最大判平成14年9月11日・郵便法違憲訴訟 補足意見・意見等
【 裁判官滝井繁男の補足意見】は,次のとおりである。
私は,多数意見に同調するものであるが,福田裁判官,深澤裁判官の意見にかんがみ,多数意見の趣旨を補足しておきたい。
多数意見は,憲法17条が規定する「法律の定めるところにより」の意義について,「公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねたものであって,立法府に無制限の裁量権を付与するといった法律に対する白紙委任を認めているものではない」と判示している。福田,深澤両裁判官は,この部分について,立法府に極めて広い裁量を認めているとの疑念を残す余地があると懸念しているのではないかと思われる。しかしながら,多数意見をそのように解するのは,適当ではない。
多数意見は,上記引用部分に先立って,「国又は公共団体が公務員の行為による不法行為責任を負うことを原則とした上」としているのである。この部分と併せて読めば,憲法17条の趣旨は,国家無答責の考えを廃し,被害者の救済を全うするために国又は公共団体が賠償責任を負うべきことを前提にし,国又は公共団体の責任は,基本的には私人の不法行為責任と異なるものではないとの考えに立ちつつ,具体的な責任の範囲について,それぞれの行為が行われた具体的状況を勘案して,一定の政策目的によって例外的に加重若しくは軽減し,又は免除することのあり得ることを認めたものと解することができるのであって,福田,深澤両裁判官の懸念は当たらない。
郵便法は,郵便の役務をなるべく安い料金で,あまねく,公平に提供することをその目的としていることから(法1条),その目的を達するために必要かつ合理的な限度で,郵便業務に伴う賠償責任を法律によって軽減又は免除することが許される場合もある。多数意見も,そのように,法が郵便物に関する損害賠償の対象及び範囲に特別の規定を設け得ることを前提としつつ,上記目的に照らしてその責任の免除又は制限の合理性と必要性を具体的に検討した上で,法68条,73条の規定には,上記合理性又は必要性が認められず,違憲無効となる部分があると判示したのである。私は,これに賛成するものである。
【 裁判官福田博,同深澤武久の意見】は,次のとおりである。
私たちは,郵便法68条,73条の規定のうち,書留郵便物について郵便業務従事者の故意又は重大な過失により生じた損害,及び特別送達郵便物について軽過失により生じた損害に関して,それぞれ国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分を憲法17条に違反するとする多数意見の結論に賛成するものであるが,そのような結論に至る理由を異にするものである。
1 多数意見は,憲法17条は公務員の不法行為による損害賠償責任を認めつつも,具体的な損害賠償を求める権利は法律の定めるところによると規定していることをもって,これは,「公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねたものであって,立法府に無制限の裁量権を付与するといった法律に対する白紙委任を認めているものではない」と述べている。
2 しかし,郵便法68条,73条の合憲性を判断するに当たって,憲法17条は,字義どおり,公務員の不法行為に基づく損害賠償請求は,法律が具体的に定めるところにより,その賠償を求めることができると規定していると解すれば必要かつ十分であり,これに加えて立法府の白紙委任にわたらない範囲での裁量権を認めた規定であるかどうかを論ずる必要はないのである。なぜならば,このように論ずることは,憲法上の権利について,「法律の定めるところにより」とあれば直ちに国会の広範な立法「裁量権」が認められ,司法はそれを前提として「違憲立法審査権」を行使すれば足りるとの考えにつながるものであって,ひいては,国会の有する立法についての広範な「裁量の幅」を「裁量権」と表現し,これを違憲立法審査権の行使にいわば前置することにより,憲法81条によって司法に与えられた違憲立法審査権をいたずらに矮小化し,憲法に定められた三権分立に伴う司法の役割を十分に果たさない結果を招来することとなりかねないからである。憲法81条は,国民の信託を得て選任された議員によって構成される立法府が,一定の立法事実に政治的判断を行って具体的な法律を策定することについて,広い裁量の幅を有することを当然の前提としつつも,すべての立法についてそれが憲法に適合するものであるか否かの最終判断を司法にゆだねているのである。
3 この意見の違いを単に概念的な相違の問題として片付けることはできない。憲法81条は,多くの近代民主主義諸国にならって三権分立による統治システムを採用し,選挙で選ばれたものでない裁判官によって構成される司法機関に対し,憲法解釈についての最終的な判断の責任を与えることにより,三権の間のチェックとバランスを図り,近代民主主義体制の維持に万全を期さんとしたものである。立法府が有する広範な「裁量権」の存在を前提として司法が限定的,抑制的に「違憲立法審査権」を行使すれば足りるとするのでは,最高裁判所が憲法に定める三権による統治システムの一つとして果たすべき役割を十分に果たしていないとの批判は避けられないことになる(この点については,最高裁平成11年(行ツ)第241号同12年9月6日大法廷判決・民集54巻7号1997頁における福田反対意見(同2013頁以下)参照。)。
4 法律の憲法適合性を判断するに当たっては,裁判官は憲法についての法律知識と良心に従って解釈した基準に基づいて,策定された法律がその基準に適合するか否かを判断することを求められているのであって,それが立法府の有する「裁量権」の範囲内にあるか否かを審査することを求められているのではない。その判断は,立法過程において見られることのあるいわゆる政治的妥協ないし取引とは関係なく行われるべきものであり,さらに,裁判官自身の個人的信条とは離れて行われるべきものであることはもとより当然のことである。
5 これを本件について見ると,郵便法は,なるべく安い料金で,あまねく,公平に郵便の役務を国民に提供することを目的としているところ,その目的自体は正当であり,具体的事案について国の損害賠償責任の制限規定の存在することが正当か否かを検討するに当たっては,そのような制限規定が上記の目的に照らして「役務の内容とその提供に見合って,客観的に見てバランスのとれたもの」,あるいは「釣り合っているもの」であれば,憲法17条の法意に合致し,違憲の問題は生じないというべきである。このような判断に当たっては,立法府の「裁量権」の広狭などを考慮する必要はない。本件では,特別送達郵便物についての損害賠償責任の問題が論ぜられており,損害賠償責任の免除ないし制限の規定が,そのような郵便物送達の目的と責任に「釣り合っている」ものであるか否かを精査すればよいのであって,かかる観点から見れば,そのような郵便物についてまで公務員に過失がある場合の損害賠償責任を免除し,又は制限する理由は見いだし得ないというべきである。多数意見は,併せて「書留」郵便物一般についても説示しており,これは厳密にいえば本件事案の外の問題ではあるが,大法廷判決でもあり,上記の考え方の延長線上にあるものとして同意することができる。
6 以上,要すれば,最高裁判所の憲法判断は,立法府の「裁量権」の範囲とは関係なく,客観的に行われるべきものであり,多数意見の論理構成は,将来にわたって憲法17条についての司法の憲法判断姿勢を消極的なものとして維持する理由になりかねず,そのような理由付けに同調することはできない。
【裁判官横尾和子の意見】は,次のとおりである。
私は,郵便法68条,73条の規定のうち,特別送達郵便物についての郵便業務従事者の故意又は過失による不法行為に基づく損害に関し,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分を憲法17条に違反するとする多数意見の結論に賛成するものであるが,多数意見が特別送達郵便物以外の書留郵便物についての郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為に基づく損害に関し,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分を同17条に違反するとする部分には,賛成することができない。その理由は,次のとおりである。
郵便事業は,法1条の目的を達成するための様々な役務ないし要素の体系であり,取り扱う郵便物の範囲及び区分(郵便物の種類),郵便物についての通常取扱いの手順及び特殊取扱いの種類並びに料金の額及びその免除,軽減等の特別措置等について,財政,定員等の制約条件の下で取捨選択がされ,その結果が全体として法1条の目的に沿うものとなっているのである。そして,郵便物について郵便業務従事者の故意又は過失による不法行為に基づく損害に関しどの程度の賠償を行うかという点も,郵便事業の体系全体の中に位置付けられるべきものである。
書留は,郵便物の引受けから配達までを記録し,より確実な送達を行う特殊取扱いであり,これに,郵便業務従事者が無過失である場合を含め,一定の範囲及び限度の賠償がされる保障が付されている。この損害保障の方式は,利用者に対し,賠償範囲は限定されているが,簡便な手続で賠償がされるという利点を提供するとともに,郵便事業の運営面では,定型的な事故処理を行い,また,賠償に要する総費用の見通しを得ることを可能にしているものである。このことを考慮すると,書留の取扱いについても,法68条,73条によって国の賠償責任を免除し,又は制限していることは,郵便法の目的達成の観点から合理性及び必要性があり,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱するものではないと解するのが相当である。
ただし,特別送達には,書留の取扱いとしての役務に加え,裁判書類等を送達し,送達の事実を公証する公権力の行使であるという側面があり,一般の郵便物におけるのとは異なる利益の実現が予定されている。この特別送達の有する公権力の行使としての性格にかんがみると,特別送達郵便物が書留郵便物全体のうちのごく一部にとどまるかどうかを問うまでもなく,軽過失による不法行為に基づく場合を含め,国の賠償責任が肯定されるべきである。
【裁判官上田豊三の意見】は,次のとおりである。
私は,基本的には多数意見に同調するものであるが,多数意見のうち3(3)の部分及び4のうち「特別送達郵便物について,郵便業務従事者の・・・過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は違憲無効である」とする部分には賛成することができない。その理由は,次のとおりである。
特別送達が民訴法上の送達の実施方法であり,国民の権利を実現する手続の進行に不可欠なものであるから,特別送達郵便物については,適正な手順に従い確実に受送達者に送達されることが特に強く要請されること,特別送達郵便物は,書留郵便物全体のうちのごく一部にとどまることがうかがわれる上に,書留料金に加えた特別の料金が必要とされていること,裁判関係の書類についていえば,特別送達郵便物の差出人は送達事務取扱者である裁判所書記官であり,その適正かつ確実な送達に直接の利害関係を有する訴訟当事者は自らかかわることのできる他の送付の手段を全く有していないことは,多数意見の述べるとおりである。しかしながら,特別送達郵便物も書留郵便物の一種として郵便制度を利用して配達されるものであり,そうである以上,郵便の役務をなるべく安い料金で,あまねく,公平に提供することにより,公共の福祉を増進しようとする郵便制度の目的を達成することとの調和が考慮されなければならない。そして,上記目的を達成するために,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じたにとどまる場合には,法68条,73条に定める範囲,限度において国は損害賠償責任を負い,それ以外には損害賠償責任を負わないとすることも,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱するものではないと解するのが相当である。したがって,特別送達郵便物についても,郵便業務従事者の故意又は重大な過失により損害が生じた場合に不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分が,憲法17条に違反し,無効であると解すべきである。