割合の最も大きい者から順次に定めるものとされている(同法九五条の二第三ないし第五項)。同法八六条の二第一項各号所定の要件のうち一号、二号の要件は、同法八六条一項一号、二号所定の候補者届出政党の要件と同一であるから、これらの要件を充足する政党等に所属する者は小選挙区選挙及び比例代表選挙に重複して立候補することができるが、右政党等に所属しない者は、同法八六条の二第一項三号所定の要件を充足する政党その他の政治団体に所属するものにあっては比例代表選挙又は小選挙区選挙のいずれかに、その他のものにあっては小選挙区選挙に立候補することができるにとどまり、両方に重複して立候補することはできないものとされている。また、右の名簿に登載することができる候補者の数は、各選挙区の定数を超えることができないが、重複立候補者はこの計算上除外されるので、候補者届出政党の要件を充足した政党等は、右定数を超える数の候補者を名簿に登載することができることとなる(同条五項)。そして、衆議院名簿届出政党等のすることができる自動車、拡声機、ポスターを用いた選挙運動や新聞広告、政見放送等の規模は、名簿登載者の数に応じて定められている(同法一四一条三項、一四四条一項二号、一四九条二項、一五〇条五項等)。さらに、候補者届出政党は、小選挙区選挙の選挙運動をすることができるほか、衆議院名簿届出政党等でもある場合には、その小選挙区選挙に係る選挙運動が同法の許す態様において比例代表選挙に係る選挙運動にわたることを妨げないものとされている(同法一七八条の三第一項)。

 右のような改正公選法の規定をみると、立候補の機会において、候補者届出政党に所属する候補者は重複立候補をすることが認められているのに対し、それ以外の候補者は重複立候補の機会がないものとされているほか、衆議院名簿届出政党等の行うことができる選挙運動の規模において、重複立候補者の数が名簿登載者の数の制限の計算上除外される結果、候補者届出政党の要件を備えたものは、これを備えないものより規模の大きな選挙運動を行うことができるものとされているということができる。

 論旨は、右のような重複立候補制に係る改正公選法の規定は、重複立候補者が小選挙区選挙で落選しても比例代表選挙で当選することができる点において、憲法前文、四三条一項、一四条一項、一五条三項、四四条に違反し、また、重複立候補をすることができる者ないし候補者届出政党の要件を充足する政党等と重複立候補をすることができない者ないし右要件を充足しない政党等とを差別的に取り扱うものであり、選挙人の選挙権の十全な行使を侵害するものであって、憲法一五条一項、三項、四四条、一四条一項、四七条、四三条一項に違反し、さらに、選挙の時点で候補者名簿の順位が確定しないものであるから直接選挙といえず、憲法四三条一項、一五条一項、三項に違反するなどというのである。

 2 【要旨第一】重複立候補制を採用し、小選挙区選挙において落選した者であっても比例代表選挙の名簿順位によっては同選挙において当選人となることができるものとしたことについては、小選挙区選挙において示された民意に照らせば、議論があり得るところと思われる。しかしながら、前記のとおり、選挙制度の仕組みを具体的に決定することは国会の広い裁量にゆだねられているところ、同時に行われる二つの選挙に同一の候補者が重複して立候補することを認めるか否かは、右の仕組みの一つとして、国会が裁量により決定することができる事項であるといわざるを得ない。改正公選法八七条は重複立候補を原則として禁止しているが、これは憲法から必然的に導き出される原理ではなく、立法政策としてそのような選択がされているものであり、改正公選法八六条の二第四項が政党本位の選挙を目指すという観点からこれに例外を設けたこともまた、憲法の要請に反するとはいえない。重複して立候補することを認める制度においては、一の選挙において当選人とされなかった者が他の選挙において当選人とされることがあることは、当然の帰結である。したがって、重複立候補制を採用したこと自体が憲法前文、四三条一項、一四条一項、一五条三項、四四条に違反するとはいえない。

 もっとも、衆議院議員選挙において重複立候補をすることができる者は、改正公選法八六条一項一号、二号所定の要件を充足する政党その他の政治団体に所属する者に限られており、これに所属しない者は重複立候補をすることができないものとされているところ、被選挙権又は立候補の自由が選挙権の自由な行使と表裏の関係にある重要な基本的人権であることにかんがみれば、合理的な理由なく立候補の自由を制限することは、憲法の要請に反するといわなければならない。しかしながら、右のような候補者届出政党の要件は、国民の政治的意思を集約するための組織を有し、継続的に相当な活動を行い、国民の支持を受けていると認められる政党等が、小選挙区選挙において政策を掲げて争うにふさわしいものであるとの認識の下に、第八次選挙制度審議会の答申にあるとおり、選挙制度を政策本位、政党本位のものとするために設けられたものと解されるのであり、政党の果たしている国政上の重要な役割にかんがみれば、選挙制度を政策本位、政党本位のものとすることは、国会の裁量の範囲に属することが明らかであるといわなければならない。したがって、同じく政策本位、政党本位の選挙制度というべき比例代表選挙と小選挙区選挙とに重複して立候補することができる者が候補者届出政党の要件と衆議院名簿届出政党等の要件の両方を充足する政党等に所属する者に限定されていることには、相応の合理性が認められるのであって、不当に立候補の自由や選挙権の行使を制限するとはいえず、これが国会の裁量権の限界を超えるものとは解されない

 そして、行うことができる選挙運動の規模が候補者の数に応じて拡大されるという制度は、衆議院名簿届出政党等の間に取扱い上の差異を設けるものではあるが、選挙運動をいかなる者にいかなる態様で認めるかは、選挙制度の仕組みの一部を成すものとして、国会がその裁量により決定することができるものというべきである。一般に名簿登載者の数が多くなるほど選挙運動の必要性が増大するという面があることは否定することができないところであり、重複立候補者の数を名簿登載者の数の制限の計算上除外することにも合理性が認められるから、前記のような選挙運動上の差異を生ずることは、合理的理由に基づくものであって、これをもって国会の裁量の範囲を超えるとはいえない。これが選挙権の十全な行使を侵害するものでないことも、また明らかである。したがって、右のような差異を設けたことが憲法一五条一項、三項、四四条、一四条一項、四七条、四三条一項に違反するとはいえない。

 また、【要旨第二】政党等にあらかじめ候補者の氏名及び当選人となるべき順位を定めた名簿を届け出させた上、選挙人が政党等を選択して投票し、各政党等の得票数の多寡に応じて当該名簿の順位に従って当選人を決定する方式は、投票の結果すなわち選挙人の総意により当選人が決定される点において、選挙人が候補者個人を直接選択して投票する方式と異なるところはない。複数の重複立候補者の比例代表選挙における当選人となるべき順位が名簿において同一のものとされた場合には、その者の間では当選人となるべき順位が小選挙区選挙の結果を待たないと確定しないことになるが、結局のところ当選人となるべき順位は投票の結果によって決定されるのであるから、このことをもって比例代表選挙が直接選挙に当たらないということはできず、憲法四三条一項、一五条一項、三項に違反するとはいえない。

 3 論旨はまた、改正公選法の一三条二項及び別表第二の定める南関東選挙区の比例代表選挙の定数と同選挙区内の同条一項及び同法別表第一の定める小選挙区選挙の定数との合計数が五五となるのに対し、同東海選挙区のそれは五七となり、この合計数でみるならば、人口の多い南関東選挙区に人口の少ない東海選挙区より少ない定数が配分されるという逆転現象が生じており、これが憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条の各規定による投票価値の平等の要請に違反するとも主張する。

 しかしながら、所論のように選挙区割りを異にする二つの選挙の議員定数を一方の選挙の選挙区ごとに合計して当該選挙区の人口と議員定数との比率の平等を問題とすることには、合理性がないことが明らかであり、比例代表選挙の無効を求める訴訟においては、小選挙区選挙の仕組みの憲法適合性を問題とすることはできないというほかはない。そして、比例代表選挙についてみれば、投票価値の平等を損なうところがあるとは認められず、その選挙区割りに憲法に違反するところがあるとはいえない。したがって、改正公選法の一三条二項及び別表第二の規定が憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条に違反するとは認められない。

 4 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決が憲法前文、一三条、一四条一項、一五条一項、三項、四三条一項、四四条、四七条等に違反するとはいえず、所論の理由の食違いの違法もない。論旨は採用することができない。

 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 

 

(裁判長裁判官 山口 繁 裁判官 小野幹雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 河合

伸一 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 福田 博 裁判官 藤井正

雄 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫

 裁判官 奥田昌道 裁判官 梶谷 玄)

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-6)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同福田博、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

 

【最大判平成11年11月10日(衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟)】

平成11(行ツ)35・民集 第5381704

 

憲法目次Ⅰ

憲法目次Ⅱ

憲法目次Ⅲ


衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-1)最大判平成11年11月10日 事実関係・要旨1

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-2)最大判平成11年11月10日 判旨・要旨2

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-3)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-4)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見前半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-5)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見後半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-6)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同福田博、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

 

 

 

【判示三4についての裁判官河合伸一、同遠藤光男、同福田博、同元原利文、同梶

谷玄の反対意見】は、次のとおりである。

 私たちは、多数意見とは異なり、小選挙区選挙の候補者のうち、候補者届出政党に所属しない者と、これに所属する者との間に存在する選挙運動上の差別は、憲法に違反するものであり、本件選挙は違法であると考える。その理由は、以下のとおりである。

 一 選挙運動を行う権利の憲法上の意義

 代議制民主主義制度を採る我が憲法の下においては、国会議員を選出するに際しての国民の権利、すなわち選挙権を自由かつ平等に行使する権利は極めて重要な基本的人権であるから、これと表裏の関係にある被選挙権、すなわち国会議員に立候補する権利を自由かつ平等に行使することができることもまた重要な基本的人権であることは、いうをまたない。そして、被選挙権の内容には、当選を目的として選挙運動を行う権利が含まれていることは当然であるから、憲法は、合理的な理由がない限り、選挙運動を行うに当たり、すべての候補者が平等に取り扱われるべきことを要請しているということができる。 また、国会は、国権の最高機関として、自由かつ公平な選挙によって選出され、広く全国民を代表する議員によって構成されるべきものであるから、被選挙権の平等は、具体的な選挙制度の仕組みを定めるに当たり考慮すべき最も重要な基準の一つである

 二 選挙運動を行う権利と選挙制度の関係

 選挙運動を行う上で平等であるということは、選挙運動に当たり、候補者は、信条、性別、社会的身分等によっては差別されないことを意味するのであり、これには特定の政党又は政治団体に所属するか否かによって差別されないことも当然含まれるのである。

 ところが、改正公選法の衆議院議員の候補者の選挙運動に関する規定をみると、小選挙区選挙における立候補につき、同法八六条は、一項各号所定の要件のいずれかを備えた政党その他の政治団体が当該団体に所属する者を候補者として届け出る制度を採用し、これとともに、候補者となろうとする者又はその推薦人も候補者の届出をすることができるものとしている。そして、右の候補者の届出をした政党その他の政治団体(候補者届出政党)は、候補者本人のする選挙運動とは別に、一定の選挙運動を行うことができるほか、候補者本人はすることのできない政見放送をすることができるものとされている。

 多数意見は、改正公選法が、候補者と並んで候補者届出政党にも選挙運動を認めたことは、選挙制度を政策本位、政党本位のものとするという理由によるものであって合理性を是認することができ、これにより候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に選挙運動の上で差異を生ずることは避け難いところであって、法に定める選挙運動上の差異は、候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って不可避的に生ずるということができる程度のものであるから、これが国会の裁量の範囲を超え、憲法に違反するとは認め難く、また、政見放送が候補者届出政党にのみ認められていることについても、この一事をもって、選挙運動に関する規定における候補者間の差異が合理性を有するとは到底考えられない程度に達しているとまでは断定し難いというのである。

 しかしながら、選挙制度を政策本位のものとすることが望ましいとしても、これを政党本位のものとすることについては、別途検討を要する問題がある。候補者届出政党が選挙運動を行うに当たり、その政党が掲げる政策の内容を具体的に説明し、その政党に属する候補者を当選させることが政策の実現に資するゆえんであるとして選挙人に働き掛けることは、政党に選挙運動を認めた直接の結果であって、特に問題とされる余地はない。しかし、候補者届出政党が更に一歩を進め、特定の小選挙区内で、その政党に所属して立候補した具体的な候補者の氏名を選挙人に示し、その候補者の当選を目的とする選挙運動を行うことは、とりもなおさず、その候補者が個人として行う選挙運動に、政党が個人のための選挙運動を上積みすることを意味し、政党に所属する候補者に、政党に所属しない候補者と比較して、質量共により大きな選挙運動の効果を享受させることになるのである。したがって、その較差の程度と内容によっては、憲法が要請する被選挙権の平等の原則に反するおそれを生じかねないのである

 三 改正公選法における選挙運動上の差異の内容とその程度

 そこで、小選挙区における候補者届出政党に所属する候補者と、これに所属しない候補者の選挙運動上の差異をみるため、候補者に認められる選挙運動の態様と、候補者届出政党のそれとを比較してみると、大要次のとおりであると認められる(以下、この項において、公職選挙法を「法」と、公職選挙法施行令を「令」と、公職選挙法施行規則を「規則」という。)。

 1 選挙事務所の設置

 (一) 候補者

 原則として一箇所を超えて設置することができない(法一三一条一項一号)。

 (二)候補者届出政党

 届け出た候補者に係る選挙区ごとに、原則として一箇所を超えて設置することができない(法一三一条一項一号)。

 候補者届出政党の選挙事務所においても、候補者本人の選挙運動に関する事務を取り扱うことができると解される。

 2 自動車、船舶及び拡声機の使用

 (一) 候補者

 主として選挙運動に使用される自動車又は船舶及び拡声機は、候補者一人について、原則として、自動車一台又は船舶一隻及び拡声機一そろいのほかは、使用することができない(法一四一条一項)。自動車又は船舶に乗車又は乗船することができる人数には制限があり(法一四一条の二第一項)、自動車の種類や構造にも制限がある(法一四一条七項、令一〇九条の三)。

 (二) 候補者届出政党

 候補者届出政党は、(一)にかかわらず、その届け出た候補者に係る選挙区を包括する都道府県ごとに、自動車一台又は船舶一隻及び拡声機一そろいを、主として選挙運動のために使用することができ、当該都道府県における当該候補者届出政党の届出候補者の数が三人を超える場合には、この超える数が一〇人を増すごとに、右の自動車又は船舶及び拡声機一の使用に加えて、自動車一台又は船舶一隻及び拡声機一そろいを使用することができる(法一四一条二項)。乗車、乗船人数及び自動車の種類や構造に制限はなく、候補者自身も乗車又は乗船することができると解される。

 3 文書図画の頒布

 (一) 候補者

 選挙運動のために使用する文書図画は、候補者一人につき、通常葉書三万五〇〇〇枚及び二種類以内のビラ七万枚のほかは、頒布することができない(法一四二条一項一号)。右のビラは、長さ二九・七センチメートル、幅二一センチメートルを超えてはならない(同条九項)。

 (二) 候補者届出政党

 候補者届出政党は、(一)にかかわらず、その届け出た候補者に係る選挙区を包括する都道府県ごとに、通常葉書は二万枚、ビラは四万枚を基数として、これらにそれぞれ当該都道府県における当該候補者届出政党の届出候補者の数を乗じて得た数以内の通常葉書又はビラを選挙運動のために頒布することができる。ただし、ビラについては、その届け出た候補者に係る選挙区ごとに四万枚以内で頒布するほかは、頒布することができない(法一四二条二項)。右のビラは、長さ四二センチメートル、幅二九・七センチメートルを超えてはならない(同条九項)。右の通常葉書又はビラには、候補者の氏名、写真、政見等も掲載することができると解される。

 4 文書図画の掲示

 (一) 候補者

 選挙運動のために使用する文書図画は、次のいずれかに該当するもののほかは、掲示することができない(法一四三条一項)。

 (1) 選挙事務所を表示するために、その場所において使用するポスター、立札、ちょうちん及び看板の類(同項一号)

 (2) 法一四一条の規定により選挙運動のために使用される自動車又は船舶に取り付けて使用するポスター、立札、ちょうちん及び看板の類(同項二号)

 (3) 候補者の使用するたすき、胸章及び腕章の類(同項三号)

 (4) 演説会場において、その演説会の開催中使用するポスター、立札、ちょうちん及び看板の類(同項四号)

 (5)個人演説会告知用ポスター(同項四号の二)

 (6) 前各号に掲げるものを除くほか、選挙運動のために使用するポスター(同項五号)

 右の(5)及び(6)のポスターについては枚数制限があり、法定の掲示場ごとに、候補者一人につき、それぞれ一枚に限る(法一四三条三項)。また、右(6)のポスターは、長さ四二センチメートル、幅三〇センチメートルを超えてはならない(法一四四条四項)。

 (二) 候補者届出政党

 候補者届出政党は、(一)の(1)、(2)、(4)及び(6)に該当する文書図画を掲示することができるが、(6)のポスターについては枚数制限があり、その届け出た候補者に係る選挙区を包括する都道府県ごとに、一〇〇〇枚に当該都道府県における当該候補者届出政党の届出候補者の数を乗じて得た数(ただし、その届け出た候補者に係る選挙区ごとに、一〇〇〇枚以内)に限る(法一四四条一項一号)。また、候補者届出政党が使用することができる(6)のポスターは、長さ八五センチメートル、幅六〇センチメートルを超えてはならない(同条四項)。

 ポスターには、届出候補者の氏名や写真も掲載することができると解される。

 5 新聞広告

 (一) 候補者

 候補者は、横九・六センチメートル、縦二段組以内の寸法で、いずれか一の新聞に、選挙運動期間中、五回を限り、選挙に関して広告をすることができる(法一四九条一項、規則一九条一項)。

 (二) 候補者届出政党

 候補者届出政党は、当該都道府県における当該候補者届出政党の届出候補者の数に応じて、横三八・五センチメートル以内、縦四段組以内から一六段組以内の寸法で、いずれか一の新聞に、選挙運動の期間中、八回から三二回までの回数を限り、選挙に関して広告をすることができる(法一四九条一項、規則一九条二項)。

 広告には、届出候補者の氏名や写真も掲載することができると解される。

 6 政見放送・経歴放送

 (一) 候補者

 候補者は、政見放送をすることができない(法一五一条の五)。

 候補者の経歴放送については、日本放送協会は、少なくとも、ラジオ放送によりおおむね一〇回、テレビジョン放送により一回、候補者の氏名、年齢、党派別、主要な経歴等を放送する(法一五一条一項、二項)。

 (二) 候補者届出政党

 候補者届出政党は、日本放送協会及び都道府県ごとに自治大臣が定める民間放送会社の放送設備により、届出候補者の数に応じて定められた時間数の政見放送を行うことができる(法一五〇条一項、四項、令一一一条の四第一項、第五項)。

 政見放送においては、届出候補者を出演させたりその紹介をしたりすることができると解される。

 7 演説会

 (一) 候補者

 候補者は、回数の制限なく、個人演説会を開催することができる(法一六一条一項、一六一条の二)。

 (二) 候補者届出政党

 候補者届出政党は、右とは別に、回数の制限なく、候補者を届け出た選挙区ごとに政党演説会を開催することができる(法一六一条一項、一六一条の二)。

 政党演説会においては、候補者への投票依頼等を行うことができると解される。

 以上のうち2ないし4及び7の選挙運動費用の一部が、候補者については公費負担とされているが、候補者届出政党には公費負担の定めがない。しかしながら、候補者届出政党となり得る要件は、政党助成法により法人格を取得して政党交付金の交付を受けることができる政党の要件とおおむね同一であること(政党助成法二条一項、三条、政党交付金の交付を受ける政党等に対する法人格の付与に関する法律三条一項、四条一項参照)、政党交付金の使途については制限がなく(政党助成法四条一項)、選挙運動にも使用することができることが留意されるべきである。

 四 較差の評価

 右によって較差の程度と内容を検証してみると、小選挙区選挙において候補者届出政党に認められている選挙運動のうち、候補者自身の選挙運動に上積みされると評価することができるものは、それだけで優に候補者本人に認められた選挙運動量に匹敵する程のものがあると考えられるところ、特に、改正公選法一五〇条一項が、小選挙区選挙において、候補者届出政党にのみ政見放送を認め、候補者を含むそれ以外の者には政見放送を認めないとしたことは、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に、質量共に大きな較差を設けたというべきである。

 政見放送についてこのような差異を設けた根拠については、選挙区が狭くなったこと、従前より多数の立候補が予測され、候補者に政見放送の機会を均等に提供することが困難になったこと、候補者届出政党は、選挙運動の対象区域が広く、ラジオ放送、テレビジョン放送の利用が不可欠であること等と説明されているが、これは、今日におけるラジオ放送又はテレビジョン放送の影響力の大きさや、全国各地に地方ラジオ放送局、地方テレビジョン放送局が普及している事実を軽視するものであって、到底正当な理由とはなり得ない。また、政見放送は、これのみを切り離して評価すべきものではなく、候補者届出政党に認められた他の選挙運動と不可分一体のものとして、候補者に認められた選挙運動との比較検討をすべきものである。

 以上を総合すると、候補者届出政党に所属する候補者の受ける利益は、候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って不可避的に生じる程度にすぎないというのは、あまりにも過小な評価といわざるを得ず、候補者届出政党に所属する候補者と、これに所属しない候補者との間の選挙運動上の較差は、合理性を有するとは到底いえない程度に達していると認めざるを得ない。

 五 候補者届出政党への参入の可能性

 1 候補者届出政党に所属する候補者となることが、右のごとく選挙運動上大きな効果を享受できることになるとしても、これから立候補をしようとする者が容易に政党その他の政治団体を結成し、あるいは既に所属する政党その他の政治団体の組織を変更することにより、候補者届出政党に所属する候補者になり得るのであれば、候補者届出政党に所属しないで立候補することは、選挙運動上の便益を受ける

ことを自ら放棄したとみることができるから、便益の較差を問題とする必要は生じないであろう。

 2 ところが、改正公選法において候補者届出政党となり得る要件は、国会議員を五人以上有するか、直近の国政選挙における得票総数が、有効投票総数の二パーセント以上であることと定められているのである。ほとんどの既成の政党がこの要件を満たすことには問題がないと思われるのに対し、右の要件を満たさない政党その他の政治団体が候補者届出政党となり得る途は全く閉ざされており、このことが次の選挙を目指し新たな政策を掲げて政治団体を結成することを著しく妨げる要因となっているのである。したがって、新たに立候補をしようとする者で候補者届出政党に所属しないものは、不利な条件下で選挙運動をすることに甘んじつつ候補者届出政党に所属する候補者以上の得票をすることを目標に努力するか、あるいは自己の有する結社の自由を事実上放棄し、不本意ながら候補者届出政党の要件を備える政党に加入し、その所属候補者として立候補することを余儀なくされることになるのである。

 六 結論

 以上のとおりであって、候補者届出政党への参入の窓口を閉ざしたまま、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間で、右のごとく著しい選挙運動上の便益の較差を残したまま選挙を行うことは、候補者届出政党に所属しない候補者に、極めて不利な条件を課してレースへ参加することをやむなくさせることになると認めざるを得ない。

 したがって、改正公選法の小選挙区の選挙運動に関する規定は、候補者が法の定める一定の要件を備えた政党又は政治団体に所属しているか否かにより、合理的な理由なく、選挙運動の上で差別的な扱いをすることを容認するものであって、憲法一四条一項に反するとともに、国会の構成原理に反する違法があるというべきである。

 もっとも、本件訴訟の対象となった選挙区の選挙を無効としたとしても、それ以外の選挙区の選挙が当然に無効となるものではないこと、当該選挙を無効とする判決の結果、一時的にせよ憲法の予定しない事態が現出することになることなどにかんがみると、本件については、判示三3について述べた理由によるほか、以上の理由によっても、いわゆる事情判決の法理により、主文においてその違法を宣言するにとどめ、これを無効としないこととするのが相当である。

 

(裁判長裁判官 山口 繁 裁判官 小野幹雄 裁判官 千種秀夫 裁判官 河合

伸一 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 福田 博 裁判官 藤井正

雄 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫

 裁判官 奥田昌道 裁判官 梶谷 玄)

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-5)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見後半

 

【最大判平成11年11月10日(衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟)】

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衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-1)最大判平成11年11月10日 事実関係・要旨1

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-2)最大判平成11年11月10日 判旨・要旨2

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-3)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-4)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見前半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-5)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見後半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-6)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同福田博、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

 

 

 七 平等原則を忠実に遵守した選挙区割りを行う中心的責任は、もとより国会自身にある。しかし、それを構成する現職の国会議員は、現存の選挙制度で当選してきているのであるから、選挙制度の改正に対し基本的に慎重な対応を行う傾向が強い。それゆえに、選挙制度が投票価値の不平等を内包している場合であっても、その是正に対する熱意は不足しがちである。三権分立を採る統治システムの中にあっては、そのような事態を是正する役割は行政及び司法にもあるが、司法が違憲立法審査権を与えられているとき、司法の果たす役割は極めて重大なものとなる。この点は、行政が、元来国会の影響を受けやすい立場にあることのみならず、我が国のように現職の国会議員を頂点とする議院内閣制の下にあっては、行政府の長が別途の選挙によって選出される大統領制などに比し、選挙区割りなど国会議員の利害に直接影響する問題について具体的に発言することがおのずから限定されている事情の下では、一層認識されるべきものである。

 八 司法は、長年にわたり、選挙制度に関する国会の広い裁量権の存在を基本とした理由付けの下に、衆・参両院の存在意義の相違等を理由として、衆議院議員選挙については最大較差三倍未満、参議院議員選挙のうち選挙区選出議員については最大較差六倍未満の較差(平等原則からのかい離)の発生を容認してきた。今回の多数意見も、平成一〇年判決に引き続き、改正公選法により行われた本件選挙についても、従来の判例が踏襲した判断の枠組み及びその考え方を変更する必要を見ないとしている

 しかし、今や衆・参両院議員の選挙制度は極めて似通ったものとなっており、衆議院議員選挙は小選挙区及び比例区の並立制により、また、参議院議員選挙は選挙区(小選挙区、中選挙区)及び比例代表の並立制により行われている(参議院では選挙区選挙を半数改選制により行うので、定員二人の選挙区は定員一人の小選挙区として行われ、それ以上の定員の選挙区は中選挙区となる。)。このような状況下にあっては、そもそも何ゆえに憲法が代表民主制の前提としている投票価値の平等といった重要原則からのかい離を認めるのかを理解し難いことのほか、国会が平等原則からのかい離の程度を衆・参両院について異ならしめ、それによって衆・参両院の差を際立たせようとしていることをどうして容認し続ける必要があるのか、私には全く理解できない。衆・参両院の差を設けることが望ましいという命題は、投票価値の不平等を通じて達成されてはならないのである。

 また、司法は、従来参議院議員選挙のうち選挙区選出議員については、地域性の要素が存在すると認定する(平成一〇年判決における多数意見は、選挙区選出議員について、都道府県を選挙区とすることは、都道府県が歴史的にも政治的、経済的、社会的にも独自の意義と実体を有し政治的に一つのまとまりを有する単位としてとらえ得ることに照らし、これを構成する住民の意見を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味しようとしたものと解することができるから、合理性を欠くものとはいえないと述べている。)一方、今回は衆議院議員選挙のうち選挙区選挙において、「一人別枠制」(その違憲性は、裁判官河合伸一、同遠光男、同元原利文、同梶谷玄の反対意見により極めて明らかであるので、再説を要しない。)という形で導入された地域性の要素を是認するに至っている。しかし、そもそも憲法には平等原則の遵守や投票の秘密の程度などを地域性の要素によって操作することを認める規定などはないのである。選挙区の画定方法において、地域性によって平等原則の遵守の程度を異ならしめることまでを容認することは、すなわち平等原則の軽視に対し目を閉ざすことにほかならない

 九 我が国憲法の解釈は、我が国司法の積み重ねてきた判例に沿って行われればよいのであって、外国における経験などといったものは考慮する要がないといった議論があるが、そのような考え方はもちろん採ることができない。「代表民主制」とか「法の支配」とかいった概念は、民主主義制度を持つ多くの国における歴史と経験の積重ねに基づいて発展してきたものである。我が国の憲法もそのような経験に裏打ちされている。成熟した民主主義国家の会合といわれるG7を構成する諸外国を見ても、我が国のように平等原則からのかい離について寛容な国はない。そのうち米国、英国、フランス、ドイツにおいて投票価値の平等が尊重されていることについては、平成一〇年判決における裁判官尾崎行信、同福田博の追加反対意見に詳述したので、これを引用する。

 イタリアにおいては、一九九三年に上下両院につき従来の全面的な比例代表制から小選挙区比例代表並立制への転換が行われ(いずれも小選挙区七五パーセント、比例区二五パーセントの割合になっているが、下院については重複立候補が認められている。)、今回の我が国公職選挙法の改正に当たっても参考とされたといわれる。しかし、定数の較差について見ると、我が国と異なり、伝統的に人口比に応じた選挙区割りが厳格に行われているので、定数較差が政治的又は司法上の問題となったことはない(一〇年ごとに実施される国勢調査を基礎として、各選挙区の人口に比例して定数配分を行い、委任立法により確定する。)(注)。

(注) イタリアの下院議員定数は六三○人で、選挙区は全二七区からなり、原則として各州(全国で二○州)を一選挙区としつつ、人口の多い州について二又は三の選挙区を設け、議員定数は、各選挙区の人口に厳格に比例して配分される。

 各選挙区においては、原則として議員定数の七五パーセントが小選挙区、二五パーセントが比例代表区に割り当てられる。それぞれの選挙区の中に画定される小選挙区の区割りには詳細かつ厳格な基準が設けられており、各小選挙区の人口と当該選挙区内の全小選挙区の基準人口とのかい離は最大でも一五パーセント(最大較差に換算すれば一・三五倍)とされている。

 具体的には、全国の議員一人当たりの基準人口からのかい離は、議員一人当たりの人口が最小のモリーゼ選挙区と最大のフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア選挙区について見てもそれぞれ一○パーセント未満にすぎず(最大較差は約一・一一倍となっている。)、特例が適用されるヴァッレ・ダオスタ選挙区(人口が少ないため小選挙区総定数四七五人のうちの議員一人を選出するための小選挙区選挙のみが行われ、比例区選挙権は与えられない。)についても最大較差換算で約一・四倍に収まっている。以上の結果、全国を小選挙区のレベルで比較しても、最大較差は約一・五倍の範囲にとどまっている(イタリア憲法五六条四項、五七条四項、一九五七年三月三○日付け大統領令第三六一号(下院選挙法単一法典)、一九九三年八月四日付け法律第二七七号(下院選挙に関する新規則)外参照)。

 カナダにおいては、連邦下院選挙についての各州内の選挙区は一〇年ごとに行われる国勢調査に基づき求められる基準人口に等しくなるよう再区分を行い、原則としてその偏差は、最大でも二五パーセント以内(最大較差に換算すれば一・六七倍まで)にとどまるよう選挙区の区割りを行うこととなっている(注)。

(注) カナダ連邦下院議員選挙の選挙区は、一九六四年の選挙区割委員会法及び一九七○年の選挙区割法に基づいて設置された各州(準州を含む。)の選挙区割委員会により画定されることになっており、一〇年ごとに行われる国勢調査に基づき各州内の選挙区間の人口が等しくなるよう選挙区の再区分が行われる。具体的には連邦下院議員定数(一九九七年の総選挙時は三○一議席)を基礎とし、各州の人口を各々の議員定数で割って得た基準住民数の上下二五パーセントを超えない範囲で選挙区の区割りが行われる(ただし、各州の選挙区割委員会が特別な事情があると認めた場合(投票の便など)にはごく一部の例外が認められるときがある。)。各州に割り当てられる連邦下院議員数は、一八六七年憲法五一条一項に従い、同じく一〇年ごとの国勢調査により、原則として各州の人口に応じ調整されるが、連邦制であるため、いくつかの例外が存在する。

 なお、恣意的な境界線が決定されることを防止するため、各州の選挙区割委員会は、政治的に中立な構成となるよう工夫されている。現実には、三人の構成員のうち、一人は州最高裁判所判事が任命され、他の二人は連邦下院議長により任命されている。委員会による区割案は各州で検討された後、連邦選挙管理委員長に提出され、最終的には連邦下院の承認を受けることとなっている。

 以上の各国について見れば、いずれも投票価値の平等の原則に関する我が国の考え方よりもはるかに厳格な考え方を採っていることが明らかである。

 我が国憲法に規定する平等原則が国会議員選挙においていかに軽んじられてきているか、また、実際にどこまで一対一の目標の近くまで是正を行うことが可能かを見極めるに当たっては、このような他国の例は大いに参考になる。

 一〇 我が国における累次の定数訴訟の根本的争点は、現代における人間の平等という概念をいかに理解するかに懸かっている。長きにわたる人間の歴史において、平等や自由は、神から王へ、王から諸侯貴族へ、更に少数有産階級へ、ついには一般市民へと、次第にその享受対象を拡大し、我が国で国民一般にまでこれが及んだのは、二十世紀中葉に至ってからである。しかも、対象の範囲のみならず平等の実質や程度も、文化経済の進展につれて今日においても、なおかつ変化し徹底し続けていることを忘れてはならない。

 平等原則が国家の政治制度に表現されたのが代表民主制であり、それが選挙制度において具体化されたのがいわゆる「一人一票」の原則であって、市民に「政治参加への平等な機会」を与えることこそ、長い歴史の実験を経て、現存する最も好ましい政治制度であると評価されている。その実施に当たっては、世界各国においてある程度の投票価値の較差が許容されることがあったが、社会一般における平等への希求の深化に応じ、差別を許容する程度は急速に狭められ、今日では、二倍の較差(これは要するに一人の投票に二人分の投票の価値を認めるものである。)は到底適法とは認められず、可能な限り一対一に近接しなければならないとするのが、文明社会における常識となっている。今や我が国の独自性とか累次の判例を口実に、人類の普遍的価値である平等を、世界的に広く要請され、受容されている水準から、遠く離れた位置に放置し続けることの許されない時代に達している。かねてから特殊な社会的背景を理由に「分離すれども平等」との主張を採り続けた立場を正した裁判の例(米国)を想起すれば、二十一世紀も間近な今日、「三倍又は六倍近くの投票価値の較差があってもなお平等」という宿年の論理を矯正するべき時期に至っていることは疑いをいれない。

 一一 憲法の定める三権分立は、三権のそれぞれの自律性を尊重しつつも、相互に的確にチェックし合うことを予定している

 国会がその構成員(議員)を選出する制度を策定する際、憲法の定める投票価値の平等の原則を軽視し、遵守しないのであれば、これを違憲と断ずるのは司法の責務である。長年にわたって寛容な態度をとってきたからといって、その違憲性から目を背けてはならない。憲法に定める平等原則に照らせば、今回の公職選挙法改正における小選挙区決定に当たっての定数較差是正の方針の程度はそもそも質的に不十分であるのみならず、恣意的な投票価値の操作である「一人別枠制」の導入と相まって、右改正の内容が憲法に違反することは極めて明らかである

 一二 したがって、本件選挙には、憲法に違反する定数配分規定に基づいて施行された瑕疵が存したことになるが、改正公選法による一回目の総選挙であったこともあり、多数意見の引用する昭和五一年四月一四日大法廷判決及び同六〇年七月一七日大法廷判決の判示するいわゆる事情判決の法理により、主文において本件訴訟の対象となった選挙区の選挙の違法を宣言するにとどめ、これを無効としないことが相当と考える

 

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-4)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見前半

 

【最大判平成11年11月10日(衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟)】

平成11(行ツ)35・民集 第5381704

 

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衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-1)最大判平成11年11月10日 事実関係・要旨

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-2)最大判平成11年11月10日 判旨・要旨2

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-3)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-4)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見前半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-5)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見後半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-6)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同福田博、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

 

【判示三3についての裁判官福田博の反対意見】は、次のとおりである。

 一 私は、裁判官河合伸一、同遠藤光男、同元原利文、同梶谷玄の反対意見に共感するところが多いが、憲法に定める投票価値の平等は、極めて厳格に貫徹されるべき原則であり、選挙区割りを決定するに当たり全く技術的な理由で例外的に認められることのある平等からのかい離も、最大較差二倍を大幅に下回る水準で限定されるべきであるとの考えを持っているので、その理由等につき、あえて別途反対意見を述べることとした。なお、国会議員選挙における投票価値の平等の問題は、衆議院議員選挙のそれと参議院議員選挙のそれとが相互に密接に関連しているところ、参議院議員選挙については、多数意見の引用する平成一〇年九月二日大法廷判決(以下「平成一〇年判決」という。)における裁判官尾崎行信、同河合伸一、同遠藤光男、同福田博、同元原利文の反対意見及び裁判官尾崎行信、同福田博の追加反対意見において詳しく見解を述べているので、適宜これを引用することとする。

 二 国会は、全国民を代表する選挙された議員で組織された国の機関であり、国権の最高機関である(憲法四一条、四三条)。国権の最高機関たる理由は、国会の決定は、国民全体の中の意見や利害が議員の国会活動を通じて具体的に主張されこれを反映した結果である公算が極めて高く、いわば国民全体の自己決定権の行使の結果とみなし得るからである。すなわち、全国民が平等な選挙権をもって参加した自由かつ公正な選挙により自らの代表として選出した議員で構成されていることこそが、憲法の定める国会の高い権威の源泉なのである。憲法は、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は法律でこれを定めるとしている(四七条)が、そのような法律を策定する際に認められる国会の裁量権は、当然のことながら、憲法の定めるいくつかの原則に従うことが前提である。法の下の平等により保障される有権者の投票価値の平等の原則(以下「平等原則」という。)に従うことはそのような前提の一つであって、事務処理上生ずることが不可避な較差など明白に合理的であることが立証されたごく一部の例外が極めて限定的に許されるにすぎない。平等原則は、秘密投票の保障(一五条四項)など、自由、平等、公正な選挙を確保するために憲法が定める他のいくつかの原則と同様に重要なものであって、選挙区、投票の方法など国会議員の選挙に関する事項を法律で定める際には、当然かつ厳格に遵守されるべきものである。それが理想論ではなく十分に実現可能なものであることは、代表民主制を有する諸外国の近年における動向を見ても明らかである(後記九参照)。

 三 平等原則は、全国の選挙人数を議員総定数で除して得た数値を基準値として、この基準値ごとに一人の議員を割り当てることにより最もよく実現される。このことは、小選挙区、中選挙区、比例区すべてに当てはまる。もし、過疎の地域にもその地域からの議員選出の機会を与えたいというのであれば、それは、その実現方法が他の地域について平等原則を満たす場合にのみ許される。例えば、過疎の地域に代表を選出する機会を与えるために、過密の地域に対し割り当てられる議員定数を人口比に見合って増加するのも一つの方法である。議員の総定数を固定したままで「過疎への配慮」を行うことは、すなわち「過密の軽視」に等しく、それはとりもなおさず、有権者の住所がどこにあるかで有権者の投票価値を差別することになる。そのような差別は、身分、収入、性別その他を理由として一部の有権者に優越的地位を与えた過去のシステムと基本的発想を同じくするものであって、憲法の規定に明らかに反し、近代民主制の基本である平等な投票権者による多数決の原理をゆがめることとなる。

 四 戦後我が国の国会議員選挙制度が制定された際、参議院議員選出のための選挙区選挙において、都道府県を選挙区とする制度が導入され、当初から最大二・六二倍の較差の存在が容認されたことが、今日においても衆・参両院議員選挙における平等原則軽視の風潮をもたらす端緒となったことは否めない。当初大きな疑念も差し挟まれないまま容認されたこの較差は、宮城県と鳥取県との間で生じたものであって、「過疎への配慮」とはおよそ無縁のものであった。しかし、そのような較差の存在を容認したことは、その後の大規模な人口移動によって生じた都市部への人口集中に基づく全く違う種類の較差の問題を、過疎への配慮などの名目の下に、長年にわたり放置することにつながったといえる。そして、この傾向は、参議院議員選挙にとどまらず、衆議院議員選挙のそれにも拡散したのである。そして、この問題に対しては、司法も、選挙制度策定において国会の有する広範な裁量権の範囲にとどまるものか否かを判断すれば足りるとの考えの下に寛容な態度をとり続けた。その結果、最高裁判所による累次の判決は、衆議院議員選挙については最大三倍、参議院議員選挙のうち選挙区選出議員については最大六倍までの投票価値の較差は国会の裁量権の範囲内として許容されるとの考えに基づいて行われていると一般に理解されるに至っている。

 五 衆・参両院議員選挙について近年行われた公職選挙法の改正は、いずれも平等原則を十分に遵守するために必要な是正を行っていない。今回問題となっている改正公選法について見れば、個人の投票価値は他人のそれと同一であるにもかかわらず、選挙区選挙について最大較差が二倍以上にならないことを改正の基本方針としている点で、そもそも質的に不十分なものであること(最大較差二倍とは、要するに一人の投票に二人分の投票価値を認めるということである。)、そして、それを所与のものとして、いわゆる「一人別枠制」(それは、正に投票価値についての明白かつ恣意的な操作である。)を導入し、平成二年一〇月実施の国勢調査によっても三〇〇の選挙区中二八の選挙区において一対二を超える例外を当初から設けていることの二点において、憲法が定める代表民主制の基本的前提である平等原則を遵守していない。そして、次に述べるようにそれを正当化する理由は存在しないのである。

 第一に、憲法は、選ばれる者(議員)が選ぶ者(有権者)の投票価値を意図的に操作し差別することを認めていない。繰り返しになるが、選挙制度策定に当たっては「過疎への配慮」は「過密の軽視」を伴ってはならないのである。有権者数に見合った選挙区の統合又は議員総定数の増加などの工夫を行うことにより、投票価値の平等を実現することは、選挙に関する法律を制定する際の前提条件である(後者の方法は統治機構のスリム化の要請には反するであろうが、そのような要請は憲法の定める平等原則の重要性に比すれば質的に大きく劣後する。)。

 第二に、都道府県制をあたかも連邦制を採る国の州の地位に対比することによって、都道府県に依拠する選挙区割りの持つ重要性を平等原則に優先させて認めようとする考えがあるが、これも採り得ない。我が国が連邦国家でないことは明らかであり、基本的に行政区画である都道府県間において平等原則を劣後させ定数較差の存在を認めるようなことは憲法に何の規定も見いだせない。連邦制を採り成文の憲法を持つ国にあっては、各州に人口ないし有権者数と見合わない代表権を認める場合には、憲法にそれを認める明文の規定がある。そのような明文の規定は我が国憲法には存在せず、行政区画である都道府県制度に依拠して選挙制度を策定することが国会の裁量権の範囲内にあるという論理から平等原則に反する選挙制度も許されるとするのはしょせん無理である。

 第三に、地方議会において、その地方自治の持つ特性ゆえに、平等原則がやや緩やかに適用される例が皆無ではないことをもって、国会についても同様の配慮を認めよという議論も、国会が一部地域ではなく全国民を代表する議員で構成される国権の最高機関であるという憲法の規定に合致しないことは明らかである。

 六 我が国は、長年にわたって高度成長を続け、その中に内在する矛盾を基本的に解決しなくても各種の問題に対応していくことができた。しかし、そのような余裕のあった時代は去り、また、全く新しい重要課題への対応も迫られている。厳しい環境の中にあって、国の内外における新たな重大問題に的確に対応していくためには、民意を正確に反映した立法府の存在、すなわち憲法に定める平等原則を忠実に遵守する選挙制度で選出された議員により構成される国会の存在が以前にも増して格段に重要となってきている。もちろん代表民主制の下において、有権者及び選出された議員の選択する政策が常に最善のものであるとは限らず、見通しの甘さや誤りも往々にして存在する。しかし、代表民主制の強みは、有権者の考えが変われば、それが議員選出を通じて政策の変更に反映されやすいことにある。有権者は、投票の際、前回の選挙において自らが投票し選出された議員の選択した政策がもはや最善のものではないと考えるに至ったときには、その投票態度を容易に変更する。議員もそのことを十分に承知し、有権者の多数が選択する政策を推進しようと心掛ける。換言すれば、代表民主制の基本とするところは、選挙を通じて議員を交代させ又はその政見に影響を及ぼすことにより、より的確に多数の有権者の支持する政策が選択されることを可能ならしめるものである。代表民主制を採用しても、有権者の持つ投票価値が平等でないのであれば、そのような選挙を通じ選出された議員で構成される国会は選挙時点における民意を正しく反映しないゆがんだ構成になる。その場合には、国会において多数決で行われる決定も多数の民意を反映していないこととなる可能性を生じ、我が国の直面する内外の問題への対応に誤りを生ずる可能性もなしとしない。憲法の意図する代表民主制はそのようなものではない。平等でない投票価値に基づく選挙は、憲法の規定に反するほか、有権者の政治不信及び政治離れにもつながる危険を有する

 

 

 

 

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-3)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

 

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衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-2)最大判平成11年11月10日 判旨・要旨2

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-3)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-4)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見前半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-5)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見後半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-6)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同福田博、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

 

 

【判示三3についての裁判官河合伸一、同遠藤光男、同元原利文、同梶谷玄の反対

意見】は、次のとおりである。

 私たちは、多数意見とは異なり、本件区割規定は憲法に違反するものであって、本件選挙は違法であると考える。その理由は、以下のとおりである。

 一 投票価値の平等の憲法上の意義

 代議制民主主義制度を採る我が憲法の下においては、国会議員を選出するに当たっての国民の権利の内容、すなわち各選挙人の投票の価値が平等であるべきことは、憲法自体に由来するものというべきである。けだし、国民は代議員たる国会議員を介して国政に参加することになるところ、国政に参加する権利が平等であるべきものである以上、国政参加の手段としての代議員選出の権利もまた、常に平等であることが要請されるからである。

 そして、この要請は、国民の基本的人権の一つとしての法の下の平等の原則及び「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」と定める国会の構成原理からの当然の帰結でもあり、国会が具体的な選挙制度の仕組みを決定するに当たり考慮すべき最も重要かつ基本的な基準である。

 二 投票価値の平等の限界

 1 投票価値の平等を徹底するとすれば、本来、各選挙人の投票の価値が名実ともに同一であることが求められることになるが、具体的な選挙制度として選挙区選挙を採用する場合には、その選挙区割りを定めるに当たって、行政区画、面積の大小、交通事情、地理的状況等の非人口的ないし技術的要素を考慮せざるを得ないため、右要請に厳密に従うことが困難であることは否定し難い。しかし、たとえこれらの要素を考慮したことによるものではあっても、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数又は人口の較差が二倍に達し、あるいはそれを超えることとなったときは、投票価値の平等は侵害されたというべきである。けだし、そうなっては、実質的に一人一票の原則を破って、一人が二票、あるいはそれ以上の投票権を有するのと同じこととなるからである。

 2 もっとも、投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを定めるに当たっての唯一、絶対的な基準ではなく、国会としては、他の政策的要素をも考慮してその仕組みを定め得る余地がないわけではない。この場合、右の要素が憲法上正当に考慮するに値するものであり、かつ、国会が具体的に定めたところのものがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り、その較差の程度いかんによっては、たとえ投票価値の平等が損なわれたとしても、直ちに違憲とはいえない場合があり得るものというべきである。したがって、このような事態が生じた場合には、国会はいかなる目的ないし理由を斟酌してそのような制度を定めたのか、その目的ないし理由はいかなる意味で憲法上正当に考慮することができるのかを検討した上、最終的には、投票価値の平等が侵害された程度及び右の検討結果を総合して、国会の裁量権の行使としての合理性の存否をみることによって、その侵害が憲法上許容されるものか否かを判断することとなる。

 三 本件区割規定の違憲性

 1 本件区割規定に基づく選挙区間における人口の最大較差は、改正直近の平成二年一〇月実施の国勢調査によれば一対二・一三七、本件選挙直近の平成七年一〇月実施の国勢調査によれば一対二・三〇九に達し、また、その較差が二倍を超えた選挙区が、前者によれば二八、後者によれば六〇にも及んだというのであるから、本件区割規定は、明らかに投票価値の平等を侵害したものというべきである。

 2 そこで、国会はいかなる目的ないし理由を斟酌してこのような制度を定めたのか、右目的等が憲法上正当に考慮することができるものか否か、本件区割規定を採用したことが国会の裁量権の行使としての合理性を是認し得るか否かについて検討する。

 (一) 選挙区間の人口較差が二倍以上となったことの最大要因が区画審設置法三条二項に定めるいわゆる一人別枠方式を採用したことによるものであることは明らかである。けだし、平成二年一〇月実施の国勢調査を前提とすると、この方式を採用したこと自体により、都道府県の段階において最大一対一・八二二の較差(東京都の人口一一八五万五五六三人を定数二五で除した四七万四二二三人と、島根県の人口七八万一〇二一人を定数三で除した二六万〇三四〇人の較差)が生じているが、各都道府県において、更にこれを市区町村単位で再配分しなければならないことを考えると、既にその時点において、最大較差を二倍未満に収めることが困難であったことが明らかだからである。

 (二) もし仮に、一人別枠方式を採用することなく、小選挙区選出議員の定数三〇〇人全員につき最初から最大剰余方式(全国の人口を議員総定数で除して得た基準値でブロックの人口を除して数値を求め、その数値の整数部分と同じ数の議員数を各ブロックに配分し、それで配分し切れない残余の議員数については、右数値の小数点以下の大きい順に配分する方式)を採用したとするならば、平成二年一〇月実施の国勢調査を前提とすると、都道府県段階の最大較差は一対一・六六二(香川県の人口一〇二万三四一二人を定数二で除した五一万一七〇六人と、鳥取県の人口六一万五七二二人を定数二で除した三〇万七八六一人の較差)にとどまっていたことが明らかであるから、市区町村単位での再配分を考慮したとしても、なおかつ、その最大較差を二倍未満に収めることは決して困難ではなかったはずである。

 (三) 区画審設置法は、その一方において、選挙区間の人口較差が二倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきことを定めておきながら(同法三条一項)、他方、一人別枠方式を採用している(同条二項)。しかしながら、前記のとおり、後者を採用したこと自体によって、前者の要請の実現が妨げられることとなったのであるから、この両規定は、もともと両立し難い規定であったといわざるを得ない。のみならず、第八次選挙制度審議会の審議経過をみてみると、同審議会における投票価値の平等に対する関心は極めて高く、同審議会としては、当初、「この改革により今日強く求められている投票価値の較差是正の要請にもこたえることが必要である。」旨を答申し、小選挙区選出議員全員について無条件の最大剰余方式を採用する方向を選択しようとしたところ、これによって定数削減を余儀なくされる都道府県の選出議員から強い不満が続出したため、一種の政治的妥協策として、一人別枠方式を採用した上、残余の定数についてのみ最大剰余方式を採ることを内容とした政府案が提出されるに至り、同審議会としてもやむなくこれを承認したという経過がみられる。このように、一人別枠方式は、選挙区割りの決定に当たり当然考慮せざるを得ない行政区画や地理的状況等の非人口的、技術的要素とは全く異質の恣意的な要素を考慮して採用されたものであって、到底その正当性を是認し得るものではない。

 (四) 多数意見は、一人別枠方式を採用したのは、「人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的とするもの」と解した上、いわゆる過疎地化現象を考慮して右のような選挙区割りを定めたことが投票価値の平等との関係において、なお国会の裁量権の範囲内であるとする。

 しかし、このような考え方は、次のような理由により、採り得ない。

 (1) 通信、交通、報道の手段が著しく進歩、発展した今日、このような配慮をする合理的理由は極めて乏しいものというべきである。

 (2) 一人別枠方式は、人口の少ない県に居住する国民の投票権の価値を、そうでない都道府県に居住する国民のそれよりも加重しようとするものであり、有権者の住所がどこにあるかによってその投票価値に差別を設けようとするものにほかならない。このように、居住地域を異にすることのみをもって、国民の国政参加権に差別を設けることは許されるべきではない。

 (3) いわゆる過疎地対策は、国政において考慮されるべき重要な課題ではあるが、それに対する各議員の取組は、投票価値の平等の下で選挙された全国民の代表としての立場でされるべきものであって、過疎地対策を理由として、投票価値の平等を侵害することは許されない。

 (4) 一人別枠方式と類似する制度として、参議院議員選挙法(昭和二二年法律第一一号)が地方選出議員の配分につき採用した各都道府県選挙区に対する定数二の一律配分方式を挙げることができるが、憲法自体が、参議院議員の任期を六年と定め、かつ、三年ごとの半数改選を定めたことにかんがみると、改選期に改選を実施しない選挙区が生じることを避けるため採用したものと解される右制度については、それなりの合理性が認められないわけでもない。しかし、衆議院議員の選挙については、憲法上このような制約は全く存しないのであるから、右のような方式を採ることについての合理的理由を見いだす余地はない。

 (五) 以上要するに、私たちは、過疎地対策として一人別枠方式を採用することにより投票価値の平等に影響を及ぼすことは、憲法上到底容認されるものではないと考えるものであるが、その点をしばらくおくとしても、過疎地対策としてのこの方式の実効性についても、甚だ疑問が多いことを、念のため指摘しておきたい

 (1) 平成二年一〇月実施の国勢調査を前提としてみた場合、小選挙区選出議員の定数三〇〇人全員につき最初から最大剰余方式を採用した場合の議員定数と比較してみて、一人別枠方式を採用したことによる恩恵を受けた都道府県は一五に達する。その内訳をみると、本来二人の割当てを受けるべきところ三人の割当てを受けた県が七(山梨、福井、島根、徳島、香川、高知、佐賀の各県)、三人の割当てを受けるべきところ四人の割当てを受けた県が四(岩手、山形、奈良、大分の各県)、四人の割当てを受けるべきところ五人の割当てを受けた県が三(三重、熊本、鹿児島の各県)、五人の割当てを受けるべきところ六人の割当てを受けた県が一(宮城県)、それぞれ生じているが、これらの過剰割当てが過疎地対策として現実にどれほどの意味を持ち得るのか、甚だ疑問といわざるを得ない。

 (2)右によっても明らかなとおり、一人別枠方式を採用したことにより恩恵を受けた都道府県のすべてが過疎地に当たるわけではなく、また、過疎地のすべてがその恩恵を受けているわけでもない。すなわち、人口二二四万人余の宮城県、同一八四万人余の熊本県がこの恩恵を受けているのに対し、人口一二〇万人以下の富山、石川、和歌山、鳥取、宮崎の五県はこの恩恵を受けていないのである。

 (3) 過疎地対策としての実効性をいうのであれば、最大剰余方式を採用したことによって、一人の定数配分すら受けられない都道府県が生じてしまう場合が想定されることになるが、平成二年一〇月実施の国勢調査を前提とする限り、人口の最も少ない鳥取県においてすら、最大剰余方式により定数二の配分が受けられるのであり、現に鳥取県は一人別枠方式による恩恵を受けていないのであるから、本件区割規定の前提となった一人別枠方式は、過疎地対策とは何らかかわり合いのないものというべきである。

 四 結論

 小選挙区制を採用することのメリットは幾つか挙げられているが、その一つとして、議員定数不均衡問題の解消が挙げられていることは周知のとおりである。つまり、小選挙区制の下においては、選挙区の区割りの画定のみに留意すればよく、中選挙区制を採用した場合のように当該選挙区に割り当てるべき議員定数を考慮する必要が一切ないところにその特色を有し、いわば小回りがきく制度であるところから、定数不均衡問題の解消に資し得るとされているのである。したがって、二倍未満の較差厳守の要請は、中選挙区制の場合に比し、より一層厳しく求められてしかるべきである。

 そうすると、本件区割規定に基づく選挙区間の最大較差は二倍をわずかに超えるものであったとはいえ、二倍を超える選挙区が、改正直近の国勢調査によれば二八、本件選挙直近の国勢調査によれば六〇にも達していたこと、このような結果を招来した原因が専ら一人別枠方式を採用したことにあること、一人別枠方式を採用すること自体に憲法上考慮することのできる正当性を認めることができず、かつ、国会の裁量権の行使としての合理性も認められないことなどにかんがみると、本件区割規定は憲法に違反するものというべきである。なお、その違憲状態は法制定の当初から存在していたのであるから、いわゆる「是正のための合理的期間」の有無を考慮する余地がないことはいうまでもない

 もっとも、本件訴訟の対象となった選挙区の選挙を無効としたとしても、それ以外の選挙区の選挙が当然に無効となるものではないこと、当該選挙を無効とする判決の結果、一時的にせよ憲法の予定しない事態が現出することになることなどにかんがみると、本件については、いわゆる事情判決の法理により、主文においてその違法を宣言するにとどめ、これを無効としないこととするのが相当である

 

 

 

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-2)最大判平成11年11月10日 判旨・要旨2

 

【最大判平成11年11月10日(衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟)】

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衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-1)最大判平成11年11月10日 事実関係・要旨1

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-2)最大判平成11年11月10日 判旨・要旨2

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-3)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-4)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見前半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-5)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見後半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-6)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同福田博、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

 

 3(一) 憲法は、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等を要求していると解される。しかしながら、投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを決定する唯一、絶対の基準となるものではなく、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。それゆえ、国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り、それによって右の投票価値の平等が損なわれることになっても、やむを得ないと解すべきである

 そして、憲法は、国会が衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度を採用する場合には、選挙制度の仕組みのうち選挙区割りや議員定数の配分を決定するについて、議員一人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることを求めているというべきであるが、それ以外にも国会において考慮することができる要素は少なくない。とりわけ都道府県は、これまで我が国の政治及び行政の実際において相当の役割を果たしてきたことや、国民生活及び国民感情においてかなりの比重を占めていることなどにかんがみれば、選挙区割りをするに際して無視することのできない基礎的な要素の一つというべきである。また、都道府県を更に細分するに当たっては、従来の選挙の実績、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の事情が考慮されるものと考えられる。さらに、人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割りや議員定数の配分にどのように反映させるかという点も、国会が政策的観点から考慮することができる要素の一つである。このように、選挙区割りや議員定数の配分の具体的決定に当たっては、種々の政策的及び技術的考慮要素があり、これらをどのように考慮して具体的決定に反映させるかについて一定の客観的基準が存在するものでもないから、選挙区割りや議員定数の配分を定める規定の合憲性は、結局は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。そして、具体的に決定された選挙区割りや議員定数の配分の下における選挙人の有する投票価値に不平等が存在し、それが国会において通常考慮し得る諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えていると推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と判断されざるを得ないというべきである。

 以上は、前掲昭和五一年四月一四日、同五八年一一月七日、同六〇年七月一七日、平成五年一月二〇日の各大法廷判決の趣旨とするところでもあって、これを変更する要をみない。

 

 (二) 区画審設置法三条二項が前記のような基準を定めたのは、人口の多寡にかかわらず各都道府県にあらかじめ定数一を配分することによって、相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し、人口の少ない県に居住する国民の意見をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的とするものであると解される。しかしながら、同条は、他方で、選挙区間の人口較差が二倍未満になるように区割りをすることを基本とすべきことを基準として定めているのであり、投票価値の平等にも十分な配慮をしていると認められる。前記のとおり、選挙区割りを決定するに当たっては、議員一人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることが、最も重要かつ基本的な基準であるが、国会はそれ以外の諸般の要素をも考慮することができるのであって、都道府県は選挙区割りをするに際して無視することができない基礎的な要素の一つであり、人口密度や地理的状況等のほか、人口の都市集中化及びこれに伴う人口流出地域の過疎化の現象等にどのような配慮をし、選挙区割りや議員定数の配分にこれらをどのように反映させるかという点も、国会において考慮することができる要素というべきである。そうすると、これらの要素を総合的に考慮して同条一項、二項のとおり区割りの基準を定めたことが投票価値の平等との関係において国会の裁量の範囲を逸脱するということはできない。

 そして、本件区割規定は、区画審設置法三条の基準に従って定められたものであるところ、その結果、選挙区間における人口の最大較差は、改正の直近の平成二年一〇月に実施された国勢調査による人口に基づけば一対二・一三七であり、本件選挙の直近の同七年一〇月に実施された国勢調査による人口に基づけば一対二・三〇九であったというのである。このように抜本的改正の当初から同条一項が基本とすべきものとしている二倍未満の人口較差を超えることとなる区割りが行われたことの当否については議論があり得るところであるが、右区割りが直ちに同項の基準に違反するとはいえないし、同条の定める基準自体に憲法に違反するところがないことは前記のとおりであることにかんがみれば、以上の較差が示す選挙区間における投票価値の不平等は、一般に合理性を有するとは考えられない程度に達しているとまではいうことができず、本件区割規定が憲法の選挙権の平等の要求に反するとは認められない。

 4(一) 改正公選法は、前記のように政党等を選挙に深くかかわらせることとしているが、これは、第八次選挙制度審議会の答申にあるとおり、選挙制度を政策本位、政党本位のものとするために採られたと解される。前記のとおり、衆議院議員の選挙制度の仕組みの具体的決定は、国会の広い裁量にゆだねられているところ、憲法は、政党について規定するところがないが、その存在を当然に予定しているものであり、政党は、議会制民主主義を支える不可欠の要素であって、国民の政治意思を形成する最も有力な媒体であるから、国会が、衆議院議員の選挙制度の仕組みを決定するに当たり、政党の右のような重要な国政上の役割にかんがみて、選挙制度を政策本位、政党本位のものとすることは、その裁量の範囲に属することが明らかであるといわなければならない。そして、選挙運動をいかなる者にいかなる態様で認めるかは、選挙制度の仕組みの一部を成すものとして、国会がその裁量により決定することができるものというべきである。

 もっとも、このように選挙制度を政策本位、政党本位のものとすることに伴って、小選挙区選挙においては、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に、選挙運動の上で実質的な差異を生ずる結果となっていることは否定することができない。そして、被選挙権又は立候補の自由が選挙権の自由な行使と表裏の関係にある重要な基本的人権であることにかんがみれば、憲法は、各候補者が選挙運動の上で平等に取り扱われるべきことを要求しているというべきであるが、合理的理由に基づくと認められる差異を設けることまで禁止しているものではない。すなわち、国会が正当に考慮することのできる政策的目的ないし理由を考慮して選挙運動に関する規定を定めた結果、選挙運動の上で候補者間に一定の取扱いの差異が生じたとしても、国会の具体的に決定したところが、その裁量権の行使として合理性を是認し得ず候補者間の平等を害するというべき場合に、初めて憲法の要請に反することになると解すべきである。

 (二) 【要旨第二】改正公選法の前記規定によれば、小選挙区選挙においては、候補者のほかに候補者届出政党にも選挙運動を認めることとされているのであるが、政党その他の政治団体にも選挙運動を認めること自体は、選挙制度を政策本位、政党本位のものとするという国会が正当に考慮し得る政策的目的ないし理由によるものであると解されるのであって、十分合理性を是認し得るのである。もっとも、改正公選法八六条一項一号、二号が、候補者届出政党になり得る政党等を国会議員を五人以上有するもの及び直近のいずれかの国政選挙における得票率が二パーセント以上であったものに限定し、このような実績を有しない政党等は候補者届出政党になることができないものとしている結果、選挙運動の上でも、政党等の間に一定の取扱い上の差異が生ずることは否めない。しかしながら、このような候補者届出政党の要件は、国民の政治的意思を集約するための組織を有し、継続的に相当な活動を行い、国民の支持を受けていると認められる政党等が、小選挙区選挙において政策を掲げて争うにふさわしいものであるとの認識の下に、政策本位、政党本位の選挙制度をより実効あらしめるために設けられたと解されるのであり、そのような立法政策を採ることには相応の合理性が認められ、これが国会の裁量権の限界を超えるとは解されない

 そして、候補者と並んで候補者届出政党にも選挙運動を認めることが是認される以上、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に選挙運動の上で差異を生ずることは避け難いところであるから、その差異が一般的に合理性を有するとは到底考えられない程度に達している場合に、初めてそのような差異を設けることが国会の裁量の範囲を逸脱するというべきである。自動車、拡声機、文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告、演説会等についてみられる選挙運動上の差異は、候補者届出政党にも選挙運動を認めたことに伴って不可避的に生ずるということができる程度のものであり、候補者届出政党に所属しない候補者も、自ら自動車、拡声機、文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告、演説会等を行うことができるのであって、それ自体が選挙人に政見等を訴えるのに不十分であるとは認められないことにかんがみれば、右のような選挙運動上の差異を生ずることをもって、国会の裁量の範囲を超え、憲法に違反するとは認め難い。もっとも、改正公選法一五〇条一項が小選挙区選挙については候補者届出政党にのみ政見放送を認め候補者を含むそれ以外の者には政見放送を認めないものとしたことは、政見放送という手段に限ってみれば、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に単なる程度の違いを超える差異を設ける結果となるものである。原審の確定したところによれば、このような差異が設けられた理由は、小選挙区制の導入により選挙区が狭くなったこと、従前よりも多数の立候補が予測され、これら多数の候補者に政見放送の機会を均等に提供することが困難になったこと、候補者届出政党は選挙運動の対象区域が広くラジオ放送、テレビジョン放送の利用が不可欠であることなどにあるとされているが、ラジオ放送又はテレビジョン放送による政見放送の影響の大きさを考慮すると、これらの理由をもってはいまだ右のような大きな差異を設けるに十分な合理的理由といい得るかに疑問を差し挟む余地があるといわざるを得ない。しかしながら、右の理由にも全く根拠がないものではないし、政見放送は選挙運動の一部を成すにすぎず、その余の選挙運動については候補者届出政党に所属しない候補者も十分に行うことができるのであって、その政見等を選挙人に訴えるのに不十分とはいえないことに照らせば、政見放送が認められないことの一事をもって、選挙運動に関する規定における候補者間の差異が合理性を有するとは到底考えられない程度に達しているとまでは断定し難いところであって、これをもって国会の合理的裁量の限界を超えているということはできないというほかはない。したがって、改正公選法の選挙運動に関する規定が憲法一四条一項に違反するとはいえない。

 

 5 以上と同旨の原審の判断は、是認することができ、原判決が所論の憲法の原

理や一四条一項、五五条、五七条一項、五九条二項等に違反するとはいえない。論

旨は採用することができない。

 

 よって、裁判官河合伸一、同遠藤光男、同福田博、同元原利文、同梶谷玄の反対

意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 

 

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-1)最大判平成11年11月10日 事実関係・要旨1

 

【最大判平成11年11月10日(衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟)】

平成11(行ツ)35・民集 第5381704

 

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衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-1)最大判平成11年11月10日 事実関係・要旨1

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-2)最大判平成11年11月10日 判旨・要旨2

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-3)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-4)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見前半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-5)最大判平成11年11月10日 裁判官福田博の反対意見後半

衆議院小選挙区比例代表並立制選挙無効訴訟の合憲性(3-6)最大判平成11年11月10日 裁判官河合伸一、同遠藤光男、同福田博、同元原利文、同梶谷玄の反対意見

 

 

要旨

 

判示事項

一 公職選挙法が衆議院議員選挙につき採用している小選挙区制の合憲性

二 衆議院小選挙区選出議員の選挙において候補者届出政党に選挙運動を認める公職選挙法の規定の合憲性

裁判要旨

一 公職選挙法が衆議院議員選挙につき採用している小選挙区制は、憲法の国民代表の原理等に違反するとはいえない。

二 衆議院小選挙区選出議員の選挙において候補者届出政党に政見放送その他の選挙運動を認める公職選挙法の規定は、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との間に選挙運動の上で差異を生ずるものであるが、その差異が一般的に合理性を有するとは到底考えられない程度に達しているとは断定し難く、憲法一四条一項に違反するとはいえない。

(二につき反対意見がある。)

 

判旨

 一 原審の適法に確定した事実関係等によれば、第八次選挙制度審議会は、平成二年四月、衆議院議員の選挙制度につき、従来のいわゆる中選挙区制にはいくつかの問題があったので、これを根本的に改めて、政策本位、政党本位の新たな選挙制度を採用する必要があるとして、いわゆる小選挙区比例代表並立制を導入することなどを内容とする答申をし、その後の追加答申等も踏まえて内閣が作成、提出した公職選挙法の改正案が国会において審議された結果、同六年一月に至り、公職選挙法の一部を改正する法律(平成六年法律第二号)が成立し、その後、右法律が同年法律第一〇号及び第一〇四号によって改正され、これらにより衆議院議員の選挙制度が従来の中選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められたものである。右改正後の公職選挙法(以下「改正公選法」という。)は、衆議院議員の定数を五〇〇人とし、そのうち、三〇〇人を小選挙区選出議員、二〇〇人を比例代表選出議員とした(四条一項)上、各別にその選挙制度の仕組みを定め、総選挙については、投票は小選挙区選出議員及び比例代表選出議員ごとに一人一票とし、同時に選挙を行うものとしている(三一条、三六条)。このうち小選挙区選出議員の選挙(以下「小選挙区選挙」という。)については、全国に三〇〇の選挙区を設け、各選挙区において一人の議員を選出し(一三条一項、別表第一)、投票用紙には候補者一人の氏名を記載させ(四六条一項)、有効投票の最多数を得た者をもって当選人とするものとしている(九五条一項)。また、比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については、全国に一一の選挙区を設け、各選挙区において所定数の議員を選出し(一三条二項、別表第二)、投票用紙には一の衆議院名簿届出政党等の名称又は略称を記載させ(四六条二項)、得票数に応じて各政党等の当選人の数を算出し、あらかじめ届け出た順位に従って右の数に相当する当該政党等の名簿登載者(小選挙区選挙において当選人となった者を除く。)を当選人とするものとしている(九五条の二第一項ないし第五項)。これに伴い、各選挙への立候補の要件、手続、選挙運動の主体、手段等についても、改正が行われた。 本件は、改正公選法の衆議院議員選挙の仕組みに関する規定が憲法に違反し無効であるから、これに依拠してされた平成八年一〇月二〇日施行の衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」という。)のうち東京都第五区における小選挙区選挙は無効であると主張して提起された選挙無効訴訟である。

 二 代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の実情に即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけではない。我が憲法もまた、右の理由から、国会の両議院の議員の選挙について、およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の広い裁量にゆだねているのである。このように、国会は、その裁量により、衆議院議員及び参議院議員それぞれについて公正かつ効果的な代表を選出するという目標を実現するために適切な選挙制度の仕組みを決定することができるのであるから、国会が新たな選挙制度の仕組みを採用した場合には、その具体的に定めたところが、右の制約や法の下の平等などの憲法上の要請に反するため国会の右のような広い裁量権を考慮してもなおその限界を超えており、これを是認することができない場合に、初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきである(最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁、最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁、最高裁昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日大法廷判決・民集三七巻九号一二四三頁、最高裁昭和五九年(行ツ)第三三九号同六〇年七月一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇頁、最高裁平成三年(行ツ)第一一一号同五年一月二〇日大法廷判決・民集四七巻一号六七頁、最高裁平成六年(行ツ)第五九号同八年九月一一日大法廷判決・民集五〇巻八号二二八三頁及び最高裁平成九年 (行ツ)第一〇四号同一〇年九月二日大法廷判決・民集五二巻六号一三七三頁参照)。

 

 

 三 右の見地に立って、上告理由について判断する。

 1 前記のとおり、改正公選法一三条一項は、衆議院小選挙区選出議員の各選挙区において選出すべき議員の数をすべて一人とし、いわゆる小選挙区制を採ることを明らかにしている。同項及びこれを受けて小選挙区の区割りを具体的に定めた同法別表第一の定め(以下「本件区割規定」という。)は、前記平成六年法律第二号と同時に成立した衆議院議員選挙区画定審議会設置法(以下「区画審設置法」という。)により設置された衆議院議員選挙区画定審議会の勧告に係る区割り案どおりに制定されたものである。そして、区画審設置法附則二条三項で準用される同法三条は、同審議会が区割り案を作成する基準につき、一項において「各選挙区の人口の均衡を図り、各選挙区の人口・・・のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。」とした上、二項において「各都道府県の区域内の衆議院小選挙区選出議員の選挙区の数は、一に、衆議院小選挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に比例して各都道府県に配当した数を加えた数とする。」と規定しており、同審議会は右の基準に従って区割り案を作成したのである。したがって、改正公選法の小選挙区選出議員の選挙区の区割りは、右の二つの基準に従って策定されたということができる。前者の基準は、行政区画、地勢、交通等の事情を考慮しつつも、人口比例原則を重視して区割りを行い選挙区間の人口較差を二倍未満とすることを基本とするよう定めるものであるが、後者の基準は、区割りに先立ち、まず各都道府県に議員の定数一を配分した上で、残る定数を人口に比例して各都道府県に配分することを定めるものである。このように、後者の基準は、都道府県間においては人口比例原則に例外を設けて一定程度の定数配分上の不均衡が必然的に生ずることを予定しているから、前者の基準は、結局、その枠の中で全国的にできるだけ人口較差が二倍未満に収まるように区割りを行うべきことを定めるものと解される。 また、改正公選法八六条は、小選挙区選挙における立候補につき、同条一項各号所定の要件のいずれかを備えた政党その他の政治団体が当該団体に所属する者を候補者として届け出る制度を採用し、これとともに、候補者となろうとする者又はその推薦人も候補者の届出をすることができるものとしている。そして、右の候補者の届出をした政党その他の政治団体(候補者届出政党)は、候補者本人のする選挙運動とは別に、自動車、拡声機、文書図画等を用いた選挙運動や新聞広告、演説会等を行うことができる(同法一四一条二項、一四二条二項、一四九条一項、一六一条一項等)ほか、候補者本人はすることができない政見放送をすることができるものとされている(同法一五〇条一項)。

 

 論旨は、小選挙区制という制度は、死票率が高く、いわゆる多数代表制であって、憲法の国民代表の原理に抵触し、憲法五五条、五七条一項、五九条二項等の趣旨を没却するおそれがあり、多数支配の原則に矛盾し、憲法の認める立候補の自由、選挙の自由、結社の自由等が害されるから、違憲である、また、区画審設置法三条二項の定める基準に従って各都道府県にあらかじめ定数一を配分した結果、選挙区間の人口較差が二倍を超えたことは、憲法の定める平等選挙の原則に違反するから、本件区割規定は違憲無効である、さらに、候補者届出政党に所属する候補者とこれに所属しない候補者との選挙運動の機会が均等でないことは、憲法一四条一項の禁止する信条又は社会的身分による差別に当たるというのである(その余の論旨は、比例代表選挙に係る事項に関するものであって、小選挙区選挙の無効を求める本件においては、それ自体失当である。)。

 

 2 前記のとおり、衆議院議員の選挙制度の仕組みの具体的決定は、およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で、国会の裁量にゆだねられているのであり、国会が衆議院議員選挙の一つの方式として小選挙区制を選択したことについても、このような裁量の限界を超えるといわざるを得ない場合に、初めて憲法に違反することになるのである。

 【要旨第一】小選挙区制は、全国的にみて国民の高い支持を集めた政党等に所属する者が得票率以上の割合で議席を獲得する可能性があって、民意を集約し政権の安定につながる特質を有する反面、このような支持を集めることができれば、野党や少数派政党等であっても多数の議席を獲得することができる可能性があり、政権の交代を促す特質をも有するということができ、また、個々の選挙区においては、このような全国的な支持を得ていない政党等に所属する者でも、当該選挙区において高い支持を集めることができれば当選することができるという特質をも有するものであって、特定の政党等にとってのみ有利な制度とはいえない。小選挙区制の下においては死票を多く生む可能性があることは否定し難いが、死票はいかなる制度でも生ずるものであり、当選人は原則として相対多数を得ることをもって足りる点及び当選人の得票数の和よりその余の票数(死票数)の方が多いことがあり得る点において中選挙区制と異なるところはなく、各選挙区における最高得票者をもって当選人とすることが選挙人の総意を示したものではないとはいえないから、この点をもって憲法の要請に反するということはできない。このように、小選挙区制は、選挙を通じて国民の総意を議席に反映させる一つの合理的方法ということができ、これによって選出された議員が全国民の代表であるという性格と矛盾抵触するものではないと考えられるから、小選挙区制を採用したことが国会の裁量の限界を超えるということはできず、所論の憲法の要請や各規定に違反するとは認められない。

 

選挙の公正(2)・最判平成2年4月17日 雑民党事件

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【最判平成2年4月17日 (雑民党事件)】

要旨

政見放送において身体障害者に対するいわゆる差別用語を使用した発言部分が公職選挙法一五〇条の二に違反する場合、右部分がそのまま放送されなかつたとしても、不法行為法上、法的利益の侵害があつたとはいえない。

 

判旨

(1)上告人Aは、昭和五八年六月二六日実施の参議院(比例代表選出)議員選挙の際、被上告人日本放送協会の放送設備により上告人雑民党の政見の録画を行ったが、同被上告人は、録画した上告人Aの発言中「めかんち、ちんばの切符なんか、だれも買うかいな」という部分(以下「本件削除部分」という。)の音声を削除して同年六月一六日と同月二〇日にテレビジョン放送をした、(2)当時、身体障害者に対する侮蔑的表現であるいわゆる差別用語を使用することは社会的に許容されないということが広く認識されていた、というのであり、本訴における上告人らの主張は、同被上告人が本件削除部分の音声を削除してテレビジョン放送した行為が政見をそのまま放送される上告人らの権利を侵害する不法行為に当たる、というにある。

 以上の事実関係によれば、本件削除部分は、多くの視聴者が注目するテレビジョン放送において、その使用が社会的に許容されないことが広く認識されていた身体障害者に対する卑俗かつ侮蔑的表現であるいわゆる差別用語を使用した点で、他人の名誉を傷つけ善良な風俗を害する等政見放送としての品位を損なう言動を禁止した公職選挙法一五〇条の二の規定に違反するものである。そして、右規定は、テレビジョン放送による政見放送が直接かつ即時に全国の視聴者に到達して強い影響力を有していることにかんがみそのような言動が放送されることによる弊害を防止する目的で政見放送の品位を損なう言動を禁止したものであるから、右規定に違反する言動がそのまま放送される利益は法的に保護された利益とはいえず、したがつて、右言動がそのまま放送されなかつたとしても、不法行為法上、法的利益の侵害があったとはいえないと解すべきである。

 以上のとおりであるから、同被上告人が右規定に違反する本件削除部分の音声を削除して放送した行為は、上告人らの主張する不法行為に当たらないものというべきであり、不法行為の成立を否定した原審の判断は、結論において是認することができる。

 

 憲法二一条二項前段にいう検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきところ(最高裁昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決・民集三八巻一二号一三〇八頁)、原審の適法に確定したところによれば、被上告人日本放送協会は、行政機関ではなく、自治省行政局選挙部長に対しその見解を照会したとはいえ、自らの判断で本件削除部分の音声を削除してテレビジョン放送をしたのであるから、右措置が憲法二一条二項前段にいう検閲に当たらないことは明らかであり、右措置が検閲に当たらないとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、採用することができない。

 

【園部逸夫の補足意見】

 私も、法廷意見と同様の理由により、被上告人日本放送協会が公職選挙法(以下「法」という。)一五〇条の二の規定に違反する本件削除部分の音声を削除して放送した行為(以下「本件削除行為」という。)は、上告人らの主張する不法行為に当たらないものと考える。ところで、法廷意見は、本件削除行為が、法一五〇条一項後段に違反するものであるかどうかについては、全く触れていない。それは、法廷意見が、上告人らの主張する不法行為の成否を判断するに当たって、この問題に触れる必要を認めなかったことを意味する。この点についても、私は、法廷意見と基本的に見解を同じくするものであり、本件削除行為が、被上告人日本放送協会の行為規範としての性格を有する法一五〇条一項後段に違反するかどうかは、上告人らの主張する不法行為の成否とは直接関わりがないと考える。したがって、この問題について判断することは、私の立場においても、法的には不必要な判断と言わなければならないが、この問題が、本件第一審以来の主要な争点であったことを顧慮し、一般論として、私の見解を述べる次第である。

 私は、法一五〇条一項後段の「この場合において、日本放送協会及び一般放送事業者は、その政見を録音し又は録画し、これをそのまま放送しなければならない。」という規定は、公職の候補者(以下「候補者」という。)自身による唯一の放送(放送法二条一号)が法一五〇条一項前段の定める政見放送であることからしても(法一五一条の五参照)、選挙運動における表現の自由及び候補者による放送の利用(いわゆるアクセス)という面において、極めて重要な意味を待つ規定であると考える。法は、一方において、候補者に対し、政見放送をするに当たっては、「その責任を自覚し」「他人若しくは他の政党その他の政治団体の名誉を傷つけ若しくは善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない。」と定め(法一五〇条の二)、政見放送としての品位の保持を候補者自身の良識に基づく自律に任せ、他方において、候補者の政見放送の内容については、日本放送協会及び一般放送事業者(以下「日本放送協会等」という。)の介入を禁止しているのである。したがって、この限りにおいて、日本放送協会等は、事前に放送の内容に介入して番組を編集する責任から解放されているものと解さざるを得ない。候補者の政見放送に対する事前抑制を認める根拠として、遠くは電波法一〇六条一項、一〇七条、一〇八条、近くは法二三五条の三を挙げる見解があるが、これらの規定は、いずれも事後的な刑罰規定であって、これをもって事前抑制の根拠規定とすることは困難である。いうまでもなく、表現の自由とりわけ政治上の表現の自由は民主政治の根幹をなすものであるから、いかなる機関によるものであれ、一般的に政見放送の事前抑制を認めるべきではない。法一五〇条一頃後段は、民主政治にとって自明の原理を明確に規定したものというべきである。

 公職の選挙において、政見放送は、選挙人が候補者の政見を知るための重要な判断材料となっており、法一五〇条一項前段の規定は、日本放送協会等に対し、その放送設備により、公益のために、候補者にその政見を放送させることを要請している。そして、法一五〇条一項前段と後段の規定を合わせると、政見放送においては、日本放送協会等の役割は、候補者の政見を公衆ないし視聴者のために伝達すること以上に出るものではないと解するのが妥当であるから、政見放送の内容については、法的にも社会的にも責任を負うものではないと見るべきである。この点に関して、視聴者のすべてがこれらのことを了解しているとはいえない現状においては、視聴者が強い嫌悪感を抱くような内容の政見の録音又は録画については、日本放送協会等において、放送事業者の品位と信用を保持する見地から、その放送前に一定の事前抑制を講ずることを、緊急避難的措置として例外的に認めるべきであるとする見解がある。しかし、このような理論の適用を軽々に認めることは、結局、法律の規定に基づかない事前抑制を事実上放置することとなり、ひいては、日本放送協会等に過大な法的・社会的責任を負わせることとなるものであって妥当でないと考える。

 これを要するに、候補者の政見については、それがいかなる内容のものであれ、政見である限りにおいて、日本放送協会等によりその録音又は録画を放送前に削除し又は修正することは、法一五〇条一項後段の規定に違反する行為と見ざるを得ないのである。

選挙の公平 最判昭和56年6月15日(戸別訪問規制の合憲性)

 

 

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【最判昭和56年6月15日(戸別訪問規制の合憲性)】

要旨

公職選挙法138条1項は、憲法21条に違反しない。

 

判旨

 一 本件各公訴事実(被告人Aについては訴因変更後のもの)の要旨は、被告人Aは、昭和五一年一二月五日施行の衆議院議員総選挙に際し、島根県選挙区から立候補したBに投票を得させる目的で、同月三日頃、同選挙区の選挙人方五戸を戸々に訪問して同候補者のため投票を依頼し、被告人Cは、右選挙に際し、同様の目的で、同月一日頃から四日頃までの間、同選挙区の選挙人方七戸を戸々に訪問して同候補者のため投票を依頼し、もつていずれも戸別訪問をした、というのである。原判決は、被告人両名が戸別訪問をした事実を認めることができるとしながら、戸別訪問の禁止が憲法上許される合理的で必要やむをえない限度の規制であると考えることはできないから、これを一律に禁止した公職選挙法一三八条一項の規定は憲法二一条に違反するとし、同じ結論をとり被告人両名を無罪としていた第一審判決を維持し、検察官の控訴を棄却した。

 検察官の上告趣意は、原判決の判断につき、憲法二一条の解釈の誤りと判例違反を主張するものである。

 

 二 公職選挙法一三八条一項の規定が憲法二一条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和四三年(あ)第二二六五号同四四年四月二三日大法廷判決・刑集二三巻四号二三五頁、なお、最高裁昭和二四年(れ)第二五九一号同二五年九月二七日大法廷判決・刑集四巻九号一七九九頁参照)とするところである。

 

 戸別訪問の禁止は、意見表明そのものの制約を目的とするものではなく、意見表明の手段方法のもたらす弊害、すなわち、戸別訪問が買収、利害誘導等の温床になり易く、選挙人の生活の平穏を害するほか、これが放任されれば、候補者側も訪問回数等を競う煩に耐えられなくなるうえに多額の出費を余儀なくされ、投票も情実に支配され易くなるなどの弊害を防止し、もつて選挙の自由と公正を確保することを目的としているところ(最高裁昭和四二年(あ)第一四六四号同四二年一一月二一日第三小法廷判決・刑集二一巻九号一二四五頁、同四三年(あ)第五六号同四三年一一月一日第二小法廷判決・刑集二二巻一二号一三一九頁参照)、右の目的は正当であり、それらの弊害を総体としてみるときには、戸別訪問を一律に禁止することと禁止目的との間に合理的な関連性があるということができる。そして、戸別訪問の禁止によつて失われる利益は、それにより戸別訪問という手段方法による意見表明の自由が制約されることではあるが、それは、もとより戸別訪問以外の手段方法による意見表明の自由を制約するものではなく、単に手段方法の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎない反面、禁止により得られる利益は、戸別訪問という手段方法のもたらす弊害を防止することによる選挙の自由と公正の確保であるから、得られる利益は失われる利益に比してはるかに大きいということができる。以上によれば、戸別訪問を一律に禁止している公職選挙法一三八条一項の規定は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法二一条に違反するものではない。したがつて、戸別訪問を一律に禁止するかどうかは、専ら選挙の自由と公正を確保する見地からする立法政策の問題であつて、国会がその裁量の範囲内で決定した政策は尊重されなければならないのである。

 

 このように解することは、意見表明の手段方法を制限する立法について憲法二一条との適合性に関する判断を示したその後の判例(最高裁昭和四四年(あ)第一五〇一号同四九年一一月六日大法廷判決・刑集二八巻九号三九三頁)の趣旨にそうところであり、前記昭和四四年四月二三日の大法廷判例は今日においてもなお維持されるべきである。

 

 三 そうすると、原判決は、憲法二一条の解釈を誤るとともに当裁判所の判例と相反する判断をしたものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。

 よつて、刑訴法四一〇条一項本文により原判決を破棄し、同法四一三条本文にしたがい本件を原審である広島高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 検察官瀧岡順一 公判出席

  昭和五六年六月一五日

     最高裁判所第二小法廷

         裁判長裁判官    宮   崎   梧   一

            裁判官    栗   本   一   夫

            裁判官    木   下   忠   良

            裁判官    鹽   野   宜   慶

選挙権の保障(2-5)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見

 

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憲法目次Ⅲ

選挙権の保障(2-1)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)

選挙権の保障(2-2)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)確認の訴えについて・国家賠償について

選挙権の保障(2-3)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官福田博の補足意見

選挙権の保障(2-4)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官横尾和子,同上田豊三の反対意見

選挙権の保障(2-5)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見

 

【判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見】は,次のとおりである。

 私は,多数意見のうち,国家賠償請求の認容に係る部分に反対し,それ以外の部分に賛同するものである。

 

多数意見は,公職選挙法が,本件選挙当時,在外国民の投票を認めていなかったことにより,上告人らが本件選挙において選挙権を行使することができなかったことによる精神的苦痛を慰謝するため,国は国家賠償法に基づき上告人らに各5000円の慰謝料を支払うべきであるという。しかし,私は,上告人らの上記精神的苦痛は国家賠償法による金銭賠償になじまないので,本件選挙当時の公職選挙法の合憲・違憲について判断するまでもなく,上告人らの国家賠償請求は理由がないものとして棄却すべきであると考える。

 国民が,憲法で保障された基本的権利である選挙権の行使に関し,正当な理由なく差別的取扱いを受けている場合には,民主的な政治過程の正常な運営を維持するために積極的役割を果たすべき裁判所としては,国民に対しできるだけ広く是正・回復のための途を開き,その救済を図らなければならない。

 本件国家賠償請求は,金銭賠償を得ることを本来の目的とするものではなく,公職選挙法が在外国民の選挙権の行使を妨げていることの違憲性を,判決理由の中で認定することを求めることにより,間接的に立法措置を促し,行使を妨げられている選挙権の回復を目指しているものである。上告人らは,国家賠償請求訴訟以外の方法では訴えの適法性を否定されるおそれがあるとの思惑から,選挙権回復の方法としては迂遠な国家賠償請求を,あえて付加したものと考えられる。

 一般論としては,憲法で保障された基本的権利の行使が立法作用によって妨げられている場合に,国家賠償請求訴訟によって,間接的に立法作用の適憲的な是正を図るという途も,より適切な権利回復のための方法が他にない場合に備えて残しておくべきであると考える。また,当該権利の性質及び当該権利侵害の態様により,特定の範囲の国民に特別の損害が生じているというような場合には,国家賠償請求訴訟が権利回復の方法としてより適切であるといえよう。

 しかしながら,本件で問題とされている選挙権の行使に関していえば,選挙権が基本的人権の一つである参政権の行使という意味において個人的権利であることは疑いないものの,両議院の議員という国家の機関を選定する公務に集団的に参加するという公務的性格も有しており,純粋な個人的権利とは異なった側面を持っている。しかも,立法の不備により本件選挙で投票をすることができなかった上告人らの精神的苦痛は,数十万人に及ぶ在外国民に共通のものであり,個別性の薄いものである。したがって,上告人らの精神的苦痛は,金銭で評価することが困難であり,金銭賠償になじまないものといわざるを得ない。英米には,憲法で保障された権利が侵害された場合に,実際の損害がなくても名目的損害(nominal damages)の賠償を認める制度があるが,我が国の国家賠償法は名目的損害賠償の制度を採用していないから,上告人らに生じた実際の損害を認定する必要があるところ,それが困難なのである。

 そして,上告人らの上記精神的苦痛に対し金銭賠償をすべきものとすれば,議員定数の配分の不均衡により投票価値において差別を受けている過小代表区の選挙人にもなにがしかの金銭賠償をすべきことになるが,その精神的苦痛を金銭で評価するのが困難である上に,賠償の対象となる選挙人が膨大な数に上り,賠償の対象となる選挙人と,賠償の財源である税の負担者とが,かなりの部分で重なり合うことに照らすと,上記のような精神的苦痛はそもそも金銭賠償になじまず,国家賠償法が賠償の対象として想定するところではないといわざるを得ない。金銭賠償による救済は,国民に違和感を与え,その支持を得ることができないであろう。 

 当裁判所は,投票価値の不平等是正については,つとに,公職選挙法204条の選挙の効力に関する訴訟で救済するという途を開き,本件で求められている在外国民に対する選挙権行使の保障についても,今回,上告人らの提起した予備的確認請求訴訟で取り上げることになった。このような裁判による救済の途が開かれている限り,あえて金銭賠償を認容する必要もない。

 前記のとおり,選挙権の行使に関しての立法の不備による差別的取扱いの是正について,裁判所は積極的に取り組むべきであるが,その是正について金銭賠償をもって臨むとすれば,賠償対象の広範さ故に納税者の負担が過大となるおそれが生じ,そのことが裁判所の自由な判断に影響を与えるおそれもないとはいえない。裁判所としては,このような財政問題に関する懸念から解放されて,選挙権行使の不平等是正に対し果敢に取り組む方が賢明であると考える。

 

(裁判長裁判官 町田 顯 裁判官 福田 博 裁判官 濱田邦夫 裁判官 横尾

和子 裁判官 上田豊三 裁判官 滝井繁男 裁判官 藤田宙靖 裁判官 甲斐中

辰夫 裁判官 泉 徳治 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴 裁判官 今井 

功 裁判官 中川了滋 裁判官 堀籠幸男)

 

選挙権の保障(2-4)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官横尾和子,同上田豊三の反対意見

 

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選挙権の保障(2-1)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)

選挙権の保障(2-2)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)確認の訴えについて・国家賠償について

選挙権の保障(2-3)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官福田博の補足意見

選挙権の保障(2-4)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官横尾和子,同上田豊三の反対意見

選挙権の保障(2-5)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見

 

【裁判官横尾和子,同上田豊三の反対意見】は,次のとおりである。

 私たちは,本件上告をいずれも棄却すべきであると考えるが,その理由は次のとおりである。

 1 憲法は,その前文において,「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,・・・ここに主権が国民に存することを宣言し,この憲法を確定する。そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであつて,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。」として,国民主権主義を宣言している。

 これを受けて,「公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利である。」(憲法15条1項),「公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障する。」(同条3項)と規定し,公務員の選挙権が国民固有の権利であることを明確にしている。

 一方,国会が衆議院及び参議院の両議院から構成されること(憲法42条),両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織されること(憲法43条1項)を規定するとともに,両議院の議員の定数,議員及びその選挙人の資格,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は,これを法律で定めるべきものとし(憲法43条2項,44条,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みについての具体的な決定を原則として国会の裁量にゆだねているのである。もっとも,議員及び選挙人の資格を法律で定めるに当たっては,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならないことを明らかにしている(憲法44条ただし書)。

 そして,国会が両議院の議員の各選挙制度の仕組みを具体的に決定するに当たっては,選挙人である国民の自由に表明する意思により選挙が混乱なく,公明かつ適正に行われるよう,すなわち公正,公平な選挙が混乱なく実現されるために必要とされる事項を考慮しなければならないのである。我が国の主権の及ばない国や地域(そこには様々な国や地域が存在する。)に居住していて,我が国内の市町村の区域内に住所を有していない国民(在外国民。在外国民にも二重国籍者や海外永住者などいろいろな種類の人たちがいる。)も,国民である限り選挙権を有していることはいうまでもないが,そのような在外国民が選挙権を行使する,すなわち投票をするに当たっては,国内に居住する国民の場合に比べて,様々な社会的,技術的な制約が伴うので,在外国民にどのような投票制度を用意すれば選挙の公正さ,公平さを確保し,混乱のない選挙を実現することができるのかということも国会において正当に考慮しなければならない事項であり,国会の裁量判断にゆだねられていると解すべきである。 

 換言すれば,両議院の議員の各選挙制度をどのような仕組みのものとするのか,すなわち,選挙区として全国区制,中選挙区制,小選挙区制,比例代表制のうちいずれによるのかあるいはいずれかの組合せによるのか,組合せによるとしてどのような方法によるのか,各選挙区の内容や区域・区割りはどうするのか,議員の総定数や選挙区への定数配分をどうするのか,選挙人名簿制度はどのようなものにするのか,投票方式はどうするのか,候補者の政見等を選挙人へ周知させることも含めて選挙運動をどのようなものとするのかなどなど,選挙人の自由な意思が公明かつ適正に選挙に反映され,混乱のない公正,公平な選挙が実現されるよう,選挙制度の仕組みに関する様々な事柄を選択し,決定することは国会に課せられた責務である。そして,そのような選挙制度の仕組みとの関連において,また,様々な社会的,技術的な制約が伴う中にあって,我が国の主権の及ばない国や地域に居住している在外国民に対し,どのような投票制度を用意すれば選挙の公正さ,公平さを確保し,混乱のない選挙を実現することができるのかということも,国会において判断し,選択し,決定すべき事柄であり,国会の裁量判断にゆだねられた事項である(この点,我が国の主権の及ぶ我が国内に居住している国民の選挙権の行使を制限する場合とは趣を異にするといわなければならない。我が国内に居住している国民の選挙権又はその行使を制限することは,自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならず,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず,このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは,憲法に違反するといわざるを得ない,とする多数意見に同調するものである。)。

 2 両議院の議員の各選挙制度の仕組みについては,公職選挙法がこれを定めている。従来,選挙人名簿に登録されていない者及び登録されることができない者は投票することができないとされ,選挙人名簿への登録は,当該市町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の国民で,その者に係る当該市町村の住民票が作成された日から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うこととされており,在外国民は,我が国のいずれの市町村においても住民基本台帳に記録されないため,両議院議員の選挙においてその選挙権を行使する,すなわち投票をすることができなかった。

 平成6年の公職選挙法の一部改正により,それまで長年にわたり中選挙区制の下で行われていた衆議院議員の選挙についても,小選挙区比例代表並立制が採用されることになった。そして,平成10年法律第47号による公職選挙法の一部改正により,新たに在外選挙人名簿の制度が創設され,在外国民に在外選挙人名簿に登録される途を開き,これに登録されている者は,両議院議員の選挙において投票することができるようになった。もっとも,上記改正後の公職選挙法附則8項において,当分の間は,両議院の比例代表選出議員の選挙に限ることとされたため,衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙はその対象とならないこととされている。このように両議院の比例代表選出議員の選挙に限って在外国民に投票の機会を認めたことの理由につき,12日ないし17日という限られた選挙運動期間中に在外国民へ候補者個人に関する情報を伝達することが極めて困難であること等を勘案したものであると説明されている。

 3 上記のとおり,我が国においては,従来,在外国民には両議院議員の選挙に関し投票の機会が与えられていなかったところ,平成10年の改正により,両議院の比例代表選出議員の選挙について投票の機会を与えることにし,衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙については,在外国民への候補者個人に関する情報を伝達することが極めて困難であること等を勘案して,当分の間,投票の機会を与えないこととしたというのである。

 国会のこれらの選択は,選挙制度の仕組みとの関連において在外国民にどのような投票制度を用意すれば選挙の公正さ,公平さを確保し,混乱のない選挙を実現することができるのかという,国会において正当に考慮することのできる事項を考慮した上での選択ということができ,正確な候補者情報の伝達,選挙人の自由意思による投票環境の確保,不正の防止等に関し様々な社会的,技術的な制約の伴う中でそれなりの合理性を持ち,国会に与えられた裁量判断を濫用ないし逸脱するものではなく,平成10年に至って新たに在外選挙人名簿の制度を創設し,それまではこのような制度を設けていなかったことをも含めて,いまだ上告人らの主張する憲法の各規定や条約に違反するものではなく,違憲とはいえないと解するのが相当である。

 4 私たちは,本件の主位的確認請求に係る訴えは不適法であり,予備的確認請求に係る訴えは適法であるとする多数意見に同調するものであるが,公職選挙法附則8項の規定のうち在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定している部分も違憲とはいえないと解するので,本件の予備的確認請求は理由がなく,これを棄却すべきものと考える。本件の予備的確認請求に係る訴えを却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることになるが,本件の予備的確認請求を求めている上告人らからの上告事件である本件においては,いわゆる不利益変更禁止の原則により,この部分に係る本件上告を棄却すべきである。

 また,在外選挙制度を設けなかったことなどの立法上の不作為が違憲であることを理由とする国家賠償請求については,そのような不作為は違憲ではないと解するので,理由がなく,その請求を棄却すべきであるところ,原審はこれと結論を同じくするものであるから,この部分に関する本件上告も棄却すべきである。

 

選挙権の保障(2-3)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官福田博の補足意見

 

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選挙権の保障(2-1)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)

選挙権の保障(2-2)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)確認の訴えについて・国家賠償について

選挙権の保障(2-3)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官福田博の補足意見

選挙権の保障(2-4)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官横尾和子,同上田豊三の反対意見

選挙権の保障(2-5)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見

 

【裁判官福田博の補足意見】は,次のとおりである。

 私は,法廷意見に賛成するものであるが,法廷意見に関して,在外国民の選挙権の剥奪又は制限に対する国家賠償について,消極的な見解を述べる反対意見が表明されたこと(泉裁判官)と,在外国民の選挙権の剥奪又は制限は基本的に国会の裁量に係る部分があり,現行の制度はいまだ違憲の問題を生じていないとする反対意見が表明されたこと(横尾裁判官及び上田裁判官)にかんがみ,若干の考えを述べておくこととしたい。

 1 選挙権の剥奪又は制限と国家賠償について

 在外国民の選挙権が剥奪され,又は制限されている場合に,それが違憲であることが明らかであるとしても,国家賠償を認めることは適当でないという泉裁判官の意見は,一面においてもっともな内容を含んでおり,共感を覚えるところも多い。特に,代表民主制を基本とする民主主義国家においては,国民の選挙権は国民主権の中で最も中核を成す権利であり,いやしくも国が賠償金さえ払えば,国会及び国会議員は国民の選挙権を剥奪又は制限し続けることができるといった誤解を抱くといったような事態になることは絶対に回避すべきであるという私の考えからすれば,選挙権の剥奪又は制限は本来的には金銭賠償になじまない点があることには同感である。

 しかし,そのような感想にもかかわらず,私が法廷意見に賛成するのは主として次の2点にある。

 第1は,在外国民の選挙権の剥奪又は制限が憲法に違反するという判決で被益するのは,現在も国外に居住し,又は滞在する人々であり,選挙後帰国してしまった人々に対しては,心情的満足感を除けば,金銭賠償しか救済の途がないという事実である。上告人の中には,このような人が現に存在するのであり,やはりそのような人々のことも考えて金銭賠償による救済を行わざるを得ない。

 第2は,-この点は第1の点と等しく,又はより重要であるが-国会又は国会議員が作為又は不作為により国民の選挙権の行使を妨げたことについて支払われる賠償金は,結局のところ,国民の税金から支払われるという事実である。代表民主制の根幹を成す選挙権の行使が国会又は国会議員の行為によって妨げられると,その償いに国民の税金が使われるということを国民に広く知らしめる点で,賠償金の支払は,額の多寡にかかわらず,大きな意味を持つというべきである。 2 在外国民の選挙権の剥奪又は制限は憲法に違反せず,国会の裁量の範囲に収まっているという考えには全く賛同できない。

 現代の民主主義国家は,そのほとんどが代表民主制を国家の統治システムの基本とするもので,一定年齢に達した国民が平等かつ自由かつ定時に(解散により行われる選挙を含む。以下同じ。)選挙権を行使できることを前提とし,そのような選挙によって選ばれた議員で構成される議会が国権の最高機関となり,行政,司法とあいまって,三権分立の下に国の統治システムを形成する。我が国も憲法の規定によれば,そのような代表民主制国家の一つであるはずであり,代表民主制の中核である立法府は,平等,自由,定時の選挙によって初めて正当性を持つ組織となる。民主主義国家が目指す基本的人権の尊重にあっても,このような三権分立の下で,国会は,国権の最高機関として重要な役割を果たすことになる。

 国会は,平等,自由,定時のいずれの側面においても,国民の選挙権を剥奪し制限する裁量をほとんど有していない。国民の選挙権の剥奪又は制限は,国権の最高機関性はもとより,国会及び国会議員の存在自体の正当性の根拠を失わしめるのである。国民主権は,我が国憲法の基本理念であり,我が国が代表民主主義体制の国であることを忘れてはならない。

 在外国民が本国の政治や国の在り方によってその安寧に大きく影響を受けることは,経験的にも随所で証明されている。

 代表民主主義体制の国であるはずの我が国が,住所が国外にあるという理由で,一般的な形で国民の選挙権を制限できるという考えは,もう止めにした方が良いというのが私の感想である。

 

 

選挙権の保障(2-2)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)確認の訴えについて・国家賠償について

 

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選挙権の保障(2-1)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)

選挙権の保障(2-2)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)確認の訴えについて・国家賠償について

選挙権の保障(2-3)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官福田博の補足意見

選挙権の保障(2-4)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官横尾和子,同上田豊三の反対意見

選挙権の保障(2-5)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見


 第3 確認の訴えについて

 1 本件の主位的確認請求に係る訴えのうち,本件改正前の公職選挙法が別紙当事者目録1記載の上告人らに衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認を求める訴えは,過去の法律関係の確認を求めるものであり,この確認を求めることが現に存する法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために適切かつ必要な場合であるとはいえないから,確認の利益が認められず,不適法である

 2 また,本件の主位的確認請求に係る訴えのうち,本件改正後の公職選挙法が別紙当事者目録1記載の上告人らに衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認を求める訴えについては,他により適切な訴えによってその目的を達成することができる場合には,確認の利益を欠き不適法であるというべきところ,本件においては,後記3のとおり,予備的確認請求に係る訴えの方がより適切な訴えであるということができるから,上記の主位的確認請求に係る訴えは不適法であるといわざるを得ない。

 3 本件の予備的確認請求に係る訴えは,公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えと解することができるところ,その内容をみると,公職選挙法附則8項につき所要の改正がされないと,在外国民である別紙当事者目録1記載の上告人らが,今後直近に実施されることになる衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において投票をすることができず,選挙権を行使する権利を侵害されることになるので,そのような事態になることを防止するために,同上告人らが,同項が違憲無効であるとして,当該各選挙につき選挙権を行使する権利を有することの確認をあらかじめ求める訴えであると解することができる。

 選挙権は,これを行使することができなければ意味がないものといわざるを得ず,侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回復することができない性質のものであるから,その権利の重要性にかんがみると,具体的な選挙につき選挙権を行使する権利の有無につき争いがある場合にこれを有することの確認を求める訴えについては,それが有効適切な手段であると認められる限り,確認の利益を肯定すべきものである。そして,本件の予備的確認請求に係る訴えは,公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,上記の内容に照らし,確認の利益を肯定することができるものに当たるというべきである。なお,この訴えが法律上の争訟に当たることは論をまたない。

 そうすると,本件の予備的確認請求に係る訴えについては,引き続き在外国民である同上告人らが,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を請求する趣旨のものとして適法な訴えということができる

 

 4 そこで,本件の予備的確認請求の当否について検討するに,前記のとおり,公職選挙法附則8項の規定のうち,在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するもので無効であって,別紙当事者目録1記載の上告人らは,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあるというべきであるから,本件の予備的確認請求は理由があり,更に弁論をするまでもなく,これを認容すべきものである。

 

 第4 国家賠償請求について

 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。したがって,国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら,立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである。最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁は,以上と異なる趣旨をいうものではない。

 在外国民であった上告人らも国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり,この権利行使の機会を確保するためには,在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず,前記事実関係によれば,昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出されたものの,同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったのであるから,このような著しい不作為は上記の例外的な場合に当たり,このような場合においては,過失の存在を否定することはできない。このような立法不作為の結果,上告人らは本件選挙において投票をすることができず,これによる精神的苦痛を被ったものというべきである。したがって,本件においては,上記の違法な立法不作為を理由とする国家賠償請求はこれを認容すべきである。

 そこで,上告人らの被った精神的損害の程度について検討すると,本件訴訟において在外国民の選挙権の行使を制限することが違憲であると判断され,それによって,本件選挙において投票をすることができなかったことによって上告人らが被った精神的損害は相当程度回復されるものと考えられることなどの事情を総合勘案すると,損害賠償として各人に対し慰謝料5000円の支払を命ずるのが相当である。そうであるとすれば,本件を原審に差し戻して改めて個々の上告人の損害額について審理させる必要はなく,当審において上記金額の賠償を命ずることができるものというべきである。そこで,上告人らの本件請求中,損害賠償を求める部分は,上告人らに対し各5000円及びこれに対する平成8年10月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余は棄却することとする。

 

 第5 結論

 以上のとおりであるから,本件の主位的確認請求に係る各訴えをいずれも却下すべきものとした原審の判断は正当として是認することができるが,予備的確認請求に係る訴えを却下すべきものとし,国家賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。そして,以上に説示したところによれば,本件につき更に弁論をするまでもなく,上告人らの予備的確認請求は理由があるから認容すべきであり,国家賠償請求は上告人らに対し各5000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は棄却すべきである。論旨は上記の限度で理由があり,条約違反の論旨について判断するまでもなく,原判決を主文第1項のとおり変更すべきである。

 

 よって,裁判官横尾和子,同上田豊三の反対意見,判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官福田博の補足意見がある。

 

選挙権の保障(2-1)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)

 

憲法目次Ⅰ

憲法目次Ⅱ

憲法目次

選挙権の保障(2-1)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)

選挙権の保障(2-2)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)確認の訴えについて・国家賠償について

選挙権の保障(2-3)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官福田博の補足意見

選挙権の保障(2-4)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 裁判官横尾和子,同上田豊三の反対意見

選挙権の保障(2-5)最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟) 判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見


【最大判平成17年9月14日(在外国民選挙権訴訟)】

要旨

1 平成8年10月20日に施行された衆議院議員の総選挙当時,公職選挙法(平成10年法律第47号による改正前のもの)が,国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民が国政選挙において投票をするのを全く認めていなかったことは,憲法15条1項,3項,43条1項,44条ただし書に違反する。

2 公職選挙法附則8項の規定のうち,国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民に国政選挙における選挙権の行使を認める制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は,遅くとも,本判決言渡し後に初めて行われる衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の時点においては,憲法15条1項,3項,43条1項,44条ただし書に違反する。

3 国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民が,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を求める訴えは,公法上の法律関係に関する確認の訴えとして適法である。

4 国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民は,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録され ていることに基づいて投票をすることができる地位にある。

5 国会議員の立法行為又は立法不作為は,その立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受ける。

6 国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民に国政選挙における選挙権行使の機会を確保するためには,上記国民に上記選挙権の行使を認める制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず,上記国民の国政選挙における投票を可能にするための法律案が廃案となった後,平成8年10月20日の衆議院議員総選挙の施行に至るまで10年以上の長きにわたって国会が上記投票を可能にするための立法措置を執らなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものというべきであり,国は,上記選挙において投票をすることができなかったことにより精神的苦痛を被った上記国民に対し,慰謝料各5000円の支払義務を負う。

(1,2,4~6につき,補足意見,反対意見がある。)

 

判旨

 第1 事案の概要等

 1 本件は,国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民(以下「在外国民」という。)に国政選挙における選挙権行使の全部又は一部を認めないことの適否等が争われている事案である(以下,在外国民に国政選挙における選挙権の行使を認める制度を「在外選挙制度」という。)。

 2 在外国民の選挙権の行使に関する制度の概要

 (1) 在外国民の選挙権の行使については,平成10年法律第47号によって公職選挙法が一部改正され(以下,この改正を「本件改正」という。),在外選挙制度が創設された。しかし,その対象となる選挙について,当分の間は,衆議院比例代表選出議員の選挙及び参議院比例代表選出議員の選挙に限ることとされた(本件改正後の公職選挙法附則8項)。本件改正前及び本件改正後の在外国民の選挙権の行使に関する制度の概要は,それぞれ以下のとおりである。

 (2) 本件改正前の制度の概要

 本件改正前の公職選挙法42条1項,2項は,選挙人名簿に登録されていない者及び選挙人名簿に登録されることができない者は投票をすることができないものと定めていた。そして,選挙人名簿への登録は,当該市町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の日本国民で,その者に係る当該市町村の住民票が作成された日から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うこととされているところ(同法21条1項,住民基本台帳法15条1項),在外国民は,我が国のいずれの市町村においても住民基本台帳に記録されないため,選挙人名簿には登録されなかった。その結果,在外国民は,衆議院議員の選挙又は参議院議員の選挙において投票をすることができなかった。

 (3) 本件改正後の制度の概要

 本件改正により,新たに在外選挙人名簿が調製されることとなり(公職選挙法第4章の2参照),「選挙人名簿に登録されていない者は,投票をすることができない。」と定めていた本件改正前の公職選挙法42条1項本文は,「選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は,投票をすることができない。」と改められた。本件改正によって在外選挙制度の対象となる選挙は,衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙であるが,当分の間は,衆議院比例代表選出議員の選挙及び参議院比例代表選出議員の選挙に限ることとされたため,その間は,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙はその対象とならない(本件改正後の公職選挙法附則8項)。

 3 本件において,在外国民である別紙当事者目録1記載の上告人らは,被上告人に対し,在外国民であることを理由として選挙権の行使の機会を保障しないことは,憲法14条1項,15条1項及び3項,43条並びに44条並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年条約第7号)25条に違反すると主張して,主位的に,①本件改正前の公職選挙法は,同上告人らに衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において,違法(上記の憲法の規定及び条約違反)であることの確認,並びに②本件改正後の公職選挙法は,同上告人らに衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において,違法(上記の憲法の規定及び条約違反)であることの確認を求めるとともに,予備的に,③同上告人らが衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙において選挙権を行使する権利を有することの確認を請求している。

 また,別紙当事者目録1記載の上告人ら及び平成8年10月20日当時は在外国民であったがその後帰国した同目録2記載の上告人らは,被上告人に対し,立法府である国会が在外国民が国政選挙において選挙権を行使することができるように公職選挙法を改正することを怠ったために,上告人らは同日に実施された衆議院議員の総選挙(以下「本件選挙」という。)において投票をすることができず損害を被ったと主張して,1人当たり5万円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を請求している。

 4 原判決は,本件の各確認請求に係る訴えはいずれも法律上の争訟に当たらず不適法であるとして却下すべきものとし,また,本件の国家賠償請求はいずれも棄却すべきものとした。所論は,要するに,在外国民の国政選挙における選挙権の行使を制限する公職選挙法の規定は,憲法14条,15条1項及び3項,22条2項,43条,44条等に違反すると主張するとともに,確認の訴えをいずれも不適法とし,国家賠償請求を認めなかった原判決の違法をいうものである。

 

 

 第2 在外国民の選挙権の行使を制限することの憲法適合性について

 1 国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は,国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として,議会制民主主義の根幹を成すものであり,民主国家においては,一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられるべきものである。

 憲法は,前文及び1条において,主権が国民に存することを宣言し,国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると定めるとともに,43条1項において,国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定め,15条1項において,公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利であると定めて,国民に対し,主権者として,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を保障している。そして,憲法は,同条3項において,公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障すると定め,さらに,44条ただし書において,両議院の議員の選挙人の資格については,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならないと定めている。以上によれば,憲法は,国民主権の原理に基づき,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており,その趣旨を確たるものとするため,国民に対して投票をする機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。

 憲法の以上の趣旨にかんがみれば,自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず,このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。また,このことは,国が国民の選挙権の行使を可能にするための所要の措置を執らないという不作為によって国民が選挙権を行使することができない場合についても,同様である。

 在外国民は,選挙人名簿の登録について国内に居住する国民と同様の被登録資格を有しないために,そのままでは選挙権を行使することができないが,憲法によって選挙権を保障されていることに変わりはなく,国には,選挙の公正の確保に留意しつつ,その行使を現実的に可能にするために所要の措置を執るべき責務があるのであって,選挙の公正を確保しつつそのような措置を執ることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合に限り,当該措置を執らないことについて上記のやむを得ない事由があるというべきである。

 2 本件改正前の公職選挙法の憲法適合性について

 前記第1の2(2)のとおり,本件改正前の公職選挙法の下においては,在外国民は,選挙人名簿に登録されず,その結果,投票をすることができないものとされていた。これは,在外国民が実際に投票をすることを可能にするためには,我が国の在外公館の人的,物的態勢を整えるなどの所要の措置を執る必要があったが,その実現には克服しなければならない障害が少なくなかったためであると考えられる。

 記録によれば,内閣は,昭和59年4月27日,「我が国の国際関係の緊密化に伴い,国外に居住する国民が増加しつつあることにかんがみ,これらの者について選挙権行使の機会を保障する必要がある」として,衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙全般についての在外選挙制度の創設を内容とする「公職選挙法の一部を改正する法律案」を第101回国会に提出したが,同法律案は,その後第105回国会まで継続審査とされていたものの実質的な審議は行われず,同61年6月2日に衆議院が解散されたことにより廃案となったこと,その後,本件選挙が実施された平成8年10月20日までに,在外国民の選挙権の行使を可能にするための法律改正はされなかったことが明らかである。世界各地に散在する多数の在外国民に選挙権の行使を認めるに当たり,公正な選挙の実施や候補者に関する情報の適正な伝達等に関して解決されるべき問題があったとしても,既に昭和59年の時点で,選挙の執行について責任を負う内閣がその解決が可能であることを前提に上記の法律案を国会に提出していることを考慮すると,同法律案が廃案となった後,国会が,10年以上の長きにわたって在外選挙制度を何ら創設しないまま放置し,本件選挙において在外国民が投票をすることを認めなかったことについては,やむを得ない事由があったとは到底いうことができない。そうすると,本件改正前の公職選挙法が,本件選挙当時,在外国民であった上告人らの投票を全く認めていなかったことは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するものであったというべきである。

 

 3 本件改正後の公職選挙法の憲法適合性について

 本件改正は,在外国民に国政選挙で投票をすることを認める在外選挙制度を設けたものの,当分の間,衆議院比例代表選出議員の選挙及び参議院比例代表選出議員の選挙についてだけ投票をすることを認め,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙については投票をすることを認めないというものである。この点に関しては,投票日前に選挙公報を在外国民に届けるのは実際上困難であり,在外国民に候補者個人に関する情報を適正に伝達するのが困難であるという状況の下で,候補者の氏名を自書させて投票をさせる必要のある衆議院小選挙区選出議員の選挙又は参議院選挙区選出議員の選挙について在外国民に投票をすることを認めることには検討を要する問題があるという見解もないではなかったことなどを考慮すると,初めて在外選挙制度を設けるに当たり,まず問題の比較的少ない比例代表選出議員の選挙についてだけ在外国民の投票を認めることとしたことが,全く理由のないものであったとまでいうことはできない。しかしながら,本件改正後に在外選挙が繰り返し実施されてきていること,通信手段が地球規模で目覚ましい発達を遂げていることなどによれば,在外国民に候補者個人に関する情報を適正に伝達することが著しく困難であるとはいえなくなったものというべきである。また,参議院比例代表選出議員の選挙制度を非拘束名簿式に改めることなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成12年法律第118号)が平成12年11月1日に公布され,同月21日に施行されているが,この改正後は,参議院比例代表選出議員の選挙の投票については,公職選挙法86条の3第1項の参議院名簿登載者の氏名を自書することが原則とされ,既に平成13年及び同16年に,在外国民についてもこの制度に基づく選挙権の行使がされていることなども併せて考えると遅くとも,本判決言渡し後に初めて行われる衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の時点においては,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙について在外国民に投票をすることを認めないことについて,やむを得ない事由があるということはできず,公職選挙法附則8項の規定のうち,在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するものといわざるを得ない

選挙権の保障(1-2)最判昭和60年11月21日(在宅投票制度廃止訴訟)

憲法目次

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【最判昭和60年11月21日(在宅投票制度廃止訴訟)】

要旨

一 国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらずあえて当該立法を行うというごとき例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上、違法の評価を受けるものではない。

二 在宅投票制度を廃止しこれを復活しなかつた立法行為は、国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たらない。

 

判旨

 1 公職選挙法の一部を改正する法律(昭和二七年法律第三〇七号)の施行前においては、公職選挙法及びその委任を受けた公職選挙法施行令は、疾病、負傷、妊娠若しくは身体の障害のため又は産褥にあるため歩行が著しく困難である選挙人(公職選挙法施行令五五条二項各号に掲げる選挙人を除く。以下「在宅選挙人」という。)について、投票所に行かずにその現在する場所において投票用紙に投票の記載をして投票をすることができるという制度(以下「在宅投票制度」という。)を定めていたところ、昭和二六年四月の統一地方選挙において在宅投票制度が悪用され、そのことによる選挙無効及び当選無効の争訟が続出したことから、国会は、右の公職選挙法の一部を改正する法律により在宅投票制度を廃止し、その後在宅投票制度を設けるための立法を行わなかつた(以下この廃止行為及び不作為を「本件立法行為」と総称する。)。

 2 上告人は、明治四五年一月二日生まれの日本国民で、大正一三年以来小樽市内に居住し、公職選挙法九条の規定による選挙権を有していた者であるが、昭和六年に自宅の屋根で雪降ろしの作業中に転落して腰部を打撲したのが原因で歩行困難となり、同二八年の参議院議員選挙の際には車椅子で投票所に行き投票したものの、同三〇年ころからは、それまで徐々に進行していた下半身の硬直が悪化して歩行が著しく困難になつたのみならず、車椅子に乗ることも著しく困難となり、担架等によるのでなければ投票所に行くことができなくなつて、同四三年から同四七年までの間に施行された合計八回の国会議員、北海道知事、北海道議会議員、小樽市長又は小樽市議会議員の選挙に際して投票をすることができなかつた。

 二 上告人の本訴請求は、在宅投票制度は在宅選挙人に対し投票の機会を保障するための憲法上必須の制度であり、これを廃止して復活しない本件立法行為は、在宅選挙人の選挙権の行使を妨げ、憲法一三条、一五条一項及び三項、一四条一項、四四条、四七条並びに九三条の規定に違反するもので、国会議員による違法な公権力の行使であり、上告人はそれが原因で前記八回の選挙において投票をすることができず、精神的損害を受けたとして、国家賠償法一条一項の規定に基づき被上告人に対し右損害の賠償を請求するものである。

 三 国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。したがつて、国会議員の立法行為(立法不作為を含む。以下同じ。)が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であつて、当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反する廉があるとしても、その故に国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない

 そこで、国会議員が立法に関し個別の国民に対する関係においていかなる法的義務を負うかをみるに、憲法の採用する議会制民主主義の下においては、国会は、国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を立法過程に公正に反映させ、議員の自由な討論を通してこれらを調整し、究極的には多数決原理により統一的な国家意思を形成すべき役割を担うものである。そして、国会議員は、多様な国民の意向をくみつつ、国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されているのであつて、議会制民主主義が適正かつ効果的に機能することを期するためにも、国会議員の立法過程における行動で、立法行為の内容にわたる実体的側面に係るものは、これを議員各自の政治的判断に任せ、その当否は終局的に国民の自由な言論及び選挙による政治的評価にゆだねるのを相当とする。さらにいえば、立法行為の規範たるべき憲法についてさえ、その解釈につき国民の間には多様な見解があり得るのであつて、国会議員は、これを立法過程に反映させるべき立場にあるのである。憲法五一条が、「両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。」と規定し、国会議員の発言・表決につきその法的責任を免除しているのも、国会議員の立法過程における行動は政治的責任の対象とするにとどめるのが国民の代表者による政治の実現を期するという目的にかなうものである、との考慮によるのである。このように、国会議員の立法行為は、本質的に政治的なものであつて、その性質上法的規制の対象になじまず、特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点から、あるべき立法行為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは、原則的には許されないものといわざるを得ない。ある法律が個人の具体的権利利益を侵害するものであるという場合に、裁判所はその者の訴えに基づき当該法律の合憲性を判断するが、この判断は既に成立している法律の効力に関するものであり、法律の効力についての違憲審査がなされるからといつて、当該法律の立法過程における国会議員の行動、すなわち立法行為が当然に法的評価に親しむものとすることはできないのである。

 以上のとおりであるから、国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであつて、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない

 

 四 これを本件についてみるに、前記のとおり、上告人は、在宅投票制度の設置は憲法の命ずるところであるとの前提に立つて、本件立法行為の違法を主張するのであるが、憲法には在宅投票制度の設置を積極的に命ずる明文の規定が存しないばかりでなく、かえつて、その四七条は「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」と規定しているのであつて、これが投票の方法その他選挙に関する事項の具体的決定を原則として立法府である国会の裁量的権限に任せる趣旨であることは、当裁判所の判例とするところである(昭和三八年(オ)第四二二号同三九年二月五日大法廷判決・民集一八巻二号二七〇頁、昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁参照)。

 そうすると、在宅投票制度を廃止しその後前記八回の選挙までにこれを復活しなかつた本件立法行為につき、これが前示の例外的場合に当たると解すべき余地はなく、結局、本件立法行為は国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではないといわざるを得ない。

 

 五 以上のとおりであるから、上告人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく棄却を免れず、本訴請求を棄却した原審の判断は結論において是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない点につき原判決を非難するものであつて、いずれも採用することができない。

選挙権の保障(1-1)・札幌地裁小樽支昭和49年12月9日

 

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【札幌地裁小樽支昭和49年12月9日】

要旨

身体障害者の在宅投票制度の廃止は、国民主権の原理の表現たる公務員の罷免権および選挙権の保障ならびに平等原則に違背し、憲法一五条・四四条・一四条に違反する。

 

判旨

 

第三 在宅投票制度廃止の憲法間題

 一 憲法は、その前文において「・・・ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国我がこれを亭受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。・・・」と述べ、さらに、第一条において、「・・・主権の存する日本国民・・・」と規定し、人類普遍の原理としての国民主権をその基本原理とすることを宣言している。そして、憲法は、国民主権の現れとして、第一五条第一項において、公務員の選定、罷免が国民固有の権利であることを、同条第三項において、公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障することを定めている。すなわち、憲法は、国民は、主権者であるが、原則として自ら直接その主権を行使して国または、地方公共団体の政治の運営、事務の執行に当るのでなく、直接もしくは間接に国民の信託を受けた公務員においてその衝に当るべき建前をとつているのであり、公務員の選定罷免の権利およびそれの重要な内容をなす公務員の選挙の権利すなわち選挙権は、まさに、憲法の基本原理である国民主権の表現として、国民の最も重要な基本的権利に属するものであつて、選挙権について成年者による普通選挙の保障されている所以の一もここに存するものと解される。ところで、憲法は、第一四条第一項において、国民の法の下の平等の原則を掲げ、国民が人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において差別されないことを規定しており、これまた民主主義の理念に立ち、基本的人権について最大の尊重をうたう憲法として欠くことのできない基本的原則に属する。(もとより同条項はいかなる場合にも国民の形式的一律平等を要求するものではないけれども、取扱いの差別が容認されるためには、これを正当とする合理的理由を必要とするこというまでもない。)そして、法の下の平等の原則は、前記公務員の選挙についても適用あるべきこと疑いなく、前掲憲法第一五条第三項が公務員の選挙について成年者による普通選挙を保障するのは、右原則からしても当然の帰結ということができる。さらに、憲法は、第四一条、第四二条、第四三条第一項において、国権の最高機関として国会を置き、国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織すると定め、いわゆる議会制民主主義を採用し、したがつて、両議院の議員の選挙は、国民主権の表現として最も重要な行為に属するのであり、これについて前掲憲法第一五条第一項、第三項、第一四条第一項の適用あるべきことは当然であるところ、その重要性に鑑み、憲法は、第四四条において、「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。」としつつ、「但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。」と規定して平等選挙の趣旨を貫くべきことを特に明示しているのである

以上によつて観れば、憲法は、国会の両議院の議員の選挙についてはもとより、公務員の選挙について、選挙権を国民の最も重要な基本的権利の一として最大の尊重を要するものとしていること疑いを容れない。

したがつて、憲法の右趣意に鑑みれば、選挙権の有無、内容について、これをやむを得ないとする合理的理由なく差別することは、憲法上前述の国民主権の表現である公務員の選定罷免権および選挙権の保障ならびに法の下の平等の原則に違背することを免れない。そしてこのことは、単に選挙権の有無、内容について形式的に論ずれば足りるものではない憲法第四七条は、「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」として、右事項の定めを法律に委任しているが、立法機関が右事項を定めるにあたつては、かかる普通平等選挙の原則に適合した制度を設けなければならず、法律による具体的な選挙制度の定めによつて、一部の者について、法律の規定上は選挙権が与えられていてもその行使すなわち投票を行なうことが不可能あるいは著しく困難となり、その投票の機会が奪われる結果となることは、これをやむを得ないとする合理的理由の存在しない限り許されないものと解すべきであり、右合理的理由の存否については、選挙権のもつ国民の基本的権利としての重要性を十分に名慮しつつ慎重、厳格に剥断する必要がある。

 二 しかるところ、公職選挙法は、本件改正前後を通じ、投票の方法につき、「選挙入は、選挙の当日、自ら投票所に行き・・・投票をしなければならない。」(第四四条第一項)、一選挙人は、投票所において、投票用紙に当該選挙の公職の候補者一人の氏名を自書して、これを投票箱に入れなければならない。」(第四六条第一項)と定め、いわゆる投票現場自書主義を採用する。しかし、この方法の下では、形式的にはすべての有権者に対し投票の機会が保障されるものであるけれども、選挙の意思と能力を有しながら、身体障害等により、選挙の当日投票所に行くことが不司能あるいは著しく困難な者にとつて、投票を行なうことが不可能あるいは著しく困難になることも否定し難い。されば、先進諸外国の立法例においても多くが病者、身体障害者等について何らかの形の在宅投票制度を設けているのである。

我国においても、改正前の公職選挙法は、右投票現場自書主義の原則の例外として、一般の不存者投票手続のほかに、前記事情のある者のために在宅投票制度を設けていたところ、前記改正によりこれを廃止するに至つたのである。そこで、一旦設けられていた在宅投票制度を廃止し、その結果特定の病院、施設等に入つている者を除き、従来右制度によつて投票の機械を有していた前記身体障害等の事情ある者をして実質上投票を不司能あるいは著しく困難ならしめることとなつた右改正措置に、これをやむを得ないとする合理的理由があつたかどうかが検討されなければならない。

 三 ところで、被告は、在宅投票制度を廃止した改正法律は、「選挙入の資格」について規定したものではなく、従前在宅投票をしていた者が制度の廃止に伴い投票することが困難となつたとしても、実質的に選挙人の資格を奪うのと同視しうるものではないと主張する。しかしながら、投票は選挙権行使の唯一の刑式で、抽象的に選挙人の資格すなわち選挙権が保障されていても、具体的な選挙制度を定めるにあたつて、事実上投票が不可能あるいは著しく困難となる場合は、これを実質的にみれば、選挙権を奪うのと等しいものと解すべきである

 また、被告は、憲法第一四条第一項は、政治的関係における差別を禁止しているが、在宅投票制度を認めるかどうかは投票の方法に関する事柄であつて、右制度を認めることまで保障しているものではないと主張するけれども、投票の方法の定め方如何は、選挙権の保障と重大な関連をもち、投票の方法の定め方如伺によつては実質的に選挙権を奪う結果になることもありうることなどに鑑みれば、国民の法の下の平等の原則は、当然に、投票の方法を定める場合においても要謂されるものと解すべきであるから、被告の右主張は、いずれもこれを採用することはできない

 四 さらに、被告は憲法第四七条は、投票の方法その他選挙に関する事項を法神で定める旨規定しているが、これは、選挙に関する事項の決定は原則として立法府である国会の裁量的権限に委ねられているものと解せられ、その範囲は決して狭くない。裁判所は、右事項について、立法府の裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱しその立法的措置が著しく不合理であることが明白である場合に限つて、これを違憲としうると主張し、(1)最高裁判所大法廷昭和三九年二月五日判決・民集一八巻二号二七〇頁、(2)同昭和四七年一一月二二日判決・刑集二六巻九号五八六頁を引用する。

 しかしながら、憲法の右法条が選挙に関する事項について自ら規定せず、法律の定めに委ねたのは、元来選挙の方法に関する事項は、その重要性に加え、技術的要素が多く、細目は時代に応じて変更する必要があるので、その詳細についてまで憲法において規定するのは適当でないとされたからであり、そこに立法機関の裁量が働く余地があるけれども、右の立法機関のP量は憲法上の他の諸規定諸原則に反しない限度でなさるべきは当然であり、憲法が右事項について法律で定めると規定したことの一事をもつて、立法府の裁量の範囲が一段と広くなるものと解すべき根拠はない。

 また、選挙に関する事項について、裁判所は、立法府がその裁量権を逸脱しその立法的措置が著しく不合理であることが明白である場合に限つて違憲としうるとの被告の前記主張は、裁判所の違憲審査権に関するいわゆる明白の原則として論ぜられるところであるが、右原則は、(イ)法律に表明された主権者たる国民の意思には、憲法との矛盾がきわめて明白でない限り反対すべきではないとの民主政の理論、および、(ロ)裁判所、事実上立法となるような憲法解釈を行なつて国会の権能を侵害すべきではない、との権力分立理論にその根拠をおくと解されるところ、当裁判所も、右明白の原則の根拠となる考え方は十分尊重に値いし、違憲性判断の対象となる事項によつては右原則に従うベき場合も存するものと考える。しかしながら、およそ選挙権という民主政の根幹をなす重要な基本権について、立法府の広汎な裁量的判断を尊重すべきことを強調する結果、司法審査の及ぶ範囲を前記主張のように極めて限定的に解するに至るならば、選挙権の行使を不当に制約する疑いのある立法がなされた場合に、その復元について選挙に訴えることそのものが制約され、民主政の過程にこれを期待すること自体不可能とならざるを得ないのであるから、かかる場合、被告の主張するような司法の自己制限の立場を採ることは、かえつて、憲法の基本原理たる民主政の基礎をおびやかすことにもなるのであつて、憲法の基本原理を実質的に維持する見地からみて相当ではないといわなければならない。したがつて、本件のような選挙権そのものの実質的侵害が問題とされている事案においては、被告主張の明白の原則は採用しがたい。

 

 右事実によると、その正確な数字はこれを把握し難いが、相当程度在宅投票制度が悪用され、選挙違反および違反による当選あるいは選挙無効l件が多発したものと推察される。してみると、選挙は、自由公正に行なわれるべきであつて、当選あるいは選挙無効の結果を回避すべきことはいうまでもないから、少なくとも、右結果からは、当時なんらかの是正措置をとる必要があつたものと解され、改正法律がかかる弊害除去を目的としたこと自体はもとより正当であつたと評価しなければならない(事実、改正後の選挙犯罪、選挙争訟が減少したことは、前記認定のとおりである。)。

 三 しかしながら、立法目的が正当であつても、上来説示のとおり国民主権の原理の下で国民の最も重要な基本的権利に属する公務員の選挙権については、普通平等選挙の原則から、一部の者の選挙権の行使を不可能あるいは著しく困難にするような選挙権の制約は、必要やむを得ないとする合理的理由のある場合に限るべきであり、この見地からすれば、右制約の程度も最小限度にとどめなければならない。そして在宅投票制度の廃止によりその選挙権の行使が不可能あるいは著しく困難となる者の存することは、上記のとおりであるから、弊害除去の目的のため在宅投票制度を廃止する場合に、右措置が合理性があると評価されるのは、右弊害除去という同じ立法目的を達成できるより制限的でない他の選びうる手段が存せずもしくはこれを利用できない場合に限られるものと解すべきであつて、被告において右のようなより制限的でない他の選びうる手段が存せずもしくはこれを利用できなかつたことを主張・立証しない限り、右制度を廃止した法律改正は、違憲の措置となることを免れないものというベきである。

 このいきさつに照らすと、当時の国会において、前記悪用の原因の第一としてあげた同居の親族の介入による弊害の是正方法について仔細に検討された形跡は見当らず、また、同第二の証明書濫発の点については、審議の過程でその指摘もなされており、この点は、郵便による投票の方法の下でも、対象者の範囲をなんらかの方法によつて確定する必要がある以上、その手段として医師等の証明書による場合、それが濫発されて、なお弊害の原因となりうることは想定されるけれども、右証明書濫発の点は、同居の親族の介入を認めた在宅投票制度においては、前掲悪用の実態をみるかぎり、右第一の原因と関連して発生した現象と解されるところ、右審議経過をみると、単に、第二の原因の存在が指摘されたにとどまり、この点について、右第一の原因との関連において検討がなされたものと見ることは困難であり、また、右第三の原因は、たといこれによつて弊害が生じたとしても、在宅投票制度廃止に連なる理由となし難いこと多言を要しないから、この点の検討がなされたか否かは、在宅投票制度全体を廃止した改正の当否の判定について大勢を左右するものでない。結局、国会において、在宅投票制度全体を廃止することなく上記弊害を除去する方法がとりえないか否かについて十分な検討がなされた形跡は見あたらないし、投票制度に伴う技術的問題を含む諸種の事情を検討して右方法がとりえないものであつたことを窺わせるような論議ないし資料が右審議過程に提出された形跡も見あたらない。

 六 以上検討したところによれば、上記弊害の是正という立法目的を達成するために在宅投票制度全体を廃するのではなく、より制限的でない他の手段が利用できなかつたとの事情について、被告の主張・立証はないものというべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく、右法律改正に基づき、原告のような身体障害者の投票を不可能あるいは著しく困難にした国会の立法措置は、前記立法目的達成の手段としてその裁量の限度をこえ、これをやむを得ないとする合理的理由を欠くものであつて、国民主権の原理の表現としての公務員の選定罷免権および選挙権の保障ならびに平等原則に背き、憲法第一五条第一項、第三項、第四四条、第一四条第一項に違反するものといわなければならない。

 (原告は、国会の右法律改正のほか、在宅投票制度を復活しないことによる違憲をも主張するが叙上のとおり右法律改正・施行そのものによつてすでに原告の選挙権行使が侵害されたというべきであるから、右主張については判断を要しない。)

第五 国会の過失

 国会の立法行為も国家賠償法第一条第一項の適用を受け、同条項にいう「公務員の故意、過失」は、合議制機関の行為の場合、必ずしも、国会を構成する個々の国会議員の故意、過失を問題にする必要はなく、国会議員の統一的意思活動たる国会自体の故意、過失を論ずるをもつて足りるものと解すべきである。本件において、国会が法律改正によつて違憲の結果を生ずることを認識していたことを認めるに足りる証拠はない。しかし、国会は国権の最高機関として立法を行ない、そのため、両議院に国政調査権が与えられ(憲法第六二条)、その組織、機構等において他の立法機関に類をみない程度に完備していることは公知の事実であるから、立法をなすにあたつては違憲という重大な結果を生じないよう慎重に審議、検討すべき高度の注意義務を負うところ、本件法律改正の審議経過は右にみたとおりであり、かかる違憲の法律改正を行なつたことは、その公権力行使にあたり、右注意義務に違背する過失があつたものと解するのが相当である

連座制の合憲性 最判平成9年3月13日

 

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【最判平成9年3月13日】

要旨

一 公職選挙法二五一条の三の規定は、憲法前文、一条、一五条、二一条、三一条に違反しない。

二 会社の代表取締役乙が、公職の候補者甲を当選させる目的の選挙運動を会社を挙げて行おうと企図し、従業員の朝礼及び下請業者との会食において甲にあいさつをさせ、投票及び投票の取りまとめを依頼するなどの選挙運動をする計画を会社の幹部らに表明した上、これを了承した右幹部らのうち丙及び丁に各人の役割等の概括的な指示をし、丙及び丁は、他の幹部や関係従業員に指示するなどして、朝礼及び会食の手配と設営、後援者名簿用紙の配布等の個々の選挙運動を実行させ、要請に応じた甲の出席した朝礼及び会食の席上、乙が会社として甲を応援する趣旨のあいさつをし、甲自らも同社の従業員又は下請業者らの応援を求める旨のあいさつをしたなど判示の事実関係の下においては、乙、丙及び丁は、公職選挙法二五一条の三第一項に規定する組織的選挙運動管理者等に当たる。

 

判旨

 公職選挙法(以下「法」という。)二五一条の三第一項は、同項所定の組織的選挙運動管理者等が、買収等の所定の選挙犯罪を犯し禁錮以上の刑に処せられた場合に、当該候補者等であった者の当選を無効とし、かつ、これらの者が法二五一条の五に定める時から五年間当該選挙に係る選挙区(選挙区がないときは、選挙の行われる区域)において行われる当該公職に係る選挙に立候補することを禁止する旨を定めている。右規定は、いわゆる連座の対象者を選挙運動の総括主宰者等重要な地位の者に限っていた従来の連座制ではその効果が乏しく選挙犯罪を十分抑制することができなかったという我が国における選挙の実態にかんがみ、公明かつ適正な公職選挙を実現するため、公職の候補者等に組織的選挙運動管理者等が選挙犯罪を犯すことを防止するための選挙浄化の義務を課し、公職の候補者等がこれを防止するための注意を尽くさず選挙浄化の努力を怠ったときは、当該候補者等個人を制裁し、選挙の公明、適正を回復するという趣旨で設けられたものと解するのが相当である。法二五一条の三の規定は、このように、民主主義の根幹をなす公職選挙の公明、適正を厳粛に保持するという極めて重要な法益を実現するために定められたものであって、その立法目的は合理的である。また、右規定は、組織的選挙運動管理者等が買収等の悪質な選挙犯罪を犯し禁錮以上の刑に処せられたときに限って連座の効果を生じさせることとして、連座制の適用範囲に相応の限定を加え、立候補禁止の期間及びその対象となる選挙の範囲も前記のとおり限定し、さらに、選挙犯罪がいわゆるおとり行為又は寝返り行為によってされた場合には免責することとしているほか、当該候補者等が選挙犯罪行為の発生を防止するため相当の注意を尽くすことにより連座を免れることのできるみちも新たに設けているのである。そうすると、このような規制は、これを全体としてみれば、前記立法目的を達成するための手段として必要かつ合理的なものというべきである。したがって、法二五一条の三の規定は、憲法前文、一条、一五条、二一条及び三一条に違反するものではない。以上のように解すべきことは、最高裁昭和三六年(オ)第一〇二七号同三七年三月一四日大法廷判決・民集一六巻三号五三〇頁、最高裁昭和三六年(オ)策一一〇六号同三七年三月一四日大法廷判決・民集一六巻三号五三七頁及び最高裁昭和二九年(あ)第四三九号同三〇年二月九日大法廷判決・刑集九巻二号二一七頁の趣旨に徴して明らかである。右と同旨の原審の判断は正当として是認することができる。

 そして、法二五一条の三第一項所定の組織的選挙運動管理者等の概念は、同項に定義されたところに照らせば、不明確で漠然としているということはできず、この点に関する所論違憲の主張は、その前提を欠くものといわざるを得ない(最高裁平成八年(行ツ)第一七四号同年一一月二六日第三小法廷判決参照)。その余の論旨は、違憲をいうが、その実質は、原審の裁量に属する審理上の措置又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎない。論旨は採用することができない。

 

 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右の事実を含め原審の適法に確定した事実関係によれば、() 株式会社ミサワホーム青森(以下「本件会社」という。)の代表取締役であったAは、上告人を当選させる目的の選挙運動を本件会社を挙げて行おうと企図し、従業員の朝礼及び下請業者の慰労会に名を借りた会食の席に上告人を招いて同人に立候補のあいさつをさせ、従業員や下請業者等に対して投票及び投票の取りまとめを依頼するなどの選挙運動をすることを計画して、これを本件会社の幹部らに表明し、その結果、少なくともB建設部長、C開発部次長、D総務部長、E建設部次長及びF同部課長らがこれを了承した、() 右計画の下、Aは、B及びCに対し、選挙運動の方法や各人の役割等の概括的な指示をした、() これを受けて、B及びCは、朝礼及び慰労会の手配と設営、総決起大会への出席、後援者名簿用紙、ポスター等の配布と回収などの個々の選挙運動について、D、E、Fや、各営業所のチームリーダー、その他関係従業員に指示するなどして、これらを実行させ、また、自らも慰労会の招待状の起案や上告人の都合の確認に当たるなどした、() 上告人は、右要請に応じて、朝礼及び慰労会に出席した、() その席上、Aは、上告人を会社として応援する趣旨のあいさつをし、上告人自らも、本件会社の従業員又は下請業者らの応援を求める旨のあいさつをしたというのである。

 右事実によれば、Aを総括者とする前記六人の者及び同人らの指示に従った関係従業員らは、上告人を当選させる目的の下、役割を分担し、協力し合い、本件会社の指揮命令系統を利用して、選挙運動を行ったものであって、これは、法二五一条の三第一項に規定する組織による選挙運動に当たるということができる(原審は、少なくとも前記六人において「組織」を形成していたとするが、右と同旨をいうものと解される。)。そして、Aが同項所定の「当該選挙運動の計画の立案若しくは調整」を行う者に、B及びCが「選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督」を行う者に各該当し、これらの者が「組織的選挙運動管理者等」に当たることも明らかであり、上告人が、選挙運動が組織により行われることについて、Aとの間で、相互に明示又は黙示に了解し合っていたことも明白であるから、上告人が、右選挙運動につき、組織の総括者的立場にあった者との間に意思を通じたものというべきである。所論は、同項所定の「組織」とは、規模がある程度大きく、かつ一定の継続性を有するものに限られ、「組織的選挙運動管理者等」も、総括主宰者及び出納責任者に準ずる一定の重要な立場にあって、選挙運動全体の管理に携わる者に限られるというが、前記立法の趣旨及び同条の文言に徴し、所論のように限定的に解すべき理由はなく、また、「意思を通じ」についても、所論のように、組織の具体的な構成、指揮命令系統、その組織により行われる選挙運動の内容等についてまで、認識、了解することを要するものとは解されない。

 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、右と異なる見解に基づいて原判決を論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

選挙権・被選挙権の性質(2)【最大判昭和43年12月4日】

 

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【最大判昭和43年12月4日】

要旨

一 労働組合は、憲法第二八条による労働者の団結権保障の効果として、その目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲内においては、その組合員に対する統制権を有する。

二 公職の選挙に立候補する自由は、憲法第一五条第一項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。

三 労働組合が、地方議会議員の選挙にあたり、いわゆる統一候補を決定し、組合を挙げて選挙運動を推進している場合において、統一候補の選にもれた組合員が、組合の方針に反して立候補しようとするときは、これを断念するよう勧告または説得することは許されるが、その域を超えて、立候補を取りやめることを要求し、これに従わないことを理由に統制違反者として処分することは、組合の統制権の限界を超えるものとして許されない。

 

判旨

 所論は、原判決は憲法二八条、一五条一項の解釈を誤り、労働組合の統制権の範囲を不当に拡張し、かつ、立候補の自由を不当に軽視し、よつて労働組合が右自由を制限し得るものとした違法がある、というにある。

 (1) おもうに、労働者の労働条件を適正に維持し、かつ、これを改善することは、憲法二五条の精神に則り労働者に人間に値いする生存を保障し、さらに進んで、一層健康で文化的な生活への途を開くだけでなく、ひいては、その労働意欲を高め、国の産業の興隆発展に寄与するゆえんでもある。然るに、労働者がその労働条件を適正に維持し改善しようとしても、個々にその使用者たる企業者に対立していたのでは、一般に企業者の有する経済的実力に圧倒され、対等の立場においてその利益を主張し、これを貫徹することは困難である。そこで、労働者は、多数団結して労働組合等を結成し、その団結の力を利用して必要かつ妥当な団体行動をすることによつて、適正な労働条件の維持改善を図つていく必要がある。憲法二八条は、この趣旨において、企業者対労働者、すなわち、使用者対被使用者という関係に立つ者の間において、経済上の弱者である労働者のために、団結権、団体交渉権および団体行動権(いわゆる労働基本権)を保障したものであり、如上の趣旨は、当裁判所のつとに判例とするところである(最判昭和二二年(れ)第三一九号、同二四年五月一八日大法廷判決、刑集三巻六号七七二頁)。そして、労働組合法は、憲法二八条の定める労働基本権の保障を具体化したもので、その目的とするところは、「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成すること」にある(労働組合法一条一項)。

 右に述べたように、労働基本権を保障する憲法二八条も、さらに、これを具体化した労働組合法も、直接には、労働者対使用者の関係を規制することを目的としたものであり、労働者の使用者に対する労働基本権を保障するものにほかならない。ただ、労働者が憲法二八条の保障する団結権に基づき労働組合を結成した場合において、その労働組合が正当な団体行動を行なうにあたり、労働組合の統一と一体化を図り、その団結力の強化を期するためには、その組合員たる個々の労働者の行動についても、組合として、合理的な範囲において、これに規制を加えることが許されなければならない(以下、これを組合の統制権とよぶ。)。およそ、組織的団体においては、一般に、その構成員に対し、その目的に即して合理的な範囲内での統制権を有するのが通例であるが、憲法上、団結権を保障されている労働組合においては、その組合員に対する組合の統制権は、一般の組織的団体のそれと異なり、労働組合の団結権を確保するために必要であり、かつ、合理的な範囲内においては、労働者の団結権保障の一環として、憲法二八条の精神に由来するものということができる。この意味において、憲法二八条による労働者の団結権保障の効果として、労働組合は、その目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲内において、その組合員に対する統制権を有するものと解すべきである。

 (2) ところで、労働組合は、元来、「労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体又はその連合団体」である(労働組合法二条)。そして、このような労働組合の結成を憲法および労働組合法で保障しているのは、社会的・経済的弱者である個々の労働者をして、その強者である使用者との交渉において、対等の立場に立たせることにより、労働者の地位を向上させることを目的とするものであることは、さきに説示したとおりである。しかし、現実の政治・経済・社会機構のもとにおいて、労働者がその経済的地位の向上を図るにあたつては、単に対使用者との交渉においてのみこれを求めても、十分にはその目的を達成することができず、労働組合が右の目的をより十分に達成するための手段として、その目的達成に必要な政治活動や社会活動を行なうことを妨げられるものではない。

 この見地からいつて、本件のような地方議会議員の選挙にあたり、労働組合が、その組合員の居住地域の生活環境の改善その他生活向上を図るうえに役立たしめるため、その利益代表を議会に送り込むための選挙活動をすること、そして、その一方策として、いわゆる統一候補を決定し、組合を挙げてその選挙運動を推進することは、組合の活動として許されないわけではなく、また、統一候補以外の組合員であえて立候補しようとするものに対し、組合の所期の目的を達成するため、立候補を思いとどまるよう勧告または説得することも、それが単に勧告または説得にとどまるかぎり、組合の組合員に対する妥当な範囲の統制権の行使にほかならず、別段、法の禁ずるところとはいえない。しかし、このことから直ちに、組合の勧告または説得に応じないで個人的に立候補した組合員に対して、組合の統制をみだしたものとして、何らかの処分をすることができるかどうかは別個の問題である。この問題に応えるためには、まず、立候補の自由の意義を考え、さらに、労働組合の組合員に対する統制権と立候補の自由との関係を検討する必要がある。

 (3) 憲法一五条一項は、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と規定し、選挙権が基本的人権の一つであることを明らかにしているが、被選挙権または立候補の自由については、特に明記するところはない

 ところで、選挙は、本来、自由かつ公正に行なわれるべきものであり、このことは、民主主義の基盤をなす選挙制度の目的を達成するための基本的要請である。この見地から、選挙人は、自由に表明する意思によつてその代表者を選ぶことにより、自ら国家(または地方公共団体等)の意思の形成に参与するのであり、誰を選ぶかも、元来、選挙人の自由であるべきであるが、多数の選挙人の存する選挙においては、これを各選挙人の完全な自由に放任したのでは選挙の目的を達成することが困難であるため、公職選挙法は、自ら代表者になろうとする者が自由な意思で立候補し、選挙人は立候補者の中から自己の希望する代表者を選ぶという立候補制度を採用しているわけである。したがつて、もし、被選挙権を有し、選挙に立候補しようとする者がその立候補について不当に制約を受けるようなことがあれば、そのことは、ひいては、選挙人の自由な意思の表明を阻害することとなり、自由かつ公正な選挙の本旨に反することとならざるを得ない。この意味において、立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要である。このような見地からいえば、憲法一五条一項には、被選挙権者、特にその立候補の自由について、直接には規定していないが、これもまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。さればこそ、公職選挙法に、選挙人に対すると同様、公職の候補者または候補者となろうとする者に対する選挙に関する自由を妨害する行為を処罰することにしているのである(同法二二五条一号三号参照)。

 (4) さきに説示したように、労働組合は、その目的を達成するために必要な政治活動等を行なうことを妨げられるわけではない。したがつて、本件の地方議会議員の選挙にあたり、いわゆる統一候補を決定し、組合を挙げて選挙運動を推進することとし、統一候補以外の組合員で立候補しようとする組合員に対し、立候補を思いとどまるように勧告または説得することも、その限度においては、組合の政治活動の一環として、許されるところと考えてよい。また、他面において、労働組合が、その団結を維持し、その目的を達成するために、組合員に対し、統制権を有することも、前叙のとおりである。しかし、労働組合が行使し得べき組合員に対する統制権には、当然、一定の限界が存するものといわなければならない。殊に、公職選挙における立候補の自由は、憲法一五条一項の趣旨に照らし、基本的人権の一つとして、憲法の保障する重要な権利であるから、これに対する制約は、特に慎重でなければならず、組合の団結を維持するための統制権の行使に基づく制約であつても、その必要性と立候補の自由の重要性とを比較衡量して、その許否を決すべきであり、その際、政治活動に対する組合の統制権のもつ前叙のごとき性格と立候補の自由の重要性とを十分考慮する必要がある。

 原判決の確定するところによると、本件労働組合員たるCが組合の統一候補の選にもれたことから、独自に立候補する旨の意思を表示したため、被告人ら組合幹部は、後藤に対し、組合の方針に従つて右選挙の立候補を断念するよう再三説得したが、後藤は容易にこれに応ぜず、あえて独自の立場で立候補することを明らかにしたので、ついに説得することを諦め、組合の決定に基づいて本件措置に出でたというのである。このような場合には、統一候補以外の組合員で立候補しようとする者に対し、組合が所期の目的を達成するために、立候補を思いとどまるよう、勧告または説得をすることは、組合としても、当然なし得るところである。しかし、当該組合員に対し、勧告または説得の域を超え、立候補を取りやめることを要求し、これに従わないことを理由に当該組合員を統制違反者として処分するがごときは、組合の統制権の限界を超えるものとして、違法といわなければならない。然るに、原判決は、「労働組合は、その組織による団結の力を通して、組合員たる労働者の経済的地位の向上を図ることを目的とするものであり、この組合の団結力にこそ実に組合の生存がかかつているのであつて、団結の維持には統制を絶対に必要とすることを考えると、労働組合が右目的達成のための必要性から統一候補を立てるような方法によつて政治活動を行うような場合、その方針に反し、組合の団結力を阻害しまたは反組合的な態度をもつて立候補しようとし、また立候補した組合員があるときにおいて、かかる組合員の態度、行動の如何を問わず、組合の統制権が何等およばないとすることは労働組合の本質に照し、必ずしも正当な見解ともいい難い」として、本件統制権の発動は、不当なものとは認めがたく、本件行為はすべて違法性を欠くと判示している。

 右判示の中には、労働組合がその行なう政治活動について、右のような強力な統制権を有することの根拠は明示していないが、[労働組合の本質に照し」て、右結論を引き出しているところがらみれば、憲法二八条に基づいて、労働組合の団結権およびその帰結としての統制権を導き出し、しかも、これを労働組合が行なう政治活動についても当然に行使し得るものとの見地に立つているものと解される。そうとすれば、右の解釈判断は、さきに説示したとおり、憲法の解釈を誤り、統制権を不当に拡張解釈したものとの非難を避けがたく、論旨は、結局、理由があるに帰し、原判決は、この点において、破棄を免れない。

選挙権・被選挙権の性質(1)【最大判昭和30年2月9日】

 

憲法目次

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【最大判昭和30年2月9日】

要旨

公職選挙法第二五二条は憲法第一四条、第四四条に違反せず、かつ国民の参政権を不当に奪うものではない。

 

判旨

 公職選挙法の規定によれば、一般犯罪の処刑者と、いわゆる選挙犯罪(同法二五二条一項、二項所定の罪)の処刑者との間において、選挙権被選挙権停止の処遇について、所論のような差違のあることは論旨主張のとおりである。論旨は、同法がひとしく犯罪の処刑者について、国民主権につながる重大な基本的人権の行使に関して、右のごとく差別して待遇することは、憲法一四条及び四四条の趣旨に反し、不当に国民の参政権を奪い、憲法の保障する基本的人権をおかすものである。よつて原判決が本件に適用した公職選挙法二五二条一項及び三項の規定は、ともに憲法に違反するものであると主張する。

 しかしながら、同法二五二条所定の選挙犯罪は、いずれも選挙の公正を害する犯罪であつて、かかる犯罪の処刑者は、すなわち現に選挙の公正を害したものとして、選挙に関与せしめるに不適当なものとみとめるべきであるから、これを一定の期間、公職の選挙に関与することから排除するのは相当であつて、他の一般犯罪の処刑者が選挙権被選挙権を停止されるとは、おのずから別個の事由にもとずくものである。されば選挙犯罪の処刑者について、一般犯罪の処刑者に比し、特に、厳に選挙権被選挙権停止の処遇を規定しても、これをもつて所論のように条理に反する差別待遇というべきではないのである。(殊に、同条三項は、犯罪の態容その他情状によつては、第一項停止に関する規定を適用せず、またはその停止期間を短縮する等、具体的案件について、裁判によつてその処遇を緩和するの途をも開いているのであつて、一概に一般犯罪処刑者に比して、甚しく苛酷の待遇と論難することはあたらない。)

 国民主権を宣言する憲法の下において、公職の選挙権が国民の最も重要な基本的権利の一であることは所論のとおりであるが、それだけに選挙の公正はあくまでも厳粛に保持されなければならないのであつて、一旦この公正を阻害し、選挙に関与せしめることが不適当とみとめられるものは、しばらく、被選挙権、選挙権の行使から遠ざけて選挙の公正を確保すると共に、本人の反省を促すことは相当であるからこれを以て不当に国民の参政権を奪うものというべきではない

 されば、所論公職選挙法の規定は憲法に違反するとの論旨は採用することはできない。

 

 【裁判官井上登、同真野毅及び同岩松三郎の意見】は、次のとおりである。

 公職選挙法二五二条一項、三項の規定が憲法一四条、同四四条但書に違反するものでない(論旨第一点に対する判示参照)とする多数意見の見解そのものには敢えて反対するものではない。しかし公職選挙法二五二条一項の規定はその明文上明らかなように同条項所定の公職選挙法違反の罪を犯した者が同条項所定の刑に処せられたということを法律事実として、その者が同条項所定の期間公職選挙法に規定する選挙権及び被選挙権を有しないという法律効果の発生することを定めているに過ぎない。すなわち右の選挙権及び被選挙権停止の効果は前示法律事実の存することによつて法律上当然に発生するところなのであつて、右刑を言渡す判決において本条項を適用しその旨を宣告することによつて裁判の効力として発生せしめられるものではないのである。尤も同条三項には「裁判所は情状に因り刑の言渡と同時に第一項に規定する者に対し同項の五年間又は刑の執行猶予中の期間選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用せず若しくはその期間を短縮する旨を宣告……することができる」と規定されているので、漫然とそれを通読すれば、恰も裁判所は右刑の言渡と同時に常に必らず第一項の規定をその判決において適用すべきか否かを判断しなければならないものの如く考えられるかも知れない。しかし、その法意は第一項の規定の適用により法律上当然発生すべき法律効果を単に排除し得べきことを定めたものに過ぎないものであつて、裁判所が右刑の言渡をなす判決において先ず自ら第一項を適用してこれによつて同項所定の法律効果を発生せしむべきか否かを判断しなければならないことを規定したものではないのである。この事は右第一項と第三項との規定を対比しても容易に了解し得るばかりでなく、第三項には前示の如く、「……適用せず」とあるのに引続いて「若しくはその期間を短縮する旨を宣告……することができる」と併規されているのであつて、これによつて第一項の規定の適用により当然発生すべき法律効果たる所定の期間を改めて短縮し得ることを明確にしていることに徴して明らかであり、(この場合判決においてまず第一項の規定を適用して一応五年間選挙権及び被選挙権を停止することとした上で、更に第三項を適用して改めてその期間を短縮し得ることを規定したものでないことは勿論である。)同条第二項の規定が所定の法律事実の存することによつて、判決による宣告を待つまでもなく、法律上当然に第一項所定の五年の期間が十年となることを定めていることによつても明白であろう。これを要するに公職選挙法二五二条一項の規定は同条項所定の公職選挙法違反事件において裁判所が判決で適用すべき法文ではなく、選挙の実施に当り当該処刑者が選挙権及び被選挙権を有するか否かを決するに際してその適用が考慮さるべきものに外ならない。されば、仮りに右条項が所論の理由により違憲であり、無効であるとしても選挙の実施に際し同条項該当者として選挙権及び被選挙権を有しないものとして措置された場合にその行政処分に対しこれを云為するは格別、同条項の適用そのものが全然問題とならない本件公職選挙法違反事件において、しかも同条項を現に適用してもいない原判決に対して、同条項の違憲を云為して法令違反ありというのは的なきに矢を射るの類に外ならない。この点に関する所論は上告適法の理由に当らないといわなければならない。

 また同条三項の規定は同条一項所定の選挙法違反事件において同条項所定の刑を言渡す裁判所がこれを放置すれば同条項所定の法律効果が法律上当然に発生するから、情状を斟酌してその緩和措置を講じ得べきことを定めたものであり、現に原判決においても右第三項の規定を適用して被告人等に対して第一項所定の期間を二年に短縮する旨を宣告している。すなわち被告人等は原審が右第三項の規定を適用して前示の措置に出でなかつたとすれば、同条第一項の規定により法律上当然に裁判確定の日から五年間選挙権及び被選挙権を有しないものとせらるべかりしところを、原審が右第三項の規定を適用したことによつて三年の停止期間を免除せられたのであつて、これによつて被告人等は利益を受けこそすれ何等の不利益をも被つてはいないのである。それ故右第三項の規定が違憲であり同条項を適用した原判決を違法と主張する所論は結局被告人等の為めに不利益に原判決の変更を求めるに帰し、上告適法の理由とならない。

 されば論旨第一点はすべて上告適法の理由に該当しないのであつて、その理由の有無に関して審判することを要しないものといわなければならない。

 

 

【上告趣意第一点に対する裁判官斎藤悠輔、同入江俊郎の意見】は、次のとおりである。

 本論旨が上告適法の理由とならないことは、井上、真野、岩松各裁判官の意見のとおりである。仮りに上告理由となるものとしても、論旨は、選挙権、被選挙権が国民主権につながる重大な基本権であり、憲法上法律を以てしても侵されない普遍、永久且つ固有の人権であることを前提としている。なるほど、日本国憲法前文において、主権が国民に存することを宣言し、また、同法一五条一項、三項において、公務員を選定することは、国民固有の権利であり、公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する旨規定している。従つて、選挙権については、国民主権につながる重大な基本権であるといえようが、被選挙権は、権利ではなく、権利能力であり、国民全体の奉仕者である公務員となり得べき資格である。

 そして、同法四四条本文は、両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定めると規定し、両議院の議員の選挙権、被選挙権については、わが憲法上他の諸外国と異り、すべて法律の規定するところに委ねている。されば、両権は、わが憲法上法律を以てしても侵されない普遍、永久且つ固有の人権であるとすることはできない。むしろ、わが憲法上法律は、選挙権、被選挙権並びにその欠格条件等につき憲法一四条、一五条三項、四四条但書の制限に反しない限り、時宜に応じ自由且つ合理的に規定し得べきものと解さなければならない。それ故、所論前提は是認できない。その他公職選挙法二五二条の規定(選挙犯罪に因る処刑者に対する選挙権及び被選挙権の停止)が憲法一四条、四四条但書に違反しないことについては、多数説に賛同する。

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