憲法重要判例六法F

憲法についての条文・重要判例まとめ

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 目次

外国人の人権(5-2)社会権・

・最判平成16年1月15日 外国人と国民健康保険の被保険者資格


要旨

1 外国人が国民健康保険法5条所定の「住所を有する者」に該当するかどうかを判断する際には,在留資格の有無,その者の有する在留資格及び在留期間が重要な考慮要素となり,在留資格を有しない外国人がこれに該当するためには,単に保険者である市町村の区域内に居住しているという事実だけでは足りず,少なくとも,当該外国人が当該市町村を居住地とする外国人登録をして在留特別許可を求めており,入国の経緯,入国時の在留資格の有無及び在留期間,その後における在留資格の更新又は変更の経緯,配偶者や子の有無及びその国籍等を含む家族に関する事情,我が国における滞在期間,生活状況等に照らし,当該市町村の区域内で安定した生活を継続的に営み,将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いと認められることが必要である。

2 寄港地上陸許可を得て上陸し,上陸期間経過後も我が国に残留している外国人甲は,出生国での永住資格を喪失し,国籍も確認されない特殊な境遇から,やむなく残留し続けたもので,自ら入国管理局に出頭したにもかかわらず,不法滞在状態を解消することができなかったこと,甲の我が国での滞在期間は約22年間に及んでおり,国民健康保険の被保険者証の交付請求当時の居住地において稼働しながら,約13年間にわたり妻と我が国で出生した2人の子と共に家庭生活を営んできたこと,上記請求前に外国人登録をして在留特別許可を求めていたことなど判示の事情の下においては,国民健康保険法5条所定の「住所を有する者」に該当する。

(1,2につき意見がある。)

 

判旨

 1 本件は,在留資格を有しない外国人である上告人が,国民健康保険法(平成11年法律第160号による改正前のもの。以下「法」という。)9条2項に基づき,被上告人横浜市の委任を受けた横浜市a区長に対し,国民健康保険の被保険者証の交付を請求したところ,法5条所定の被保険者に該当しないとして被保険者証を交付しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,被上告人国が同条につき誤った解釈を前提とする通知を発し,横浜市a区長がこれに従ったことにより違法な本件処分がされたと主張して,被上告人らに対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を請求した事案である。

 4 法は,国民健康保険事業の健全な運営を確保し,もって社会保障及び国民保健の向上に寄与することを目的とする(1条)ものであり,市町村及び特別区(以下,単に「市町村」という。)を保険者とし(3条1項),市町村の区域内に住所を有する者を被保険者として当該市町村が行う国民健康保険に強制的に加入させた上(5条),被保険者の疾病,負傷,出産又は死亡に関して必要な保険給付を行い(2条),被保険者の属する世帯の世帯主が納付する保険料(76条)又は国民健康保険税(地方税法703条の4)のほか,国の負担金(法69条1項,70条),調整交付金(72条)及び補助金(74条),都道府県及び市町村の補助金及び貸付金(75条),市町村の一般会計からの繰入金(72条の2)等をその費用に充てるものとしている。そして,法は,上記のとおり被保険者を規定した上で,その適用除外者を列挙し(6条),当該市町村の区域内に住所を有するに至った日又は6条各号のいずれにも該当しなくなった日からその資格を取得する(7条)ものとしている。昭和56年厚生省令第66号による改正前の国民健康保険法施行規則(昭和33年厚生省令第53号)1条2号は,「その他特別の理由がある者で厚生省令で定めるもの」を適用除外とする法6条8号の規定を受けて,「日本の国籍を有しない者。ただし,日本国との条約により,日本の国籍を有する者に対して,国民健康保険に相当する制度を定める法令の適用につき,内国民待遇を与えることを定めている国の国籍を有する者,日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法(昭和40年法律第146号)第1条の許可を受けている者及び条例で定める国の国籍を有する者を除く。」を適用除外者として規定していたが,難民の地位に関する条約(昭和56年条約第21号)及び難民の地位に関する議定書(昭和57年条約第1号)が締約されたのを受けて,昭和56年厚生省令第66号によって国民健康保険法施行規則1条2号ただし書に「難民の地位に関する条約第1条の規定又は難民の地位に関する議定書第1条の規定により同条約の適用を受ける難民」が加えられ,さらに昭和61年厚生省令第6号によって国民健康保険法施行規則1条2号が削除された。

 このように,国民健康保険は,市町村が保険者となり,その区域内に住所を有する者を被保険者として継続的に保険料等の徴収及び保険給付を行う制度であることに照らすと,法5条にいう「住所を有する者」は,市町村の区域内に継続的に生活の本拠を有する者をいうものと解するのが相当である。そして,法は,5条において被保険者を定める一方,6条においてその適用除外者を定めており,日本の国籍を有しない者は,法制定当初は適用除外者とされていたものの,その後,これを適用除外者とする規定が削除されたことにかんがみれば,法5条が,日本の国籍を有しない者のうち在留資格を有しないものを被保険者から一律に除外する趣旨を定めた規定であると解することはできない。一般的には,社会保障制度を外国人に適用する場合には,そのよって立つ社会連帯と相互扶助の理念から,国内に適法な居住関係を有する者のみを対象者とするのが一応の原則であるということができるが,具体的な社会保障制度においてどの範囲の外国人を適用対象とするかは,それぞれの制度における政策決定の問題であり(最高裁昭和50年(行ツ)第98号同53年3月30日第一小法廷判決・民集32巻2号435頁参照),法の規定や国民健康保険法施行規則の改廃の経緯に照らして,法が上記の原則を当然の前提としているものと解することができないことは上述のとおりである。また,国民健康保険は,国民の税負担に由来する補助金や一般会計からの繰入金等によって費用の一部が賄われているとはいえ,基本的には,被保険者の属する世帯の世帯主が納付する保険料又は国民健康保険税によって保険給付を行う保険制度の一種であるから,我が国に適法に在留する資格のない外国人を被保険者とすることが国民健康保険の制度趣旨に反するとまでいうことはできない(なお,国民健康保険法(平成11年法律第160号による改正後のもの)6条8号は,「その他特別の理由がある者で厚生労働省令で定めるもの」を適用除外とする旨を定め,これを受けて,平成14年厚生労働省令117号による改正後の国民健康保険法施行規則1条は,「特別の事由のある者で条例で定めるもの」を適用除外者として規定しているところ,社会保障制度を外国人に適用する場合には,その対象者を国内に適法な居住関係を有する者に限定することに合理的な理由があることは上述のとおりであるから,国民健康保険法施行規則又は各市町村の条例において,在留資格を有しない外国人を適用除外者として規定することが許されることはいうまでもない。)。

 もっとも,我が国に在留する外国人は,憲法上我が国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁),入管法及び他の法律に特別の規定がある場合を除き,当該外国人に対する上陸許可若しくは当該外国人の取得に係る在留資格又はそれらの変更に係る在留資格をもって在留し(入管法2条の2第1項),各在留資格について法務省令で定められた在留期間に限って在留することが認められるにすぎない(同法2条の2第3項)。在留期間の更新を受けようとする外国人は,法務大臣に対し在留期間の更新を申請しなければならず(同法21条2項),法務大臣は,当該外国人が提出した文書により在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り,これを許可することができる(同条3項)。そして,我が国に不法に入国した者はもとより,寄港地上陸の許可等を受け,又は在留資格を得て適法に入国した者であっても,旅券又は当該許可書に記載された期間を経過して残留し,又は在留期間の更新若しくは変更を受けないで在留期間を経過して残留するものについては,我が国からの退去を強制することができる(同法24条1号,2号,4号ロ,6号等)ものとされている。このような我が国に在留する外国人の法的地位にかんがみると,外国人が法5条所定の「住所を有する者」に該当するかどうかを判断する際には,当該外国人が在留資格を有するかどうか,その者の有する在留資格及び在留期間がどのようなものであるかが重要な考慮要素となるものというべきである。そして,在留資格を有しない外国人は,入管法上,退去強制の対象とされているため,その居住関係は不安定なものとなりやすく,将来にわたって国内に安定した居住関係を継続的に維持し得る可能性も低いのであるから,在留資格を有しない外国人が法5条所定の「住所を有する者」に該当するというためには,単に市町村の区域内に居住しているという事実だけでは足りず,少なくとも,当該外国人が,当該市町村を居住地とする外国人登録をして,入管法50条所定の在留特別許可を求めており,入国の経緯,入国時の在留資格の有無及び在留期間,その後における在留資格の更新又は変更の経緯,配偶者や子の有無及びその国籍等を含む家族に関する事情,我が国における滞在期間,生活状況等に照らし,当該市町村の区域内で安定した生活を継続的に営み,将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いと認められることが必要であると解するのが相当である。

 

 5 これを本件についてみると,【要旨2】前記事実関係等によれば,① 上告人は,寄港地上陸許可を得て上陸し,上陸期間経過後も我が国に残留している外国人であるが,② いわゆる在外華僑として大韓民国で出生し,同国での永住資格を喪失し,台湾でも国籍が確認されないという特殊な境遇にあったため,やむなく我が国に残留し続け,この間,不法滞在状態を解消するため,2度にわたり,自ら入国管理局に出頭したものの,上記事情から不法滞在状態を解消することができず,その後入国管理局からは何の連絡もなかったものであり,③ 本件処分までの滞在期間は約22年間もの長期に及び,本件処分当時の居住地である横浜市では,調理師として稼働しながら,約13年間にわたって妻と我が国で生まれた2人の子と共に定住して家庭生活を営んできたものであって,④ 本件請求時には,横浜市を居住地とする外国人登録をして,在留特別許可を求めており,その約半年後には,在留資格を定住者とする在留特別許可を受けたというのである。これらの事情に照らせば,上告人は,被上告人横浜市の区域内で家族と共に安定した生活を継続的に営んでおり,将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いものと認められ,法5条にいう「住所を有する者」に該当するというべきである。

 

 

 

 

 

 

【裁判官横尾和子,同泉徳治の意見】

 私たちは,本件処分が違法とはいえないとした原審の判断を正当と考える。その

理由は,次のとおりである。

 1 国民健康保険制度は,市町村を保険者とし,当該市町村の区域内に住所を有する者を被保険者としている。今日,国民健康保険制度の維持運営には,国,都道府県及び市町村から相当額の予算が投入されているとはいえ,同制度は,当該市町村の区域内に住所を有する者を被保険者として強制加入させて保険団体を形成した上,被保険者の属する世帯の世帯主に保険料又は国民健康保険税の納付を義務付けて共同の基金を作り,これを主たる財源の一つとして,偶発的に疾病等の保険事故に遭遇した住民に療養等の保険給付を行い,当該住民個人の経済的負担を市町村の住民全員で分担するもので,住民の相扶共済の精神に立脚した地域保険である(最高裁昭和30年(オ)第478号同33年2月12日大法廷判決・民集12巻2号190頁参照)。この地域保険としての性格は,制度発足以来変わるところがなく,国民健康保険制度の健全な維持運営のためには,住民の強制加入と,大数の法則,収支均等の原則を基本として算出される保険料等の徴収が不可欠であり,また,疾病等が発生した場合に初めて加入するという,保険事故の偶発性を排除するいわゆる逆選択を防止する必要もある。国民健康保険の被保険者を定める法5条の「住所」は,客観的居住の事実を基礎とし,これに当該居住者の主観的居住意思を総合して認定するべきであるが,国民健康保険の上記のような地域保険としての性格に照らし,この居住には継続性・安定性が要求される。

  2 そして,上記の居住の継続性・安定性の要請から,外国人が日本国内に法5条の住所を有するというためには,入管法により相当の在留資格と在留期間を付与され,法律上も一定期間継続して適法に居住し得る地位にあることが必要であるというべきである。在留資格を有しない外国人は,いつでも日本から退去を強制され得る状態にあり(入管法24条),処罰の対象ともされているのであって(入管法70条),日本国内での居住を保障されておらず,日本国内に生活の本拠を置くことが法律上認められていないというべきであるから,その居住地を法5条の住所と評価することはできない。在留資格を有しない不法滞在外国人は,地域保険たる国民健康保険の被保険者となるになじまないものというべきである。

 3 上告人は,昭和60年12月ころから,配偶者及び2人の子と共に,いずれも在留資格のないまま横浜市a区内に居住していたが,平成10年3月,子の1人が脳腫瘍に罹患していることが判明し,同年5月1日,東京入国管理局横浜支局において在留特別許可を申請し,同月20日付けで,横浜市a区長に対し国民健康保険被保険者証の交付を求める申請をしたところ,被上告人横浜市の委任を受けた同区長は,同年6月9日,上告人に対し,上告人には在留資格がなく,法5条所定の被保険者に該当しないことを理由に国民健康保険被保険者証を交付しない旨の本件処分をした。同区長が在留資格のない上告人に対し本件処分を行ったことは,上記のような理由により適法である。そして,同区長は,上告人が同年11月24日に在留資格を「定住者」,在留期間を1年とする在留特別許可を取得したのを受けて,翌25日付けで上告人に対し国民健康保険被保険者証を交付した。すなわち,同区長は,同年5月1日に在留特別許可を申請した上告人が,約半年後に在留特別許可を付与されたのを待って,その翌日には国民健康保険被保険者証を交付しているのであるから,本件処分を含めた同区長の上記一連の行為に違法と評価すべきものはない。上告人は,在留特別許可の申請をした約20日後に国民健康保険被保険者証の交付を申請しているが,このような場合に国民健康保険被保険者証を直ちに交

付すべきものとすれば,前記のいわゆる逆選択を招くおそれがあるといわなければ

ならない。原審の判断は正当である。

 4 法廷意見は,在留資格のない外国人について,外国人登録をしていること及び入管法50条所定の在留特別許可を求めていることを条件とした上で,当該市町村の区域内で安定した生活を継続的に営み,将来にわたってこれを維持し続ける蓋然性が高いと認められる場合には,当該外国人を法5条の「住所を有する者」と認定すべきであるという。法廷意見は,言葉を換えれば,在留特別許可が与えられる可能性が高い場合は,当該外国人を法5条の「住所を有する者」と認定すべきであるというものであり,国民健康保険の保険者たる市町村の長に対し在留特別許可の与えられる可能性をあらかじめ判断させ,その判断を誤って国民健康保険被保険者証不交付処分を行えば,当該処分は違法の評価を受けるというものである。しかし,在留特別許可の付与は,国家主権発動の一つとして政府(所管者法務大臣)が一元的に行うものであり,しかも政府の広範な裁量にゆだねられているものである(最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁,最高裁昭和34年(オ)第32号同34年11月10日第三小法廷判決・民集13巻12号1493頁,最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。このような出入国管理制度の建前に照らし,市町村長に上記のような判断を求めることは相当でない(むしろ,市町村長は,入管法62条2項の規定により,不法残留者を通報すべき義務を課せられているのである。)。

 

外国人の人権(5-1)社会権・最判平成元年3月2日 塩見訴訟

 目次

 

・最判平成元年3月2日 塩見訴訟

要旨

国民年金法(昭和五六年法律第八六号による改正前のもの)一八一条一項の障害福祉年金の支給について適用される同法五六条一項ただし書は、憲法二五条、一四条一項に違反しない。

 

判旨

 一 原審の適法に確定したところによれば、本件の事実関係は次のとおりである。 上告人は、昭和九年六月二五日大阪市で出生し、幼少のころ罹患したはしかによつて失明し、昭和三四年一一月一日において昭和五六年法律第八六号による改正前の国民年金法(以下「法」という。)別表に定める一級に該当する程度の廃疾の状態にあつた。上告人は、昭和三四年一一月一日においては大韓民国籍であつたところ、昭和四五年一二月一六日帰化によつて日本国籍を取得した。上告人は、法八一条一項の障害福祉年金の受給権者であるとして、被上告人に対し右受給権の裁定を請求したところ、被上告人は、昭和四七年八月二一日同請求を棄却する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。本件処分の理由は、上告人は昭和三四年一一月一日において日本国民でなかつたから法八一条一項の障害福祉年金の受給権を有しないというものであつた。

 二 法八一条一項は、昭和一四年一一月一日以前に生まれた者が、昭和三四年一一月一日以前になおつた傷病により、昭和三四年一一月一日において法別表に定める一級に該当する程度の廃疾の状態にあるときは、法五六条一項本文の規定にかかわらず、その者に同条の障害福祉年金を支給する旨規定しているが、法五六条一項ただし書は廃疾認定日において日本国民でない者に対しては同条の障害福祉年金を支給しない旨規定しており、法八一条一項の障害福祉年金の支給に関しても当然に法五六条一項ただし書の規定の適用があるから、法八一条一項の障害福祉年金は、廃疾の認定日である昭和三四年一一月一日において日本国民でない者に対しては支給されないものと解すべきである。

 三 そこで、まず、法八一条一項が受ける法五六条一項ただし書の規定(以下「国籍条項」という。)及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によつて日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金の支給をしないことが、憲法二五条の規定に違反するかどうかについて判断する。

 憲法二五条は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきこと(一項)並びに社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきこと(二項)を国の責務として宣言したものであるが、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条二項によつて国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきこと、そして、同条にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であつて、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、同条の規定の趣旨を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするから、同条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するに適しない事柄であるというべきことは、当裁判所大法廷判決(昭和二三年(れ)第二〇五号同年九月二九日判決・刑集二巻一〇号一二三五頁、昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日判決・民集三六巻七号一二三五頁)の判示するところである。

 そこで、本件で問題とされている国籍条項が憲法二五条の規定に違反するかどうかについて考えるに、国民年金制度は、憲法二五条二項の規定の趣旨を実現するため、老齢、障害又は死亡によつて国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によつて防止することを目的とし、保険方式により被保険者の拠出した保険料を基として年金給付を行うことを基本として創設されたものであるが、制度発足当時において既に老齢又は一定程度の障害の状態にある者、あるいは保険料を必要期間納付することができない見込みの者等、保険原則によるときは給付を受けられない者についても同制度の保障する利益を享受させることとし、経過的又は補完的な制度として、無拠出制の福祉年金を設けている。法八一条一項の障害福祉年金も、制度発足時の経過的な救済措置の一環として設けられた全額国庫負担の無拠出制の年金であつて、立法府は、その支給対象者の決定について、もともと広範な裁量権を有しているものというべきである。加うるに、社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、国は、特別の条約の存しない限り、当該外国人の属する国との外交関係、変動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下で福祉的給付を行うに当たり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも、許されるべきことと解される。したがつて、法八一条一項の障害福祉年金の支給対象者から在留外国人を除外することは、立法府の裁量の範囲に属する事柄と見るべきである。

 また、経過的な性格を有する右障害福祉年金の給付に関し、廃疾の認定日である制度発足時の昭和三四年一一月一日において日本国民であることを要するものと定めることは、合理性を欠くものとはいえない。昭和三四年一一月一日より後に帰化により日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金を支給するための措置として、右の者が昭和三四年一一月一日に遡り日本国民であつたものとして扱うとか、あるいは国籍条項を削除した昭和五六年法律第八六号による国民年金法の改正の効果を遡及させるというような特別の救済措置を講ずるかどうかは、もとより立法府の裁量事項に属することである。

 そうすると、国籍条項及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によつて日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金の支給をしないことは、憲法二五条の規定に違反するものではないというべく、以上は当裁判所大法廷判決(昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日判決・民集三六巻七号一二三五頁、昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日判決・民集三二巻七号一二二三頁)の趣旨に徴して明らかというべきである。

 

 四 次に、国籍条項及び昭和三四年一一月一日より後に帰化によつて日本国籍を取得した者に対し法八一条一項の障害福祉年金の支給をしないことが、憲法一四条一項の規定に違反するかどうかについて考えるに、憲法一四条一項は法の下の平等の原則を定めているが、右規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであつて、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではないのである(最高裁昭和三七年(あ)第九二七号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五七九頁、同昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁参照)。ところで、法八一条一項の障害福祉年金の給付に関しては、廃疾の認定日に日本国籍がある者とそうでない者との間に区別が設けられているが、前示のとおり、右障害福祉年金の給付に関し、自国民を在留外国人に優先させることとして在留外国人を支給対象者から除くこと、また廃疾の認定日である制度発足時の昭和三四年一一月一日において日本国民であることを受給資格要件とすることは立法府の裁量の範囲に属する事柄というべきであるから、右取扱いの区別については、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条一項に違反するものということはできない。

 

 五 さらに、国籍条項が憲法九八条二項に違反するかどうかについて判断する。

 所論の社会保障の最低基準に関する条約(昭和五一年条約第四号。いわゆるILO第一〇二号条約)六八条1の本文は「外国人居住者は、自国民居住者と同一の権利を有する。」と規定しているが、そのただし書は「専ら又は主として公の資金を財源とする給付又は給付の部分及び過渡的な制度については、外国人及び自国の領域外で生まれた自国民に関する特別な規則を国内の法令で定めることができる。」と規定しており、全額国庫負担の法八一条一項の障害福祉年金に係る国籍条項が同条約に違反しないことは明らかである。また、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第六号)九条は「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」と規定しているが、これは、締約国において、社会保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し、右権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであつて、個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではない。このことは、同規約二条1が締約国において「立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成する」ことを求めていることからも明らかである。したがつて、同規約は国籍条項を直ちに排斥する趣旨のものとはいえない。さらに、社会保障における内国民及び非内国民の均等待遇に関する条約(いわゆるILO第一一八号条約)は、わが国はいまだ批准しておらず、国際連合第三回総会の世界人権宣言、同第二六回総会の精神薄弱者の権利宣言、同第三〇回総会の障害者の権利宣言及び国際連合経済社会理事会の一九七五年五月六日の障害防止及び障害者のリハビリテーシヨンに関する決議は、国際連合ないしその機関の考え方を表明したものであつて、加盟国に対して法的拘束力を有するものではない。以上のように、所論の条約、宣言等は、わが国に対して法的拘束力を有しないか、法的拘束力を有していても国籍条項を直ちに排斥する趣旨のものではないから、国籍条項がこれらに抵触することを前提とする憲法九八条二項違反の主張は、その前提を欠くというべきである。

 六 以上と同旨の見解に立つて本件処分を適法とした原審の判断は、正当として

是認することができる。論旨は、採用することができない。

 

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