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国籍法3条1項の合憲性(6) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官甲斐中辰夫,同堀籠幸男の反対意見

 

 目次

国籍法3条1項の合憲性(1) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決

国籍法3条1項の合憲性(2) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官泉徳治の補足意見・裁判官今井功の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(3) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官田原睦夫の補足意見・裁判官近藤崇晴の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(4) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官藤田宙靖の意見

国籍法3条1項の合憲性(5) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官横尾和子,同津野修,同古田佑紀の反対意見

 

【裁判官甲斐中辰夫,同堀籠幸男の反対意見】

は,次のとおりである。

 

私たちは,本件上告を棄却すべきものと考えるが,その理由は次のとおりである。

国籍法は,憲法10条の規定を受け,どのような要件を満たす場合に,日本国籍を付与するかということを定めた創設的・授権的法律であり,国籍法の規定がなければ,どのような者が日本国民であるか定まらないのである。国籍法が日本国籍を付与するものとして規定している要件に該当しない場合は,日本国籍の取得との関係では,白紙の状態が存在するにすぎない。すなわち,日本国籍を付与する旨の規定を満たさない場合には,国籍法の規定との関係では,立法の不存在ないし立法不作為の状態が存在するにすぎないのである。このことは,国会が政策的見地から,国民に対し,一定の権利・利益を付与することとしている創設的・授権的な行政関係の法律の場合も,同様である。

国籍法2条1号によれば,日本国民たる父が胎児認知した子は,生来的に日本国籍を取得することとなる。また,同法は,3条1項において,父が日本国民である準正子は届出により日本国籍を取得する旨定める。しかし,出生後認知された者であって準正子に当たらない者(非準正子)については,同法は,届出により日本国籍を付与する旨の規定を置いていないのであるから,非準正子の届出による国籍取得との関係では,立法不存在ないし立法不作為の状態が存在するにすぎないというべきである。

国籍法が,準正子に対し,届出により国籍を付与するとしながら,立法不存在ないし立法不作為により非準正子に対し届出による国籍付与のみちを閉じているという区別(以下「本件区別」という。)は,3条1項が制定された当時においては合理的な根拠があり,憲法14条1項に違反するものではないが,遅くとも,上告人らが法務大臣あて国籍取得届を提出した当時には,合理的な理由のない差別となっており,本件区別は同項に違反するものであったと考える。その理由は,多数意見が4で述べるところと同様である。しかしながら,違憲となるのは,非準正子に届出により国籍を付与するという規定が存在しないという立法不作為の状態なのである。多数意見は,国籍法3条1項の規定自体が違憲であるとするものであるが,同規定は,準正子に届出により国籍を付与する旨の創設的・授権的規定であって,何ら憲法に違反するところはないと考える。多数意見は,同項の規定について,非準正子に対して日本国籍を届出によって付与しない趣旨を含む規定であり,その部分が違憲無効であるとしているものと解されるが,そのような解釈は,国籍法の創設的・授権的性質に反するものである上,結局は準正子を出生後認知された子と読み替えることとなるもので,法解釈としては限界を超えているといわざるを得ない。

もっとも,特別規定や制限規定が違憲の場合には,その部分を無効として一般規定を適用することにより権利を付与することは法解釈として許されるといえよう。しかしながら,本件は,そのような場合に当たらないことは明らかである。国籍法は,多数意見が述べるように,原則として血統主義を採っているといえるが,徹底した血統主義を法定していると解することはできないのであるから,3条1項の規定について,出生後認知された子に対し届出による日本国籍を付与することを一般的に認めた上で,非準正子に対し,その取得を制限した規定と解することはできない。

したがって,国籍法3条1項の規定の解釈から非準正子に届出による日本国籍の取得を認めることはできない。

以上のとおりであって,本件において憲法14条1項に違反することとなるのは,国籍法3条1項の規定自体ではなく,非準正子に届出により国籍を付与するという法が存在しないという立法不作為の状態であり,このことから,届出により国籍を取得するという法的地位が上告人らに発生しないことは明らかであるから,上告人らの請求を棄却した原判決は相当であり,本件上告は棄却すべきものと考える。

なお,藤田裁判官は,非準正子に対し届出による国籍付与をしないという立法不作為が違憲であるとしており,この点で私たちと同一の立場に立つものである。しかし,さらに,国籍法3条1項の拡張解釈により権利付与を認めるべきであるとして,上告人らの請求を認容すべきものとしており,この見解は,傾聴に値すると考えるが,同項についてそのような解釈を採ることには直ちに賛成することはできない。

多数意見は,「本件区別により不合理な差別的取扱いを受けている者の救済を図り,本件区別による違憲状態を是正する必要がある」との前提に立っており,このような前提に立つのであれば,多数意見のような結論とならざるを得ないであろう。しかし,このような前提に立つこと自体が相当ではない。なぜなら,司法の使命は,中立の立場から客観的に法を解釈し適用することであり,本件における司法判断は,「本件区別により不合理な差別的取扱を受けている者の救済を図り,本件区別による違憲の状態を是正することが国籍法3条1項の解釈・適用により可能か」との観点から行うべきものであるからである。

日本国民たる要件は,法律により創設的・授権的に定められるものである。本件で問題となっている非準正子の届出による国籍取得については立法不存在の状態にあるから,これが違憲状態にあるとして,それを是正するためには,法の解釈・適用により行うことが可能でなければ,国会の立法措置により行うことが憲法の原則である(憲法10条,41条,99条)。また,立法上複数の合理的な選択肢がある場合,そのどれを選択するかは,国会の権限と責任において決められるべきであるが,本件においては,非準正子の届出による国籍取得の要件について,多数意見のような解釈により示された要件以外に「他の立法上の合理的な選択肢の存在の可能性」があるのであるから,その意味においても違憲状態の解消は国会にゆだねるべきであると考える。

そうすると,多数意見は,国籍法3条1項の規定自体が違憲であるとの同法の性質に反した法解釈に基づき,相当性を欠く前提を立てた上,上告人らの請求を認容するものであり,結局,法律にない新たな国籍取得の要件を創設するものであって,実質的に司法による立法に等しいといわざるを得ず,賛成することはできない。

 

 

(裁判長裁判官島田仁郎裁判官横尾和子裁判官藤田宙靖裁判官

甲斐中辰夫裁判官泉徳治裁判官才口千晴裁判官津野修裁判官

今井功裁判官中川了滋裁判官堀籠幸男裁判官古田佑紀裁判官

那須弘平裁判官涌井紀夫裁判官田原睦夫裁判官近藤崇晴)

 

国籍法3条1項の合憲性(5) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官横尾和子,同津野修,同古田佑紀の反対意見

 

 目次

国籍法3条1項の合憲性(1) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決

国籍法3条1項の合憲性(2) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官泉徳治の補足意見・裁判官今井功の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(3) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官田原睦夫の補足意見・裁判官近藤崇晴の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(4) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官藤田宙靖の意見

国籍法3条1項の合憲性(6) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官甲斐中辰夫,同堀籠幸男の反対意見


【裁判官横尾和子,同津野修,同古田佑紀の反対意見】

は,次のとおりである。私たちは,以下の理由により,国籍法が,出生後に認知を受けた子の国籍取得について,準正子に届出による取得を認め,非準正子は帰化によることとしていることは,立法政策の選択の範囲にとどまり,憲法14条1項に違反するものではなく,上告人らの請求を棄却した原審の判断は結論において正当であるから,上告を棄却すべきものと考える。

国籍の付与は,国家共同体の構成員の資格を定めるものであり,多数意見の摘示する諸事情など国家共同体との結び付きを考慮して決せられるものであって,国家共同体の最も基本的な作用であり,基本的な主権作用の一つといえる。このことからすれば,国籍付与の条件をどう定めるかは,明確な基準により,出生時において,一律,かつ,可能な限り単一に取得されるべきことなどの要請を害しない範囲で,広い立法裁量にゆだねられているというべきである。

国籍が基本的人権の保障等を受ける上で重要な法的地位であるとしても,特定の国の国籍付与を権利として請求することは認められないのが原則であって,それによって上記裁量が左右されるものとはいえない。また,無国籍となるような場合は格別,いずれの国の保障を受けるか,例えば我が国の保障を受けるか,それとも他国の保障を受けるかということは,各国の主権にかかわることであり,法的な利益・不利益も,それぞれの国籍に応じて,居住国あるいは事柄によって相違し,時には反対にもなり得る相対的なものであることも考慮すべきである。なお,いわゆる多重国籍は,国籍が出生時に一律に付与されることから不可避的に生じる事態であって,やむを得ないものとして例外的に容認されているものにとどまる。

国籍法は,血統主義を基調としながらも,出生時において,血統のみならず,法的にも日本国民の子である者に対して,一律に国籍を付与する一方で,日本国民の血統に属する子が出生後に法的に日本国民の子となった場合には,出生後の生活状況が様々であることから,日本国民の子であることを超えた我が国社会との結び付きの有無,程度を具体的に考慮して国籍を付与するかどうかを決することとしていると解される。

このような国籍法の体系から見れば,同法3条1項の規定は,国籍の当然取得の効果を認める面では同法2条の特別規定である一方,出生後の国籍取得という面では帰化の特別規定としての性質を持つものといえる。

多数意見は,出生後の国籍取得を我が国との具体的な結び付きを考慮して認めることには合理性があり,かつ,国籍法3条1項の立法当時は,準正子となることをもって密接な結び付きを認める指標とすることに合理性があったとしながらも,その後における家族生活や親子関係に関する意識の変化,非嫡出子の増加などの実態の変化,日本国民と外国人との間に生まれる子の増加,諸外国における法制の変化等の国際的動向などを理由として,立法目的との関連において準正子となったことを結び付きを認める指標とする合理性が失われたとする。

しかしながら,家族生活や親子関係に関するある程度の意識の変化があることは事実としても,それがどのような内容,程度のものか,国民一般の意識として大きな変化があったかは,具体的に明らかとはいえない。

実態の変化についても,家族の生活状況に顕著な変化があるとは思われないし,また,統計によれば,非嫡出子の出生数は,国籍法3条1項立法の翌年である昭和60年において1万4168人(1.0%),平成15年において2万1634人(1.9%)であり,日本国民を父とし,外国人を母とする子の出生数は,統計の得られる昭和62年において5538人,平成15年において1万2690人であり,増加はしているものの,その程度はわずかである。このように,約20年の間における非嫡出子の増加が上記の程度であることは,多数意見の指摘と異なり,少なくとも,子を含む場合の家族関係の在り方については,国民一般の意識に大きな変化がないことの証左と見ることも十分可能である。確かに,諸外国においては,西欧諸国を中心として,非準正子についても国籍取得を認める立法例が多くなったことは事実である。しかし,これらの諸国においては,その歴史的,地理的状況から国際結婚が多いようにうかがえ,かつ,欧州連合(EU)などの地域的な統合が推進,拡大されているなどの事情がある。また,非嫡出子の数も,30%を超える国が多数に上り,少ない国でも10%を超えているようにうかがわれるなど,我が国とは様々な面で社会の状況に大きな違いがある。なお,国籍法3条1項立法当時,これらの国の法制が立法政策としての相当性については参考とされたものの,憲法適合性を考える上で参考とされたようにはうかがえない。このようなことからすれば,これらの諸国の動向を直ちに我が国における憲法適合性の判断の考慮事情とすることは相当でないと考える。

また,多数意見は,日本国民が母である非嫡出子の場合,あるいは胎児認知を受けた場合との差も指摘する。

しかし,これらの場合は,出生時において法的に日本国民の子であることが確定しているのであって,その後の生活状況の相違が影響する余地がない一方,国籍は,出生時において,一律に付与される必要があることからすれば,これらの子にも国籍を付与することに合理性がある。実質的に見ても,非嫡出子は出生時において母の親権に服すること,胎児認知は任意認知に限られることなど,これらの場合は,強弱の違いはあっても,親と子の関係に関し,既に出生の時点で血統を超えた我が国社会との結び付きを認めることができる要素があるといえる。また,母が日本国民である場合との差は,出生時における子との種々のかかわり合いに関する父と母の違いから生じるもので,これを男女間における差別ととらえることは相当とは思われない。

一方,国籍法3条1項は,婚姻と出生の前後関係が異なる場合における国籍取得の均衡を図るとともに,親と生活関係を共にする未成年の嫡出子は親と同一の国籍に属することが望ましいという観点も考慮して立法されたものであり,その意味で出生時を基準とする血統主義を補完する措置とされるものであって,血統主義の徹底,拡充を図ることを目的とするものではない。そして,準正により父が子について親権者となり,監護,養育の権利,義務を有することになるなど,法律上もその関係が強固になること,届出のみにより国籍を付与する場合,その要件はできるだけ明確かつ一律であることが適当であること,届出による国籍取得は,外国籍からの離脱が条件とされていないこと,非準正子の場合は,我が国との結び付きの有無,程度が様々であるから,これを個別,具体的に判断する帰化制度によることが合理的で国籍法の体系に沿うものであるところ,帰化の条件が大幅に緩和されていることなどからすれば,認知を受けた場合全般ではなく,準正があった場合をもって届出により国籍取得を認めることとすることには十分合理性が認められるのであって,これらの点が多数意見指摘の事情によって変化したとはいえない。なお,多数意見は,帰化について,認知を受けた子に関しては帰化の条件が緩和されているとしても,帰化が法務大臣の裁量によるものであって,準正子と非準正子との差を合理的なものとするものではないとする。しかし,類型的に我が国社会との結び付きを認めることが困難な非準正子については,帰化によることが合理的なことは前記のとおりであるし,また,裁量行為であっても,国家機関として行うものである以上,制度の趣旨を踏まえた合理的なものでなければならず,司法による審査の対象ともなり得るものであり,その運用について考慮すべき点があるとしても,多数意見は,国籍法の体系及び簡易帰化の制度を余りにも軽視するものといわざるを得ない。

以上からすれば,非準正子についても我が国との密接な結び付きを認めることが相当な場合を類型化して国籍取得を認めるなど,届出による国籍取得を認める範囲について考慮する余地があるとしても,国籍法が,準正子に届出による国籍の取得を認め,非準正子は帰化によることとしていることは,立法政策の選択の範囲にとどまり,憲法14条1項に違反するものではないと考える。もとより,私たちも,これらの子についても,必要に応じて,適切な保護等が与えられるべきことを否定するものではない。しかし,そのことと国籍をどのような条件で付与するかは,異なる問題である。

なお,仮に非準正子に届出による国籍の取得を認めないことが違憲であるとしても,上告を棄却すべきものと考える。その理由は,甲斐中裁判官,堀籠裁判官の反対意見とおおむね同旨であるが,以下の点を付加して述べておきたい。両裁判官指摘のとおり,非準正子が届出により国籍を取得することができないのは,これを認める規定がないからであって,国籍法3条1項の有無にかかわるものではない。同項は,認知を受けたことが前提となるものではあるが,その主体は嫡出子の身分を取得した子であり,その範囲を準正によりこれを取得した場合としているものである。

多数意見は,国籍法が血統主義を基調とするもので,同項に関し,上記の前提があることを踏まえ,準正子に係る部分を除くことによって,認知を受けた子全般に同項の効果を及ぼそうとするもののようにうかがえる。しかし,準正子に係る部分を取り除けば,同項はおよそ意味不明の規定になるのであって,それは,単に文理上の問題ではなく,同項が専ら嫡出子の身分を取得した者についての規定であることからの帰結である。認知を受けたことが前提になるからといって,準正子に係る部分を取り除けば,同項の主体が認知を受けた子全般に拡大するということにはいかにも無理がある。また,そのような拡大をすることは,条文の用語や趣旨の解釈の域を越えて国籍を付与するものであることは明らかであり,どのように説明しようとも,国籍法が現に定めていない国籍付与を認めるものであって,実質的には立法措置であるといわざるを得ない。

また,多数意見のような見解により国籍の取得を認めることは,長年にわたり,外国人として,外国で日本社会とは無縁に生活しているような場合でも,認知を受けた未成年者であれば,届出さえすれば国籍の取得を認めることとなるなど,我が国社会との密接な結び付きが認められないような場合にも,届出による国籍の取得を認めることとなる。届出の時に認知をした親が日本国民であることを要するとしても,親が日本国籍を失っている場合はまれであり,そのことをもって,日本国民の子であるということを超えて我が国との密接な結び付きがあるとするのは困難であって,実質は,日本国籍の取得を求める意思(15歳未満の場合は法定代理人の意思)のみで密接な結び付きを認めるものといわざるを得ない。このようなことは,国籍法3条1項の立法目的を大きく超えることとなるばかりでなく,出生後の国籍取得について我が国社会との密接な結び付きが認められることを考慮すべきものとしている国籍法の体系ともそごするものである。なお,国籍付与の在り方は,出入国管理や在留管理等に関しても,様々な面で大きな影響を及ぼすものであり,そのような点も含めた政策上の検討が必要な問題であることも考慮されるべきである。

仮に多数意見のような見解が許されるとすれば,創設的権利・利益付与規定について,条文の規定や法律の性質,体系のいかんにかかわらず,また,立法の趣旨,目的を超えて,裁判において,法律が対象としていない者に,広く権利,利益を付与することが可能となることになる。

私たちは,本件のような場合についても,違憲立法審査権が及ぶことを否定するものではない。しかしながら,上記の諸点を考慮すれば,本件について,裁判により国籍を認めることは,司法権の限界との関係で問題があると考える。

 

国籍法3条1項の合憲性(4) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官藤田宙靖の意見

 

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国籍法3条1項の合憲性(1) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決

国籍法3条1項の合憲性(2) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官泉徳治の補足意見・裁判官今井功の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(3) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官田原睦夫の補足意見・裁判官近藤崇晴の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(5) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官横尾和子,同津野修,同古田佑紀の反対意見

国籍法3条1項の合憲性(6) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官甲斐中辰夫,同堀籠幸男の反対意見

 

 

【裁判官藤田宙靖の意見】

は,次のとおりである。

私は,現行国籍法の下,日本国民である父と日本国民でない母との間に生まれた子の間で,同法3条1項が定める「父母の婚姻」という要件(準正要件)を満たすか否かの違いにより,日本国籍の取得に関し,憲法上是認し得ない差別が生じる結果となっていること,この差別は,国籍法の解釈に当たり同法3条1項の文言に厳格にとらわれることなく,同項は上記の準正要件を満たさない者(非準正子)についても適用さるべきものと合理的に解釈することによって解消することが可能であり,また本件においては,当裁判所としてそのような道を選択すべきであること等の点において,多数意見と結論を同じくするものであるが,現行法3条1項が何を定めており,上記のような合理的解釈とは正確にどのようなことを意味するのかという点の理解に関して,多数意見との間に考え方の違いがあることを否定できないので,その点につき意見を述べることとしたい。

現行国籍法の基本構造を見ると,子の国籍の取得については出生時において父又は母が日本国民であることを大原則とし(2条),日本国籍を有しない者が日本国籍を取得するのは帰化によることを原則とするが(4条),同法3条1項に定める一定の要件を満たした者については,特に届出という手続によって国籍を取得することができることとされているものというべきである。したがって,同項が準正要件を定めているのは,準正子でありかつ同項の定めるその他の要件を満たす者についてはこれを特に国籍取得の上で優遇する趣旨なのであって,殊更に非準正子を排除しようという趣旨ではない。言い換えれば,非準正子が届出という手続によって国籍を取得できないこととなっているのは,同項があるからではなく,同法2条及び4条の必然的結果というべきなのであって,同法3条1項の準正要件があるために憲法上看過し得ない差別が生じているのも,いわば,同項の反射的効果にすぎないというべきである。それ故また,同項に準正要件が置かれていることによって違憲の結果が生じているのは,多数意見がいうように同条が「過剰な」要件を設けているからではなく,むしろいわば「不十分な」要件しか置いていないからというべきなのであって,同項の合理的解釈によって違憲状態を解消しようとするならば,それは「過剰な」部分を除くことによってではなく,「不十分な」部分を補充することによってでなければならないのである。同項の立法趣旨,そして本件における違憲状態が何によって生じているかについての,上記に述べた考え方に関する限り,私は,多数意見よりはむしろ反対意見と共通する立場にあるものといわなければならない。

問題は,本件における違憲状態を解消するために,上記に見たような国籍法3条1項の拡張解釈を行うことが許されるか否かであって,この点に関し,このような立法府の不作為による違憲状態の解消は専ら新たな立法に委ねるべきであり,解釈によってこれを行うのは司法権の限界を超えるものであるという甲斐中裁判官,堀籠裁判官の反対意見には,十分傾聴に値するものがあると言わなければならない。それにもかかわらず,本件において私があえて拡張解釈の道を選択するのは,次のような理由による。

一般に,立法府が違憲な不作為状態を続けているとき,その解消は第一次的に立法府の手に委ねられるべきであって,とりわけ本件におけるように,問題が,その性質上本来立法府の広範な裁量に委ねられるべき国籍取得の要件と手続に関するものであり,かつ,問題となる違憲が法の下の平等原則違反であるような場合には,司法権がその不作為に介入し得る余地は極めて限られているということ自体は否定できない。しかし,立法府が既に一定の立法政策に立った判断を下しており,また,その判断が示している基本的な方向に沿って考えるならば,未だ具体的な立法がされていない部分においても合理的な選択の余地は極めて限られていると考えられる場合において,著しく不合理な差別を受けている者を個別的な訴訟の範囲内で救済するために,立法府が既に示している基本的判断に抵触しない範囲で,司法権が現行法の合理的拡張解釈により違憲状態の解消を目指すことは,全く許されないことではないと考える。これを本件の具体的事情に照らして敷衍するならば,以下のとおりである。

先に見たとおり,立法府は,既に,国籍法3条1項を置くことによって,出生時において日本国籍を得られなかった者であっても,日本国民である父親による生後認知を受けておりかつ父母が婚姻した者については,届出による国籍取得を認めることとしている。このこと自体は,何ら違憲問題を生じるものではなく,同項自体の効力については,全く問題が存在しないのであるから(因みに,多数意見は,同項が「過剰な」要件を設けていると考えることから,本件における違憲状態を理由に同項全体が違憲となる理論的可能性があるかのようにいうが,同項が設けられた趣旨についての上記の私の考え方からすれば,同項自体が違憲となる理論的可能性はおよそあり得ない。),法解釈としては,この条文の存在(立法者の判断)を前提としこれを活かす方向で考えるべきことは,当然である。他方で,立法府は,日本国民である父親による生後認知を受けているが非準正子である者についても,国籍取得につき,単純に一般の外国人と同様の手続を要求するのではなく,より簡易な手続によって日本国籍を取得する可能性を認めている(同法8条)。これらの規定の基盤に,少なくとも,日本国民の子である者の日本国籍取得については,国家の安全・秩序維持等の国家公益的見地からして問題がないと考えられる限り優遇措置を認めようとする政策判断が存在することは,否定し得ないところであろう。そして,多数意見も指摘するとおり,現行法上準正子と非準正子との間に設けられている上記のような手続上の優遇度の違いは,基本的に,前者には我が国との密接な結び付きが認められるのに対し,後者についてはそうは言えないから,との国家公益上の理由によるものと考えられるが,この理由には合理性がなく,したがってこの理由による区別は違憲であるというのが,ここでの出発点なのである。そうであるとすれば,同法3条1項の存在を前提とする以上,現に生じている違憲状態を解消するためには,非準正子についても準正子と同様の扱いとすることが,ごく自然な方法であるということができよう。そして,このような解決が現行国籍法の立法者意思に決定的に反するとみるだけの理由は存在しない。もっとも,立法政策としては,なお,非準正子の中でも特に我が国に一定期間居住している者に限りそれを認める(いわゆる「居住要件」の付加)といったような選択の余地がある,という反論が考えられるが,しかし,我が国との密接な結び付きという理由から準正子とそうでない者とを区別すること自体に合理性がない,という前提に立つ以上,何故に非準正子にのみ居住要件が必要なのか,という問題が再度生じることとなり,その合理的説明は困難であるように思われる。このような状況の下で,現に生じている違憲状態を解消するために,同項の対象には日本国民である父親による生後認知を受けた非準正子も含まれるという拡張解釈をすることが,立法者の合理的意思に抵触することになるとは,到底考えられない。

他方で,本件上告人らについてみると,日本国籍を取得すること自体が憲法上直接に保障されているとは言えないものの,多数意見が述べるように,日本国籍は,我が国において基本的人権の保障,公的資格の付与,公的給付等を受ける上で極めて重要な意味を持つ法的地位であり,その意味において,基本権享受の重要な前提を成すものということができる。そして,上告人らが等しく日本国民の子でありながら,届出によってこうした法的地位を得ることができないでいるのは,ひとえに,国籍の取得の有無に関し現行法が行っている出生時を基準とする線引き及び父母の婚姻の有無による線引き,父母のいずれが日本国民であるかによって事実上生じる線引き等,本人の意思や努力の如何に関わりなく存在する様々の線引きが交錯する中で,その谷間に落ち込む結果となっているが故なのである。仮にこれらの線引きが,その一つ一つを取ってみた場合にはそれなりに立法政策上の合理性を持つものであったとしても,その交錯の上に上記のような境遇に置かれている者が個別的な訴訟事件を通して救済を求めている場合に,先に見たように,考え得る立法府の合理的意思をも忖度しつつ,法解釈の方法として一般的にはその可能性を否定されていない現行法規の拡張解釈という手法によってこれに応えることは,むしろ司法の責務というべきであって,立法権を簒奪する越権行為であるというには当たらないものと考える。なお,いうまでもないことながら,国籍法3条1項についての本件におけるこのような解釈が一般的法規範として定着することに,国家公益上の見地から著しい不都合が存するというのであれば,立法府としては,当裁判所が行う違憲判断に抵触しない範囲内で,これを修正する立法に直ちに着手することが可能なのであって,立法府と司法府との間での権能及び責務の合理的配分については,こういった総合的な視野の下に考察されるべきものと考える。

国籍法3条1項の合憲性(3) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官田原睦夫の補足意見・裁判官近藤崇晴の補足意見

 

 目次

国籍法3条1項の合憲性(1) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決

国籍法3条1項の合憲性(2) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官泉徳治の補足意見・裁判官今井功の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(4) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官藤田宙靖の意見

国籍法3条1項の合憲性(5) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官横尾和子,同津野修,同古田佑紀の反対意見

国籍法3条1項の合憲性(6) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官甲斐中辰夫,同堀籠幸男の反対意見

 

【裁判官田原睦夫の補足意見】

は,次のとおりである。

私は,多数意見に賛成するものであるが,国籍の取得と教育を受ける権利等との関係及び胎児認知を受けた者と生後に認知を受けた者との区別の問題に関し,以下のとおり補足意見を述べる。

国籍は,国家の構成員たることを意味するものであり,日本国籍を有する者は,我が国に居住する自由を有するとともに,憲法の保障する基本的人権を享受し,職業を自由に選択し,参政権を行使し,また,法律が国民に認めた各種の権利を行使することができる。

出生又は認知と届出により日本国籍を取得し得るか否かは,国民に認められたそれらの権利を当然に取得し,行使することができるか否かにかかわるものであり,その対象者の人権に直接かかわる事柄である。

認知と届出による国籍の取得は,20歳未満の者において認められており(国籍法3条1項),また,実際にその取得の可否が問題となる対象者のほとんどは,本件同様,未就学児又は学齢児童・生徒である。したがって,それら対象者においては,国籍の取得により認められる参政権や職業選択の自由よりも,教育を受ける権利や社会保障を受ける権利の行使の可否がより重要である。

憲法26条は,1項で国民の教育を受ける権利を定め,2項でその裏面として保護者にその子女に対して普通教育を受けさせる義務を定めるとともに,義務教育はこれを無償とする,と定める。そして,この憲法の規定を受けて教育基本法は,国民に,その保護する子に普通教育を受けさせる義務を定め,国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については,授業料を徴収しない,と規定する(旧教育基本法4条,教育基本法5条1項,4項)。また,学校教育法は,保護者に,その子女に対する小学校,中学校への就学義務を定める(平成19年法律第96号による改正前の学校教育法22条,39条,同改正後の学校教育法16条,17条)。そして,学校教育法施行令は,この就学義務を履行させるための事務として,市町村の教育委員会は,当該市町村の住民基本台帳に基づいて,当該市町村の区域内に住所を有する学齢児童及び学齢生徒について学齢簿を編製し,就学予定者の保護者に対し,翌学年の初めから2月前までに小学校又は中学校の入学期日を通知しなければならない(学校教育法施行令1条,5条)等,様々な規定を設けている。これらの規定は,子女の保護者の義務の視点から定められているが,それは,憲法26条1項の定める当該子女の教育を受ける権利を具現化したものであり,当該子女は,無償で義務教育を受ける権利を有しているのである。ところが,日本国民以外の子女に対しては,それらの規定は適用されず,運用上,市町村の教育委員会が就学を希望する外国人に対し,その就学を許可するとの取扱いがなされているにすぎない。

また,社会保障の関係では,生活保護法の適用に関して,日本国民は,要保護者たり得る(生活保護法2条)が,外国人は同法の適用を受けることができず,行政実務において生活保護に準じて運用されているにすぎないのである。

このように,現行法上,本件上告人らのような子女においては,日本国籍を取得することができるか否かにより,教育や社会保障の側面において,その権利を享受できるか否かという点で,大きな差異が存するのである。

そこで,日本国民である父と日本国民でない母との間で出生し,出生後父から認知をされた子(以下「生後認知子」という。)の国籍取得につき,その父と母が婚姻をして,当該生後認知子が準正子となった場合にのみ認め,それ以外の場合に認めない国籍法3条1項の規定の生後認知子と準正子との取扱いの区別,また,日本国民たる父が胎児認知した場合に当該胎児認知子は当然に国籍を取得する(国籍法2条1号)ことと生後認知子との区別の合理性が,憲法14条1項に適合するか否かの観点から問題となる。

多数意見は,国籍法3条1項が生後認知子のうち準正子と非準正子を区別することが憲法14条1項に違反するものとし,国籍法3条1項のうち「父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した」という部分を除いた同項所定の要件が満たされるときは日本国籍を取得することが認められるとするが,その点については全く異論はない。

それとともに,私は,生後認知子における準正子と非準正子との区別の問題と並んで,生後認知子と胎児認知子間の区別の問題も,憲法14条1項との関係で同様に重要であると考える。

準正子となるか否かは,子の全く与り知らないところで定まるところ,その点においては,胎児認知子と生後認知子との関係についても同様である。しかし,準正の場合は,父母が婚姻するという法的な手続が経られている。ところが,胎児認知子と生後認知子との間では,父の認知時期が胎児時か出生後かという時期の違いがあるのみである。そして,多数意見4(2)エで指摘するとおり,胎児認知子と生後認知子との間においては,日本国民である父の家族生活を通じた我が国社会との結び付きの程度に一般的な差異が存するとは考え難く,日本国籍の取得に関して上記の区別を設けることの合理性を我が国社会との結び付きの程度という観点から説明することは困難である。かかる点からすれば,胎児認知子に当然に日本国籍の取得を認め,生後認知子には準正子となる以外に日本国籍の取得を認めない国籍法の定めは,憲法14条1項に違反するという結論が導かれ得る。

そうして,国籍法3条1項自体を無効と解した上で,生後認知子については,民法の定める認知の遡及効(民法784条)が国籍の取得の場合にも及ぶと解することができるならば,生後認知子は,国籍法2条1号により出生時にさかのぼって国籍を取得することとなり,胎児認知子と生後認知子との区別を解消することができることとなる。しかし,このように認知の遡及効が国籍の取得にまで及ぶと解した場合には,認知前に既に我が国以外の国籍を取得していた生後認知子の意思と無関係に認知により当然に国籍を認めることの是非や二重国籍の問題が生じ,さらには遡及的に国籍を認めることに伴い様々な分野において法的問題等が生じるのであって,それらの諸点は,一義的な解決は困難であり,別途法律によって解決を図らざるを得ない事柄である。このように多くの法的な諸問題を生じるような解釈は,国籍法の解釈の枠を超えるものといわざるを得ないのであって,その点からしてかかる見解を採ることはできない。

そうすると,多数意見のとおり国籍法3条1項を限定的に解釈し,20歳未満の生後認知子は,法務大臣に届け出ることによって日本国籍を取得することができると解することが,同法の全体の体系とも整合し,また,上告人ら及び上告人らと同様にその要件に該当する者の個別救済を図る上で,至当な解釈であると考える。なお,かかる結論を採る場合,胎児認知子は出生により当然に日本国籍を取得するのに対し,生後認知子が日本国籍を取得するには法務大臣への届出を要するという点において区別が存することになるが,生後認知子の場合,上記の二重国籍の問題等もあり,その国籍の取得を生後認知子(その親権者)の意思にゆだねて届出要件を課すという区別を設けることは,立法の合理的裁量の範囲内であって,憲法14条1項の問題が生じることはないものというべきである。

 

 

 

【裁判官近藤崇晴の補足意見】

は,次のとおりである。

 

多数意見は,国籍法3条1項が本件区別を生じさせていることの違憲を宣言するにとどまらず,上告人らが日本国籍を取得したものとして,上告人らが日本国籍を有することを確認した第1審判決を支持し,これに対する控訴を棄却するものである。このように,国籍法3条1項の定める要件のうち父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分(準正要件)を除いた他の要件のみをもって国籍の取得を認めることについては,立法府が準正要件に代えて他の合理的な要件を選択する機会を奪うこととなり,立法府に与えられた立法政策上の裁量権を不当に制約するものであって許されないとの批判があり得る。私は,この点に関する今井裁判官の補足意見に全面的に賛同するとともに,多数意見の一員として,更に補足的に意見を述べておきたい。

多数意見は,国籍法3条1項の定める要件のうち準正要件を除いた他の要件のみをもって国籍の取得を認めるのであるが,これはあくまでも現行の国籍法を憲法に適合するように解釈した結果なのであって,国籍法を改正することによって他の要件を付加することが憲法に違反するということを意味するものではない。立法政策上の判断によって準正要件に代わる他の要件を付加することは,それが憲法に適合している限り許されることは当然である。

多数意見が説示するように,父母両系血統主義を基調としつつも,日本国民との法律上の親子関係の存在に加え,我が国との密接な結び付きの指標となる一定の要件を設けて,これらを満たす場合に限り出生後における日本国籍の取得を認めることとするという立法目的自体には,合理的な根拠がある。ただ,その目的を達成するために準正を要件とすることは,もはや立法目的との間に合理的関連性を見いだすことができないとしたのである。したがって,国籍法を改正することによって我が国との密接な結び付きの指標となるべき他の要件を設けることは,それが立法目的との間に合理的関連性を有するのであれば,立法政策上の裁量権の行使として許されることになる。例えば,日本国民である父が出生後に認知したことに加えて,出生地が本邦内であること,あるいは本邦内において一定期間居住していることを国籍取得の要件とすることは,諸外国の立法例にも見られるところであり,政策上の当否の点は別として,将来に向けての選択肢にはなり得るところであろう。

また,認知と届出のみを要件とすると,生物学上の父ではない日本国民によって日本国籍の取得を目的とする仮装認知(偽装認知)がされるおそれがあるとして,これが準正要件を設ける理由の一つとされることがあるが,そのようなおそれがあるとしても,これを防止する要請と準正要件を設けることとの間に合理的関連性があるといい難いことは,多数意見の説示するとおりである。しかし,例えば,仮装認知を防止するために,父として子を認知しようとする者とその子との間に生物学上の父子関係が存することが科学的に証明されることを国籍取得の要件として付加することは,これも政策上の当否の点は別として,将来に向けての選択肢になり得ないものではないであろう。

このように,本判決の後に,立法府が立法政策上の裁量権を行使して,憲法に適合する範囲内で国籍法を改正し,準正要件に代わる新たな要件を設けることはあり得るところである。このような法改正が行われた場合には,その新たな要件を充足するかどうかにかかわらず非準正子である上告人らが日本国籍を取得しているものとされた本件と,その新たな要件の充足を要求される法改正後の非準正子との間に差異を生ずることになる。しかし,準正要件を除外した国籍法3条1項のその余の要件のみによっても,同項及び同法の合憲的で合理的な解釈が可能であることは多数意見の説示するとおりであるから,準正要件に代わる新たな要件を設けるという立法裁量権が行使されたかどうかによってそのような差異を生ずることは,異とするに足りないというべきである。

 

 

国籍法3条1項の合憲性(2) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官泉徳治の補足意見・裁判官今井功の補足意見

 

 目次

国籍法3条1項の合憲性(1) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決

 国籍法3条1項の合憲性(3) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官田原睦夫の補足意見・裁判官近藤崇晴の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(4) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官藤田宙靖の意見

国籍法3条1項の合憲性(5) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官横尾和子,同津野修,同古田佑紀の反対意見

国籍法3条1項の合憲性(6) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官甲斐中辰夫,同堀籠幸男の反対意見

本件区別による違憲の状態を前提として上告人らに日本国籍の取得を認めることの可否

(1) 以上のとおり,国籍法3条1項の規定が本件区別を生じさせていることは,遅くとも上記時点以降において憲法14条1項に違反するといわざるを得ないが,国籍法3条1項が日本国籍の取得について過剰な要件を課したことにより本件区別が生じたからといって,本件区別による違憲の状態を解消するために同項の規定自体を全部無効として,準正のあった子(以下「準正子」という。)の届出による日本国籍の取得をもすべて否定することは,血統主義を補完するために出生後の国籍取得の制度を設けた同法の趣旨を没却するものであり,立法者の合理的意思として想定し難いものであって,採り得ない解釈であるといわざるを得ない。そうすると,準正子について届出による日本国籍の取得を認める同項の存在を前提として,本件区別により不合理な差別的取扱いを受けている者の救済を図り,本件区別による違憲の状態を是正する必要があることになる。

(2) このような見地に立って是正の方法を検討すると,憲法14条1項に基づく平等取扱いの要請と国籍法の採用した基本的な原則である父母両系血統主義とを踏まえれば,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し,父から出生後に認知されたにとどまる子についても,血統主義を基調として出生後における日本国籍の取得を認めた同法3条1項の規定の趣旨・内容を等しく及ぼすほかはない。すなわち,このような子についても,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したことという部分を除いた同項所定の要件が満たされる場合に,届出により日本国籍を取得することが認められるものとすることによって,同項及び同法の合憲的で合理的な解釈が可能となるものということができ,この解釈は,本件区別による不合理な差別的取扱いを受けている者に対して直接的な救済のみちを開くという観点からも,相当性を有するものというべきである。

そして,上記の解釈は,本件区別に係る違憲の瑕疵を是正するため,国籍法3条1項につき,同項を全体として無効とすることなく,過剰な要件を設けることにより本件区別を生じさせている部分のみを除いて合理的に解釈したものであって,その結果も,準正子と同様の要件による日本国籍の取得を認めるにとどまるものである。この解釈は,日本国民との法律上の親子関係の存在という血統主義の要請を満たすとともに,父が現に日本国民であることなど我が国との密接な結び付きの指標となる一定の要件を満たす場合に出生後における日本国籍の取得を認めるものとして,同項の規定の趣旨及び目的に沿うものであり,この解釈をもって,裁判所が法律にない新たな国籍取得の要件を創設するものであって国会の本来的な機能である立法作用を行うものとして許されないと評価することは,国籍取得の要件に関する他の立法上の合理的な選択肢の存在の可能性を考慮したとしても,当を得ないものというべきである。

したがって,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し,父から出生後に認知された子は,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分を除いた国籍法3条1項所定の要件が満たされるときは,同項に基づいて日本国籍を取得することが認められるというべきである。

(3) 原審の適法に確定した事実によれば,上告人らは,上記の解釈の下で国籍法3条1項の規定する日本国籍取得の要件をいずれも満たしていることが認められる。上告人らの国籍取得届が,被上告人が主張する父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという要件を満たす旨の記載を欠き,また,同要件を証する添付書類の添付を欠くものであったことは,同項所定の届出としての効力を左右するものではない。そうすると,上告人らは,法務大臣あての国籍取得届を提出したことによって,同項の規定により日本国籍を取得したものと解するのが相当である。

結論

以上のとおり,上告人らは,国籍法3条1項の規定により日本国籍を取得したものと認められるところ,これと異なる見解の下に上告人らの請求を棄却した原審の判断は,憲法14条1項及び81条並びに国籍法の解釈を誤ったものである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,上告人らの請求には理由があり,これらを認容した第1審判決は正当ということができるから,被上告人の控訴を棄却すべきである。よって,裁判官横尾和子,同津野修,同古田佑紀の反対意見,裁判官甲斐中辰夫,同堀籠幸男の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官泉徳治,同今井功,同那須弘平,同涌井紀夫,同田原睦夫,同近藤崇晴の各補足意見,裁判官藤田宙靖の意見がある。

 

 

【裁判官泉徳治の補足意見】

は,次のとおりである。

国籍法3条1項は,日本国民の子のうち同法2条の適用対象とならないものに対する日本国籍の付与について,「父母の婚姻」を要件とすることにより,父に生後認知され「父母の婚姻」がない非嫡出子を付与の対象から排除している。これは,日本国籍の付与に関し,非嫡出子であるという社会的身分と,日本国民である親が父であるという親の性別により,父に生後認知された非嫡出子を差別するものである。

この差別は,差別の対象となる権益が日本国籍という基本的な法的地位であり,差別の理由が憲法14条1項に差別禁止事由として掲げられている社会的身分及び性別であるから,それが同項に違反しないというためには,強度の正当化事由が必要であって,国籍法3条1項の立法目的が国にとり重要なものであり,この立法目的と,「父母の婚姻」により嫡出子たる身分を取得することを要求するという手段との間に,事実上の実質的関連性が存することが必要である。

国籍法3条1項の立法目的は,父母両系血統主義に基づき,日本国民の子で同法2条の適用対象とならないものに対し,日本社会との密接な結合関係を有することを条件として,日本国籍を付与しようとすることにあり,この立法目的自体は正当なものということができる。

国籍法3条1項は,上記の立法目的を実現する手段として,「父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子」に限って日本国籍を付与することを規定し,父に生後認知された非嫡出子を付与の対象から排除している。しかし,「父母の婚姻」は,子や日本国民である父の1人の意思では実現することができない要件であり,日本国民を父に持ちながら自己又は父の意思のみでは日本国籍を取得することができない子を作り出すものである。一方,日本国民である父に生後認知された非嫡出子は,「父母の婚姻」により嫡出子たる身分を取得していなくても,父との間で法律上の親子関係を有し,互いに扶養の義務を負う関係にあって,日本社会との結合関係を現に有するものである。上記非嫡出子の日本社会との結合関係の密接さは,国籍法2条の適用対象となっている日本国民である母の非嫡出子や日本国民である父に胎児認知された非嫡出子のそれと,それ程変わるものではない。また,父母が内縁関係にあり,あるいは事実上父の監護を受けている場合においては,父に生後認知された非嫡出子の日本社会との結合関係が嫡出子のそれに実質的に劣るものということは困難である。そして,上記非嫡出子は,父の認知を契機として,日本社会との結合関係を発展させる可能性を潜在的に有しているのである。家族関係が多様化しつつある現在の日本において,上記非嫡出子の日本社会との結合関係が,「父母の婚姻」がない限り希薄であるとするのは,型にはまった画一的な見方といわざるを得ない。

したがって,前記の立法目的と,日本国民である父に生後認知された子のうち「父母の婚姻」により嫡出子たる身分を取得したものに限って日本国籍を付与することとした手段との間には,事実上の実質的関連性があるとはいい難い。結局,国籍法3条1項が日本国籍の付与につき非嫡出子という社会的身分及び親の性別により設けた差別は,強度の正当化事由を有するものということはできず,憲法14条1項の規定に違反するといわざるを得ない。

そして,上告人らに対しては,国籍法3条1項から「父母の婚姻」の部分を除いたその余の規定の適用により,日本国籍が付与されるべきであると考える。国籍法3条1項の主旨は日本国民の子で同法2条の適用対象とならないものに対し日本国籍を付与することにあり,「父母の婚姻」はそのための一条件にすぎないから,その部分が違憲であるとしても,上記主旨はできる限り生かすのが,立法意思に沿うものというべきである。また,上記のような国籍法3条1項の適用は,「すべての児童は,国籍を取得する権利を有する」ことを規定した市民的及び政治的権利に関する国際規約24条3項や児童の権利に関する条約7条1項の趣旨にも適合するものである。

ただし,上記のような国籍法3条1項の適用は,国会の立法意思として,「父母の婚姻」の部分を除いたままでは同項を存続させないであろうというがい然性が明白である場合には,許されないと解される。国籍法3条1項から「父母の婚姻」の部分を除くことに代わる選択肢として,まず,同条全体を廃止することが考えられるが,この選択肢は,日本国民である父に生後認知された非嫡出子を現行法以上に差別するものであり,すべての児童が出生や父母の性別により差別されないことを規定した市民的及び政治的権利に関する国際規約24条及び児童の権利に関する条約2条を遵守すべき日本の国会が,この選択肢を採用することは考えられない。次に,国籍法2条の適用対象となっている日本国民である母の非嫡出子及び胎児認知された非嫡出子についても,「父母の婚姻」という要件を新たに課するという選択肢が考えられるが,この選択肢は,非嫡出子一般をその出生により不当に差別するもので,憲法の平等原則に違反するから,国会がこの選択肢を採用することも考えられない。さらに,「日本で生まれたこと」,「一定期間以上日本に住所を有すること」,「日本国民と生計を一にすること」など,日本社会との密接な結合関係を証するための新たな要件を課するという選択肢が考えられるが,この選択肢は,基本的に法律上の親子関係により日本社会との結合関係を判断するという国籍法の血統主義とは別の観点から要件を付加するもので,国会がこの選択肢を採用するがい然性が高いということもできない。結局,国会の立法意思として,「父母の婚姻」の部分を除いては国籍法3条1項をそのまま存続させないであろうというがい然性が明白であるということはできず,「父母の婚姻」の部分を除いて同項を適用し,日本国民である父が生後認知した非嫡出子に日本国籍を付与する方が,立法意思にかなうものと解される。

もとより,国会が,将来において,国籍法3条1項を憲法に適合する方法で改正

することは,その立法裁量に属するところであるが,それまでの間は,「父母の婚

姻」の部分を除いて同項を適用すべきである。

また,「父母の婚姻」の部分を除いて国籍法3条1項の規定を適用することは,憲法の平等原則の下で同項を解釈し適用するものであって,司法が新たな立法を行うものではなく,司法の役割として当然に許されるところである。 多数意見は,前記差別について,立法目的と手段との間の関連性の点から違憲と解するものであって,基本的な判断の枠組みを共通にするものであり,また,国籍法3条1項の上告人らに対する適用についても,前記4と同じ趣旨を述べるものであるから,多数意見に同調する。

 

 

【裁判官今井功の補足意見】

は,次のとおりである。

私は,多数意見に同調するものであるが,判示5の点(本件上告人らに日本国籍の取得を認めることの可否)についての反対意見にかんがみ,法律の規定の一部が違憲である場合の司法救済の在り方について,私の意見を補足して述べておきたい。

反対意見は,日本国民である父から出生後認知された者のうち,準正子に届出による日本国籍(以下単に「国籍」という。)の取得を認め,そうでない者(以下「非準正子」という。)についてはこれを認める立法をしていないこと(立法不存在ないし立法不作為)が憲法14条1項に違反するとしても,非準正子にも国籍取得を認めることは,国籍法の定めていない国籍付与要件を判決によって創設するもので,司法権の範囲を逸脱し,許されないとするものである。

裁判所に違憲立法審査権が与えられた趣旨は,違憲の法律を無効とすることによって,国民の権利利益を擁護すること,すなわち,違憲の法律によりその権利利益を侵害されている者の救済を図ることにある。無効とされる法律の規定が,国民に刑罰を科し,あるいは国民の権利利益をはく奪するものである場合には,基本的に,その規定の効力がないものとして,これを適用しないというだけであるから,特段の問題はない。

問題となるのは,本件のようにその法律の規定が国民に権利利益を与える場合である。この場合には,その規定全体を無効とすると,権利利益を与える根拠がなくなって,問題となっている権利利益を与えられないことになる。このように解釈すべき場合もあろう。しかし,国民に権利利益を与える規定が,権利利益を与える要件として,A,Bの二つの要件を定め,この両要件を満たす者に限り,権利利益を与える(反対解釈によりA要件のみを満たす者には権利利益を与えない。)と定めている場合において,権利利益を与える要件としてA要件の外にB要件を要求することが平等原則に反し,違憲であると判断されたときに,A要件のみを備える者にも当該権利利益を与えることができるのかが,ここでの問題である。このような場合には,その法律全体の仕組み,当該規定が違憲とされた理由,結果の妥当性等を考慮して,B要件の定めのみが無効である(すなわちB要件の定めがないもの)とし,その結果,A要件のみを満たした者についても,その規定の定める権利利益を与えることになると解することも,法律の合憲的な解釈として十分可能であると考える。

国籍法は,父母両系血統主義を採用し,その上に立って,国籍の取得の方法として,①出生による当然の取得(2条),②届出による取得(3条)及び③帰化による取得(4条から9条まで)の三つの方法を定めている。

そして,2条による当然の取得については,出生の時に法律上の父又は母が日本国民であるという要件を備える子は,当然に国籍を取得することを規定している。次に,3条の届出による取得については,2条の補完規定として,血統上の父は日本国民であるが,非嫡出子として出生し,その後父から認知された子について,準正子に限り国籍取得が認められるとし,非準正子には国籍取得を認めていない。さらに,4条から9条までにおいては,2条及び3条により国籍取得の認められない者について帰化(法務大臣の許可)により国籍取得を認めることとしている。

このような国籍法の定める国籍取得の仕組みを見ると,同法は,法的な意味での日本国民の血統が認められる場合,すなわち法律上の父又は母が日本国民である場合には,国籍取得を認めることを大原則とし,2条はこの原則を無条件で貫き,3条においては,これに父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したことという要件(以下「準正要件」という。)を付加しているということができる。このような国籍法の仕組みからすれば,3条は,血統主義の原則を認めつつ,準正要件を備えない者を除外した規定といわざるを得ない。この点について,反対意見は,3条1項は出生後に日本国民である父から認知された子のうち準正子のみに届出による国籍取得を認めたにすぎず,非準正子の国籍取得については単にこれを認める規定を設けていないという立法不作為の状態が存在するにすぎない旨いうが,国会が同項の規定を設けて準正子のみに届出による国籍取得を認めることとしたことにより,反面において,非準正子にはこれを認めないこととする積極的な立法裁量権を行使したことは明らかである。そして,3条1項が準正子と非準正子とを差別していることが平等原則に反し違憲であるとした場合には,非準正子も,準正子と同様に,国籍取得を認められるべきであるとすることも,上記2のように法律の合憲的な解釈として十分成り立ち得る。

このように考えれば,多数意見は,裁判所が違憲立法審査権を行使して国籍法3条1項を憲法に適合するように解釈した結果,非準正子についても準正子と同様に同項により国籍取得を認められるべきであるとするものであって,同法の定める要件を超えて新たな立法をしたとの非難は当たらない。現行国籍法の下における準正子と非準正子との間の平等原則に違反する差別状態を裁判所が解釈によって解消するには,準正子に与えられた効果を否定するか,非準正子に準正子と同様の効果を与えるしかない。前者の解釈が,その結果の妥当性は別として,立法権を侵害するものではないことには異論はないであろう。これと同様に,後者の解釈を採ることも許容されるというべきである。

私は,以上のような理由により,国籍法3条1項を憲法に適合するように解釈した結果,同項は,日本国民である父から出生後に認知された子は,届出により国籍を取得することができることを認めたものと解するのが相当であり,このように解しても立法権を侵害するものではないと考える。

反対意見によれば,同じく日本国民である父から認知された子であるにもかかわらず,準正子は国籍を取得できるのに,非準正子は司法救済を求めたとしても国籍を取得できないという平等原則に反する違憲の状態が依然として続くことになる。

反対意見は,違憲の状態が続くことになっても,立法がない限り,やむを得ないとするものと考えられる。反対意見がそのように解する理由は,憲法10条が「日本国民たる要件は,法律でこれを定める。」と規定し,いかなる者に国籍を与えるかは国会が立法によって定める事柄であり,国籍法が非準正子に国籍取得を認める規定を設けていない以上,準正子と非準正子との差別が平等原則に反し違憲であっても,非準正子について国籍取得を認めることは,裁判所が新たな立法をすることになり,許されないというものと理解される。

しかし,どのような要件があれば国籍を与えるかについて国会がその裁量により立法を行うことが原則であることは当然であるけれども,国会がその裁量権を行使して行った立法の合憲性について審査を行うのは裁判所の責務である。国籍法3条1項は,国会がその裁量権を行使して行った立法であり,これに対して,裁判所は,同項の規定が準正子と非準正子との間に合理的でない差別を生じさせており,平等原則に反し違憲と判断したのである。この場合に,違憲の法律により本来ならば与えられるべき保護を受けることができない者に対し,その保護を与えることは,裁判所の責務であって,立法権を侵害するものではなく,司法権の範囲を超えるものとはいえない。

非準正子についても国籍を付与するということになれば,国会において,国籍付与の要件として,準正要件に代えて例えば日本国内における一定期間の居住等の他の要件を定めることもできたのに,その裁量権を奪うことになるとする議論もあり得ないではない。そうであっても,裁判所がそのような要件を定めていない国籍法3条1項の合憲的解釈として,非準正子について国籍取得を認めたからといって,今後,国会がその裁量権を行使して,日本国民を父とする生後認知子の国籍取得につき,準正要件に代えて,憲法に適合する要件を定める新たな立法をすることが何ら妨げられるものでないことは,いうまでもないところであり,上記のような解釈を採ることが国会の立法裁量権を奪うことになるものではない。裁判官那須弘平,同涌井紀夫は,裁判官今井功の補足意見に同調する。

 

国籍法3条1項の合憲性

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 目次

国籍法3条1項の合憲性(2) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官泉徳治の補足意見・裁判官今井功の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(3) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官田原睦夫の補足意見・裁判官近藤崇晴の補足意見

国籍法3条1項の合憲性(4) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官藤田宙靖の意見

国籍法3条1項の合憲性(5) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官横尾和子,同津野修,同古田佑紀の反対意見

国籍法3条1項の合憲性(6) 最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決・裁判官甲斐中辰夫,同堀籠幸男の反対意見

※国籍法3条1項は、「父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で20歳未満のもの(日本国民であった者を除く。)は,認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において,その父又は母が現に日本国民であるとき,又はその死亡の時に日本国民であったときは,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる。」と規定し、届出による国籍取得の要件として日本国民である父の認知だけではなく父母の婚姻(準正要件)を課している点で、準正子と非準正子との間での別異取扱いがあった。

※本判決は、準正子と非準正子との間での別異取扱いについて「子の被る不利益」の程度という効果に着目し、父母両系主義を基調とする国籍法の趣旨からはみれば過剰な要件を課しているとして、合理的根拠の欠く差別的取扱にあたり、憲法14条1項に反するとした。

※本判決は、最高裁8件目となる法令違憲の判断である。

※なお、国籍法3条1項の過剰な要件のみを無効とすることで、裁判所の立法作用とならないと解されている。

 

【最大判平成20年6月4日・国籍法違憲判決】

要旨

 

判示事項

1 国籍法3条1項が,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子につき,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した(準正のあった)場合に限り日本国籍の取得を認めていることによって国籍の取得に関する区別を生じさせていることと憲法14条1項

2 日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子は,日本国籍の取得に関して憲法14条1項に違反する区別を生じさせている,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分(準正要件)を除いた国籍法3条1項所定の国籍取得の要件が満たされるときは,日本国籍を取得するか

裁判要旨

1 国籍法3条1項が,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子について,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した(準正のあった)場合に限り届出による日本国籍の取得を認めていることによって,認知されたにとどまる子と準正のあった子との間に日本国籍の取得に関する区別を生じさせていることは,遅くとも上告人らが国籍取得届を提出した平成17年当時において,憲法14条1項に違反していたものである。

2 日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した後に父から認知された子は,国籍法3条1項所定の国籍取得の要件のうち,日本国籍の取得に関して憲法14条1項に違反する区別を生じさせている部分,すなわち父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分(準正要件)を除いた要件が満たされるときは,国籍法3条1項に基づいて日本国籍を取得する。

(1,2につき補足意見,意見及び反対意見がある。)

 

 

判旨

事案の概要

本件は,法律上の婚姻関係にない日本国民である父とフィリピン共和国籍を有する母との間に本邦において出生した上告人らが,出生後父から認知を受けたことを理由として平成17年に法務大臣あてに国籍取得届を提出したところ,国籍取得の条件を備えておらず,日本国籍を取得していないものとされたことから,被上告人に対し,日本国籍を有することの確認を求めている事案である。

国籍法2条1号,3条について

国籍法2条1号は,子は出生の時に父又は母が日本国民であるときに日本国民とする旨を規定して,日本国籍の生来的取得について,いわゆる父母両系血統主義によることを定めている。したがって,子が出生の時に日本国民である父又は母との間に法律上の親子関係を有するときは,生来的に日本国籍を取得することになる。国籍法3条1項は,「父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で20歳未満のもの(日本国民であった者を除く。)は,認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であった場合において,その父又は母が現に日本国民であるとき,又はその死亡の時に日本国民であったときは,法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる。」と規定し,同条2項は,「前項の規定による届出をした者は,その届出の時に日本の国籍を取得する。」と規定している。同条1項は,父又は母が認知をした場合について規定しているが,日本国民である母の非嫡出子は,出生により母との間に法律上の親子関係が生ずると解され,また,日本国民である父が胎児認知した子は,出生時に父との間に法律上の親子関係が生ずることとなり,それぞれ同法2条1号により生来的に日本国籍を取得することから,同法3条1項は,実際上は,法律上の婚姻関係にない日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した子で,父から胎児認知を受けていないものに限り適用されることになる。

原判決等

上告人らは,国籍法3条1項のうち,日本国民である父の非嫡出子について父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したことを日本国籍取得の要件とした部分が憲法14条1項に違反するとして,上告人らが法務大臣あてに国籍取得届を提出したことにより日本国籍を取得した旨を主張した。

これに対し,原判決は,仮に国籍法3条1項のうち上記の要件を定めた部分のみが憲法14条1項に違反し,無効であったとしても,そのことから,日本国民である父の非嫡出子が認知と届出のみによって日本国籍を取得し得るものと解することは,法解釈の名の下に,実質的に国籍法に定めのない国籍取得の要件を創設するものにほかならず,裁判所がこのような立法作用を行うことは違憲立法審査権の限界を逸脱するものであって許されないし,また,国籍法3条1項の趣旨からすると,上記の要件を定めた部分が憲法14条1項に違反して無効であるとすれば,国籍法3条1項全体が無効となると解するのが相当であり,その場合,出生後に日本国民である父から認知されたにとどまる子が日本国籍を取得する制度が創設されるわけではないから,憲法14条1項に違反することにより国籍法3条1項の規定の一部又は全部が無効であったとしても,上告人らは法務大臣に対する届出により日本国籍を取得することはできないとして,上告人らの請求を棄却した。

国籍法3条1項による国籍取得の区別の憲法適合性について

所論は,国籍法3条1項の規定が,日本国民である父の非嫡出子について,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得した者に限り日本国籍の取得を認めていることによって,同じく日本国民である父から認知された子でありながら父母が法律上の婚姻をしていない非嫡出子は,その余の同項所定の要件を満たしても日本国籍を取得することができないという区別(以下「本件区別」という。)が生じており,このことが憲法14条1項に違反するとした上で,国籍法3条1項の規定のうち本件区別を生じさせた部分のみが違憲無効であるとし,上告人らには同項のその余の規定に基づいて日本国籍の取得が認められるべきである旨をいうものである。そこで,以下,これらの点について検討を加えることとする。

(1) 憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定は,事柄の性質に即応した合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止する趣旨であると解すべきことは,当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和45年(あ)第1310号同48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。

憲法10条は,「日本国民たる要件は,法律でこれを定める。」と規定し,これを受けて,国籍法は,日本国籍の得喪に関する要件を規定している。憲法10条の規定は,国籍は国家の構成員としての資格であり,国籍の得喪に関する要件を定めるに当たってはそれぞれの国の歴史的事情,伝統,政治的,社会的及び経済的環境等,種々の要因を考慮する必要があることから,これをどのように定めるかについて,立法府の裁量判断にゆだねる趣旨のものであると解される。しかしながら,このようにして定められた日本国籍の取得に関する法律の要件によって生じた区別が,合理的理由のない差別的取扱いとなるときは,憲法14条1項違反の問題を生ずることはいうまでもない。すなわち,立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても,なおそのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合,又はその具体的な区別と上記の立法目的との間に合理的関連性が認められない場合には,当該区別は,合理的な理由のない差別として,同項に違反するものと解されることになる。

日本国籍は,我が国の構成員としての資格であるとともに,我が国において基本的人権の保障,公的資格の付与,公的給付等を受ける上で意味を持つ重要な法的地位でもある。一方,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得するか否かということは,子にとっては自らの意思や努力によっては変えることのできない父母の身分行為に係る事柄である。したがって,このような事柄をもって日本国籍取得の要件に関して区別を生じさせることに合理的な理由があるか否かについては,慎重に検討することが必要である。

(2)ア 国籍法3条の規定する届出による国籍取得の制度は,法律上の婚姻関係にない日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した子について,父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得すること(以下「準正」という。)のほか同条1項の定める一定の要件を満たした場合に限り,法務大臣への届出によって日本国籍の取得を認めるものであり,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生した嫡出子が生来的に日本国籍を取得することとの均衡を図ることによって,同法の基本的な原則である血統主義を補完するものとして,昭和59年法律第45号による国籍法の改正において新たに設けられたものである。

そして,国籍法3条1項は,日本国民である父が日本国民でない母との間の子を出生後に認知しただけでは日本国籍の取得を認めず,準正のあった場合に限り日本国籍を取得させることとしており,これによって本件区別が生じている。このような規定が設けられた主な理由は,日本国民である父が出生後に認知した子については,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得することによって,日本国民である父との生活の一体化が生じ,家族生活を通じた我が国社会との密接な結び付きが生ずることから,日本国籍の取得を認めることが相当であるという点にあるものと解される。また,上記国籍法改正の当時には,父母両系血統主義を採用する国には,自国民である父の子について認知だけでなく準正のあった場合に限り自国籍の取得を認める国が多かったことも,本件区別が合理的なものとして設けられた理由であると解される。

イ 日本国民を血統上の親として出生した子であっても,日本国籍を生来的に取得しなかった場合には,その後の生活を通じて国籍国である外国との密接な結び付きを生じさせている可能性があるから,国籍法3条1項は,同法の基本的な原則である血統主義を基調としつつ,日本国民との法律上の親子関係の存在に加え我が国との密接な結び付きの指標となる一定の要件を設けて,これらを満たす場合に限り出生後における日本国籍の取得を認めることとしたものと解される。このような目的を達成するため準正その他の要件が設けられ,これにより本件区別が生じたのであるが,本件区別を生じさせた上記の立法目的自体には,合理的な根拠があるというべきである。

また,国籍法3条1項の規定が設けられた当時の社会通念や社会的状況の下においては,日本国民である父と日本国民でない母との間の子について,父母が法律上の婚姻をしたことをもって日本国民である父との家族生活を通じた我が国との密接な結び付きの存在を示すものとみることには相応の理由があったものとみられ,当時の諸外国における前記のような国籍法制の傾向にかんがみても,同項の規定が認知に加えて準正を日本国籍取得の要件としたことには,上記の立法目的との間に一定の合理的関連性があったものということができる。

ウ しかしながら,その後,我が国における社会的,経済的環境等の変化に伴って,夫婦共同生活の在り方を含む家族生活や親子関係に関する意識も一様ではなくなってきており,今日では,出生数に占める非嫡出子の割合が増加するなど,家族生活や親子関係の実態も変化し多様化してきている。このような社会通念及び社会的状況の変化に加えて,近年,我が国の国際化の進展に伴い国際的交流が増大することにより,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生する子が増加しているところ,両親の一方のみが日本国民である場合には,同居の有無など家族生活の実態においても,法律上の婚姻やそれを背景とした親子関係の在り方についての認識においても,両親が日本国民である場合と比べてより複雑多様な面があり,その子と我が国との結び付きの強弱を両親が法律上の婚姻をしているか否かをもって直ちに測ることはできない。これらのことを考慮すれば,日本国民である父が日本国民でない母と法律上の婚姻をしたことをもって,初めて子に日本国籍を与えるに足りるだけの我が国との密接な結び付きが認められるものとすることは,今日では必ずしも家族生活等の実態に適合するものということはできない。

また,諸外国においては,非嫡出子に対する法的な差別的取扱いを解消する方向にあることがうかがわれ,我が国が批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約及び児童の権利に関する条約にも,児童が出生によっていかなる差別も受けないとする趣旨の規定が存する。さらに,国籍法3条1項の規定が設けられた後,自国民である父の非嫡出子について準正を国籍取得の要件としていた多くの国において,今日までに,認知等により自国民との父子関係の成立が認められた場合にはそれだけで自国籍の取得を認める旨の法改正が行われている。以上のような我が国を取り巻く国内的,国際的な社会的環境等の変化に照らしてみると,準正を出生後における届出による日本国籍取得の要件としておくことについて,前記の立法目的との間に合理的関連性を見いだすことがもはや難しくなっているというべきである。

エ 一方,国籍法は,前記のとおり,父母両系血統主義を採用し,日本国民である父又は母との法律上の親子関係があることをもって我が国との密接な結び付きがあるものとして日本国籍を付与するという立場に立って,出生の時に父又は母のいずれかが日本国民であるときには子が日本国籍を取得するものとしている(2条1号)。その結果,日本国民である父又は母の嫡出子として出生した子はもとより,日本国民である父から胎児認知された非嫡出子及び日本国民である母の非嫡出子も,生来的に日本国籍を取得することとなるところ,同じく日本国民を血統上の親として出生し,法律上の親子関係を生じた子であるにもかかわらず,日本国民である父から出生後に認知された子のうち準正により嫡出子たる身分を取得しないものに限っては,生来的に日本国籍を取得しないのみならず,同法3条1項所定の届出により日本国籍を取得することもできないことになる。このような区別の結果,日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子のみが,日本国籍の取得について著しい差別的取扱いを受けているものといわざるを得ない。

日本国籍の取得が,前記のとおり,我が国において基本的人権の保障等を受ける上で重大な意味を持つものであることにかんがみれば,以上のような差別的取扱いによって子の被る不利益は看過し難いものというべきであり,このような差別的取扱いについては,前記の立法目的との間に合理的関連性を見いだし難いといわざるを得ない。とりわけ,日本国民である父から胎児認知された子と出生後に認知された子との間においては,日本国民である父との家族生活を通じた我が国社会との結び付きの程度に一般的な差異が存するとは考え難く,日本国籍の取得に関して上記の区別を設けることの合理性を我が国社会との結び付きの程度という観点から説明することは困難である。また,父母両系血統主義を採用する国籍法の下で,日本国民である母の非嫡出子が出生により日本国籍を取得するにもかかわらず,日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子が届出による日本国籍の取得すら認められないことには,両性の平等という観点からみてその基本的立場に沿わないところがあるというべきである。

オ 上記ウ,エで説示した事情を併せ考慮するならば,国籍法が,同じく日本国民との間に法律上の親子関係を生じた子であるにもかかわらず,上記のような非嫡出子についてのみ,父母の婚姻という,子にはどうすることもできない父母の身分行為が行われない限り,生来的にも届出によっても日本国籍の取得を認めないとしている点は,今日においては,立法府に与えられた裁量権を考慮しても,我が国との密接な結び付きを有する者に限り日本国籍を付与するという立法目的との合理的関連性の認められる範囲を著しく超える手段を採用しているものというほかなく,その結果,不合理な差別を生じさせているものといわざるを得ない。

カ 確かに,日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し,父から出生後に認知された子についても,国籍法8条1号所定の簡易帰化により日本国籍を取得するみちが開かれている。しかしながら,帰化は法務大臣の裁量行為であり,同号所定の条件を満たす者であっても当然に日本国籍を取得するわけではないから,これを届出による日本国籍の取得に代わるものとみることにより,本件区別が前記立法目的との間の合理的関連性を欠くものでないということはできない。

なお,日本国民である父の認知によって準正を待たずに日本国籍の取得を認めた場合に,国籍取得のための仮装認知がされるおそれがあるから,このような仮装行為による国籍取得を防止する必要があるということも,本件区別が設けられた理由の一つであると解される。しかし,そのようなおそれがあるとしても,父母の婚姻により子が嫡出子たる身分を取得することを日本国籍取得の要件とすることが,仮装行為による国籍取得の防止の要請との間において必ずしも合理的関連性を有するものとはいい難く,上記オの結論を覆す理由とすることは困難である。

(3) 以上によれば,本件区別については,これを生じさせた立法目的自体に合理的な根拠は認められるものの,立法目的との間における合理的関連性は,我が国の内外における社会的環境の変化等によって失われており,今日において,国籍法3条1項の規定は,日本国籍の取得につき合理性を欠いた過剰な要件を課するものとなっているというべきである。しかも,本件区別については,前記(2)エで説示した他の区別も存在しており,日本国民である父から出生後に認知されたにとどまる非嫡出子に対して,日本国籍の取得において著しく不利益な差別的取扱いを生じさせているといわざるを得ず,国籍取得の要件を定めるに当たって立法府に与えられた裁量権を考慮しても,この結果について,上記の立法目的との間において合理的関連性があるものということはもはやできない。

そうすると,本件区別は,遅くとも上告人らが法務大臣あてに国籍取得届を提出した当時には,立法府に与えられた裁量権を考慮してもなおその立法目的との間において合理的関連性を欠くものとなっていたと解される。

したがって,上記時点において,本件区別は合理的な理由のない差別となっていたといわざるを得ず,国籍法3条1項の規定が本件区別を生じさせていることは,憲法14条1項に違反するものであったというべきである。

国籍法2条1号につき認知の遡及効を否定することの合憲性

▼ 目次

 

【最判平成14年11月22日】

事案

本件は、法律上の婚姻関係のない日本人である父とフィリピン人である母との間に出生した上告人が、出生の約二年九箇月余り後に父から認知されたことにより、出生の時にさかのぼって日本国籍を取得したと主張して、被上告人に対し、日本国籍を有することの確認及び日本国籍を有する者として扱われなかったことによる慰謝料の支払を求めた事案

 

要旨

国籍法二条一号は、憲法一四条一項に違反しない。

 

判旨

 憲法10条は,「日本国民たる要件は,法律でこれを定める。」と規定している。これは,国籍は国家の構成員の資格であり,元来,何人が自国の国籍を有する国民であるかを決定することは,国家の固有の権限に属するものであり,国籍の得喪に関する要件をどのように定めるかは,それぞれの国の歴史的事情,伝統,環境等の要因によって左右されるところが大きいところから,日本国籍の得喪に関する要件をどのように定めるかを法律にゆだねる趣旨であると解される。このようにして定められた国籍の得喪に関する法律の要件における区別が,憲法14条1項に違反するかどうかは,その区別が合理的な根拠に基づくものということができるかどうかによって判断すべきである。なぜなら,この規定は,法の下の平等を定めているが,絶対的平等を保障したものではなく,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,法的取扱いにおける区別が合理的な根拠に基づくものである限り,何らこの規定に違反するものではないからである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁平成3年(ク)第143号同7年7月5日大法廷決定・民集49巻7号1789頁)。

3 法2条1号は,日本国籍の生来的な取得についていわゆる父母両系血統主義を採用したものであるが,単なる人間の生物学的出自を示す血統を絶対視するものではなく,子の出生時に日本人の父又は母と法律上の親子関係があることをもって我が国と密接な関係があるとして国籍を付与しようとするものである。そして,生来的な国籍の取得はできる限り子の出生時に確定的に決定されることが望ましいところ,出生後に認知されるか否かは出生の時点では未確定であるから,法2条1号が,子が日本人の父から出生後に認知されたことにより出生時にさかのぼって法律上の父子関係が存在するものとは認めず,出生後の認知だけでは日本国籍の生来的な取得を認めないものとしていることには,合理的根拠があるというべきである。

以上によれば,法2条1号は憲法14条1項に違反するものではない。このように解すべきことは,前記大法廷の判例の趣旨に徴して明らかである。論旨は

採用することができない。

第2 同上告理由のうち法3条の憲法14条違反をいう部分について

論旨は,嫡出子と非嫡出子との間で国籍の伝来的な取得の取扱いに差異を設ける法3条は憲法14条に違反するというものである。しかし,仮に法3条の規定の全部又は一部が違憲無効であるとしても,日本国籍の生来的な取得を主張する上告人の請求が基礎づけられるものではないから,論旨は,原判決の結論に影響しない事項についての違憲を主張するものにすぎず,採用することができない。

 

 

 

【裁判官亀山継夫の補足意見】

法3条の合憲性は原判決の結論に影響しないので,詳論は差し控えるが,私は,法2条1号が日本人の父から胎児認知された非嫡出子に国籍の生来的取得を認めていることとの対比において,法3条が認知に加えて「父母の婚姻」を国籍の伝来的取得の要件としたことの合理性には疑問を持っており,その点が結論に影響する事件においては,これを問題とせざるを得ないと考えるものである。

 

【裁判官梶谷玄,同滝井繁男の補足意見】

法廷意見は,法3条が憲法14条に違反するという上告理由について,結論に影響しないものとして,憲法判断を示さなかったが,事柄の重要性にかんがみ,この点についての私たちの考えを明らかにしておきたい。

日本人を母とする非嫡出子は,法律上の母子関係が出生によって当然生ずるとされている結果,法2条1号によって当然日本国籍を取得するのに対し,同じ日本人を親としながら,日本人を父とする非嫡出子は,その父から胎児認知を受けた場合は別として,出生後認知を受けたというだけでは,法2条1号の要件はもとより,法3条の要件も満たさないので,日本国籍を取得することができないのである。

この点に関し,原判決は,法は,親子関係を通じて我が国と密接な結合関係が生ずる場合に国籍を付与するという基本的立場に立っているとした上,親子関係を通じて我が国と密接な結合関係が生ずるのは,子が日本国民の家族に包含されることによって日本社会の構成員になることによるものであるから,日本国民の嫡出子については,当該日本国民が父であるか母であるかを問わず,日本国籍を付与するのが適当であるが,非嫡出子の場合は,婚姻家族に属していない子であり,あらゆる場合に嫡出子と同様の実質的結合関係が生ずるとはいい難いという。そして,婚外の父子関係は,通常母子関係に比較して実質的な結合関係が希薄であり,また,父が胎児認知する場合と生後認知する場合とでは,一般的に実質的な父子関係の結合の度合いが異なるところ,法は,親子関係の差異に着目し,親子関係が希薄な場合の国籍取得について,段階的に一定の制約を設けたものと解することができ,このような法の基本的立場は,立法政策上合理性を欠くとはいえず,簡易帰化等の補完的な制度をも考慮すると,法が一部の非嫡出子について取扱いに区別を設けたことに合理的な根拠があるというのである。

しかしながら,私たちは,以上の立論に,法3条が父母の婚姻をも国籍取得の要件としたことの合理性を見いだすことは困難であると考える。

親子関係を通じて我が国と密接な関係を生ずるという場合に国籍を付与するという基本的立場を採るならば,そのことは合理性を持っていると考える。しかしながら,法は,そのような立場を国籍取得の要件を定める上で必ずしも貫徹していない。確かに,子が婚姻家族に属しているということは,その親子関係を通じて我が国との密接な関係の存在をうかがわせる大きな要素とはいえる。しかしながら,今日,国際化が進み,価値観が多様化して家族の生活の態様も一様ではなく,それに応じて子供との関係も様々な変容を受けており,婚姻という外形を採ったかどうかということによってその緊密さを判断することは必ずしも現実には符合せず,親が婚姻しているかどうかによってその子が国籍を取得することができるかどうかに差異を設けることに格別の合理性を見いだすことは困難である。

しかも,その父母が婚姻関係にない場合でも,母が日本人であれば,その子は常に日本国籍を取得することを容認しているのであるから,法自身,婚姻という外形を,国籍取得の要件を考える上で必ずしも重要な意味を持つものではない,という立場を採っていると解される。そして,法2条1号によれば,日本人を父とする非嫡出子であっても,父から胎児認知を受ければ,一律に日本国籍を取得するのであって,そこでは親子の実質的結合関係は全く問題にされてはいない。さらに,父子関係と母子関係の実質に一般的に差異があるとしても,それは多分に従来の家庭において父親と母親の果たしてきた役割によることが多いのであって,本来的なものとみ得るかどうかは疑問であり,むしろ,今日,家庭における父親と母親の役割も変わりつつある中で,そのことは国籍取得の要件に差異を設ける合理的な根拠とはならないと考える。

他方,国籍の取得は,基本的人権の保障を受ける上で重大な意味を持つものであって,本来,日本人を親として生まれてきた子供は,等しく日本国籍を持つことを期待しているものというべきであり,その期待はできる限り満たされるべきである。特に,嫡出子と非嫡出子とで異なる扱いをすることの合理性に対する疑問が様々な形で高まっているのであって,両親がその後婚姻したかどうかといった自らの力によって決することのできないことによって差を設けるべきではない。既に,我が国が昭和54年に批准した市民的及び政治的権利に関する国際規約24条や,平成6年に批准した児童の権利に関する条約2条にも,児童が出生によっていかなる差別も受けない,との趣旨の規定があることも看過してはならない。

また,我が国のように国籍の取得において血統主義を採る場合,一定の年齢に達するまでは,所定の手続の下に認知による伝来的な国籍取得を認めることによる実際上の不都合が大きいとは考えられず,これを認める立法例も少なくないのである。そして,国籍取得はできる限り確定的に決定されることが望ましいという浮動性防止の要請は,国籍取得の効果を過去にさかのぼらせない法3条においては,問題とならない。

これらのことを考え合わせれば,国籍は国家の構成員の資格を定めるものであり,国籍を取得させるかどうかについての要件を定めることは国家の固有の権限に属し,立法の広い裁量があることを肯定しても,法3条が準正を非嫡出子の国籍取得の要件とした部分は,日本人を父とする非嫡出子に限って,その両親が出生後婚姻をしない限り,帰化手続によらなければ日本国籍を取得することができないという非嫡出子の一部に対する差別をもたらすこととなるが,このような差別はその立法目的に照らし,十分な合理性を持つものというのは困難であり,憲法14条1項に反する疑いが極めて濃いと考える。

 

 

【最判平成9年10月17日】

要旨

 

判示事項

一 外国人である母の非嫡出子が日本人である父により胎児認知されていなくても国籍法二条一号により日本国籍を取得する場合

二 韓国人である母の非嫡出子であって日本人である父により出生後に認知された子につき国籍法二条一号による日本国籍の取得が認められた事例

裁判要旨

一 外国人である母の非嫡出子が日本人である父により胎児認知されていなくても、右非嫡出子が戸籍の記載上母の夫の嫡出子と推定されるため日本人である父による胎児認知の届出が受理されない場合であって、右推定がされなければ父により胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情があるときは、右胎児認知がされた場合に準じて、国籍法二条一号の適用を認め、子は生来的に日本国籍を取得すると解するのが相当であり、右特段の事情があるというためには、母の夫と子との間の親子関係の不存在を確定するための法的手続が子の出生後遅滞なく執られた上、右不存在が確定されて認知の届出を適法にすることができるようになった後速やかに認知の届出がされることを要する。

二 韓国人である母乙の子甲が出生した当時、乙が日本人である丙と婚姻関係にあったため、日本人である父丁が適法に甲を胎児認知することができなかったが、甲の出生の約三箇月後に丙と甲との親子関係不存在確認の調停が申し立てられ、親子関係不存在確認の審判が確定した一二日後に丁が甲を認知したなど判示の事実関係の下においては、甲は、国籍法二条一号により日本国籍を取得する。

 

判旨

 外国人である母が子を懐胎した場合において、母が未婚であるか、又はその子が戸籍の記載上母の夫の嫡出子と推定されないときは、夫以外の日本人である父がその子を胎児認知することができ、その届出がされれば、国籍法二条一号により、子は出生の時に日本国籍を取得するものと解される。これに対し、外国人である母が子を懐胎した場合において、その子が戸籍の記載上母の夫の嫡出子と推定されるときは、夫以外の日本人である父がその子を胎児認知しようとしても、その届出は認知の要件を欠く不適法なものとして受理されないから、胎児認知という方法によっては、子が生来的に日本国籍を取得することはできない。もっとも、この場合には、子の出生後に、右夫と子との間の親子関係の不存在が判決等によって確定されれば、父の認知の届出が受理されることになるが、同法三条の規定に照らせば、同法においては認知の遡及効は認められていないと解すべきであるから、出生後に認知がされたというだけでは、子の出生の時に父との間に法律上の親子関係が存在していたということはできず、認知された子が同法二条一号に当然に該当するということにはならない。

 右のように、戸籍の記載上嫡出の推定がされない場合には、胎児認知という手続を執ることにより、子が生来的に日本国籍を取得するみちが開かれているのに、右推定がされる場合には、胎児認知という手続を適法に執ることができないため、子が生来的に日本国籍を取得するみちがないとすると、同じく外国人の母の嫡出でない子でありながら、戸籍の記載いかんにより、子が生来的に日本国籍を取得するみちに著しい差があることになるが、このような著しい差異を生ずるような解釈をすることに合理性があるとはいい難い。したがって、できる限り右両者に同等のみちが開かれるように、同法二条一号の規定を合理的に解釈適用するのが相当である。

 右の見地からすると、客観的にみて、戸籍の記載上嫡出の推定がされなければ日本人である父により胎児認知がされたであろうと認めるべき特段の事情がある場合には、右胎児認知がされた場合に準じて、国籍法二条一号の適用を認め、子は生来的に日本国籍を取得すると解するのが相当である。そして、生来的な日本国籍の取得はできる限り子の出生時に確定的に決定されることが望ましいことに照らせば、右の特段の事情があるというためには、母の夫と子との間の親子関係の不存在を確定するための法的手続が子の出生後遅滞なく執られた上、右不存在が確定されて認知の届出を適法にすることができるようになった後速やかに認知の届出がされることを要すると解すべきである。



▼ 目次


【国籍法・父系優先血統主義の合憲性】

1950年の国籍法2条は、血統主義を原則とし、「出生の時に父が日本国民であるとき⑨として、父性優先血統主義をとっていた。

*東京高裁判例昭和57年6月23日等では、裁判上の救済の限界論によって訴えを棄却されたものの、この訴訟を1つの背景として、父母両系血統主義の一般化、父系血統主義が重国籍の防止策として役割が減少したこと、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」に日本も署名したことをきっかけとして、国籍法が改正され、現在では、父母両系血統主義が採用されている。

 

【東京高判昭和57年6月23日】

旧国籍法での判断・国民の要件 父系優先血統主義について・東京地判昭和56年3月30日

国民の要件 父系優先血統主義について・東京地判昭和56年3月30日(2)の二審

 

要旨

1 日本国籍を有する母とアメリカ合衆国国籍を有する父との間に生まれた子が提起した日本国籍を有することの確認請求訴訟において,国籍法2条1号の規定が憲法13条,14条1項,24条2項の各規定に違反するとの主張が,国籍法が日本国籍を有する母と日本国籍を有しない父との間に生まれた子について規定していないことは法の欠缺の一場合であるが,憲法は国籍付与の基準として何ら特定の主義を採用していないから,右法の欠缺をどのように補正するかは国会の立法裁量に任せられているとして,排斥された事例

2 日本国籍を有する母とアメリカ合衆国国籍を有する父との間に生まれた子が日本国籍のみならず,アメリカ合衆国国籍をも取得することができず,無国籍者とならざるを得ないとしても,右子が同国国籍を取得することができないのは同国国籍法の規定によるものであるから,国籍法2条1号ないし3号の規定が憲法13条,14条1項の各規定に違反するとはいえないとした事例

 

判旨

1 控訴人は、憲法前文が「日本国民は・・・・われらとわれらの子孫のために・・・・この憲法を確定する」とうたつていることを根拠に、憲法は日本国民を親として出生した子に対して生来的日本国籍取得権を保障しているものと主張する。しかし、憲法前文は憲法制定の由来と憲法の基本原理を述べたものであつて国民に具体的権利を保障したものではない。のみならず、右の文章のうち、「われら」とは現在の日本国民を指し、「われらの子孫」とは将来の日本国民を指すと解すべきであつて、後者が前者の血統上の子孫を指すと解することはできない。従つて、日本国民を親として出生した子が右の憲法前文によつて日本国籍を生来的に取得する権利を有するということはできない。

2 (一)次に、控訴人は、国籍法二条一号「出生の時に父が日本国民であるとき。」について、右規定は、憲法一三条、一四条一項、二四条二項に違反しているから、いわゆる合憲的解釈を行い、右規定中「父」とあるのを「父又は母」と解釈すべきであると主張する。しかしながら、右規定は憲法に違反してはいない。なんとなれば、右規定は、端的に、父が日本国民であるときその子が日本国籍を取得することを決めているに過ぎず、そのことだけを取上げてみるとき、これを禁ずる条項ないし原理は憲法のどこにも存在しないからである。もし、右の規定が、日本国民父の子は日本国民とするが、日本国民母の子は日本国民としないという趣旨の文言で規定されているのであれば、違憲の問題は起こり得よう。しかし、その場合でも、問題となるのは、後半の日本国民母の子は日本国民としないという部分だけであつて、前半の日本国民父の子は日本国民とするという部分ではないのである。

(二) そこで、控訴人の主張を善解すると、その真意は、「父が日本国民であるとき」という規定の存在が違憲であるということにあるのではなくて、「母が日本国民であるとき」という規定の不存在が違憲であるということにあるのであろう。或いは、更に進んで、そういう規定を欠いている国籍法全体な゜いしは日本国籍付与制度自体が憲法の精神に反すると主張するのであろう。そして、右の制度の違憲性を是正するために、裁判所に対して右の不存在の規定が存在するものとして裁判することを求めているのである。

しかし、憲法によつて裁判所に与えられた違憲立法審査権は、存在する規定についてそれが違憲であるかどうかを審査し、違憲と判断したときにはこれを無効として、つまりいわば存在しないものとして、適用しないことを本質とする。ある規定が実定法上に存在しないとき、それがいかに憲法上望ましいものであろうとも、違憲立法審査権の名の下に、これを存在するものとして適用する権限は裁判所に与えちれていないのである。

(三) 右に述べたように、本件において、裁判所は、違憲立法審査権の行使の一結果としては、日本国民母の子は日本国民とする旨の規定を創造することはできないが、本件の場合はいわゆる法の欠缺の一場合と考えることができ、その場合には、裁判所としては、条理によつて欠缺を補うことが許される場合がある。本件における控訴人の主張も、帰するところは、右の意味における法の欠缺を指摘し、憲法の諸原則を中心とする条理に従つて、控訴人主張の規定によつて右の欠缺を補うべきであるというにあるものと解される。そこで、この点について検討する。確かに、国籍取得の基準として、血統主義を採り、かつ父又は母の一方のみの血統を受けついだことをもつて足りるという主義(かりにこれを片親血統主義と呼ぶ。その中には、父系優先主義、母系優先主義、父母両系平等主義の三つが考えられる。)を採つた場合に、その中の父系優先主義を採用することは、今日の社会的諸条件の下においては、必ずしも充分に合理的であるとは云い難い。これをもつて明らかに両性平等の原則に反するとする者が存するのも決して理由のないことではない。

そこで、もし、憲法が血統主義の中の片親血統主義を採用することを宣言しているのであれば、その前提に立つ限り、父母両系平等主義のみが両性平等の原則に合致するのであるから、国籍法二条一号が「父」と規定しているとき、これを「父又は母」と解することは、正しい類推解釈であり、決の欠缺の正しい補充であると云うべきであろう。片親血統主義と両性平等原則の双方を満足させる規定は、父母両系平等主義の「父又は母」しかあり得ず、立法者が法改正によつて法の欠缺を補おうとする場合、他に選択の余地が考えられないからである。このような場合においてのみ、裁判所は条理に基づく法の欠缺の補充を行うことができると解すべきである。

これに対して、立法者が法の欠缺の補正をするための法改正ないし新法制定をすると仮定した場合に、立法政策上複数の選択肢が考えられる場合には、そのいずれを選択するかは立法者に任せられるべきであり、条理の名によつて裁判所が選択決定することは許されないものというべきである。ところで、既に述べたように、憲法は国籍付与の基準として何等特定の主義を採るべきことを指示していないのである。従つて、現在の立法者が、日本国民母の子の国籍取得の有無についての規定の欠缺を補正しようとして国籍法の改正を考えるとき、右の欠缺の原因となつた片親血統主義を維持するか否かはその自由であり、維持するとすれば、控訴人主張の趣旨に沿つた法改正をする外はないが、維持しないとすれば、そのようにならないことは明らかである。

例えば、この際、思い切つて生地主義を採用することも憲法上可能であり、国家が特定地域内にのみ主権を及ぼすものであることを重視すれば生地主義にも充分に合理性があると云えよう。又、血統主義を採るとしても、むしろ純血主義に徹して両親血統主義を採り、「父及び母」がともに日本国民であることを要件とすることも考えられる。勿論、控訴人の主張する片親血統主義中の父母両系平等主義を採り、「父又は母」を要件とすることも有力な選択肢の一つである。しかし、この主義を採る場合でも、親、殊に日本国民でない親に対して一定の国内居住年数その他の要件を必要とすることも充分に検討に値しよう。

以上の諸基準はすべて憲法の諸原則に違反していない。従つて、国籍法改正に当つて、そのうちのどれを採用するかは立法府である国会の自由である。このような場合には、司法府である裁判所は、条理の名によつて、特定の基準を採用してこれを実在の法として適用することはできないものと云わなければならない。要するに、国籍付与制度自体の違憲性を論じ、合憲の国籍法を制定するのは、国会の権限でありかつ義務であつて、裁判所の権限でもなく又義務でもないのである。

3 なお、控訴人主張の事情によれば、控訴人は母の有する日本国籍を取得することができないのみならず、父の有する米国国籍をも取得することができず、結局は無国籍者とならざるを得ないことになる。誠に気の毒なことである。しかし、このことの故をもつて国籍法二条一号ないし三号が憲法一三条及び一四条に違反するとの控訴人の主張は採用することができない。なんとなれば、控訴人が米国国籍を取得することができないのは、全く米国国籍法の規定の仕方によるものであつて、我が国の国籍法二条一号ないし三号の関知するところではないからである。他国の法規の内容如何によつて、我が国の法規が合憲になつたり違憲になつたりするなどということは有り得ないことである。

三 原判決の理由は、必らずしも以上に判示した当裁判所の理由と同一ではないが、その結論において正当であるから、民訴法三八四条により本件控訴を棄却する。



▼ 目次

要旨

 子が提起した自己の国籍確認請求訴訟に,その母が併合提起した子の国籍確認請求訴訟が,訴えの利益を欠くとして不適法とされ た事例 2 子は,自己の国籍確認請求訴訟において,父母の性別による差別を理由に,国籍法2条1号ないし3号の規定の違憲性を主張することができるとし た事例 3 国籍の取得につき父系優先血統主義をとる国籍法2条1号ないし3号の規定は,父母の性別による差別を設けるものであるが,これは重国籍防止の ため必要かつ有用であり,補完的な簡易帰化制度を併せ伴う限り不合理な差別とはいえず,憲法13条,14条,24条2項等の規定に違反しないとした事例

判旨続き

国民の要件 父系優先血統主義について・東京地判昭和56年3月30日


4 父系優先血統主義には右のような重国籍発生防止の効果がある反面、これによると、日本人母の子は父が外国人である限り原則として生来的日本国籍を取得できないこととなるばかりでなく、場合によつては無国籍となることがあり得る(生地主義をとる外国の国民を父として日本で出生した場合など)。重国籍防止のために無国籍を生じさせること自体行きすぎというべきであるし、また、個人の人権尊重を第一義とする近代の傾向からすれば、無国籍の防止は重国籍の防止よりも重要であり、もし両者が抵触し二者択一を迫られるときは、前者を優先させるべきものであろう。

そこで、この点につき国籍法がいかに対処しているかをみるのに、国籍法は、右のような立場におかれた子に一つきいわゆる簡易帰化により日本国籍を取得する途を設けている。すなわち、これらの子が日本国籍を有しないことによる不利益な効果は、子が日本に在住し将来も日本で生活をしようとする場合に現実化するものと考えられるところ、国籍法六条二号は、「日本国民の子(養子を除く。)で日本に住所を有するもの」について、普通の場合に要求される帰化の条件を大幅に緩和し、当該子が無国籍の場合には同法四条三号及び六号、外国国籍を有する場合には同条三号、五号及び六号の各条件に適合すれば帰化をすることができるものとしている。そして、右帰化によつて日本国籍を取得したときは、公法上及び私法上いかなる点においても生来的日本国籍を有する者と差別されることはないのである。右法定の帰化条件のうち、四条三号の「素行が善良であること」及び六号の「日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと」という条件は、幼年の子については実際上問題となり得ないから、子が無国籍の場合には、その帰化は実質的にほぼ無条件に近いことになる。これに対し、子が外国国籍を有する場合には、更に同条五号の「日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと」という条件があるので、当該外国が他国への帰化による国籍の喪失を認めていないときは、日本への帰化が制約されることになるが、右五号の定める帰化条件は、帰化によつて重国籍が発生するのを防ぐためのものであるから、当該外国の法制において、他国への帰化により自動的に国籍を喪失することとされている場合だけに限らず、例えば帰化当事者から他の国籍を取得した旨の届出ないし意思表示があれば国籍を喪失することとされている場合などをも含むものと緩かに解する余地があり、これを含めると、今日では、同号の存在が帰化の障害になる場合は諸国の立法例から見てさほど多くはないのである。また、外国国籍を有する子が同号の規定によつて帰化を認められない場合があり得るとしても、現に特定の外国国籍を有する以上は、自己の権利義務の実現について最終的に当該国家の法的保障を受けることができるのであるから、人権尊重の見地からは右の法的保障が全くない無国籍者の場合と同列に論じることはできない。

もつとも、国籍法上、帰化は個人の権利ではなく、その許否が国家の利益保護の見地から法務大臣の裁量的判断にかかつているけれども、日本人の子につきその血縁的及び地縁的関係を考慮して特別に日本国籍の取得を容易ならしめようとしている趣旨に照らせば、よほど特別の事情のない限り、右の子が法定の帰化条件をみたしているにもかかわらず裁量によつて簡易帰化を不許可となし得る場合は考えられないところである。右制度の実際の運用がこれと異なつて行われていると認めるべき資料はない。また、国籍法一一条の規定によれば、一五歳末満の者の帰化申請は法定代理人が代わつてするものとされ、何びとが右の法定代理人となるかは法例二〇条の定める準拠法によることとなつているので、これにより法定代理人となり又はならなかつた外国人父が子の帰化を望まないときは、日本人母が帰化を望んでも、法律上又は事実上帰化の申請をすることができなくなることが考えられるが、幼年の子の帰化については父母の一致した意見によらせることが一般的に子の福祉にかなうのであるから、日本人母のみの意思による単独の帰化申請が許されていないからといつて、簡易帰化の制度を実効性のとぼしいものであるということはできない。

5 国籍法における国籍抵触防止の目的と父系優先血統主義との関連性及び父系優先血統主義の採用に伴つて生ずる結果についての同法の対応策は、おおむね以上のとおりである。これによつてみれば、国籍立法上、重国籍の発生を防止すべき必要性は否定し難く、また、そのための措置としてわが国が父系優先血統主義をとることは、一定の限界があるにせよ、現実的に相当の効果を発揮するものであるということができる。そして、このような父系優先血統主義に代わつて重国籍の発生そのものを効果的に防止し得る他の手段が容易にあるわけではない。問題は、これらのことが父母の不平等取扱を正当化するに足りるものであるか否かである。

一般的にいえば、重国籍防止の理想は両性平等原則と調和的に実現すべきものであつて、重国籍を防止するためであれば父母を差別すること(その結果として無国籍の子をも生ぜしめること)が当然に許容されると解することはできない。右に述べた父系優先血統主義の重国籍防止における必要性と有用性からみて、重国籍を防止する立法技術としての父系優先血統主義の合理性を低く評価することは相当でないが、その評価も、他の諸国において採用する立法主義のいかんや、両性平等原則の具体的内容についての時代的要請などに応じて変遷することを免れないのであつて、現代における両性平等原則の意義と価値に照らすときは、単に重国籍防止における必要性と有用性を強調するのみでは、父系優先血統主義が憲法の精神に反するものでないことを基礎づけるにはなお不十分であるといわなければならない。

ところで、日本国籍は、生来のものであれ、帰化によるものであれ、その法律上の効果に差異はなく、生来的取得と帰化とは、両者相まつて国籍法の日本国籍付与に関する制度を構成しているものである。本件において原告が違憲と主張している父系優先血統主義は、右のうち生来的取得に関するものであるが、生来的取得と帰化とが右のような関係にあることからすれば、その制度としての合理性を判断するにあたつては、生来的取得のみを孤立して論ずべきではなく、これを補完するものとしての帰化に関する制度が存在することをも考慮に入れたうえで決定することが必要である。そこで、この見地に立つて帰化に関する制度をみると、国籍法は、4で述べたとおり、父系優先血統主義の結果日本人母の子で日本国籍を取得できないこととなる者について簡易帰化の道を開き、日本人父の子と差別のない地位を取得することを可能ならしめているのである。この簡易帰化が完全には自由でなく、また、取得する国籍が生来的のものであるか帰化によるものであるかの違いは心情面等において微妙なものがあるにしても、父系優先血統主義による差別的不利益、殊に子が無国籍になるという人権上の不利益は、これによつて結果的にかなりの範囲において是正が図られているということができる。この点は、国籍法の定める日本国籍付与に関する制度を全体としてみる場合に無視し得ないところである。

以上のことから、当裁判所は、国籍法の父系優先血統主義の父母の性別による差別は、前述した重国籍防止における必要性及び有用性のほかに、右のような補完的な簡易帰化制度を併せ伴う限りにおいて、立法目的との実質的均衡を欠くとまではいえず、これを著しく不合理な差別であるとする非難を辛うじて回避し得るものであると考える。もとより、一切の差別を設けず、かつ、国籍の抵触を生ぜしめない制度が理想であることは当然であり、国籍法の制定当時から諸般の事情が柑当に変化している今日の状況下においては、父系優先血統主義に代えて重国籍を防止しながら父母両系血統主義を採用することがなおできないかどうかは十分考慮に値するものであるが、現行の制度をもつて著しく不合理なものであるとまではいえない以上、これを将来にわたりいかにするかは、諸般の多角的検討を経て慎重に決定されるべき立法政策の問題であるといわざるを得ない。

結局、国籍法二条一号ないし三号の規定は、出生による日本国籍の取得につき父母のいずれが日本人であるかによつて差別を設けるものではあるが、以上に述べた理由によつて、これを憲法一四条及び同条の理念を基礎とする憲法二四条二項に違反するものということはできない。

国民の要件

 

▼ 目次

【国籍法・父系優先血統主義の合憲性】

1950年の国籍法2条は、血統主義を原則とし、「出生の時に父が日本国民であるとき⑨として、父性優先血統主義をとっていた。

*東京高裁判例昭和57年6月23日等では、裁判上の救済の限界論によって訴えを棄却されたものの、この訴訟を1つの背景として、父母両系血統主義の一般化、父系血統主義が重国籍の防止策として役割が減少したこと、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」に日本も署名したことをきっかけとして、国籍法が改正され、現在では、父母両系血統主義が採用されている。


東京地判昭和56年3月30日

*昭和59年の改正前の国籍法

 

要旨

 子が提起した自己の国籍確認請求訴訟に,その母が併合提起した子の国籍確認請求訴訟が,訴えの利益を欠くとして不適法とされた事例 2 子は,自己の国籍確認請求訴訟において,父母の性別による差別を理由に,国籍法2条1号ないし3号の規定の違憲性を主張することができるとした事例 3 国籍の取得につき父系優先血統主義をとる国籍法2条1号ないし3号の規定は,父母の性別による差別を設けるものであるが,これは重国籍防止のため必要かつ有用であり,補完的な簡易帰化制度を併せ伴う限り不合理な差別とはいえず,憲法13条,14条,24条2項等の規定に違反しないとした事例

 

判旨

二 国籍法二条は、出生により日本国籍を取得する場合として、「出生の時に父が日本国民であるとき」(一号)、「出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき」(二号)、「父が知れない場合又は国籍を有しない場合において、母が日本国民であるとき」(三号)及び「日本で生れた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき」(四号)の四つの場合を定めている。これによれば、国籍法が、出生による日本国籍の取得につき、親との血縁関係を基礎とする血統主義を原則とし(同条一号ないし三号)、出生地との地縁関係を基礎とする生地主義を補充的なものとする(同条四号)とともに、血統主義の適用に関しては、父の国籍を第一次的基準とする父系優先主義、すなわち、父が日本人である場合には、母が外国人であつても子に日本国籍を与えるが、父が外国人である場合には、父が知れないか又は無国籍であるため子が父の国籍を取得できないときを除き、母が日本人であつても子に日本国籍を与えないとする主義を採用していることは、明らかである。

2 右の父系優先血統主義は、それ自体としては、夫婦国籍独立主義の下で子が日本国籍を取得するか否かについての一般的基準であるにすぎない。しかし、日本人と外国人との間に生まれた子が日本国籍を与えられないときは、わが国において憲法の定める基本的人権の保障を完全には享受し得す、例えば、出入国及び在留の制限(…)、職業及び事業活動等の制限(…)、財産権の制限(…)、社会保障の制限(…)などを受けるに至るのであるし、また、日本国籍を有しない子は日本人親の戸籍にも記載されないこととなつているため、戸籍によつてその存在を証明し得ないことからくる不利益ないし不都合も少なくない(例えば、予防接種や就学の通知を受けられないなど)。このように日本国籍の有無が社会生活における各種の関係において極めて重要な意義を有することにかんがみれば、日本人の子が出生により日本国籍を取得するか否かは、当該子にとつてのみならず、親にとつてもまた、その法律上の利害に密接な関係をもつ事柄であると考えられる。

したがつて、国籍法二条一号ないし三号の規定が、親の国籍を基準として子の日本国籍の取得を決定するにあたり、父の国籍を母の国籍より優先させているのは、単に抽象的に目本国籍取得の基準を母の国籍ではなく父の国籍に求めたというにとどまらず、これを子の立場からみれば、両親の一方のみを日本人とする子の中で日本人親の性別のいかんにより日本人母をもつ子を日本人父をもつ子に対して差別することであるとともに、親の立場からみても、日本人父は常に子と国籍を同じくすることができるのに対し、日本人母は原則としてこれが認められず実質的不利益を受けることがあるという点で、子との関係における父母相互の地位に差別を設けるものであるといわなければならない。



3 ところで、右に述べた父系優先血統主義は、父母の性別を基準とするものであつて、子の性別による差別ではない。しかし、父系優先血統主義の直接的効果として、子は自己が生来的日本国籍を取得できるか否かを一方的に決定されるのであり、前記のような国籍の重要性を考えれば、子としては、右国籍決定基準の定め方における父母の性別による差別の違憲性を主張するにつき実質的かつ具体的利益を有するものである。また、父系優先血統主義が子の国籍決定に関する基準であることからいつても、その違憲性は子自身を当事者とする子の国籍に関する訴訟においてこれを争わせるのが最も適切である。これらの点を考えると、右国籍訴訟の当事者である子は、その訴訟において、父系優先血統主義をとる国籍法の前記規定につき父母の性別による差別を理由としてその違憲性を主張することができるものと解するのが相当である。

他方、母は、その差別によつて直接父と差別される立場にあるものの、差別の結果としてもたらされる子の日本国籍不取得という効果は、それ自体としては子自身と国との間の関係であつて、母は第三者にとどまるものであり、子が日本国籍を取得できないことにより母の被る不利益は通常子のそれを上回ることはない。したがつて、右差別の違憲問題をも含めて子が日本国籍を取得したか否かは、当該子を当事者とする国籍確認訴訟において十分審理判断がつくされるのであり、そのほかに、母としての固有の立場において右差別の違憲性等を主張するか否かを母の意思ないし選択にかからせなければその利益を害するという場合は通常存在しない。そうすると、子において自己の国籍確認を求めることが可能であるときに、これと別個独立に第三者である母に対しても子の国籍確認を求める訴えを認めるべき必要性は存しないというべきであり、特段の事情の窺われない本件においては、原告Aの本件訴えはその利益を欠くものとして不適法といわざるを得ない。


四 そこで進んで、国籍法二条一号ないし三号の規定が原告Bの主張するように憲法の平等原則に違反する不合理なものであるか否かについて判断する。


1 成立に争いのない甲第四、第五号証、第八号証、第九号証の一ないし四によれば、出生による国籍の取得に関する立法主義は、血統主義と生地主義とに大別され、世界の各国はおおむね右両主義のいずれか一方を原則とし他方を何らかの形で補充的に取り入れた折衷的立法をしていること、そして、原則的あるいは補充的に血統主義を採用している諸国においては、ヨーロツパ及びアジヤ地域を中心として父母の血統のうち父の血統を第一次的基準とする父系優先主義をとる立法例が少なくなかつたが、近年フランス、西ドイツ、スイス及びスウエーデン等において父母双方の血統を平等に取り扱う父母両系主義に改めるに至つたことが認められる。ところで、国籍の得喪に関する事項は、伝統的に各国の国内管轄事項であるとされ、超国家的な統一原則が定立されないまま、各国ともそれぞれの歴史的沿革や国策等に基づいて独自の立法をしているのが現状であるため、その当然の結果として、異国籍者間に出生した子などについて国籍の積極的抵触(重国籍)又は消極的抵触(無国籍)という事態が発生するのを避けられない。そして、重国籍の場合には、自国の国籍の存在を主張する各国家は、一方において、同一の個人に対して兵役義務その他の国民としての義務の履行を要求し、当該個人をして去就の決定を不可能ならしめ、これを著しく不利益な地位におくとともに、他力において、これらの各国家は、当該個人に対する外交保護権の行使あるいは犯罪人引渡等をめぐつて相互に対立し、国際紛争を惹起するおそれがあるばかりでなく、国際私法の対象となる渉外的要素の有無の判断や、その準拠法としての本国法の決定にも困難が生じ、更に、重国籍の一方が自国籍であるときは、外国人に対する各種の権利制限を定めた国内法を当該個人に適用し得るか否かを解決する必要にも迫られる。他方また、無国籍の場合には、国籍を前提としてのみ享受し得る国内居住権や参政権等がいずれの国においても保障されず、殊にその者の利益を最終的に保護すべき国家がないことになるため、当該個人は常時不安定な生活を余儀なくされ、人権尊重上極めて好ましくないことは、いうまでもない。このように、現在の国際社会において国籍の抵触が不可避的に発生し、国際平和の維持及び人権尊重の面からこれを放置しておくことができないため、国籍の抵触をできるだけ防止して国籍唯一の原則を実現することは、国際的に承認された国籍立法の理想とされているのである。


2 現行の国籍法は、昭和二五年に制定されたもので、旧国籍法と同じく父系優先血統主義を採用しているが、立法の際の国会審議における政府当局の説明等によれば、その当時において原則的あるいは補充的に血統主義を採用している各国の国籍立法のうちで母系主義を原則とするものはその例がないため、もしわが国が父母両系血統主義を採用すると、父が血統主義をとる外国の国民で母が日本人の場合には常に子が重国籍となるので、主として国籍の抵触防止の見地から、父の国籍を優先させたものであるとされている。国籍法が、旧国籍法と較べて重国籍の防止に相当の考慮を払い、そのための規定として四条五号、八条ないし一〇条等を設けていることから考えると、父系優先血統主義を採用した主たる目的が右説明のとおり重国籍を防止することにあつたとの点はこれを認めるべきである。

右のような重国籍防止の目的は、1で述べた重国籍の弊害からみて、国の重要な利益に合致するものであるとともに、当該当事者個人にとつても結局のところ利益となるものである。重国籍当事国が友好関係にあり相互に重国籍の調整措置を設けているような場合だけを想定するならば、重国籍の不都合はさして表面化しないけれども、そうでない場合のことをも考えて一般的に論じる限り、重国籍の防止が重要であることは明らかである。現実に重国籍が生じた場合の具体的な法律関係の処理としては、例えば、重国籍の一方が自国籍であるときは本国法の決定につき自国籍を優先させるとか、重国籍がともに外国籍のときは住居所所在地の国籍を基準とするといつた解決策が従来から若干の条約や立法等において採用されているが、それらは重国籍によつて生じる問題の一部を解決するものにすぎないし、また、それらの解決策のすべてについて国際的承認が得られているわけでもないのである。したがつて、そのような解決策があるからといつて、重国籍そのものの防止を図ることの必要性を過小評価することはできない。


3 そこで、右重国籍防止の目的を達成するための手段としての面から父系優先血統主義について検討する。

(一) 重国籍の防止方法としては、重国籍の発生を抑止する方法と、発生した重国籍を事後的に解消させる方法とがある。重国籍者の意思により一方国籍の放棄あるいは選択をさせるのは後者の方法であるが、この方法は、いずれの重国籍国においても国籍の離脱が自由に認められていることを前提とする。今日、国籍離脱の自由の原則が国際的に一応承認されているとはいえ(憲法二二条二項、国籍法一〇条参照)、なお一定の場合(例えば、一定の年齢に達する前あるいは兵役義務を履行し又は免除される前など)にはこれを禁止ないし制限する立法例もみられるのであるから、このような禁止ないし制限のある国の国籍と日本国籍とを有する重国籍者は、日本国籍の保有を望む限り重国籍状態を継続していくほかはない。このため、関係諸国との間において重国籍解消のための効果的な国際的取決めが成立するまでは、重国籍の発生自体をできるだけ少なくする必要がある。

(二) もつとも、重国籍の発生を少なくする必要があることは右のとおりであるとしても、各国の国籍立法に多様性が存在している国際社会の現実の下では、その実現には一定の限界を免れない。すなわち、父が日本人で母が父母両系血統主義をとる外国の国民である場合には、わが国が父系優先血統主義を採用しても、重国籍の発生を防止できないし、また、生地主義をとる外国において父を日本人として出生した場合にも同様である(ただし国籍法九条参照)。このように、父系優先血統主義をとつたからといつて、重国籍の発生を完全に防止できるものではない。しかし、それだからといつて、父系優先血統主義が重国籍を防止するための手段として無力であるというのは早計である。なぜなら、父が父系優先又は父母両系の血統主義を採用する外国の国民で母が日本人である場合に、わが国が原告のいうように父母両系血統主義をとれば子が常に重国籍となるのに対し、父系優先血統主義によれば子が重国籍者とならないのであり、父系優先血統主義が重国籍の防止に寄与するからである。そして、原則的あるいは補充的に血統主義をとる国で父系優先主義を採用している国は世界的になお少なからず存在し、殊にわが国における在留者数等からいつて渉外的婚姻関係の生ずることが多い韓国をはじめアジヤ諸国がおおむねそうである現実を考えると、わが国が父母両系血統主義をとることによつて重国籍が発生し、父系優先血統主義をとることによつてこれを防止し得るという事態は、具体的に相当程度予測されるのであつて、決して単なる観念上の想定にすぎないものではない。この点で、父系優先血統主義は、わが国の現実の状況の下では、重国籍の発生防止に相当効果のある措置ということができる。この父系優先血統主義に代わつて、他の利益を損うことなく、かつ、これと同じ程度実効的に重国籍の発生を防止し得る別の法手段を見出すことはむずかしい。

 

10条 国民の要件 ・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(3)

【最大判昭和36年4月5日】補足意見等


▼ 目次


▼ 10条 国民の要件 国籍法・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(1)


▼ 10条 国民の要件 ・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(2) 【最大判昭和36年4月5日】補足意見等



【裁判官奥野健一の補足意見】

は次のとおりである。

 多数意見は、平和条約第二条により、同条約の発効と同時に上告人は日本国籍を喪失したものという。

 しかし、平和条約第二条(a)項で「日本国は朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と規定しているが、これは朝鮮の独立を承認し、領土主権を放棄すると共に朝鮮人に対する主権をも放棄する趣旨であり、国籍については日韓併合によつて韓国の国籍を喪失した本来の朝鮮人及びその子孫をして日本国籍を喪失させる趣旨であることは首肯できるけれども、それ以上にこれらの者と婚姻した本来の日本人女についてまで日本国籍を喪失させねばならないという要請まで包含しているものとは解し難い。また国際法上又は国際慣行上も夫婦同一国籍主義の原則は確立されていない。然らば、朝鮮人と婚姻した日本人女の国籍の問題はわが国の国内法令に従つてこれを決定しなければならない。そして平和条約発効当時施行されているわが国籍法によれば明白に夫婦独立国籍主義を採用しているのであつて、外国人と婚姻した日本人女は日本国籍離脱の措置を採らない限り、当然には日本国籍を失わないのである。従つて、仮りに平和条約発効と同時に夫が朝鮮の国籍を取得したものとしても、妻たる上告人が当然に夫に随い日本国籍を喪失するものと解することはできない。然らば平和条約二条によつても、国際法上からも、また国籍法上からも、多数意見のいう如く朝鮮人と婚姻した日本人女が平和条約発効と同時に当然に日本国籍を失うものということができない。もつとも、多数意見は朝鮮人と婚姻した日本人女は、共通法三条により夫の家に入り夫の朝鮮戸籍に登載され、他方で内地戸籍から除籍されていたのであるから、「法律上では日本人でなく、朝鮮人になつたものと見るほかない」というのであるが、多数意見に従つても平和条約発効まではかかる日本人女でも依然として日本国籍を保有していたのであつて、単に戸籍上形式的に内地戸籍から朝鮮戸籍に移されていたからといつて日本国籍を失う理由とはなり得ない。殊に、新憲法の下いわゆる家の制度は廃止されているのであり、単に共通法、戸籍法の上で内地人と異別な取扱を受けていたという理由で日本国民の基礎である日本国籍が奪われるということは本末顛倒であるといわなければならない。この意味において私は平和条約発効のときに、上告人が日本国籍を喪失したものであるとの多数意見には同調できない。

 私見によれば、わが国はポツダム宣言を受諾し、右宣言は朝鮮の独立を認めているのであるから、これにより、わが国は、すでに朝鮮の独立を認めたものと考える。もつとも、平和条約第二章第二条(a)は「日本国は朝鮮の独立を承認して、……」とあるけれども、すでにポツダム宣言の受諾によつて朝鮮の独立を承認しており、平和条約はただこれを確認した趣旨と解すべきものと思う。従つて、他の法律関係についてはとにかく、少くとも国籍の問題としては、上告人の夫はわが国が右ポツダム宣言を受諾した時に外国国籍を取得し、日本国籍を失つたものと解すべく、そして当時のわが国籍法一八条によれば、夫婦同一国籍主義をとり、日本人が外国人の妻となることによつて日本の国籍を失うものとされていたのであるから、妻たる上告人も外国人の妻として当時すでに日本の国籍を失つたものと解さなければならない。然らば、たとえ、上告人が朝鮮在住中夫と同棲しなかつた事実、その後日本に帰つて来た事実、その後離婚した事実があつたとしても、それによつて当然に日本国籍を回復することにはならず、現在上告人が日本国籍を有しないものといわねばならない。私は現在上告人が日本国籍を有しないという結論については多数意見と同意見であるが、上告人の日本国籍喪失の時期及び原因について意見を異にする。

 

 

【裁判官下飯坂潤夫】の少数意見は次のとおりである。

 多数意見を要約すれば、次のとおりである。すなわち、(一)、日本国が平和条約第二条から、いわゆる朝鮮領土に対する主権を抛棄したことは、取りも直さず、朝鮮に属すべき人に対する主権を抛棄したことであり、このことは朝鮮に属すべき人について日本国籍を喪失させることを意味する。(二)、右にいわゆる朝鮮に属すべき人というのは日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位をもつた人と解すべきであり、ここに朝鮮人としての法的地位をもつた人というのは、元来朝鮮戸籍に登載された人ばかりでなく、朝鮮人と婚姻し、共通法の適用で、朝鮮戸籍に登載された結果、内地戸籍から除籍された日本人女性をも含むのである。(三)、上告人は元来日本人であるが、昭和一〇年七月一六日朝鮮人であるDと婚姻入籍したものであることは原判決の確定した事実であるから、以上により、日本国籍を喪失している。

 というのである。

 上叙によつて見れば、多数意見は本事案を純法律的にのみ受取り、平和条約と日本国内法に依つてのみこれを処理せんとしているのである。その立論の過程には疑点がないでもない。例えば(一)、日本国と韓国との間に日本人国籍の得喪に関して条約、協約は固より、何らの話合もされてはいないのである。(二)、前示Dはいわゆる北鮮人であり上告人は北鮮人の妻であるが、いわゆる朝鮮人民共和国は日本政府の承認している国家ではなく、両者の間には何ら外交上の手段をもつていないのである。かような現段階において、多数意見のように一般的法理論のみに従つて本事案を解決点にもつてゆくことが果して可能、且つ妥当であろうか、この点に(多数意見はこの点に関して何ら探究をしていない)、私は疑問を挾むのであるが、それはそれとして、多数意見は、一般通常の場合における朝鮮人妻であつた日本人女性の日本国籍喪失に関する法理論としては一応首肯できるものであろう。しかしながら、上告人は本件においてそのような説法を聴かんと欲しているのではない。自分の場合はかくかくの異常な場合であるから、これを十分に賢察され、一般法理の例外の場合として、日本人たることを認められたいというのである。では、その異常、例外の事態とは何か、本件記録を通覧すれば明瞭に看取できるように、上告人は次のように主張するのである。すなわち、(一)、上告人は大正四年二月四日日本人たる父Eと日本人たる母Fとの間に長女として出生した日本人であり、母FがG姓を名乗るとともに同姓を称していたのであるが、昭和一〇年七月一六日、朝鮮黄海道鳳山郡ab番地に本籍を有するDと婚姻しDの本籍に入籍した。(二)、そして右婚姻後、上告人はDとともに東京において同棲していたが、昭和一六年一一月朝鮮京城府永登浦に移転したところ、Dは間もなく朝鮮人女性某と関係し、上告人と別居するに至り、遂に翌一七年九月北支に行くと称して行方を晦まし、上告人を悪意を以て遺棄した。(三)、よつて、上告人は同一八年二月東京に帰り、板橋に住み、印刷工として働いていたが、昭和二〇年六月Dの親より朝鮮に疎開するよう勧められ、上告人は再び前記京城府永登浦に赴いたがDは妾との関係を断たなかつたので、上告人は日本に帰るべく決意を堅めたが、時、宛も終戦末期で容易に願望垂遂げられずしている中に、終戦となり、上告人は北鮮地域の沙里院にDの父親と疎開同居をしていたが、日本に引揚げることも出来ず、ようやく昭和二五年一二月釜山に辿りつき、同地の日本人収容所に入れられ、翌二六年一月頃日本に帰還することが出来た。(四)、そこで、上告人は上叙の理由に基きDに対する離婚の訴を東京地方裁判所に提起し、同裁判所昭和二七年(タ)第一三六号離婚請求事件として係属したが、同二七年一〇月二一日離婚の判決があり、同判決は同年一一月五日確定した。(五)、よつて、上告人は同年一一月一四日東京都中央区長に対し右離婚判決の確定に基く離婚の届出書を提出したところ、同区長は、昭和二七年四月一九日附法務府民事第四三八号法務府民事局長通達に従い、もと内地人であつても、日本国との平和条約発効前に朝鮮人との婚姻、養子縁組等の身分行為により内地の戸籍から除籍せらるべき事由の生じた者は平和条約の発効とともに日本の国籍を喪失したものとして上告人の届出を受理しない。

 というのである。

 想うに、以上、上告人主張のような事態の推移であつたとすれば、上告人の場合は多数意見採用のような一般的純法理論のみを以て簡単に律するには、余りにも異常、例外の場合ではなかろうか。裁判所としてはこのような事件の処理に当つては、すべからく上叙のような事態の推移を具さに取調べ、その中に解決の鍵となるべき具体的妥当性を発見すべく努力することこそ肝要な任務ではないかと私は考えるのである。言うまでもなく、法律は国民生活の種々相を余すことなく捉え得るものではない。法律はただ太い一線を引いているだけである。その太い一線で律することのできない異常、例外の場合があり、右一線をのみ貫くときは、法律の予想しない幾多の禍根を生ずるであろうことはわれわれの経験するところである。そこに法律運用の妙味があり、その妙味の発揮こそは裁判官にのみ任されているのである。原審裁判所は本事案が右のような異常、例外の場合であるや否やについては一顧も与えず、ただ法理論のみに泥んで、上告人の請求を排斥し去つたのである。私見を以て言わしむれば、原審は全く法律運用の妙を忘れたものというを憚らないし、当事者の大事な主張にいささかも答えなかつたというかきんありと言わざるを得ない。遺憾ながら、多数意見もその非難を免れ得ないであろうと思う。上告人の言うところを信ずれば上告人は過ぐる大戦争において、日本が敗北した結果日本本土、南北朝鮮と数年悲惨な流浪を続けてきたのである。そして、その余りにも当然な欲望として祖国の国籍に執着し、ようやくにして日本本土の岸辺に辿り付いた生れながらの日本人女性であり、しかも戸籍上朝鮮人の妻であつても、平和条約発効時においてはすでにに妻たる実質を失つていたのである。裁判所は何故にこの同胞に対し救いの手を差し延べることを躊躇するのであろうか。この場合多数意見の帰化容易論などは上告人の問うところではなく、上告人が主張の核心とする問題の法律的解決としては論外である。

 以上を要約すれば、私見は、原判決が上叙異常、例外の場合に思いを致さず、何

らこれに言及しなかつた点において審理不尽、理由不備の粗漏があり、本件上告は

理由あるに帰し、原判決は右の理由を以て破棄差戻し然るべきものと信ずるのであ

る。

 以上の次第で、私は多数意見には賛同し難い。

10条 国民の要件 ・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(2)

【最大判昭和36年4月5日】補足意見等

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▼ 10条 国民の要件 国籍法・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(1)


 ▼ 10条 国民の要件 ・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(3) 【最大判昭和36年4月5日】補足意見等


【裁判官藤田八郎の補足意見】は次のとおりである。

 多数意見は平和条約第二条により、同条約の発効と同時に、当時朝鮮戸籍令によつて朝鮮戸籍に登録されていたものは、本来の朝鮮人のみならず、朝鮮人との婚姻等に因り、共通法三条一項の規定によつて内地における本籍を失い朝鮮の戸籍に入つた本来の日本人をもすべて朝鮮人としての法的地位をもつ人として、右条約の効力として、条約発効の時を時限として当然に日本の国籍を喪失するものとしている。

 しかしながら、日本人としての国籍喪失の問題は、わが国の国内法上の問題であつて(憲法一〇条)、平和条約の国際法上の効力として、直接かかる効果を発生するものとすることはできない、平和条約の国内法上の効力の問題として理解されなければならないものである。しかるときに、多数意見は、平和条約発効のときに既に施行後数年を経ていた日本国憲法ならびにこの憲法の施行に伴つてその趣旨に沿うて改正された民法その他の国内法秩序と平和条約との関連をいかに理解せんとするものであろうか。

  条約の国内法上の効力は、憲法の趣旨に背反して解釈することの許されないことは当然であろう。憲法の施行につれて民法は改正されいわゆる家は廃止された。平和条約発効当時において、共通法三条にいわゆる「家ニ入ル」「家ヲ去ル」の理念はその適用の根拠を失つているのである。そして民法の改正に伴つて、戸籍法も改正され、いわゆる本籍の概念は一変した。従来の「家」という抽象的、観念的の団体を基本単位として、これに属する人の身分関係を明らかにするという意義の本籍は廃罷されて、新に夫婦親子という通常の親族共同生活態をもつて戸籍の単位とすることとなつた。まさに戸籍法の劃期的な変革であつて、共通法が朝鮮人たる身分の得喪の基準としたところの在来の本籍なる観念はこのときをもつて全く消失したのである。一方、国籍に関しても昭和二五年五月新国籍法は制定され、旧国籍法に採用されていたいわゆる夫婦国籍同一主義は、もともとわが国在来の家族制度の趣意に沿うものであり、新憲法の個人の尊厳、夫婦の平等、国籍離脱の自由の原則等の理念とは相容れないものであつたがためこれを廃止し、現時世界の大勢に従つて、夫婦国籍独立主義を採用したのである(八条参照)。

 これら新しい国内諸法規の趣意からみて、平和条約の国内法的効力を解釈するにあたつて、同条約発効当時に、尚かつ共通法三条の規定を肯定して国籍の得喪を論議することは、いかにしても不合理ではなかろうか。

 多数意見は、日本国憲法施行後、民法改正の後に、そして、平和条約発効までの間に朝鮮人と婚姻した日本婦人についても、共通法の規定によつて、その日本婦人は「内地ノ家ヲ去ル」ものとして、従つて日本における本籍を失つたものとして、平和条約発効と同時に日本の国籍を喪失したものと解して何の疑念をもさしはさまないのであろうか。とすればあまりにも憲法の趣旨とかけはなれた解釈と評せざるを得ないのではないか。日本国憲法に伴う諸改正法規の施行された以後においては、朝鮮人と婚姻したが故に、従つて日本の家を去るが故に日本の本籍を失うという観念は、新民法からいつても、新戸籍法からいつても、さらに新国籍法の理念からいつても是認し得ないところのものではないか。しかもこれらの法律改正は日本国憲法の趣意に淵源するものであることを銘記しなければならない。

 わが国は昭和二〇年八月ポツダム宣言を受諾して事実上朝鮮の独立を承認したのである。朝鮮は同月一五日をもつてその独立の記念日としていること、そしてその時以後独立国の実体をそなえていることは世界公知の事実である。少くとも朝鮮在住の朝鮮人はこの時以後日本国の国籍を喪失したものと解すべきは疑を容れないところであろう。(多数意見は朝鮮在住の朝鮮人についても、平和条約発効までは日本の国籍を失わなかつたとするのであろうか。)

 昭和二七年四月締結された平和条約第二条は、法律上明確に朝鮮の独立を承認しているのであるが、これはさきになされた事実上の承認を法律上明認したものと解すべきであろう。従つて朝鮮の独立承認にもとづく朝鮮人の日本の国籍喪失の基準は、わが国がポツダム宣言の受諾によつて事実上朝鮮の独立を承認した時を基準としなければならないものであると思う。この時は、もとより日本国憲法の施行以前であり、いわゆる共通法秩序は厳として存在していた時期である。この時を基準とするかぎりにおいて、多数意見の説くところはすべて是認し得るのであつて、本件の上告人はその以前において朝鮮人と婚姻し、朝鮮の家に入り日本の本籍を失つていたものであることは原判決の確定するところであるから、上告人はこの時を基準として日本の国籍を喪失したものと解すべきである。

 

 

【裁判官入江俊郎】の補足意見は次のとおりである。

 一、上告人の憲法および国籍法違反の主張の理由のないこと、および本件上告人の日本国籍の喪失は、日本国との平和条約の規定に基づくものであることについては、わたくしは多数意見と同様である。ところで、本件上告人の日本国籍喪失の根拠規定たる前記条約第二条(a)項は、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、……朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」と規定しており、朝鮮に対する領土主権を放棄するものであることは疑いないが、これに伴つていかなる限度において対人主権を放棄することになるかは必らずしも明瞭ではなく、対人主権を放棄することとした朝鮮に属すべき人の範囲は、右条約の規定の成立するに至つた経緯を顧み、同規定の趣旨に従つて、解釈によつて定めるほかはないものと思う。

 二、わたくしは、先ず、前記条約の朝鮮の独立を承認した規定は、明治四二年日本国と旧韓国との間に成立した韓国併合条約により発生した状態を除去し、終戦後独立した朝鮮国家に、併合なかりせば旧韓国が持つていたはずのものと認められる領土主権および対人主権を回復し、いわば、併合なかりせば、法律上かくのごとくであつたと認めうる法的状態を実現すること(原状回復)を主眼としたものであると考えるのである。そこで、これを前提として、朝鮮の独立を承認したことに伴つて対人主権を放棄することとした朝鮮に属すべき人の範囲につき考えてみると、併合前の韓国人またはその子孫で併合後その者の身分上に特段の変動のなかつた者(いわば生来の朝鮮人)は、朝鮮に属すべき人として、わが国がこれに対する対人主権を放棄したものであることは、前記平和条約の規定の解釈上問題はないであろう。しかし、それ以外の者、例えば、生来の日本人である女子が、併合後前記のような生来の朝鮮人と婚姻入籍した本件上告人のごとき場合、その他昭和二七年四月一九日付民事局長通達の第一、朝鮮及台湾関係の(二)、(三)に掲げられたような者の場合等において、その者の日本国籍がどうなるかは、その個々の場合ごとに、併合なかりせばその者の国籍は法制上どうなつているであろうかということを考えて、それに合致する限度において、判断すべきであると思う。或いは、前記条約の規定は生来の朝鮮人以外の者の日本国籍の喪失についてまで定めたものではなく、それらの者については、専ら朝鮮国家独立の際におけるわが国の国内法の規定によるべきであるという者があるかもしれないが、わたくしは、前記条約の規定は、前述のごとく原状回復を趣旨とするものと考えるのであつて、その趣旨に合致する限度において、生来の朝鮮人以外の者の日本国籍の喪失についても規定していると解するのである。

 そこで、これを本件に即して調べてみると、当時の旧韓国の法制によれば、旧韓国人男子に嫁した外国人女子は旧韓国の国籍を取得することとなつており、また当時のわが国の旧国籍法(明治三二年法律六六号)一八条によれば、日本人が外国人の妻となり、夫の国籍を取得したときは日本国籍を失うこととなつていたことが明らかであるから、もし韓国併合なかりせば、前記のように生来の朝鮮人と婚姻した生来の日本人である上告人は、その当時韓国の国籍を取得するとともに、日本国籍を失うべかりし者であつたことが明らかであり、そしてこのことは、併合なかりせば上告人が婚姻した時そのように確定して既成の事実となつてしまつたはずの事柄であつて、前記条約の規定はそのような事柄に着目し、そのような法的状態を、朝鮮国家独立の際実現せんとするものである。このことは、その後わが国に日本国憲法が施行され、また国籍法が改正されて夫婦同一国籍主義をやめたとしても、それによつて影響を受くべきものではない。けだし、前記条約の規定をこのように解することは、日本国憲法に何ら違反するものではなく(夫婦同一国籍主義そのものが憲法に違反するものとは考えられない。そしてこの主義は、新憲法施行後たる昭和二五年に、同年法律一四五号国籍法が施行されるまで、旧国籍法一八条、二一条等によつて認められていたのである。)、また本件日本国籍喪失は、前記条約の規定に基づくものであつて、国籍法に基づくものでないこと冒頭に述べたとおりであるから、新国籍法の施行とは関係がないというべきだからである。しからば、上告人は前記条約の規定の解釈上、朝鮮国家独立とともに日本国籍を喪失するに至つたものというほかはない。

 以上は、原判決の理由説示と同趣旨であり、本件判決の理由としては、わたくしはこれをもつて足りるものと考える。

 三、多数意見は、「右平和条約の規定の解釈上、朝鮮に属すべき人というのは、日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位をもつた人と解するのが相当である。」と説示し、併合後において、わが国の国内法上朝鮮人とされる者についての法制を詳述しているが、併合後わが国の国内法制が、朝鮮人としての法的地位を持つ者としからざる者とを区別したのは、併合により日本人となつた従前の韓国人と生来の日本人との双方を含めた日本国籍を有する者についての区別であつて、それは立法政策の要請に応じ、適正妥当な範囲においていかようにも定め得たところのものである。或いは併合後のわが国の国内法制における朝鮮と内地との関係は、あだかも準国際私法的なものであつて、朝鮮戸籍が内地戸籍とは別個の独立性を認められていたことをもつて、朝鮮戸籍は旧韓国の国籍と実質を同じくするものであるとして、朝鮮戸籍令の適用をうけ朝鮮戸籍に登載された者は、すべて朝鮮国家の独立とともに、日本国籍を失うものであるという考え方があるかもしれない。多数意見は結局そのような立場に立つもののごとくであるが、わたくしは、併合後のわが国の国内法制が朝鮮戸籍に独立性を認めたからといつて、それを旧韓国の国籍と実質を同じくするとの考え方には、併合後のわが国の朝鮮に対する立法政策の動向に照らし、にわかに賛同することができない。従つて、たとえわが国内法制において朝鮮人との婚姻または養子縁組によつて朝鮮人の家に入つた日本人は、共通法三条一項により朝鮮戸籍に登載され、他方内地戸籍から除籍され、法律上で朝鮮人として取扱われたからといつて、もし上告人の婚姻当時の旧韓国の法制および当時における日本の旧国籍法が前記のような夫婦同一国籍主義を認めておらず、日本人たる女子が外国人の妻となつても依然日本国籍を失うものでないとされていたとするならば、併合がなかつたとしても、その日本人たる女子は日本国籍を失うことはないのであるから、前記条約の規定の解釈からいつて、上告人は、朝鮮国家の独立とともに、日本国籍を失つた者であるとすることはできないわけである。すなわち、本件においては、併合後におけるわが国の国内法制上、上告人が朝鮮人としての法的地位をもつていたとの一事をもつて、日本国籍を失うに至つたというべきではなく、前記のような旧韓国の法制およびわが国の旧国籍法一八条の規定が当時存在していたことと相まつて、はじめて前記条約の規定の解釈上、上告人が朝鮮国家の独立とともに、日本国籍を失つたものとされるのである。なお、わたくしは、本件国籍の喪失は、前記条約発効の時に生じたものであるとの見解に立つものである。

 わたくしは以上の趣旨において、多数意見に賛同する。

 

 

10条 国民の要件 国籍法・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(1)

 

▼ 目次

▼ 10条 国民の要件 ・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(2) 【最大判昭和36年4月5日】補足意見等

▼ 10条 国民の要件 ・最大判昭和36年4月5日 国籍存在確認請求(3) 【最大判昭和36年4月5日】補足意見等


第三章 国民の権利及び義務

 

第十条  日本国民たる要件は、法律でこれを定める。

 

【法律】は、国籍法

・国籍法では出生による取得と帰化による取得がある。

・国籍法では、原則血統主義(親の国籍を引き継ぐ)をとりつつ、例外として出生地主義(出生地国の国籍を認める)をとっている(2条参照)。

 

国籍法

(この法律の目的)

第一条  日本国民たる要件は、この法律の定めるところによる。

 

(出生による国籍の取得)

第二条  子は、次の場合には、日本国民とする。

 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。

 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき。

 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき。

 

(認知された子の国籍の取得)

第三条  父又は母が認知した子で二十歳未満のもの(日本国民であつた者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であつた場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。

 前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。

 

(帰化)

第四条  日本国民でない者(以下「外国人」という。)は、帰化によつて、日本の国籍を取得することができる。

 帰化をするには、法務大臣の許可を得なければならない。

 

第五条  法務大臣は、次の条件を備える外国人でなければ、その帰化を許可することができない。

 引き続き五年以上日本に住所を有すること。

 二十歳以上で本国法によつて行為能力を有すること。

 素行が善良であること。

 自己又は生計を一にする配偶者その他の親族の資産又は技能によつて生計を営むことができること。

 国籍を有せず、又は日本の国籍の取得によつてその国籍を失うべきこと。

 日本国憲法 施行の日以後において、日本国憲法 又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを企て、若しくは主張し、又はこれを企て、若しくは主張する政党その他の団体を結成し、若しくはこれに加入したことがないこと。

 法務大臣は、外国人がその意思にかかわらずその国籍を失うことができない場合において、日本国民との親族関係又は境遇につき特別の事情があると認めるときは、その者が前項第五号に掲げる条件を備えないときでも、帰化を許可することができる。

 

第六条  次の各号の一に該当する外国人で現に日本に住所を有するものについては、法務大臣は、その者が前条第一項第一号に掲げる条件を備えないときでも、帰化を許可することができる。

 日本国民であつた者の子(養子を除く。)で引き続き三年以上日本に住所又は居所を有するもの

 日本で生まれた者で引き続き三年以上日本に住所若しくは居所を有し、又はその父若しくは母(養父母を除く。)が日本で生まれたもの

 引き続き十年以上日本に居所を有する者

 

第七条  日本国民の配偶者たる外国人で引き続き三年以上日本に住所又は居所を有し、かつ、現に日本に住所を有するものについては、法務大臣は、その者が第五条第一項第一号及び第二号の条件を備えないときでも、帰化を許可することができる。日本国民の配偶者たる外国人で婚姻の日から三年を経過し、かつ、引き続き一年以上日本に住所を有するものについても、同様とする。

 

第八条  次の各号の一に該当する外国人については、法務大臣は、その者が第五条第一項第一号、第二号及び第四号の条件を備えないときでも、帰化を許可することができる。

 日本国民の子(養子を除く。)で日本に住所を有するもの

 日本国民の養子で引き続き一年以上日本に住所を有し、かつ、縁組の時本国法により未成年であつたもの

 日本の国籍を失つた者(日本に帰化した後日本の国籍を失つた者を除く。)で日本に住所を有するもの

 日本で生まれ、かつ、出生の時から国籍を有しない者でその時から引き続き三年以上日本に住所を有するもの

 

第九条  日本に特別の功労のある外国人については、法務大臣は、第五条第一項の規定にかかわらず、国会の承認を得て、その帰化を許可することができる。

 

第十条  法務大臣は、帰化を許可したときは、官報にその旨を告示しなければならない。

 帰化は、前項の告示の日から効力を生ずる。

 

(国籍の喪失)

第十一条  日本国民は、自己の志望によつて外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う。

 外国の国籍を有する日本国民は、その外国の法令によりその国の国籍を選択したときは、日本の国籍を失う。

 

第十二条  出生により外国の国籍を取得した日本国民で国外で生まれたものは、戸籍法 (昭和二十二年法律第二百二十四号)の定めるところにより日本の国籍を留保する意思を表示しなければ、その出生の時にさかのぼつて日本の国籍を失う。

 

第十三条  外国の国籍を有する日本国民は、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を離脱することができる。

 前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を失う。

 

(国籍の選択)

第十四条  外国の国籍を有する日本国民は、外国及び日本の国籍を有することとなつた時が二十歳に達する以前であるときは二十二歳に達するまでに、その時が二十歳に達した後であるときはその時から二年以内に、いずれかの国籍を選択しなければならない。

 日本の国籍の選択は、外国の国籍を離脱することによるほかは、戸籍法 の定めるところにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによつてする。

 

第十五条  法務大臣は、外国の国籍を有する日本国民で前条第一項に定める期限内に日本の国籍の選択をしないものに対して、書面により、国籍の選択をすべきことを催告することができる。

 前項に規定する催告は、これを受けるべき者の所在を知ることができないときその他書面によつてすることができないやむを得ない事情があるときは、催告すべき事項を官報に掲載してすることができる。この場合における催告は、官報に掲載された日の翌日に到達したものとみなす。

 前二項の規定による催告を受けた者は、催告を受けた日から一月以内に日本の国籍の選択をしなければ、その期間が経過した時に日本の国籍を失う。ただし、その者が天災その他その責めに帰することができない事由によつてその期間内に日本の国籍の選択をすることができない場合において、その選択をすることができるに至つた時から二週間以内にこれをしたときは、この限りでない。

 

第十六条  選択の宣言をした日本国民は、外国の国籍の離脱に努めなければならない。

 法務大臣は、選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失つていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であつても就任することができる職を除く。)に就任した場合において、その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著しく反すると認めるときは、その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる。

 前項の宣告に係る聴聞の期日における審理は、公開により行わなければならない。

 第二項の宣告は、官報に告示してしなければならない。

 第二項の宣告を受けた者は、前項の告示の日に日本の国籍を失う。

 

(国籍の再取得)

第十七条  第十二条の規定により日本の国籍を失つた者で二十歳未満のものは、日本に住所を有するときは、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。

 第十五条第二項の規定による催告を受けて同条第三項の規定により日本の国籍を失つた者は、第五条第一項第五号に掲げる条件を備えるときは、日本の国籍を失つたことを知つた時から一年以内に法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。ただし、天災その他その者の責めに帰することができない事由によつてその期間内に届け出ることができないときは、その期間は、これをすることができるに至つた時から一月とする。

 前二項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を取得する。

 

(法定代理人がする届出等)

第十八条  第三条第一項若しくは前条第一項の規定による国籍取得の届出、帰化の許可の申請、選択の宣言又は国籍離脱の届出は、国籍の取得、選択又は離脱をしようとする者が十五歳未満であるときは、法定代理人が代わつてする。

 

(省令への委任)

第十九条  この法律に定めるもののほか、国籍の取得及び離脱に関する手続その他この法律の施行に関し必要な事項は、法務省令で定める。

 

(罰則)

第二十条  第三条第一項の規定による届出をする場合において、虚偽の届出をした者は、一年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。

 前項の罪は、刑法 (明治四十年法律第四十五号)第二条 の例に従う。

 

 

 

【最大判昭和36年4月5日】

要旨

判示事項

朝鮮人男子と婚姻した内地人女子の平和条約発効後の国籍。

裁判要旨

朝鮮人男子と婚姻した内地人女子で日本の国内法上朝鮮人としての法的地位をもつていた者は、平和条約発効とともに日本国籍を失う。

 

判旨

 1 上告人は、原判決が憲法一〇条、一一条、一二条、一三条及び国籍法に違反した裁判であるとする。なるほど、憲法一〇条は、日本国民の要件を法律で定めることを規定している。しかし、これを定めた国籍法は、領土の変更に伴う国籍の変更について規定していない。しかも、領土の変更に伴つて国籍の変更を生ずることは、疑いをいれないところである。この変更に関しては、国際法上で確定した原則がなく、各場合に条約によつて明示的または黙示的に定められるのを通例とする。したがつて、憲法は、領土の変更に伴う国籍の変更について条約で定めることを認めた趣旨と解するのが相当である。それ故に憲法一〇条に違反するという主張は理由がなく、国籍法も本件に関しては適用がない。また、憲法一一条、一二条、一三条についても、上告人の日本国籍の喪失は、つぎに述べるように、平和条約の規定に基くものであつて、憲法のこれらの規定に違反する点は認められない。

 2 日本国との平和条約は、第二条(a)項で、「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と規定している。簡単にいえば、朝鮮の独立を承認して、朝鮮に属すべき領土に対する主権を放棄することを規定している。この規定は、朝鮮に属すべき領土に対する主権(いわゆる領土主権)を放棄すると同時に、朝鮮に属すべき人に対する主権(いわゆる対人主権)も放棄することは疑いをいれない。国家は、人、領土及び政府を存立の要素とするもので、これらの一つを缺いても国家として存立しない。朝鮮の独立を承認するということは、朝鮮を独立の国家として承認することで、朝鮮がそれに属する人、領土及び政府をもつことを承認することにほかならない。したがつて、平和条約によつて、日本は朝鮮に属すべき人に対する主権を放棄したことになる。

 このことは、朝鮮に属すべき人について、日本の国籍を喪失させることを意味する。ある国に属する人は、その国の国籍をもつ人であり、その国の主権に服する。逆にいえば、ある国の国籍をもつ人は、その国の主権に服する。したがつて、日本が朝鮮に属すべき人に対する主権を放棄することは、このような人について日本の国籍を喪失させることになる。

 3 朝鮮に属すべき人というのは、日本と朝鮮との併合後において、日本の国内法上で、朝鮮人としての法的地位をもつた人と解するのが相当である。朝鮮人としての法的地位をもつた人というのは、朝鮮戸籍令の適用を受け、朝鮮戸籍に登載された人である。日本と朝鮮の併合の前に、韓国には民籍法があり、韓国の国籍をもつた人は、民籍に登載されていた。併合の後に、民籍法に代つて朝鮮戸籍令が施行され、民籍に登載されていた人は、朝鮮戸籍に登載されることになつた。これと異つて、元来の日本人は、戸籍法の適用を受け、戸籍に登載される。朝鮮戸籍からはつきり区別するために、これを内地戸籍ということがある。このように、朝鮮人と日本人は、はつきりと戸籍を異にするばかりでなく、それと同時に、適用される法律を異にした。

 朝鮮人との婚姻又は養子縁組によつて朝鮮人の家に入つた日本人は、共通法三条一項の「一ノ地域ノ法令ニ依リ其ノ地域ノ家ニ入ル者ハ、他ノ地域ノ家ヲ去ル」という規定に従つて、朝鮮戸籍に登載され、他方で内地戸籍から除籍された。このような人は、法律上で朝鮮人として取扱われ、朝鮮人に関する法令が適用され、日本人に関する法令は適用されなかつた。法律上から見るかぎり、まつたく朝鮮人と同じであり、朝鮮人にほかならなつた。このことは、あたかも日本人の女が外国人と婚姻し、夫の国籍を取得した場合と同じである。改正前の国籍法によれば、このような場合に、日本人の女は、日本の国籍を喪失する。そのために、法律上から見れば、日本の法令は適用されず、もつぱら外国の法令が適用されることになり、法律的には外国人にほかならないことになる。日本人の女が朝鮮人と婚姻し、朝鮮戸籍に入籍し、内地戸籍から除籍された場合も、右と同じであり、法律上では日本人でなく、朝鮮人になつたものと見るほかない。

 連合国による日本占領の時代にも、朝鮮人としての法的地位をもつ者は、日本人としての法的地位をもつ者から、法律上で区別されていた。連合国総司令部の覚書は、あるいは朝鮮人を外国人と同様に取扱い、あるいは「非日本人」という言葉のうちに朝鮮人を含ませ、あるいは「外国人」という言葉のうちに朝鮮人を含ませていた。連合国総司令部の覚書に基いて発せられた日本政府の「外国人登録令」は、朝鮮人を当分の間外国人とみなし、これに入国の制限と登録を強制した。そのさいに、朝鮮人というのは、法律上で朝鮮人としての法的地位をもつ人のことである。そのうちに、婚姻又は養子縁組によつて朝鮮戸籍に登載されるに至つた人も含まれていたことは、いうまでもない。これらの人は、右に述べたように、法律上では、朝鮮人に関する法令が適用され、朝鮮人に異らないものであり、実際において、「非日本人」または「外国人」として取扱われ、外国人として登録もしたのであつた。

 これを要するに、朝鮮人としての法的地位をもつ人は、日本人としての法的地位をもつ人から、日本の国内法上で、はつきり区別されていた。この区別は、日本と韓国の併合のときから一貫して維持され、占領時代にも変らなかなつた。このような法律的状態の下に、平和条約が結ばれ、日本は朝鮮の独立を承認して、朝鮮に属すべき人に対する主権を放棄し、その人の日本国籍を喪失させることになつた。そうしてみれば、日本国籍を喪失させられる人は、日本の法律上で朝鮮人としての法的地位をもつていた人と見るのが相当である。

 4 本件の上告人は、元来は日本人であるが、昭和一〇年七月一六日に朝鮮人であるDと婚姻入籍したことは、原判決の適法に確定したところである。それによつて、上告人は、法律上で朝鮮人としての法的地位を取得し、日本人としてのそれを喪失したことになる。

 平和条約によつて、日本は、朝鮮の独立を承認し、朝鮮に属すべき人の日本国籍を喪失させることになつた。朝鮮に属すべき人というのは、さきに述べたように、日本の法律上で、朝鮮人としての法的地位をもつていた人である。本件の上告人は、この法的地位をもつていたから、平和条約によつて、日本の国籍を喪失したことになる。

 5 上告人は、上告理由第一のうちで、日本と韓国の合併がなかつたならば、朝鮮人Dと婚姻しなかつたであろうということも主張している。しかし、法律上の問題としては、朝鮮人と婚姻したという場合において、朝鮮人としての法的地位を取得するか、その結果として平和条約によつて日本の国籍を喪失するかということが問題であつて、上告人が昭和一〇年七月一六日に朝鮮人Dと婚姻入籍したことは、原判決の適法に確定したところであり、このように確定した事実に基いて、原判決が日本の国籍を上告人が喪失すると判断したのは正当である。

 

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