憲法重要判例六法F

憲法についての条文・重要判例まとめ

カテゴリ: 17条 国及び公共団体の賠償責任


最大判平成17年9月14日 (在外国民選挙権訴訟)(4)反対意見

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憲法目次Ⅱ

憲法目次Ⅲ

憲法目次Ⅳ

 私たちは,本件上告をいずれも棄却すべきであると考えるが,その理由は次のとおりである。 1 憲法は,その前文において,「日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,・・・ここに主権が国民に存することを宣言し,この憲法を確定する。そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであつて,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。」として,国民主権主義を宣言している。 これを受けて,「公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利である。」(憲法15条1項),「公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障する。」(同条3項)と規定し,公務員の選挙権が国民固有の権利であることを明確にしている。 一方,国会が衆議院及び参議院の両議院から構成されること(憲法42条),両議院は全国民を代表する選挙された議員で組織されること(憲法43条1項)を規定するとともに,両議院の議員の定数,議員及びその選挙人の資格,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は,これを法律で定めるべきものとし(憲法43条2項,44条,47条),両議院の議員の各選挙制度の仕組みについての具体的な決定を原則として国会の裁量にゆだねているのである。もっとも,議員及び選挙人の資格を法律で定めるに当たっては,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならないことを明らかにしている(憲法44条ただし書)。 そして,国会が両議院の議員の各選挙制度の仕組みを具体的に決定するに当たっては,選挙人である国民の自由に表明する意思により選挙が混乱なく,公明かつ適正に行われるよう,すなわち公正,公平な選挙が混乱なく実現されるために必要とされる事項を考慮しなければならないのである。我が国の主権の及ばない国や地域(そこには様々な国や地域が存在する。)に居住していて,我が国内の市町村の区域内に住所を有していない国民(在外国民。在外国民にも二重国籍者や海外永住者などいろいろな種類の人たちがいる。)も,国民である限り選挙権を有していることはいうまでもないが,そのような在外国民が選挙権を行使する,すなわち投票をするに当たっては,国内に居住する国民の場合に比べて,様々な社会的,技術的な制約が伴うので,在外国民にどのような投票制度を用意すれば選挙の公正さ,公平さを確保し,混乱のない選挙を実現することができるのかということも国会において正当に考慮しなければならない事項であり,国会の裁量判断にゆだねられていると解すべきである。  換言すれば,両議院の議員の各選挙制度をどのような仕組みのものとするのか,すなわち,選挙区として全国区制,中選挙区制,小選挙区制,比例代表制のうちいずれによるのかあるいはいずれかの組合せによるのか,組合せによるとしてどのような方法によるのか,各選挙区の内容や区域・区割りはどうするのか,議員の総定数や選挙区への定数配分をどうするのか,選挙人名簿制度はどのようなものにするのか,投票方式はどうするのか,候補者の政見等を選挙人へ周知させることも含めて選挙運動をどのようなものとするのかなどなど,選挙人の自由な意思が公明かつ適正に選挙に反映され,混乱のない公正,公平な選挙が実現されるよう,選挙制度の仕組みに関する様々な事柄を選択し,決定することは国会に課せられた責務である。そして,そのような選挙制度の仕組みとの関連において,また,様々な社会的,技術的な制約が伴う中にあって,我が国の主権の及ばない国や地域に居住している在外国民に対し,どのような投票制度を用意すれば選挙の公正さ,公平さを確保し,混乱のない選挙を実現することができるのかということも,国会において判断し,選択し,決定すべき事柄であり,国会の裁量判断にゆだねられた事項である(この点,我が国の主権の及ぶ我が国内に居住している国民の選挙権の行使を制限する場合とは趣を異にするといわなければならない。我が国内に居住している国民の選挙権又はその行使を制限することは,自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならず,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず,このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは,憲法に違反するといわざるを得ない,とする多数意見に同調するものである。)。 2 両議院の議員の各選挙制度の仕組みについては,公職選挙法がこれを定めている。従来,選挙人名簿に登録されていない者及び登録されることができない者は投票することができないとされ,選挙人名簿への登録は,当該市町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の国民で,その者に係る当該市町村の住民票が作成された日から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うこととされており,在外国民は,我が国のいずれの市町村においても住民基本台帳に記録されないため,両議院議員の選挙においてその選挙権を行使する,すなわち投票をすることができなかった。 平成6年の公職選挙法の一部改正により,それまで長年にわたり中選挙区制の下で行われていた衆議院議員の選挙についても,小選挙区比例代表並立制が採用されることになった。そして,平成10年法律第47号による公職選挙法の一部改正により,新たに在外選挙人名簿の制度が創設され,在外国民に在外選挙人名簿に登録される途を開き,これに登録されている者は,両議院議員の選挙において投票することができるようになった。もっとも,上記改正後の公職選挙法附則8項において,当分の間は,両議院の比例代表選出議員の選挙に限ることとされたため,衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙はその対象とならないこととされている。このように両議院の比例代表選出議員の選挙に限って在外国民に投票の機会を認めたことの理由につき,12日ないし17日という限られた選挙運動期間中に在外国民へ候補者個人に関する情報を伝達することが極めて困難であること等を勘案したものであると説明されている。 3 上記のとおり,我が国においては,従来,在外国民には両議院議員の選挙に関し投票の機会が与えられていなかったところ,平成10年の改正により,両議院の比例代表選出議員の選挙について投票の機会を与えることにし,衆議院小選挙区選出議員及び参議院選挙区選出議員の選挙については,在外国民への候補者個人に関する情報を伝達することが極めて困難であること等を勘案して,当分の間,投票の機会を与えないこととしたというのである。 国会のこれらの選択は,選挙制度の仕組みとの関連において在外国民にどのような投票制度を用意すれば選挙の公正さ,公平さを確保し,混乱のない選挙を実現することができるのかという,国会において正当に考慮することのできる事項を考慮した上での選択ということができ,正確な候補者情報の伝達,選挙人の自由意思による投票環境の確保,不正の防止等に関し様々な社会的,技術的な制約の伴う中でそれなりの合理性を持ち,国会に与えられた裁量判断を濫用ないし逸脱するものではなく,平成10年に至って新たに在外選挙人名簿の制度を創設し,それまではこのような制度を設けていなかったことをも含めて,いまだ上告人らの主張する憲法の各規定や条約に違反するものではなく,違憲とはいえないと解するのが相当である。 4 私たちは,本件の主位的確認請求に係る訴えは不適法であり,予備的確認請求に係る訴えは適法であるとする多数意見に同調するものであるが,公職選挙法附則8項の規定のうち在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定している部分も違憲とはいえないと解するので,本件の予備的確認請求は理由がなく,これを棄却すべきものと考える。本件の予備的確認請求に係る訴えを却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があることになるが,本件の予備的確認請求を求めている上告人らからの上告事件である本件においては,いわゆる不利益変更禁止の原則により,この部分に係る本件上告を棄却すべきである。 また,在外選挙制度を設けなかったことなどの立法上の不作為が違憲であることを理由とする国家賠償請求については,そのような不作為は違憲ではないと解するので,理由がなく,その請求を棄却すべきであるところ,原審はこれと結論を同じくするものであるから,この部分に関する本件上告も棄却すべきである。 判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見は,次のとおりである。 私は,多数意見のうち,国家賠償請求の認容に係る部分に反対し,それ以外の部分に賛同するものである。多数意見は,公職選挙法が,本件選挙当時,在外国民の投票を認めていなかったことにより,上告人らが本件選挙において選挙権を行使することができなかったことによる精神的苦痛を慰謝するため,国は国家賠償法に基づき上告人らに各5000円の慰謝料を支払うべきであるという。しかし,私は,上告人らの上記精神的苦痛は国家賠償法による金銭賠償になじまないので,本件選挙当時の公職選挙法の合憲・違憲について判断するまでもなく,上告人らの国家賠償請求は理由がないものとて棄却すべきであると考える。 国民が,憲法で保障された基本的権利である選挙権の行使に関し,正当な理由なく差別的取扱いを受けている場合には,民主的な政治過程の正常な運営を維持するために積極的役割を果たすべき裁判所としては,国民に対しできるだけ広く是正・回復のための途を開き,その救済を図らなければならない。 本件国家賠償請求は,金銭賠償を得ることを本来の目的とするものではなく,公職選挙法が在外国民の選挙権の行使を妨げていることの違憲性を,判決理由の中で認定することを求めることにより,間接的に立法措置を促し,行使を妨げられている選挙権の回復を目指しているものである。上告人らは,国家賠償請求訴訟以外の方法では訴えの適法性を否定されるおそれがあるとの思惑から,選挙権回復の方法としては迂遠な国家賠償請求を,あえて付加したものと考えられる。 一般論としては,憲法で保障された基本的権利の行使が立法作用によって妨げられている場合に,国家賠償請求訴訟によって,間接的に立法作用の適憲的な是正を図るという途も,より適切な権利回復のための方法が他にない場合に備えて残しておくべきであると考える。また,当該権利の性質及び当該権利侵害の態様により,特定の範囲の国民に特別の損害が生じているというような場合には,国家賠償請求訴訟が権利回復の方法としてより適切であるといえよう。 しかしながら,本件で問題とされている選挙権の行使に関していえば,選挙権が基本的人権の一つである参政権の行使という意味において個人的権利であることは疑いないものの,両議院の議員という国家の機関を選定する公務に集団的に参加するという公務的性格も有しており,純粋な個人的権利とは異なった側面を持っている。しかも,立法の不備により本件選挙で投票をすることができなかった上告人らの精神的苦痛は,数十万人に及ぶ在外国民に共通のものであり,個別性の薄いものである。したがって,上告人らの精神的苦痛は,金銭で評価することが困難であり,金銭賠償になじまないものといわざるを得ない。英米には,憲法で保障された権利が侵害された場合に,実際の損害がなくても名目的損害(nominal damages)の賠償を認める制度があるが,我が国の国家賠償法は名目的損害賠償の制度を採用していないから,上告人らに生じた実際の損害を認定する必要があるところ,それが困難なのである。 そして,上告人らの上記精神的苦痛に対し金銭賠償をすべきものとすれば,議員定数の配分の不均衡により投票価値において差別を受けている過小代表区の選挙人にもなにがしかの金銭賠償をすべきことになるが,その精神的苦痛を金銭で評価するのが困難である上に,賠償の対象となる選挙人が膨大な数に上り,賠償の対象となる選挙人と,賠償の財源である税の負担者とが,かなりの部分で重なり合うことに照らすと,上記のような精神的苦痛はそもそも金銭賠償になじまず,国家賠償法が賠償の対象として想定するところではないといわざるを得ない。金銭賠償による救済は,国民に違和感を与え,その支持を得ることができないであろう。  当裁判所は,投票価値の不平等是正については,つとに,公職選挙法204条の選挙の効力に関する訴訟で救済するという途を開き,本件で求められている在外国民に対する選挙権行使の保障についても,今回,上告人らの提起した予備的確認請求訴訟で取り上げることになった。このような裁判による救済の途が開かれている限り,あえて金銭賠償を認容する必要もない。 前記のとおり,選挙権の行使に関しての立法の不備による差別的取扱いの是正について,裁判所は積極的に取り組むべきであるが,その是正について金銭賠償をもって臨むとすれば,賠償対象の広範さ故に納税者の負担が過大となるおそれが生じ,そのことが裁判所の自由な判断に影響を与えるおそれもないとはいえない。裁判所としては,このような財政問題に関する懸念から解放されて,選挙権行使の不平等是正に対し果敢に取り組む方が賢明であると考える。

最大判平成17年9月14日 (在外国民選挙権訴訟)(3)補足意見


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 裁判官福田博の補足意見は,次のとおりである。

 私は,法廷意見に賛成するものであるが,法廷意見に関して,在外国民の選挙権の剥奪又は制限に対する国家賠償について,消極的な見解を述べる反対意見が表明されたこと(泉裁判官)と,在外国民の選挙権の剥奪又は制限は基本的に国会の裁量に係る部分があり,現行の制度はいまだ違憲の問題を生じていないとする反対意見が表明されたこと(横尾裁判官及び上田裁判官)にかんがみ,若干の考えを述べておくこととしたい。

 

 1 選挙権の剥奪又は制限と国家賠償について

 在外国民の選挙権が剥奪され,又は制限されている場合に,それが違憲であることが明らかであるとしても,国家賠償を認めることは適当でないという泉裁判官の意見は,一面においてもっともな内容を含んでおり,共感を覚えるところも多い。

特に,代表民主制を基本とする民主主義国家においては,国民の選挙権は国民主権の中で最も中核を成す権利であり,いやしくも国が賠償金さえ払えば,国会及び国会議員は国民の選挙権を剥奪又は制限し続けることができるといった誤解を抱くといったような事態になることは絶対に回避すべきであるという私の考えからすれば,選挙権の剥奪又は制限は本来的には金銭賠償になじまない点があることには同感である。

 しかし,そのような感想にもかかわらず,私が法廷意見に賛成するのは主として次の2点にある。

 第1は,在外国民の選挙権の剥奪又は制限が憲法に違反するという判決で被益するのは,現在も国外に居住し,又は滞在する人々であり,選挙後帰国してしまった人々に対しては,心情的満足感を除けば,金銭賠償しか救済の途がないという事実である。

上告人の中には,このような人が現に存在するのであり,やはりそのような人々のことも考えて金銭賠償による救済を行わざるを得ない。

 第2は,-この点は第1の点と等しく,又はより重要であるが-国会又は国会議員が作為又は不作為により国民の選挙権の行使を妨げたことについて支払われる賠償金は,結局のところ,国民の税金から支払われるという事実である。

代表民主制の根幹を成す選挙権の行使が国会又は国会議員の行為によって妨げられると,その償いに国民の税金が使われるということを国民に広く知らしめる点で,賠償金の支払は,額の多寡にかかわらず,大きな意味を持つというべきである。

 2 在外国民の選挙権の剥奪又は制限は憲法に違反せず,国会の裁量の範囲に収まっているという考えには全く賛同できない。

 現代の民主主義国家は,そのほとんどが代表民主制を国家の統治システムの基本とするもので,一定年齢に達した国民が平等かつ自由かつ定時に(解散により行われる選挙を含む。

以下同じ。

)選挙権を行使できることを前提とし,そのような選挙によって選ばれた議員で構成される議会が国権の最高機関となり,行政,司法とあいまって,三権分立の下に国の統治システムを形成する。

我が国も憲法の規定によれば,そのような代表民主制国家の一つであるはずであり,代表民主制の中核である立法府は,平等,自由,定時の選挙によって初めて正当性を持つ組織となる。

民主主義国家が目指す基本的人権の尊重にあっても,このような三権分立の下で,国会は,国権の最高機関として重要な役割を果たすことになる。

 国会は,平等,自由,定時のいずれの側面においても,国民の選挙権を剥奪し制限する裁量をほとんど有していない。

国民の選挙権の剥奪又は制限は,国権の最高機関性はもとより,国会及び国会議員の存在自体の正当性の根拠を失わしめるのである。

国民主権は,我が国憲法の基本理念であり,我が国が代表民主主義体制の国であることを忘れてはならない。

 在外国民が本国の政治や国の在り方によってその安寧に大きく影響を受けることは,経験的にも随所で証明されている。

 代表民主主義体制の国であるはずの我が国が,住所が国外にあるという理由で,一般的な形で国民の選挙権を制限できるという考えは,もう止めにした方が良いというのが私の感想である。

 

最大判平成17年9月14日 (在外国民選挙権訴訟)(2)

 

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 第3 確認の訴えについて

 1 本件の主位的確認請求に係る訴えのうち,本件改正前の公職選挙法が別紙当事者目録1記載の上告人らに衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認を求める訴えは,過去の法律関係の確認を求めるものであり,この確認を求めることが現に存する法律上の紛争の直接かつ抜本的な解決のために適切かつ必要な場合であるとはいえないから,確認の利益が認められず,不適法である。

 2 また,本件の主位的確認請求に係る訴えのうち,本件改正後の公職選挙法が別紙当事者目録1記載の上告人らに衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において違法であることの確認を求める訴えについては,他により適切な訴えによってその目的を達成することができる場合には,確認の利益を欠き不適法であるというべきところ,本件においては,後記3のとおり,予備的確認請求に係る訴えの方がより適切な訴えであるということができるから,上記の主位的確認請求に係る訴えは不適法であるといわざるを得ない。 3 本件の予備的確認請求に係る訴えは,公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えと解することができるところ,その内容をみると,公職選挙法附則8項につき所要の改正がされないと,在外国民である別紙当事者目録1記載の上告人らが,今後直近に実施されることになる衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において投票をすることができず,選挙権を行使する権利を侵害されることになるので,そのような事態になることを防止するために,同上告人らが,同項が違憲無効であるとして,当該各選挙につき選挙権を行使する権利を有することの確認をあらかじめ求める訴えであると解することができる。 選挙権は,これを行使することができなければ意味がないものといわざるを得ず,侵害を受けた後に争うことによっては権利行使の実質を回復することができない性質のものであるから,その権利の重要性にかんがみると,具体的な選挙につき選挙権を行使する権利の有無につき争いがある場合にこれを有することの確認を求める訴えについては,それが有効適切な手段であると認められる限り,確認の利益を肯定すべきものである。そして,本件の予備的確認請求に係る訴えは,公法上の法律関係に関する確認の訴えとして,上記の内容に照らし,確認の利益を肯定することができるものに当たるというべきである。なお,この訴えが法律上の争訟に当たることは論をまたない。

 そうすると,【要旨3】本件の予備的確認請求に係る訴えについては,引き続き在外国民である同上告人らが,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を請求する趣旨のものとして適法な訴えということができる。

 

 4 そこで,本件の予備的確認請求の当否について検討するに,前記のとおり,公職選挙法附則8項の規定のうち,在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するもので無効であって,【要旨4】別紙当事者目録1記載の上告人らは,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあるというべきであるから,本件の予備的確認請求は理由があり,更に弁論をするまでもなく,これを認容すべきものである

 

 

 第4 国家賠償請求について

 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。したがって,国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容又は立法不作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容又は立法不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしながら,【要旨5】立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである。最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁は,以上と異なる趣旨をいうものではない。

 

 在外国民であった上告人らも国政選挙において投票をする機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり,この権利行使の機会を確保するためには,在外選挙制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず,前記事実関係によれば,昭和59年に在外国民の投票を可能にするための法律案が閣議決定されて国会に提出されたものの,同法律案が廃案となった後本件選挙の実施に至るまで10年以上の長きにわたって何らの立法措置も執られなかったのであるから,このような著しい不作為は上記の例外的な場合に当たり,このような場合においては,過失の存在を否定することはできない。このような立法不作為の結果,上告人らは本件選挙において投票をすることができず,これによる精神的苦痛を被ったものというべきである。したがって,本件においては,上記の違法な立法不作為を理由とする国家賠償請求はこれを認容すべきである。

 そこで,上告人らの被った精神的損害の程度について検討すると,本件訴訟において在外国民の選挙権の行使を制限することが違憲であると判断され,それによって,本件選挙において投票をすることができなかったことによって上告人らが被った精神的損害は相当程度回復されるものと考えられることなどの事情を総合勘案すると,損害賠償として各人に対し慰謝料5000円の支払を命ずるのが相当である。そうであるとすれば,本件を原審に差し戻して改めて個々の上告人の損害額について審理させる必要はなく,当審において上記金額の賠償を命ずることができるものというべきである。【要旨6】そこで,上告人らの本件請求中,損害賠償を求める部分は,上告人らに対し各5000円及びこれに対する平成8年10月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余は棄却することとする。

 

 第5 結論

 以上のとおりであるから,本件の主位的確認請求に係る各訴えをいずれも却下すべきものとした原審の判断は正当として是認することができるが,予備的確認請求に係る訴えを却下すべきものとし,国家賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。そして,以上に説示したところによれば,本件につき更に弁論をするまでもなく,上告人らの予備的確認請求は理由があるから認容すべきであり,国家賠償請求は上告人らに対し各5000円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は棄却すべきである。論旨は上記の限度で理由があり,条約違反の論旨について判断するまでもなく,原判決を主文第1項のとおり変更すべきである。 よって,裁判官横尾和子,同上田豊三の反対意見,判示第4についての裁判官泉徳治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官福田博の補足意見がある。

 

最大判平成17年9月14日 (在外国民選挙権訴訟)(1)

 

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判示事項

1 公職選挙法(平成10年法律第47号による改正前のもの)が在外国民の国政選挙における投票を平成8年10月20日に施行された衆議院議員の総選挙当時全く認めていなかったことと憲法15条1項,3項,43条1項,44条ただし書

2 公職選挙法附則8項の規定のうち在外国民に国政選挙における選挙権の行使を認める制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分と憲法15条1項,3項,43条1項,44条ただし書

3 在外国民が次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を求める訴えの適否

4 在外国民と次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において投票をすることができる地位

5 国会議員の立法行為又は立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受ける場合

6 平成8年10月20日に施行された衆議院議員の総選挙までに国会が在外国民の国政選挙における投票を可能にするための立法措置を執らなかったことについて国家賠償請求が認容された事例

裁判要旨

1 平成8年10月20日に施行された衆議院議員の総選挙当時,公職選挙法(平成10年法律第47号による改正前のもの)が,国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民が国政選挙において投票をするのを全く認めていなかったことは,憲法15条1項,3項,43条1項,44条ただし書に違反する。

2 公職選挙法附則8項の規定のうち,国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民に国政選挙における選挙権の行使を認める制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は,遅くとも,本判決言渡し後に初めて行われる衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の時点においては,憲法15条1項,3項,43条1項,44条ただし書に違反する。

3 国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民が,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる地位にあることの確認を求める訴えは,公法上の法律関係に関する確認の訴えとして適法である。

4 国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民は,次回の衆議院議員の総選挙における小選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙において,在外選挙人名簿に登録され ていることに基づいて投票をすることができる地位にある。

5 国会議員の立法行為又は立法不作為は,その立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受ける。

6 国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民に国政選挙における選挙権行使の機会を確保するためには,上記国民に上記選挙権の行使を認める制度を設けるなどの立法措置を執ることが必要不可欠であったにもかかわらず,上記国民の国政選挙における投票を可能にするための法律案が廃案となった後,平成8年10月20日の衆議院議員総選挙の施行に至るまで10年以上の長きにわたって国会が上記投票を可能にするための立法措置を執らなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものというべきであり,国は,上記選挙において投票をすることができなかったことにより精神的苦痛を被った上記国民に対し,慰謝料各5000円の支払義務を負う。

(1,2,4~6につき,補足意見,反対意見がある。)

 

判旨

         主    文

1 原判決を次のとおり変更する。

第1審判決を次のとおり変更する。

(1) 本件各確認請求に係る訴えのうち,違法確認請求に係る各訴えをいずれも却

下する。

(2) 別紙当事者目録1記載の上告人らが,次回の衆議院議員の総選挙における小

選挙区選出議員の選挙及び参議院議員の通常選挙における選挙区選出議員の選挙に

おいて,在外選挙人名簿に登録されていることに基づいて投票をすることができる

地位にあることを確認する。

(3) 被上告人は,上告人らに対し,各金5000円及びこれに対する平成8年1

0月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4) 上告人らのその余の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟の総費用は,これを5分し,その1を上告人らの,その余を被上告人の各

負担とする。

         理    由

 上告代理人喜田村洋一ほかの上告理由及び上告受理申立て理由について

 第1 事案の概要等

 1 本件は,国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民(以下「在外国民」という。)に国政選挙における選挙権行使の全部又は一部を認めないことの適否等が争われている事案である(以下,在外国民に国政選挙における選挙権の行使を認める制度を「在外選挙制度」という。)。

 2 在外国民の選挙権の行使に関する制度の概要

 (1) 在外国民の選挙権の行使については,平成10年法律第47号によって公職選挙法が一部改正され(以下,この改正を「本件改正」という。),在外選挙制度が創設された。しかし,その対象となる選挙について,当分の間は,衆議院比例代表選出議員の選挙及び参議院比例代表選出議員の選挙に限ることとされた(本件改正後の公職選挙法附則8項)。本件改正前及び本件改正後の在外国民の選挙権の行使に関する制度の概要は,それぞれ以下のとおりである。

 (2) 本件改正前の制度の概要

 本件改正前の公職選挙法42条1項,2項は,選挙人名簿に登録されていない者及び選挙人名簿に登録されることができない者は投票をすることができないものと定めていた。そして,選挙人名簿への登録は,当該市町村の区域内に住所を有する年齢満20年以上の日本国民で,その者に係る当該市町村の住民票が作成された日から引き続き3か月以上当該市町村の住民基本台帳に記録されている者について行うこととされているところ(同法21条1項,住民基本台帳法15条1項),在外国民は,我が国のいずれの市町村においても住民基本台帳に記録されないため,選挙人名簿には登録されなかった。その結果,在外国民は,衆議院議員の選挙又は参議院議員の選挙において投票をすることができなかった。

 (3) 本件改正後の制度の概要

 本件改正により,新たに在外選挙人名簿が調製されることとなり(公職選挙法第4章の2参照),「選挙人名簿に登録されていない者は,投票をすることができない。」と定めていた本件改正前の公職選挙法42条1項本文は,「選挙人名簿又は在外選挙人名簿に登録されていない者は,投票をすることができない。」と改められた。本件改正によって在外選挙制度の対象となる選挙は,衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙であるが,当分の間は,衆議院比例代表選出議員の選挙及び参議院比例代表選出議員の選挙に限ることとされたため,その間は,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙はその対象とならない(本件改正後の公職選挙法附則8項)。

 3 本件において,在外国民である別紙当事者目録1記載の上告人らは,被上告人に対し,在外国民であることを理由として選挙権の行使の機会を保障しないことは,憲法14条1項,15条1項及び3項,43条並びに44条並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年条約第7号)25条に違反すると主張して,主位的に,①本件改正前の公職選挙法は,同上告人らに衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において,違法(上記の憲法の規定及び条約違反)であることの確認,並びに②本件改正後の公職選挙法は,同上告人らに衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙における選挙権の行使を認めていない点において,違法(上記の憲法の規定及び条約違反)であることの確認を求めるとともに,予備的に,③同上告人らが衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙において選挙権を行使する権利を有することの確認を請求している。

 また,別紙当事者目録1記載の上告人ら及び平成8年10月20日当時は在外国民であったがその後帰国した同目録2記載の上告人らは,被上告人に対し,立法府である国会が在外国民が国政選挙において選挙権を行使することができるように公職選挙法を改正することを怠ったために,上告人らは同日に実施された衆議院議員の総選挙(以下「本件選挙」という。)において投票をすることができず損害を被ったと主張して,1人当たり5万円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を請求している。

 4 原判決は,本件の各確認請求に係る訴えはいずれも法律上の争訟に当たらず不適法であるとして却下すべきものとし,また,本件の国家賠償請求はいずれも棄却すべきものとした。所論は,要するに,在外国民の国政選挙における選挙権の行使を制限する公職選挙法の規定は,憲法14条,15条1項及び3項,22条2項,43条,44条等に違反すると主張するとともに,確認の訴えをいずれも不適法とし,国家賠償請求を認めなかった原判決の違法をいうものである。

 第2 在外国民の選挙権の行使を制限することの憲法適合性について

 1 国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は,国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として,議会制民主主義の根幹を成すものであり,民主国家においては,一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられるべきものである。

 憲法は,前文及び1条において,主権が国民に存することを宣言し,国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動すると定めるとともに,43条1項において,国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定め,15条1項において,公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利であると定めて,国民に対し,主権者として,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を保障している。そして,憲法は,同条3項において,公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障すると定め,さらに,44条ただし書において,両議院の議員の選挙人の資格については,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならないと定めている。以上によれば,憲法は,国民主権の原理に基づき,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており,その趣旨を確たるものとするため,国民に対して投票をする機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。

 憲法の以上の趣旨にかんがみれば,自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして,そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず,このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない。また,このことは,国が国民の選挙権の行使を可能にするための所要の措置を執らないという不作為によって国民が選挙権を行使することができない場合についても,同様である。

 在外国民は,選挙人名簿の登録について国内に居住する国民と同様の被登録資格を有しないために,そのままでは選挙権を行使することができないが,憲法によって選挙権を保障されていることに変わりはなく,国には,選挙の公正の確保に留意しつつ,その行使を現実的に可能にするために所要の措置を執るべき責務があるのであって,選挙の公正を確保しつつそのような措置を執ることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合に限り,当該措置を執らないことについて上記のやむを得ない事由があるというべきである。

 

 2 本件改正前の公職選挙法の憲法適合性について

 前記第1の2(2)のとおり,本件改正前の公職選挙法の下においては,在外国民は,選挙人名簿に登録されず,その結果,投票をすることができないものとされていた。これは,在外国民が実際に投票をすることを可能にするためには,我が国の在外公館の人的,物的態勢を整えるなどの所要の措置を執る必要があったが,その実現には克服しなければならない障害が少なくなかったためであると考えられる。 記録によれば,内閣は,昭和59年4月27日,「我が国の国際関係の緊密化に伴い,国外に居住する国民が増加しつつあることにかんがみ,これらの者について選挙権行使の機会を保障する必要がある」として,衆議院議員の選挙及び参議院議員の選挙全般についての在外選挙制度の創設を内容とする「公職選挙法の一部を改正する法律案」を第101回国会に提出したが,同法律案は,その後第105回国会まで継続審査とされていたものの実質的な審議は行われず,同61年6月2日に衆議院が解散されたことにより廃案となったこと,その後,本件選挙が実施された平成8年10月20日までに,在外国民の選挙権の行使を可能にするための法律改正はされなかったことが明らかである。世界各地に散在する多数の在外国民に選挙権の行使を認めるに当たり,公正な選挙の実施や候補者に関する情報の適正な伝達等に関して解決されるべき問題があったとしても,既に昭和59年の時点で,選挙の執行について責任を負う内閣がその解決が可能であることを前提に上記の法律案を国会に提出していることを考慮すると,同法律案が廃案となった後,国会が,10年以上の長きにわたって在外選挙制度を何ら創設しないまま放置し,本件選挙において在外国民が投票をすることを認めなかったことについては,やむを得ない事由があったとは到底いうことができない。そうすると,【要旨1】本件改正前の公職選挙法が,本件選挙当時,在外国民であった上告人らの投票を全く認めていなかったことは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するものであったというべきである。

 

 3 本件改正後の公職選挙法の憲法適合性について

 本件改正は,在外国民に国政選挙で投票をすることを認める在外選挙制度を設けたものの,当分の間,衆議院比例代表選出議員の選挙及び参議院比例代表選出議員の選挙についてだけ投票をすることを認め,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙については投票をすることを認めないというものである。この点に関しては,投票日前に選挙公報を在外国民に届けるのは実際上困難であり,在外国民に候補者個人に関する情報を適正に伝達するのが困難であるという状況の下で,候補者の氏名を自書させて投票をさせる必要のある衆議院小選挙区選出議員の選挙又は参議院選挙区選出議員の選挙について在外国民に投票をすることを認めることには検討を要する問題があるという見解もないではなかったことなどを考慮すると,初めて在外選挙制度を設けるに当たり,まず問題の比較的少ない比例代表選出議員の選挙についてだけ在外国民の投票を認めることとしたことが,全く理由のないものであったとまでいうことはできない。しかしながら,本件改正後に在外選挙が繰り返し実施されてきていること,通信手段が地球規模で目覚ましい発達を遂げていることなどによれば,在外国民に候補者個人に関する情報を適正に伝達することが著しく困難であるとはいえなくなったものというべきである。また,参議院比例代表選出議員の選挙制度を非拘束名簿式に改めることなどを内容とする公職選挙法の一部を改正する法律(平成12年法律第118号)が平成12年11月1日に公布され,同月21日に施行されているが,この改正後は,参議院比例代表選出議員の選挙の投票については,公職選挙法86条の3第1項の参議院名簿登載者の氏名を自書することが原則とされ,既に平成13年及び同16年に,在外国民についてもこの制度に基づく選挙権の行使がされていることなども併せて考えると【要旨2】遅くとも,本判決言渡し後に初めて行われる衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の時点においては,衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙について在外国民に投票をすることを認めないことについて,やむを得ない事由があるということはできず,公職選挙法附則8項の規定のうち,在外選挙制度の対象となる選挙を当分の間両議院の比例代表選出議員の選挙に限定する部分は,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するものといわざるを得ない。

最大判平成14年9月11日・郵便法違憲訴訟 補足意見・意見等

 

憲法目次

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【 裁判官滝井繁男の補足意見】は,次のとおりである。

 私は,多数意見に同調するものであるが,福田裁判官,深澤裁判官の意見にかんがみ,多数意見の趣旨を補足しておきたい。

 多数意見は,憲法17条が規定する「法律の定めるところにより」の意義について,「公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねたものであって,立法府に無制限の裁量権を付与するといった法律に対する白紙委任を認めているものではない」と判示している。福田,深澤両裁判官は,この部分について,立法府に極めて広い裁量を認めているとの疑念を残す余地があると懸念しているのではないかと思われる。しかしながら,多数意見をそのように解するのは,適当ではない。

 多数意見は,上記引用部分に先立って,「国又は公共団体が公務員の行為による不法行為責任を負うことを原則とした上」としているのである。この部分と併せて読めば,憲法17条の趣旨は,国家無答責の考えを廃し,被害者の救済を全うするために国又は公共団体が賠償責任を負うべきことを前提にし,国又は公共団体の責任は,基本的には私人の不法行為責任と異なるものではないとの考えに立ちつつ,具体的な責任の範囲について,それぞれの行為が行われた具体的状況を勘案して,一定の政策目的によって例外的に加重若しくは軽減し,又は免除することのあり得ることを認めたものと解することができるのであって,福田,深澤両裁判官の懸念は当たらない。

 郵便法は,郵便の役務をなるべく安い料金で,あまねく,公平に提供することをその目的としていることから(法1条),その目的を達するために必要かつ合理的な限度で,郵便業務に伴う賠償責任を法律によって軽減又は免除することが許される場合もある。多数意見も,そのように,法が郵便物に関する損害賠償の対象及び範囲に特別の規定を設け得ることを前提としつつ,上記目的に照らしてその責任の免除又は制限の合理性と必要性を具体的に検討した上で,法68条,73条の規定には,上記合理性又は必要性が認められず,違憲無効となる部分があると判示したのである。私は,これに賛成するものである。

 

 

【 裁判官福田博,同深澤武久の意見】は,次のとおりである。

 私たちは,郵便法68条,73条の規定のうち,書留郵便物について郵便業務従事者の故意又は重大な過失により生じた損害,及び特別送達郵便物について軽過失により生じた損害に関して,それぞれ国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分を憲法17条に違反するとする多数意見の結論に賛成するものであるが,そのような結論に至る理由を異にするものである。

 1 多数意見は,憲法17条は公務員の不法行為による損害賠償責任を認めつつも,具体的な損害賠償を求める権利は法律の定めるところによると規定していることをもって,これは,「公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねたものであって,立法府に無制限の裁量権を付与するといった法律に対する白紙委任を認めているものではない」と述べている。

 2 しかし,郵便法68条,73条の合憲性を判断するに当たって,憲法17条は,字義どおり,公務員の不法行為に基づく損害賠償請求は,法律が具体的に定めるところにより,その賠償を求めることができると規定していると解すれば必要かつ十分であり,これに加えて立法府の白紙委任にわたらない範囲での裁量権を認めた規定であるかどうかを論ずる必要はないのである。なぜならば,このように論ずることは,憲法上の権利について,「法律の定めるところにより」とあれば直ちに国会の広範な立法「裁量権」が認められ,司法はそれを前提として「違憲立法審査権」を行使すれば足りるとの考えにつながるものであって,ひいては,国会の有する立法についての広範な「裁量の幅」を「裁量権」と表現し,これを違憲立法審査権の行使にいわば前置することにより,憲法81条によって司法に与えられた違憲立法審査権をいたずらに矮小化し,憲法に定められた三権分立に伴う司法の役割を十分に果たさない結果を招来することとなりかねないからである。憲法81条は,国民の信託を得て選任された議員によって構成される立法府が,一定の立法事実に政治的判断を行って具体的な法律を策定することについて,広い裁量の幅を有することを当然の前提としつつも,すべての立法についてそれが憲法に適合するものであるか否かの最終判断を司法にゆだねているのである。

 3 この意見の違いを単に概念的な相違の問題として片付けることはできない。憲法81条は,多くの近代民主主義諸国にならって三権分立による統治システムを採用し,選挙で選ばれたものでない裁判官によって構成される司法機関に対し,憲法解釈についての最終的な判断の責任を与えることにより,三権の間のチェックとバランスを図り,近代民主主義体制の維持に万全を期さんとしたものである。立法府が有する広範な「裁量権」の存在を前提として司法が限定的,抑制的に「違憲立法審査権」を行使すれば足りるとするのでは,最高裁判所が憲法に定める三権による統治システムの一つとして果たすべき役割を十分に果たしていないとの批判は避けられないことになる(この点については,最高裁平成11年(行ツ)第241号同12年9月6日大法廷判決・民集54巻7号1997頁における福田反対意見(同2013頁以下)参照。)。

 4 法律の憲法適合性を判断するに当たっては,裁判官は憲法についての法律知識と良心に従って解釈した基準に基づいて,策定された法律がその基準に適合するか否かを判断することを求められているのであって,それが立法府の有する「裁量権」の範囲内にあるか否かを審査することを求められているのではない。その判断は,立法過程において見られることのあるいわゆる政治的妥協ないし取引とは関係なく行われるべきものであり,さらに,裁判官自身の個人的信条とは離れて行われるべきものであることはもとより当然のことである。

 5 これを本件について見ると,郵便法は,なるべく安い料金で,あまねく,公平に郵便の役務を国民に提供することを目的としているところ,その目的自体は正当であり,具体的事案について国の損害賠償責任の制限規定の存在することが正当か否かを検討するに当たっては,そのような制限規定が上記の目的に照らして「役務の内容とその提供に見合って,客観的に見てバランスのとれたもの」,あるいは「釣り合っているもの」であれば,憲法17条の法意に合致し,違憲の問題は生じないというべきである。このような判断に当たっては,立法府の「裁量権」の広狭などを考慮する必要はない。本件では,特別送達郵便物についての損害賠償責任の問題が論ぜられており,損害賠償責任の免除ないし制限の規定が,そのような郵便物送達の目的と責任に「釣り合っている」ものであるか否かを精査すればよいのであって,かかる観点から見れば,そのような郵便物についてまで公務員に過失がある場合の損害賠償責任を免除し,又は制限する理由は見いだし得ないというべきである。多数意見は,併せて「書留」郵便物一般についても説示しており,これは厳密にいえば本件事案の外の問題ではあるが,大法廷判決でもあり,上記の考え方の延長線上にあるものとして同意することができる。

 6 以上,要すれば,最高裁判所の憲法判断は,立法府の「裁量権」の範囲とは関係なく,客観的に行われるべきものであり,多数意見の論理構成は,将来にわたって憲法17条についての司法の憲法判断姿勢を消極的なものとして維持する理由になりかねず,そのような理由付けに同調することはできない。

 

 

【裁判官横尾和子の意見】は,次のとおりである。

 私は,郵便法68条,73条の規定のうち,特別送達郵便物についての郵便業務従事者の故意又は過失による不法行為に基づく損害に関し,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分を憲法17条に違反するとする多数意見の結論に賛成するものであるが,多数意見が特別送達郵便物以外の書留郵便物についての郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為に基づく損害に関し,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分を同17条に違反するとする部分には,賛成することができない。その理由は,次のとおりである。

 郵便事業は,法1条の目的を達成するための様々な役務ないし要素の体系であり,取り扱う郵便物の範囲及び区分(郵便物の種類),郵便物についての通常取扱いの手順及び特殊取扱いの種類並びに料金の額及びその免除,軽減等の特別措置等について,財政,定員等の制約条件の下で取捨選択がされ,その結果が全体として法1条の目的に沿うものとなっているのである。そして,郵便物について郵便業務従事者の故意又は過失による不法行為に基づく損害に関しどの程度の賠償を行うかという点も,郵便事業の体系全体の中に位置付けられるべきものである。

 書留は,郵便物の引受けから配達までを記録し,より確実な送達を行う特殊取扱いであり,これに,郵便業務従事者が無過失である場合を含め,一定の範囲及び限度の賠償がされる保障が付されている。この損害保障の方式は,利用者に対し,賠償範囲は限定されているが,簡便な手続で賠償がされるという利点を提供するとともに,郵便事業の運営面では,定型的な事故処理を行い,また,賠償に要する総費用の見通しを得ることを可能にしているものである。このことを考慮すると,書留の取扱いについても,法68条,73条によって国の賠償責任を免除し,又は制限していることは,郵便法の目的達成の観点から合理性及び必要性があり,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱するものではないと解するのが相当である。

 ただし,特別送達には,書留の取扱いとしての役務に加え,裁判書類等を送達し,送達の事実を公証する公権力の行使であるという側面があり,一般の郵便物におけるのとは異なる利益の実現が予定されている。この特別送達の有する公権力の行使としての性格にかんがみると,特別送達郵便物が書留郵便物全体のうちのごく一部にとどまるかどうかを問うまでもなく,軽過失による不法行為に基づく場合を含め,国の賠償責任が肯定されるべきである。

 

 

【裁判官上田豊三の意見】は,次のとおりである。

 私は,基本的には多数意見に同調するものであるが,多数意見のうち3(3)の部分及び4のうち「特別送達郵便物について,郵便業務従事者の・・・過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は違憲無効である」とする部分には賛成することができない。その理由は,次のとおりである。

 特別送達が民訴法上の送達の実施方法であり,国民の権利を実現する手続の進行に不可欠なものであるから,特別送達郵便物については,適正な手順に従い確実に受送達者に送達されることが特に強く要請されること,特別送達郵便物は,書留郵便物全体のうちのごく一部にとどまることがうかがわれる上に,書留料金に加えた特別の料金が必要とされていること,裁判関係の書類についていえば,特別送達郵便物の差出人は送達事務取扱者である裁判所書記官であり,その適正かつ確実な送達に直接の利害関係を有する訴訟当事者は自らかかわることのできる他の送付の手段を全く有していないことは,多数意見の述べるとおりである。しかしながら,特別送達郵便物も書留郵便物の一種として郵便制度を利用して配達されるものであり,そうである以上,郵便の役務をなるべく安い料金で,あまねく,公平に提供することにより,公共の福祉を増進しようとする郵便制度の目的を達成することとの調和が考慮されなければならない。そして,上記目的を達成するために,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じたにとどまる場合には,法68条,73条に定める範囲,限度において国は損害賠償責任を負い,それ以外には損害賠償責任を負わないとすることも,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱するものではないと解するのが相当である。したがって,特別送達郵便物についても,郵便業務従事者の故意又は重大な過失により損害が生じた場合に不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分が,憲法17条に違反し,無効であると解すべきである。

国家賠償請求権(1-1) 最大判平成14年9月11日・郵便法違憲訴訟

 

憲法目次

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要旨

 

判示事項

1 郵便法68条及び73条のうち書留郵便物について不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し又は制限している部分と憲法17条

2 郵便法68条及び73条のうち特別送達郵便物について国家賠償法に基づく国の損害賠償責任を免除し又は制限している部分と憲法17条

裁判要旨

1 郵便法68条及び73条の規定のうち,書留郵便物について,郵便の業務に従事する者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に,不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条に違反する。

2 郵便法68条及び73条の規定のうち,特別送達郵便物について,郵便の業務に従事する者の故意又は過失によって損害が生じた場合に,国家賠償法に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条に違反する。

(1,2につき補足意見及び意見がある。)

 

 

判旨

 所論は,要するに,(1) 郵便法(以下「法」という。)68条,73条は,憲法17条に違反する,又は(2) 法68条,73条のうち,郵便の業務に従事する者(以下「郵便業務従事者」という。)の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合にも国の損害賠償責任を否定している部分は,憲法17条に違反すると主張し,原判決には同条の解釈の誤りがあるというのである。

 1 憲法17条について

 憲法17条は,「何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができる。」と規定し,その保障する国又は公共団体に対し損害賠償を求める権利については,法律による具体化を予定している。これは,公務員の行為が権力的な作用に属するものから非権力的な作用に属するものにまで及び,公務員の行為の国民へのかかわり方には種々多様なものがあり得ることから,国又は公共団体が公務員の行為による不法行為責任を負うことを原則とした上,公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねたものであって,立法府に無制限の裁量権を付与するといった法律に対する白紙委任を認めているものではない。そして,公務員の不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任を免除し,又は制限する法律の規定が同条に適合するものとして是認されるものであるかどうかは,当該行為の態様,これによって侵害される法的利益の種類及び侵害の程度,免責又は責任制限の範囲及び程度等に応じ,当該規定の目的の正当性並びにその目的達成の手段として免責又は責任制限を認めることの合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきである。

2 法68条,73条の目的について

 (1) 法68条は,法又は法に基づく総務省令(平成11年法律第160号による郵便法の改正前は,郵政省令。以下同じ。)に従って差し出された郵便物に関して,① 書留とした郵便物の全部又は一部を亡失し,又はき損したとき,② 引換金を取り立てないで代金引換とした郵便物を交付したとき,③ 小包郵便物(書留としたもの及び総務省令で定めるものを除く。)の全部又は一部を亡失し,又はき損したときに限って,一定の金額の範囲内で損害を賠償することとし,法73条は,損害賠償の請求をすることができる者を当該郵便物の差出人又はその承諾を得た受取人に限定している。

 法68条,73条は,その規定の文言に照らすと,郵便事業を運営する国は,法68条1項各号に列記されている場合に生じた損害を,同条2項に規定する金額の範囲内で,差出人又はその承諾を得た受取人に対して賠償するが,それ以外の場合には,債務不履行責任であると不法行為責任であるとを問わず,一切損害賠償をしないことを規定したものと解することができる。

 (2) 法は,「郵便の役務をなるべく安い料金で,あまねく,公平に提供することによって,公共の福祉を増進すること」を目的として制定されたものであり(法1条),法68条,73条が規定する免責又は責任制限もこの目的を達成するために設けられたものであると解される。すなわち,郵便官署は,限られた人員と費用の制約の中で,日々大量に取り扱う郵便物を,送達距離の長短,交通手段の地域差にかかわらず,円滑迅速に,しかも,なるべく安い料金で,あまねく,公平に処理することが要請されているのである。仮に,その処理の過程で郵便物に生じ得る事故について,すべて民法や国家賠償法の定める原則に従って損害賠償をしなければならないとすれば,それによる金銭負担が多額となる可能性があるだけでなく,千差万別の事故態様,損害について,損害が生じたと主張する者らに個々に対応し,債務不履行又は不法行為に該当する事実や損害額を確定するために,多くの労力と費用を要することにもなるから,その結果,料金の値上げにつながり,上記目的の達成が害されるおそれがある。

 したがって,上記目的の下に運営される郵便制度が極めて重要な社会基盤の一つであることを考慮すると,法68条,73条が郵便物に関する損害賠償の対象及び範囲に限定を加えた目的は,正当なものであるということができる。

 3 本件における法68条,73条の合憲性について

 (1) 上告人は,上告人を債権者とする債権差押命令を郵便業務従事者が特別送達郵便物として第三債務者へ送達するに際して,これを郵便局内に設置された第三債務者の私書箱に投かんしたために送達が遅れ,その結果,債権差押えの目的を達することができなかったと主張して,被上告人に対し,損害賠償を求めている。 特別送達は,民訴法103条から106条まで及び109条に掲げる方法により送達すべき書類を内容とする通常郵便物について実施する郵便物の特殊取扱いであり,郵政事業庁(平成11年法律第160号による郵便法の改正前は,郵政省。以下同じ。)において,当該郵便物を民訴法の上記規定に従って送達し,その事実を証明するものである(法57条1項,66条)。そして,特別送達の取扱いは,書留とする郵便物についてするものとされている(法57条2項)。したがって,本件の郵便物については,まず書留郵便物として法68条,73条が適用されることとなるが,上記各条によれば,書留郵便物については,その亡失又はき損につき,差出人又はその承諾を得た受取人が法68条2項に規定する限度での賠償を請求し得るにすぎず,上告人が主張する前記事実関係は,上記各条により国が損害賠償責任を負う場合には当たらない。

 (2) 書留は,郵政事業庁において,当該郵便物の引受けから配達に至るまでの記録をし(法58条1項),又は一定の郵便物について当該郵便物の引受け及び配達について記録することにより(同条4項),郵便物が適正な手順に従い確実に配達されるようにした特殊取扱いであり,差出人がこれに対し特別の料金を負担するものである。そして,書留郵便物が適正かつ確実に配達されることに対する信頼は,書留の取扱いを選択した差出人はもとより,書留郵便物の利用に関係を有する者にとっても法的に保護されるべき利益であるということができる。

 ところで,上記のような記録をすることが定められている書留郵便物については,通常の職務規範に従って業務執行がされている限り,書留郵便物の亡失,配達遅延等の事故発生の多くは,防止できるであろう。しかし,書留郵便物も大量であり,限られた人員と費用の制約の中で処理されなければならないものであるから,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づく損害の発生は避けることのできない事柄である。限られた人員と費用の制約の中で日々大量の郵便物をなるべく安い料金で,あまねく,公平に処理しなければならないという郵便事業の特質は,書留郵便物についても異なるものではないから,法1条に定める目的を達成するため,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じたにとどまる場合には,法68条,73条に基づき国の損害賠償責任を免除し,又は制限することは,やむを得ないものであり,憲法17条に違反するものではないということができる。

 しかしながら,上記のような記録をすることが定められている書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為に基づき損害が生ずるようなことは,通常の職務規範に従って業務執行がされている限り,ごく例外的な場合にとどまるはずであって,このような事態は,書留の制度に対する信頼を著しく損なうものといわなければならない。そうすると,このような例外的な場合にまで国の損害賠償責任を免除し,又は制限しなければ法1条に定める目的を達成することができないとは到底考えられず,郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為についてまで免責又は責任制限を認める規定に合理性があるとは認め難い。

 なお,運送事業等の遂行に関連して,一定の政策目的を達成するために,事業者の損害賠償責任を軽減している法令は,商法,国際海上物品運送法,鉄道営業法,船舶の所有者等の責任の制限に関する法律,油濁損害賠償保障法など相当数存在する。これらの法令は,いずれも,事業者側に故意又は重大な過失ないしこれに準ずる主観的要件が存在する場合には,責任制限の規定が適用されないとしているが,このような法令の定めによって事業の遂行に支障が生じているという事実が指摘されているわけではない。このことからみても,書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に,被害者の犠牲において事業者を保護し,その責任を免除し,又は制限しなければ法1条の目的を達成できないとする理由は,見いだし難いといわなければならない。

 以上によれば,【要旨1】法68条,73条の規定のうち,書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に,不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものであるといわざるを得ず,同条に違反し,無効であるというべきである。

 (3) 特別送達は,民訴法第1編第5章第3節に定める訴訟法上の送達の実施方法であり(民訴法99条),国民の権利を実現する手続の進行に不可欠なものであるから,特別送達郵便物については,適正な手順に従い確実に受送達者に送達されることが特に強く要請される。そして,特別送達郵便物は,書留郵便物全体のうちのごく一部にとどまることがうかがわれる上に,書留料金に加えた特別の料金が必要とされている。また,裁判関係の書類についていえば,特別送達郵便物の差出人は送達事務取扱者である裁判所書記官であり(同法98条2項),その適正かつ確実な送達に直接の利害関係を有する訴訟当事者等は自らかかわることのできる他の送付の手段を全く有していないという特殊性がある。さらに,特別送達の対象となる書類については,裁判所書記官(同法100条),執行官(同法99条1項),廷吏(裁判所法63条3項)等が送達を実施することもあるが,その際に過誤が生じ,関係者に損害が生じた場合,それが送達を実施した公務員の軽過失によって生じたものであっても,被害者は,国に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を請求し得ることになる。

 これら特別送達郵便物の特殊性に照らすと,法68条,73条に規定する免責又は責任制限を設けることの根拠である法1条に定める目的自体は前記のとおり正当であるが,特別送達郵便物については,郵便業務従事者の軽過失による不法行為から生じた損害の賠償責任を肯定したからといって,直ちに,その目的の達成が害されるということはできず,上記各条に規定する免責又は責任制限に合理性,必要性があるということは困難であり,そのような免責又は責任制限の規定を設けたことは,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものであるといわなければならない。

 そうすると,【要旨2】(2)に説示したところに加え,法68条,73条の規定のうち,特別送達郵便物について,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に,国家賠償法に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条に違反し,無効であるというべきである。

 4 結論

 原判決は,法68条,73条の規定は憲法17条に違反せず,上告人が請求原因として主張する事実関係自体が法68条,73条に規定する国が損害賠償責任を負う場合に当たらないことを理由に,本件の事実関係についての審理を尽くすことなく,上告人の請求を棄却すべきものとした。しかしながら,前記のとおり,上記各条の規定のうち,特別送達郵便物について,郵便業務従事者の故意又は過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は違憲無効であるから,上記各条の存在を理由に上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は,憲法17条の解釈を誤ったものである。論旨はその趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。

 上告人が主張する請求原因の要旨は,国家公務員である郵便業務従事者が,上告人を債権者とする債権差押命令を内容物とする特別送達郵便物を,過失により,民訴法に定める送達方法によらずに第三債務者の私書箱に投かんしたため,通常の業務の過程において法令の定める職務規範に従って送達されるべき時に上記差押命令が送達されず,上告人の法的利益が侵害され,その結果,債権差押えの目的を達することができなくなり損害を被ったというものであると解され,その主張自体が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を請求するためのものとして失当であるということはできないから,その請求の当否を判断するについては,更に事実関係等について審理を尽くすべきである。したがって,本件を原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官滝井繁男の補足意見,裁判官福田博,同深澤武久の意見,裁判官横尾和子,同上田豊三の各意見がある。

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